<ノブレムのアパルトメント>

「エスケープハウスを作る?」

 昼間の酒でも楽しもうと誘ってきたロティエル・ジェヴァンニから、差し向かいになるや突然その話を切り出され、一瞬レノーラは躊躇の表情を見せた。が、直ぐに成る程と納得する。

「確かに、このアパルトメントはハンター達から知られ過ぎているわ。避難出来るような場所はあった方がいいかもしれない」

 ロティエルのグラスにワインを注ぎつつ、レノーラは少し困り顔になった。先頃再び尋ねてきたというハンターの話を思い出したからだ。

「左様。私達とハンターには、適度な距離感が必要であると思いますな。いきなり住処そのものを変えるのは、向こう側に疑念を抱かせかねませんが、脱出出来るスペースを確保するのは悪くないでしょう」

「問題は、そんな場所を確保出来る資金力を私達は持っていないという事ね。このアパルトメントだって、相当格安で借りさせてもらっている」

「あるでしょう。人の恐れる闇に佇む、理想的な廃ビルの一つや二つ」

「…ロティエル」

 真面目に語るロティエルを、レノーラは笑みを噛み殺しながら見詰めた。

「あなたはロマンティストなのね?」

「ポジティブ・シンキングと言って頂きたいですな」

「冗談はさておき、それは難しいわね。サンフランシスコ市街で一番の闇と言えばテンダーロインだけど、ああいう所でも建物は管理の手が回っている。この街は人口が密集している大都市だけど、意外にコンパクトで無駄が無い。建築物を無駄に寝かせるゆとりは見当たらないわ」

「ふむ。困りましたな」

 レノーラにそう言われると、ロティエルも考えに窮してしまった。確かに彼女の言う通り、市街は何処も彼処も住居が寄り集まっており、吸血鬼が潜り込めそうな建物は無さそうだった。スラムのゾーンがあれば一番なのだが、サンフランシスコにそういう場所が無いのはロティエルも知っている。

「それについては、追々考えましょう」

 声のトーンを高めてレノーラが言う。気遣われたな、と、ロティエルは思った。

「私がこの街を拠点としたのは、物流が盛んで人間が沢山居るからよ。ジェイズの協力もあって牛の血を得るのは困らないし、人に紛れればハンターもおいそれと手出しは出来ない。私達がいらない気を起こさなければ、兎にも角にも生きていける。生きて前進の機会を待つ。そう思ってはいたけれど、矢張り吸血鬼は吸血鬼ね。どうしても私達は浮いてしまう存在らしい」

「仕方ありませんな。決定的に異なる者同士ですから。しかしながら昨今は、ハンターと吸血鬼が確実に歩み寄ろうとしております。件の情報共有案と不戦協定は、その象徴と言えるでしょう」

 それを言うと、赤らんだレノーラの頬が僅かにひくついた。ああ、自分と同じなのだとロティエルは思う。自分と同じように、レノーラはハンターに対して慎重な姿勢を崩していない。

「あの若者は、戦いの準備を始めている」

 そう、レノーラが独り言のように呟く。彼女は若者の名前を言わなかったが、それが誰であるかはロティエルにも察しがついた。情報共有案をハンターと連携して締結に関与した、あの戦士級だ。

「飄々と、深く洞察しながら。自分達が何と戦わねばならないのかを見据えて。あの決断力は私には無い。私は未だ、同種族との戦いを怖がっているのよ」

「私達が戦わねばならない相手とは、一体何なのでしょうな?」

「エルジェが蘇ったのであれば、奴が出て来ない訳はない。そしてその裏に、恐ろしい者がもう一枚」

 言い置き、レノーラはおもむろにその場を立ち去って行った。

 残されたロティエルはグラスに残ったワインを飲み干し、深々と考え込む。

 レノーラの言い様は、複数の女帝・皇帝級の出現を示唆している。自分達がそれらと激突する状況を、レノーラはどうやら恐れているらしい。あのレノーラが怯む程の手合いだ。もしもそれが現実となるならば、エスケープハウス案は益々必須ではないかとロティエルは思った。人間側の攻勢を考慮しての案だったが、逼迫の度合いはそんなものの比ではない。

 俯いて床を眺めながら、しかしロティエルは気がついた。

 広大な闇の空間はある。それは意外に間近の場所なのだ。

 

