<彼女の道>

「君、その鎌は何だ。さっきの男と何をしていた」

 拳銃を構えながら、警官は慎重に距離を置いてリーパーを眺めた。背格好は、警官よりも一回り下だ。右手の鎌をだらりと下げたまま、彼女は仮面で隠した顔だけを警官に向け、微動だにせず立ち尽くしている。しばらくして、リーパーが口を開いた。

「とてもよく出来たSFPDの制服だが、初手からスモークグレネードを使う一介の警官は知らないな。ハンター君」

「何だ、バレたか」

 一息ついて、風間黒烏はくだけた口調に戻した。

 風間がノブヒルからここまで追ってきた者の正体は、リーパーだった。並のハンターの追跡であればあっさりと感付かれていただろうが、風間は優秀なニンジャだった。この世ならざる者すら欺く隠密行動は、彼のような技能を有する者のお家芸である。都合風間は、リーパーが吸血鬼に襲い掛かる場面に立ち会う事が出来た。

 風間の最大の目的、ハンターとノブレムの全面激突の回避は、彼が戦いに介入する事で成し遂げられたのだ。ただし、あくまで当面の間ではあるが。

「一つ聞きたい」

 リーパーが風間に問うてきた。

「あの吸血鬼、スピードという奴はお前の知り合いか?」

「スピード? ああ、あの面白い事を言っていた吸血鬼か。知らねぇな」

「…まあ、本当にそうなのだろうな。しかし話を聞ける位置まで接近しておいて、私に気取られなかったか。大したものだ。そしてもう一つ。何故奴を殺すのを止めた?」

 一瞬で鎌の刃が首筋に当てられた。目にも留まらぬ挙動である。対して風間は全く動じず、平然と言った。

「大体お前らは騒ぎ過ぎなんだ。ここは住宅地だぜ。そろそろお呼ばれした本当の警官達が到着する頃合だ。さっさとずらかるぞ」

「成る程」

 リーパーは鎌を引き、風間と肩を並べてその場を歩み去った。物分りは然程悪くはないらしい。

 

 仮面につば広の帽子は、夜道を歩くにしても怪し過ぎる。それはリーパーも自覚していたらしく、彼女は歩きながら帽子を取り、仮面を外した。

 風間の目に、真っ白な肌の色が映る。本当に血の気が通っているのか、とすら思えた。黒い髪と白い頬のコントラストは美しかったが、仮面を外したリーパーは荒んだ表情をしていた。何を経験すればここまでというくらいの、絶望と諦念をかき混ぜた辛い顔だった。

「さっきの質問だが」

 気を取り直し、風間は言った。

「戦いを止めたのは、吸血鬼とハンターの抗争を拡大させない為だ」

「スピードと同じ事を言うな」

「スピードと俺は似た考えを持っているらしい。そういうのは、ちょっと嬉しいな。で、もう一つ。俺はそういう吸血鬼を助けてやりたかっただけだ」

「惨殺事件の犯人は吸血鬼だと皆が言っているが?」

 リーパーが、自嘲気味に笑った。

「吸血鬼も色々だ。怪物になり果てた奴も居りゃ、レノーラやスピードみたいな変り種も居る。人間と同じだ。それはそうだろう、彼らは元々人間だったのだから。害為す者を狩らねばならぬ、害無き者に聞かねばならぬ。日本の降魔師はハンター同様、この世ならざる者と戦うが、彼らの話を聞く事も大事にしている。俺は奴やレノーラの話は、聞く価値があると考えた」

