<血の継承実験>
「どうすればいい!」
青年は私に言った。この私が帝級においても真祖に次ぐ地位にある事を承知のうえで、この青年は直立する。不動の目で私を見据える。彼の到来は見事な奇襲であった。同胞達の目を完璧に欺き、ここに至った手腕は並大抵ではない。だが、私には何の問題もない事だ。僅か瞬きの合間に彼を肉塊に変える事なぞ造作も無いのだ。それもまた、彼には分かり切っているのだろう。私は敵対する者以外、そして最低限の我が糧とする以外に人間を殺めない。よって彼が戦いを求めぬと言うのであれば、それを受け入れもしよう。
「V、吸血鬼の筆頭! どうすれば、人間と吸血鬼の戦いを終結させる事が出来るのだ!?」
私は身を乗り出した。この青年は何をしに来たのだ?
「吸血鬼と人間は、長きに渡り抗争を繰り返した歴史がある。しかしながら、私は吸血鬼が人としての熱い心を持ち得る事も承知している。理解し合う事を私は期待している」
「そんなものは、無理だ。人は糧、吸血鬼は天敵。この関係は決して覆らぬ。それに、諸君等が起こす戦争の数々に比すれば、吸血鬼と人間の争いなど、流れる血は微々たるものよ」
「戦争は、我等人間の責任だ。人間が責任を持ってつけを払わねばならん。だが、人間とそれ以外の戦いは、如何な小規模と言えど残る恨みが余りにも深い。私は見てきた。家族を、友を、恋人を、貴公等に食われてきた数多の人々が修羅と化す姿を。私達人間は、貴公等が永遠の存在である限り、同じく永遠にその怨嗟を貴公等に向け続ける事となろう。それはこの世の地獄だ。これを何としても終わらせ、憎悪の輪廻に終止符を打ちたい。貴公の助言を、私は仰ぎたい」
「何故私なのだ?」
「真祖が隠遁し、貴公が種族を率いるようになって、明らかに吸血鬼は変わったからだ。貴公は禁忌を徹底し、破る者あらば同胞に対しても厳罰をもって処すようになった。無用に殺さず、苦しみを与えず、そして子供には一切手を出さない。貴公は厳格な理性と人の情けを併せ持つこの世ならざる者だ。話し合いの余地が、あると見た!」
若い。というのが私の印象である。この青年、理想を追うその目は剛直にして、容易く砕け散る危うさをも感じられる。しかしながら、こうした話を切り出した人間に私は覚えがない。現実を弁えぬ妄想の類と斬り捨てるには、実に惜しいと私は思った。この男はもしかすると、とも。この男は、私が全生涯で遂に得られなかった、友となってくれるのではないかと。
「汝の話は多少面白い。更に話してみよ。しかし、ただ聞くだけだ。それでも良いのか」
「良い。筆頭に私の心を伝える事に意義がある」
「宜しい。しかし汝から進み出たのであれば、自ら名乗りを上げるのが礼儀である。汝、名を申せ」
「エイブラハム・ヴァン・ヘルシング」
「そうか。私はV。本当の名は」
「見ました?」
「見ました」
エルヴィ・フォン・アスピヴァーラとジュヌヴィエーヴは、ソファに両隣で寝た格好のまま、怪訝な顔を見合わせた。
反逆者と呼ばれた吸血鬼の血をその身に馴染ませる継承実験は、かつての彼の記憶がフラッシュバックするという副作用を、低い頻度であるものの必ず伴う。それは実験を2人が同時に受けた場合でも、共時性的に同じ夢を見るのだと、たった今2人は知った。
継承実験は、これより2人で継続される。エルヴィは彼女なりの強い決意の元で、本来推奨されていない戦士級の被検体となったのだ。
「…こうして私も貴女と同じ夢を見るようになって、少しばかり反逆者の心が分かるようになりましたわ。それにしても、プロフェッサ・ヘルシングは随分とイメージが違いますわね」
「そうですね。私のイメージでは冷静沈着が服を着たようなものだったのですが、何て言うか、その、熱過ぎ」
「あの夢を通じて分かったのは、反逆者に反逆の引き金を引かせたのが、他ならぬヘルシング卿だったという事ですね。卿と反逆者が初めて出逢った時点で、反逆者は吸血鬼集団の筆頭の立場を崩しておりませんでしたもの」
「卿との対話を通じて思うところが芽生えた、という事でしょうか」
「大きく影響を受けたのは間違いありませんわ。ただ、それよりも大きかったのは、卿が反逆者の心を癒す存在となったからかもしれません」
「癒す?」
「あの方、反逆者は孤独な方だったのですわ」
と、部屋の扉が開かれ、2人は会話を止めてそちらを見た。カーラ・ベイカーだった。エルヴィ達が目を覚ましたと知って、やって来たのだろう。
「お疲れさま。2人とも、もう少しだけ安静にしていてね」
落ち着いた声音で話しかけながら、カーラが点滴のチェックを行なう。その様を横目に置き、エルヴィは思った事をそのまま口にする。
「不思議ですわ」
「何が?」
「こうして貴女を間近に見ているのに、血への渇望が全く起こりませんの。恐らく継承実験の産物の一つなのでしょう」
「それは少し有り難いわ。こうしてあなたと、面と向かってお話する事が出来ますものね」
「こちらとしては、もう少し切羽詰ったものがあります。初対面の際の失態は繰り返したくありませんから」
「ところで、何か他に副作用は感じられない?」
そう問われて、エルヴィは答えるのに躊躇した。
有体に言えば、今の所何も起きていないのだ。この実験は、月給取りの階級を本来の対象としており、戦士階級が披検体となった際、その結果について保障が無い。
ショック死も覚悟の上だ。暴走すれば、首を刎ねられるも必定。その腹で挑んだ継承実験であるにも関わらず、やや拍子抜けだった。
しかし反逆者という、力量としては吸血鬼の世界で頂点を極めた存在の下した判断が『人間に近付く』であったのは、実に興味深いとエルヴィは考えた。長年の逡巡を越え、その意思はレノーラにも継がれ、カーラが協力し、ハンター達をも巻き込んでいる。その結実が継承実験なのだ。
(この実験に参加し、吸血鬼と人間の関係性を前に進めるという命題を、私は受け止めてみたい)
それが今のエルヴィの、心からの願いである。
しかしそれはおくびにも出さず、澄まし顔で彼女は言った。
「何も起きませんわね。私の力も戦士級のまま。嗚呼、早く人間になりたいですわ。そうしたら100年は生きてみせますものを」
「有難う、エルヴィ」
どうやら心の内は、カーラに見透かされているらしい。が、エルヴィは悪い気はしなかった。
再び目を閉じたジューヌに倣い、自らも目蓋に手をやろうとする。そして彼女は気が付いた。
エルヴィは、己が右の掌をまじまじと見詰めた。黒点が浮かんでいるのだ。黒子のように、皮膚に色づいていない。それは随分と不自然なものであった。
<防衛圏>
接近は無用心。EMF反応皆無。そして最も信頼すべき野性の勘は、それらを敵とみなさない。フレッド・カーソンはアサルトライフルの構えを解き、植え込みの狭間でくつろぐ格好を取った。
カーラ・ベイカー邸を防衛する仕事に就いてから、1ヶ月半が過ぎようとしている。敵性吸血鬼集団の一員と判明したリーパーの到来以降、仕える者共は今のところ接近する気配すら無い。勿論、彼等がカーラ邸にハンターとノブレムが集結しているという状況を看過するはずがない。来客の類は、防衛範囲の外でチェックされている可能性がある。