サンフランシスコ・ウォーキング

 犬も歩けば棒に当たる、ではないが、取り敢えずカスミ・鬼島はチャイナタウンからノブ・ヒルに至る夜の道を歩いていた。チャイナタウンで買ってきた調味料を片手に、鼻歌交じりの軽やかな足取りで。無論「牛の血・携帯真空パック」の服用は忘れていない。

 此度はひたすら散歩ばかりしているカスミにも、一応考えはあった。

「ぼちぼち歩いてりゃ、その内に『仕える者共』から接触してくるでしょ」

 果たしてそれが考えと言えるかどうかは怪しいが、実のところ的を射た方針ではある。仕える者共は、何処かからカスミ達を監視している。何の為の監視なのかは定かではないが、少なくとも用件があるが故の行動なのだろう。その用件は、何れ向こうの方から伝えようとしてくるに違いない。

 と、カスミはふと立ち止まった。

 ワシントン・ストリートの坂道を登る途上、その先に見知った顔をカスミは見た。ノブレムのお仲間、キティが忙しなく周囲を見渡しながら坂を下って来ている。カスミは当然のように、容赦なく声を張り上げて挨拶を送った。

「こんばんは、キティさん! ケーブルカー博物館の見学でも一緒にドウ?」

 いきなり声を掛けられ、一見少女と見紛う出で立ちのキティは、不意を打たれた面白い顔をカスミに向けた。が、直ぐに険しい表情となり、足早に彼女の元へと走り寄った。

「声が大きい、こんな夜中に。ケーブルカー博物館ですって? そんなのとっくに閉まっているわよ。全く素っ頓狂な」

「まあ、ともあれお仲間に出会えて良かったッスよ。ここ最近、単独行動は危ないって言われてましたからね」

「だったら最初から、誰かとつるむくらいアクトに書きなさいってば。そんな事より、フレイアを見なかった?」

 言って、キティは落ち着かない顔で視線を一周させた。カスミが見ていない旨を告げると、キティは見るからに落胆した。

「困ったわね。私はフレイアが、仕える者共と接触するかもしれないと思ったのよ」

「ああ、如何にも裏切りフラグが立ってましたからねー、彼女」

「茶々を入れないで。彼女が1人で行動をする機会を伺って、今夜後をつけたのだけど、見事に撒かれてしまったわ。やるわね、フレイア」

「キティさん」

「何?」

「貴女、可愛い服を着てますね。ゴシックロリータって奴? 私も偶にゃー女の子らしい一張羅でも着てみたいもんですよ。どんな服だと似合うと思います?」

 これ見よがしに、キティは嘆息をついた。そしてフレイアを探す為、再び夜のストリートを歩み始める。カスミはと言えば、当然のように肩を並べてきたのだった。

「ねえねえ、貴女、何で仕える者共に接触しようとしてるんですか?」

 相変わらず間延びした暢気な声だが、カスミは鋭い所を突いてきた。自分は、自分自身が仕える者共に用件がある、とは言っていないはずだ。小さな自分よりも上背のあるカスミを見上げ、キティは思う所を彼女に語った。

「連中が何者なのかを知りたいの。私達は彼らに対して、知らないところが多過ぎる。だから、まずは観察から始めてみようと考えたわけ。大体、向こうがこちらを観察し放題というのは、随分癪に障る話だし。そっちはどうなのかしら? こうして出歩いているからには、あなたも同類だと思ったのだけれど」

「まあね。何て言うか、私は不満たらたらのフレイアちゃんの言い分も、分かるような気はするんですよ。知ってました? 何と彼女、まだ17歳」

「…え。知らなかった。私よりも一つ下なんだ。あんなに酒飲みなのに未成年だったなんて」

「そして私は16歳」

「私より2つ下かい」

「若い、若いよ、フレイアちゃん。言動が思春期の衝動に満ち溢れております。でも、あれが吸血鬼の率直な心の表現なのですよ。そういうとこには、ちょっと共感します。とは言え、仕える者共が何だかいけ好かないのもまた事実。ここらで一丁、連中の話でも聞いてみっかーって、そう思った次第です」

