<方向性についての内輪のお話>
ジェイズ4Fに住まう神々に共通しているのは、揃いも揃って『負けた』皆様である、という点だ。と、あんまり調子こいていると本当に祟られそうなので、書いている私も程々にしなければならない。
で、その『結果今一つだった』の神々は、『結果今一つだった』故に、醸し出す神性を意図的に前向き且つ明るく保っていた、という次第である。H6が一際異彩を放つ描写に終始していたのは、実は意味があったという訳だ。
しかしながら、此度の顛末は相当状況が異なっている。強大なフォウ・スペリアの1人、リヴァイアサンが繰り出してきた幽霊戦艦のいきさつは、何しろ暗い。本当に暗い。もがき苦しみ地に腐り果て、或いは海の藻屑と消え去った旧日本軍の将兵が、寄り集まった怨霊である。何処をどう突付いても陰惨な展開が不可避ではないか。
それではイカン、というのが4F神々の総意である。人の心の力とは、詰まるところ前進する志向性そのものなのだと神々は解釈している。暗い水底に引き擦り込まれるような戦いを悪霊相手に繰り広げるは、力を貸す人間達の為にはならない。
神々は会合を取り持って今後の傾向と対策を話し合う事とした。平素は可愛い人間達を働かせてばかり。偶には楽しみの一つも提供するのが神々の嗜みという奴である。
「取り敢えず、女神が脱いで踊るというのはどうか」
「伊邪那岐殿は暑さにやられたのか」
「否、真面目に言っている。脱衣舞踊は我国において極めて重大な効果を伴うイベントであったよ。昔、三柱神の末弟が長女の大事にしていた庭に豪快な粗相をしてね。長女はもう、そりゃ切れた。ブチ切れである。で、長女、末弟を散々にぶちのめした挙句、穴倉をでかい岩で塞いで、その中に身を隠して引き篭もったのだ。お陰で日ノ本に甚大な気候変動が生じてしまってね。そう言えばこんな大変な時にも、次兄はマイペースに月夜を眺めておったな。そして配下の者達が一計を案じる。岩の前で飲めや歌えの大騒ぎを敢行した次第。長女は篭りがちの癇癪持ちではあったが、割に寂しがりやでもあった。其処を上手く突いたのだな。あんた達、最高神たるわらわを差し置いてその盛り上がりは何、と。そしてメインイベント到来である。無理やり指名された結構な美人さんが、見るからに嫌そうな顔で襟首から肩をモロ出しに! 後の展開は皆まで言うまい。どうだね」
「何が」
「いきさつはさて置いて、娯楽を供するという意味ではいいかもしれません。脱衣舞踊。まさか、神様がそんな! みたいな。私は嫌ですが」
「何故かねキルンギキビ君」
「ここで率先して脱ぎます!と言う方がどうかしております」
「ならば伊邪那美殿は」
「断じて嫌です。無理強いしたら、腐肉蛆まみれの姿に戻ってやりますわ」
「そうなると、残る女神はただ1人」
「おお、適任かもしれぬ」
「しょっちゅう踊りますからね、あの神話の神様達」
「彼女にもいいエピソードがあるぞ。昔、戦に勝って興奮の余韻散じ難きゆえ、旦那の腹の上でカッポレ踊り狂うという奴が」
「何だそのエピソードは。鬼嫁か」
「しかし適任ですね。吾もそのカッポレとやらを見てみたいものです」
一同は背を向けて不貞腐れた横臥を見せる、カーリー女神に視線を向けた。自分をネタに好き放題言われているとは、彼女が預かり知らぬはずもない。その証拠に、青黒い肌が更に凄みを増し、髪が逆立たん勢いである。つまり相当に怒っていた。これで『踊って下さい』と言おうものなら一大事だ。
と、不意にキューは鎌首をもたげた。応じて他の神々も四方へと顔を向け、その姿を次々と消して行く。残されたキューは子供の姿を形取り、ソファを置いて飛び乗るようにして座った。
それと同時に、ブライアン・マックナイトが4Fに姿を現す。本日はリヴァイアサンの居る異界空間に殴り込みを仕掛ける、その当日であった。
敵はサンフランシスコの護り手である『破壊』を甘く見てはいない。ただ、その力には波があるものとも見抜いていた。『破壊』の精神状態は未だ混濁しており、疑似科学的に言えばバイオリズムが逓減するポイントに、リヴァイアサンは狙いを定めたのだ。尤も、そのパターンは古い神々も心得ていた。リヴァイアサンが攻撃態勢に入った瞬間になって、初めてこちらも敵を捕捉する事が出来る。その為には格闘人形達を即座に送り込めるよう、万端の事前準備が肝要となる。即ち、それが今日である。
ブライアンは溜息をつき、何時の間にか用意されていた椅子に腰掛け、髪を軽く掻き回した。
「明朗快活な君らしくはありませんね?」
キューが労う。
「しかし、あまり気に病む事はありません。確かに敵は強く、憐れな者達でありますが、彼らに真の救いをもたらせるとすれば、それは浄化以外に無いのです。君達は何時も通りにハンターとして、ないしは人としての信念をもって立ち向かえば良いと思います。さすれば、勝てるでしょう」
「いや、そういう事じゃない。そういう事じゃないんだよ」
ブライアンはキューを遮り、ほとほと困り果てた口調で言ったものだ。
「好みの女が居ないおかげで何かモチベーションが上がりません。ベリアルさんは何処? 出来ればさっさと終わらせて探しに行きたいんですけど」
「…どうやら吾々の心配は杞憂であったようです。しかしまさか、超巨大きりたんぽ(多数触手付)が好みのタイプとは、変わった趣向の持ち主ですね」
<長門について知っている2、3の事柄>
さて、壮行会である。
こうして大事を始める前に、何らかのイベントが催される展開は最早お約束である。主催者のルシンダ・ブレアは面白ハンター仲間、そして面白神々を全員呼び集めて、それ飲み物だ、やれお菓子だと、甲斐甲斐しく働き回っていた。とは言え、人間の姿を取る事に然程気を使わないカーリーやガブリエル以外は、粗方自身の住処ごと会場に出現するという、けだし不条理な現れ方ではあったが。
「カーリー、楽しんでる!?」
ルシンダは相も変らぬボッチスタイルを決め込むカーリーに、大層な無茶振りをしたものである。対してカーリーは案の定、奇怪生物を上から見下ろすような目線でもって返答の代わりとした。が、かようなリアクションでめげるほど、ルシンダもやわな神経の持ち主ではない。
