<夜明けの吸血鬼>

「ああ、畜生が。ようやく俺様の声帯が機能するようになったぜ。矢張りクッチャべるにゃあ、肉声に限るという事よ」

 言って、吸血鬼の真祖・ルスケスは景気良くゲタゲタと笑った。

 ここは真下界の古城、サンフランシスコに侵攻を開始せんとする吸血鬼達の根城。主であるルスケスを玉座に戴き、謁見広間に配下の吸血鬼達がずらりと控える様は、見る者が見れば圧迫感の塊であったに違いない。その数、凡そ30名弱。単独でも人間を数十人単位で楽に殺せる猛者揃いであり、加えて帝級が首席から三席まで存在している。この集団が地上に顕現すれば、間違いなくサンフランシスコの諸勢力中最強の者達として君臨するだろう。しかも彼らは、未だ戦力の全てを出現させていない。

 ヴィヴィアンは顔をしかめていた。頭目であるルスケスの、あまりの野卑な物言いに。例えば腐りきった性根のエルジェにしても、吸血鬼として如何にも超然とした気配のようなものが感じられる。ルスケスの印象はと言えば、はっきり言って奇妙な言葉遣いのチンピラであった。かように下品な輩が、次席帝級のジルすら比較にならない存在とは、俄かには信じ難い。

 尤も現時点においてルスケスは、その全貌を欠片も見せていなかった。

 先にハンター達が執行した再封印によって、ルスケスは自らの器に封じ込まれる形になった。それをルスケスは少しずつ破り、今は先程の通り肉声を発するまでになっている。ただ、ルスケスは自身の真なる存在感を、敢えて抑え込んでいた。特に実利的な意味は無いのだが、彼にはストレスを溜め込んで、完全復帰の暁にそれを爆発させるという腹があった。自らの目論見を潰したハンター達に、本物の恐怖を味あわせる為だ。ルスケスは邪悪で陰険で、執念深い。

「さて、模造吸血鬼もまずまずの数をくれてやる訳であるが、そいつらを引き連れて、その、何処であるか? ジル、教えろ」

「アウター・サンセット、でございます」

 頭を下げたまま、ルスケスの問いにジルが答える。

「そうそう、そのアウター某に行く面々。ジルを除いて全部な。これだけいりゃあ人間どもの集落の一つくらい、陥落せしめるはたやすかろ? 何せかつて国一個潰した俺達であるものよなあ。あの頃は楽しかったな。で、リーダーはエルジェ。その直下に仕える者共。更にその下に模造吸血鬼を均等割り。やり方は任せる。良きにはからえ。で、おめえだ。おめえだよ、おめえ。名を忘れた。名乗るがよい」

 ルスケスの促しに応じ、全身をフードで覆った三席が立ち上がった。

「ミラルカ、でございます」

「おー、そうだった。ミラルカ、汝、単独にてハンター共を始末せい。おめえに集団行動は似合わねえ」

 ヴィヴィアンは揺れそうになった肩を辛うじて抑えた。ハンターが事前に防衛する事を、何故ルスケスは想定出来たのか? ヴィヴィアンは仕える者共の情報を尽くハンターやノブレムに流していたが、今の時点でそれは発覚していない。発覚していれば、とうに首と胴体が泣き別れている。その疑問に答えるように、ルスケスが続けた。

「あのハンター共は動き方が大変お上手である事よ。これまでの経緯、ないしはアルカトラズでの一件を鑑みるに、常に先手を伺っておる。敵ながら天晴れ天晴れ。ギタギタにブチ殺すけどネ。故におめえら、これが奇襲攻撃にはならないものと覚悟せよ。常に情報ダダ漏れと想定するがよい」

 ヴィヴィアンは吸血鬼としては珍しく、大量の汗で顔を濡らしていた。錯覚かもしれないが、ルスケスが自分に気を向けているような気がしたからだ。ルスケスが裏切り者の存在を意識して、あのように発言したのかは分からない。しかしルスケスはヴィヴィアンの焦燥を他所に、次の話題へと移った。

「で、間抜けな結果を出し続けたカーラとかいうババアの家への突入だが。ジル、おめえ1人な」

「心得ました」

「大丈夫? 勢い余って負けたりしない?」

「大丈夫です」

「本当に?」

「本当です」

「心配だなあ。心配である事よ。で、慈悲深い俺様々は、そんなジルちゃんにプレゼントを施します。後で地下へ行ってこいや。行って『奴』に従え」

「承知しました」

「怖くない? 1人で行ける?」

「大丈夫です」

 何だ、このやり取りは。ヴィヴィアンが疑問に思う。ふざけた言い方ではあったが、ルスケスは恐らく意味の無い事はしない。それに、奴? 吸血鬼以外に、この古城へ立ち入れる者を想定し、ヴィヴィアンは1人だけ思い浮かんだ。

(カスパールだ)

 ヴィヴィアンの予想は、的を射ていた。

 しかしながら、「プレゼント」が何なのかまでは、当然思いもつかなかった。そしてその結果が、後に恐るべき展開を引き起こす事になる、とも。

 

<グレース大聖堂・その地下>

 ノブヒル地区で発生した一家惨殺事件は、公には今も未解決事件のままだった。ただ、その先で起こる予定であった殺戮の連鎖は、ハンターと1人の月給取りによってその芽を完全に潰された。加えて事件の導き役となったサタニストの集団は、飼い主である悪魔、カスパールの不興を買い、肝臓一つを遺してこの世から消え去っている。勿論、それで全てが解決した等とは誰も思っていない。惨殺を実行した吸血鬼、そしてカスパールは早晩この街に騒乱を引き起こすはずである。

 マティアス・アスピは今や主が居なくなった、グレース大聖堂直下にあるサタニストのアジトを訪れていた。

 サタニストが全員揃って地獄行きとなり、アジトはその役目を既に終えているはずである。しかしアジトは未だ大聖堂地下にて放置されたままだ。奇妙な事だとマティアスは思った。単に後片付けを面倒に考えているのか、それとも他に別の意図があるのか。カスパールという悪魔は、これ迄の行動パターンを考察すると、奇妙な油断が散見される。ハンター内において自分を含め、直接関与した者の評価は『狡猾で危険』だった。その評価と『油断』には矛盾がある。

 梯子を上り、アジトに到着。若干残る死臭に顔をしかめ、マティアスは鉄蓋から這い出して慎重に腰を屈めた。EMF探知機の事前チェックで、アジトに厄介ものの気配無しと判断しているも、ここは現在も敵地との認識をマティアスは保っている。

 取り敢えずマティアスは所期の目的に従って、真っ先にペンタグラムの間へ足を踏み入れた。其処は前回、ハンター仲間のドグ・メイヤーが、危うく化け物の生贄にされかけた場所だ。結局贄として供されたのは、哀れなサタニスト達であったが。マティアスは聖水をたっぷり浸した雑巾で、描かれたペンタグラムを丁寧に消していった。

 再び儀式を執行されれば、このペンタグラムで危険な代物を召喚するかもしれない。それを打ち消す為の処置だったが、明らかに人間の血でもって描かれたであろうそれを拭くのは、正味の話、気分は相当によろしくない。

 次いでマティアスは、いよいよ本命の『絵画』の間へと向かった。

 その奇怪な絵画は、敵性吸血鬼達が根城にしている真下界の状景を描いたものだ。そして絵画は真下界の本物の状景と直結し、其処から出入りが可能という訳だ。冗談のような話だが、マティアスは吸血鬼が絵から抜け出す様を目撃した張本人である。しかもそれは、よりにもよって次席帝級のジルだった。よくも見つからなかったものだと思い出し、今更ながらマティアスは冷や汗をかいた。