仕える者共は、こちらに対してどのように干渉すべきかを考えあぐねているのかもしれないが、その慎重な姿勢は厄介なものだというのが、フレッドの印象である。吸血鬼は単独でも極めて危険であるのだが、その基本戦法は群れを作っての集団戦だ。だから一旦集団を作ってしまいさえすれば、攻勢は苛烈を極める。逆に言えば、狂奔に駆られた獣の集まりであって、其処かしこに隙も生まれるものだ。
しかし仕える者共は、或る意味ノブレム同様に吸血鬼のセオリーから外れている。彼らは己を過信していない。こちらをじっくりと観察し、じわじわと包囲を狭め、恐らくはその時を覗っているのだろう。気をつけねばならない。実は過信しているのが自分達の方だった、などという事にならぬように。
先程防衛圏に入ってきた者達は、何れも人間であり、見た事のあるハンター達だった。それも各々別ルートからやって来ている。タイミングを考えれば連れたってという事なのだろうが、そのひと工夫には安心感を覚える。
まずは庸の構成員、フォーマルな紺の背広に身を包んだ城鵬が、隠身のフレッドを敢えて無視し、エントランスを潜った。
続いてポケットに手を突っ込み、背を丸めた髭面が軽く手払いしつつ通り過ぎる。ジェイコブ・ニールセン。
最後にやって来た男は、何処の一般人かと思ったら風間黒烏だった。バミューダにアロハという、西海岸定番のありきたりな格好に身を包み、その様は実に颯爽としていなかった。フレッドは、敢えてそのように振舞っているのだと解釈した。普段のこの男は刃物である。
風間はフレッドの目前で立ち止まり、持参したバッグをドサリと地面に置いた。フレッドに一瞥もくれないのは、配慮だ。
「遠くから見られていたな。途中まではガン無視だったんだがな」
ぼさぼさの頭を掻きながら、風間が言った。
「ここに接近する者は、漏れなく監視対象なんだろう。だが、この近辺でEMF反応は感じられない」
「分かんねえぞ」
フレッドが応える。
「電磁場異常をコントロール出来る上位吸血鬼ならば、肉迫出来るってもんだ。今だって監視されているかもしれん」
「そうだな。目立たず騒がず、作業を始めさせてもらうとするか。仕掛けを設置する」
「有り難い。『仕掛け屋』の罠は効き目がでかいからな」
城鵬達がカーラに通された部屋は、屋敷の奥まった場所の書斎だった。少々狭い部屋ではあったが、5~6人程度が入る分には問題無い。既に会談の相手は上座に背を預けている。
「初めまして。レノーラ」
「初めまして」
城は恭しく一礼し、対してレノーラは目蓋を伏せて頷いた。続いて入ってきたジェイコブにも手を挙げる。
「さて、もう1人は作業中ですので、今しばらくお待ち戴けますか? 僕もその間にしておきたい事があります」
「何を?」
「失礼ですが、盗聴器が仕掛けられていないかを確認します」
「まあ」
と、カーラは驚いたように口元を押さえた。
「この部屋に客人を通すのは初めてなのだけれど?」
「それは承知しております。そういう部屋での会合を事前にお願い申し上げた次第ですから」
盗聴器を探知する装置を部屋のあちこちに向けながら、城が言う。
「しかしこの屋敷、様々な人間が出入りしています。ハンター然り」
「おいおい、ハンターの中に敵と通じている奴が居るってのか?」
ジェイコブが怪訝な声を上げる。
「僕自身はその可能性は低いと思っています。どちらかと言えば、別の者達の方が可能性としては高い」
「その回りくどい言い草は好ましくない」
レノーラが低い声で言い放った。声音に隠し切れない怒気が含まれている。
「あなたは私達の中に、裏切り者が居ると言う」
「どちらかと言えば吸血鬼と吸血鬼が通じ合う方が自然だと僕は解釈しています」
城としては、融和路線が進むノブレムとハンターの関わり合いにおいて、一定間の距離を置く立場を敢えて取っている。各々が何を食べて生きているのか、その圧倒的な差を認識しつつ力を合わせるという、厄介な仕事を双方はしなければならないのだ。その違いを曖昧にしたまま、接近ばかりを続けるのは危険だと城は考えている。
城としては言い返されて当然だし、またそうして欲しいとも思っていたのだが、レノーラは目を閉じて黙ってしまった。そのリアクションの意図を城は知る由もない。
<ノブレムのアパルトメント:一昨日>
書置きの紙切れを握り潰し、レノーラは廊下を踏み鳴らしながら足早に玄関へと向かった。そして叫ぶ。
「ヴィヴィアン!」
その怒声はアパルトメント中に響き渡り、驚いた吸血鬼達が巣を突かれた蟻のように飛び出して来た。レノーラは彼らを無視し、玄関の扉に手を掛ける。が、その手が横から抑え込まれた。
「どうした、レノーラ!」
イーライだった。レノーラは血走った目を彼に向け、言い放った。
「放しなさい! ヴィヴィアンを探し出して連れ戻す!」
ヴィヴィアンによる書置きには、彼がノブレムを離脱して仕える者共の一員になる旨が書かれてあった。その意図についてもきちんと説明が為されていたものの、レノーラにとってそれは重要な事ではない。
「真祖に会わせてはいけない! 彼がどれ程の怪物か、あの子は全然分かっていない!」
「レノーラ、落ち着け。このまま外に出るな。今の自分の顔を分かっているか!?」
イーライが指摘した通り、レノーラは吸血鬼の本性を剥き出しにした醜い顔になっていた。出鱈目な数の牙を軋らせ、レノーラはノブから手を放した。それでもまだ、叫ぶ事を止めない。
「木っ端微塵にされる! 私達は真祖の呪縛から乖離しなければ、彼に対抗する事は出来ない! このままでは真祖に飲み込まれるだけなのに、どうして分かってくれないのよ!」
<再び、カーラ邸の書斎>
仕事を終えた風間がひと足遅れで書斎に入る。が、シンと静まり返った場の雰囲気に面食らった。ジェイコブとカーラに目を合わせると、2人は揃って苦笑するのみである。
「何があった。何か妙な事を言ったか?」
「いや、別に?」
風間に問われても、城は澄まし顔だった。気を取り直し、風間はレノーラに頭を下げた。
「風間黒烏だ。招待に応じて戴いて感謝する」
「私はレノーラ。あなたの事は彼から聞いている…私の顔に何か?」
何時の間にかレノーラの顔を凝視していた自分に気付き、風間は軽く咳払いを一つ。
「失礼。で、その『彼』に俺から口利きを依頼した訳だが、奴は何処に居るんだ?」
レノーラは無表情面をゆっくりと窓に向けた。合わせて皆の目がそちらに向かう。
窓の外では、何時の間にか袋が立っていた。有体に言えば死体袋だった。袋は部屋の者達の注意がこちらに集ったと察するや、突如体を激しくくねらせ始めた。挨拶らしいのだが気持ち悪い。
「野郎、意地でも顔を見せないつもりか」
「ドアホウですね」
城が容赦なくカーテンを閉め、死体袋の出番はこれにて終了。カーラが口元を押さえて笑う。
「『戦士級が人間を目にしなくても済む手段を発見!』と自慢していたわ。とてもいい子ね、彼」
「いや、ドアホウでしょう」
城は容赦が無かった。
「…さて、ドアホウはともかくとして、そろそろ話を始めたい。ジェイコブ、霊符をこの部屋の周辺に貼ってみたんだが、これってこの世ならざる者に対して『音の出入り』も防ぐ事が出来るかね?」
