ファイトソング・1

 いよいよ前進を開始した仕える者共、B隊に、それは虚を突いて襲い掛かって来た。2人の内の背が低い方を、それは吹き荒れる強風の如く奪い去り、問答無用でプレイグラウンドのアスファルトコートに叩きつける

 奇襲は完璧だった、と言っていい。これまで仕える者共は、ノブレムやハンターに対して『仕掛ける』という姿勢を繰り返してきた。だから逆に『仕掛けられる』事には慣れていない。故にリヒャルト・シューベルトの戦いは、仕える者共に芽生えかけていたある種の傲慢を看破するところから始まった。

 吸血本能の爆発を極力抑える工夫を最大限に施したうえで、彼は観光客という人間達との交流を繰り返した。それは監視の欺きは勿論だが、情報収集の意味も兼ねている。ただ一言、「他にもこの家を観に来ている人はいるのかい? どんな人だった?」と聞くだけだったが、それも数十回続ければ、ある程度の法則を見出す事が出来た。観光客が来るのは大抵一度きりであり、似た特徴を持つ者の情報は限られてくる。何しろ吸血鬼は、着こなしに然程頓着しないものだからだ。その限られた人物の情報に当たりをつけ、夜間に寝た振りをしつつ着ぐるみから抜け出し、エリアを捜索する。結果、仕える者共は襲撃の前に、出現する場所の下見を必ず行なう事をリヒャルトは確認した。EMF探知機を使う人間の助力を得れば事は早いとの考え方もある。が、探知機に引っ掛からない工夫を考えてくるかもしれないとリヒャルトは予想したのだ。そしてそれは、当たりだった。

 奇襲は完璧だった。バールで押さえ込み、動きを封じ、首を刎ねて、確実に1人を始末してから逃走し、カーラ邸に合流する。波状攻撃の一波を瓦解させれば、カーラ邸への圧力は格段に弱まる。筋書きはあと一歩で思い通りに運ぶところだった。

 しかし、決定的に不完全な要素が一つだけある。それは他でもない、リヒャルトの心構えだった。

 地面に捩じ伏せた拍子に仕える者の面が外れる。素っ首掻き獲らんと振り被った右腕を、リヒャルトは組み敷いた者の顔を見て止めた。恐怖に怯え、腕で顔を隠そうともがく彼は、まだ少年だったのだ。リヒャルトは腕を下ろし、にこりと笑った。

「何だ、君だったか」

 大質量の鉄塊が衝突するかのような蹴りに脇腹を抉られ、リヒャルトは呆れる程遠くまで吹き飛ばされた。コートを2回バウンドし、転げ回ってうつ伏せになったところで、とどめに片足の膝を踏み砕かれる。Bはリヒャルトの髪を掴み、無理繰りに引き上げてその顔を凝視した。Bが顔を顰める。リヒャルトがまだ笑っていたからだ。

「その顔は何?」

「私の心が未だ人間である事の喜びに打ち震えているのだよ」

「残念だわ。と言うより失望した。貴方がこんな最期を迎えるなんて。あまり時間が無いから聞くのは一つだけにしよう。何故2度もDを殺さなかった?」

「彼が良い若者だからだよ」

 起き上がりかけていたDが、ハタと顔をリヒャルトに向けた。

「彼には率直な言葉があった。敵と考えていた者が真っ白な心を持つと知って、ちいとばかり嬉しかったよ。彼はこれから様々な事を見聞きして、自ら考えて成長する可能性がある。それはとても心躍る話じゃないか」

「成長。吸血鬼が」

 Bは舌を打ち、リヒャルトの上半身をDに向けて言った。

「興味が失せたわ。D、この間抜けを殺しなさい。恥をそそぐチャンスをやろう」

 しかし、DはBの命令を受けても微動だにしなかった。苛立ちを露に、Dが再度厳しい言葉を投げる。

「おい、腰抜けD。何をぼんやり立っている。D、殺せと言ったらさっさと殺せ。返事をしなさい、D」

「違う。俺の名前はDじゃない」

 恐怖で震える声を引っ繰り返らせ、それでもDは断言した。

「俺の名前は、エドアルド・クレツキだ!」

「…お前は」

 馬鹿か? と言い掛けたBの口が、仮面を割って顔面に叩き込まれた拳によって遮られた。拳は小気味よく顔と胴に連打を浴びせ、Bに反撃の暇を与えない。最後に回し蹴りが首を狙ったものの、Bは飛び退ってそれを避け、肩を回しつつ少女の姿の吸血鬼を睨み、嘲りの息を吐いた。

「私とした事が、周囲に気をやれないとはね」

「あれだけ殴ったのに全然効いていませんわね。このクソアバズレ」

 エルヴィがBに対し構えを崩さぬ後ろで、ジューヌがリヒャルトに肩を貸している。情報を彼女に送信していたおかげで、彼は僅かな運を拾う事が出来たのだ。

「ジューヌ、体育座りはどうしたのだ」

「こんな時にまだ言うのね。死ね、ホント死ね」

「彼女の直感に感謝なさい。ひっそりとおっ死ぬところを救われたのですから」

 言いながらも、エルヴィはBから視線を一切逸らさなかった。

 仮面が割れて素顔が露になれば、中年女の吸血鬼の瞳に深い闇があると見て取れる。殺しに習熟し、かつ度を越えた実力者であるとも一目で分かった。彼を助けに行くと言って聞かないジューヌに根負けし、カーラ邸包囲網の瓦解を兼ねて救援に来たのだが。

(もしかすると、諸共に貧乏くじを引いてしまったかもしれませんわね)

 こちらの動きを計ろうとしてか、Bはまだ動いて来ない。この場の面々では状況が厳し過ぎると、エルヴィは冷静に判断する。しかし一戦免れ得ない状況にあって、エルヴィも腹を括った。右の掌を握り締める。痣のような黒点は一層闇色を濃くしつつあった。これが何を意味する代物なのかを、既にエルヴィは承知している。この先に何が自分の身に起ころうとしているのかも含めて。この変化を企図した者は、自分が今この場で斃れる事を良しとしないはずだ。故に自分は、あれだけの相手を向こうに回しても生き延びる。そうエルヴィは信じる事にした。

 しかしながらその覚悟の程が、突如吹き荒れたトルネードに目の前のBごと持って行かれた。遥か彼方まで巻き上げられて行くBを眺め、笑いそうになる膝をエルヴィは辛うじて堪える。見れば立っているだけだった仕える者と思しき少年が、顔面蒼白の顔をこちらに向けている。

「俺だ。俺がやったんだ」

 この窮地を救ったにしては、少年は肝の据わらぬか細い声で言った。

「どうしよう。貧乏くじを引いちまった。何で、何でこんな事に」

「逃げますわよ! 地の果てまで!」

 エルヴィは未だ回復に時間のかかるリヒャルトを小さな体で背負い、ジューヌと少年を促した。ジューヌが頷き、少年にしても選択の余地は無い。都合4人は、肩を並べてプレイグラウンドを離脱した。

 一方、普通ならば体をバラバラに裂かれてもおかしくはないドミエルネギで、しかしBは五体満足のまま2ブロック離れた商業ビルの屋上に着地した。纏わりつく埃を払い、プレイグランドの方角を睥睨する。

 彼等の姿は、既に無い。後一歩で狙いの男を殺せたはずが、見失ったうえに造反者まで出す羽目になった。しかしBは、呵呵と哂った。面白い、実に面白い展開だ、と。哂いながら、Bは決定的な第二案を出すべく、懐から携帯電話を取り出した。

「申し訳ありません。矢張りお出になって戴く事となりました、エルジェ様」

 