 絵画の前に立ち、よくよく観察する。夜の風景にあって、弱い風に吹かれた木々がそよいでいる。耳をそばだてれば、枝々の擦れる音すら聞こえるようだった。絵画の『扉』としての役割は健在である。

 マティアスは麻のロープを取り出し、小さな輪を作って絵画の中に放り込んだ。思った通り、ロープは「向こう側」と「こちら側」を跨ぐ事が出来た。ロープは然程の長さを要さず接地した感触がある。これならば乗り越えるも容易い事だ。

 いよいよマティアスは意を決し、絵画の額縁を両手で掴んだ。絵に顔を突っ込んで、向こう側を目視で観察するのだ。いざとなると、その行為の常識外的滑稽さに些か躊躇するものがある。マティアスは一呼吸置いて、勢いに任せて顔を絵画に埋めた。

 咄嗟に閉じた目を開くと、其処は夜の世界だった。

 肉眼で見る光景は、矢張り圧巻だ。一瞬にして無骨な室内から広がる森の景色へと転換したのだから。しかし風景に目を奪われるのも程々にし、マティアスは注意深く周囲を観察した。

 まず、向こう側におけるこの絵画は、額縁が宙に浮いている。実に不条理極まりない有様だ。恐らくこちらから見れば、マティアスの下半身がある室内の方が絵画の世界になっているのだろう。

 そしてこの地点の周辺は、丁度森の手前にある、ちょっとした草原状になっていた。まずい、とマティアスは思う。森から抜けた草原に、ポツンと額縁が浮かぶ様は大変目立つ、という事だ。吸血鬼であれば、相当遠方からでもマティアスの存在を察知されてしまうだろう。今のところ、そういった気配は感じられないが。

(念の為、EMF探知機でも使ってみますか)

 そう考えて、マティアスが探知機を懐から引っ張り出す。そして面前に出す僅かの間に、『彼』がいきなり目の前に現れた。

「しまった!?」

「しぃっ、静かに!」

 うろたえるマティアスに、『彼』は唇に手を当てるジェスチャーを見せ、その身を深く沈めて視界から外れる位置で座り込んだ。その一連の動作を受け、マティアスは『彼』が敵性吸血鬼ではない、との判断を下した。

「もしかして、ノブレムの者ですか? 僕はマティアス・アスピと申します。ところで、何でそんな格好をするのです?」

「私はロティエル・ジェヴァンニと申します。仰る通り、ノブレムの者です。ノブレムとは言え戦士級。お顔を直視するのは、危険ではありますからな」

 ロティエルは小さく呵呵と笑った。戦士級の中でも、かなり理性的な気性の持ち主である事に、マティアスは一応安堵した。そして不意に疑問が過ぎる。

「何処に居たのです? 少なくとも、視界の範囲内には誰も居なかったはずですが」

「視界の外から瞬間移動を仕掛けました」

「瞬間移動?」

「新祖の力、『韋駄天』と申します。それはさて置き、ハンター側も古城探索ですか?」

 ロティエルとマティアスは、立場は異なれど同じ目的意識を持っていた、という訳だ。2人の狙いは城主・ルスケスが住まう古城の、更にその地下にある大空間の調査である。あの場は明らかに異変の塊であり、真祖の軍団との戦いに当たって、何らかの意味合いを持つ可能性があるのだ。

「ま、良かった事でありますよ。ハンターとは言え、同道の志を持つ方が居られて。1人では大概寂しいところでした。何せ敵地のど真ん中ですからな」

「仕える者共はどうしています?」

「恐らく、全員が帝級を含めて滞在しております」

 マティアスの問いに、ロティエルはリラックスムードを打ち消した。

「彼奴らが尽く居なくなる頃合を見計らい、出直した方が良さそうですな」

「…思いつくタイミングは、アウター・サンセット侵攻くらいでしょうね。その時ならば、真下界の吸血鬼は人員が払底するはずです。ところで、貴方は何処から侵入したのですか?」

「仕える者共が使う『扉』が下水道にあります。専用の札が無ければ入れません。そちらは…と、聞くだけ野暮ですな」

「まあ、額縁からです。未だ信じ難いですが。お互い侵入に関しては、見つからぬよう相当の注意を払う必要がありますね」

「額縁でしたら、安全な場所に移動させてしまえば良いのでは?」

「僕も当初それが可能かどうかを検討していました。しかしゲストハウスの主曰く、『大聖堂直下という定位置に、呪的な意味を持つ可能性がある。下手に動かせば機能失効に陥りかねない』、だそうですよ。君子危うきに近寄らずです」

「石橋を叩いて渡るのが丁度良いでしょう。特に真下界という敵地で行動するつもりであれば。それでは敵の侵攻作戦開始直後の段取りで」

「ええ。また額縁にて会いましょう」

 2人は決行の際の同行を約束し、この場は一旦引き上げる事とした。去り際に、ロティエルが冗談めかして曰く。

「その時は、事前に牛の血でもたっぷり飲んでおきますよ」

 

<サンフランシスコ市長のビザールな一日>

「…何だって? 君、もう一度言ってくれないか?」

「ですから、ローマ法王からお電話です」

 また何の冗談なのかとギャビン・ニューサム市長は笑った。が、市長付きの秘書は半泣きの顔のまま、震える手でハンディフォンを握り締めている。さすがに市長は、訝しい顔になった。

 尤も、だからと言って『自分宛てにローマ法王から電話がかかってきた』などという話を信じる訳がない。この手の悪戯は時折あった。あのアーノルド・シュワルツェネッガーがカリフォルニア州知事に当選するという、冗談のような出来事が拍車をかけたに違いないと、ニューサム市長は考えている。秘書はそういった連中をあしらう話術に長けていたはずだが、此度は上手く丸め込まれてしまったらしい。大きな溜息をついて、市長は諭すように言った。

「君には日頃から頑張ってもらっているが、私の方が君の頑張りに甘えていたようだ。少し休暇を取り給えよ。山にでも出掛けて気分をリフレッシュすれば、ローマ法王からのお電話も丁重に断れる自分に戻れるさ」

「市長、冗談ではないのです。まだ電話は繋がったままなのです。早く出ないと、大変な失礼になります」

「あのね、君」

 リクライニングチェアに身を沈め、市長がほとほと困り果てた声で曰く。

「ハリソン・フォード大統領とか、ウーピー・ゴールドバーグ国務長官からの電話もすげなく切った君じゃないか。今更ローマ法王がどうだって言うんだ。むしろそいつの方が無礼だろう。よりにもよってローマ法王を名乗るとは、何という愚か者だ。君は君らしく、そのトンマ野郎に説教を一発かましてみ給え」

「何度も言いますが、冗談ではないのです」

 最早秘書の声は、半ば悲鳴に近かった。

「私も最初は即座に切りました。でも、何度も何度もかかってくるので、発信元を調べてみると、本当にバチカン市国からでした。私だって思いましたよ。そんな馬鹿なって。で、公式のルートで私から市国の法王庁に電話を掛け直しました。そうしたら、すぐさま取り次がれて、繋がったのです」

「誰に?」

「ベネディクト16世法王猊下にです。どうしましょう、市長。私、法王に留守番電話の真似をしてしまいました…」

 遂に秘書がシクシクと泣き出すに至り、市長の顔は真っ青となった。本当なのかと。

 何故。ローマ法王が一体何故? 市長の頭の中身が『何故』で埋め尽くされる。相手はカトリックの世界最高権威。恐らく秘書とのやり取りは、残念ながら全て聞かれていた。ハンディフォンを受け取り、市長は震える声で言った。