「無理だろうな」
「少なくとも私の出入りは防がれる」
ジェイコブに続き、レノーラが困り顔で言った。
「この程度の霊符で防げるとは思わんが、すまない。勿論、事が終わり次第霊符は外す。ま、話でもしながら一杯やろうじゃないか。オーストリア、ハンガリー、そして成長著しいイングランド産だ。どれがいい?」
レノーラは並べられたワインボトルをしばし眺め、オーストリア産ベーレンアウスレーゼを手に取った。
「やっぱりそれか」
「何か?」
「いや、別に。それじゃジェイコブ、協定案の補足について宜しく頼む」
「…ここではっきりさせておきたい。レノーラ。俺達ハンター、そして君が、最終的に雌雄を決しなければならない相手は、真祖だ。この認識で間違いないな?」
ジェイコブの問いかけに、レノーラは僅かに眉をひそめたものの、返答は簡潔かつ躊躇が無かった。
「そうよ」
「ならば協定案の追加項目について検討を請う。『真祖討伐戦に際し、その戦列にはレノーラも参加する』」
レノーラはジェイコブの目を見詰め、瞳を動かして風間も視界に収めた。この提案は彼が出してきたものだとレノーラは解釈する。『ノブレム』ではなく『レノーラ』という個人を指名したのは、彼の配慮なのだろう。もしもノブレムとしての参加を請われた場合、間違いなく自分は否の返答を出していた。その根拠を含めて、レノーラは答えた。
「私からもはっきり言わせて貰う。真祖と戦えば、必ず誰かが死ぬ。全滅する可能性はそれを更に上回るでしょう。私は仲間達にそれを強制するつもりはないし、ハンターにしても自由意志があると考えている。地の果てまで逃げれば、生き残るチャンスだってあるわ。しかし私は既に腹を括っている。大災厄と化すものを放置する事は絶対に出来ない。協定が必要ならば、そうなさい。言われるまでもなく、私は真祖と戦う。その為ならば喜んで手を結ぼう」
これにて、対真祖戦という方向性が一部のハンターとレノーラの間で明確となった。どれだけの人間と吸血鬼が賛同するのかは、先になってみないと分からない。ただ、たとえ決死の状況となっても、真祖の君臨を看過する事は出来ない。ハンターならば。或いは自由意志を尊ぶ吸血鬼ならば。
「感謝する。レノーラ」
礼を述べ、風間は個人的な話題を切り出した。
「ところで、あなたがとある人物を知っているかを問いたい。その女の名は」
「待った」
と、城が風間を制し、メモ用紙にサラサラと人物名を書いた。
「今の時点でその名は口に出さない方がいいでしょう」
「…確かにそうかもしれん」
城から受け取ったメモ用紙を受け取り、風間はそれをレノーラに見せた。受けてレノーラは、メモと風間達を見比べ、怪訝な顔で言った。
「これは、私の古い名字。かつての名は既に知られているという訳ね」
「そう思ってもらって、差し支えないだろうな」
「しかし、名前の方が違う。綴りが間違っている」
「…その名前に心当たりは無いのか?」
「あると言えば、ある。ある吸血鬼小説に出て来た登場人物のものだわ。主人公のアナグラムの一つ。原作者の創作物ね」
今度は風間と城が困惑し、互いの顔を見合わせた。
<防衛圏・2>
フレッドはメールの着信を確認し、その送信者を見て気を引き締めた。
メールは全て暗号で書かれており、送信者とフレッドにしか分からない内容となっている。フレッドは暗号を根気良く訳し、手帳に少しずつ書き留めた。
『潜入成功。しかしまだ聞きだせる雰囲気ではない。再度連絡する。新参者は苦労する』
以上だ。フレッドは苦い顔になった。
送信者は、仕える者共の中に入り込んだ吸血鬼である。彼とはノブレムとの関わり合いの中で既知となり、2人は此度のカーラ邸防衛でも連携を取っている。
メールの内容に関して言えば、前途多難の状況が窺えた。それはそうだろう。既に集団として完成された輪の中に、新入りが容易く入り込めるはずがない。社会性を持つ生き物なのだ。人間も吸血鬼も。
「何か変わった事は無かったか?」
いきなり声が掛けられた。反射的に携帯電話を閉じ、フレッドは声がした方向に顔を向けた。声の主は、ジェームズ・オコーナー。カーラ邸を守る、良く知った吸血鬼の1人である。彼は屋敷の壁際に陣取っており、その場所はフレッドの位置から見る事は出来ない。こちらを見ずに話しかけてきた訳だが、フレッドは自分に対するものと解釈し、言葉に応じた。
「別に何も無えな。EMF反応、お前らの分を除けば無し。ヒマ過ぎて欠伸が出るぜ」
「そうかよ。こちとらも黄昏の昼下がりを満喫している。しかし油断はするな」
「分かってる。頼りにしてるぜ、兄ちゃんよ」
状況、未だ動かず。
ジェームズは壁に背中を預けて深く息を吐き、やおら立ち上がって窓越しに部屋の中を覗いた。其処はちょっと凝った作りのキッチンになっていた。今は書斎の方に客人が来ており、彼らに何か摘めるものを出すべく、ロマネスカが甲斐甲斐しく何かを料理している。
「器用なもんだ。吸血鬼には要らないものなのに。何を作ってるんだ?」
「オマールエビとサラダのマリネだ。漬ける時間が短過ぎだけど、素材の味を楽しめるし、まあいいと思うよ」
こういう創造的な事をしないと、月給取りとは言え人間性を忘れそうになりますからね。ロマネスカはそう言った。如何にも彼らしいとジェームズは思った。
それにしても、こうしてロマネスカと向き合うのは良い機会であった。彼に問うてみたい幾つかの案件をジェームズは抱えている。今この場に居るのは自分と彼だけだ。ここは率直に考えを述べてみようとジェームズは決めた。
「なあ、ロマネスカよ。お前がカーラに接触したのは、反逆者の意思か?」
「え?」
言われたロマネスカは、キョトンとした顔になる。
「ごめん、唐突過ぎてどう答えたものか」
「ああ、つまりだな…。あの老婦人が生まれた時から、お前は彼女の傍に居るんだよな? その馴れ初めが、そう言や分からない。そいつを聞かせてくれないか?」
「どうして聞きたいんだい?」
「そりゃお前、興味があるからだよ」
「そうか。分かったよ。いい加減、話せる事は話さないとね」
ロマネスカは一通り漬け込みを終えると、窓際に椅子を持ち込んで座り、ジェームズに面と向かった。そして何時ものニコニコ顔で、何でもないように曰く。
「実は僕も、かつては皇帝級と呼ばれていたんだよ」
「はあ!?」
ジェームズは引っ繰り返りそうになった。この茫洋とした男が、エルジェやレノーラと同じ階級の存在だったとは、俄かには信じられない。
「僕も真祖に呪いをかけられたクチさ。僕の場合は、まだ存命だった『お前の家族を一族郎党皆殺し』だったよ」
「やったのか」
「ああ。幾ら呪いとは言え、耐え難かった。いや、実際に耐えられなかった。皇帝級にはなったけれど、それは全く望んでいなかったし、真祖の気紛れで赤ん坊から祖父母まで、自分が皆殺しにするのは有り得ない。僕は発狂したよ。発狂したけれど、もう沢山だとも思った。だからあの集団から逃げ出して、山奥に引き篭もったのさ。これ以上人間を手に掛けぬよう、或いは飢えて我が身が滅んでくれないかとも思ってね」