「はい。トマトジュースをあげちゃう。愛情たっぷりだぞう。これでも飲んで、機嫌良くなって!」
ルシンダが促すジュースにちらりと目をやり、しかしカーリーは赤くどろりとした液体に若干興味を持ったのか、黙って受け取り口に含んだ。そして吹き出した。
「何だこれは。野菜の絞り汁ではないか!」
「だからトマトだってば。一体何だと思ったの?」
『捨て置けい。大方、人の生き血とでも思ったのだろう。トマトの滋味を解さぬ者に、それを飲む資格などない』
と、ルシンダがもう片方の手に持っていたグラスが、テスカトリポカの声と共に何時の間にか消えていた。間近に聳え立つ石造りの神殿に彼は居て、先程からルシンダが供する食べ物を黙々と食べている。恐らくトマトジュースを飲み干したのであろうテスカトリポカは、満足を含む鼻息を漏らした。
『そうやって神々と心の繋がりを持とうという心掛けは評価する。尤も、対等な友人関係というのを俺は認められぬが。しかしルシンダ・ブレア。しばらくの間は、その破壊しか脳が無い女神にはあまり関わるな』
「あらあらポカちん、もしかして妬いてるの?」
『断じて違う。そのカーリーとかいう輩、件の敵共の有様を見て思うところがあったのだ。考えに耽る者は邪魔するな。たとえ下劣な神であってもな』
「お心遣いに感謝はするけど、次に下劣という言葉を使ったらブチ殺すわよ」
『吼えるな、雌犬め。お前如きがこの俺に勝てるものか』
カーリーとテスカトリポカという短気の塊が、場を同じくすれば一触即発に陥るのは至極当然ではあった。慌てたルシンダの取り成しで事なきを得たものの、カーリーは心底苛々した風に言った。
「私は破壊する者ではあるけど、その破壊にも意味はあるのよ。私は炎を司る者であり、炎は罪業一切の浄化を司る。あの者共、穢れ多く邪な魂の寄りなれど、救われんとも欲する也。よって私は本能に従い、あの者達の浄化を実行する。以上」
カーリーは吐き出すように言ってから、またトマトジュースを不味そうに飲んだ。ルシンダは目を丸くしてテスカトリポカの住まう神殿を見上げた。
『…まあ、そ奴も神の矜持を捨てぬ者、という事だ』
ルシンダは、ビクン、と体を揺らした。軽く肩を叩かれたような気がしたからだ。
こうして様々な地域の様々な神様が集っているジェイズ4Fだが、中でも一際異彩を放っているのは誰かと言えば、間違いなくキルンギキビ様になるだろう。
何しろマイナーである。キルンギキビ? 誰? エチオピア神話に出てくる可哀想な女神様です。と、そんな風に出自をそらでスラスラと述べられれば、それは余程のマニアである。大体からして当方も、『結果今一つだった』神様を調べる過程で、偶然見つけた体たらくである。
そう、キルンギキビは神としての地位の失墜も、他に比して若干微妙だ。何せその引き金になった要因たるや『男』だったのだから。よって当初は絢爛たるネームバリューを誇る神々の中にあって、何だか物悲しい雰囲気があった点は否めない。
しかし今は違う。彼女の御加護は使い勝手が良いのか結構な人気があり、なお且つ他のシナリオからも彼女に詣でる者が出る始末である。こうして頼られ、親愛の情を寄せられるのは、神という存在にとって率直に力と成り得る。だから、という訳でもないのだがキルンギキビ、少々天狗になりました。
「あ、花壇を設えたんですね、キルンギキビ様。これをもって天狗になるってのは悪意の解釈に過ぎますが」
キルンギキビの質素な家屋の前に、正に花道の如く飾られた花壇を眺めつつ、クラリス・ヴァレンタインは何となく家の門をくぐる事が出来ずにいた。と言うのも先客があり、それが結構な盛り上がりを呈していたのだ。中から元気の良い女性たちの声が聞こえてくる。
『いや、あの、エルダさん? 二礼二拍一礼は違う神様へ御挨拶ですので、私にされるのはちょっと』
『あ、そうなんですか。それでは正式なエチオピア神話の挨拶の仕方を御教授願えますか?』
『え?』
分からないんですのね。と、クラリスが突っ込む。その通りである。
『それはさて置き、私が作ったケーキをどうぞ。お供えものです。代わりという訳はないんですけど、アルベリヒさんという私のお友達の無事を、どうか一緒に祈って頂けないでしょうか』
『まあ、何と愛らしい思いやりをお持ちであります事。ケーキもとても美味しそう。及ばずながら、私からもその殿方の御無事を祈らせて頂きます。氏の次回アクトでは、若干有利な数値判定が為される事でありましょう。それにしてもエルダさん、男絡みという点でどうも私には他人事とは思えません。ささ、その殿方との成り行きについて、私にとくとお話下さいませ。ほら、顔をお上げになって』
『すいません、勘弁して下さい。直視すると目が大変な事に』
クラリスは思わず唇を噛んだ。天然女神様に顔を上げられそうになって必死に耐えるという一連の流れは、私にのみ許されたお約束イベントだったのでは!? 勿論そういうことはないのだが、取り敢えずクラリスはキルンギキビ詣でを後回しとし、此度のメイン詣でであるところの、伊邪那岐・伊邪那美両神に拝謁を伺う事にした。
と、思わば目の前に高床式家屋が鎮座している。ジェイズ4Fが時間と物理的距離の概念がひどく曖昧である事は承知のうえであり、今更驚く程ではない。そして階段を上って屋敷に入ると、何やら熱心な話し声が聞こえてきた。
「あら、こちらも先客有りでしたのね」
『長門と申さば、その昔に日女尊(ヒミコ)が冬の祭事をしていた地ではなかったか』
『銅がいっぱい取れたんですよね』
「いや、だから何回も言いますけど『地名』ではないのです、長門ってのは。41サンチ砲搭載の、かつて聯合艦隊の旗艦を担った事もある、二次大戦を辛くも生き延びつつも原爆実験の餌食になった、その名を聞けば哀惜の念を禁じ得ぬ美しい艦だったんですってば!」
熱弁を振るっていたのはレヴィン・コーディルだった。随分思い入れたっぷりな風であるが、彼女に戦艦好きの設定なんてあったかしらん、等々思いつつクラリスはレヴィンの隣に座った。そして納得する。彼女の手にはカンペが握られていたのだ。誰かに長門がどういう謂れの艦かを教わってきたらしい。
