<招待客が2人>

 率直に言って、ノブレムのセーフティ・ハウスとして「頑丈なオバケ屋敷」を提供する案は、微妙な顛末を迎えた。

 何しろ屋敷は、「全てのこの世ならざる者」を問答無用で迷子にする、違った意味での強大な作用を有している。当然のようにノブレムの吸血鬼も例外にはあたらない。屋敷の主にレノーラを指名する、というのも屋敷の作用がキャンセルされる要素にはならなかった。

『みんな、何処』

 屋敷の何処かから、レノーラの声が空しく響いた。

『何処に居るの、みんな!?』

「…やっぱ駄目か」

「残念ながら駄目でしたね」

 風間黒烏と城鵬は、顔を見合わせ揃って頭を掻いた。

 ここはとある4階建て貸しビルの、3階から上のフロアである。3階と4階そのものの構造を「頑丈なオバケ屋敷」でもって作り変えるというアイデアは中々だった。先のアルカトラズでの作戦を成功させ、意気軒昂の西遊記一行は、オバケ屋敷に酒や食べ物を持ち込んで、祝勝会を催した。そして勝利を報告する相手はレノーラだったのだが、呼び寄せた彼女は屋敷に入って早々迷子となって今に至る。ちなみに、こちらからレノーラに会いに行く事は可能だ。人間が案内をするのであれば、どうやらこの世ならざる者でも迷わずに済むらしい。

「やっぱりキュー氏に改造のアイデアを提示するしかありませんかね。或いはこの屋敷に一人、人間を常駐させるとか」

 出資者の城は肩を竦め、隣に繋がる扉を開いた。その居間では、バテ気味のレノーラがソファに座り込んでいる。すぐ隣に居ながら、彼女はこちらに辿り着けなかったという訳だ。取り敢えずハンターの面々が、酒と食い物を持ってゾロゾロと移動を開始する。

「使えるか否かはともかく、厚意には感謝する。そしておめでとう。間違いなく大金星だと思う」

 レノーラは起立し、まずはアルカトラズの戦いを立案した風間に握手を求めた。応じて風間は手を握り返し、多少申し訳なさそうな顔になった。

「先の件は、内密に進めて悪かったな。真祖の再封印なんて大事は、情報が外に漏れればお終いだった」

「それは理解する。仮に私が赴いても、どうする事も出来なかったわ。あの目覚めの声が聞こえてきた時は、一瞬肝を潰されたけれど」

「あの『声』で、状況を把握したと言うのかい?」

「ええ。不本意であったと言外に奴は言っていた。そして下僕達に我を迎えよ、ともね」

 先のアルカトラズの一件は、既にレノーラも知る所であった。と言うよりサンフランシスコの人々の全てが、正体が分からない者が大抵にせよ、何か恐ろしいものが一声を飛ばしてきた、と把握している。

 一同は酒と食べ物で興じつつ、これからの事を話し合った。郭小蓮は持参した料理を皆に勧めつつ、心配そうな顔でレノーラに言った。

「あれで大丈夫なんでしょうか? 再封印と言っても、近い内に破られるのは確定しているのですしー…」

「十分以上よ」

 ワインを口にするレノーラは、すこぶる機嫌がいい。

「完全な形で復活出来なかったのが、どれだけ幸いであったか。私達は対抗手段を揃える貴重な時間を得る事が出来たのだから」

「対抗手段ですか?」

「もうすぐ分かるわ」

 悪戯っぽい笑顔を郭に向け、レノーラが思わせ振りな事を言う。が、彼女はたちまちに眉をひそめた。険しい表情で周囲を見渡し、一言。

「何か入って来た」

「え?」

 レノーラの言葉に幾人かが勘付く。EMF探知機をON。この建物の中に、レノーラ以外のこの世ならざる者の反応があった。うしろめくん込みの探知機は、その対象が何者かを如実に表している。

「俺が呼んだんだ」

 風間が静かに言う。

「そろそろレノーラと彼女を対面させる必要がある、と俺は判断した」

『…この場所については、連中に知られていない。それは確約する』

 屋敷の何処かから、低く抑えた女の声が響いた。

『それよりもどうにかして欲しい。何故呼ばれた私が迷わねばならない?』

「こちらから行く。待っていてくれ、ミラルカ」

「ミラルカ?」

 分からない顔でその名を呟くレノーラに、風間が応える。

「多分、会ったら驚く」

 

 レノーラこと、カーミラ・カルンシュタインと、ミラルカ・カルンシュタインは、この場で初めて互いの顔を見合う格好となった。

 纏う雰囲気は真逆なれど、その背格好と顔立ちは、寸分の狂いもなく同じである。レノーラはミラルカの顔を見て息を呑み、しかしその後は両手をだらりと下げ、腰を落として彼女を睨みつけていた。臨戦態勢を露にしたレノーラに対し、ミラルカは何の感情も面に出していない。レノーラを半ば無視し、ミラルカはハンター達に向かって頭を下げた。

