よもやま三景  〜伊賀編・其の弐〜

 

 トラックの荷台に揺られて伊賀くんだりまでやって来た私達の、待ちに待った夕食はと言えば、全国チェーンのファミレス「ガスト」でした。

 何それ。伊賀牛は? ぼたん鍋は? 山菜とか川魚は? いいぜ、ガストが嫌なら他へ食べに行っても。その代わりおめえら、自腹だからな。風間先生にそう言われては返す言葉もなく、私達は悄然とガストの扉を開き、今晩は奢りという事で猛然と注文を開始しました。風間先生真っ青です。

 とは言え私はそんなに食の進む方ではありませんし、何より大して給金も貰っていないだろう風間先生を慮り、適当な和膳で手を打ちました。しかし私達の中にも、食う=人生の全て、みたいな4人が居ます。藤林、燕子花、音羽、アルフェッタ。わんわん将軍の血統どもです。

 アルフェッタさんはイタ公なので分かり易くパスタを貪り、燕子花君は見た目も心もお子様らしく、ピザとかカレーとか安くてガサがあってザックリした味のものを集中的に食い散らかしています。藤林君は相も変わらず肉。膳とかセットとかじゃなくて肉のみ。かれこれ三枚目の皿を空け、いざ四枚目と呼び鈴を押そうとした所で、風間先生による首裏への水平チョップで卒倒しました。で、音羽君は生意気にも栄養バランスを鑑みて、油物を避けながら大量に食っています。それにしてもどちらかと言うとカルシウムに気を使っているのは何故かしら? もしかして、背をもっと伸ばしたいのかな? でもきっとそれは無理。だってあなたの第二次性徴期、去年の誕生日に終わっているんだもの。

 

 音羽は黙ってタバスコの蓋を開け、差し向かいに居る風霞の白飯めがけてドバーと注ぎ、対して風霞はギャーと叫ぶ。

「何て事すんのよ、この人非人!」

「それは俺の台詞だ! 俺の第二次性徴なんか、お前に関係無いじゃないかよ! 大体お前、何でボイスレコーダーでこんな一人語りを録ってやがんだ!」

「いや、そういう課題が出ているから」

「シレっとした顔で嘘をつくな! まあ、いい。見てろよ、最終的に俺は175cmくらいになってみせる!」

「いや、無理ですから」

「ボケろよお前! 何で其処で素で返すんだよう!」

 二人が件の如く罵り合いを繰り広げる間にも、仲間達は着々と皿を平らげている。慣れとは成長するもので、この程度のイベントでは一切反応しない体になった彼等であったが、扉から入って来た4人連れの客を認めると、さすがに全員が瞠目した。誰かと言えば、堀校一。青空つばめ。百々目葵。そして最後に古雅勇魚が頭頂部を扉の天辺にぶつける。グウ、と音羽が息を詰まらせた。身長196cmの女はあまり見た事がないからだ。

「いやー、遅うなりましたわ。せめて昼からのフライトには間に合いたかったんやけど、何せ城輪を出てくんのも一苦労やからねぇ」

「しっかし、これでぶっつけ本番を観なあかんねんなあ。もうちょっとみんなの癖みたいなもんを知っときたかったんやけど」

 呆気に取られる一同を尻目に、隣のテーブルへ堀先生と青空が腰掛けた。続いて百々目が軽く会釈し、古雅は店内に轟けとばかりに「取り敢えずネギトロ丼2つ下さい!」と注文し、これにて一同が落着。狐に摘まれた面持ちで、風間が堀に問うた。

「何で来たんですか、堀先生」

「嫌やわあ、風間先生。そんな関西方面に出向くんやったら、こっちにも声掛けて貰わん事には。郷里の家族に会う、ええ口実になりますやん。今日はこっちに泊まって、明日は悪いけど皆さんと別行動さしてもらいます」

「いや、それは結構なんですが、しかし学院側には何と言って出て来たんですか?」

「妻が入院しました。嘘ですけどね」

「ウチはオトンが危篤なんですわ。これも嘘やけど」

 ケタケタ笑う青空の隣で、百々目が鼻で笑いながら自嘲気味に呟く。

「私も家族が…。ふふ。もうみんなこの世に居ないのに、すぐばれる嘘を…」

 一瞬にして凍りついた場の傍ら、黙々とネギトロ丼をかき込んでいた古雅が、キョトンとした目を上げる。

「私? 私は別に。面白そうなんで、一緒にタクシーに乗ってきただけよ」

 これにて四人が何らかのペナルティを課せられるのは、ほぼ間違いない。こちらに飛び火しないでくれよ、とは、トラック強行班の思いである。

 

