君達は様々な種別のこの世ならざる者と向き合い、多くの場合は血で血を洗う戦いを繰り広げてきた。

 こう言うとノブレムの諸氏は気を悪くするかもしれないが、吸血鬼はサマエルこそが真の元祖だ。大きく数を減らし、多分路地裏の片隅でガタガタ震えている木っ端悪魔共も、サマエルの覚え目出度いカスパールが引っかき集め、奴隷の如く従わせた連中である。そのカスパールによって、ウェンディゴやゾンビ、更には新型のカースド・マペットやルクスなんていう変り種も繰り出された訳だ。ダエヴァの一団はサマエルの強力な支配下に置かれていたな。そして忘れてはならない、サマエル自身が創造した新造天使達。その最たる存在が、既に堕落しきってはいるものの、未だ恐るべきルスケスである。

 こうして書き出して行くと分かり易い。サンフランシスコで発生した怪異に関わったこの世ならざる者達は、尽くサマエルが支配していたもの、又は創造したものという訳なのだ。

 しかしつい最近、その範疇に収まらない代物が出現した。それが今回の話題であるところのシェミハザだ。

 シェミハザは風変わりにも程がある。彼はサマエルが創ったものではない。名も無き神を造物主とする、由緒正しい堕天使だ。そしてダエヴァのようにサマエルの縛りがある訳ではない。奇天烈な言動からはサマエルへの忠誠が窺える。カスパールと立場は似ているものの、あれは健気な下僕といった按配で、シェミハザは何と言うか、もっと自由な感じがする。手下ではなく、協力者という認識がしっくりくる。しかも存在の激烈さはカスパールの比ではない。最終の戦が始まろうとするタイミングで、えげつないヤツが現れたものだ。

 それにしても、シェミハザとサマエルの繋がりには幾分興味をひかれる。彼という存在について、サマエルとの関連とも絡めながら考察を進めてみよう。

 

伝承上のシェミハザ

 グリゴリ、又はエグリゴリという天使の集団については、知識として御存知の方は多かろう。エノク書に詳細が書かれている。人類の監視者として、名も無き神に遣わされた天使達だ。その数は、凡そ200人程度。地上に顕現する際は基本的に群れない彼らとしては、大集団と言えよう。

 そんなエグリゴリが、人間の娘達の美しさに心を奪われた。で、嫁にしたいと考えた。このくだりを読んだ時は、子供心に「なぁにが天使か」と思ったものだ。それでもエグリゴリの中のリーダー格であるシェミハザは「おいおいおい」と突っ込んだ。そして言った。

『まずいよそれ。それは幾ら何でもまず過ぎる』

『大丈夫だ。そもそも天使1人につき嫁1人というのは倫理的にも問題ない。夫婦善哉だ』

『しかし我々は作之助ではなく天使なのだが』

『天使だから迸る情愛を抑え込めとは、あまりに無体ではないか。それに見よ、人間の娘達を。あれを見てどう思う?』

『可愛いな』

『そうであろう、そうであろう。君も娶り給えよシェミハザ。バラ色の新婚生活だよ』

『…分かった。しかし抜け駆けで「やっぱり止めた」は無しだぞ? 後でリーダーである私1人が罰せられるとかも嫌だぞ? 連帯責任を全員で誓うんだぞ? 誓いを破った奴は罰則つきだからな。互いが互いに呪いを掛け合う。これでどうだ』

『OKOK』

 自制が全く効いていない安直な行動を鑑みれば、この程度の描写で構わん。

 結果エグリゴリは肉欲に溺れ、堕落を極め、思うままに秘匿されていた知識を伝えた。知識を備えたものの性根は愚かなままであったので、人間達もどっぷりと悪徳にはまった。人間世界は酒池肉林と阿鼻叫喚だ。当然ながら一部始終を見ていた名も無き神は、でかいため息をついた後、エグリゴリを全員地の底に叩き落した挙句、地上を洪水でもって綺麗に洗い流したという事だ。

 改めて思うのだが、筋立てが乱暴にも程がある。例の神さん絡みの逸話は、善と悪の扱いがあまりにも両極端だし、暴力的結末が多過ぎる。加えて事ある毎に言ってきたが、文化英雄の扱いが辛い。人間が知識を得たり、出来る事の範囲を広げる行ないに対しては、極刑級の罪悪と看做す。全くもって気に食わん。知らない事を知ろうとして何が悪い。