対して遮蔽の向こう側に居る伊邪那岐と伊邪那美は、その姿は見えなくとも、もう一つ反応が鈍い様が手に取るように分かった。クラリスは首を傾げる。此度の手合いは彼らが守護していた日ノ本由来の怨霊であり、両神にしても思うところ多々ありと予想していたのだが。それはレヴィンも気にしていたらしい。不思議そうに、彼女が問う。
「御二方は、そもそも二次大戦に日本が参戦していた事を御存知なんですか? いや、凄く失礼な事を聞いている自覚はありますけど」
『気を使わせ、申し訳ない。国生み以降の日ノ本の成り行きについては、認識がとても曖昧なのだ。何せ現世から離れて久しい。日ノ本の最高位は既に長女に委ねてもいる』
「…そう言えば、何故『長女』さんは米国の大爆撃から日本を守らなかったんでしょうか? 今は復興を遂げましたけど、あの時は何百万人も死んで、都市部も焦土と化したのに」
素直に疑問を口にしてから、レヴィンは慌てて口を押さえ、顔面蒼白のクラリスと目を合わせた。受け取り方を違えれば、それは傷口を広げかねない言葉であったからだ。対して伊邪那岐と伊邪那美は案の定、困惑の気配をありありと伺わせている。少しの間を置いて、伊邪那美と伊邪那岐が言い辛そうに答えた。
『神々は霊的守護を担います。しかし天変地異が引き起こす災い、人が自ら招き寄せた災いについて、日ノ本はあるがままに受け入れるのです。艱難辛苦を受容し、都度這い上がり脈々と連なる。はるかの昔から、日ノ本はそうして永らえてきました』
『それでも、数多くの人々が無為に息絶える様を見て、彼女らが平素を努めていられたとは思わぬ。それはただただ、哀しかったであろう』
「ならば長門の彼らは、連なる命の脈動から外れた、正道を外れた方々なのでしょう」
クラリスは居住まいを正し、深く頭を下げた。
「誰しも死ねば神になる、とは、日本の根幹を成す思想であるはずです。彼らもまた、死んで日本の礎となるべき方々。どうかお力添えをお願い申し上げます。彼らにどうか救済を。彼らを怪の類から解き放ち、帰るべき場所へ誘なう為に」
『分かった』 『分かりました』
伊邪那岐と伊邪那美は、力強く言葉を宣した。
さて。
こうしてクラリスが情感を込めて願い出るからには、此度の御利益は両神何れかから戴くのが常道である。と思うのだが、何と彼女はキルンギキビを選んでしまった。伊邪那岐と伊邪那美はずっこけた。アクトを読みきった私もずっこけた。尤も、伊邪那岐の御利益はH6では印象の薄いマクベティ警部補が請け負うので、クラリスの願いも叶ったり、という次第である。
ソニア・ヴィリジッタは異なる場所に居たものの、クラリス、レヴィンと大和神のやりとりを全て聞いていた。傍らには、背を向けてソファに腰掛けるキューが居る。ソニアは訝しい顔をキューに向けた。
「あの御二方が話されている内容に、若干腑に落ちないところがあるわ。かの国にも神に祈念し、望むところの成就をお願いするという習わしがある事は、知識として知っている。でも、それを御二方は暗に否定しているように思えるのね。私の友人の郭小蓮に、確かキューさんが答えたよね? 私達がキューさんから得ているこの力、実は借り物を供されているのではなく、私達自らが引き出しているのだと。じゃあさ、つまり神頼みってのは、自らに頼んでいるに他ならないって事なのかい?」
「仰る通りですね」
意を得たりと、キューが指を鳴らした。
「君達は、この世界が保持する可能性を表現する手段を持つ者です。人間が想像出来る範囲内において、その全てが実現可能である。とは、君達に近い時代の天才科学者の言葉です。それは概ね、当たりです。君達の想像力に不可能の文字は無い。君達は想像力の可能領域を、飽くなき探求心でもって少しずつ広げています。その道筋を、吾は正しい在り方だと認識しております。しかしながら、サマエル跳梁とルシファ侵攻の危急にあっては、対抗する為の飛躍的手段が必要になる。それが吾であります」
成程、とソニアは思った。ただ、かつての古い神々は、もっと積極的な介入を人間達に向けて行なっていたのではないか、とも考える。それが時代の移ろいと共に、神々の認識も変容した、というのが当を得ているのだろう。確かに昔ほどには、人は神頼みをしなくなっている。それは知識と情報の拡充、技術革新によって、想像力の可能領域が広まった経緯と深い繋がりがあるようだ。
少なくともジェイズ4Fの神々は、自らが身を引いて異なる次元へと移転する事を受容した存在なのだろう。そしてその傾向は、先の世界で一段と進んで行く。人間が一歩、また一歩と階段を上るに従って。ならば、天使や堕天使達というのは。
『…その流れに真っ向から抗おうとしている、と考えられるんじゃないかい?』
何時の間にか背後に立たれたような気配を覚え、ソニアは背後へと振り向いた。視覚的には誰も居ないが、確かにガブリエルが其処に居る。
「私の考えを読み取るのは戴けないんだけど。プライバシーもあったもんじゃない」
『これは失敬。しかし我らが何であるか、を考えるのは中々に楽しい事だ。多分ルシファやミカエルは、そんな事ぁビタ一文も頭に巡らしゃしないだろうがね。あいつらが馬鹿正直にハルマゲドンを引き起こそうとしているのは、決まり事を順守させる為だ。何故順守を人間に強制するのかと言えば、それは自分達の存在意義を圧倒的に認めさせる為に他ならない。名目上は御父上に向けて、となってはいるが、その実思い知らせる手合いは人間なんだ。きっとほとんどの天使や堕天使、或いは悪魔には、そんな自覚はありゃしないのさ』
「その点で言えば、貴方、ガブリエルさんは独特な位置に居るもんだね。天使でありながら、古い神々の思考手段との相似が見受けられるもの。即ち、世を人に委ねるっていう」
『俺はシンプルに物事を捉えているだけの、ディーンに説教をくらったしょんぼり大天使さ』
そう言うと、ガブリエルは立ち去る気配を見せた。が、その手前でソニアが彼を呼び止める。