「は、初めまして。サンフランシスコ市長の、ギャビン・ニューサムです…」

『…この非礼については外交ルートを通じ、正式に合衆国大統領へ抗議させて頂きます。はは、冗談ですよ。どうかお気になさらずに』

 市長は危うく気絶しかけたので、ローマ法王の後半の台詞はほとんど聞いていなかった。

 

<ジェイズ・ゲストハウス>

 ジョーンズ博士からその経緯を聞き、取り敢えず一同は腹の底から笑った。通常一般の人生において、ローマ法王から直接電話を貰うという状況は、なかなかあるものではない。例え大都市サンフランシスコの市長と言えども、である。ジョーンズ博士は大いに笑いながら、改めて集まったハンター達を眺めた。

「さて、風間君からの依頼通り、市長にはアウター・サンセット地区への襲撃計画について『或る程度』理解を得て貰う事が出来た訳だ」

「いや、バチカンを経由して市長に伝えて欲しいとは言ったが」

 風間黒烏は少々居心地が悪そうに言ったものである。

「まさか法王猊下が直接市長に話してくれるとは思わなかったよ」

「こういう事は初手のインパクトが肝要であるからな。それだけ法王もサンフランシスコの状況には心を砕いておられる、という事さ。遂に連中は多くの一般市民を対象にした組織的攻撃に打って出る。その深刻さには、法王も危機感を抱かれているのだ」

 ジョーンズ博士が言い終える頃には、和やかに場を包んでいた笑い声が霧消した。ここに集ったハンター達は、真祖一党が企むアウター・サンセット占拠行動に、対抗せんとする者達である。

 これまでサンフランシスコにおいて、この世ならざる者達の活動はハンターにとって極めて活発的であったが、それは表の社会にそれと分かる形での露出はほとんど無かった。しかし此度は勝手が異なる。博士が言う通り、これは紛れも無い攻撃だ。それも一般市民が数多く住む居住区の占拠という大規模なものである。そして、敵は吸血鬼。対抗出来るのは、ハンターしか居ない。

「こういう形でこの世ならざる者達が侵攻して来るのは、極めて稀な事だと思う」

 ケイト・アサヒナが言う。

「ルシファですら、表立ってその存在を見せ付けていないのに」

「いや、アメリカ一国だけでも、街が壊滅するレベルの大事になった事件が、この5年の間に複数発生している」

 メモ帳をパラパラと捲りながら、斉藤優斗が応えた。

「人格破綻ウィルス、クロートーンの発生。ガス事故で片付けられたが、警察署を中心とした周辺域の大爆発。住民が2つに分かれて殺し合いをやらかす。街の人間が全員謎の怪死を遂げる、等々。どれもルシファの関与が濃厚だ」

「…普通、国家が目の色を変えて対策に乗り出すレベルよね?」

「上手く隠蔽されている気配がありますな」

 ディートハルト・ロットナーが腕組み、曰く。しかしケイトは不審の目で彼を見た。

「どこをどうやれば隠蔽出来る訳?」

「政権の中枢にルシファの息のかかった者が居る可能性は捨てきれません。或いは、それぞれの事件が『悲劇の事故』としか一般人には認識されていない、とか」

「何よ、それ」

「全世界の人間の認識を、『数ある悲劇の一つ』程度で抑え込んだのかもしれない、という事です。それだけの規模の人死にすら。ジョーンズ博士、ルシファならばそれが出来ますかな?」

「まあ、出来るだろうな。奴にとって人心の撹乱は容易い。それも信じ難い規模でな」

 博士はいともあっさりとディートハルトに答えた。

「既に古い神々が住まう精神の世界は、ルシファの軍勢によって覆い尽くされている。とは、前にも述べた事があったな。そしてこの世界も、ごく一部を除いて奴の影響下に敷かれている。しかし一つ言えるのは、この街がその支配を免れた稀有な地域であるという点だよ」

「サマエルが君臨しているから、でしょうか」

「皮肉な話だが、奴にこの街は守られたという訳さ。しかしその街の一部とは言え、サマエルは破壊を認めたのだ。吸血鬼の真祖は奴と同格という事になっているが、実質この街の頂点的存在はサマエルだよ。真祖と言えど、勝手に行動は出来ないはずだ」

「つまり、サマエルの肝煎り。何故そんな事をしでかすのです?」

「新秩序構築の為の、デビュー戦と見るべきであろうな。人類の敵の実在を、この街の人々に尽く周知させる為に」

 以前、真祖が覚醒した際に放った第一声は、誰彼を問わぬ全ての心に対して轟いた。それによってサンフランシスコ市民達は、人間外の敵の存在に気が付いた、と言って良い。ただ、それは物理的な感触を何ら伴わなかった為、色濃く残る悪夢の痕跡という実感しかない。それが今の状況だった。しかしそれも、もう直ぐ終わる。吸血鬼が人間に対し破壊的行動を取る事によって、悪夢は現実のものと化すのだ。

「…事を善悪の二元論で掻っ捌くのは、ちと乱暴ではあるが」

 軽いビールをグラスに注ぎ、喉を湿らせつつ砂原衛力が言う。その瞳に怒りの炎を揺らしながら。

「この戦いは、こちとらが善だ。住宅街を戦場に変えようなんて悪党に、善玉は絶対膝を屈してはならない」

「そうだ。俺達の行動目的はアウター・サンセットの防衛じゃない。如何にして市民を守り、無法の輩を食い止めるか。それが最優先だ」

 風間はジョーンズ博士の方へと向き直り、今後の市との同調について話した。

「取り敢えず、法王のとりなしで『アウター・サンセット地区にカルト集団が大規模なテロを実行する可能性がある』、という前提を知って貰った訳だ。その後の市長側の対応をお聞きしたい」

「事前情報無しでは寝耳に水であっただろうがな。さすがに法王から直接話がもたらされたとなると、彼としても真剣に取り組まねばならんという訳さ。法王はマクベティ警部補を含め、この事態に対して独自の阻止活動をしている集団が存在すると市長に話した。君達の事さ。市と市警は、君達と連携する準備を開始しているはずだ。追って君達は市警本部に招待されるだろう」

 と、ゲストハウスの扉が無遠慮に開かれた。くたびれたハーフコート姿のジョン・マクベティ警部補が、不敵な笑みを浮かべつつ、一同の座るテーブルの前に立つ。警部補は親指で背後を指した。

「同志諸君、早速で悪いが、呼び出しがかかった。行ける奴ぁ、俺と一緒に市警本部に来てくれ。今後の対処策を検討する。旨いコーヒーがタダで飲めるぞ」

「警部補」

 風間が起立し、警部補に右手を差し出した。此度のハンター側の作戦行動を取りまとめた男と、市警とハンターの間に立つ者が固く握手を交わす。

「共に戦って欲しい。この街を守る為だ」

「そりゃ、公僕の俺の台詞だぜ。ハンター諸君に感謝する」

 

<血の継承実験>

「ドラキュラよぉ、おめえは本当に馬鹿だなあ」

 ほとんど死にかけの様相を呈しながら、真祖は相も変らぬ人を食った物の言い方を私に投げてきた。

 貴人ことクルト・ヴォルデンベルグと真祖の決戦は、最早二本足の生き物同士の戦いではなかった。両者は狭い古城の領域を越え、周辺の自然環境を崩壊させるまでに力と力を激突させ、そして自らの生命力を著しく損耗し、今に至る。しかしながらこの戦いの結末で立っているのは、傍目にもクルトの方だと分かった。何故なら、彼には執着があったからだ。まだ、死んではならないのだと。