 カーラ邸に居るハンターは3人。そして吸血鬼は、今のところ5人。仕える者共の総勢と比して数の上では上回っているものの、敵が一挙に戦力を削る手段を持ち合わせているのは、前回の衝突で既に思い知らされていた。しかしながら、戦力や異能云々以前に、向こうとこちらとでは大きな差がある。その事実を、吸血鬼のダニエルは承知していた。

(協力し合わねば勝てない)

 ひっそりと静まり返る夜の住宅街を見据え、ダニエルはハンターのフレッドから借りた突撃銃を手繰り寄せた。銃の扱いに慣れている訳ではない。しかし百戦錬磨のフレッドとディートハルトという2人を、援護するのは自分なのだと、ダニエルは気を奮わせた。

 これはハンターとノブレム、或いは人と吸血鬼の関係性を、一歩進める為の表明なのだ。その自負を持って、ダニエルは戦いに向き合っていた。だから、これを凌ぎ切って1人余さず生き残らねばならない。

「…フレッド、君のEMF探知機に反応はあるのかい?」

 門の陰に潜んでいるフレッドに、ダニエルが声を掛けた。フレッドが頷き、EMF探知機とリンクするデータグラスで周囲の状況を確認する。未だ反応は無い。

「情報屋の連絡から10分以上経過している。あの慌しい送信は地上で行なったはずだぜ。間近に迫っていてもおかしくないはずだが。多少時間に猶予はありそうだな」

 フレッドは新しく手に入れたロングソードに、死人の血を丹念に塗り始めた。死人の血は吸血鬼にとって猛毒である。たとえ相手が帝級であっても、一定の効果を及ぼせる事は既に周知の事実である。

(問題は、敵さんに取っても周知である点だな)

 ロングソードのどす黒い刀身をチェックしながら、フレッドは顔を顰めた。カーラ邸の防衛戦において、人数的な主力はノブレムの側にある。互いの弱点を知り尽くしている者同士の戦い、という訳だ。

 だからこそ、ハンターという立場での参戦には意義があると、フレッドは確信している。正に仕える者共に無く、防衛側にある要因の最たるところだ。自身が前衛を担い、中盤をディートハルトに任せ、後衛をダニエルに託す。まるでフットボールのように分かり易い。シンプルな役割分担で手堅く事を進める戦い方は、人間のお家芸である。

 加えて、自身は既に禁術系統、シャイタンの第二段階まで進んでいる。肉体的な能力から言えば、標準的な戦士級に比肩する力がある。その他のあらゆる工夫を含め、吸血鬼相手の接近戦に関しては間違いなく防衛側のポイントゲッターだとフレッドは自負していた。その分自らに課される役割は、非常に大きくなるのも承知のうえだ。

「フレッド」

 声を掛けられ、フレッドが振り向く。ディートハルトが立っていた。突撃銃を腹に抱えているように見えたが、違った。彼の右の二の腕から先が、突撃銃と一体化しているのだ。

「よう、この世ならざる者」

「言いますな。あなたとてそうでしょう。あなたの身体能力は、今や人間に許された領域から外れています」

「そうして力を重ね続けて、かつてのアーマドは人外に成り果てたって訳だ。恐ろしい話だぜ」

「恐ろしい? 私には冗談のように聞こえますが。今や人は空を飛び越え、空気の存在しない彼方にまで到達しました。人の領分を超えるは人の本能の為せる業と言えましょう。私はガーシアという、異能の権化とも言うべき力が愛しく感じられますよ」

「耽溺しない方がいいぜ。禁術は単なる道具だ。帝級共と一戦交える為のよ」

 

 敵はまだ来ない。ジェームズが歯を軋らせる。

 ノブレムの吸血鬼達も、じりじりと焦れた時間を過ごしている。前回はAによる得体の知れない投射兵器によって、一撃で3人の吸血鬼を戦闘不能にされている。格闘戦では見劣りしない面々であるが、仕える者共の用いる異常な能力は、ノブレムの得手とする面を帳消しにするインパクトがあった。

「このままじゃジリ貧だな。俺達にも決定打が必要だ」

「現有戦力だって中々のものだわ。出来る範囲で最善を尽くせば勝つ事も出来る」

 座り込んで拳銃をだらりと下げ、ケイトは閉目したままジェームズに答えた。ケイトなりの気遣いではあるのだが、彼女を見るジェームズの目は複雑だ。本来の捕食対象である人間を間近に見ている事実は脇に置いて、彼女が矢張り禁術持ちである点に引っ掛かるものがある。今はささやかなPKしか行使出来ないはずではあるも、何れ彼女の力は恐ろしい段階まで成長する。命を落としさえしなければ。敵ではないと頭で分かっているものの、自分を上回る者が人間なのだと思えば、さすがに不安が残る。

(カーラ。レノーラ。俺達に道を示してくれ)

 それはジェームズの真摯なる気持ちだった。

 と、痺れを切らしたイーライとフレイアがこちらに歩んで来る姿が目の端に映った。

「おい、ジェームズ」

 そう呼び掛けた後、イーライが何かをしゃべっている。が、その声は全く耳に届かない。口だけをパクパクと動かして、何やってんだ。ジェームズはそう言おうとした。しかし自分の声が声になっていないと知り、狼狽する。さすがにイーライも、自分の声が出ていない事に気付いて歩みを止めた。

 声が消えた。次いで言えば、周囲の音の一切も。この邸宅は無音の世界と化している。それが何を意味するかは明白だった。仕える者共の襲撃が始まったのだ。彼等は与り知らぬ話だが、それは吸血鬼の異能、ドミエル系の第七段階に匹敵する力の行使であった。

 ハンター達のEMF探知機にも、ようやく敵の接近が表示される。近い。余りにも近距離まで詰められていた。

 

「前から思っていたんだけどね」

 いよいよ始まる主力による襲撃を前にして、ヴィヴィアンはAと共に未だ路地裏で待機を続けている。既にEの行使した異能によって、カーラ邸の周辺域からは完全に音が消失していた。それはカーラ邸の面々のみならず、この地域に住む一般人にまで影響が及んでいる。もうしばらくもすれば、マリーナ地区は静かな大騒動に覆われるはずだ。

「この一連の戦い、エルジェ殿は参加されないのは何故なんだい?」

「エルジェ様に直に聞けばいいじゃないか」

「もう聞いたよ」

 ヴィヴィアンは鼻白みつつ答えた。Aが言う通り、ヴィヴィアンは既にエルジェの行動方針について彼女自身に問い質していている。しかし彼女には、まともな受け答えは期待出来そうになかった。自身の興味の範囲外の話については、意思疎通を図ろうという素振りも見せないのだ。

「おかしな話だ。帝級が突っ込めば全ての片が付く。にも関わらず、戦力の集中投入を先延ばしにしているのが僕達だ。勝つ気はあるのかい?」

「左様。私達は今のところ、勝つ気は無い」

 Aは集団のリーダーとして、有り得ない言葉を口にした。

「戦いはコントロールされている。ある時点までは出来るだけ拮抗を維持するようにね」

「カスパールの意のままという訳だ」

「御名答」

 ヴィヴィアンのブラフを、Aは隠し立てする事もなく肯定した。いよいよヴィヴィアンは不審を露にする。プライドの塊のような吸血鬼達が、悪魔の意に沿う形で行動を起こしている点が余りにも解せない。

「カスパールに、何か弱みでも握られているのかい?」

「弱みではない。義理があるのさ。正確にはカスパール殿ではなく、彼の御主に。その御主は、かつて我等が真祖と取引をしたらしい。何を引き換えにした取引かは知らないがね。ただ、私達はこの街における調和の役割を果たすそうだ。それを守りさえすれば、食うに困らず好きな戦いを延々と続けられる。御主の意向は真祖の御意思でもあるのだよ。でなければ、帝級の方々が大人しくされているはずも無かろう?」

