この世ならざる者達のカテゴリーに、天使を加える事への違和感を覚える方も居られるでしょう。

 そう、天使は神に直接仕える下僕として、人を慈しみ、守り、正しい道を示す者だと昔から言い伝えられてきました。世界に信仰多々あれど、天使という役割の存在は、形を変えて広く浸透しています。それほど迄に、天使は私達人間にとって親しみと敬愛の対象になっているのです。天使をモチーフにしたロゴや意匠は、可愛らしさと清潔感を率直にイメージ出来ますし。

 しかしほとんどの人間や、この世ならざる者と深く関わるハンターでさえ、天使を実際に見た者はほとんど居ません。ほとんど、と言うからには、実は私も実際に見たという人を知っており、彼らから天使の話を聞く事も出来ました。天使について話し出す前に、ウィンチェスターの兄の方は、酷くげんなりした顔で、こう切り出しました。

「キューピッドって知ってるか? あれ、裸の中年男だから」

 それから彼が話し始めた内容は、天使にある種の期待と幻想を抱いていた私にとって、非常にがっかりさせる代物ではありました。

 

天使の成り立ち

 天使の存在はあまりにも次元が違い過ぎて、これほど名を知られているにも関わらず、私達の知識では分からない事だらけです。

 天使はキリストやイスラムの宗教世界観において、神が形作ったものとされています。神は世界を作り、理を作り、天使を作り、そして天使に似せて人間を作った。万物創造の神話ですね。

 しかしながら、これは私の想像の範疇ですが、恐らく天使は神が人間に似せて作ったものではないかと思うのです。ウィンチェスター兄の話を聞いて以降、私はそう考えるようになりました。何故なら天使は神の造形物でありながら、あまりにも卑近な存在であったからです。

 天使は神に仕え、秩序の維持を執行します。定められた秩序に反する者は、即ち彼らの敵となります。天使の最大の敵は、勿論悪魔です。そして時には、人間でさえも。

 天使と人間は、共に悪魔を敵としています。だから敵の敵は味方になるという考えは、実は天使相手に全く通用しないのです。天使は人間を、悪魔以上に見下しています。自らの目的遂行に邪魔と判断すれば、天使は容赦なく人間を排除するでしょう。出逢った天使は大抵そんな奴ばかりだったと、ウィンチェスター兄は言っています。

 ただ、天使と一口に言っても多種多様です。名誉欲に囚われていたり、ルシファとミカエルの兄弟対立を嘆いていたり、神の在り方に疑問を抱いたり、人間の自由闊達さに憧憬していたり。かように欲得や苦悩に満ちた様は、まるで私達人間のようではありませんか。

 

天使への対処

 率直に言いますと、人間は天使を倒せません。

 天使も悪魔同様(天使が気を悪くする言い方ですが)、人間の物理的な世界において本来の姿を維持する事は出来ません。天使が地上に降臨する際は、強烈な光と音を伴い、黒いもや状で出現する悪魔とは大きく異なります。そして「これ」と定めた人間に乗り移り、初めてその力を振るう事が出来るのです。ちなみに降臨する際の光と音は、人間にとって耐え切れないほど莫大なものとなります。まともに見れば眼球が溶解し、音で脳が破裂しますから、天使降臨の前兆を感じたら、あらゆる手段を使って全力でその場から離れましょう。

 こうして人間に乗り移った天使は、悪魔と違ってその体のケアには非常に気を使います。仮に体が致命傷を負ったとしても、天使はたちどころに修復してしまうのです。ハンターが用いる霊的な戦闘手段は、そのほとんどが神性なものに頼っていますが、天使の場合は神性の権化です。つまり物理的にも、霊的にも、人間にはどうしようもない存在という訳ですね。その強さも悪魔とは桁が異なっており、最下層クラスの天使ですら、悪魔で例えるとXclassis以上の者ばかりです。

 もしも天使を抹殺出来る者が居るとすれば、それはYclassis以上の悪魔か、天使自身、或いは神くらいのものです。では、本当に人間では対処のしようが無いのかと言えば、実は希少ながら方法があります。

 

・聖油

 聖油なるものの存在については、実は詳細が全く分かっていません。何しろこれを所持しているのは、他ならぬ天使自身なのです。

 しかし聖油には、天使を一時的に退散させる効能があります。聖油を天使に振り掛けて火を放てば、その場から掻き消えてくれますし、周囲を取り囲むように撒いて火を点けると、天使はその場から一歩も動けなくなるうえ、力を外部に向けて使う事が出来なくなります。このように強力な効果がある聖油ですが、その入手手段につきましては完全に不明です。

 

・天使返しの紋様

 特殊な紋様を自らの血を使って壁に描き、更に鮮血で塗らした掌を紋様の中心に押し当てれば、直線上の天使は何処かの遥か遠くへと吹き飛ばされてしまう、というものです。これもまたどのような紋様なのか、詳しい事は全く分かっていません。ただ、これはどうやら天使達の間で知られている手段らしいのですが、何故天使間でかような紋様が使われているのかを想像すると、何ともやるせない気持ちにはなりますね。

 

・天使殺しの武具

 悪魔殺しの武具があるように、天使を抹殺する為の武具も、実は存在しているらしいのです。もしこの世に実在するならば、人間が天使に勝てる唯一の手段となるでしょう。尤も、これを持っているのは他ならぬ天使だけらしいので、その入手はほとんど絶望的と言えるでしょう。

 

 こうして天使と敵対するシチュエーションを書いて参りましたが、出来るだけ天使とは事を構えたくないというのが、私の率直な気持ちです。たとえ秩序維持の為なら人間の存在など歯牙にもかけない彼らであったとしても、天使は人間同様、神に跪く同士なのですから。ただただ、人間に友好的な天使が私達の前に現れてくれる事を願うばかりです。

 

 

 

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この世ならざる者達:『天使』