<天使・ステラについて。そしてその後>

 バーバラ・リンドンが倒れてから、次に体を起こすまでに要した時間は5分と過ぎていない。完全に無防備な状態を晒し続ける危険度を、ハンターの本能が嫌ったのだ。よって蓄積したダメージが和らいだ訳ではない。

 それでもバーバラは、膝を崩して地面に行儀良く座った。傍らを見れば、送り犬のジョンジーが居る。尻尾を緩やかに揺らし、彼女を見上げるその視線は、何処か悲しげだった。

「心配してくれているのね? ありがとう」

 バーバラは白い歯を見せ、ジョンジーに軽く会釈した。それから這いずりながら、未だ伏したままのステラの元へと向かう。上体を膝上に抱き上げ、首筋に手を当てる。更に呼吸を確認。

 思った通り、彼女は生きていた。否、正確には天使のステラは死んだのだが、人間の方のステラは、何ら怪我を負っていなかったのだ。ステラを刺し貫いたジョンジーの力は、フレンドの時同様の効果を天使にも発揮出来たらしい。天使から開放された人間のステラは、何れ必ず回復するだろう。

 さくり、と、地面を踏みしめる音がした。

 バーバラは溜息をつき、懐に隠しておいた拳銃を抜いて、「少女」に向ける。何時の間にか接近していたその少女の顔に、バーバラは見覚えがあった。

「アンジェリカ?」

「本当の名前は違う」

「そうだったの。でも、都合上そのように呼ばせて戴くわ」

 拳銃をくるりと回して再び仕舞い込む。その間にジョンジーはアンジェリカの元に駆け寄り、軽やかに尻尾を振りながら、ちょこんと座った。アンジェリカがジョンジーの頭を撫でる。霊体のはずの頭を。

「貴女は突出して凶暴な人だと思う。何が相手でも殺すのが上手い。しかしまさか、天使を殺すとは思わなかった」

「私の力ではないわ。ジョンジーが手伝ってくれたから」

「少なくともジョンジーだけで天使は倒せない。あの手腕は貴女のものだ。それにこの力は、犬ではなく人間が操る方が威力を増す。貴女のは奇襲の為の憑依作戦だったが、実際には思いもかけぬ相乗効果があったという訳だ。そこで問うのだが、今後もこの力を駆使するおつもりか?」

 アンジェリカに問われ、しかしバーバラはあっさりと首を横に振った。

「いいえ。人間が操るには、あれは過剰な力だわ。こうして私が衰弱しているのは、何もステラに殴り倒された事だけが理由じゃない。それはとてもよく分かるのよ」

「賢明な人だ、貴女は。この力、ここぞと言う時まで留めておいた方がいい」

「御忠告に感謝するわ。ところで、貴女はどちらの神様?」

「もう1人の天使の呟きを、聞き逃さなかったという訳だ」

「噂話が好きな歳なのよ」

「悪いが、それは言えない。これ以上目立ちたくないのだ。この可哀想な犬に我が力を託したのは、彼が事を成就させる為の手助けをしたかったから、ではない。身を潜めたまま、私なりの戦いを開始させる為である」

「何と戦うおつもり?」

「理(ことわり)を瓦解する者、らしい。らしいというのは、私も良く分からないからだ。私は理を護り、人を護れとの呼び掛けに応じ、遥々この地にやって来た。言っておくが、誰の呼び掛けかは分からない。しかし私のような古い神は幾らかこの地に居るらしい。それでは、長居をしたくないので失礼する。ちなみに今後、呼ばれても私は出て来ないから、そのつもりで」

 言うだけ言って、アンジェリカは背を向けた。バーバラの方もそれ以上根掘り葉掘りと聞くつもりは無い。ただ、一言だけ彼女に告げる。

「ありがとう」

「何がだ?」

「どのような形にせよ、貴女のおかげで命を拾う事が出来たわ。私も、ジョンジーも」

「ジョンジーは既に死んでいる。面白い言い方をする人間だ、貴女は。そして面白い人間が、人間の身でありながら天使を破る。実に興味深く頼もしい。その働きに敬意を表し、褒美を出そう。後で自身を、よくよく確かめておくがいい」

 アンジェリカの歩く姿が、景色から切り取られたように消えた。

 と、膝上のステラが、小さく呻き声を発した。震えながら少しずつ開いて行く目蓋を覗き込み、バーバラが微笑む。

「お帰りなさい、ステラ」

 

 

<H4-3-4:終>

 

 

○登場PC

・バーバラ・リンドン : ガーディアン

 PL名 : ともまつ様

 

 

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ルシファ・ライジング H4-3-4【サクリファイス】