 言いながら、風間は手製の兵糧丸を己が口に放り込んだ。忍びの家に伝わる非常食だ。風間はリーパーにも勧めた。

「毒は入っていない」

「そんなものは心配していない。旨いのか?」

「味の出来は日によって六段階くらいになる。残念ながら、今日は不味い」

「ふむ。やめておこう。旨かろうが何だろうが、私には意味がない」

「どういう意味だ?」

 それには応えず、リーパーは無表情に前へ向き直った。兵糧丸を少しずつ口にしながら、風間は気にせず話を続けた。

「何故吸血鬼ばかりを狩る?」

「ハンターだから」

「吸血鬼だけを狩るのは何故だ?」

「お前に答える必要は無い」

「それじゃ質問を変える。今度の件は、誰かに依頼されたのか?」

「何の事を言っているのか分からない」

「誰に依頼されたんだ?」

「さあ、何の事だか」

「しらを切る気か。じゃあ、ここからは俺の妄想だ。気にせず聞き流してくれ。ハンターとノブレム以外に、第三の組織がこの街には存在している。そいつらは前述の2つの対立を決定的なものにしたい。そこで、ノブレムの吸血鬼をハンターが殺すように仕向けた。ハンターと名が付けば、ジェイズに居る連中じゃなくても構わない。たった1人殺すだけで、吸血鬼の怒りは爆発するだろう」

「大変な事だ。危ないところだったな」

「それから、これを見てくれ。さっきからメータが振り切っていやがるんだ。故障かな?」

 言って、風間は腕時計型のEMF探知機をリーパーに示した。この世ならざる者の気配を察知する探知機が、そのメータを異常な値まで振り切らせている。ここに及んで、いよいよリーパーは黙り込み、フイと風間から顔を逸らした。

「ここで別れる。見られるのは、あまり良くないのでね」

「見られる? 誰に」

「お前の言う第三の組織だ」

 リーパーはメモ用紙にサラサラと何かを書き込み、風間に手渡した。

「用があるなら、ここに来い。昼間だ。しかしこの事は誰にも言うな。公になれば双方にとって致命的なのだ」

「心を変えた理由は問うまい。だがおまえさんは、あの可哀想な家族の家に、花を置いていたな」

 メモから顔を上げると、既にリーパーの姿は風間の前から消えていた。

 

V/H

 ジェイズの小汚い寝床に身を横たえるべく、ゲストハウスに帰るその途中、通りの先でその大柄な男は背を向けて立っていた。こちらが来るのを知っているらしく、ひらひらと手を振って合図を寄越している。

 目を細くして、風間は男を凝視した。その姿はどうも見覚えがある。それもついさっき。吸血鬼だ。

「スピードか!?」

 咄嗟に風間は袋に入れた脇差を抜きかけたが、頭を振ってその手を止めた。

「結構結構。君はなかなか理性的な奴だ」

「何故こっちを向かない」

「配慮だよ。なるべく人間を視界に置かない。尤も、特別に真空パックを2杯空けたのだからして、大丈夫とは思うが念の為」

「何用だ?」

「いやなに、君のようなハンターがあの場に居たというのが面白くてね。これは通じるところがあるかもしれないと思ったのだよ」

 言って、その吸血鬼は携帯電話を頭上に掲げた。

「番号を交換しないか? きっと楽しいよ!」

「やだ。何かやだ」

「まあまあ、そう言わずに」

 風間は仕方なく赤外線で番号を交換した。吸血鬼の顔は見えないが、「人間の番号をゲット!」とはしゃいでおり、何だかとても嬉しそうだ。

「さて真面目な話だが、これからは協調体制というのを考えたい」

「ノブレムと、ジェイズのか?」

「共に苦難を乗り越えねばならない時が、きっと来る。私達は、その先駆けになるのだ」

「ふむ」

 風間は面白いと思った。「イヤッホウ」と飛び上がりながら走り去って行くその吸血鬼は、斬新なノブレムという集団にあっても飛び抜けて革新的だと思える。この繋がりには意味があると、風間は確かに思った。

 しかし。

 不幸のどん底のような顔をした女と、大柄な吸血鬼の男。双方から連絡先を貰った自分は、何ともてる男なのだろう。そう思い、風間は何となくげんなりした。

 

 

<VH1-1特:終>

 

 

○登場PC

・風間黒烏 : スカウター

 PL名 : けいすけ様

 

 

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ルシファ・ライジング VH1-1特【リーパーの道】