<ゲストハウス前にて>
「わざわざ持って来て頂いて、ありがとうございました」
頭を下げるバーバラに対し、ジョーンズ博士は厳しい目でもって何も応えず、ただ黙って彼女の荷物を手渡した。
これは想定通りの展開であった。バーバラはゲストハウスの出入りを禁止されたのだ。4Fの神々にとって、今や彼女はサマエル同様、明確な敵である。こうなれば、そうなるであろうという自覚をバーバラは持っていたので、強制退去の処置を彼女は当然の如く受け入れた。バーバラにその達観が無ければ、神々と彼女による全面戦闘という展開になっていたかもしれない。
「最早言うべき事は無い。君は自らを破滅させたのだからな」
立ち去ろうとするバーバラに、博士は忸怩たる言葉をかけた。
「恐ろしいのは、破滅したいという欲望すら無かった点だ。君には人にあって然るべきあらゆる種の欲が、信じ難い事に最初から無かった。それは人の心とは言えない。人の心を持たない者と、成立させる会話は無い。しかし敢えて問いたい。君は、過去に一体何があったのだ?」
「ありがちな話ですが、私も当初は復讐から第二の人生を始めたのです」
バーバラが振り返る。深く被った帽子は俯き加減の立ち姿と合わさり、彼女の顔を覆い隠している。その顔を見せたが最期、人は狂死してしまうからだ。
「両親も親戚もおりませんでしたので、家族と呼べるのは夫と子供だけだったのです。それすらこの世ならざる者に殺されましたので、私は孤独を埋めるべく復讐で心を満たそうとしました。しかし不思議なのです。長い間戦っていると、まず怒りという感情が無くなりました。そしてシャボン玉のように、ぱちん、ぱちんと感情と呼べるものが消えて行き、そして私は戦う為に稼動する人のようなものになっていた、という訳です。それでは社会との関わり合いで支障が生じますので、私はかつての私が、どのような言動をしていたかをトレースする事にしました。よって今こうして話している私は、正確に言えば私ではありません」
「君は完璧なハンターだ。しかし私は、完璧という言葉が嫌いでね。悩み、もがき、自問する。それらの感覚を失った者は究極の悪になるからな。私は今、対峙しているだけでも恐ろしいと感じている。何しろ私は、これまで出会った事の無い悪党と会話をしているのだから。残念だ。本当に残念だよ」
「私に心を砕いて頂き、ありがとうございます」
「その感謝の言葉も、過去の自分のトレースでしかないのだろう」
「はい、そうです。出来れば博士、聡明なる御方、人間達にお伝え下さい。こうなってはならないのだと」
バーバラは踵を返し、来た道を戻って行った。その後姿は何処までも1人であった。堪らず博士が叫ぶ。
「バーバラ・リンドン、虚無の神! お前は一体何処へ行く!」
「悪党らしい末路を迎える戦いの場へ」
<ツイン・ピークス>
街を見下ろせる小高い丘の上で、既にサマエルはベンチに腰掛けていた。到着したバーバラは、緩やかな物腰で挨拶をした。
「こんばんは、サマエル。まだ決闘状は送っておりませんでしたが?」
「他の者は知りませんが、私にはお前の莫大な存在感が察知出来るのです。周囲に人気が全く無いのは、何故なのかと問います」
「ジョーンズ博士を介して、市当局に封鎖を依頼したのです」
「それは良い心掛けですね」
サマエルが重々しく起立する。そして彼の瞳が揺らぐと、周囲の状況が一変した。景色に全く変化は無いが。
「世界を横にずらしました。敢えて強い意志を持たぬ限り、誰もここには近づきません。そして何が起ころうと、周囲に破壊の波が押し寄せる事は無いでしょう。更に言えば、私はこの限定された世界の中で、不完全な器であっても本来の力を行使出来ます」
「それは良い心掛けですわ」
両者は立ち位置から一歩も動かず、対峙し続けた。サマエルとバーバラの決戦の火蓋が切られるのは、たった今か、或いはまだ先なのか。ただ言えるのは、時間の経過はこの場において意味を為さない、という事である。
「『破壊』や『調和』では話になりません。新たに勃興した『虚無』に対し、『創造』が宣戦を布告します」
サマエルの目が、戦意を伴って絞られた。
<H4-6特:終>
※バーバラ・リンドンさんの次回アクトは隠し選択肢『H7-7:創造と虚無』しか選択出来ません。アルバイト、お天気totoも不可です。加えてアイテム購入が一切不可となりますので御注意下さい。
○登場PC
・バーバラ・リンドン : ガーディアン
PL名 : ともまつ様
ルシファ・ライジング H4-6特【モンスター Ⅲ】