 つまり、喜んで駒の立場にあるという訳だ。ヴィヴィアンは思う。つまり仕える者共は元より、何時の間にかノブレムとハンターは望まぬとも手駒と化している訳だ。不敵に笑う。ノブレムとハンターが筋書き通りに動くと思えば、それは大きな間違いだと。仕える者共に居る自分もまた、そうであるように。

「…ま、どうでもいい。力さえ手に入れば。それにしてもこのマントは何だ? 邪魔で仕方無いよ」

 黒いマントの裾を摘み上げるヴィヴィアンを見、Aが苦笑した。

「そいつはEMF探知機を欺くものだ。事を起こす暁には脱ぐがいいさ。それではV2、君の言う通り、私達は屋敷の地下を目指す。其処には一体、何があるんだろうね?」

「さあ? しかし吸血鬼が人間と組んでまで守りたい代物だ。とんでもない隠し玉なのかもしれないよ」

 

ファイトソング・2

 定石通りであれば、エルヴィ達はカーラ邸に逃げ込むはずだった。しかしそれは叶わず、全く逆方向へと南下をさせられる羽目となる。

 彼女等を追って来たのは、Bだけではなかった。それは吐き気を催す威圧感を丸出しにして、ある種の余裕をもって彼女等を捕捉していた。最悪な事に、エルヴィ達はエルジェに目を付けられてしまったのだ。

「テンダーロイン地区!?」

 風光明媚なサンフランシスコにも、後ろ暗い通りは僅かにある。吸血鬼でも余程の用事が無い限りは近付かない場所に、エルヴィ達は差し掛かった。治安の悪さもさる事ながら、ここにはハンター達の根城、ジェイズ・ゲストハウスがあるのだ。

「ここまでだよ、エルヴィ。これ以上は逃げ切れまい。ゲストハウス前で迎え撃とう」

 リヒャルトが言う。

「迎え撃つ!? どうやってですの!」

「少なくとも何人かは助かるチャンスがある」

 何の意図があるのかは分からないが、もう逃げられないのは本当だった。一行はゲストハウス前に滑り込み、円陣を組んだ。まだダメージから立ち直っていないリヒャルトが、よろめきながら体をゲストハウスの正面に向けた。そして言う。

「聞こえているのだろう、偉大なる傍観者。どうか、どうか聞いておくれ」

 リヒャルトは、ゲストハウスの主に語り掛けている。しかし主は返答しない。彼はハンターを、人間を守護する者だが、吸血鬼はその範疇に無いのだ。吸血鬼に関しては、月給取りの中でも限られた者しか立ち入る事を許されない。しかしリヒャルトは、その僅かな例外が存在するという事実に賭けたのだ。

「君や人間の価値観において、吸血鬼は邪悪な存在だ。しかし私には、邪悪の定義が分からない。みんな努力をしてきたんだよ。精一杯、最後の一線を踏み越えぬよう努力した。確かに血は汚れているかもしれないが、この人達は魂までは堕ちていない。差し当たって私は、この人達に死んで欲しくないのだ。だから頼む。エドアルト、エルヴィ、ジュヌヴィエーヴ、この3人を、少しの間だけ匿ってくれ」

『対価は?』

 その声は、彼等の頭の中に直接響いてきた。エルヴィが驚愕する。リヒャルトがゲストハウスと交渉した内容もそうだが、当のゲストハウスが応じる姿勢を見せている事を。エルヴィの見る前で、ジューヌがリヒャルトに縋り付く。

「1人だけ残るのですか!」

「でなければ対価を払えないからね。対価は、この私の華麗な戦闘ショーを御堪能戴くというので如何か?」

 リヒャルトを除く3人が顔面蒼白になる。それはつまり、命を対価にするという意味だ。そして主は、短くリヒャルトに答えた。

『いいでしょう』

「…ジューヌ」

 リヒャルトは涙を流すジューヌの頭に手を載せ、晴れやかに笑った。

「こういう性分なので、恥ずかしくて言えなかったよ。君は私の命よりも大切な人だ」

「私も」

 其処まで言って、ジューヌの姿がリヒャルトの正面から消えた。エドアルト、それにエルヴィも。リヒャルトは追っ手が迫り来る方向へと向き直り、バールを軽く蹴って正面に構え直した。彼の脳裏に、ゲストハウスの主が語りかけて来る。

『面白い奴ですね、君は。吸血鬼にこんな変人が居るとは思いませんでした』

「はっはっは。褒め言葉をありがとう」

『彼等は吾の袂に匿いました。安心して勝ちなさい』

「いや、勝てないね」

『勝ちますよ。助っ人も来ますしね』

「ああ、来てくれたのか。しかしそれでも、分が悪い」

 正面にBとエルジェが姿を現すと同時、リヒャルトの背後から突風が走り込んで来た。その厳しくも優しい感触は見ずとも分かる。レノーラが救援に駆けつけたのだ。彼女の手製の御守りが久々に効力を発揮してくれたらしい。

 レノーラは通りの建物の屋根に飛び乗り、側面から一気に襲い掛かろうと試みた。が、彼女の前にBが立ち塞がる。頭ごと吹き飛ばさんと、レノーラの鉄拳が空気を裂いてBの側頭を狙う。

 Bは、それを受け止めた。目を見開くレノーラに対し、Bが腹目掛けて膝蹴りを見舞う。手で弾く。掴み合いながら2人は、建物から落下して地面に諸共叩き付けられた。

「驚いた? 狂乱って知ってる? 戦士級が時間限定で使うアレ。私の体、実は狂乱しっぱなしなのよ。心を維持したままね」

 レノーラと四つに組んだ状態で、Bは勝ち誇りながら言いのけた。対してレノーラは顎を逸らし、Bの顔面にヘッドバットを叩き込んだ。その一撃でBの膝が折れる。

「舐めるな、三下。お前とは経験と地力が違う」

「ふ、ふふ。ふふ。勝てなくとも良い。足止めさえ出来ればね。可愛い仲間の最期を見るがいいわ」

 はたと顔を上げるその先では、エルジェとリヒャルトが対峙していた。エルジェは大型のナイフを既に抜き放ち、ゆっくりと距離を詰めている。レノーラが喚いた。

「リヒャルト、逃げなさい!」

「残念。もう遅い」

「そう、もう遅い」

 ナイフの刃を嘗め、エルジェが最後の問いをリヒャルトに投げる。

「私をビッチ呼ばわりしていたのは、お前かえ?」

「如何にも、マダム・ビッチ。腐った臭いのする死体め。お前はもう一度墓穴にでも入るがいい」

 エルジェの表情が激怒へと変貌する。そして一瞬の後には、リヒャルトを追い越してナイフを振り抜いていた。

 リヒャルトの膝が崩れる。上半身が倒れ伏すのと同じくし、彼の首から上が地面に転がった。

 

 本隊を率いる吸血鬼・Cは、正にハンターが想定する通りの怪物である。その純粋な凶暴性と、自身がかつて人間であった記憶に一切頓着の無い感受性の欠如。加えてハンターとの戦いに関しては、Bに次いで習熟している。問答無用の強敵だった。

 総勢4人の本隊は各々間隔を空けて、鳥が羽をたたむようにカーラ邸を押し包もうとしている。連携は取れているものの、戦いへの心構えは独立しているのが仕える者共の特徴だ。つまりそれだけ個々の戦闘能力に自信を持つ事の表れであるのだが、集団戦を尊ぶハンターとノブレムとは決定的な差があった。どちらのスタンスが上回るかは、戦ってみなければ分からない。