「御助力に感謝するよ。感謝ついでに良い機会だから聞いてみたい事があるんだ。イスラム教徒からの信仰の力は得ているの?」
『得ているよ。と言うか、キリスト、ユダヤ、イスラムは、みんな同じ御父上を崇めているじゃないか。どうして其処から人間同士が敵対するのか、こいつぁ多分ルシファやミカエルも理解出来ていない』
「聖油とか、天使返しの紋様の存在については?」
『聖油か。多分だが、この街の何処かにあるぜ。紋様は、既にお前達の仲間の1人に授けている。尤も、おいそれと人間に施せるもんじゃない』
「ウィンチェスター兄弟の事は、放っておいてもいいのかい? 確かに私達も大変だけど、彼らはルシファと真っ向勝負しなきゃいけないんだろ?」
『それこそ、出来る手段は既に尽くしている。彼らを救うのは、最早彼ら自身を除いて他には居ない』
言って、ガブリエルは笑った。正確には、笑ったような雰囲気をソニアに寄せた。その笑いには嘲りといった否定が無い。ただただ健やかな笑いであった。
『俺は信じるね。あの兄弟を。そしてお前達を。人間を』
殴り込みの頃合へと状況は近付きつつあった。既にハンター達は格闘人形に身を移し、意味があるのかどうかは分からないが、ストレッチなどに勤しんでいる。
と、彼らの目の前に大画面のスクリーンが浮かび上がった。状景は前回とほぼ同様、フォート・ポイントの北端付近を映している。その中央に、膝をついて顔を一点に向ける女の姿があった。破壊者、シルヴィア・ガレッサである。
『あー、クライングフリーマン読みたい』
いよいよリヴァイアサンの再侵攻を迎え撃つという状況を前にして、シルヴィアによる第一声はそれだった。
『昔、素で勘違いしていたのよね。私、フライングフリーマンだと思っていたのよ。何時になったら空を飛ぶんだと思っていたら主人公、人を殺しては涙を流す細マッチョだったのよね。勿論空を飛ぶ能力は無い。それはさて置きやっぱりいいわね、小池先生は。涙を流す元陶芸家の殺人マシーン、っていう躊躇そのもののキャラ立てから、あそこまで話がゴンロゴロゴロと転がって行くんだもの。紅白のブリーフを両手に持って全裸で手旗信号を送る場面には、笑うところなのかそうでないのか対応に戸惑ったけどね。ともあれキャラを立てるところから作劇を始める。実はそれ、H3のメインコンセプトだったのです。小池先生に敬意を表して、本当は『ん』→『ン』に全変換するつもりだったのよね、H3のリアクションは。あまりにも面倒なのでやめたけど。だから今回は一部だけ『ン』変換を実行してみました。読み辛かったですか。そうですか』
ベラベラとしゃべるシルヴィアの、言い聞かせている相手が誰なのかは全くもって不明だった。いよいよ火蓋が切って落とされる直前であるにも関わらず、シルヴィアは何処まで行ってもシルヴィアである。
場面転換。シルヴィアを包囲する悪魔達の、更にその包囲網へ向けて静かに歩みを進める一団が映し出される。此度共闘するハンター達、シルヴィアと愉快な仲間達(除くシルヴィア)だ。
「おや、1人居ないようですが」
ソファ越しに、キューが首を傾げる。かの面々にあって最大の戦闘力を誇る、ポイントゲッターの姿が確かに見当たらない。あ、とクラリスが声を漏らした。キルンギキビに拝謁していた少女が言っていた話を思い出す。
そして事態は一変した。
前方から光が閃いた直後、周囲一帯に雷の比ではない轟音が鳴り響く。俯瞰から眺められる画面上では、それを機にほぼ全ての動きが把握出来た。強力な一撃を弾いて、いきなり血を吐くシルヴィア。即座に進行を開始したハンター達。迎撃すべく蠢く悪魔共。そして、ここではない何処かに居るリヴァイアサン。幽霊戦艦長門。
「っしゃあ!」
レヴィンが派手に両頬を叩き、自らに気を入れる猿叫を放った。
「クラウ・ソラスに斬れないものは無い。憎悪を斬る。怨念を斬る。特にリヴァイアサンは念入りに八つ裂きじゃあ。先生、今回も宜しくお願い致します!」
『うむ。此度も儂の力と存分にリンクするが良い! と、その前に懸念事項が少々』
ヌァザ・アルガトラムは顔を傾け、もう一人の加護の者、ブライアンを見下ろした。今に至るも、まだテンションが上がっていないらしい。これでは旺盛な戦神の本領を発揮出来ぬと、ヌァザが困り果てる様を見かね、キューがブライアンだけに聞こえるように、そっと耳打ちを施した。瞬く間にブライアンの顔が、喜色満面の色を取り戻す。
「行くぜ、俺以外! パッと終わらせてパッと帰るぞ! 面倒臭い事は、全部お前らに任せた!」
それは男が女に言う台詞じゃあないでしょうが。と、一同の声なき声が唱和する。しかし女性の皆々は顔を赤らめて俯いてしまった。ブライアンに仕込まれたモテ呪いは、かくも凶悪な代物であった。
『…キュー殿、何をか
の者に吹き込んだのだ?』
「べリアルの現在の居場所ですよ。伊勢の宮、月夜見の社」
ヌァザの問いに、キューが澄まし顔で答える。
「全てが決着すれば、かの地に向かう事も出来ますよ、と。呪いの解除を願い出るとの口実はブライアン君の考えですが、理には適っていると思いますね」
『しかし、それでは…』
伊邪那美が疑問を呈する。
『このゲーム中にべリアルと再会するのは不可能なのでは?』
「盛り上がって参りました!」
どちらかと言えば、キューは悪魔に近いのかもしれなかった。
<這い摺る艦>
海戦が砲雷撃戦によって雌雄を決する時代は比較的長く続き、長門はその時代の終焉間近に作られた戦艦である。
当時の最新鋭かつ世界有数の性能を誇ったその戦艦は、軍事大国へと駆け上がる日本を象徴する存在として、二次大戦中も広く国民から親しまれる存在であった。だからこそ、原爆実験の標的艦として沈むという屈辱的な終焉を迎えた長門は、まだやりたい事が沢山あったはずの人々の執念が、集約される場として最適だったのだ。リヴァイアサンという堕天使は、人間の業を存分に利用したのである。
初弾を発射した主砲の吐き出す黒煙が漂う中、長門は一点に定めた狙いを外していない。水底から這い上がった痛々しい姿そのままであるものの、戦艦としての威容を示そうとする姿一点のみにおいて、長門には未だ戦艦としての誇りがあった。しかし続けざまの斉射を前にして、長門の巨体が生々しく打ち震える。それは長門そのものに取り憑いたリヴァイアサンの、込み上げる笑いであった。
