<闇の中>

 ペットボトルに詰めた聖水を確認。ipod型のEMF探知機は最高レベルまでカスタム済み。借り受けた欺瞞煙幕は腰に提げた。結界の霊符も慰め程度にしかならないかもしれないが、無いよりはましだ。斉藤優斗は万端の準備を整え、旧監獄舎への潜入を開始した。既に観光ツアー一行からは静かに離脱している。

 彼等が一通り見物を終えるまでの間に、早急に事を済ませる。大変な仕事だが、優秀な『逃げ屋』であり『調査屋』でもある斉藤ならば出来る事だ。

 そもそも事はリーパーこと、『女帝』ミラルカ・カルンシュタインからもたらされた情報から始まっている。彼女がカスパールという名の悪魔から聞いた、吸血鬼の真祖の居場所を示す暗号。これをハンター達は、アルカトラズ島の座標位置だと推測した。

 ジル・エルジェの一党に知られれば致命傷を負いかねないこの情報は、ハンター内でもごく一部の間の秘匿とされており、この裏付けを取る為に斉藤が調査を開始した、という訳だ。何処をどう見ても観光客になりすまし、一般のツアーに紛れ込むという労力を要して。

 島に配属されている警備員達の目をやり過ごし、斉藤は旧監獄舎の奥へと慎重に歩を進めた。先程からEMF探知機は、スイッチをオンにしたままだ。カスタム化によって精度と探索範囲は飛躍的に上昇し、しかも使っているのは『調査屋』の斉藤である。島のほぼ中央に位置する監獄舎にあって、斉藤の電磁場異常察知能力はアルカトラズ全域をカバーしていた。その斉藤をもってしても、EMFのメータは全く反応を見せていない。

 だが、斉藤に焦りは無かった。ここに何も無い、という事は、まず無い。仲間内の推測はストレートを突いていると思えたし、何しろミラルカが離反の危険を顧みずに提供してきた情報なのだ。加えて、この世ならざる者も上位になると、電磁場の揺らぎをコントロールする事が出来る。それは尋常ではない危険度を意味するのだが、ともかく斉藤はこの場の真実を突き止める事に集中した。

 程なくして地下の一般人立ち入り禁止区域に到達。とは言え、観光地として整備され尽くしたアルカトラズに、職員も近付かないような禁断の区域がある訳も無い。先に進むと案の定、其処は使わない機材を保管する倉庫に過ぎなかった。

 しかし斉藤は懐中電灯を照らし、倉庫の探索を開始した。一般人にはただの物置に見えるこの部屋も、この世ならざる者が関われば魔の巣窟にも成り得る。EMFの反応を見ながら、斉藤は突出した観察眼でもって舐めるように床と壁を調べて回った。そして、床に転がる白い一本の小さな棒に目を留めた。

 拾い上げて確認。鳥の脚部の骨らしい。太さから言って猛禽類。ネズミに齧られた跡がある。しかも相当古いものだ。

 斉藤は首を傾げた。これは一体何だろうと。倉庫内の使わない機材とこの骨に関連性は一切無い。知識と記憶を総動員して骨の出所を類推し、斉藤はふと気がついた。

 かつてアルカトラズは、アメリカ全土がそうであったように、ネイティブアメリカンの活動区域であった。かなり最近、彼らの子孫が島の所有権を主張し、アルカトラズに立て篭もったという事件も発生している。そう言えば猛禽類の骨は、ネイティブアメリカンの呪術によく用いられると聞いた事がある。

 と、EMFが微弱な反応を示した。

 咄嗟に斉藤は四方八方へと懐中電灯の光を向け、ある一箇所に光の行く先を固定した。

 敷き詰められた床石の隙間から、何かが這い出ている。それは直上にじりじりとせり上がり、ことりと床に転がった。先程と同じ、鳥の骨だ。狙い澄ましたようにネズミが飛び出し、骨を咥えて物陰へと遁走する。ごく僅かな時間の出来事だったが、斉藤は骨が這い出てきた地点を見定める事が出来た。

 近寄り、懐中電灯を照らす。床石に入った亀裂は、懐中電灯の明かりを差し込んでもその先を確認出来ない。EMF反応は既に収まっている。何気に斉藤は、軽く床を叩いた。

 トントン。

 …トントン。

 返事があった。それも地下深くから。斉藤は懐中電灯を放り出し、床に尻餅をつく。イヤホンが、かつて聞いた事の無いような極大の警戒音を発し、思わずコードを引き千切る。ここ最近において、最大級のEMF反応。声が聞こえる。斉藤の脳裏に。

『誰だい?』

 斉藤は欺瞞煙幕を炸裂させてから倉庫を飛び出した。駆け足で階上へと向かいながら、EMF探知機のメータを確認。この探知機は反応の有無のみならず、この世ならざる者が位置する方向性をも教えてくれる。

 しかし、警戒を発し続けるEMFは、大元の位置を示していなかった。否、示してはいる。それは他ならぬ、斉藤自身から発せられているのだ。そして斉藤は知った。そいつが何処に居るのかを。

「俺の真後ろかよ…」

『そうだよ』

 その声は不思議だった。とても穏やかで、心優しい声音である。しかしそれは声音だけで、本質的な情感が徹底的に欠けていた。人間が話す言葉とは思えなかった。

 後ろを見たら、死ぬかもしれない。

 そう思いながら、斉藤は走った。ペットボトルの聖水を使ってみようという気にもならない。背中を底無しの闇がぴたりとついて回っても、斉藤は振り切るつもりで走り抜いた。

 

 その気配は、土産屋のあたりから不意に掻き消えた。

 斉藤は軽食屋でホットドッグとコーラを買い、帰りの便に乗船する。1人シートに着座し、大きく息をついた。嫌な汗は未だ収まらない。

 氷で丁度よく薄まりだしたコーラを口に含み、斉藤は離れ行くアルカトラズ島を眺めた。

(当たりだよ、みんな)

 斉藤が心の中で呟く。

(俺達は当たりくじを引いたらしい。しかしそいつは、史上最悪の貧乏くじかもしれないぜ)

 フッ、と息を吐いて、斉藤は空腹ではなかったが、ホットドッグを齧った。そして携帯電話を取り出し、メールを送信。

『ホットドッグは旨かった』

 実は、まるで味を感じられなかった。

 

 

<H1-3:終>

 

※連絡:

 本リアクションの情報取り扱いに御注意下さい。ジル・エルジェの陣営に知られれば、一発アウトと考えても差し支えないでしょう。

 

 

○登場PC

・斉藤優斗 : スカウター

 PL名 : Lindy様

 

 

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ルシファ・ライジング H1-3特【誰だい?】