「辞世の言葉を授ける」

 戦いなど飽きたと言わんばかりに、真祖が続ける。

「てめえは、あのまま千年も殺戮を続ければ、俺に匹敵する偉大な者になれたものを。かようなくだらない体に成り、俺に弓引き、挙句の果てに、あっさりと仕様も無い狩手に首をとられよう。おめえが一番のガッカリちゃんだぜ。奴もさぞかし落胆しているであろうよ」

「奴、とは、サマエルの事か」

「左様、あれこそ真の化け物である。おめえは、その化け物の子供じゃねえか。かかっ、かかかか。失礼、笑ってしまいました。ところでドラキュラ君、それから何とも形容のし難い見た目になってしまわれたクルト君にも言っておこう。汝らの所行、全てが無駄であった」

 ゲタゲタと耳障りな大音声でもって真祖が笑った。私とクルトは顔を見合わせ、やがて同じく、腹の底から笑い声を上げる。真祖は笑うのを止め、不審の面持ちで言った。

「何でおめえらが笑う」

「また会おう、ルスケスという名の者よ」

 私に代わり、クルトが宣告する。

「貴様の首を刈っても死なぬは既に承知。貴様と懇ろの堕天使の庇護に置かれ、力を蓄え直す腹も承知。しかしながらルスケス、私達が流した血涙は大地に染み込み、やがて芽吹き、大輪の花となろう。我らの志を継ぐ者達が先の世にて現れよう。人間と、貴様のくびきから放たれた吸血鬼が、貴様を跡形も無く消し去るであろう」

「…そうか、俺と同格の『祖』を作らんとするか」

 真祖は引き攣った笑みを浮かべ、やがて地面に膝をついた。両手を広げ、顎を逸らし、それでも目玉をぎろりと我らに向け、勝ち誇りつつ曰く。

「やってみせよ。相手をして進ぜよう。かかってくるがよい。今以上の力でもって、てめえらの残り物を全て叩き潰すぜ。さあ、さっさと首を刈れ。まこと、面白き顛末であった!」

 皆まで言わせず、クルトは一瞬で距離を詰め、サーベルを真横に引いた。真祖の首が地面に転がり落ちる。しかしながら同時に、真祖の首と胴体は嘘のように消え去った。予想通り、サマエルが匿ったらしい。ただ、奴も封印された状況にあり、自身の居る近場にかろうじて引き寄せる程度の事しか出来ないはずだ。サマエルの封印場所に関しては、凡その検討がつく。真祖もまた、その近くに必ず居るのだ。

 だが、我らも大きく力を損ねた。古城に突入したアーマドの戦士達は数多の吸血鬼を尽く討ち滅ぼしたものの、引き換えに全て戦い死んだ。私の目の前でクルトが手を付いて膝を曲げる。恐らくたった今、我が最上の友がジルと刺し違えたのだろう。クルトは全ての力を失い、残されたものは取り返しのつかない異形の体である。そしてその身も、遠からず滅び去る。それでも、彼にはまだ為すべき事が一つだけあった。

 私は彼に肩を貸し、引き摺るように来た道を戻った。その途中、彼が擦れた声で私に言う。

「心の猛りが収まった。私もようやく人に戻れたという訳だ」

「人を捨てたと言いながら、汝の心は最初から人であったよ。その身に成り果てても、あの娘を愛し続けた故。しかしながらクルト、その愛によって汝は極の域に到達したのだ」

「引き換えに待つは死、であるか。それでも私は、むしろ喜びに打ち震えているのだ。こんな私が、最期に彼女を束縛から解放出来る」

「更なる苦しみを与える事になるやもしれぬ」

「時がカーミラを救うであろう。彼女の澄んだ心に、寄り添う仲間が必ずや集う。輝かしい先の世があると、仲間と共に信じられるならば、彼女はきっと生きて行ける。彼らの願いが成就せんとする暁には、そなたも彼らの傍に居てあげて欲しい」

「心得た。我、己が命を焼き尽くして汝らの志に報いんとしよう」

「ありがとう、ヴラディスラウス・ドラクリヤ。そなたは私達の友であり、希望であった」

 

「お初にお目にかかる。ブラム・ストーカー卿。貴公に面白い話をお教えしよう」

 私はとある劇作家に、恐るべき吸血鬼の話を伝えた。真祖を崇める吸血鬼の残滓に、恐怖と共にその名を思い起こさせる為。我が何処かで健在であり、非道を為せば串刺しに処されると震わせる為。

 

「ここは美しい場所だね。海を近くに眺め、良い風が吹いている」

 長らくの同胞、ロマネスカが傍らに立ち、私と共に夜の凪いだ海を丘から眺めている。サンフランシスコという開発の始まったこの街に、蓄えた財宝でもって土地を手に入れ、これから家屋を我らは建てる。その手始めに作ったのは、堅牢な地下室であった。深く穿たれた穴の縁を、私は見下ろした。

「居るのかい、この街に。奴が」

 ロマネスカが問い、私は応じた。

「間違いない。真祖と、サマエルが居る。彼奴らがこの街を拠点とするは、遠からず現実となろう。時を待ち、迎撃せねばならぬ。しかし我の実在に気付かれては元も子も無い」

「だから、『滅身』すると言うのか。あなたは何処まで献身的なんだ」

「それは汝が言える話ではない」

「まあ、そりゃそうか。しかし反逆者、僕も随分長く生きた。家族の許へ行きたいんだ。許しを請う為に。だから存分に利用してくれ給え。しかしその時までは、ハーカー家の末裔を必ず守る。後はあなたの番だ」

「ありがとう」

 

『誰か?』

『オーロネの民。精霊と言葉を交わす者。この土地に潜む邪悪を探る者』

『我は邪悪か?』

『お前はこの地の強大な二つのものに通じている。一つは血肉。もう一つは魂。しかし不思議に、お前を滅すべき者と認識出来ない。善き精霊がお前を匿わんとする。故に俺はお前を見逃す』

『助かる。私には為すべき事がある。その二つと対決するのだ』

『そうか。ならば何れお前に、俺の子孫が手を貸すだろう』

『オーロネの者に問う。その二つの在り処を見出せたか否か』

『お前の魂の創造者。其はこの地の侵略者に啓示を授け、教会を作らせた。分かたれた二つ身を癒す為。しかし強大に過ぎ、最早手が出せない』

『もう一つは何処か?』

『お前に血肉を与えた者。其は島に在ると見た。俺達は封印を決行する。だが、これも何れ破られる』

『安心せよ、オーロネの者。彼奴らが顕現しようとも、戦う力は我に有り。そして力はこの地に結集するであろう。それでは、またしばし眠る。その時まで』

『休むがいい。邪悪であり健やかなる者よ』

 

 エルヴィ・フォン・アスピヴァーラが受け続けた継承実験は、これにて終了と相成った。

 小柄なその身をソファから起こし、今一度エルヴィは睡眠下での記憶の数々を辿った。元月給取りであるジュヌヴィエーヴは、かつての反逆者の記憶と強く同調していたものだが、自分はそれらを第三者的な俯瞰の視点でもって認識する事が出来る。恐らくそれが、『新祖』と『守護者』の境目であったのだろう。

 反逆者の記憶は時系列に沿った随分と長いものだ。第四次血の舞踏会が終結し、その後反逆者がサンフランシスコのこの地で『滅身』するに至るまで。出来るだけ多くの記憶を得たいと自身が願った結果であるのだと、エルヴィは信じる事にした。