『痛かろう。さぞかし痛いであろうなあ』
リヴァイアサンが言う。それは呟きではなく、『向こう側』に居る砲撃を阻む者に向けての言葉であった。尤も、それが相手に届いているか否かに、リヴァイアサンは頓着していない。
『この砲撃は物理的破壊力のみに頼っているのではない。恨みである。憎しみである。悲しみである。家族を残して死地に赴き、その家族すら爆撃で蹂躙された人々の怨念そのものである。邪悪な街の護り手よ。お前が並のアンチ・クライストでない事は先刻承知だが、人の心は長門の慟哭までをも受け止め切れるのか?』
六門の41サンチ砲が一斉に火を噴いた。6つの光弾は螺旋でうねりながら1つへと集約され、『この場』の境界を越えて『向こう側』へと突進する。前回はゴールデンゲート・ブリッジを両断するに留まったが、破壊力を一点集中させた此度は次元が違う。着弾すれば、ゲールデンゲートパーク程度の面積が更地になる。つまり3、4発でサンフランシスコは壊滅する。
対して砲撃を阻む者、『破壊者』は、前回の手合わせよりも格段に力を増した異能でもって、激突してきた光弾を相殺した。しかし小さな悲鳴が上がる。リヴァイアサンの言う通り、苦しみ悶えて怒り狂う怨霊達の咆哮が、ダイレクトに心へと飛び込んできたからだ。幾らアンチ・クライストとは言えど、たかだか30歳にもならない人間が耐えるには厳しい。
しかし、ともあれ『破壊者』は耐えた。それには彼女の力が以前より向上していた事に加え、もう一つの理由があった。
『…長官? どういう事なのでしょうか?』
リヴァイアサンは艦橋に1人座る、日本海軍の軍服に身を包んだ初老の男に呼び掛けた。対して男は、腕を組んだまま反応を見せない。構わずリヴァイアサンが続ける。
『解せませんな。二発目の威力を敢えて落としましたね? 長門を突き動かす人々の力を結集し、全精力をもって米国を灰燼に帰さねば、彼らの魂は昇華出来ません』
『それでも、あの街を守ろうとする者には決死の覚悟があると見た』
長官は目を見開き、短く告げた。
『そして覚悟に見合う価値が、あの街にはあるのだろう。街に住まう人々は、わし等の敵ではない。これは軍事的作戦行動ではなく、無差別の虐殺である』
『成る程、未だ侍魂を忘れず、という訳ですか』
リヴァイアサンの言葉に嘲りや見下す気配は無く、率直な賞賛が篭っている。長官は自国と米国の戦争に、勝ちの目が無い事を当初から見抜いていた、当時としては少数派の冷静な軍人である。かような戦に百万将兵を巻き込んで行く事に、死の間際まで悔悟の念を抱いてもいた。そんな彼であるからこそ、敵は多かったが慕う者は同じかそれ以上に居た。長官の名の下に集結させた霊魂があって、初めて長門は今一度息を吹き返したのである。よって長官という人選にリヴァイアサンは悔いていない。勿論利用する対象であるが、それとは別にして敬意に値する人間であるともリヴァイアサンは認識していた。天使や堕天使としては珍しい思考である。
だからと言って、攻撃の手を緩めるつもりはリヴァイアサンには無かった。決めた事を途中で止めるつもりもない。何しろ長門の主導権は彼が握っている。長官や霊魂達は、力を引き出す為の原動力以上にはならないのだ。
そして第三射を構える途上、リヴァイアサンは違和感にかられ、全方位を見渡した。何かが『こちら側』に侵入してきたのだ。それが意味するところは尋常ではない。人間には果たし得ぬ異空間への侵攻を、敢えて実行出来る者が居るとすれば、それは人間であるはずがない。しかしリヴァイアサンは、うろたえなかった。
『ああ、ベリアルが対戦した奴等か。どんな連中なのか、楽しみだなあ』
リヴァイアサンは心躍る口調でもって、取り舵一杯を長門に命じた。応じて長門が、敵の侵攻方向へと横腹を見せる。全ての砲塔がゆっくりと旋回し、無数の対空機関砲が上空から襲来する敵へと目掛け、迎撃態勢を整えた。
長門が陣取っている異空間は、ジェイズ4Fに酷似している。と言うよりも、ハンター達にとっては全くの同一ではないかと思える状景だった。
上下左右、そして前と後ろを果てしない白色が埋め尽くす様は特にそうである。ただ、違いがあるとするならば、4Fには地に足を着けられる安定した感触があって、この場所にはそれが見当たらない。ともすれば自身を含めた存在そのものが、気を緩めると曖昧さに呑み込まれる錯覚に陥ってしまいそうである。
しかしながら、ハンター一行にその心配はなかった。彼らは長門を標的とした確固たる意思を持っており、その意思の力こそが、この場においては力と成り得る。既に標的の位置を彼らは見定めており、ハンター達は迷う事無く一直線に突き進んでいた。標的までの物理的な距離間たるや相当の代物だったが、それを埋められるだけの移動手段を此度のハンター達は、正確に言えばレヴィンは携えている。
即ち、『助けてキルゴア中佐!』。猫友達のイゾッタから借り受けた、ジェイズお得意の変態アイテムである。尤もレヴィンは、まさか自分達がヘリに乗って進撃出来るところまでは想定していなかったようであるが。
『何だ、海が凪いでいるではないか。こんなものが海と言えるのか。実につまらん』
「いや、多分海とか、この空間には存在していないから」
レヴィンが中佐に恐る恐るの調子で突っ込んだ。
キュー謹製の異常アイテム『助けてキルゴア中佐!』は攻撃ヘリ同様、中佐までもがご丁寧に再現されている。サーフィンを安全に楽しみたいという動機で、村一つを木っ端微塵にしたあの中佐である。元ネタの登場人物中、2番目に頭がどうかしているあの中佐である。レヴィンの腰が引けるのも無理はない。ちなみに1番のピちがいは勿論大佐だ。
「おい、見えたぞ。どうやらあいつが長門らしい!」
操縦席のスペースに後ろから身を乗り出して監視していたブライアンが、皆の注意を促すべく怒鳴り声を上げた。そうでもしないと、ローター音があまりにも騒々しいからだ。応じて皆々が思い思いにブライアンの指差す先を注視した。