 成る程、とキティは思った。彼女はフレイアと全く異なる性格だが、それでも似通った方向性を内包している。混乱気味の言動と同じく、2人は混沌の現状に対して確たるところを見出せていないらしい。ただ、この混乱こそが向こう側の狙いではないのかと、おぼろげにキティは思う。そして仕える者共を見定めねばならない、とも。しかしその機会は、案の定向こうからやって来た。

 2人の歩みが同時に止まる。

 吸血鬼の五感は人間の比ではない。日常風景のちょっとした違和感を、彼らは決して見逃しはしない。キティとカスミは、揃って優秀な戦士級だった。自分達が複数の気配に囲まれたくらいは察知出来る。建物の遮蔽を利用してこちらを窺うのは3人。

「出て来れば?」

 と、キティは言った。

「ちょっと進行にハプニングが起こったけど、まあいい。いきなり仕掛けて来ないのは分かっているわ。お望み通り、ちょっと話でもしましょう」

 その呼び掛けに応じ、3人の吸血鬼が物陰から現れた。全員がマスカレイドの仮面を装着しており、キティは舌を打った。これでは相手の顔を視認する事が出来ない。

 仕える者共は、相変わらず1人を除いて寡黙だった。その例外、前に進み出た男は、顔を隠しても慇懃無礼の趣が濃厚である。

「こんばんは、お嬢さん方。戦士級が3人も出向いて下さるとは嬉しい限り」

「3人?」

 自分達は2人しか居ないとキティは言い掛けたものの、向かいの通りから歩んで来る人影を認め、絶句した。

「フレイア…」

「尾行が下手だよ、キティ。バレバレだ。しかし私も、そいつらに動きを気取られた。私も焼きが回ったよ」

 フレイアは鼻を鳴らし、キティ達の傍に立った。

「さあ、カンバセーションでも始めるとするか」

 

 カスミは期待にはちきれんばかりの顔で、3人の仕える者共を観察した。

 前回遭遇時は7人であったが、ろくすっぽ観察していなかったにも関わらず、カスミには凡その区別が頭の中で出来ていた。戦士級の一部が持つ特異能力、狂乱の発動は、副次的に集中力や洞察力といったものも高めてくれるからだ。

 その記憶と照らし合わせると、前に出て話し掛けてくるのが「A」。後方の2人の内、男の方は設定されているアルファベットは分からないが、見た事がある。そしてもう1人の女の方は、カスミが待ち望んでいた者だった。

「こんばんはです、G」

 手を挙げて挨拶を送ると、Gも膝を曲げて返礼してきた。その遣り取りを遮断するように、キティがカスミの前に出る。

「駄目よ。3on3でも不用意に拳を交えては。…確かAだったかしら。あなたについては聞いている。こうしてノブレムを監視し、接触をしてくるのは何故?」

 キティに問われ、Aは肩を竦めた。

「それは前にも言ったよ。こちら側に来たまえ、君達。ノブレムだか何だか知らないが、レノーラの元に居ても良い事なんざ一つもないぞ」

 来たな、と、キティは思った。向こう側はノブレムの面々に対し、明確に引き抜きを実行しようとしている。一方では攻撃的な姿勢を見せながら、よくもぬけぬけと。しかしその思いは胸の奥に仕舞い、キティは平静を保って会話を続けた。

「レノーラの考え方は、吸血鬼全体にとって急進的に過ぎるという事は、私も承知しているつもり。だけどノブレムには、吸血鬼として人間社会の中で穏便にやって行こうという理念がある。翻って、あなた達はどうかしら? 闇雲に仲間になれと言われても、文字通りの怪物に戻ってハンターに追われる生活を送るのは耐え難いわ」

 問われたAは、我が意を得たりと胸をそらした。

「それこそが吸血鬼の悩ましい課題だ。これほどまでに強く、誇り高い俺達が、人間如きに虐げられたまま終わってしまうなど我慢ならない。だから俺達は、あるべき形で人間との共生を考えるのだよ」

 共生、という言葉を聞いて、キティ達は顔を見合わせた。それはノブレムが掲げる目標と符合する単語である。しかしながらAの物言いは、レノーラが言わんとするところとは真逆の位置にある事くらい、この場の誰にでも分かる。然してAは、途方も無い事を言ってきた。

「我々が狩猟者、ハンターになるのだ。そして人間を半家畜化する。勿論人間側の反撃もある。熊を狩ろうとする狩猟者のようにな。しかし狩で勝つのは、常に我々吸血鬼となるだろう」