「ありがとう。私の願いを聞き届けてくれた事に感謝する。危険な道行であるのを承知で事を託した私を、信用してくれた事にも」

 どういたしまして、くらいは斉藤優斗も言いたかったのだが、レノーラとミラルカの対峙を真正面から見る状況にあっては、緊張のあまり声も出せなかった。隣に居る風間に、軽く肘打ちをする。

「どうするよ。一戦交えられたら、ただじゃ済まんぞ。止めに入ったら、下手すれば俺達が死ぬ」

「信じる」

 風間が簡潔に言った。

「彼女等の理性に期待して信じる。信じる心が、人間が持つ一番の力だと俺は信じる」

「まあ、そうかもしれないな」

 彼等が見る前でレノーラは全く隙を見せていなかったのだが、根負けしたのか、ようやく自ら沈黙を破った。

「誰だ」

「私にも分からない」

 それがレノーラとミラルカが交わした、初めての言葉である。息をつき、ミラルカが面をレノーラに向けた。

「分からない、とはふざけて言っているのではない。本当に分からない。私は人間であった頃の記憶が無い。そもそもミラルカという名前も、本当に私のものなのかも分からない。何しろ私は、『これ』であるからな」

 言って、ミラルカは右の肩口をゴソゴソとまさぐった。パキン、と、何かが弾ける音がする。そしてミラルカは、ずるりと自分の右腕を長袖の中から引き摺り出した。

「私の体は作り物なのだ。それに、ほら」

 ミラルカが右腕を握力で粉砕する。粉々に砕けた右腕は、しかしざらざらと音を立てて、掃除機のように袖口へと吸い込まれて行く。瞬く間に右腕が復元された。

「どうだ、よく出来ているだろう」

 自嘲気味に右手を揺するミラルカを、レノーラを含めた一同が絶句して見詰めた。

「吸血鬼ではなかったのか」

 呻くように言う風間をミラルカが見返す。その目を見、矢張り風間は信じ難いと感じる。彼女の悲しみが、己が心に針のように滑り込んできたからだ。

「吸血鬼だ。私は模造吸血鬼である。何故カーミラの姿形にされたのかは分からん」

 ミラルカは言った。

「この体を作ったのが誰かは知らない。真祖か、それ以外の何かか。私は真祖に仕えるように、人間から作り変えられた代物らしい。私が覚えているのは、名前、真祖に仕える事、そして、この体自体が呪いであるという事だけだ」

「呪い?」

「通常、吸血鬼が帝級に至るには、強烈な呪いをかけられるのがお約束だ。しかし私の場合は、そもそもが呪われた産物なのだ。ピノキオの逆さ。それでもピノキオが人間になりたいと願ったように、私も人間に戻りたい。真祖は言った。呪いを解いて人間に戻るには、俺を殺すしかないと。私が絶対に真祖に弓引けない事を承知のうえで奴は言ったよ。だから私は奴に膝を屈しながら、奴を完全に殺す事ばかりを考え、今日まで生きてきたのだ」

「ならば、私と手を組まないか?」

 脈ありと踏んだのだろう。レノーラがミラルカに手を差し伸べる。対してミラルカは、無表情に首を振った。

「今日、ここに来たのは別れを告げる為でもある。ジルとエルジェの一党は、不完全であるも真祖を頂きに置いて本格的に動き出す。もうすぐこの身は抗う術無く、右へ倣えで真祖に従う体となろう。災厄がこの街に降りかかる。我々は次席三席関わらず、真祖の忠実な下僕となり、災厄と化すのだ。しかしながら、私が信じた者達を、私が手にかけるのは我慢ならない。アルカトラズの5人よ。この先、私に出くわさば躊躇をするな」

 それだけ言って、ミラルカは皆に背を向けた。通りすがり、風間の肩にポンと手を置き、更に言葉を残す。

「しかしながら、あの真祖に一矢を報いる事が出来たのだ。実に胸のすく思いだったよ。これで我々は、著しく戦力を落とした状態でお前達に対峙する事となろう。お前達は勝つ。お前達が勝てたなら、私も奴に勝つという事だ。故に斃れる身であろうとも悔いは無い」

 ミラルカは扉を開き、屋敷を立ち去って行った。

「おい」

 砂原衛力が、戸惑いながらも曰く。

「あれは、自分を殺せと言っているのか?」

 砂原の言葉に、レノーラとハンター達は黙した。ミラルカは呪いを断つという目的が、真祖が完全には殺せないと知った時点で適わないと知ったのだろう。故にミラルカは、後事をハンター達に託した。たとえ望み潰えて朽ち果てたとしてもだ。

「羨ましい」

 感慨深げに、レノーラが言う。

「あの情感の深さは、女帝級の吸血鬼には無い。彼女は、まるで…」

 

 

<H4特:終>

 

 

○登場PC

・郭小蓮(クオ・シャオリェン) : ガーディアン

 PL名 : わんわん2号様

・風間黒烏 : スカウター

 PL名 : けいすけ様

・斉藤優斗 : スカウター

 PL名 : Lindy様

・城鵬(じょう・ほう) : マフィア(庸)

 PL名 : ともまつ様

・砂原衛力 : スカウター

 PL名 : M原様

 

 

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ルシファ・ライジング H7-4特【一期一会】