 青空が伊賀フライングサークルの士渡に連絡を取り、ガストでの夕食を突き止め、今や総勢20人の大所帯が一堂に会した、という次第。こうなると本日の寝場所の確保が問題であり、散々食い倒した彼等もデザートを楽しむ暇は無い。

「で、どーすんですか、宿は。今からだとビジホを取らなきゃならないんですけど」

 もう好きにしてくれと言わんばかりに神楽。

「ビジネスホテルぅ? 誰がそんな贅沢をするもんか」

「でも、あたし達の宿って多分旅館なんでしょ? 今から追加は難しいですよ」

「…何か勘違いしてねぇか? そんな予算なんざこれっぽっちもねえぞ」

 胸を張って自信満々に言い切る風間を前にして、最早全員顔を見合わせるしかない。

「もう泊まる所は連絡済だ。藤林と音羽の実家。何れも快く許可を頂いている」

 コーヒーを噴く音が同時に二つ。

「しっかし俺らって女所帯だよなあ。ここはバランスを鑑みて、男子生徒は藤林の家にしよう」

「はあ」

「え、そうなると女は俺の家か。いや、弱ったな。俺の家、そんな広くないんだけど。いや、参ったな」

「何言ってんだお前。13人も御邪魔させる訳にはいかねえだろ。そう言う訳で、女子生徒は特別にお寺の本堂を間借りさせてもらった。いいなあ、寺に泊まれるなんて、中々体験出来ないぞ」

「…じゃあ、俺の家には誰が泊まるんだ?」

「俺と堀先生」

 顔面を盛大に引き攣らせる音羽をさておいて、取り敢えず全員が席を立つ。一様に浮かない顔をしているのは、ガストの駐車場に見慣れたトラックがバックで入って来たからだ。

 

<曹洞宗・西法寺>

 女子一同の寝所は、住職の厚意で普段は法要等を催す本堂が提供された。地元の人が集まって御飯を食べたりもする、気の抜けた場所だからゆっくりお休みなさい、とは住職の言。田舎のお寺ならではの、気さくさが実に心地良い。

「はーい、こっち向いて。撮りますよう。はい、チーズ」

 大鳥の合図の元、写メールに収まったのは左から神楽、風霞、東田、釈迦如来、山根、リコ、アルフェッタ、百々目。

「不敬もいいとこだと思うんですけど」

 自らも反射的にピースサインを出しておきながら、いけしゃあしゃあと百々目の曰く。

「釈迦さんはそんな細かい事気にしないって。それにほら、何か口元が笑ってるし」

 等とアルフェッタが言ってみたものの、何となく皆一列に並び、座を組む如来像に向かって、一礼。それを合図に、各々が敷かれた布団に向かって、バタバタと倒れこんで行った。昨晩からトラックに揺られ、ほとんど休む間も無くULPを乗り倒し、やっとまともな寝床にありつけたのだから、むべなるかなである。

「はいっ、次の方、お風呂にどうぞ!」

 速やかなまどろみが、張り切ったアメリアの声であっさりと破られた。面倒くさ、あたしゃ風呂より枕がいい、等々愚痴りながら、風呂の最後の組、神楽と東田、リコと百々目が浴場に向かう。入れ替わりで本堂へ入って来たのはアメリアと矢上、古雅、青空、それにシャーリー。シャーリーはポットと茶碗を人数分抱えている。

「住職さんに甘茶を頂きました。皆さん、如何ですか?」

 甘茶と聞いて、転がっていた者も起き出した。車座になってポットを囲み、手際よく出されるお茶を含んで、一息。トラックの荷台で9時間の悪夢が嘘のような心地である。

 シャーリーは幾分湿りが残るストレートを撫で付けながら、静かな本堂をゆっくりと眺めてみた。イギリスの出の自分には、正に異国情緒という言葉に尽きる情景だったが、それは他の人達にもそうなのだろう、と思う。基本的には城輪町から、或いは学院から外に出る機会の余りにも少ない自分達にとっては。

「修学旅行を思い出しますね」

 ポツリと何気なしに呟いたシャーリーの台詞に、返って来る言葉は無い。

「…修学旅行、何処に行ったんでしたっけ?」

 無言。

「本当に私、何処へ行ったんだろう…」

 それは俺にも分からない。

 

 ばっさりと服を脱ぎ捨てたリコを真正面から見た、三人の怯え方は三様である。

「ベネズエラ…」

「ベネズエラ!」

「ベネズエラ?」

「…あのね。アタシの体でベネズエラ言わないでくれる? とっととアンタらも脱いじまいな。ねんねの小娘じゃあるまいし」

 中々に古臭い言葉を知っているリコだったが、それは其の通り。服を脱がねば風呂に入れない。あれを見てしまった後では些か気まずいものはあるのだが、三人はこそこそと服を脱衣籠へと畳んでいった。