「しかし、幾ら飢えても吸血鬼は死なないはずだぜ。それに吸血鬼は、自害という行動を取る事が出来ねえ。ハンターの前に身を晒そうが、反射的に俺達は防衛戦を選択する。次いで飢えを満たしたくもなる」
「その通りだよ。結局僕は死ねなかった。洞窟でのた打ち回りながら、かなりの歳月を過ごしたものさ。どれくらいの歳月が過ぎたか、僕にも分からない。ある時、1人の吸血鬼が僕を訪ねてきたんだ」
「それが反逆者なんだな?」
「てっきり逃走した僕を殺しに来たのかと思ったよ。でも、あの頃には既に最終決戦が終わって、それよりもずっと前に彼が真祖に対して宣戦布告をしていたと知って、びっくりしたな。彼は僕に言った。汝、希望を必要とするか否か、とね。僕は希望が欲しいと言った。すると彼は、ベイカー家を守れと言って、ある術で僕をオペラリオにしたんだ」
「オペラリオ…月給取りの事か」
「それを境に、僕は人間の血への根源的な欲求が霧消した。牛の血でも然程不味いとも思わなくなった。彼の言いつけに従ってベイカー家に接触し、彼らを護りつつノブレムにも参入した。それが今の僕って訳だ。だから、最初の問い掛けは正解。僕は反逆者の意思に沿って、愛すべきカーラの傍に居る」
一頻り言い終え、ロマネスカは再び作業に戻った。マリネの盛り付けをする彼を眺めながら、ジェームズが思案に耽る。カーラと彼の成り行きに、反逆者が深く関わっているのはよく分かった。しかしながら、一つ決定的な話をロマネスカは逸らした。恐らく意図的に。それは突かねばならない点だ。
「その後、反逆者は何処に行った? 今、何処で、何をしている!?」
「彼は眠っているよ」
トレイに皿を載せ、ロマネスカは背を向けた。
「何処に居るのかは、まだ言えない。言ったが最後、エルジェや仕える者共が目の色を変える。彼にはそれだけの存在感があるという事さ」
<仕える者共の中で>
A:この集団のリーダー。男性外見年齢は恐らく三十代後半。ロシア出身。冷静ではあるが、吸血鬼の優位性を肯定し過ぎるきらいがある。
B:ナンバー2。女性。外見年齢四十代前半。ルクセンブルグ出身。ほとんどしゃべる事は無く、何を考えているのか分からない。
C:男性。外見年齢二十代後半。中国出身。その気性は凶暴そのもの。
D:男性。外見年齢十代後半。ポーランド出身。外見年齢と実年齢に然程差が無いと見受けられる。
E:女性。外見年齢二十代前半。コートジボワール出身。落ち着いた雰囲気があり、集団のまとめ役。
F:男性らしい。まだ見た事が無い。アイルランド出身らしい。
G:女性。外見年齢十代後半。パキスタン出身。トリックスター。雰囲気がカスミにとても似ている。
V2:自分の事だ。
ヴィヴィアンはノブレムを離脱し、仕える者共の一員となった。何故自分がノブレムを離れるのか、その真意についてはレノーラへの書置きにも記していない。しかし、フレッドというハンターとの繋がりをもって、その意図は早晩ノブレム側の知るところとなるはずだ。仕える者共とノブレムは、何れ一戦を交える事になる。その際に自らが果たす役割は小さくないだろう。
ヴィヴィアンには翻意した目的がある。仕える者共に肉迫し、その内実と情報をノブレムとハンターに流し、この集団を瓦解させる。あわよくば、帝級達と真祖を打倒する糸口を見出す。しかしその道程は、案の定平坦ではなかった。
こうして中に入ってみると、仕える者共にも当然ながら人それぞれの個性がある。彼らもまた、かつては人間だった吸血鬼である。自分達と同じだ。だからヴィヴィアンを待ち受けていたのは、如何にも人間らしい応対の数々だった。
仕える者共の本拠地はサンフランシスコ地下、真下界と彼らが呼称する場所にあった。
其処は地下世界であるにも関わらず、星の瞬く夜空が広がっている。深い森に包まれた世界はとても静かで、ただ、生き物の気配が無い。そもそも木々にしても、植物としての息吹を感じ取る事が出来ない。見てくれは美しいが、矢張り異常な場所だった。
仕える者共の住まう場所は、真下界でよく目立つ西洋の城ではない。其処から少し離れた位置にある古びた屋敷だ。城ほどではないが、それなりに大きい。
今宵はFを除く仕える者共が全員集まっている。彼らの耳目が一点に向けられ、その中心に立つのはV2ことヴィヴィアンだった。まるで自己紹介をしなければならない転校生のような心境だとヴィヴィアンは思う。勿論、状況は更にシビアだったが、仮の態度とは言え彼らに服従する姿勢を見せる程、彼の気性は柔らかくないし器用でもない。
「…以上が向こうさんの警備状況だ。吸血鬼とハンターの複合形式さ。ボク自身は、この面子で攻勢を仕掛ければ落城は容易いと思う」
ヴィヴィアンは彼らを相手に、差し支えの無い範囲でカーラ邸の状況説明を行なった。しかしその情報は、あの邸宅を監視している仕える者共も恐らく承知しているだろう。
「こうして情報を渡し、ボクもそれなりに覚悟を決めているんだよ。かつての仲間達とやり合おうってね。で、仕える者共は一体何をするんだい? 何時までたっても、襲撃する気配が見えないんだけど」
「そのような命令を受けていないのでね。勝手な事をすれば君、殺されるぜ?」
Aが進み出て言った。
「ともあれ君の協力的な姿勢には感謝している。仲間は1人でも増える方が有り難い。ノブレムという集団、意外に結束が固くてな。フレイアとかいう有望株には、してやられてあのザマだ」
「リーダーの割に弱いんじゃないのかい、キミ」
「そうなんだよ。何時首を挿げ替えられるかと思うとビクビクだ。ま、少しばかり積極的な干渉をしてもいいかもしれんな」
肩を竦めるAを見、ヴィヴィアンは認識を変えた。Aはもっと挑発に乗り易い気性かと思っていたのだが、実際はのらりくらりとして掴み所が無い。恐らくこのAは、集団の中でも実力者だ。フレイアという強力な吸血鬼が、不意を打ったからこそ腹を撃ち抜けたのだろう。しかしながら、もう少し念押しはしておきたい。
「お手並みを拝見する」
ヴィヴィアンは言った。
「折角仕える者になったんだ。勝ち馬に乗らせてもらいたい。ここのところは失敗続きのようだし、次もまたって事になれば、ボクがこの集団を仕切る事になるかもしれないよ?」
言われたAは、「?」を顔に張り付かせて首を傾げた。Bは妙にくぐもった笑い声を漏らしている。そしてCは、直後にヴィヴィアンの目の前に居た。早い。
勢いの乗った膝蹴りがヴィヴィアンの鳩尾にまともに入った。足が宙に浮く。一瞬息が詰まり、折れそうになった膝を何とかもたせる。が、後頭部の髪を掴まれ、無理やり顔を上げさせられる。
「新参のガキが。舐めた口を利きやがって。首を捻ってやろうか? ああ?」
「やめろ、C。思い違いをしているようだが、別に俺達は失敗なんかしちゃいない。思ったより勧誘出来なかったのがそれだと言われれば、その通りかもしれんが。それでも君が来てくれたから、まあいいって事だ」
「ボクはこんな所で満足はしない」
えずきながら、ヴィヴィアンが言い放つ。
「もっと上を目指す。もっとだ」
「あのよう」
Cがヴィヴィアンの足を払い、頭を掴んだまま地面に叩きつけてきた。
