旅立ちの予感
冒険なんて、ゲームや物語の中だけのことだと思っていた。
子供の頃から俺のやりたいことは「危ない」「心配をかけるな」と周りに止められてばかりだった。仕事で帰りが遅く家にいるときは俺を外に出したがらないおふくろを悲しませるわけにはいかなかったし、おやじは「目立つならスポーツでなく勉強で目立て」と言うばかりだった。
この学校で運命のことを知りいろいろ驚くことはあったけど、俺の運命レベルはネットゲームのように簡単に上がったりしなかったし、生活はそんなに変わらなかった。
囁きが発動する心配はないが、どこか拍子抜けした物足りない日々ではあった。
そんなときTVで「鳥人間コンテスト」を見て、これまでになく心に残った。俺の中の「探検家の想い出」が刺激されたのか。
翌朝の教室。「プロペラ機もすごいけど、滑空機部門も捨てがたいよね!」
人力飛行機の素晴らしさについて熱く語る元気娘がいた。
金髪と人懐っこい性格で前から気になっていた、アメリア・リンドバーグだ。
チラチラとそっちを見ていると・・・目が合ってしまった。
「あれ・・・もしかして双月くんもトリコン見たの?」
目を輝かせて言うのに、つい肯いた。
「じゃあこっちでもっと話そうよ!すごかったよね!日大がさあ・・・」
俺は目つきも愛想も悪いから、普通の女には敬遠される。だがアメリアは違った。
目が離せなくなったのは、熱をこめて語るたびにピコピコはねるアホ毛のせいだけではなかったろう。なんとなく見ていたTVだが、彼女にはそんなふうに映っていたのか。
なんだか自分が飛んでるような気になってきて、不思議だった。
2年になり俺は人力飛行機部に入った。
武道系の部と違って、もし運命レベルが上がってもノヴァリスの剣舞で味方を巻き込むようなことはないだろう。
ついでに引越しを決めた。アメリアや人力飛行機部のメンバーが住んでいるという「よもやま荘」だ。よもやま荘は入居者が少なく静かだった・・・そのときは。
入部してみれば資金もなくろくに活動もしていない有様だったが、それも気にならなかった。
■ ■ ■
俺が自分の中の満たされないものに気づいたのは、人力飛行機部が活性化してからだった。フリマでけっこう資金が稼げて居場所が見つかった気がして調子づいたがいよいよ実験機も手に入ってみると、改造について、パイロットの選抜について、熱く交わされる議論についていけない。
専門用語は俺にはちんぷんかんぷんだったし、飛行機作りの役に立てるほど器用でもない。
パイロットを志願していたアメリアに「浮ついててごめん」と謝られて驚いた。
技術的なものはわからないが、情熱ということではアメリアは申し分ない。
まあトリコンで女性パイロットがめったにいないことからして、体力的な問題はあるのかもしれないが。
そういうと「響くんはどうなの?」と問われた。
「俺?・・・パイロットになる気はねえよ。目立ちたくないし」
飛びたい気持ちがないと言ったらウソになる。
でも俺は、記録を出したいわけじゃない・・・もちろんみんなで協力して記録を出したいという気持ちはあるんだが。なんというか・・・俺が飛びたい気持ちはそれとは違うんだ。
・・・でもそれじゃ俺は、何をしたいんだろう?
■ ■ ■
最近アメリアの元気がないのが気になっていた。我楽多舎での活動がうまくいってないらしい。だが俺も人の心配をする余裕はない。双子の対決は浅葱が2敗してしまい、このままだと救う方法が見つかる前に勝負が決まってしまう。
アメリアはいつも仲間に囲まれてるし、俺が心配することじゃないよな・・・。
そんなことを思いながらよもやま荘へ向かっていた俺は、大きなリュックを背負った神代姉妹と出くわした。いつもは威勢のいい二人がとても悔しそうな表情だった。
雨の中濡れた顔が気のせいか泣いているようにも見えて、俺は少し動揺した。
その理由は夕食のときに語られた。湘南キャンプを決行しようとして町の人たちに止められ、思い余って刀を振り回したところを納得先生の姉に止められて愛刀も取り上げられたのだという。
・・・神社の巫女が街中で刀振り回すってやばすぎだろ。
しかし外に出るのを先生に止められるならわかるが、町ぐるみで妨害されるというのは・・・なんだか納得いかない話だった。
「公界往来実践塾は、『旅をしよう』って趣旨なのに!」
それは確かアメリアも入っている特設校で、人力飛行機部の作業場でもある。
俺にも旅をしたい気持ちはある。
今は無理でも大学生になれば、と思っていたが・・・。
悔しさと怒りを隠せない神代たちの気持ちは分かる気がする。そんなにも止められなければならない、どんな理由があるってんだ?
気になる。なんだか、じっとしてられないほど気になる。
俺は部屋に戻りしばらく考えた。
浮かんだ考えは唐突なものだった。だがベストの選択かもしれない。
別に失うものはないはずだ。ためらうことのほうが後悔が大きいんじゃないか。
すでに俺は人力飛行機部でもよもやま荘でも奴らに関わっている。運命があるならこうなることは決まっていたのかもしれない。
ままよ、と俺は神代姉妹の元を訪れた。
いぶかしげにこちらを見ている神楽と風霞に前置きなく告げた。
「公界往来実践塾に、転入させてほしい」
〈了〉
筆 蒼夏