<城鵬の戦い ~如真とサマエル・其の四より~>
「それはつまり」
城と如真の目線はほぼ同じ高さであったが、それでも『サマエル』は見下す視線を保ちながら言った。
「お前は腹を括ったという事ですか」
「『これをやった』と自負出来る人生は、とても幸せだと思うんですよ」
問いに答えず、サマエルを真っ向から見返しながら、城は断言した。
「僕は、お前の思惑からあの2人を遮る力になった。この街にとって宝のような2人の。近い内に彼らは、如真君、君を真の意味で救うでしょう。そしてその時がサマエル、お前の最期だ。僕は胸を張って言いますよ。最期に素晴らしい仕事をしたと」
「愚かな」
「そう言ってしまえる貧弱な感性の持ち主が、人を救おうなどとはおこがましい。哀れな堕天使、サマエル。或いは四人の貴公子の一人、サタン」
サマエルの顔が驚愕で引き攣った。驚愕する、という感情の発露自体が、サマエルにとって極めて稀である。
「何故それを」
「ただの勘です。でも当たりのようですね。何が天使だ。この悪魔め」
サマエルは目を閉じ、忸怩たる面持ちで掌を己が胸に当てた。そして人差し指を城に向ける。それと同時に、車か何かがぶつかったような衝撃を受け、城の意識は途絶した。
城が次に目を覚ましたのは、ジェイズ・ゲストハウスの4Fだった。
胸に槍のようなものを打ち立てられ、彼は身を横たえている。体は全く動かなかったが、奇妙に意識がはっきりしている。蝋燭が燃え尽きる寸でで一際輝く、自身がその状態にある事を城は悟った。城は自分が死ぬ事を改めて知った。
『申し訳ありません』
真っ白な空間に声の主が姿を現し、城を覗き込む為に身を折り曲げた。ケツァルコアトルだった。
『その汚らわしい槍を抜く事すら叶いませんでした。非力な吾をどうかお許し下さい。吾が出来るのは、君の最後の願いを、その結末をお見せする事だけです』
ケツァルコアトルが姿を引き、代わりに城の目の前に街の風景が映し出された。
夕刻にはまだ早い頃合。勤め帰りの男が足早く家路へと急いでいる。ここ最近の混乱状況下で彼の仕事は商売上がったりだが、食う分には困っていない。むしろ早々に帰宅出来る状況を、彼は不謹慎だが嬉しく思っていた。自宅に帰り、扉を開くと、小さな一人息子が丁度階段を下りてくるところだった。肩を抱いて頬を寄せ、男は息子と手を繋ぎ、意気揚々とキッチンへ向かった。男の妻は夕食の準備で慌しく、おかえり、と気もそぞろに言って振り向きもしない。愛しているよ、と男が言う。妻は吹き出し、つい手を止めてしまった。息子が男の手を引っ張り、録り貯めておいた野球の試合を一緒に観ようと誘う。男は息子とソファにダイブを敢行。妻に怒られる。そしてモニタに流れるジャイアンツ対ドジャースの試合に、男と息子がボールパークさながらの歓声を送る。妻が、また笑う。
『君が吾に匿うよう頼んでいた3人の親子は、吾がその身を人形から戻しておきました。ついで、吸血鬼に追われた記憶も消しましたよ。最早彼らが吸血鬼や悪魔に狙われる理由はありません。彼らは、何処にでも居る普通の家族です』
ケツァルコアトルの言葉を聴き、城は身じろぎ一つ出来ないながらも、必死に唇を動かそうと試みた。ケツァルコアトルが顔を寄せ、彼の言葉に耳をそばだてる。
「良かったね」
そう言って、城鵬は事切れた。
SWATとの連携協議に参加していた風間は、話の中途にも関わらず席を蹴って立ち上がった。唐突な行動に皆が驚き、隣の斉藤が訝しい顔で問う。
「いきなりどうしたんだ」
「虫の知らせだ。たった今、俺の先輩が死んだよ」
椅子に座り直し、風間は虚空に視線を漂わせた。
『何れ彼と親しい者に、正式に弔ってもらいましょう。それまでこの身は吾が預からせてもらいます』
ケツァルコアトルは身を起こし、ぽつりと呟いた。
『シニカルで知的で、ユーモアに富み、そのうえで彼は義侠の生き様を貫きました。彼と話をするのは、とても楽しかった。それだけに、これほど何かを憎いと思うのも久方の事』
『…落ち着け、兄弟』
テスカトリポカが傍に立ち、とても珍しい事だが、ケツァルコアトルを諭した。
『真の姿を晒しておるぞ』
『ああ、いけない。吾とした事が。しかしひたすら助力をするというこの立場、かような結末を見せられては、些かもどかしく思うも事実』
ケツァルコアトルは長い舌を二、三、出し入れし、絞られた瞳を更に収縮させた。
『早晩立たずばなりますまい。この命を懸けてでも』
<H2-6特:終>
○登場PC
・城鵬(じょう・ほう) : マフィア(庸)
PL名 : ともまつ様
ルシファ・ライジング H2-6特【ラストプレイヤー】