「俺らをみくびってんのかテメエ? Gを除いて戦士級の上位がよう、首を揃えてんだようコラ。ブチ殺すぞコラ」
「止めなさい!」
堪らずEが、Cを押し退けてヴィヴィアンを庇った。けっ、と捨て台詞を吐き、Cは意外にも大人しく引き下がった。Eがヴィヴィアンの体を起こしてやり、体に付いた埃を払ってやる。
「大丈夫だった? でも、あなたも自重しなきゃ駄目よ。仲間になったのなら、あなたからも打ち解ける努力をしないとね」
そしてEは、懐から血の詰まった真空パックをヴィヴィアンに手渡した。ノブレムで配給される牛の血・真空パックに似ているが、中身が全く異なるのは明白だ。
「はい、人間の血。牛の血なんかで我慢してきて、辛かったでしょう? これでも飲んで、体力を回復させなさい。きっともうすぐ直接人間から啜れるようになるから、それまでの辛抱よ」
「…ありがとう」
Eは朗らかで優しい印象だった。しかしそれでも、骨の髄から吸血鬼なのだとよく分かる。ヴィヴィアンは人間の血のパックを懐に仕舞ったが、予め牛の血を大量に準備しているので飲むつもりはない。飲んだが最後、恐らく取り返しがつかなくなるだろう。
「V2、それでは打ち合わせを始めよう。お待ちかねのカーラ邸干渉作戦について」
先の騒動をまるで気にも留めず、Aがヴィヴィアンを呼んだ。
散々な目に合わされたが、懸念していた自分への懐疑の目は有耶無耶になったと見える。それだけでも、今の時点では満足出来るとヴィヴィアンは考える事にした。
<前哨戦>
今はすっかり日も暮れようという頃合、ケイト・アサヒナは昼間のガードを終え、夜の担当と交代するべく撤収の準備を始めていた。荷物を纏めながら、天を仰いで嘆息をつく。夜はチャイナタウンで給仕のアルバイトに入るのだ。これはこれで中々大変な仕事である。
「お疲れ」
夜の担当がビニール袋を片手にエントランスを潜る。レイチェル・アレクサンドラだ。雑貨屋のアルバイト帰りの途中で買ったコーヒーを掲げ、ちょっと飲んでいこうと彼女が言う。
「状況は?」
「変化無し」
程よい温度のコーヒーを静かに啜りながら、2人はカーラ邸の警備状況について話し合った。
「今、カーラ邸にはどれだけの人数が居るの?」
「…カーラ本人。私とあなた、風間、フレッド、以上がハンター。吸血鬼は、これから帰る被検体のジュヌヴィエーヴとエルヴィ。ロマネスカ。彼らを護衛するフレイアとイーライ。先刻ジェームズが到着したわ。あと、もう1人」
『あ、どうも、ご苦労様です。いやいや、こんな格好をしていますが家の者ですよ。ホームパーティです。ここにサインすればいいんですか。サラサラっと。はい、ありがとうございました』
暢気な声が別の玄関のある裏手から聞こえ、そして声の主が飛び跳ねながらこちらにやって来た。
「何あれ」
「死体袋」
ビヨンビヨンとあちこちに跳ねながら、死体袋が着実に向かって来る様は、ついつい銃で撃ちたくなる。袋はジッパーから手を出し、何やら小包を抱えていた。どうやら宅配業者から預かってきたらしい。
「お姉さん、荷物預かってきたよ!」
「はいありがとう。もう下がって頂戴」
レイチェルは死体袋から包みを半ば引っ手繰り、宛先と送り主を確認した。宛名はカーラ・ベイカー。荷主はジェイコブ・ニールセン。レイチェルとケイトは眉をひそめた。こうしてハンターが出入りしているカーラ邸に、わざわざジェイコブが小包を使ってくる意味が無い。
と、箱から何かの音が聞こえた。耳を当てると、電子音のメロディだと分かる。どうやらそれは、携帯電話の着信音らしい。
「どうする?」
「ハンターを招集する」
レイチェルとケイトは頷き合い、足早に屋敷の中へと入って行った。死体袋もジャンプしながら後を追う。しかし閉められたドアに衝突し、ゴロンと転がった。
応接室にはカーラとハンターしか居ない。吸血鬼は全て目の届かぬ場所に居るが、話の聞こえる場には控えていた。
テーブルに置かれた携帯電話は先程着信し、音量を最大にして朗々と話し声を響かせていた。声の主は、まず自ら名乗りを上げた。仕える者共、Aからだった。
『ハンターとノブレムの諸君、今現在の人数は大体分かっている。これから我々は、PM23:00~24:00の間に干渉行動を仕掛けようと思うのだ。よくよく準備をしてくれ給え。こちらもサプライズを用意した。まずは前哨戦を楽しもうじゃないか』
切断。一方的な通告は、それで終わった。
「ふざけやがって。泣いたり笑ったり出来なくしてやる」
窓向こうから、ジェームズの腹立たしい声が聞こえてきた。
「何だ? 何を狙ってやがるんだ、奴等は」
「…観察の最終段階ってとこじゃねえのか」
風間の呟きに、ジェームズが応えた。そして苦りきった顔を僅かに宥め、フレッドは自分の携帯電話を手に取った。こちらもメールの着信あり。文面を読み込み、独り言のように呟く。
「3→○ 2→? 総勢5人。内2人は遊撃手。動きがまるで掴めねえ」
「誰からだ?」
「色々あるんだよ。詳細はジェイズで話す。しかしアレだな。こちとらハンター4人に吸血鬼が7人、倍居るんだぜ。舐めてんのかクソボケ」
「フレッド」
ケイトが挙手し、深刻な顔で曰く。
「これから夜のバイトがあるんだけど」
「いや、休めよ」
「次回はギャンブルとかいいんじゃないか?」
「さて、どーするよ。エルヴィはともかく、ジューヌがヤバい。このまま帰らせていいのかい?」
フレイアが鼻を鳴らし、顔を青くしているジューヌの肩を組んだ。干渉開始を仕える者共が宣言したのは、これからおよそ5~6時間後だ。帰り着く猶予は十分以上ではあるが、ジェームズは異を唱えた。
「いや、ここに居た方がいいだろうよ。あれは警告とも取れる。其処で準備をしていろと。そいつを無視したが最後、何をしてくるか分からんぜ」
「相手は人数が少ない。御せる自信はある。Aだったか? またどてっ腹に風穴を開けて欲しいと見た」
「逸るな、フレイア。敵は根拠をもってあの人数なんだ。見下しと過信は、敗北のお友達なんだぜ」
不服の表情で押し黙ったフレイアに代わり、イーライが前に出る。
「しかしそうなると、この邸宅で迎撃というのも同じように危険かもしれん。相手は高位戦士級である可能性が高い。月給取りを護りながら戦い抜けるかどうか」
「彼女には、私がつきますわ」
エルヴィがフレイア同様、ジューヌの肩に手を掛ける。
「あの実験を受けても、今の所は力に衰えは見えませんし。大丈夫、ジューヌ。腕に覚えの面子が控えていますわ」
「ありがとう、みんな。それに今回は、あの人も居ますから。きっとあの時のように護ってくれる」
かようにジューヌが言った途端、タイミング良く死体袋がゴロゴロと庭を転がって来た。転がりながら袋曰く。
「諸君、人間との共闘だ! 今の内に牛の血飲めよ牛の血! 持ってない人は言い給え。今月は20袋も買ったよ!」
死体袋が面々の居場所を通り過ぎ、勢い壁に激突して停止する。エルヴィはツカツカと歩み寄り、死体袋を盛大に蹴り上げた。
ポケットに手を突っ込んだままメールを送信し、ヴィヴィアンはAに近付いた。
「総勢5人と聞いたのだけど、気のせいかな。3人しか居ないね」