「…カーラ、ヘンリー・ジョーンズ博士の事はご存知ですか?」

 輸血機材を片付けるカーラ・ベイカーにエルヴィが問う。受けてカーラは、苦笑と共に頷いた。

「よく知っているわ。今、サンフランシスコにいらっしゃるのよね。あの方が現役の教授だった時、大学生の私は考古学の講義を受講した事があったの。コーヒーでいいかしら?」

「お願いします。どんな講義だったのですか?」

「座学とは実践の為の準備運動である。この講義が終わったら、諸君、世界を歩き給え。こんな感じだったかしら」

「面白い方なのですね。その面白い方が仰ったそうですわ。次席帝級とは、本当に人間から吸血鬼になった者なのか、と。継承実験を続ける過程で、私と新祖は反逆者の記憶を追体験して参りましたが、最後のそれで、私は反逆者の正体の一端を見る事が出来ました」

 カーラが出してくれたコーヒーを一口啜り、エルヴィは彼女に事の仔細を打ち明けた。

『おめえは、その化け物の子供じゃねえか』

『お前はこの地の強大な二つのものに通じている』

 それらは次席帝級なるものが、真祖とサマエルの双方との繋がりを持つ事を意味している。エルヴィの話を静かに聞きながら、ふとカーラは天井を仰いだ。

「やはり、吸血鬼の事は吸血鬼にしか分からないものなのね。エルヴィ、それはつまり反逆者とジルが、天使か、天使の眷属が吸血鬼化したものである、と言えるのではなくて?」

「そうなりますわね。次席階級の桁外れな力が理解出来ますわ。そしてかの記憶は、ヴラド公の再臨を濃厚に示して終わっております。途方も無い方が私達の味方に付く、という訳です」

「ええ、あの御方は私達に力を貸してくれるでしょう」

 カーラの不安げな表情に気付き、エルヴィは首を傾げた。この厳しい戦いのさなかに、新祖に続く大いなる力が自分達の側へと顕現する。それは極めて喜ばしい展開ではないのか? そのように問うても、カーラは曖昧な笑みと共に頷くのみだった。

 

<墓参>

 マクダネル一家惨殺事件発生から、早数ヶ月。表向きには犯人不確定のまま時間だけが過ぎ、当初は国中にセンセーショナルな話題を振りまいたかの事件も、人々の口の端に上らなくなって久しい。

 一家が埋葬された墓には、少なからぬ市民達が供花に訪れたものだが、今日は一組が手を合わせるのみである。マリーア・リヴァレイは組んだ掌を解き、一礼してからその場を離れた。まだ閉目して頭を垂れていたドグ・メイヤーは、少し慌て気味に十字を切って、彼女の後を追った。

「あっさりしてんのな。祈りも大して上げちゃいないぜ」

「まだ事件は解決していないから」

 立ち止まってサタニストを壊滅させた同士を待ち、彼と肩を並べてから、マリーアは再び歩き始めた。

「あの一家を殺戮したエルジェは、まだ生きている。少なくとも彼女に報いが与えられない限り、この事件に終わりは無い。その時が来れば、また全てを報告に来ようと思う」

「随分と長い道程だな」

「…結局、何故あの一家は殺されねばならなかったのだろうか」

 それは実のところ、あのサタニスト達が明確に白状した訳ではない。ただ、状況証拠を鑑みれば、ある程度の類推は可能だ。次席帝級のジルに血を与える為である。

「つまり、不完全であったジルの蘇生を、完全へと至らせる為の所行であった、という事かな?」

「概ねその通りだろう。どうやら奴は、一度アーマドにブッ倒された時に、何か特別な殺られ方を食らったのかもしれねえ。綺麗に黄泉返りを果たしたエルジェなんかと違ってな。だから、ややこしい手順を踏まなければならなかった」

「確か、何時か何処かでエルジェが言っていたそうだ。あの子の命は、彼の命になったのだと。であれば、尚更ジルには勝たねばならない。アダム・マクダネルとその家族の魂を、ジル等という化け物から解放するんだ。無念が留められたままでは、あの家族、やりきれまい」

 拳を硬く握り締めるマリーアを見、ドグは嘆息をついた。

 ジルとの一戦は実現する。それもかなり間近に。仕える者共に潜む内通者からの情報では、ジルが単独でカーラ邸を襲撃するとの話だった。先のサタニスト達による企みがジルの完全回復を狙ったものだとすれば、言い方は不適切だが最小限の被害で、ハンターとマリーアがその実現を阻止した格好となる。つまりジルは、不完全な状態で侵攻してくる訳だ。

 しかし、だから勝ちの目がある等という牧歌的想像は出来なかった。ジルは単独でやって来るのだ。それ一体で破格の力量と言えど、何かしらの隠し玉があるような気がしてならない。敵は何しろ未知数である。ジルの後ろに真祖が控え、カスパールも助力し、更に圧倒的なサマエルが君臨している。不安が胸の内で塊となったような錯覚を感じ、ドグは立ち止まった。

「ドグ・メイヤー?」

 心配そうな顔を向けるマリーアに苦笑を見せ、しかしドグは軽くよろめいて墓石に手を付いた。周囲を確認。マリーア以外に人影無し。

「畜生、錯覚じゃねえや」

 シャツの前ボタンを外し、ドグは胸に穿たれたペンタグラムの刻印を外気に露出させた。程なくして白い腕が突き出て来る。頭と胴体が這い出して来る。ずぶ濡れの白い服の女が地上に転がり落ちる。マリーアは身構え、そして顔をしかめた。ドグから『ルクス』という化け物の話は聞いていたが、これ程醜悪なものとは思わなかったからだ。それは一見の美しさに誤魔化されはしない、この世ならざる者だけが見極められる本質的な話である。

 しかし、それはルクスの側も同じであったのだろう。ルクスはグイと顎を上げてマリーアを睨み、侮蔑を伴う半笑いの顔で言った。

「うわ。何こいつ。不味そう」

「何だと、腐った汚物が」

「ちょ、ちょっと待った」

 いきり立ちかけたマリーアを抑え、ドグは2人の間に入った。案の定、ルクスは『人間以外』には食欲を示さないらしい。ただ、自身の制御外でルクスが出現してしまうという状況は捨て置けない。ドグはナイフを抜き、次いで聖水を詰めたボトルの口を開けた。ヒイ、とわざとらしい悲鳴を上げてルクスが平伏す。

「ごめんなさい、ごめんなさい。何だか分からないけど、もうしません!」

「分からない、だと? みだりに姿を現すなと、口を酸っぱくして言ったろうが!」

 その言を聞き、ルクスは平伏する頭を上げないまま、小刻みに肩を揺らした。どうやら、笑っているらしい。可笑しさをあからさまに堪えつつ、ルクスはドグに応えた。

「でも、あんた、先刻心が不安で一杯になったでしょ? 不安の要因はルクスが取り除かなきゃ。不安は良くないわ。脳から妙な物質が分泌して、筋肉が解れなくなってしまうから。不味い体では駄目よ。美味しい健康体で居て欲しいの」

「…今後は俺が『出ろ』と言うまで、絶対に出て来るな。戻れ」

 ドグの命令と共に、ルクスはその姿を掻き消した。額の汗を拭ってボタンを閉じるドグを労うように、マリーアが彼の肩を軽く叩く。

「正直な感想を言えば、あれは駄目だな…」

「俺もそう思う。まず、人間を食うな、殺すなという意味が理解出来ないらしい。つまり空気を吸うなってのと同義なんだろうよ。人間の理性を残したノブレムとは違う。ありゃ正真正銘、存在そのものがこの世ならざる者だぜ」

 ルクスの扱いについては、ドグも大いに頭を痛めていた。一応、ジョーンズ博士やジェイコブ・ニールセンに対処策の相談を持ちかけてはいるが、ルクスが今後も難儀な相方となるのは間違いない。