 Eによるドミエル第7段階の異能は、既に効力を発揮している。それは周辺域から音という音を消し去り、防衛側の連携に多大な支障をもたらしていた。そして反則的に、自らの仲間に対しては効力が及ばない。既に大きなアドバンテージを手中にした状態で、仕える者共は戦いを始めようとしている。

 しかしCは言葉を発さず、無言で人差し指をカーラ邸に向けた。そしてEMF探知機をジャミングする、しかし動き回るには邪魔なマントを、合図と同時に一斉に脱ぎ捨てた。侵攻開始。

 だが、最右翼のGが突っ込んで来た何かに体ごと衝突され、もんどり打って倒れ伏した。ぶつかった側も盛大に転げ回り、即座に体を起こす。期待に満ち満ちた目をGに向ける。その者はカスミ・鬼島。彼女もまた、リヒャルト同様遊撃的に動いていたのだ。狙うは唯1人、G。

 ひょいと跳ね起き、Gは体操選手が着地するように両手を水平に伸ばした。仮面の下の彼女もまた、好奇心を剥き出しにしてカスミを見詰めている。彼女は吸血鬼の性として、カスミに殊更執着していた。それは偏執狂的な愛と言っていい。ただ、カスミがGに向ける気持ちもまた同じくであった。

 カスミは思う。残念だと。残念極まりない。こうして折角会えたというのに、訳の分からない魔法の力で、一言たりともしゃべる事が出来ないのだ。彼女とは、もっと話をしてみたい。本当の名前は? 何年生きている? 同じアジア人っぽいですね。私達、どうしてこんなに似た者同士なんですか?

 言葉を交わせないのであれば、差し当たって出来る事は一つだった。戦うしかない。実力が接近した者同士、戦い合って血を見る事で、互いを深く理解するのだ。

 Gが両手を下ろし、カスミが背中を丸めて猫のように目を細める。カスミは声が出ないのを承知で、言葉を口にした。

 手出しはするな。ここは彼女と私だけの世界なのだ。邪魔する奴は殺す。敵も味方も容赦はしない。

 カスミが疾る。Gの体がふわりと宙に浮く。突撃をやり過ごし、Gが重力を無視してカスミの無防備な背中へ飛び掛る。見透かしたカスミの裏拳が振り回される。沈んでかわし、Gが真っ赤に塗られた爪を突き出す。飛び退って避ける。

 互いが掴み合いとならぬように腐心していた。カスミもGも、爪に死人の血を浸していたのだ。これで体を抉られれば、五分の戦いは一挙にどちらかへと傾くだろう。そして格闘戦に間が空いた。

「あはっ」

 Gが笑った。

「あは、あはっ、あはははは!」

 耳障りな哄笑を聞くカスミも、声は出ないがけたたましく笑っていた。矢張り戦いは、簡単に決着しそうに無い。

 そして何れも狂乱持ちである。2人は笑いながら、切り札を出すタイミングを慎重に推し量っていた。

 

 Gは放っておけ。

 とは、Cだけの意ではない。FとEもまた、カーラ邸への攻撃のみに意識を集中していた。彼等にとって、Gは所詮トリックスターという扱いなのだ。

 CはFと共に屋敷の玄関に回った。単体の戦闘力としてはこの場で最強の自分が正面を受け持ち、側面をEやA・B隊が突く。ほとんど生まれたてと言っていいFは、以前ほどには使えない代物ではあるものの、勝手の良いおとりくらいにはなるだろう。

 しかし、若干の躊躇が残る。未だB達は現れていない。彼女からの連絡も途絶えたままだ。何か不測の事態が発生したのかもしれない。Cが舌を打つ。エルジェの覚え目出度きBという女は、自分達を一段見下す目をする時がある。ならば、これは見返す良い機会だとCは考えた。しかしながらかような思い上がりは、音も無く空気を裂いて来た銃弾の嵐で消し飛んだ。

 ディートハルトとダニエルはCとFの位置を確認するや、突撃銃による一斉射を開始した。仕える者共のドミエルで音が消されたのは逆に幸いだった。こんなものを街中で使えば只事では済まない。そして声を掛け合えない連携の寸断も、彼等にとっては余り意味が無い。各々が何をすべきか、明確にされていたからだ。

 それでもダニエルは幾分焦燥を覚えた。ハンターからの借り物である突撃銃は、矢張り使い勝手が幾分悪い。援護射撃と割り切れば弾幕も意味はあるが、使える者共の反射は伊達ではなかった。ばら撒いた銃弾が全て避けられてしまったのだ。

 対してディートハルトの弾幕は凄まじい。腕が銃と一体化した彼の猛射は、本来接近戦を得手とするはずの彼をして、習熟した銃の使いを体現していた。少なからずCに命中し、返してFを躍らせもした。決定的な隙がFに生まれる。其処を逃さず、欺瞞煙幕が放り投げられた。

 方向性を見失ったFに目掛けて、ロングソードを肩に構えた獣が屋敷から飛び出した。こうなると如何にも分が悪い。

 白煙の只中でFが最期に見たものは、ソードを横薙ぎにしようとする人間の姿であった。

 フレッドのソードが高速で一閃する。Fが2度目の斬首の憂き目を見る。彼の頭が、立ち尽くす胴体を残して落下した。

(次)

 戦闘する機械の如き正確無比の本能でもって、フレッドは残るCが居るはずの位置に構えを向けた。その反射は的確である。しかし相手は、Cだった。その恐るべき戦士階級は、既に目の前に居た。

 先手を取ったCが、メリケンサックをはめた右の拳をフレッドの腹にめり込ませた。その一撃でフレッドの体が宙に浮く。軽く5mは飛ばされ、フレッドが地面に叩き付けられた。人間ならば即死の一撃である。Cはそのように判断し、身を翻して屋敷に突入した。

 が、ディートハルトが立ち塞がる。突撃銃を捨て、代わりに得物のステッキを右腕に装着していた。

 頭ごと叩き潰そうと、Cの拳が振り落とされる。対してディートハルトはステッキを巧みに扱っていなしにかかる。逆にステッキを横殴りにしてCの顔面を狙う。避ける。

 ディートハルトは辛うじてCとの格闘戦を纏めていた。元来得意とするところの格闘戦は、ガーシアの相乗効果も相俟って、戦士級相手にも見劣り無く進められる。しかし、Cは仮面の下で哂った。

 振り抜いたステッキが空を切った。ディートハルトが目を見張る。其処にあるのは薄れ行く霧だった。霧が目の前から消え、代わりに背後から濃厚な敵意が向けられる。霧に姿を変え、Cはディートハルトの後ろを取った。

「しめえだ」

 Cの言葉の一瞬後に、ディートハルトは心臓を後ろから撃ち抜かれるはずだった。拳銃弾が頭にめり込みさえしなければ。

 したたかに殴られたかの如く、Cはよろめいて一気に距離を空けた。そして狙撃主を見る。ダニエルだった。確実に一発は命中する呪われた拳銃は、Cにとって痛恨のタイミングで的確な部位を当てる事が出来た。

 Cは牙を剥き出した。邪魔な仮面を外す。酷薄な目の中国人は、顎を変形させて怒りの形相を露にする。1対3という数的不利を、Cは不利とは思っていない。むしろ圧倒的に自分が勝てるとの自信があった。それがこのザマである。Cの残虐性が猛り始めた。

 それでも一歩を踏み出し、図らずもCは躊躇する。自分の動きが鈍い。明らかに鈍い。それが何故なのかはCには分からない。自身の体に『鈍化』の呪いが及んでいるとは。

 Cは玄関を潜って来た男の姿を見、目を見開いた。致命傷を与えたはずのハンターが、情感の失せた顔をCに向けていた。僅かな交差であったので、彼の身体能力が戦士級に匹敵しつつある事をCは知らない。

