人間は、例えハンターと言えども、悪魔と意志の疎通を図ってはなりません。

 彼等はかつて人間であった者が大抵ですが、その価値観は著しく私達とは異なっております。偶に人としての情のようなものを垣間見せる事があるかもしれませんが、最終的に彼等が目標としているのは人間の破滅なのです。悪魔と言う別種の存在に成り果てた時点で、彼等は不動の天敵であるとみなす必要があります。良い悪魔などというものは、誓って言えますが絶対に居ません。

 悪魔と人間の関わり合いの中で、絶対にしてはいけない禁忌事項と言えば、それは悪魔との契約でしょう。

 悪魔は人間に対して甘言を駆使し、魂の取引を持ちかけてきます。それを受け入れれば契約者が一定期間、常軌を逸脱した利益を享受出来るのは確かです。

 しかしながら契約期間が終了した時、契約者の身に一体何が降りかかるか。悪魔とも関わり深い私達は、それを知る事で自らへの戒めとせねばなりません。

 ブラックドッグ。契約者の魂を地獄に引き摺り込む悪魔の犬について、これからお話を致します。

 

ブラックドッグの成り立ち

 ブラックドッグ伝承は主として英国の民間伝承のものが知られています。尤も、伝承のブラックドッグは英国らしい精霊的存在であり、悪魔と関わらないものです。中には人の助けになったり、お墓を守ってくれたりするようなブラックドッグすら居ます。

 問題は別のブラックドッグ。地獄の番犬の方です。

 地獄という世界が、堕天した1人の天使の憎悪から形作られた時から、ブラックドッグは同時発生的に現れたと推測されます。つまり悪魔の誕生と、ほぼ同時期にこの世ならざる者としての形を成したという訳です。しかし形を成したという言い方は、実の所不正確ではあります。それと言うのも、ブラックドッグは形状が無い不可視の存在だからです。人間世界に出現する時、そして恐らく地獄に居る際でも。ただ、ヒタヒタと歩む足音と吠え声は犬のそれに酷似しております。ただしブラックドッグは、犬のような情感を持ち合わせていません。天使や人間が悪魔に変貌するのとは異なり、ブラックドッグは地獄の生成と共に発生した、言わば悪意の塊なのです。更に突っ込んで言えば、恐らくは魂というものがありません。

 ブラックドッグは非常に強力なこの世ならざる者です。地獄でも程々の地位にある悪魔は、大抵の場合一匹以上はブラックドッグを飼っています。単独で虎くらいならズタズタの肉塊に変えてしまう程のこの世ならざる者を、悪魔は契約者の魂を狩り取る猟犬として使役するのです。

 契約者がブラックドッグから逃げ切る事は、ほぼ不可能でしょう。契約終了日の一週間ほど前から、ブラックドッグは周辺で気配を露にし始めます。不可視の、しかし確実に存在するという、絶対不可避の恐怖を契約者に散々味わわせた挙句の果てに、殺すのです。

 私も、魂を狩られた後の契約者の遺体を見た事があります。ブラックドッグは不思議な事に、どれだけ契約者の体をバラバラにしても、頭だけは綺麗に残すのだそうです。ぽつんと残っていたその頭は、惨殺死体を見慣れている私でも、記憶に無い程に表情が歪み切っておりました。何れ自らも死を迎えるにしても、こんな醜い顔を晒したくはない、と思わせるものです。

 重ねて言いましょう。悪魔とは、絶対に契約をしてはいけません。

 

ブラックドッグへの対処

 残念ながら、ブラックドッグを殺す手段はありません。そもそも福音の詠唱を聞き取る魂すらありませんので、悪魔祓いによる地獄送りも不可能です。もしもブラックドッグを殺せる者が居るとすれば、高位悪魔か天使、それに匹敵するPKを身に付けた人間(と、言えるかどうかは別ですが)でしょう。

 契約した悪魔に対し、契約解消を約束させるという手段もありますが、実に確率の低いやり方です。つまりは悪魔以上の恐怖をもって恫喝するという、人間離れした方策を採らねばなりませんから。

 しかし、逃げ切る事が出来ない契約者とは異なり、何かの間違いで遭遇して相対さなければならなくなった場合でしたら、逃げ切る方法があります。

 

・塩、結界、銀、結界、ソロモンの環は有効

 悪魔に対して行使するように、上記のアイテム類は少なくともブラックドッグを阻む手段としては使えるものです。ただし悪魔祓いの詠唱や、致命傷を与える攻撃は一切不可能ですから、飽く迄距離を置く為の時間稼ぎと割り切るべきでしょう。悪魔との契約者であれば地の果てまで追いかけて来ますが、そうでないのであれば、大きく距離を取る事でブラックドッグは興味を無くすはずです。

 

・飼い主の悪魔の名を唱え続ける。

 もしもブラックドッグの飼い主に心当たりがあるのなら、試しにその名を呟いてみる事をお勧めします。

 魂の無いブラックドッグですが、主人たる悪魔には忠誠的です。その名を聞けば、どれだけの攻撃態勢にあってもピタリとそれを止めます。ただ、攻撃を止めるというだけで、後を尾けて来るには違いありません。しかし咄嗟の危険を回避する事が出来ますし、名を唱える間に上記のアイテム類を準備する、貴重な時間を稼ぐ事が出来ます。試す価値は、必ずあると私は思うのです。

 

 

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この世ならざる者達:『ブラックドッグ』