既にヴィヴィアンを含めた仕える者共は地上に出ていた。夕暮れ時の街並みを見下ろせるビルの屋上に居るのは、ヴィヴィアン、A、そしてD。
「Fは別の場所に控えているよ。彼にはちょっと頑張って貰わねばならん」
ヴィヴィアンの問いに、Aは飄々と答えた。そのリアクションに、ヴィヴィアンは鼻白む。
「…成る程、Fは別の場所に居る、と。これで4人という訳だね。じゃあ、あと1人は? 他の仕える者共は全員『入り口』で待機しているじゃないか」
「協力者だ、協力者」
双眼鏡を覗き込みながら、Aは言った。ここからカーラ邸は、目視でも微かに確認出来る。
「心強い味方と言ってもいいのだろうな。今回は特別に観戦武官として参加を頂いている」
「誰だい」
「初めまして、しがない悪魔ですよ」
何の前触れも無く、両肩に手を置かれた。その接近を、ヴィヴィアンほどの鋭敏な感覚を持つ者が、全く捉える事が出来なかった。手を跳ね除ける事も出来ない。振り返る事すら出来ない。背後に居る者は、圧倒的だった。恐らくエルジェ以上の実力者だと、ヴィヴィアンの本能が告げる。AとDも彼に気付き、恭しく一礼する。
「これはこれは、わざわざお越し頂いてありがとうございます」
「いえいえ、こちらも我侭を通して戴き、感謝しておりますよ。皆さんの邪魔はしませんので、その旨どうか御安心を。しかと見学をさせて頂きます故。ささ、監視をお続け下さい」
「では、お言葉に甘えて」
再び双眼鏡を覗くAを認め、悪魔はヴィヴィアンの耳に口元を寄せた。そして彼にしか聞き取れない微かな声で、こう言った。
「携帯電話の使用は、事が始まるまで控えて下さい。その方が面白くなりそうですからね。勿論、私の知らないところでは差し支えありませんし、これからも黙っていてあげますよ?」
今より事が始まるまでの間、この悪魔の目の届かぬ場所などあるまい。悪魔の語り口は実に柔らかかったが、これは紛れも無い恫喝だとヴィヴィアンは解釈した。
時計の針が23:00丁度を指した時、変化が起こった。EMF反応が防衛圏内に入ってきたのだ。しかしその反応の異常さに、ハンター達が色めき立つ。
玄関の扉を開き、風間が大股でフレッドの元に歩み寄った。表情が険しい。
「でかいぞ」
「俺も確認したぜ。一つだけ異様に反応が激しい」
「帝級かもしれん」
「いや、そうじゃねえと思う。帝級が混じってりゃ、あの時点でその旨をメールに書いているはずだぜ」
「例の内通者か」
「ああ。しかしあれ以降、連絡が来ない。どうしちまったんだ」
「…おい、ハンターども。レノーラを呼んだ方がいいのかよ?」
壁向こうから、ジェームズが声を掛けてきた。しかしハンター達は、揃って首を横に振った。
「ここでレノーラを呼んだら、向こうも本腰を入れるだろう。戦いが激化する」
「俺らだけでどうにかすべきだろうな。何しろこいつの正体が分からん」
と、屋敷の中から特徴的な携帯電話の着信音が鳴り響いた。小包で送られてきた例のものだ。ケイトとレイチェルが携帯を手に外へ出て来た。ハンター、それに吸血鬼達も聞き耳を立て、携帯電話に注意を集中させた。
『どうもこんばんは。計5人の内の1人です。私は吸血鬼じゃありませんから、直接戦闘には参加しませんけどね』
やけに気の良さそうな声が電話から聞こえてきた。声に心当たりがある者は誰も居ない。
『ところで皆さん、ここが市街地だという事はお分かりですよね? 見たところフリスコでは珍しく、住宅が密集していませんけどね。敷地面積も広い。羨ましいなあ。しかし銃をお持ちの方も居られますね。銃声などしようものなら、警察がすっ飛んで来ますよ。それは面白くない展開です。其処で私は、いい手段を思いつきました。皆さんと仕える者共さんが、思う存分戦える場を提供致しましょう』
その場が静まり返る。否、静まり返っているのはその場だけではない。気が付けば、屋敷の周囲から生活の息遣いが全て消えていた。時折通り過ぎる車も、今は全く見当たらない。この状況を仲間内から聞いた事のある風間が呻いた。
「カースド・マペットの無人化現象か」
『おお、知っている方もいましたか。実はあれ、部下に伝授した異能でしてね。ちょっと空間をずらしてやるんですよ。本家本元はこの私。それでは、自己紹介と参りましょう。玄関から見て東北東のビルを御覧下さい』
ハンターと吸血鬼が、一斉にそちらを見た。ビルの屋上には、4人の姿を肉眼でも確認出来る。仮面を被っているのが3人。携帯電話を片手に手を振っているスーツの男が1人。
『左から私、A、D、そしてV2』
「…ヴィヴィアンか!? あの裏切り者め!」
牙をぞろりと剥き出し、フレイアが吼える。フレッドは何かを言おうとして、考えを改めた。敵を騙すには味方からとも言う。こちらの様子にはお構いなしに、スーツの男が一礼した。
『それでは皆さん、ごきげんよう。第一段階が始まりますよ』
電話が切れる。それに合わせてAが片手を夜空に向けた。
遠目には何となく分かる。Aの頭上に幾つかの黒い筋がぽつぽつと浮かび上がる様が。その筋は瞬く間に数を増やし、数十か百かのところで、先端を斜角に向けた。そして一斉に空へと打ち上げあられる。それらの筋は拡散しながらも弧を描き、地上を見下ろす角度に移行した。目指すはカーラ邸。誰もがそれは、物理的なものではない『投射兵器』だと理解した。
「結界の範囲へ!」
風間の雄叫びと同時にカーラ邸の全員が、フレッドと風間が屋敷に張り巡らせた結界の袂に退避した。そして無形の黒い槍が、音も無く静かに屋敷へと降り注ぐ。
その『槍』は屋敷に対し、物理的な破壊力を伴わなかった。『槍』は建造物の遮蔽を無視し、屋外室内を問わず突き抜けて、地面に飲み込まれるように消えて行く。霊符の結界は、それらを傘となって或る程度防いでくれた。しかし威力がある。殊にこの結界は『護り屋』のものではない。幾つかが結界を破り、その直撃を貰ったのは2人の吸血鬼。
「カーラ、無事だった?」
「大丈夫よ。それよりも、あなた右肩が」
居間でカーラに支えられたロマネスカが、焼き切れたように皮一枚で繋がる肩口を押さえた。
「はは、昔なら、どうという事のない攻撃だったのだけどね」
「しゃべらないで。その傷、吸血鬼でも軽くはない」
その室内に、今度はフレイアを抱きかかえたイーライが飛び込んで来た。彼女の具合は更に酷い。胴体に大穴が開いていた。
「くそ、Aめ。倍返しかよ…」
「治りが遅い。どういうんだ、これは」
床に寝かされた2人の元へケイトが走り寄り、容態を確認する。そしておもむろに懐から呪的に調合された薬剤を取り出し、儀式に則って傷口に振り掛けた。
「吸血鬼に使うのは初めてだわ」
「失せろ、人間。首をへし折るぞ」
悪態をつくフレイアの口を、ケイトは掌でもって強引に捩じ伏せた。
「黙れ。これから詠唱を開始する。治りが早まるよう、神様に祈れ」
Aは片膝をつき、大きく息を荒げた。
「さすがにきつい。連射出来れば、簡単に全滅なのだがな」
「それが戦士級の使う技かい?」
