<報われた男>
新祖・ジューヌはカーラ邸の寝室に運ばれ、今も深い眠りについている。カーラ曰く、今の彼女は根底から変わった自身の体を馴染ませている状態、らしい。静かに寝息を立てるジューヌに毛布を掛け直し、カーラはその生糸のような髪を軽く梳いてやった。
「もうすぐ目を覚まされるわ。宝石よりも尊い御方が。貴方は当初からこの方を守り続けてくれたわ。本当に感謝しています」
言って、カーラは傍らに座るリヒャルトを眺めた。
本来人間の傍に居てはいけない戦士級ではあるものの、リヒャルトの吸血衝動は先の顛末を境に霧消していた。それが何故なのかをリヒャルトが問うたものの、カーラは苦笑しつつ首を横に振った。
「分からないわ。新祖に関しては、実は予想出来ない事の方が多いのよ。貴方が死ななかった理由もその一つね」
「いや、理由は確かに分かりませんが、自分が一体どうなったのかは漠然と理解出来るのですよ」
「どういう事?」
「私は、不死の体になった」
言われて、カーラはリヒャルトの言葉の意味を咀嚼しつつ、やはり首を傾げてしまった。吸血鬼は元から不死の体であるはずだ。しかしリヒャルトは、彼女の想像を越えた深刻な話を打ち明けた。
「私は、真祖同様の不死の体になった、という事です。つまり吸血鬼の最大の弱点、首を切断されても死に至らない。今の私は、それを理解出来る」
「そんな事が…!?」
「しかし完全ではないのです。たった一つの例外がある。新祖が死の床についた時、私も臨終を迎えるでしょう」
リヒャルトは明るい笑顔でカーラとジューヌを見比べた。絶句するカーラを労わるように、リヒャルトが言葉を繋ぐ。
「彼女を守り通さねばならない。文字通り命を賭けて。何れ真祖を滅ぼし、彼女がようやく人としての人生を歩めるようになった後も。彼女が老いて人生を全うするその時まで。しかしながらカーラ、私は彼女が新祖云々になるに関わらず、前から決めていたのです。人間と吸血鬼は、絶対に結ばれる事は無い。何しろ子をなせないからね。だから何時か彼女は、私を忘却の彼方に置いて行くだろう。吸血鬼特有の執着も無くなったはずだし。結婚し、子を産み、またその子が結婚して、ジューヌは祖母となる。祖祖母にだってなるかもしれないな。その人生を、彼女の新しい血族丸込め、ずっと守り続けようと決めたのだ。まあ、何ですか、例えて言うなら守護霊? そんな感じで」
何時の間にか、カーラは滂沱の涙を流していた。リヒャルトは静かにカーラの肩を抱き寄せる。
「御婦人の肩を抱けるなど、光栄の極み。覚えておられますか? 私に『ジューヌはお前に気があるみたいだけど、どうよ?』という事を貴女は言いましたね。言い方全然違いますが。何故かと思ったのだが、多分貴女は、自分自身と重ね合わせたのだと私は想像したのだ。…ロマネスカと、遂に結ばれる事は無かった」
頷くカーラの頭に、リヒャルトは頬を置いた。
「しかし私は、貴女が不幸だとは思わない。私もだ。愛の定義は人それぞれだが、私は相手に幸せになって欲しいと願う心じゃないかと思う。貴女は幸せを見つけ、私にもそれを教えてくれた。私は貴女に感謝する」
まるで慈しみ合う親子のような2人の目の前で、ジューヌの目蓋がゆっくりと開いた。彼女の瞳がリヒャルトを映し、やがて少しずつ唇を動かし、笑った。
<VH2-4c:終>
・リヒャルト・シューベルト : 戦士
PL名 : ともまつ様
ルシファ・ライジング VH2-4c【ファンファーレ・c】