 フレッドはダニエル、ディートハルトと頷き合い、ロングソードの切っ先をCに向けた。

 対してCは、それ以上うろたえるでもなく、ただひそやかに口の端を曲げた。こうなったらなったで、戦い方は他にもある、という事だ。

 

 テレビから音声が途絶えた。家族の誰もが声を出せない。慌てて電話を掛けるも、自らは言葉を発せず、電話口の向こうの911も無音のままだ。こうなると異常事態だと、中年の男は思い知った。他の家の人達はどうなっているのだろうと思うのも当然だ。男は急いでカーディガンを羽織り、サンダルを引っ掛けて玄関から出た。しかし、今この時は出るべきではなかった。

 ほとんど一瞬で首を刈り取られたのは、男にとってせめてもの救いだった。痛みを感じるのはおろか、自分に何が起こったのかも分からぬままに死ねたのだから。

 Eは男の首の切断面からだくだくと溢れ出る血を、大きく開いた顎でもって食いつき、思う存分飲み干した。こうすれば負った手傷の回復も早い。一足遅く駆けつけたジェームズは、その凄惨な場面を目の当たりにし、激怒の目をEに向ける。

 外道め。この外道が。その男にも家族がいるんだぞ。声を出せぬを承知でジェームズが叫ぶ。仮に聞こえていたとしても、吸血鬼を相手に通じる理屈ではないとジェームズには分かり切っていた。それでも彼の、人の側に踏み止まった魂は、ただ栄養補給をする為に躊躇無く人を殺めたEを悪と断じる。

 ジェームズが疾る。Eが宅地の壁に飛び乗り、摺り足で高速の逃げを打つ。戦いは先程から、これを繰り返していた。

 Eは奇妙な戦い方をジェームズに仕掛けている。屋敷が狙いにも関わらず、無理な突入をせずにひたすら追わせて距離を空ける事に集中しているようだった。その狙いどころが何処にあるかは、さすがに分かる。他の仲間が突入し易いよう、戦力を分散させているのだ。

 しかし、分かっていても追わねばならない。Eという若い女の吸血鬼は、不審に思って出て来た人間を、尽く殺す事に躊躇が無い。一刻も早く始末せねば、閑静な住宅地に幾つも生首が転がる地獄絵図が展開するだろう。ジェームズは懐の拳銃を抜き、ほとんど当てずっぽうで狙いを定めた。

 銃口が火を噴く。走りながら、走っている相手に弾を当てるなど、最上級の銃の達人でも出来るものではない。しかしジェームズはそれをやり遂げた。呪的に強化された拳銃は、違う事無くEのアキレスを撃ち抜いた。勢い良く逃げていたEが転倒する。一気に距離を詰め、ジェームズが飛び掛る。

 喉元を抉ろうと突っ込んで来た拳を掴み取り、Eがお返しに空いた手でジェームズの首を狙う。ジェームズもこれを手繰り取る。都合、互いが互いの出方を潰す格好となった。

 Eは仮面の下で、感嘆の息を漏らした。格闘戦の能力に関して言えば、ジェームズは自分とほぼ互角だ。つまりそれは、彼が戦士の中でも上の階級、高位戦士級である事を意味している。

「惜しいわ」

 見た目、組み敷かれた姿のEが言う。

「ここで死ぬのは惜しい。あなたは、もっと上を目指せる。思うに、あなたは吸血鬼本来の有り方を選び、理性を振り切ってしまう必要があるわ。ノブレムに居ては、それも叶わない。私達と共に、真祖に仕えるべきなのよ」

 対してジェームズは、ぱくぱくと口を動かした。声は聞こえないものの、Eは彼が何を言っているのかを理解した。

『馬鹿が。帰ってクソして寝ろ』

 はあ、と、Eが大袈裟に溜息をついた。

 その途端、ジェームズの体が噴き上がる間欠泉のように高く宙を舞う。勢い首裏から地面に落下し、ジェームズは衝撃の余り思考が一瞬消し飛んだ。すぐさま飛び起き、間を置いて佇むEに向き合う。一体何をされたのか分からない。自分の真正面から圧力が膨張するような感触は間違いなくあったのだが。

 この女が異能の使い手である事を、ジェームズは改めて思い知った。手数の面で明らかに上回る敵を前に、それでも一歩たりとも退く気は無い。

 対してEは、何処か寂しげにジェームズを見詰めていた。

 

 ヴィヴィアンとAは、易々とカーラ邸に侵入した。

 既に戦いは、それぞれの方面で繰り広げられている。最早ハンターには、EMFで彼等の接近に気を払う余裕は無かった。窓が音も無く割られ、2人が居間に入り込む。

 それから手分けをして、屋敷の中を探る。この屋敷が抱える最大の秘密を見出す為に。しかし程無くして、彼等は歩みを止めた。廊下の奥まった部屋から、人の気配を感じたからだ。それに気付いた瞬間、部屋から小柄な影が飛び出して来た。銃口を違う事無くこちらに合わせ、ケイト・アサヒナが引き金を絞る。

 狭い空間はケイトにとって功を奏した。拳銃が小刻みに連射され、弾丸がヴィヴィアンとAに襲い掛かる。ほとんど全弾をまともに浴び、2体の吸血鬼が後方へと押された。弾丸には銀の祝福が施してある。吸血鬼と言えど、ダメージはそれなりに来る。ケイトが撃ち尽くした弾層を銃床から引き出すと同時に、潜んでいたイーライとフレイアが仕える者共へ目掛けて突進する。

 が、イーライの右足が消え、盛大に転ばされた。その直前に、Aの手から黒い帯のようなものが出される様をヴィヴィアンは見た。前回にカーラ邸の吸血鬼を3人戦闘不能にした技の小型版である。驚いて目をやったフレイアの隙を見逃さず、Aの肘が彼女の顔面に叩き込まれる。恐ろしく重い衝撃で脳震盪を起こし、フレイアが蹲る。Aがナイフを取り出し、首を刈り取ろうと振り被る。

 しかしフレイアはヴィヴィアンから気圧を当てられ、玄関口まで吹き飛ばされた。僅か後にAはナイフを空振らせ、怪訝な顔でヴィヴィアンを見る。

「V2、邪魔をするな」

「邪魔? そいつは前から気に入らない奴だったんだ。今のは軽いお返しだよ。それよりやらなきゃならない事があるはずだ!」

 言って、ヴィヴィアンは倒れているイーライの腹を盛大に蹴り上げて悶絶させる。そして軽くジャンプし、進行方向とは逆にドミエルハロを放った。

 高速で飛んで来る塊目掛けて拳銃を撃つも、ケイトはヴィヴィアンの体当たりをまともに食らう羽目となった。勢い壁に激突し、ケイトがうつ伏せに倒れ伏す。

 3人を片付け、ヴィヴィアンはよろめく体を立て直した。銀の弾丸は、思いの外にダメージが深い。計7発は体にめり込んだまま、この世ならざる者への毒を吐き出し続けている。Aはどうなのかと顧みると、然程打撃は残っていないように見受けられたが、それでもやけに動きが鈍い。1分間限定であるものの、ケイトによる『鈍化』の呪いが掛けられたのだ。

 それでも、とヴィヴィアンは気を取り直した。ハンターとノブレムを片付け、自分の道行きを邪魔する者は他に居ない。叛意を隠して仕える者共の中に居るヴィヴィアンではあったが、この屋敷の秘密に関しては純粋に興味があった。

