<吸血鬼の成り立ち>
人間と敵対する「この世ならざる者」達の中でも、吸血鬼は最も名前の知られた手合です。しかしながら、その成り立ちにつきましては、実の所はっきりした事は分かっていません。
現存する吸血鬼達は、全員が元々は人間でした。彼らは「ヴァンパイア・ウィルス」とでも呼ぶべきものに、罹患した人間の成れの果てです。ただ、拡大するウィルスには大元があったはずであり、恐らく吸血鬼には真祖のような者が居たのではないかと、ハンター達の間では考えられています。何時から真祖が出現したのかは定かではありませんが、恐らく現存する吸血鬼達は、たった1人から始まったウィルスを共有する、血縁同士と言えるのかもしれません。
吸血鬼は中世期の欧州から世界規模へと活動範囲を波及させ、人間との暗闘を19世紀の終わり頃まで繰り広げてきました。しかし、人間側の科学力、それに伴う兵器類が飛躍的に進歩したのを皮切りに、吸血鬼達は減少の一途を辿り続け、現代では滅亡寸前の状態となっています。
<吸血鬼の性質>
吸血鬼はよく知られている通り、人間を襲って生き血を啜り、己が生きる為の糧とする怪物です。散々小説や映画の題材にされてきましたから、人間と吸血鬼がどのように関わり、戦うのかを、それこそ大多数の一般の人々はよくよく承知されているでしょう。しかしながらその性質につきましては、現実のそれとは大きく異なる点があります。
・昼も動ける。
日の光を浴びると大火傷を負ったり灰になったり等は、現実としてありません。吸血鬼は昼でも動けます。ただ、夜に運動能力が活性化するのは確かであり、逆に昼は普通の人間並みに力を落としてしまいます。吸血鬼がナイトウォーカーと別称される所以がそれなのです。
・十字架、ニンニク、聖水、心臓に杭、等は弱点ではない。
吸血鬼は不老不死の病に罹患した元人間です。元から十字架や聖水を見てひきつけを起こすような人でもなければ、吸血鬼も別にそれらは苦手としないのです。ニンニクは人間と同じように、臭いへの好き嫌いがあるでしょう。心臓に杭は人間ならば普通に即死ですが、吸血鬼は首から下へのあらゆる怪我を高速回復させますので、重要内臓の破壊も吸血鬼には通用しません。
このように書くと吸血鬼は正に無敵に思える存在ですが、やはりこの世に無敵の生物などというものは存在し得ません。吸血鬼にも弱点はあります。
・首と胴体を切り離せば、完全に死に至る。
吸血鬼を殺す唯一の手段が、首の切断です。さすがにここまでされると吸血鬼でも死に至るのですが、恐らく頭部全体が吸血鬼を吸血鬼たらしめている要因なのでしょう。
・死人の血を体内に吸収すると、一定時間体が麻痺する。
吸血鬼は生きている人間の血を糧とします。所謂鮮血ですが、鮮血から何らかの要素が失われた死人の血は、吸血鬼にとって猛毒となります。強力な破壊兵器を持たない昔のハンター達は、この手段でもって吸血鬼との危険な格闘戦を凌いできたのです。
以上、空想と現実の吸血鬼の相違を挙げましたが、他にも一般にはあまり知られていない、吸血鬼ならではの特性があります。
・実は、牛の血でも代替食料になる。
基本的に人間の食料は吸血鬼にとり、摂取し消化して排泄する過程において、何ら栄養になりません。アルコール類は僅かに酔いを楽しめるようですが、それだけです。飽くまで主要な栄養は人間の血から補給する吸血鬼ですが、実はあらゆる動物類でも牛の血だけは、人間のそれ並に栄養を得られます。ただ、牛の血は恐ろしく不味いらしく、空腹に追い込まれて仕方なく牛を襲う、という例外を除いて、滅多と吸血鬼がその血を飲む事はありません。稀に牛が血を抜き取られて殺される事件を耳にしますが、その近場には吸血鬼が居る可能性があります。
・吸血鬼は男女互いに、生涯ただ1人の相手のみを愛する。
人間には恐ろしい天敵というイメージしかない吸血鬼ですが、実は自身の集団の中では非常に高いモラルを保っています。その最たる特性として挙げられるのが、永きに続く生涯の中で、愛する異性をたった1人に定める、という点です。基本的に恋愛絡みは淡白な吸血鬼ですが、ひとたび恋をして婚姻を結ぶと、その相手の為なら躊躇無く命を捨てられる程、生涯に渡って強く愛し抜きます。ですので、婚姻をした相手がハンターに殺されようものなら、吸血鬼は正常な判断能力を失い、復讐心の塊となって殺した者に襲い掛かってくるでしょう。実はこの特性を利用してハンターが吸血鬼を返り討ちにするのも、戦い方としては常套手段でした。こうなると、どちらが本当に邪悪なのか分からなくなりますね。
・吸血鬼は性交による繁殖はしない。自らの血を人間の血管に注ぎ込んで吸血鬼に同化させ、その数を増やす。
吸血鬼は生殖機能を喪失しています。ですので、実はダンピールのような人間とのハーフは現実には存在しません。吸血鬼がその数を増やす手段は、血液を人間の傷口に流し込むという一点のみです。噛みついて血を啜るだけでは、人間は吸血鬼になりません。そもそも一旦噛みついて血を貪り始めれば、吸血鬼は人間が死ぬまでその血を吸い尽くします。
<吸血鬼の現状>
先にも述べた通り、今や吸血鬼という種族は絶滅状態を迎えようとしています。
ハンターに追われた吸血鬼達は細々と集団生活を営み、大抵は人気のない山地でひっそりと暮らし、時折街に出て人間をさらう日々を送っています。が、それすらも抜け目ないハンターに突き止められ、吸血鬼のグループは着々とその数を減らしつつあるのです。人間にとっては朗報ですが、吸血鬼の中から強い危機感を覚える者が出てくるのは、当然と言えるでしょう。
その吸血鬼は、名をレノーラと称しています。彼女は大都市サンフランシスコに敢えて身を置き、彼女に付き従う仲間達と共に、ある選択を取りました。
人間への吸血を止め、牛の血のみで生活する事です。つまりは人間との戦いを放棄し、自分達の変化をハンター達に知らせ、翻ってハンター達にも認識の変化を促す。極めて消極的な生存手段でありますが、これまでの人間を一段下に見下す吸血鬼とは全く異なる、斬新な改革をレノーラは実行しました。
レノーラ達と実際に接触したハンターの口添えもあって、今の所サンフランシスコの「酒場」の面々は、レノーラの集団の存在を黙認しています。しかし、レノーラが女帝級の危険な吸血鬼であるとの認識は変えておりませんし、また彼女の集団を信用している訳でもありません。加えて彼女の仲間の吸血鬼にも、人間への屈服に近い現状を、快く思っていない者が見受けられます。
果たしてレノーラの試みは、如何なる結末を迎えるのでしょうか?
「吸血鬼」について