シュテファン・マイヤーの頭の中には、この家屋の見取り図が余さず記憶されている。とは言え、それと実際に目で見る状景とが合致する訳もない。意外な場所に家具類がはみ出していれば、脳に描いた行程に微調整を加える必要がある。シュテファンは慎重を期し、暗闇の中を足音も立てずに歩を進めた。

 チャイナタウン、元肉屋の店舗で起こった2人の失踪事件について、参加したハンターは3人。基本単独行動の彼らにとって、連携行動は稀な事だった。サンフランシスコに多くのハンターが集結する所以だが、おかげで今回の件に際しては明確な役割分担が形成されている。シュテフは先行偵察の役回りだ。早い話が「ちょっと行って見てくる」の人である。勿論危険度は高い。

 店は小ぢんまりとしたレストランに改装され、客が席に着くはずだった丸テーブルが居並ぶ様は何処か寂しい。厨房とダイニングは完全に仕切られていて、今のところは怪しい何かは見当たらない。恐らく本命は厨房だろうと、シュテファンは当たりをつけた。其処は過去の殺人事件で肉屋の主人が自分の妻を解体した場所だ。

 EMF探知機のスイッチをON。軽く振ると、ある一点の方向でメーターが大きく針を揺らす。通常のハンターが扱うと、目標に相当接近しなければセンサーが感知しないのだが、彼のように「スカウター」と呼称される者が持てば、探知機はある程度離れた場所からでも、対象の明確な所在を知らせてくれる。案の定、厨房に「それ」は居る。

 シュテファンは自らの心を閉じた。スカウターが「この世ならざる者」の注意から目を逸らす技術の1つ。隠身。

 彼らは物理的にも身を隠すのが上手いのだが、此度の手合い、恐らくは悪霊の目から逃れるには、相手に対して無関心になるのが肝要なのだ。悪霊は鋭敏に人の気配を察知して来るが、それは人の心の「揺れ」のようなものを見通せるから、らしい。闇を覗けば、闇もこちらを覗いてくる。ならば闇など覗かねば良いという理屈だ。しかしこんな芸当はスカウターにしか出来ない。

 シュテファンは厨房に繋がる扉を音も無く開いた。途端に聞こえる、何かをリズミカルに叩く音。次いで凄まじい腐敗臭が漂ってきた。それでもシュテファンは全く心を動かさず、悪臭の中心にあるものを視界に置いた。

 肉切り包丁で何もないまな板を叩き続けている男が居る。事前に写真で見て知っていた。あれは行方不明になった、この店の新しいオーナーだ。何が可笑しいのかは分からないが、虚ろな笑顔で時折空気の抜けるような音を口から漏らしている。鼻歌のつもりらしい。角度をずらすと、顔面が丁度真ん中からざっくりと割れているのが分かった。彼はとっくに死んでいた。干からびて赤黒く変色した断面に、数匹のハエが纏わりついている。激しい腐敗臭も当然だ。

(臭い、ハエだと? 実体があるのか?)

 と、シュテファンは疑問に思った。思ってしまった。つまりは疑問を男に向け、都合男は彼の存在を知る事になる。男はシュテファンの方を向いた。訳の分からない笑顔のまま。

「あ、しまった」

 と、言い終えない内に、男は包丁を振り上げて走り寄って来た。しかしシュテファンは数歩後ろに下がっただけで逃げない。事前に扉の前を塩で遮断しておいたのだ。悪魔や悪霊の類は、これで行く手を遮る事が出来る。案の定男は扉の前で立ち止まり、出口を求めて厨房を徘徊し始めた。

「どうした物体X。扉は開いてるんだぜ」

 げらげらとシュテファンが笑う。この状況で笑ってしまう感受性の無さも大したものだが、その笑いには根拠がある。

 男はスタッフルームに繋がるもう一つの扉から厨房を出て行った。そしてスタッフルームはダイニングにも接続している。つまりは回り込んでこちらに向かってくる腹なのだが、これもシュテファンの計算内だった。スタッフルームからの扉が盛大に開かれた途端、天辺に仕掛けられていた聖水入りのバケツが引っ繰り返る。この種のシンプルな罠も、スカウターが張ると面白いように決まる。

 まともに聖水を頭から被り、さすがに男は唸り声を張り上げてのた打ち回り、ほうほうの体で厨房に逃げ帰った。聖水は床一面に広がっており、敵はもう扉から一歩も足を踏み出せない。これで相手は、ほぼ厨房一室に隔離された事になる。状況はハンター側が圧倒的優位となった。

 

 

 

<判定者より:スカウターの役割>

 スカウターは何しろ「この世ならざる者」相手の隠密行動が得意です。偵察にはうってつけのロールと言えます。相手の正体や状況の確認は本作を進行して頂くにあたり、かなり重要なウェイトを占めてきます。スカウターの活躍する場は多くなるでしょう。

 今回の話では悪霊に対しての身の隠し方を描写していましたが、スカウターは全種の「この世ならざる者」に対し、その術を心得ています。ですからアクトに「身を隠す」とだけ書いても、かなりの確率で見つかりません。ただ、相手が明らかに強力な存在であった場合はその限りではありません。アクトで「どのように隠れるか」を書いて頂きますと、その判定にはプラス補正が為されます。創意工夫を凝らして、状況に応じて色々試してみて下さい。

 同じ事が、実は「罠を張る」行動にも言えます。スカウターは矢張り全種の手合いに対し、その一言を書いて頂くだけでそれなりに対応出来るのですが、どのような罠を張るかはどうか考えてみて下さい。余程の「これは明らかに無理」といったアクトでもない限り、決して損の無い判定が為されるでしょう。

 気をつけねばならないのは、この世ならざる者との直接的な戦闘が、ガーディアン以下マフィアより上、程度だという事です(特技「悪魔祓い」は別ですが)。荒事は出来るだけ他のロールに任せておくのが無難でしょう。

 

 

 

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この世ならざる者の戦い:『スカウター』