 体を引き摺ってくるAを待ち、2人はいよいよ先の3人が守っていた部屋に足を踏み入れた。

 しかし彼等が先ず見たものは、椅子に腰掛けて静かな目をこちらに向ける、1人の月給取りであった。

「入れない。お前達では」

「ロマネスカ?」

 ヴィヴィアンが意外そうに声を上げた。ロマネスカがダイニングの食器棚を親指で示し、薄笑いを浮かべて言う。

「完全状態のジルでも突破は難しかろうよ」

 はたと気付く。ロマネスカはEが施した無音を強制する異能を無視し、ヴィヴィアンとAに語り掛けているのだと。

 

ファイトソング・3

「下がれ。お前達。下がれ」

 繰り返し、ロマネスカが言った。

「健やかなる御生誕をお迎えする目出度き日だ。これ以上無粋な真似を晒すな」

 強力な戦士階級を前にして、ロマネスカは格下を見下すような声音を発した。どう考えても、この状況は彼にとって致命的であるはずだ。纏う雰囲気が余りにも異なるロマネスカを前に、ヴィヴィアンはこれ以上歩を進めるべきではないと判断した。それは半ば本能が告げた危機への警告である。

 しかしAは違った。この居丈高な月給取りに、率直な興味を抱いたらしい。Aはゆっくりと弧を描きながら、少しずつロマネスカとの間を詰めた。

「誰だ?」

 問う。

「お前は誰だ?」

「言うつもりは無いな。三度言う。下がれ。死にたくなければ」

 普通であれば、Aは慎重に出方を見極めるはずだった。しかし言われた相手が月給取りであった事が、Aの神経を逆撫でた。Aは心底月給取りが嫌いだった。吸血鬼の出来損ない。中途半端に人間の面影を残す者。人間は食料として尊重するものの、こ奴等を生かしておく筋合いは無い。

 Aは人差し指をロマネスカに向けた。イーライの右足を消し飛ばしたアギヌメハト、黒い槍でもって首ごと消失させようと。しかしAの目が見開かれる。指先が、うっすらと煙を吐いて消え始めたからだ。

 それは瞬く間にAの腕を飲み込んだ。慌てて飛び退るも、Aの右肩から先が綺麗に無くなっている。直後にAが、激痛に耐えかねて咆哮を上げる。その様を、ロマネスカは冷たい目で眺めていた。

「下がれ」

 繰り返し曰く。

「お生まれになった。たった今だ」

 Aの判断は容赦が無い。彼は自らが不利と知れば全力で逃走する。一目散に屋敷を飛び出して行ったAに続き、ヴィヴィアンもまた場を退こうと駆け出すも、ふとロマネスカを顧みる。

「そうか、其処にあったんだ。反逆者の魂は」

 ヴィヴィアンの言葉に何も返しはしなかったが、ロマネスカは静かに閉目した。

 

 満身創痍の体を引き摺ったジェームズが、Eに立ち向かうという構図を、一体幾度繰り返したか両者は覚えていない。

 頑強なジェームズに対し、異能を駆使して痛めつけてはいるものの、Eはとどめを刺して来なかった。まさか、とジェームズは思う。

(てめえ…まさか、この俺に情けをかけているんじゃあるめえな)

 口を動かし、ジェームズは声にならない言葉をぶつけた。その意を彼女は読み取れるはずだ。

 しかしEは答えなかった。それを無言の肯定と受け取り、ジェームズの魂に火が点いた。人の血を呷るのを止めたとは言え、彼もまた吸血鬼である。誇り高い戦士階級。戦いにあって、自らの存在意義を為す。

 ジェームズは愚直に突進した。無駄なのだと承知のうえで。たとえ妙な圧力で吹き飛ばされ、五体がバラバラになるような苦痛を与えられるのだとしても。

 しかし此度は違った。腹の底から湧き上がる熱いものがジェームズの勢いに拍車をかける。案の定強力なドミエルが放たれたが、ジェームズはそれを突破した。Eがうろたえる。たった一時で、ジェームズは存在そのものが大きく変わった。

 唸りを上げて振り抜いたフックを顎に受け、Eは顔面を仰け反らせて地面に叩き伏せられた。今の一撃で脳が揺れ、牙が何本かへし折れる。仮面を外し、血塗れの顔を即座にジェームズに向けるも、彼の胆力は其処までだった。膝をつき、それでも煮えたぎる戦意を込めて、ジェームズがEを睨む。

 不測の状況が発生したとEは判断した。理解不能の事態を無視出来るほど、Eは冷静さを欠いていない。Eは身を翻し、ジェームズの前から姿を消した。

(…何だ、これは?)

 Eを殴り倒した己の右手を見詰め、ジェームズはアスファルトに座り込んだ。突如力が膨れ上がった理由を、今の時点でのジェームズは理解出来ない。

 

 Cの体は鋼鉄並に固められていた。イゾンの第五段階を使ってきたのだ。

 確かに『鈍化』は彼の速度を大いに減じせしめたものの、鉄の体は剣を弾く。銃も通らない。つまりフレッド達の手数が尽きた。

 それでもフレッドは、格闘戦を挑んでくるCをいなしながら、丹念にロングソードの斬撃を繰り返した。対吸血鬼限定とは言え、フレッドの身体能力は戦士階級に匹敵している。動きの遅いCの挙動を見切るのは容易い。

 ただ、Cの恐るべき腕力は健在だった。おまけに拳は鉄の硬度を保っている。一発でもまともに体に貰えば、戦闘不能、絶体絶命に陥るとフレッドは解釈した。

 ディートハルトの援護射撃で、Cは幾分体を揺らされたものの、その威力を全く意に介していない。元中国人らしく拳術の型を作り、Cは震脚から伝播する力を掌打に乗せ、フレッドの頭部を粉砕せんと狙って来た。突き出される打撃をすり抜け、フレッドがゼロの間合いからソードを掬い上げる。並の吸血鬼ならば、上半身が斜め真っ二つになろうかという斬撃であるはずだ。しかしCが相手では、服を裂いて薄皮一枚削げるか否かでしかない。

 フレッドは荒げる呼吸をどうにか静めようと腐心した。対してCは、ケラケラと耳障りな笑い声を上げ、疲労の気配が全く見えない。ありとあらゆる攻撃が効かない状況下では、何れ自分達の方がジリ貧となる。それでもフレッドに、逃げるという選択肢は無い。

 距離を置いてソードを正眼に構え直すフレッドに対し、Cが無造作に歩み寄る。これでケリをつけようとの思惑も露に。しかしCの肩に、ポンと手が置かれた。

 虚を突かれたCが、不意打ちの相手を見る。ダニエルだった。当のダニエルも、自分が何故そのような行動に出たか分からず、ただキョトンとCを眺めている。たったこれだけの事で、戦いに決定的な隙が生まれた。

 瞬時に間を詰めたフレッドが、ソードを真横に薙ぎ払った。今まで散々通らなかった刃が、Cの喉元と骨と筋肉を裂断させる。Cの首が、カーラ邸の芝生の上に落下した。果たして永遠に続くのかと思われた戦いは、全くもって呆気ない終焉を迎えた。

(どういう事です?)

(何があったんだ?)