目に痛いほどの白色世界にあって、確かに僅かな黒点が見て取れる。全長220m超の戦艦が芥子粒くらいに確認出来るのであれば、まだ相当に距離の開きがあるという事だ。
「こちらが把握出来たって事は、向こうにもこっちの存在がバレているかもね」
とは、ルシンダ。しかしソニアが首を横に振る。
「とっくの昔にバレてるよ。私達がここに侵入した時点で。何しろリヴァイアサンの縄張りだもの」
ベリアル戦を潜り抜けたハンター達にとって、その台詞には説得力があった。それでも、あの時はベリアルが作り出した模造世界の中であったが、この異空間は些か事情が異なっていると見ていいだろう。ここがジェイズ4F同様の、神々や天使だけが立ち入る事の出来る世界であるならば。つまり、一から十まで敵の掌の上にある訳ではないという事だ。だから真っ向勝負は成立する。ハンター達は、そう信じた。
しかし、それにしても中佐である。ハンター達の耳目が何となく彼に集中する。この場にあって、彼という存在の浮き具合は尋常ではない。中佐は無線で『スーパーアタック・フォーメーション』等と連絡を取っているが、僚機は居ない。編隊を組めないので、アタック・フォーメーションもへったくれもない。ヘリの搭乗者は中佐しか居ないのだが、彼は操縦席に座っていない。一体誰がヘリを飛ばしているのかとの疑問にあまり意味はない。ないない尽くしである。中佐はあくまでマイペースを崩さずにこう言った。
『俺は軽いサーフボードが苦手なんだ。重い方に慣れているのでね。ところで諸君、サーフボードは重い奴と軽いのとどっちが好みなんだ?』
『は?』
と、呆気に取られた一同が当然のように唱和。そしてかようなリアクションを中佐が意に介さないのも当然の如くである。
『いや、ボードの話は後回しにしてくれ。これから低高度最大戦速、朝日を背中に突撃を敢行する』
「朝日なんて何処にもありませんが」
「そもそも作戦開始の時間は夜だったし」
「この世界には朝とか夜とか関係なさそうだよな」
『音楽をスタートだ。神経戦だ。スピーカをぶち破る勢いで存分に聞かせてやれ』
「音楽って、やっぱりアレなのね」
『ワーグナーだ。奴らは震え上がる。面白いぞ。さあ、踊らん哉』
そして『ワルキューレの騎行』が、スピーカどころか鼓膜を破らんばかりに、ほぼ空間全体を支配するかの如く鳴り響いた。
当然ながらリヴァイアサンはワーグナーで震え上がる事は無く、大音量をかき鳴らして『俺はここに居るぞ!』と言わんばかりの飛行物体に苦笑した。しかし標的の速度は笑っていられる代物ではない。リヴァイアサンは注意深く狙いを定め、主砲六門を一斉射した。
六つの光弾がヘリへと目掛け、一直線に飛翔する。しかしリヴァイアサンが想像した、消し炭すら残さず粉砕する絵姿は現実にならなかった。敵は長門の挙動を予測し、砲弾到達前に機体を沈み込ませたのだ。
『ほう』
リヴァイアサンは感嘆の声を漏らした。元の性能を局所的になぞらえている長門は、主砲の装填速度という面での弱点を抱えている。突撃してくる敵の速度に追いつかないと判断し、リヴァイアサンは対空機関砲の弾幕準備を構える。その時、飛翔体から何かがバラバラと落ちてくる様を見た。鋭敏な視覚がその形を捉える。
『あれは、人間か?』
しかしそれらへの注意を後回しとし、長門は逆立つハリネズミの如く銃弾を噴出した。ヘリは大きく迂回を仕掛け、追随する機関砲をかろうじてかわし、ロケットをこれでもかと噴進させる。少なからずが横腹に命中し、長門の其処彼処から苦痛の呻き声が上がる。船体が震える。リヴァイアサンは舌を打ち、回避行動を取るヘリにようやく銃弾を捩じ込んだ。
ローターが弾け飛ぶ。機体が砕け散る。墜落。だが、ヘリは落着点を長門へと見定め、対空機関砲が集中する艦橋の根元に衝突した。爆発炎上。立ち上る黒煙。が、煙には徐々に白いものが混じり始めており、遂には艦橋全体を包み込んだ。それが呪的な効果を持つ代物だと知り、遂にリヴァイアサンは猶予をもっての対処を頭から外した。
相手はヘリに、こちらを呪的に目眩ます手段を搭載していたのだ。そしてそれは、先に投下された人間達の所在を曖昧なものとしている。
『こと戦い方に関して言えば、人間の方に心得があるのだろうな』
リヴァイアサンが嘆息する。
しかし真に腹を括らねばならないのは人間、ハンター達の方である。リヴァイアサンは傲岸不遜な堕天使ではなく、自らに足りない部分を認める冷徹な意識を持つ化け物だった。つまり、強敵なのだ。
「ああっ、中佐が!」
「中佐殿!」
「カミカゼ、ハラキリ!」
ヘリが艦橋の根元に突っ込む様は、ハンター達にも視認出来た。確かに1アクト1回こっきりの御登場で、かつ次回使用すればムリムリと復活する中佐である事は分かっている。人の話を全く聞かないコミュニケーション不全である事も承知のうえだ。しかし機体ごとぶつかって爆散というど派手な最期を遂げた中佐に、思わず一同は敬礼した。さよなら中佐。また今度。と、酷い話であるが中佐にかまける暇は無い。
レヴィンが仕込んだ欺瞞煙幕は、たとえ効能僅かであろうと長門の目を潰す事に成功した。ただ、相手は『4人の貴公子』の1人である。故に反撃態勢完了の暇を与えずに何処まで肉迫出来るかが、この戦いの第一関門なのだ。
それにしても、だった。
「これ、地面の概念とかどうなってんだい!?」
ソニアがたまらず叫んだ。確かに彼らは地に足をつけて走っている訳だが、肝心の地面が何処にも見当たらないのだ。何しろ彼ら自身と長門を除き、何処も彼処も純白以外の色彩が見当たらない。空中を掻き分けて進んで行くような錯覚すら感じられる。格闘人形の身でなければ、3D酔いをするところであった。他に妥当な例えが思いつきません。
ただ、そのお陰で一行は長門の砲火からの死角となる、船底への回り込みを仕掛ける事が出来た。通常、海に浮かんだ戦艦相手に出来る機動ではない。長門は未だハンター達を把握出来ておらず、第一関門突破は目前と彼らは見た。
「先行で襲撃を仕掛ける!」
