ドグ・メイヤー君が不幸にも関わってしまった風変わりな水妖、ルクスの事を考えるのは非常に興味深い。

 いや、ドグ君に対しては実に失礼な話だが、件の化け物の持つ力とその立ち位置に関して考えを深めて行くと、極めて特異なこの世ならざる者である事が分かるのだ。実に面白い考察の対象である。

 いやいや、現在進行形で扱いに困り果てているドグ君には申し訳なく思う。一応のところ、ルクスはドグ君の配下に納まり、その立場を覆す腹は無いらしい。しかしながら、それ以外の人間を捕食対象とする向きは頑として変えぬであろう。彼以外の人間が他にも居た中で、前の次席帝級との戦にルクスが集中していたのは、目の前の敵が身に余る強さであったからだ。その場の人間に食欲を示し、余計な隙をジルに見せる程、ルクスは愚かな存在ではないという事だ。そう、奴は戦う為に作り出された、最新かつ狡猾な水妖なのだと言えよう。

 

ルクスについての考察

 実に驚くべき事であったが、あの次席帝級ジル・ド・レエを向こうに回し、ルクスは相当の力を示していた。レノーラすら子ども扱いの怪物を相手にしながら、である。かの戦でジルを驚かせた攻撃は2つあったが、その内の1つがルクスの持つ毒であった、という訳だ。

 吸血鬼に対する猛毒を所持する水妖などは、恐らく世界広しと言えどルクスただ一体であろうな。戦いの最中でドグ君も気付いておったが、この点にルクスという化け物の真髄が隠されている。

 真祖ルスケスが率いる吸血鬼の群れと、カスパールを首領とした悪魔達の集団は、サンフランシスコにおいて有形無形の協力態勢を築いているのは最早常識の話だが、その協力はどうやら紙一重の危うい代物であるらしい。

 カスパールもルスケスも、恐らくサマエルには膝を屈しているはずだ。あの大魔王に逆らう事は考えもしないだろう。ただ、その足元で、彼奴らは徐々に対立する状況に移りつつあるのかもしれんな。そうでなければ、カスパールが対吸血鬼用の化け物を、当初配下に収めようとしていた動きの説明が他につかないのだ。

 しかしながら、それが単純な主導権獲得の為の争いとは私は思わない。ここからは完全な予想だが、多分、サマエルは全ての勢力が均等に争い合う世界を、このサンフランシスコに構築しようとしているのだろう。果たしてそれにどのような意味があるのか。諸君らにもしも一息つく時間があるのなら、一度考えを巡らせる事をお勧めしたい。

 お、いかん。ルクスの事を置き去りにしておった。

 ルクスは様々な水妖の特徴が掛け合わされた合成生物(キメラ)だ。それも主として吸血鬼の天敵としての特性を設定された、極めて戦闘向きの強力な奴である。だから極力、弱点と言うものは除外されている事が想像出来る。果たしてこれとどのように向き合うか。しかしながら、それを決定するのはドグ君、君自身だと言っておこう。

 

ルクスへの対処

 それと言うのも、この一連の難事件が終わりを迎えた後の話だ。ドグ君は、ルクスにどのような処遇を施すつもりか、という事なのだ。このまま奇妙な共同生活を続け、君が死を迎えた後に美食を供するか。或いはそれを良しとせずに、ルクスを殺すのか。

 前もって言わねばならないのだが、選択はこの二つしかない。共に生き、相互理解を経て彼女の意識に変革を及ぼすのは不可能だ。人間由来のこの世ならざる者ならば、僅かでも目はあるかもしれない。しかしルクスは、そうではない。私の想定だが、奴は件の地下空間で作られた死霊と死肉の寄せ集めではないと考える。特別な儀式を経て作り出された、完全無欠の人外なのだ。ルクスは連綿と継がれる生態系の親戚ですらない、という事だ。実のところ、このサンフランシスコでは珍しいタイプのこの世ならざる者かもしれん。

 個人的な感想を述べるならば、ルクスに遺骸をくれてやる事はお勧めしない。何故ならドグ君を食らった後、ルクスは彼の下僕という制約を離れ、自由を謳歌する事になるからだ。高位の吸血鬼とすら勝負出来る化け物を、一般社会に解き放てばどうなるか、結果は火を見るよりも明らかだ。恐らく無差別の死体の山が築かれる事になる。神出鬼没のあれを打倒するのは、並大抵の所行ではない。

 だから私は、ルクスという存在を最終的にこの世から消し去る選択をドグ君に希望する。しかしながら、こればかりはドグ君の意思が決定する事だ。どのような決着を迎えさせるか、ドグ君はそれを念頭に置きながらルクスと向き合い給え。

 そしてルクスを消滅させる手段だが、私には一つしか想像出来ない。何しろジルに真っ二つに裂かれても、のうのうと生き永らえるような怪物なのでね。

 その手段に関しては、追々ドグ君にのみ告げる事としよう。ルクスに手を下す権利を持つのは、彼しか居ない。

 

 

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この世ならざる者達:『水妖追補』