 

 2人がカーラ邸に帰ると、その邸宅の屋根には何時ものようにカスミ・鬼島が背を向けて座り込んでいた。あのようにして彼女は、真祖一党の来襲を見張っている。敵は電磁場異常を抑え込む手段を取る事が出来、EMF探知機が効力を発揮しない可能性が高い。だからカスミによる目視はそれなりに意義があった。

「やあやあ、お二人さん。お帰りなさいまし」

 カスミは相も変らぬ飄々とした調子でドグとマリーアに挨拶を寄越した。背を向けたままであるのは、人間のドグに配慮した所以である。しかしマリーアは、心を何処かに置いてきたような雰囲気をカスミに感じ取り、立ち止まってカスミに声を掛けた。

「カスミ、昨晩から今朝まで其処に居たようだが、まさか一日中屋根の上なのか?」

「そうですが何か」

「何かって…幾ら吸血鬼でも、疲労はそれなりに蓄積するものだ。きちんと寝た方がいい」

「大丈夫ー。たまにはキティちゃんに代わって貰いますからー。それに、本来睡眠は人間だった頃の習性を繰り返しているだけでしょ? そうやって、心の安定を無意識に図る」

「だったら、安定の為に睡眠は一層必要だと思うが」

「いいのいいの。こうして殊更に人間ではない自分を自覚していた方が、吸血鬼としての力を発揮出来るような気がするの。今度こそ勝たなきゃね」

 言って、カスミはごろんと横臥した。今の自分の顔を見られないように。カスミ自身も自覚しているが、彼女の顔は夕日の影の中で、更に色濃く闇を晒していた。そう、今度こそ勝つと、カスミは反芻する。あのシーザ・ザルカイに。

 Gと敵方で呼ばれるかの少女が自身に執着を見せるように、カスミもまたシーザに対して貪欲な思い入れを抱くようになっていた。戦い、血を流し合う事で紡がれる特別な絆である。矢張り自分は吸血鬼なのだと思い直し、カスミは虚ろに哂う。

 屋根の向こうに引っ込んでしまったカスミにそれ以上は言わず、マリーアはカーラ邸の扉を開けた。ドグも後に続き、ふと気付く。カーラや他のハンター仲間、つまり人間達の姿が見えない。周囲を見回すドグに、通りの良い男の声が掛かる。月給取りのロマネスカだった。

「他の方達でしたら、地下に行かれましたよ。何か打ち合わせをしているみたいだから、行かれてはどうです?」

「ふうん。反逆者の遺骸の在り処か…って、何だ?」

 その場で立ち止まり、ドグが目を丸くする。吸血鬼が逗留する一室にノブレムが一同を介していたのだが、それが只事ではない雰囲気だったのだ。

 レノーラ、フレイア、イーライ、キティ、エルヴィ、ジェームズ、ダニエル。俯く彼らが取り囲む真ん中で、新祖ジュヌヴィエーヴが椅子に腰を下ろしている。彼女は真赤に染まった目頭を押さえ、小刻みに肩を震わしていた。普通は思う。一体何があったのか、と。しかしそれを口に出す手前で、彼の前にマリーアが立ち塞がった。

「さあ、地下に行って来い。前ほどの危険性が無いとは言え、ここは戦士級が揃い踏みする場だ」

「しかし…」

「私達にも内輪に留めたい事がある。早く行って」

 躊躇するドグの背を押し、マリーアが扉を閉める。耳を扉にそばだて、足音が遠ざかるのを確認し、彼女は皆に向かって頷いた。

「行ったよ」

「行ったか」

「行ったのね」

 レノーラが溜息をつくと同時に、その場の緊張が一挙に瓦解した。合わせてカーテン裏に引っ込んでいたリヒャルト・シューベルトが、ガラガラと移動食台をジューヌの前に運んだ。台の上に並ぶのは彼が用意した、日本式で言うところのハンバーグ定食である。それも食べかけの。リヒャルトは恭しく頭を下げ、言った。

「さあ食え。腹いっぱい食うが良い。意地汚く食い散らかすがいい!」

「リヒャルト、新祖に向かって何たる無礼千万」

 レノーラが拳を振り上げ、丁度良い高さにあったリヒャルトの脳天目掛けて叩き落す。その一撃で顔面が床に激突する彼をさて置き、レノーラがにこやかに食事をジューヌに勧める。

「さあ、お続け下さい。思わぬ邪魔が入りましたが」

「ありがとうございます」

 軽く会釈し、ジューヌはハンバーグにフォークを突き刺した。そして親の仇の如く肉と飯と味噌汁を交互に掻き込み始める。それも泣きながら。

「美味しい。舌が美味しいと感じるのがこんなに幸せだなんて。ソース旨い。肉汁旨い。白米がこんなに甘いとは」

 一応、新祖と真祖は同格の存在である。吸血鬼にとって最上位の者であるからには、ハンター側にもそれなりの畏怖をもって迎えられたのが、今の新祖ジューヌだった。彼女の持つ神秘性は出来るだけ維持したい。数十年振りの味覚復活にむせび泣きながらハンバーグ定食を食らう姿は、あまり見せられるものではないと、つまりそのように判断された訳だ。

「うぇ…吐きそう」

 フレイアが口元を手で覆い、彼女の盛大な食事風景から目を逸らした。まだ吸血鬼となって日が浅い彼女でも、人間の食べ物には何ら魅力を感じる事が出来ないのだ。キティがフレイアの肩を宥めるように叩いた。

「まあ、いいじゃないの。もしも人間に戻れば、あんな風に食事を楽しむ事が出来るようになるんだから」

「人間か」

 イーライは首関節を鳴らしつつ、複雑な面持ちでレノーラを見た。

「俺達は確かに、望まずに吸血鬼となった。しかしレノーラ、種族として馴染んだ今になって、人間に戻れると言われても躊躇しか感じられん」

 その言葉に、少なからぬ者達がレノーラを凝視した。真祖一党を滅ぼす為に新祖を頂きに置く、というのは理屈では分かっている。しかしながら、吸血鬼という存在を根底から揺るがすような展開は、ノブレムの面々とて全く想定はしていなかったのだ。集まる耳目を自覚し、レノーラが口を開こうとした。が、それを新祖ジューヌが押し留める。彼女はナプキンで口元を拭き、居住まいを正して皆に言った。

「アーマドは吸血鬼を滅ぼす事が狙いではありませんでした。人間と吸血鬼の戦争を終結させる事こそが真の狙いだったのです。その為に必要な手段とは、吸血鬼という種の滅亡。反逆者はそれを企図し、私という者をこの世に出現させたのです」

 滅亡とは不穏な表現だが、要は吸血鬼の『祖』が人間へと戻ったジューヌに交代する事で、吸血鬼としての異能を加速度的に薄れさせ、彼女の臨終をもって吸血鬼という呪いそのものを無くす、という事だ。故に真祖を滅したところで、明日にでも全員が人間になりはしない。頭では理解出来る話だが、それにしてもイーライは吸血鬼としての自分に長く馴染み過ぎていた。

「ま、悩むのは後でもいい。何しろ真祖一党は、今や明確な敵なんだからな。奴らを倒さにゃ、吸血鬼だろうが人間だろうが俺らに未来は無い」

 ジェームズが場を取り成し、一旦この話題を打ち切った。能力的にも、重ねた場数を鑑みても、ジェームズは戦士階級の取りまとめ役として機能している。その場は皆が彼に従い、改めて言わんとするところが何かを待つ。意を受け、ジェームズはレノーラと新祖に向き直った。

