フレイアは牙を引っ込め、忌々しげに自らを制止した声の主を睨んだ。その背後にはジューヌが控えている。恐らく彼女が呼んだのだろう。

 サクラメントに仮初の居を構える吸血鬼集団のリーダー、レノーラが、沸騰しかけた戦の気配を冷ます格好となった。それでも彼女は、ただ単に現れただけである。

「フレイア」

 底冷えする声をレノーラが発した。フレイアの両肩が跳ね上がる。

「お願いだから。お願い」

 言葉は柔らかいが、これは恫喝だとフレイアは思い知った。途端に体の奥底から震えが起こる。俯いたまま目も合わせないフレイアを一瞥してから、彼女はルーキーの手を取り、引っ張り上げてやった。呆然と立ち尽くす彼の肩を叩き、同じく呆気に取られたままのベテランハンターの許へ、レノーラは歩を進めた。

「あなた達も分かっているはず」

 レノーラは彼の目を見据えて言った。

「この街は吸血鬼による被害は一切無い。私達はサクラメントの人達に、何一つ危害を加えていない。私達は牛の血で飢えを凌いでいる。だからどうか見逃して欲しい」

「牛の血だと?」

 その話は彼も聞いた事があった。人間への吸血をやめた集団が、西部アメリカに居るという話を。しかしそれは、彼女らと関わりあったハンターから伝えられた、当時の状況も伴って。ベテランは鼻で笑った。

「そうか、あの兄弟と関わった吸血鬼の一団か。確かゴードンとかいう、いかれたハンターに遅れを取った奴だな」

「あれは試したのよ。果たして私の言葉が彼らに届いているのだろうかと。もしもゴードン同様、彼らが敵対するままだったら、私は残念な事をしなければならなかった」

「はったりを抜かすな」

「しかし、あの兄弟は私を助けに来てくれた。だから私は希望を捨てない。あなた達にも」

「エドガー、もう手を引こう」

 ベテランのハンター、エドガーにルーキーが呼びかける。

「そいつは多分、嘘を言っていない。それに聞いた事がある」

「黙れダニエル」

「聞けよ。そいつは戦士級に命令を下せる奴だ。戦士級よりも上位だ。そいつが何なのか、あんたも知っているだろ」

 薄々エドガーも感づいてはいたが、ダニエルに言われて、改めて女帝・皇帝級の存在が脳裏に浮かんだ。吸血鬼の最強種。かつて欧州の対吸血鬼組織と、血で血を洗う戦争を繰り広げた階級。確か双方が壊滅したという話だったが。

 エドガーは目の前に佇むレノーラに恐怖を感じると同時に、欲得をも覚え始めていた。彼女は自分への説得に心を砕いている為か、随分と不注意に見える。一閃すれば、首を飛ばせる位置に彼女が居る。女帝殺しの称号を、現代のハンターは誰も持っていない。エドガーはほんの僅か、ナイフの柄を握り締めた。それと同時に、彼の額にレノーラの指が当てられた。

 膝から崩れたエドガーを、レノーラは片手で支えてやった。その足でダニエルの許にエドガーを横たえる。

「大丈夫。彼は死んでいない」

 後ずさるダニエルを、諭すようにレノーラが言う。

「この一年間の、彼の記憶を抜かせて貰った。乱暴な話だけど、私達の事は忘れていると思う。後はあなただけ。もう私達に関わらないで下さい」

 激しく頷き、ダニエルはエドガーを抱え、よろめきながら逃げ出した。ダニエルは一度だけ振り返ったが、その表情を見たレノーラが目蓋を伏せる。

「何て顔で私を見る」

 小さくなったレノーラの肩に、イーライがポンと手を置いた。背後で、ガン、と大きな音が響く。フレイアが街灯を盛大に蹴飛ばし、その場から立ち去って行く。

 

 

 

<判定者より:女帝の役割>

 ここで女帝・皇帝級のサンプルを書くのは、実はPC吸血鬼も、そのクラスに到達する可能性があるからです。

 女帝・皇帝級が戦士級をさらに凌駕する身体能力の持ち主である事は言うまでもないのですが、もうひとつ、特別な力が開花する事になります。レノーラが作中で使っていたものがそうですが、仮にPCが女帝・皇帝級になったとしても、同じ能力を得る訳ではありません。

 あらゆる意味で特殊なロールですが、其処に至る道筋は凄まじいものになる、とだけ申しておきましょう。

 

 

 

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この世ならざる者の戦い:『女帝』