ヴィヴィアンが慎重に問う。得体の知れない異能力を駆使するのは帝級の十八番だが、Aは上位だろうが戦士級である。帝級と戦士級を分けるセオリーが、仕える者共には通用していない。ならば、何らかの定番破りが実行されたと見るべきだろう。しかも、Aは体に随分と無理を強いているようであり、間違いなく先のそれは分不相応な力だ。ヴィヴィアンは悪魔を名乗る男を横目に置き、睨みつけた。根拠は無いが、この男が濃厚に絡んでいるような気がする。
「ともかく、相手は混乱している」
ヴィヴィアンは言った。
「一気に攻め寄せるべきだよ。ここは先陣を切らせてもらう」
自らの思うところを実行すべく、ヴィヴィアンは一歩前に進んだ。が、彼の行く手をスーツの背中が遮った。ついさっきまで、この悪魔はそんな場所に居なかったはずだ。
「まあ、お待ち下さい。今回は飽く迄様子見ですから。ここはF君にお任せしましょう」
ヴィヴィアンは唇を噛んだ。この男が居る限り、自分は先手を取られ続ける。悪魔はヴィヴィアンの真意を、或る程度見抜いていると見て間違い無かった。だからその行動に制約を課すような事をしてくるのだが、一方で仕える者共の中に居ても良しとする考えも見受けられる。一体何を考えているのか、見当もつかなかった。
しかし今迄鷹揚に構えていた悪魔が、「あれ?」と呟いてカーラ邸を凝視した。その躊躇を露にした態度は、全く似つかわしくない。
「1人だけ屋敷から飛び出して行ってしまいましたね」
死体袋は、死体袋を置いて闇夜の街へと遁走したのだった。
「逃げた…。みんなと私を置いて逃げた…」
「いや、死体袋は死体袋で何か考えがあるのかもしれないですわ」
袋を前に呆然と立ち尽くすジューヌに対し、エルヴィが必死の顔で言い訳をする。そもそも何故自分が死体袋の為に取り繕わねばならないのかとの思いもよぎる。
エルヴィは首を回し、忙しく動き始めた状況を確認した。ハンター達は再度結界を張り直している。初撃でこちらは2人が戦闘不能に追い込まれており、確かにあんなものを連続して撃ち込まれれば、たまったものではない。ともかくジューヌを屋敷内に押し込み、自らはイーライと共に外へ出た。ハンターのケイトは2人の治癒にあたり、レイチェルは彼らの直衛についている。これで実質の戦力は、ハンター2人に吸血鬼が3人。
が、仕える者共は次の行動に移らない。訝しく思い、エルヴィは彼らの居場所を見据えた。しゃがみ込むA、それにV2とスーツの男。Dの姿が見当たらない。
(向こうは向こうで、色々事情を抱えているのだろうか)
ともかく、相手がどうだろうと自分達は対処をするまでだ。エルヴィ達はジェームズと合流すべく踵を返し、しかしその足を止めた。唐突な、強い違和感に駆られたのだ。当のジェームズがこちらに向かってくる。彼もまた、不審を顔に貼り付けていた。
「何だこれは?」
「誰かが居ますよ。我々以外に」
「おかしいぜ。姿が見当たらない…おい、フレッド!」
ジェームズはフレッドを呼び、EMF反応の確認を要請した。受けてフレッドが探知機を確認する。例のビルの方向に3つ。それ以外に反応は何も無い。フレッドは次いで、風間にチェックを依頼した。探知機の遣いでは風間の方が優秀なのだ。
「おい」
風間が呻く。
「この庭に何か居るぞ」
言った途端、イーライの体が横っ飛びに吹き飛んだ。その刹那、大柄な白人の男が蹴りを放った姿勢から戻る様が垣間見え、しかし一瞬で姿を消す。ハンターと吸血鬼が一斉に行動を開始した。
フレッドと風間が屋敷の玄関を固め、ジェームズは敢えてその場に留まる。エルヴィは地面に転がったイーライの傍に回り込み、ぴくりとも動かない彼の容態を看取る。イーライは首の骨が折れていた。
「人間なら死んでいましたわね」
「蹴りで首を狩ろうとしたか…簡単にさせるものか」
「しゃべらないで。この怪我、修復に時間がかかりますわ」
その後、場を沈黙が支配する。EMFの反応ゼロ。吸血鬼達が感じた異様な気配も消えた。しかし間違いなく、敵は未だ間近に潜んでいる。
敵は仕える者共だ。それはA同様、何らかの異能を駆使する輩である。電磁場異常や気配を断ち、あまつさえ姿そのものも消してくる。恐らくはたった1人だが、問答無用の強敵である。不意を打ったとは言え、イーライという上位戦士級を一撃で昏倒させたのだ。
と、空気を読まずまたも携帯電話が鳴り響いた。フレッドが忌々しげに着信ボタンを押す。
『今、お相手されているのはFです』
スーツの男からだ。
『凄いでしょう。影も形も見えなければ、EMFにも引っ掛かりません。単体としてもかなりの実力者です。そんな彼が、今の今まで地道な諜報活動に就いていてくれていた訳です。所々で、皆さんの会話は結構聞かせて頂いたのですよ。尤も、レノーラさんが居る時は近付く事も出来ませんでしたが。彼女は現存する三席帝級では最強の御方ですしねえ』
(そうか。そういう事か)
饒舌な男の話を聞き、風間が納得する。仕える者共がこちらの情勢に妙に明るかったのは、外部からの観察のみならず、Fを潜り込ませていたからだ。そのFが遂に満を持し、牙を剥いてきたという訳か。おかしい、とも思う。ここでわざわざ正体を明かす事に、一体何の意味があるのだと。
『それでは再びごきげんよう。Fさん、最期のもうひと働き、頑張って下さいね』
電話が切れた。またも静寂に戻る。
フレッドは躊躇せず欺瞞煙幕を放った。効果は一時ではあるし、ノブレム側も撹乱してしまう諸刃の剣ではあるが、これでFの方向感覚を阻害出来るはずだ。この間にFの姿を探し出せはしまいかと期待したのだが、敵はすこぶる慎重だった。
煙の中にあって、ジェームズは腰を落とし、落ち着いて身構えた。エルヴィやハンター達は壁や扉を背にしており、自らは四方開けた空間の真っ只中に居る。つまりは一番無防備な状況にあるのだ。だからFがうとすれば真っ先に自分からだと、ジェームズは筋道を立てた。相手は異能を駆使する変り種であっても吸血鬼。その攻撃本能は、野生動物のそれに近い。
煙が薄らいで行く。ジェームズは眼球を左右に動かし、落ち着いて肘を立てた。
立てた二の腕目掛けて、固めた拳が勢いよく衝突してきた。その打撃を弾き返し、ジェームズが懐の拳銃を抜く。ほとんど間合いの無い状態からFに拳銃弾を叩き込む。全弾を体に食い込まされ、Fが怯んだ。今度は姿を消さない。ジェームズがその場を飛び退いた。
同時にハンター達から反撃の猛射が火を噴いた。銀の強化が為されたNATO弾、死人の血を含んだ散弾が雨霰と撃ち込まれる。どれを取っても吸血鬼には効果が絶大なはずだ。しかしFは体を穴だらけにされても、銀と血の毒を体に捩じ込まれても膝を屈しなかった。その目は真っ赤に染まり、顔には苦痛の色も無い。明らかに種として異常な存在だが、最早異能を駆使する暇は無いとも見える。
自動小銃を単射に切り替え、フレッドが進み出る。狙いを定めて丹念に撃ち込む。銀の銃弾は吸血鬼にとって、極めて重いはずだ。それでもFは、じりじりと後退しながらも倒れない。そしてFは、一旦フレッドが撃ち尽くしたと見るや、反転して襲い掛かってきた。フレッドは落ち着いて呪い袋を手にし、ぼそぼそとラテン語を呟いた。『鈍化』の呪いだ。
目に見えて動きが鈍ったFを、フレッドはストックで盛大に殴りつけた。ぐらりと傾いだFに、横合いからジェームズが体当たりを敢行する。壊れた人形のように転がったFは、しかし最後の力を振り絞って両手を地面に叩きつけ、跳ね飛びながら屋敷の外へと離脱した。