「しかし直近の問題が一つある。果たしてカーラ邸での戦いの、落とし所は何処にあるのか?」

「確かに」

 ダニエルが頷く。

「既に新祖誕生は成功したんだ。レノーラやカーラの宿願が叶った今、ここに留まるのは極めて危うい。つまり、未だこの場に居なければならない理由がある、ってとこかな」

「そうさ。で、俺はそのものずばりをカーラに尋ねたよ。壁越しだったけどな。レノーラ、それにロマネスカ。復活するんだな? 最後のピースが」

 レノーラがロマネスカに目配せをした。彼が頷くのを見、レノーラが短く述べる。

「その通りよ。ルスケスの一時隠遁後、代わって吸血鬼の頂点に立った男」

「それは、何時なんだ?」

「もう直ぐ、よ」

 

<極(きょく)>

 吸血鬼は首を落とす事で完全に抹殺出来る、とはハンターの不文律なのだが、五体を繋ぎ止めたままミイラ化した反逆者は異端の存在である。フレッド・カーソンは死してなお威厳を放つ反逆者の骸、その周囲を無遠慮に歩いて観察しつつ、カーラに気安く問い掛けた。

「なあ、カーラ先生よ。この骸、実は生きているって事ぁ無いよな?」

「ええ。医学的には完全に死んだ状態、と言えるわね」

「そいつは人間の範疇内の医学的見地だろう。この先で何が起こるか知れたもんじゃない」

「少なくとも、魂は離脱しているわ。肉体の稼動は張り巡らされた電気信号の制御に拠るものだけれど、魂はその信号を正しく機能させる役目を果たしている、と私は仮定しているわ。人間のみならず、全ての生命体が保持する生体力を、魂がコントロールする事によってね。魂が離れた反逆者の体は、コントロールを喪失して緩やかに朽ち果てる。つまり死んでいる、という訳」

「じゃあ、例えば吸血鬼だろうが何だろうが、魂を木っ端微塵にすれば首を落とさずとも死に至るって訳だ」

「そういう事になるわね。恐るべき至難の業ではあるけれど」

「反逆者の魂は、今何処に?」

 そう問われると、カーラは目を閉じて首を横に振った。まだ秘匿しておかねばならんという訳だ、と、フレッドは苦笑した。

 フレッドとしては、一度反逆者とコミュニケーションを図ってみたいと考えている。聞きたい事柄は一つだった。恐るべき真祖の一党に勝つ為、自分が為すべき事について。フレッドがカーラに再度問う。

「俺の言葉は、果たして彼の魂に届くのかい?」

「彼は私達の一部始終を眺めていると思うわ。語り掛ければ、耳を傾けて下さるかもしれないわね」

「そうかい」

 フレッドは反逆者の正面に立ち、何時もの調子で言った。

「この戦い、負ける訳にはいかねえ。壊滅したアーマドが後の世界の者達に勝敗の行方を託して、俺達がまるで訳が分からないまま後事を引き継いだとしてもだ。時々ハンターって奴ぁ、何の為に戦っているのかを見失う時がある。自分が何故ハンターになったのかも忘れて、この世ならざる者を駆逐するだけの戦いを繰り返すようになるんだ。俺もそうさ。しかしここに来て、この未曾有の危機的状況を前にして、多少考えてはいるんだよ。ここに至るまでに、あんたやその残滓が培ってきた諸々を。ノブレムは生き残るべきだし、人間だって絶滅するにはまだ早い。だから勝つ為の最善の手段を考えねばならねえんだ。俺は禁術で行ける所まで行こうと思う」

 当然ながら、反逆者の骸は黙したままである。フレッドも返答があるとは期待していない。ただ、行き着けば人間ではなくなると明確な警告が発せられている禁術の、その変容を敢えて進める決意表明を、カーラと反逆者には告げておきたい。それだけだった。しかしながらその言葉への反応は、また違うところから返って来る事になる。

「…貴人が究極に行き着いたのは、それ以外に手段が無かったからってのが一番の理由だと思うぜ」

 階上から降りてきたドグ・メイヤーが、僅かに自嘲を交えながら曰く。

「しかし今は違う。サンフランシスコはノブレムという吸血鬼の集団とハンターが、共同戦線を張る戦場なんだ。ハンターが単独で桁外れの帝級とやり合わなければならなかった時代じゃない」

「つまり?」

「人間ならではの戦いって奴に、俺達は勝ちの目を拾えるんじゃねえかってよ。この戦い、人の意思を失った方が負けるような気がしてならん」

「戦いはあらゆる局面を考慮する必要がある。新祖を迎えて勢いをつけ始めたノブレムだって、足元をすくわれるかもしれん。奴らを助けるためにも、力は揃えておくべきだぜ。それもとびきり強力な奴をよ」

 ハンターであるからには、常に戦い勝つ手段を模索しなければならない。ただフレッドと自分とでは、その道程が大きく異なっているのだと、ドグは改めて思った。笑いが不意にこみ上げる。フレッドは怪訝な顔になった。

「何だ?」

「いや、ノブレムのアパルトメントにいきなり乗り込んだ記憶がフラッシュバックしやがった。そう言や、ありゃ俺達だったな」

「ああ。今は昔だな、何もかもが」

 つられてフレッドも表情を崩した。

 

<人間の戦い>

「申し訳ないが、君達の出自については調べさせてもらったよ。と言っても、細かいところまでは分からなかったがね。君達に共通しているのは、ある時点までは何処にでも居る普通の市民だった、という事だ。それがある時点を境にほとんど足取りが取れなくなる。加えて君達には、思想、団体、出身地域その他諸々、共通点が見出せない。気を悪くされるのを承知で言わせて貰うと、実に得体が知れない。そういう人々が一箇所に集まって事を始めようとしている。常識的な判断を下すならば、君達には犯罪的気配が感じられる。通常、私が面談を求める事は無いだろう」

 市警本部の会議室にて、ニューサム市長は招集をかけた市警のごく一部と、『それ以外』の者達をじっくりと眺めた。それ以外、つまりハンター達は、市長としては若手の彼を見るや、ハンター特有の観察力で切れ者と判断した。商売で成功を収め、華麗な出自を引っ提げて市長選を勝ち抜いた軽やかなハンサムという、如何にもエリート白人のヤッピーという外面ではあったが、この場の彼の目付きは間違いなく戦士のそれである。

「しかしながら法王のお墨付きという後ろ盾には説得力がある。君達が何者であるか、武器の不法所持を問わなくても良いのか、等という瑣末な点は、つまりこの際どうでもいい。要は市民を守らねばならないからだ。そう、市民を守るという目的一点において、私達は運命共同体なのだ。凡その事情は聞いているつもりだ。次は君達から案を述べてくれ給え」

 ハンター達は舌を巻いた。市長は法王からの警告という根拠のみで、市警を動員する作戦行動を決断している。アメリカという宗教の影響力が強い社会における、法王というブランドの力も然る事ながら、情報違いへの疑念がこの市長には無い。

 作戦行動の取り纏め役、風間が起立した。そして打ち合わせをする前に問う。

「俺達の意を聞いてくれる事に感謝する。しかし、もしも何事も起こらなかったら。市長はそう思わなかったのか?」

「思うに決まっているよ。だが、最悪の事態への対処が最優先だ」

 市長は初めて笑顔を見せた。

「何事も無いのが一番いい。ハッピーエンドさ。その時は私が赤っ恥をかくだけで済む。割を食うにしては実に安い」

 