「ちょっと待った、何を馬鹿げた夢想を。吸血鬼が、人間に勝てる訳が無い。そちらに女帝級が1人居る事は知っているけど、それだって最終的には人間に殺されるわ。人間と吸血鬼の、桁違いの人口差を考えれば自ずと分かる」

「全世界の人間を敵に回したら、そうだろうな。奴等は殺す事にかけては有史最強の生物だ。しかしこのサンフランシスコの中だけであれば、どうだろうな? 前にも、先程にも言ったように、最終的には俺達が勝つよ」

「…サンフランシスコの中だけ、ですって? 人間と吸血鬼の戦いが、街の外からは干渉されないという事? 一体どうやって」

「それは言えない。君達が俺達同様、仕える者になれば教えてやろう」

 キティは大きく息つき、カスミとフレイアを視界に置いた。

 Aの言葉を世迷言と片付けるのは早計だ。彼は適当な話をしていない。エルジェという吸血鬼の女帝級を上に頂き、彼らは着々と事態を進行させている。ノブ・ヒルの惨殺事件も、恐らくその一環だ。

 もしもAの掲げる目標が極めて現実的であったなら、果たして自分達はどのような解釈をするだろう。自分も含め、この場の面子は人間に肝要寛容ではない。生きる為に、仕方なく牛の血で妥協しているだけなのだ。思う存分人間を食えると知った時、ノブレムから本格的な離反者が出る可能性がある。まずい、とキティは思った。その筆頭が今、この場に居る。

「一つ聞きたい」

 その女、フレイアは、感情をかみ殺した顔でAに言った。

「月給取りはどうする。あれはお前らの掲げる目的に反するぞ。吸血本能を置き去りにし、人間と吸血鬼の間を繋ぐ、忌々しい連中さ」

「ほう。君は月給取りが嫌いなのかい?」

「当たり前だ。あんなのは吸血鬼とは言えない」

「フレイア!? 馬鹿な事を!」

 キティは顔面蒼白となって、フレイアの胸倉を掴んだ。

「あの得体の知れない連中に付いて行く気!? 友人として忠告する。あんな者達に関わってはいけない!」

「どけ。私に指図するな」

 フレイアは荒々しくキティを押し退け、Aの面前に歩を進めた。

「もう一度聞こう。月給取りはどうするんだ?」

「君の言う通りだな。あれは吸血鬼の出来損ないだ。我々の下僕になるなら温情を考えないでもないが、そうでなければ、基本的には排除しなければならない」

「…奴の言う通りか。お前らの描く未来に、月給取りは存在しない」

 口の端を曲げ、目を細め、フレイアは一瞬の内にAの鳩尾を拳で打ち抜いた。仮面の奥、Aの目が、驚愕で一杯に開く。腹から背中まで突き抜けた血塗れの拳を引くと、Aがその場に崩れ落ちた。フレイアはAの頭を踏み躙り、傲岸に見下しつつ言った。

「幾らでも狩れよ、人間を。止めやしないさ。しかし仲間に手を出す奴は、ハンターも吸血鬼も皆殺しにしてやる。お前らのママにそう伝え」

 と、最後まで言い切れず、今度はフレイアが両膝を崩した。肩口に深々と刺さるナイフ。倒れかけたフレイアにキティが慌てて手を貸すと同時に、ナイフを投擲した男もAを肩に背負っている。ナイフを引き抜き、キティはフレイアのものとは異なる黒い血が刃に付着しているのを認めた。間違いない、それは人間の死体の血だ。

「待って下さいよ、お前らさあ!」

 手負いのAを連れて離脱し始めた仕える者共を、満面笑顔のカスミが奇声と共に追撃する。が、全力疾走に入りかけた途端、Gがカスミの前に立ち塞がった。前回交戦した際は、互いが昏倒する形で引き分けた手合いだ。

 ノーステップから放ったフックはGが抑え込み、逆にカスミは顔面に飛んで来た鉄拳を難なくと掴み止めた。都合互いを真正面から見合う形となる。カスミは目を剥いて笑いかけ、そしてGも仮面の下で同じ顔をしていた。