ジェームズが後を追う。続いてフレッドと風間も。Fは明らかに満身創痍の体であり、彼らの追跡を振り切れるか否かは微妙だった。しかし静観していた仕える者共の残りがFに合流すれば、状況は一変する。その前に何としてもカタをつけねばならないとジェームズが急いだのも束の間、追跡行は突如終結した。
軽い爆発音と共に噴き上がる赤黒い煙を、ジェームズはその先に見た。その場に駆けつけると、Fは身を捩じらせながら倒れ伏している。足裏と胴体には、巻き菱が突き刺さっていた。その一つをジェームズが手に取る。
「こいつは…」
「死人の血が塗ってある」
後から追いついてきた風間がジェームズに言った。
「血界煙幕とそいつの罠にはまった訳だ。もう、ろくすっぽ動けまい」
「『仕掛け屋』は恐ろしいねえ。しかし手間ぁ取らせやがって」
フレッドは唾を吐き、銃口をFに向けた。彼は仕える者共お馴染みの仮面を装着していない。充血しきった目は最早包囲する者達を見ておらず、その顔はひどくやつれていた。過大なダメージを蓄積し、銀と死人の血をこれでもかと捩じ込まれながら爆発的に動いてきた吸血鬼とは、どうしても同一に思えない。Fは口を開いた。ヒュウヒュウと空気が漏れる音がするのみで、言葉の体を為していなかった。
「薬物中毒の患者に似ているぜ」
フレッドが言った。
「中毒の発作だ。それも末期の。何もしなくとも、こいつぁ半死半生だったのかもしれねえぞ」
「…まさか、使い捨てかよ」
絶句するジェームズに、フレッドは無言の肯定を寄越した。
これが仲間に対する仕打ちなのかと、ジェームズは込み上げる怒りに喉を詰まらせた。ナイフを取り出し、刃を剥きだす。
「俺がとどめを刺すぜ」
ジェームズの宣言を受け、ハンター達は黙って身を退いた。
「Fは見殺しかい」
「残念な事だ」
冷ややかに言い放つヴィヴィアンに対し、Aの返事もまた冷酷だった。
カーラ邸側とFの戦いが決着したと同時に、彼らは撤収を開始していた。先行して屋敷を抜け出した吸血鬼を追撃したDも未だ戻って来ないままだ。
「彼は異能を使い過ぎていた。真面目に監視役を務めていたのだが、その真面目さが仇になったのだ。可哀想な事をした」
「可哀想、だって? そんな事は微塵も思っていないだろう。それでもキミは集団のリーダーか」
「まあまあ、落ち着いて下さい」
スーツ姿の悪魔が、ヴィヴィアンとAの間にやんわりと立ち塞がった。
「F君は与えられた力に耽溺していたきらいがあります。だから身体機能が既に暴走していました。とても惜しい事です。でも、君はそうならないように注意して下さい。帰ったらエルジェ殿に、君にも異能力を授けて貰うのですから」
悪魔はにこやかに笑いながら、その顔をAに向けた。
「さて、次回はどうしましょうか? 皆さんの敵はかなり強いですよ。しかしあれだけの護りを固める何かが、あの邸宅には隠されています」
「第一目標:カーラ・ベイカー略取。第二目標:邸宅の占拠。最終目標:屋敷の徹底調査といったところでしょうか? それなりに人数を集めるべきですね。古城の『あれ』は、そろそろ使えそうなのですか?」
「いや、今しばらく待って下さい。近日には大軍団を提供出来ますから。おお、黄昏のサンフランシスコ。新たな秩序の幕開けに幸あれ」
首を切断されたFの遺体は、例の死体袋が役に立った。しかしその処置には、マクベティ警部補の力を借りねばならないだろう。
この小さな一戦の結果は、吸血鬼の死体が一つである。しかし以降は、その数が増えるに違いない。敵か、それとも味方か。
イーライ、フレイア、ロマネスカは、ハンターの治癒の甲斐あって、今の所回復の途上にある。吸血鬼達は彼らを看る為に居間へと集まり、カーラとハンターはダイニングのテーブルに腰掛けていた。
場の空気はとても重い。死人は出なかったが、AとFという実質2人の攻撃で、こちらは吸血鬼3人が戦闘不能に追い込まれたのだ。敵は非常に強い。分かったのはそれだけだ。
「何故、彼らがここを狙ってくるのか」
カーラが静かに口を開いた。
「それは彼らも未だ掴めていないと思うわ。しかし彼らも、ここに何らかの危険を感じているのね。彼らの本能がそう告げているの。レイチェル、あなたは同じ事の繰り返しになると言ったわね?」
いきなり話を向けられて戸惑うも、レイチェルはカーラの意図するところを知るべく、深く頷いた。
「そう、この戦いのようになってしまう。エンドレスの抗争と殺戮。アタシ達は終わらせなければならない」
「反逆者も、きっとそれを目指していたのでしょう。あなたと反逆者には、立場は違えど同じ志がある。だから私は、あなた達にやっぱり見ておいてもらった方がいいと思うのよ」
カーラは立ち上がって懐中電灯を手に取り、ダイニングの大柄な食器棚、一番下の扉を開いた。中には何も入っていない、がらんどうの空間である。カーラは棚に潜り込み、指で文字のようなものを床に書き込んだ。同時にかちりと、何かが外れる音が聞こえる。そしてカーラは、少々苦労しながらも床板を取り外した。これは地下への入り口だ。
「さあ、一緒についてきて」
先行してカーラが地下へ入って行く。ハンター達は顔を見合わせたが、後に続かぬつもりの者はこの場に居ない。1人、また1人と彼女の後に続く。
地下は精巧に作られた印象があった。上下左右に石を敷き詰めた狭い通路をしばらく進むと、それなりに広い空間に辿り着く。其処でカーラは、彼らを待って佇んでいた。
「彼の魂は、もうここには無い。けれどその肉体は、この地下に霊的な防御を張り巡らせる礎となっているの。多分、その力はジェイズにも比肩するのではないかしら。妙な話だけど、吸血鬼も入る事が出来ないわ。あのレノーラですらね」
勘の良い者が首を傾げる。妙な話とは? 霊的な防御ならば、吸血鬼も跳ね返すのは当然だ。しかしその疑問は、直後に解消する。
「さあ、彼を紹介しましょう」
カーラが懐中電灯を向ける先に、男が座っていた。古めかしい鎧を着込んだ、骨と皮だけのミイラ化した遺骸だ。カーラは遺骸に深々と頭を下げ、その名を朗々とハンター達に告げた。
「何時も私達を御見守り下さって、ありがとうございます。…この方が『反逆者』。ヴラディスラウス・ドラクリヤ。ドラキュラ公と呼んだ方が、この方も喜ばれるかもしれないわね」
<VH2-3:終>
※一部PCに特殊リアクションが発行されています。
○登場PC
・風間黒烏 : スカウター
PL名 : けいすけ様
・ケイト・アサヒナ : ポイントゲッター
PL名 : TAK様
・城鵬(じょう・ほう) : マフィア(庸)
PL名 : ともまつ様
・フレッド・カーソン : ポイントゲッター
PL名 : 白都様
・レイチェル・アレクサンドラ : ポイントゲッター
PL名 : 森野様
・エルヴィ・フォン・アスピヴァーラ : 戦士
PL名 : 朔月様
・ジェームズ・オコーナー : 戦士
PL名 : TAK様
・ヴィヴィアン : 戦士
PL名 : みゅー様
ルシファ・ライジング VH2-3【前哨戦】