 鏡面の前に立って、フウと東田が溜息をつく。三つ編みを解いて頭に結わいでいる自分の立ち姿は、また一段と肩幅が広がった気がする。日々格技の修練を体に叩き込んでいるのだから当然だが、こんなんでいいのかという思いもしないでもない。一般女性の平均的体型に比すれば、随分と男寄りの、それも鍛え上げた男に近い気がして仕方ないのだ。

 何となく東田は、リコの褐色の体を横目で眺めた。何と言うか、黙っていても自己主張する女だと思う。伸びきった手足は豹のようであり、如何にもな獰猛さが感じられる。凹凸はともあれ体格的には神楽も似ているのだが、こちらには削ぎ落とした実用美がある。リコとは違うベクトルで危険だ。それにしても一番小柄な百々目は、痛々しい体つきだった。何処かで女性ホルモンを置き去りにしたまま、筋肉だけは成長を止めないという感じだ。筋の浮かび上がった上腕筋は、最早フライ級のボクサー並。自分も含め、この場に居る者に共通しているのは、正に全員が戦える体の持ち主なのだ。

(なんだ。あたいだけじゃないなら、別にいいんじゃん)

 そんな納得の仕方は間違っていると思うのだが。

 取り敢えず湯浴みし、四人が納まってもまだ広い檜風呂に、一斉に浸かる。うはあ、と深く息つく様は、まるでおっさんのようだ。

「本当、嘘みたいだわ」

 ぽつりと神楽が呟いた。トラックの荷台に揺られて忍者の里に来て、ULPで空を飛んだ後は寺に泊まり、人力飛行機という共通項が無ければ出会わなかった面子と檜風呂に入っているのだから、これはもう奇跡的ではないだろうか。

 明日になれば、またけたたましい一日が始まる。今度は遊びや訓練ではない、第一次パイロット選抜競争だ。それなりに緊張の度合いも高まろうというものだが、今の落ち着き具合は不思議だった。寺というのが良かったのかもしれないと、神楽は思う。藤林や音羽の家の面々の事が不図過ぎったが、すぐに思考が揺らいで、湯船の中で眠気を覚える。

 

<藤林家>

「ああ、ヒマだな。こっくりさんでもやるか?」

「それはヒマにも程があるぜ」

 藤林源治の自室での寝泊りは、意外にも快適だった。田舎の家だけあって、自室であるにも拘らず十二畳の畳敷きで、図体のでかい男3人と小柄な少年一人が大の字になっても、まだ余りある。

 しかし田舎だけあって、徹底的に娯楽が無い。市街まで行くのに車で20分。さすがにボーリングだカラオケだは明日の為に控えねばならないが、それにしたってこの近辺にはコンビニが無い。次いで言えば、信じ難い事にこの家はテレビが無い。ゲーム機やマンガも当然無い。じゃあエロ本は何処だ探せ探せと息巻くも、「そんなもんは城輪に引っ越した時に全部持って行きました」とにべも無い。詰まる所この家では、こっくりさん以外にする事が無い。じゃあ、やろう。所で燕子花は? 寝た。小さな体で存分に動き回った挙句の果て、生命力を使い果たしたのだろう。そんな生命力の無い奴はこっくりさんに要らない。という訳で、赤城と双月と藤林は卓袱台を囲んで正座した。

 早速赤城が藁半紙に五十音を書き込み、天辺に鳥居を足し、十円玉を置いて三人が指を重ねた。まずは双月から。

「えー、この世で一番美しいのはだあれ?」

『み』『わ』『あ』『き』『ひ』『ろ』

「…そうかあ?」

「まあ、人の美的センスにケチをつける気はありませんが」

「人じゃねえだろ」

 咳払いし、赤城が続ける。

「烏丸弥生はどうしてます?」

『げ』『ん』『き』『に』『し』『ん』『で』

 止まった。

『も』『の』『の』

 また止まった。

『け』『ま』『せ』『ん』

「けません? 何じゃそりゃ。まあいいや。次、藤林な」

「それでは。明日の選抜競争はどうですか?」

『ね』『ん』『ざ』

「…え?」

「ねんざ」

「いんふるねんざ」

「そのボケは駄目でしょう」

「あはは」

「……」

「………」

「もう、やめるか?」

「あ、指が勝手に…」

『も』『う』『ち』『ょ』『っ』『と』

 

<音羽家>

 のんだくれた挙句に巨大ないびきをかく親父二人組に囲まれて体を横たえる気分はどうだと、俺はみんなに問い質したい。

 

 

筆:黒井秋彦

 

 

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