ブライアンが叫ぶ。彼の人形は他に比し、速度に関して頭二つ飛び抜けた性能を誇っている。ブライアンは背を丸め、極度の前傾姿勢でもって一気に加速をつけた。
あっと言う間に仲間達が遥か後ろへと置き去りにされる。新幹線とかけっこをして鼻歌混じりでも勝つという、滅茶苦茶な速さであるから当然だ。見る間にブライアンは長門へと迫り、次いで大型のナイフを腰から抜いた。ヌァザの加護、クラウ・ソラスを刀身に宿す。件の巨体に何処まで通用するかは知れないが、最接近して切り刻んでやる。その意図をあと一息で達成出来る寸前、しかしブライアンは長門の異様な挙動を見る羽目になった。
長門は縦の軸を中心として、ぐるりとその身を反転させたのだ。都合、全ての砲門が死角を消去する。ブライアンは背後を顧みた。仲間達が砲撃の範囲内に収められてしまっている。と、思うと同時に長門の主砲がまたも一斉射した。
凄まじい轟音と衝撃波をまともに浴び、ブライアンが耳を押さえて転げ回る。人形には何らのダメージを負っていないものの、集中砲火を浴びた仲間達はどうなるのかと、ブライアンは戦慄した。
『直撃だ』
リヴァイアサンが快哉を上げ、しかし直後に驚愕する事となる。狙い違わずハンター一団に命中したはずの砲弾が、そっくりそのまま長門目掛けて跳ね返ってきたからだ。即座に艦体を沈下させたものの、一発が後部甲板に激突し、装甲を深く抉り取った。爆炎が噴き上がった箇所を瞬く間に修復しつつ、リヴァイアサンは舌を巻いた。
さすがに、ベリアルが追い込まれただけの事はある。というのが率直な感想だった。彼らが人間であるとはリヴァイアサンも確信していたが、古い神々と存分に同調している者達でもある。
(古い神々と人間が隔絶された現代は、連中を駆逐するも容易い。しかしあれ等は、かつての結びつきを取り戻そうというのだな)
ならば、手強いのも道理である。かつて名も無き神が局所的な影響力しか及ぼせなかったのは、広範囲で古い神々が土地毎に君臨していたからに他ならない。その威光と権勢を体で示す者達が、長門に向かって来る訳だ。
しかしリヴァイアサンは、どっしりと構えるはずの巨体を、敢えて引き摺るように機動させた。そして畳み掛けるように照準を合わせ続ける。跳ね返されるのはリヴァイアサンも承知していた。それでも砲撃を続行するのは、其処に勝機があると見たからだ。
長門が距離を置いて砲撃を続行する意図を持っている事は、ハンター達も理解していた。そしてそれが愚策ではない事も。
足をもつれかけさせたクラリスに、ルシンダが慌てて肩を貸した。
「ちょっと、大丈夫!?」
「大丈夫…大丈夫ですわ」
言いながら、クラリスは本来の人形らしいギクシャクとした動きで身を持ち直した。身体そのものに打撃を被った訳ではない。傷付けられたのは、心である。それも『向こう側』に居る人間の方だ。
サンフランシスコを守護する『破壊者』同様、クラリスも長門の妄念に心を撃ち抜かれていた。キルンギキビの加護でもって砲撃を応報する事は出来たものの、自身の精神への負担は殊のほか大きかった。加えて純粋な破壊力も、ベリアルのそれと引けを取っていない。良くシルヴィアは耐えられたものだと、クラリスは場違いながら感心した。
クラリスのダメージは、仲間達にも知るところであった。このまま到達までに砲撃を浴び続ければ、彼女の精神が破壊されかねない。故に畳み掛ける必要がある。一同は長門が装填を終えるまでに、最大級の攻撃をぶつける事で認識を一致させた。
先ず、ソニアが魔術植物の調合第五段階『幻魔』を行使する。出現させたのはジーザス・クライストの巨大なホログラフィだった。日本由来の怨霊達に通用するものでもないが、彼らを操るリヴァイアサンには、少なくとも狼狽する気
配が見えた。長門の対応が遅れる。其処を突く。
ルシンダの体にテスカトリポカの漆黒の気配が纏わりついた。ソニアの全身にカーリーが駆使する紅蓮の炎が這い回る。そしてマクベティ警部補は、伊邪那岐の威光をその身に降ろした。
「居たんだ、警部補」
「相変わらず存在感薄」
「余計なお世話だ」
3人は古い神の加護を一斉に長門へと集中させた。
長門の艦体が爆発的に発生した炎に焼かれ、同時に致命へ至る業病が船首から船尾を包み込む。少し遅れて、光り輝く雨が長門へと静かに降り注いだ。
直後、空間全体に数千数万の悲鳴が轟いた。聞くに耐え難い苦痛の絶叫を放っているのは怨霊達だ。長門の形状が目に見える形で微妙に歪む。効果はあった。それも絶大な効果が。しかし長門は、主砲を轟然と撃ち返してきた。
一行に砲弾が直撃する寸前、クラリスのンパギ・ムルが再び跳ね返す。しかしクラリスの全身が痙攣して波打ち、勢い右足が弾け飛ぶ。たまらず彼女は倒れ伏した。
「That’s hell. Holy Shit! あらあら、私とした事が汚い言葉を」
クラリスは『飛翔』の札を冷静に選択した。足を使えないなら、こうした手段をハンターである自分は持ち合わせているのだ。それが分かっているから、仲間達は二度彼女を慮りはしなかった。各々は今が好機と見定め、各々の最接近する手段を準備している。
と、長門艦橋の根元から、小さく輝きが明滅するのが見えた。リヴァイアサンが何らかをしでかそうとしているのではない。むしろリヴァイアサンにとっての、アクシデントが発生していたのだ。
『…やれやれ、取り付かれてしまったか』
砲撃への没入と先の異能攻撃集中打で生じた隙を突かれ、何時の間にか敵側の1人に長門へ乗り込まれてしまった訳だ。リヴァイアサンの溜息は深い。
取り付いたハンター、ブライアンは、矢張り他の者達同様に古い神の異能でもって、艦橋への扉を矢鱈に切り刻んでいる。切り開かれては即座の修復で閉じてはいるものの、ダーナ神話の神の加護は大概であった。突破されるのは時間の問題だろう。
そうなった場合の対処も、無論リヴァイアサンは考えていた。長門の怨霊達では、恐らく物理的に彼らを阻む事は出来ないだろう。それを承知しながら、リヴァイアサンは別の手段を考えていた。人間相手には相応しい手段というものがある。見たところ、敵の一団は人間の度を越えて頑強であったが、幾つかの攻撃を経て確信した事実があった。彼らの心は、脆弱な人間のままである。