 アウター・サンセット地区に対し、破壊的カルト集団が化学兵器を用いたテロを発生させる。つまり敵が吸血鬼であるという事実を除いて、ハンター達はそのように市上層部へ認識させる事に成功した。結局「半径500mの説得」という卓袱台返し的アイテムを使う必要は無くなった訳だが、それは後々に使い手が出てくる事になるだろう。

 市民の混乱を防ぐ為に情報は統制されており、アウター・サンセット襲撃は市と市警の上層部、そしてハンターの判断で対処を遂行する事になる。そして市警側が対策班のリーダーとして抜擢したのは、法王から直に名前が出た事や、風間の推薦が効いたのだろう、皆が知っている彼であった。

 

「チーフオフィサーから言われたよ。『何故お前が法王にまで名を知られているんだ! お前が!?』ってな。俺もろくすっぽ法王の事なんて知らねえのに」

 呵呵大笑のジョン・マクベティ警部補は、大事を前にして見た通りに威勢が良い。しかし、ジェイズ・ゲストハウスに戻ってから今一度策を練るにあたり、彼は何時もの酒ではなくローストのきついコーヒーを飲んでいる。事を迎えるにあたり腹を括る証なのだろう。

 勿論、個別犯罪課の一警部補がテロ対策班を率いる事に対し、市警側に躊躇が無い訳ではなかったが、軍属であった頃の彼の経歴を鑑みたうえで、最終的に適任との判断が下された。其処までの横紙破りをさせるからには、恐らく並の軍属ではない。その過去を問われると、警部補は苦笑してお茶を濁していたが。

「しかし、警部補さん。事態が落ち着いたら、絶対俺達同様に身辺調査が仕掛けられるだろうな」

 砂原が揶揄気味に言うと、警部補は肩を竦めた。

「ま、その時はその時だ。あの熱血市長の言う通り、今は最悪の事態への対処が最優先だよ」

「…有耶無耶になるかもしれない。何もかもが」

 斉藤が言葉を挟む。

「こうして『この世ならざる者』が大都市圏に大規模な攻撃を仕掛けるというのは、現代じゃ聞いた事がない。自分達は極力超自然現象を表に露出させないよう阻止活動に勤めてきたが、それも今回で限界を迎える可能性が高い」

 斉藤の物言いは、深刻な意味を孕んでいた。

 この世ならざる者の存在を公としない意義とは、つまり社会の混乱を防ぐという事だ。それらは物理法則を捻じ曲げ、強力無比であり、概ねの場合は人間に対して敵対的行動を取ってくる。物理的手段では対処出来ない天敵の出現、人間は食物連鎖の頂点ではなかったという事実を、市井の人々がどのように受け止めるかは想像に難くない。

 既にサンフランシスコには、その下地が揃いつつあった。先の真祖による「存在表明」を聞かなかった者はこの街に居ない。その話題は当初市民達の口の端に上っていたものの、やがて皆が一様に口を閉ざした。人の生存本能が、それに関わる事を恐れたからだ。

 それでも人々は薄々気付いてしまったのだ。自らを滅亡させるだけの力を持った外敵の存在を。その意味では、サンフランシスコの状況はあまりにも特異だった。あのルシファですら、世界規模の災厄を人間達に気付かせぬ内に進行させているにも関わらず。つまりこの騒乱前夜の状態は、真祖よりも更に上の存在の企図するところであるのだろう。しかし、一体何の為に?

 と、ゲストハウスの表扉が軋み音を立てて開いた。

 入って来たのは、見かけない男だった。ジェイズに出入りするどのハンターにも当てはまらなかったが、彼らが不審に思う事は無い。ゲストハウスに入れるのは、主のキューが安全と見なした者だけだからだ。

 しかしながら、それでもケイトは椅子を蹴って立ち上がった。大柄で飄々とした男の立ち居振る舞いを、以前彼女は間近で見ている。忘れもしない、ノブレムのアパルトメント前で。

「何故ここに入れる」

 ケイトが怪訝な声を発する。

「吸血鬼リヒャルト。まさか、キューが入室を許可したとでも?」

 その名を聞き、風間が腰を上げた。続いてディートハルト、砂原と斉藤、警部補も。ゲストハウスへの立ち入りは一部の月給取りを除き、戦士級はおろかレノーラも許されていない。その疑問に、キューがあっさりと答えた。

『彼は吾に用件があります。そして吾も彼に用事がありましてね。あまり例外を作りたくないのですが、此度は特別です。次いで言えば、彼は吸血衝動を帝級以上にコントロール出来るようになったみたいです。月給取り並みに安全ですから、その旨御心配なく』

「どーも、皆さん、どーも。リヒャルトことデンジャラスゾーン・スピードメータです」

「そのネタはもう終わったよ」

「ディートハルトもカーラ邸の戦いで会っているのでは?」

「タイヤと死体袋という印象しかありませんな」

 リヒャルトは呆気に取られる面々に手を振りつつ、足取り軽くゲストハウスの階上へと向かおうとするも、不意に立ち止まって風間の目の前に立った。ハンターと吸血鬼の共闘は、2人がリーパーと呼ばれたこの世ならざる者と相対するところから始まったのだ。以来2人は、専ら携帯電話越しに密な情報交換を重ねていた。そして此度が、初めての顔合わせとなる。

「君か」

「お前か」

 2人がこみ上げる笑いを堪える。

「カリフォルニア州ナンバーワンの美しさを誇る私を前にして言葉が無いかね?」

「あまりにも煽るから、どんだけ不細工なんだと思っていたが、普通だ。普通過ぎてコメントし辛い」

「嫌だなあ、照れる事は無いだろう。それはさて置き、用件が終わったら君からの手土産を受け取りたい」

「こちらから持参する算段だったのだがな」

「この方が手っ取り早くていいだろう。何時もながら配慮に感謝するよ」

「全てにカタをつけたら、一杯やろう」

「度数高めの奴で行こうじゃないか」

 軽く拳を合わせる2人の姿には、幾ばくかの希望があった。勝つ為、ないしは生き残る為に手を結ぶという打算が彼らには無い。

 人と吸血鬼が、真の意味で脅威に立ち向かう事が出来るか否か。その試金石となる最初の戦いが、もう直ぐ始まる。

 

 

VH0-5:終>

 

 

○登場PC

VH1-5:古城篇

・マティアス・アスピ : ガーディアン

 PL名 : 時宮礼様

・ロティエル・ジェヴァンニ : 戦士

 PL名 : Yokoyama様

 

VH2-5:アウター・サンセット篇

・風間黒烏 : スカウター

 PL名 : けいすけ様

・ケイト・アサヒナ : ポイントゲッター

 PL名 : TAK様

・斉藤優斗 : スカウター

 PL名 : Lindy様

・砂原衛力 : スカウター

 PL名 : M原様

・ディートハルト・ロットナー : ポイントゲッター

 PL名 : みゅー様

・ヴィヴィアン : 戦士

 PL名 : みゅー様

 

VH3-5:カーラ邸篇

・エルヴィ・フォン・アスピヴァーラ : 戦士

 PL名 : 朔月様

・カスミ・鬼島 : 戦士

 PL名 : わんわん2号様

・キティ : 戦士

 PL名 : ウィン様

・ジェームズ・オコーナー : 戦士

 PL名 : TAK様

・ダニエル : 月給取り

 

・ドグ・メイヤー : ポイントゲッター

 PL名 : イトシン様

・フレッド・カーソン : ポイントゲッター

 PL名 : 白都様

・マリーア・リヴァレイ : 月給取り

 PL名 : 蒼夏様

・リヒャルト・シューベルト : 戦士

 PL名 : ともまつ様

 

 

 

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ルシファ・ライジング VH0-5【クロスオーバー】