「提案があるんですけどお」

 暢気に間延びした声で、Gの曰く。

「今日のところはお互い引きません? そちらもこっちも死にはしませんが、やっぱり手当てとかしたいじゃないですか」

「賛成、賛成。フレイアちゃんは上手く毒を抜かないと後に引いちゃいますからね。殺し合いは何れまたってとこで」

 それを皮切りに、2人は弾かれたように互いの仲間のところへ向かった。

 キティは既にフレイアを背負って、飛ぶように走っている。背中のフレイアは呼吸が浅く、早くなっていた。死体の血の毒で体が麻痺しつつあるのだ。死にはしないが、その苦しさは彼女の虚ろな目が物語っている。少しでも早く処置を施さねばならない。

「キティ」

 生気の抜けた声が背中越しから聞こえる。

「私は強くなりたい。でも、何の為に強くなればいいのか、もう分からないんだ」

 麻痺の苦しみか、それとも他の何かに起因するのかは知れないが、フレイアの声音は辛そうだった。キティは彼女の繰言には答えず、しかし今一度強く背負い直し、夜の通りを駆け抜けた。

 

サンフランシスコ・アンダーワールド

 建物がぎっしりと詰まったサンフランシスコの街にも、広大な空間を保ちながらほとんど人気のない闇の世界が存在する。それは地下下水道だ。

 ロティエルはアパルトメントの手近に具合の良いマンホールを見つけ、今は其処から下水道のトンネルを探索している。いざ、事が起こってから下水道に逃げ込むまで要する時間は5分以内といったところだろう。これをエスケープハウスと呼ぶのは間違いだが、少なくとも目的に沿った緊急避難場所にはなるだろう。何より、碁盤目にトンネルが張り巡らされているのがいい。バラバラになって逃走すれば、追っ手を確実に撹乱出来るはずだ。

「…何より吸血鬼は、夜目が効くというのがいい」

 光の届かぬ闇を、手に持つ頼り無い懐中電灯のみで問題無く歩ける状況に、ロティエルは満足した。鋭敏な神経器官には、すえた臭気が些か厳しいが、ここに寝泊りする訳ではないのだ。

 ふと、ロティエルは立ち止まった。流れる水音以外に、ちょっとした異音が混じっているような気がしたからだ。電灯を消し、しゃがみ込んで耳を研ぎ澄ます。幻聴ではない。駆ける足音だ。それも複数。ロティエルは咄嗟に体を伏せた。地下下水道でドタバタと走るような者が、真っ当であるはずがない。

(ま、こんなところを散策している自分も真っ当ではありませんが)

 そう思うロティエルのすぐ目の前、T字の先を人影が高速で駆け抜けて行った。それは尋常の速さではないが、ロティエルの視野は先導する1人と、誰かを背負う後続、計3人を捉える事が出来た。全員奇妙なマスクを被っている。

 彼等が視界から消えて直ぐ、ロティエルは音を立てずにT字路の脇に忍び寄り、3人の行く先を覗き込んだ。

 誰も居ない。

 しかし、そんなはずはなかった。ここから先はしばらく真っ直ぐ道が続いており、あの速さでも後姿を見送るくらいは出来る。しかし3人は、その姿が掻き消えるように居なくなってしまった。自分は幽霊でも見たのか、とロティエルは思う。

 狐に摘まれた面持ちで、ロティエルは彼らが消えた通りを歩み、そして何かが落ちている事に気が付いた。拾い上げると、それは札のようなものだった。訳の分からない模様と文字が書き込まれている。どうやら先程の者達の落し物らしい。ロティエルが何気に札をかざした途端、向かいの壁が鈍く光った。

 慌てて引っ込めると、壁の明滅は止んだ。落ち着いて今一度かざすと、再び壁が光り始める。

(待てよ)

 と、ロティエルは思案した。

(確か開示された情報の中に、似たような話があった。あれは確か、下界の通行票であったか?)

 そうであれば、この札を使ってあの3人は壁の向こう側に行った、という事になる。正体の知れない連中が意外に間近で出入りしていると知り、ロティエルは焦燥を憶えた。

 

 

<V1-2:終>

 

 

○登場PC

・ロティエル・ジェヴァンニ : 戦士

 PL名 : Yokoyama様

・カスミ・鬼島 : 戦士

 PL名 : わんわん2号様

・キティ : 戦士

 PL名 : ウィン様

 

 

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ルシファ・ライジング V1-2【吸血鬼の覚悟】