 駆け寄ってくるディートハルトとフレッドの目が、言外にそのように言っている。受けてダニエルは、自分でも分からないという風に首を横に振った。

(分からない。ただ)

 首を傾げる。

(ただ、あの異能力を、打ち消せるような気がしたんだ)

 

「あたしの名前はシーザ・ザルカイだった。15で吸血鬼になって、まだ2年くらいにしかならないよ。折角アメリカに移住出来たのに、家族はみんな殺されて、あたしは吸血鬼にされてしまったのよお」

 とうとうと自分語りを始めるGを、カスミはベアハッグでギリギリと締め上げていた。

 戦いは死人の血が互いに掠らぬよう、高速の陣取り合戦に終始していたのだが、危ういバランスが崩壊した切っ掛けは、カスミの突如の変貌にある。「狂乱」せずに加速したカスミに対し、Gはあっという間に組み付かれて今に至っている。爪先でカスミの肩を抉って拘束の突破を試みるも、正面から上半身を巻き取ったカスミの腕力は万力の如く頑強だった。ありとあらゆる抵抗が彼女には通用しないのだと悟り、Gは抗うのを止めた。

 カスミの力は徐々に強度を増し、その気になればGの細い腰を真っ二つに切断する事も出来るだろう。故にGは、自分を語る事にした。これから消え逝く我が身の事を、敵であり愛着を抱くこの少女に、何時か首が刎ね飛ばされるその時まで覚えていて貰いたい。それは歳相応の、切なる願いである。

「でも、こんな風になっても後悔はしない。人間なんて、いい事なんか何一つ無いじゃない。あたしは自由。心から思う。戦って死ぬ。これもあたしの自由。さあ殺して。思う存分に殺しなさいよ」

 しかしカスミは、力を緩めた。死に向かう恍惚から切り離され、Gの表情が驚愕で歪む。カスミは拘束を外し、彼女を静かに抱き寄せた。

(やはりこの娘は似ている)

 カスミが思う。

(一体私達、何故こんな事をしているんだろう)

 カスミの感情の発露は、憐憫でもなければ同情でもない。共感である。吸血鬼としての共感。この世から疎外された者同士の。だが、Gの選択は拒否であった。

 カスミを突き飛ばし、体をよろめかせながらGが仮面を外す。浅黒い肌の幼い少女の顔が、ひどく醜く歪んでいる。笑ってもいるし、憤怒の色もある。ありとあらゆる複雑な心を込めて、Gが叫んだ。

「次は殺す! ぜーったい殺す! ないしは間違いなく殺されてやる!」

 Gは狂乱を発動させた。それは戦いを一挙に終わらせる為の力だ。しかし彼女は、今この時だけを生き延びる為に、狂気の笑い声を上げてカスミの視界から消えて行った。

 

 カーラ・ベイカーは地下霊廟に椅子を持ち込み、物言わぬ骸の反逆者と向き合った。こうして時折、反逆者に語り掛ける時間を持つのがカーラの日常であるのだが、此度の彼女は何時にも増して感慨深い声音で言った。

「結局、吸血鬼が吸血鬼であり続けるのは、真祖が居るからなのですね。彼を媒介として全世界の吸血鬼に、言わば度の超えた呪いがかけられている。真祖が引き込む煉獄の力と、同等の質をもってしては彼に勝つ事が出来ない。吸血鬼達然り、禁術を得た人間も然り。だから新しい主を頂に置く事が出来れば、ノブレムの者達は全く別系統の力を得て真祖を滅ぼす事も出来る。その主は吸血鬼と人の間を取り持ち、強大ではあるけれど、実は普通の人間。かつて貴方は、その域を目指されて叶わぬと知り、だから後の世の者に託されました。その御方は『新祖』。真祖を打倒し、新祖が頂点に立てば、吸血鬼の力は静かに減衰の道を歩むでしょう。そして人として新祖が崩御された時、吸血鬼なる呪いがこの世から抹消される。彼等は普通の人間となり、人生を全うする。とてもとても、長い道のりでしたわね」

 カーラは立ち上がり、反逆者の前に傅き、掌を骨ばった彼の手に合わせた。

「どうやら恙無き御生誕をお迎えになられたようですよ。でも、ここからが大変。新祖を守り抜き、真祖を打ち滅ぼす長い戦いが始まります。貴方は、何時発たれるのですか?」

 

ファンファーレ

 Bの両腕を肩口から引き千切り、内臓を粗方破壊する程の蹴りを叩き込んでから、レノーラはエルジェとの再戦を開始した。

 総合的な力はレノーラが上回っている。しかし彼女が持つ本来の力量を、実のところ彼女自身が薄めてしまっていた。レノーラは冷徹な吸血鬼であり、戦の折に激情に駆られるスタンスは持ち合わせていないはずだった。リヒャルトの首を目の前で飛ばされるという、痛恨の事態さえ起こらなければ。

「どうした? どうした? ええ? 人に心を移した売女風情が」

 余裕をもって見下してくるエルジェに対し、叩き伏せられていたレノーラは呼気を荒げ、身を引き摺りながら二の足で立った。其処へ目掛けてエルジェの足裏が顔面に飛んで来る。交差した腕で防いだものの、貫通する打撃までは抑え込めない。レノーラの体が紙切れの如く宙を舞い、これで四度目となるアスファルトへの激突を余儀なくされた。

 自分に向けられる殺意の塊の如き目線は、エルジェに極上の快感を与えてくれる。大事な仲間が呆気なく死ぬ様を目の当たりにして、さぞや憎かろう。しかし仇討ちも叶わず痛めつけられて死んで逝くのは、さぞや悔しかろう。

「ああ、楽しい。ああああ、楽しい」

 ケラケラとエルジェが笑う。それに合わせて、レノーラも心底嬉しそうに唇を曲げる。怪訝に思い、エルジェは笑うのを止めた。

「何が可笑しい?」

「守り切った。たった今、誕生されたわ」

 エルジェが踵で地を蹴り、大きく距離を空けたのは勘が働いたからだが、その意味ではエルジェも優れたセンスを持つ女帝だった。

 ゲストハウスの正面に、正円形の真っ黒な穴が開く。景色を綺麗に切り取ったかの如きその穴から、深い眠りについたジューヌを抱えた異形が現れた。蝙蝠のような羽を背中に形成し、頭部の髪は硬質化して無数の棘の如き有様を為し、手足の先端から猛禽類の長く鋭い爪が生えている。しかし、異形の目には明確な感情があった。異形はレノーラの元へ赴き、ジューヌを彼女に託した。

『後は私が』

「エルヴィね?」

『今は「守護者」です。しかしこの体、不完全に過ぎて長く持ちそうにありませんわ』

 背後を顧みたエルヴィの見る先に、既にエルジェの姿は無かった。B諸共、この場を一挙に退いて行ったらしい。理解不能の状況を前にして、深追いを放棄したのだ。

『…賢しい事。自分がどれ程の域にあるか、試してみたいと思いましたのに』

 エルヴィの溜息と共に、異形の体は等身を本来の彼女へと戻し、可愛らしい少女の姿となった。跪き、レノーラの腕の中で寝息を立てるジューヌの顔を眺める。

「かなりのところまで理解出来ましたわ。血の継承実験とは、月給取りの中から新たな吸血鬼のリーダーを生み出す為の儀式だったのですね?」

 エルヴィの問いに、レノーラが頷く。

「そうよ。だから味方にすら情報を隠蔽し、この方、『新祖』の存在が敵に露見しないように細心の注意を払ったわ。でも、それもこれで終わり。これからは新祖をお守りする戦いが始まる。真祖を抹殺する力を私達に授け、それでも普通の人間であられる、この方をね」

