水と、人の生活とは切っても切り離せないものです。水は人間が生存する為には必須の物質であり、また河川や海がもたらす恵みについては言うまでもないでしょう。

 その一方で、ひとたび水が牙を剥けば、人間は容易く蹂躙されます。旱魃、洪水、津波。それらの災害がどれだけ恐ろしいものか、骨身に染みて思い知らされる歴史を私達は紡いできました。

 かように人の生と死に密接する水ですから、それに纏わる怪異は世界中の至るところで伝えられています。結局この世ならざる者とは、人の思い入れの度が越えた代物という面もありますから、水に絡むそれらの気質は極端です。親しみと敬意を示すものも居れば、強大な死の力を振るう輩も居ます。前者に出逢うという僥倖を得られる確率は、ロトくじ一等賞よりも低いでしょう。そういう訳で、残念ながらハンターが対処せねばならないのは危険な後者という事になりますね。

 

水妖の解説

 さて、一口に水妖と言っても西にローレライ、東に河童と範囲は余りにも広過ぎ、ここで全てを紹介する事などは到底出来ません。よって、ここでは或る一種に的を絞ってみようと考えます。

 サンフランシスコでサタニストが引き起こした事件は一応の決着を見ましたが、その過程でドグ・メイヤー氏は奇妙な水妖と関わりました。その水妖は自らを『ルクス、水のばけもの』と名乗っています。

 ルクス?

 そのような名前の水妖は聞いた事がありません。ドグ氏の聞き間違いではないかと考えたのですが、どうやらその名前で間違いは無いようです。実は、似たような名前の水妖を私は知っていて、当初はそれと勘違いされたものと思っていました。

 私が知っているのは『ニクス』です。

 ニクスはドイツの伝承に伝わる水妖で、その性質はロシアのヴォジャノーイやルサルカを合わせたような化け物です。何れもあまり聞き慣れない名の水妖ですが、つまりそれらには人間を水中に引き摺り込んで殺すという悪癖があります。ただ、ニクスは大抵の場合、見目麗しい美男子なのです。それに対して、ルクスは大層な美女であったとの事ですが。

 またルクスには、2つの特徴的な性質があるとも聞きました。

 一つは、巨大な馬に変化したという事。これはニクスにも共通する特徴です。ニクスはベクハストと別称される馬の姿でもって出現する事があり、人間を乗せるとすぐに入水して、乗り手を溺れさせてしまいます。ケルト伝承のケルピーやアハ・イシュケもそうですね。

 ただ、もう一つの「肝臓以外の人肉を喰らう」とは、アハ・イシュケ独特のものです。この残虐かつ奇妙な趣向はアハ・イシュケ以外には聞いた事がありません。書いていて私も混乱を来してしまいました。

 以上の列記事項を踏まえて考えますと、ルクスとは様々な水妖の特性を併せ持った怪物である、という事です。しかし私は、ルクスが今までその存在を知られていなかった新種の水妖とは思いません。複数種の水妖の、既存の特性を偶然併せ持っていると考える程、私は素直ではないのです。

 これは私の想定ですが、ルクスとは何者かによって作為的に作り出された水妖なのだと思います。

 

水妖への対処

 ルクスはドグ氏に仕える旨を宣言しています。人間に仕える水妖というのも、あまり聞いた事がありませんが。つまりルクスは現時点において、少なくともドグ氏に対しては危険な存在とは言えないでしょう。

 しかしながら、前掲の水妖を参考とした場合、ルクスはあまりにも危険なこの世ならざる者だと私は判断します。以下、ルクスへの注意事項を列挙致しますので、特にドグ氏には御参考戴ければ幸いです。

 

・他の人間の居る場所で呼び出さない事。

 ルクスは特定の人物に仕えていますが、絶対に人間の味方ではありません。

・河川や海のある場所では呼び出さない事。

 ベクハストには乗り手の人間を溺死させるという悪癖があります。幾ら仕えるとは言っても、その習性が主人には適用されないとは決して言えません。

・精神的な交流が出来るとは思わない事。

 ルクスは、元々人間の吸血鬼等とは存在の意味が異なります。人語を操って人間の姿をしていても、その中身には相互理解不可能な精神性を備えています。美人で面白い性格のように見えるかもしれませんが、ルクスは完全無欠の化け物であると心得た方が良いでしょう。

 

 かように危険なルクスを果たして抹殺する手段があるかと問われれば、今のところ弱点と呼べるものを思いつきません。「コルト」があれば話は別なのですが、取り敢えず様子見をするしかないでしょう。

 ルクスは、ドグ氏が死んだ後にその体を喰らうと宣言しています。死んでしまった後ならば、それはそれで構わないとの考え方があるかもしれません。しかし、どうか御注意下さい。ルクスは確かに主の味方かもしれませんが、主を早死にさせるように仕向ける可能性も捨て切れませんから。

 

 

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この世ならざる者達:『水妖』