「地震、洪水、トルネード。こうも立て続けに大災害が発生するのは、どうもな?」

 チャイニーズマフィア「庸」の最高幹部の1人、王広平は呟きながら新聞を閉じ、慌てた調子で南西部のトルネード被害を実況する、深夜のCNNヘッドラインニュースを消した。

 ここ最近の世界情勢は、大体こんな調子だ。新聞の一面を占め尽くすような自然災害のニュースが、今年に入ってから王の知る限りで十件以上起きている。他にも紛争地域の急激な状況悪化。頻発する暴動。地球環境と人の心が、歩調を合わせて終末へと向かっているように思える。

 テレビや新聞では、知識層が昨今の異常事態を喧々諤々に論じているが、得てして「ならば、どうすべきか」という結論は出せていない。それは当然の事で、何故これほど世界が混乱しているのか、その理由が分からないからだ。しかし王は知っている。飽くまで伝え聞いた話であるものの、ハンター達がしきりに噂する最悪の展開を。

 サタンの別名を持つ大悪魔、ルシファが地上に顕現した。黙示録の始まり。何れ勃発するだろう最終戦争。終わる世界。昔の王なら一笑に付す妄想物語だが、今は違う。ハンターと関わり、都合「この世ならざる者」の存在を知った、今の王ならば。

 だからと言って、自分がどうこう出来る話ではないのは重々承知している。何しろ黙示録の只中にあって、ハンター自身も現状維持しか出来ないからだ。この事態を引き起こした何かは、人間などとは存在そのものの桁が違う。ならば取り敢えず、自分の手の届く範囲の仕事をするしかないと、その点では王とハンター達の認識は一致していた。

 先ずは目の前の事件に片をつけねばならない。王は「庸」の膝元、チャイナタウンの元肉屋で起こった奇怪な出来事を纏めたファイルを机上に広げた。

 かれこれ20年以上前の事だ。肉屋を経営する夫婦が、些細な事で喧嘩を始めた。エスカレートした挙句に主人が妻目掛けて肉切り包丁を投げつけ、それが勢い余って彼女の顔面を割ってしまったのだ。妻は即死し、主人は大いに錯乱する。しかし主人は、妻殺しを隠蔽する事にした。妻の死体を解体し、その肉を細切れにして店に並べるという、凡そ正気ではない手段でもって。行方不明になった彼女の親族が不審に思った所から事件は発覚し、主人は警察に逮捕された。ここで終わっていれば、猟奇的ではあるものの司法が解決出来る範疇である。問題は、それからだ。

 肉屋の主人は刑務所で自殺した。溝掃除に使うスコップの刃に、自らの顔面を叩きつけるというやり方だ。この話はチャイナタウンにも伝わり、元から気味悪がられていた元肉屋の店舗は、以降も買い手が全くつかなくなってしまった。

 しかし、ほとぼりが冷め切ったであろう2ヶ月前、遂に店舗に商売人が入った。格安で店を手に入れた彼の恵比須顔を、王は良く憶えている。しかし1ヶ月後には開店するはずだったレストランは、予定の時期を過ぎてもシャッターが閉ざされたままだった。次いで、商売人も全く姿を見せなくなった。おかしいと思った不動産屋が、「庸」に相談してから店に伺ったのが10日前。今に至るも、彼は結果を報告して来ない。不動産屋も行方不明になってしまったのだ。

 普通だったら警察に通報するところだが、王は直感でそれを抑え込んだ。あの元肉屋には、禍々しい何かがある。具体的に言えば「この世ならざる者」の関連。騒ぎを大きくすれば死体を増やすだけだ。先ずはそれを取り除き、然る後に警察を介入させる。王は「ジェイズ」に連絡を取り、結果複数のハンターがこの件に関わる事となった。

 固定電話の電子音が鳴る。ハンターの1人からだ。かけていた眼鏡を外し、王が受話器を取る。

「私だ」

『俺だ』

「誰だ」

『あんたこそ誰だ』

「無駄話はやめよう。確かシュテファン・マイヤーだったか? 首尾はどうだろう」

『いい月が出ている。静かな夜だ。静か過ぎて何だか寂しいぜ。ここはチャイナタウンの中心部なのにさ』

「その一角は上手く封鎖出来た。元締めの陸と盧には私から話をつけてある。適当な建築工事をでっちあげておいたから、多少の発砲音も問題無い」

『大した権限だな』

「こんなものは1日限定だよ。市や警察に嗅ぎつかれる前のゲリラ工事だ。一発勝負で頼みたい」

『もし何も見つかりませんでした、てな事になったら?』

「その時は私が仲間から嘲笑されるだけで済む。後は警察を呼んで終わり。安いものだ」

 それから2人は、元肉屋への突入について、綿密に打ち合わせた。

 肉屋の見取り図は参加するハンター全員に渡し、当時の事件の発生状況等、事前に収集した情報は全て彼らに伝えている。兎にも角にも、現場は繁華街の真っ只中で、このような機会は一度きりと考えるべきなのだろう。

「君が先行している間に、私もそちらへ向かう」

『やめとけ。言っちゃ悪いが、現場じゃ役に立たない』

「塩を詰めた散弾は撃てる。居ないよりマシくらいには働こう。空気かバクテリアくらいに私の事は考えてもらって結構だ」

『随分頑張るんだな?』

「ここは私のふるさとだ」

 受話器を置き、王はスーツの上着を脱いでネクタイを外した。傍らにはショルダーバッグ。中に折りたたみ式の散弾銃が入っている。

 こうしてサンフランシスコに複数の怪異現象が発生し、此度もその内の1つになる。事件の性格として、深刻ではあるものの他の出来事ほどには厄介ではない。と、ハンター達が言っているのを聞き、王は気分を害したものだ。自分にとっては、十分警戒すべき事件である。

 しかし、と、王は扉に向かう足早の歩みを止めた。確かに怪異現象は頻発しているものの、全米各地で起こる災害に比べれば、サンフランシスコは随分小さく纏まっているものだ、と。

 

 

<判定者より:マフィアの役割>

 マフィアは「この世ならざる者」との戦いに際して、あまり役に立ちません。確かに相応の戦闘能力を持っているのですが、異常な存在に対する状況判断や知識の応用といった面で、他のハンターロールに比べると数枚以上落ちます。つまり本来の戦う力を存分に発揮出来ないのです。悪魔祓いもさっぱり出来ませんし。ただ、撹乱やバックアップの要員と自らを割り切ってしまえば、それはそれで有能な存在に成り得るでしょう。

 とは言え、マフィアならではの仕事はあります。マフィアはガレッサ、庸を問わず、サンフランシスコ中心部全域の地理や状況に明るく、当該地点の情報収集能力には目を見張るものがあります。特定人物の履歴を調べ上げるにしても、マフィアは警察ですら掴めない情報を入手出来るでしょう。

 それに加えて、戦闘現場のお膳立て等も得意です。サンフランシスコは住宅が密集していますし、下手に発砲すればあっさりと警察がすっ飛んで来るでしょう。それをごまかす状況を作る権限や力が、彼らにはあります。庸は広範囲に多数の縄張りを持っていて、人の往来を調整するくらいは工夫次第でやれるでしょう。騒音が欲しいなら、これもひと工夫が必要でしょうが、建設会社のガレッサにお任せです。つまり、ハンターが戦い易くなる状況を、マフィアは作る事が出来ます。関わる事件にマフィアが居ると居ないでは、進捗に大きく差が出てくるかもしれませんね。

 

 

 

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この世ならざる者の戦い:『マフィア』