「私は、新祖から守護者の称号を授かりましたわ。未だ足りない部分は多々ありましょうが」

「そうか。人間か。と言っても大して代わり映えの無いジューヌでしかないのな。もっと、何て言うか、例えば鼻が伸びるとかあるでしょう」

 彼女等の横から無遠慮な声が掛けられる。目を向けると、繁々と覗き込んで来るリヒャルトの姿が其処にあった。エルヴィとレノーラは、揃って腰を抜かした。

「何故!?」

「首チョンパとキュー殿が言っておりましたが!? それを聞いてジューヌがぶっ倒れて今に至るのですけど!?」

「いや、私も訳が分からない。しかし分からない事は多いに越した事は無いと思うのだ。さすれば世の中、万事面白き事ばかりであるよ」

 首と胴を完全に切り離されて生き返った吸血鬼など、真祖かジル、エルジェくらいしか存在しない。レノーラは言葉を失ったものの、眠る新祖、ジューヌの姿を今一度見詰めた。彼女とリヒャルトの関係性を元にして、何らかの要因が彼の体に働きかけたと想定するのが妥当だろう。取り敢えずレノーラは、考えるのを止めて安堵する事にした。しかし、今度は沸々と苛立ちがこみ上げて来る。よくも心配をかけてくれたな、と。

「そうか。きっと真祖並に死なない体なのだわ、リヒャルトは。お陰で安心してブン殴る事が出来る」

「え」

 レノーラは満面の笑みを湛え、後じさるリヒャルトの頬面にあらゆる思いを込めたコークスクリュー・ブローを叩き込んだ。漫画のように空を舞うリヒャルトの、脳裏にゲストハウスの主が囁く。

『だから、勝つと言ったでしょうに』

 

その雄叫びを聞く

 

『素晴らしい朝が来た!』

 

 真祖が発したその声は、サンフランシスコ市街のほぼ全域へと轟いた。

 人間に対する唐突な天敵の宣言は、その実在を確信させるインパクトを持って人々の心を掻き回した。それでもサンフランシスコ市民達は、宣言主に対処する術を知らない。目に見えぬものとの戦い方を知らない彼等は、取り敢えず不安な心を押し隠し、日常生活に戻らざるを得なかった。しかし、その日常は徐々に黒くなりつつあった。マリーナ地区の住宅街で深夜に起きた首切り殺人がその発端であったとは、この時には思いもよらない話である。

 

 仕える者共は狂喜乱舞した。遂に、彼等がその名の通りに仕える御主が彼等に声を発したからだ。2度目のカーラ邸襲撃は失態と言って差し支えない結果に終わったものの、かように小さな敗北は、真祖復活の前には聊かの意味も持たない。そのように彼等は胸を張った。

 しかし、次席帝級のジルが直々に迎えに行き、遂にその姿を仕える者共の前に現した真祖を見て、一同は言葉を失った。魂は覚醒していても、それに伴う肉体は封じられたままだったからだ。

 

 仕える者共は、初めて古城への立ち入りを許可された。

 謁見の間の玉座に収まり、虚ろな眼差しで口を閉ざし、真祖は身動きというものを全くしなかった。白い髪と赤い目の、美しい顔立ちの美術彫刻。今の真祖は、そのような代物でしかない。

 しかし、仕える者共は言葉を待った。ジルとエルジェ、ミラルカも含め、傅きながら真祖の第一声を神妙に待つ。

 しばらくして、ようやく真祖は思考に直接届く言葉を発した。柔らかくて通りの良い声の、しかし奇妙な言語感覚を操って。

『慈悲を遣わす』

 真祖は言った。

『慈悲を遣わすぜ、子豚共。今から何が起こっても、頭を下げ続けよ。良いと言うまで決して面を上げるでない。でなけりゃ死ぬぜ、おめえ等』

 言い終えた途端、扉が無遠慮に蹴り開かれた。帝級も含め、誰もそちらを見ようとはしない。不測の事態より、真祖の命令の方が恐ろしいからだ。

 入って来た者は、傅く吸血鬼達の只中をズカズカと歩んで来た。そして玉座の前に立ち、ヒュウと軽い口笛を吹く。

『調和。お前が調和? 何か笑えるわ。吸血鬼の親分風情が』

 女だ。それもまだ若い。真祖は嘲笑しつつ応えた。

『てめえが破壊だと? 悪魔臭くてかなわぬぞクソガキ。嬢ちゃん、何をしに来たんでちゅか?』

『声が聞こえたから、顔を見に来たまでだ』

『ほう。どうするつもりなのだ。一戦交えるつもりであるか? そいつぁ、決まり事の逸脱であるぜ?』

『顔を見に来たと言ったろうが、アホボン。それに戦ったところでお前は殺せない』

『おめえもな』

 ハハ、と笑い声を残し、女は気配を消した。

 真祖は面を上げる許可を出した。相変わらずの能面を一同の前に晒しているものの、真祖が醸し出す雰囲気は、まるで悪戯事を考える悪童のような邪気の無さがあった。ただ、それは情け容赦が霧消した純粋さをも伴っていたのだが。

『ちょいと打って出るぜ』

 軽い調子で真祖が言う。

『お待ちかねの模造吸血鬼を出す。そうさな、初回は20体くらいで構わぬ。そ奴等を引き連れて地区一つを占拠せよ。場所は何処がいいかな。端っこの方がいいかな。そうだ、ジル。後でお前残れや。お前には別の事をやってもらう。これまでの経緯を聞いたが、この間抜け共。お前が行ってブッ潰してこい』

 

ジェイズ・ゲストハウス

「新祖誕生を祝して!」

「乾杯!」

 グラスを打ち合わせ、博士とインディアンは軽いビールを一息に飲み干した。

 それは2人にとって全く予想出来なかった顛末であるものの、今や真祖の完全覚醒を目前としている状況にあって、一筋の強力な光明なのだと理解出来た。それは実に喜ばしい。ビールで乾杯したくなるのも当然だ。

「結局アーマドと反逆者は、これを実現させる為に身を殉じた訳ですか」

 インディアンが問い、博士が頷く。

「まあ、そうであろうな。禁術を得たハンターと、新祖の加護を得たノブレムの者達が手を組み、真祖と彼奴が率いる集団を討ち滅ぼす。これが描いた未来予想図だったのだ。しかし、多少疑問は残るのだよ」

「と、言いますと?」

「これを仕掛けた反逆者、まあ、ドラキュラ公の事だが、果たしてどういう者であろうかとな。やる事がいちいち一般吸血鬼の既成概念の度を越えている。果たして次席帝級とは…」

「どうされました?」

「いや、次席帝級とは、本当に人間から吸血鬼になった者なのかとな。それより、仕える者共の内輪に居る情報屋からの話だが」

「彼の努力には恐れ入りますね。おかげで向こうの状況が逐一分かります」

「出方が分かるというのは、事ほど左様に大きいものだよ。何しろ対処を取る機会を得られる」

 博士はテーブルにサンフランシスコ市街の地図を広げた。懐から赤マジックを取り出し、大きく丸をつける。

 アウター・サンセット。サンフランシスコ中心街から南西に位置する地区。仕える者共は、その地区の占領を命ぜられたのだ。

 

 

VH2-4b:終>

 

※一部PCに特殊リアクションが発行されます。

 

 

○登場PC

・エルヴィ・フォン・アスピヴァーラ : 戦士

 PL名 : 朔月様

・カスミ・鬼島 : 戦士

 PL名 : わんわん2号様

・キティ : 戦士

 PL名 : ウィン様

・ケイト・アサヒナ : ポイントゲッター

 PL名 : TAK様

・ダニエル : 月給取り

 

・ディートハルト・ロットナー : ポイントゲッター

 PL名 : みゅー様

・フレッド・カーソン : ポイントゲッター

 PL名 : 白都様

・ジェームズ・オコーナー : 戦士

 PL名 : TAK様

・ヴィヴィアン : 戦士

 PL名 : みゅー様

・リヒャルト・シューベルト : 戦士

 PL名 : ともまつ様

・ロティエル・ジェヴァンニ : 戦士

 PL名 : Yokoyama様

 

 

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ルシファ・ライジング VH2-4b【ファンファーレ・b】