アメリカは独立を宣言してから230年少しという若い国ですが、豊かな歴史的土壌を持つ欧州やアジアの国々と同じように、土着の民話というものがあります。

 それは元来のアメリカ人であるところのネイティブ・アメリカン、インディアンが伝えてきた話です。自然環境と密接に共生しながら生きてきたインディアンは、ユーモアもありながら、時には恐るべき「この世ならざる者」とも深く関わってきました。今回紹介するのは、彼らが残した伝説の中でも最も手強い相手の1つ、ウェンディゴ。森に潜む邪悪なる者です。

 ハンターがウェンディゴと交戦した記録は幾つか残っており、一番新しいところでは、ほんの3年ほど前にウィンチェスター兄弟から聞いた、コロラド州ロスト・クリーク連続失踪事件が思い出されます。頻度がそう高くないとは言え、人狼に比べればまだしも出遭う確率の高いウェンディゴは、案の定元々は人間だった「この世ならざる者」です。しかしながら、その身体能力に人間の頃の名残は残っておらず、頑強でありながら狡猾でもあります。ウェンディゴは人間にとっての、恐るべき「ハンター」と言えるでしょう。

 

ウェンディゴの成り立ち

 伝承の中でウェンディゴは精霊のようなものと位置付けられる事がありますが、実際のそれは肉体を持った化け物です。

 身長は3~4m。全身が剛毛で固められ、異常に長い舌を持っています。やせ細った手足からは考えられない程の腕力を有し、その拳が振り下ろす一撃は、人間の頭を木っ端微塵に打ち砕くなど造作もありません。かように人間から極端に離れた特徴を持つウェンディゴですが、何故このようなものが出現してしまったのかには、一応の理由があります。

 ウェンディゴは、元々がインディアンの狩人だった事が多いようです。或いは森に迷い込んで出られなくなってしまった人間の成れの果て。

 森から出られなくなってしまった人間が最終的に飢えて死を迎える直前、非常に稀でありますが、森に潜む邪なもの、恐らく土地の邪精霊と身も心も結託する事がありました。極度の飢餓に支配されていた彼は、その本能を「飢えを癒す」事にのみ集約し、ウェンディゴとなって転生を遂げた、という訳です。ウェンディゴは常に飢えており、幾ら捕食を行なおうが、その飢餓感から開放される事はありません。数年の単位で休眠する以外、その行動は捕食だけに費やされるのです。

 何しろ心が誤った方に捻じ曲がっていますので、ウェンディゴは野生動物を捕まえて食べる事はせず、狙いを人間のみに絞っています。恐ろしい事に、彼らは人肉だけを食料としているのです。共食いは人間にとって最大禁忌の1つですが、それを邪悪であると認識するところから、ウェンディゴというこの世ならざる者の本能が形成されたのかもしれません。何しろ追い込まれた人間は、生き残る為ならどんな事でもします。その心の隙を突かれた挙句の果てに、禁忌を全肯定する怪物が誕生したのでしょう。

 

ウェンディゴへの対処

 ウェンディゴは獰猛で貪欲で邪悪です。そして非常に優秀な狩人でもあります。パワー、五感、そして速度は人間の比ではありません。真正面から激突するのは出来るだけ避けるべきです。

 ウェンディゴは、その本能において野生の肉食獣を一際醜悪にしたような代物ですが、厄介な事に人間の知恵が悪い方向に残っています。獲物を狩り、貪り食う為に、彼らはあらゆる手段を用いてきます。その一つが、人間の声帯の完全模写です。人の声を真似て獲物をおびき寄せ、自らの住処に引き摺り込む。ウェンディゴを追う際に自分達を呼ぶ声が聞こえたときは、反射的に動かず十分に注意しましょう。その他にも、わざとやられた振りをする、音を消して忍び寄る、単純ながら罠を仕掛ける等、ウェンディゴはかなりの知恵を回してくる事を頭に含めておいて下さい。

 いざ、ウェンディゴに直接挑む状況へと持ち込んだ場合でも、注意すべき事柄があります。

 ウェンディゴは、普通の刀剣や銃器では殺せません。

 呪的な処置が施された武具を使用しても、敵の力を削る事は出来るでしょうが、とどめの一撃には決して至らないのです。

 じゃあ、どうすればいいのか、と言いますと、実はウェンディゴには弱点があります。それは心臓です。しかも心臓をただ刺し貫くだけでは駄目でして、更に火で燃やす必要があります。こう書くと、実際其処に至る道筋が如何にも大変である事がお分かりになるでしょう。

 ウェンディゴは、氷の精霊の別名を持っています。或いは氷の心臓を持つ獣、とも。つまりは孤独と飢餓に苛まれて人としての心を失った怪物の、氷の心臓は正にその象徴であるのかもしれません。

 

 

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この世ならざる者達:『ウェンディゴ』