 神々の影響力が昔に比べて限定的になりつつあるのは、人間の科学や文化が成熟を重ねる流れに符合している訳だ。旧約聖書のみならず、知らないでいいものは知らなくとも良いという説教が数多の神話で多く見られる。存外それは、力の減衰を恐れた神々の意向が人間に影響したから、なのかもしれん。尤も、この現代社会で未だに神を勝手に奉じ、壮大な殺し合いを繰り返している有様では、ルシファが嬉々として暴れ回るのも無理はなかろう。

 おっと、話が逸れた。

 つまるところ、上記の言い伝えは今回も似ているようで異なっていた。実際のシェミハザはハンター諸君が目の当たりにした通り、恐々ウキウキと人間の女を娶るような生易しい代物ではなかったのだ。

 

シェミハザとサマエル

 シェミハザとサマエルは似ている。

 共に人を愛しているとの公言をはばからず、その実は極めて独善的だ。真に人を救う為には、救う対象であるはずの人を死に至らしめるのも仕方ない、と彼らは考えている。いや、仕方ないと言えば、行ないに不義理がある事を認めているので、その表現は正しくない。彼らはまるで、飯を食い終わった後の食器を洗って片付けるかのように、人の生き死にを当たり前に左右する感性の持ち主なのだ。

 天使というものは押し並べて名も無き神に傅く、傍目には画一的な存在だが、実際はそうではない。人間同様の多彩な個性が彼らにはある。それを端的に示したのが天使戦争の顛末だ。本来であればルシファとサタン(サマエル)が組んだ時点で、ミカエル側との戦力差は大きく開いていたはずだが、結果は尽く討ち取られて地の底に封じられるという惨敗に終った。何故かと言えば、ルシファとサタン(サマエル)の目指す方向性がまるで異なっていたからだ。そうなると、逆賊討つべしで意思統一が為されていたであろうミカエル陣営に勝つ事は出来ない。

 それだけの違いと多様性が天使にもあるという事実に対して、天使自身の理解は薄い。既に戦争が起こったという結果が出ているにも関わらず、志向の混沌は人間特有の症状と、天からの目線で見下しているのだから性質が悪い。それこそが人間と天使のコミュニケーションが成立し辛い根本の要因だ。

 翻って、シェミハザとサマエルは似ていた。恐らく相似を先に認めたのはサマエルなのだ。天使戦争でルシファは相当の配下を率いていたらしいが、サタン(サマエル)の方はそうでもなかったようだ。天使の中でも考えている事がよく分からない部類などとガブリエルに評価されているぐらいだから、卑近の物言いをすれば友達が少なかったのだろう。だから、志向するところが似ている天使は、サマエルにとって貴重な存在であったに違いない。

 ところでサマエルがガブリエル言うところのボッチ野郎だった理由は、彼が天使を創造出来る天使である事に起因しているのかもしれない。自分の周囲にイエスマンをはべらせれば、耳障りな言葉で自分を諭してくれる者を遠ざけてしまうという訳だ。何だか駄目なワンマン経営者みたいな話だ。申し訳ない、また話が逸れてしまった。

 次いで言えば、シェミハザがあれだけの存在でありながら今まで全くと言っていいほど気配すら見せなかったのは、恐らくサマエルが地上への顕現を果たしたと同時に、シェミハザを引き連れてきたからではないかと私は考えている。かつてサマエルの数少ない部下であった天使アガーテが、マーサ本部の地下祭壇でシェミハザと対話した際の内容がその根拠だ。時系列的には、天使戦争が始まる以前にシェミハザは封じられていた。アガーテは天使戦争後のサマエルの暗躍にかなり深いところまで携わった者だが、暗躍へのシェミハザの関与を知ったのは地下祭壇での遭遇が初めてであるようだった。

 恐らくサマエルにとって、シェミハザはルスケスに匹敵する切り札であったのだ。だからその存在が、味方にすら最後まで伏せられていた、と私は考えている。

 ただ、である。ただ、地の底から引き上げてくれた恩義に報いる為の忠誠とは言え、シェミハザとしてはサマエルとの対等な同盟を意識しているように思える。彼の言動があまりにも自身の欲望に忠実で、サマエルへの配慮が薄いような気がするのだ。しかしながらサマエルは、高い実力に裏打ちされた自意識でもって、シェミハザを配下に収めたと捉えている事だろう。丁度、自らが創り出した天使に対するように。

 両者の認識の齟齬を、恐らく両者は気付いていない。シェミハザに対抗しようと考えている方々は、その点を踏まえておくと良いだろう。

 

 

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この世ならざる者達:『特異存在としてのシェミハザ』