と、リヴァイアサンは対空機関砲を反射的に乱れ撃った。間近で取り付く者に気を取られ、飛翔しながら押し寄せて来る一団への対処が遅れてしまったのだ。最早主砲は間に合わない。そして勢いに乗じ、敵の1人が結界のようなものを仕掛けてきた。遂に機関砲群まで封じ込まれる。
『来る』
リヴァイアサンが身構えた。桁違いの攻撃を被る事を彼は予測し、そしてそれは第一主砲塔目掛けて振り下ろされる。
最強の攻撃力を誇るレヴィンのクラウ・ソラスが、主砲塔から艦底までを一刀両断に斬り裂いた。艦の4分の1ほどが真っ二つに裂ける。自動修復が追いつかない。リヴァイアサンは本体の傷口を即座に遮断したものの、切り分かれた船首近辺がけたたましく爆散した。現実の海、かつ現実の長門だったなら、この時点で轟沈していただろう。
『これは、ルシファが癇癪を起こすかもな』
フウ、と大きく息つき、リヴァイアサンは次々と取り付いてくる敵達と、遂に艦内へと至る大穴をこじ開けたブライアンを凝視した。
内部は狭く、暗い。マストの各階層は入り組んでいるものの、長門の中枢は艦中央部の戦闘指揮所にある事は予想出来た。何しろ指揮所は艦の全区域に指令を出す役割を担う。それは幽霊戦艦となった長門であっても普遍であるはずだ。
ハンター達は既に全員が長門に取り付き、艦内部への侵入を果たしていた。ここまでの侵攻は、クラリスがダメージを負ったとは言え、かなり順調に進んでいる。しかしながら長門の、リヴァイアサンの中枢に肉迫するにつれ、様相が異なってくる。身体能力が目に見えて鈍磨したのだ。
「重い、体が凄く重いんだけど」
体を引き摺りつつ、ルシンダが歩を進める。回廊を進み、階段を上がるにつれ、圧迫は一段と酷くなっていた。まるでハンター達が使う結界を、逆に行使されているかのようだ。前方ではレヴィンとブライアンが目に見えない壁を粉砕する意図でもって、刀剣類で空を斬り裂いている。警部補もベレッタを前方に撃ち込んで援護しているものの、その表情には深い違和感が刻まれていた。
「何故だ?」
肩を貸しているクラリスに警部補が問う。
「俺はともかく、あの2人だ。装甲に穴を空け、船首を叩き斬るような連中だぞ。クラウ・ソラスは全てを斬るんじゃなかったのか」
そう言われて、クラリスも怪訝な顔になった。斬れぬもののない力。殊にレヴィンは、ベリアルが作り出した模造世界すら両断したのだ。まさか、と思う。クラリスはしんがりのソニアに依頼した。
「炎の浄化をお願いしますわ」
「何だって? こんな狭いところで使ったら、私達も巻き込まれるじゃないさ」
「どうせ人形なんだから、死にゃしないですわ」
更に促されたソニアは、躊躇したものの『紅蓮業火』の行使を念じて閉目した。そして間を置かずに目を見開く。ソニアの顔には、クラリスや警部補以上の驚愕があった。
「加護が通用しない。体だけじゃなく、能力そのものも減殺されている!」
ソニアの言葉は、瞬く間に一行に透徹した。格闘人形であるアドバンテージが、長門内部では無効化されてしまう事を、彼らはこの時点で初めて知った。そして、一旦退いて外部からの攻撃に切り替え、態勢を整え直すべきだとも。しかし即座に後退へと移る彼らに対し、唐突にその声が呼び掛けてきた。
『まあ、そう急ぐ事はなかろう』
ひどく落ち着き払った声音が告げる。その声が誰のものかは明白だった。レヴィンが枯れた声で問う。
「リヴァイアサン?」
『そうだよ?』
如何にも面白いといった風にリヴァイアサンが答える。
『お前らも街を守護する者という訳か。あまり期待しないで言うが、退いてくれないかね? さすれば見逃してやろう。何であれば、街から逃げる猶予も与えよう。俺の狙いは、かの街に張られた強大な防御を剥ぎ取る事にある。その後に街を破壊し尽くす。その間に一定の時間を供するという訳だ。どうだろうか?』
「人が大勢死ぬじゃない」
『死ぬよ? しかし人はまた増える。鼠の如くな』
『ふざけるな』
抗するハンター達の怒声が、ほぼ一斉に放たれた。クラリスが鬼の形相でリヴァイアサンに言う。
「退くのはあなたの方ですわ。こんな、悲壮な死を遂げた方々に鞭打つような真似をして。彼らを解放しなさい。そして悪魔は悪魔らしく、地獄に戻りなさい」
『困ったな。俺としては相当に譲歩していると言うのに。それから、確かに俺は日本将兵を利用している。しかし彼らも利用されている事は承知のうえなのだよ。それでも憎悪を昇華させたいとの望みと、俺の思惑は合致している。共闘状態という訳だ。それは米国に平等な死の猛威を振るう事で達成される。憐れな末路を迎えた長門による報復でね』
「…例の反応爆弾の実験では、アメリカの艦だって実験に使われているじゃない。何を手前勝手な事を」
ソニアの言葉に、リヴァイアサンは『ふむ』と呟いた。
『確かに不要艦の利用という意味では同じ事かもしれないな。しかし人間の女、勝った側と負けた側では捉え方が異なる。長門は随分と親しまれた戦艦だったようだ。解体されて物資を再活用されるならばまだしも、あれでは屈辱の上塗りだよ。戦争に勝った国というのは、負けた国にやりたい放題出来るのが人間の考え方みたいだが、そうだな、たまには逆の目に合わされるのもいい薬になるだろう。さて、時間を無駄にしたくない。今一度告げる。退くが良い』
答えの代わりに、ハンター達は一斉に得物を構えた。
リヴァイアサンにとって、その反応は予想の範囲内である。特段失望した様子も無く、彼は淡々とした口調でハンター達に述べた。
『実を言えば、この艦内でお前達を抹殺する手段を俺は持っていない。怨霊の皆々方も、移し身のお前らを取り殺す事は不可能だ。だから俺は、別の手段を考えた。まあ、見るがいい』
その直後、艦内の景色が一変した。
<疾風怒濤>
「何じゃありゃあ。偵察機か?」
家の前をホウキで掃いていたお爺さんは、蒼天に伸びる一筋の飛行機雲を見上げた。こうして米軍機に本土を飛び放題にされる状況も昨今では当たり前で、あのような一機のみの飛行では容易く動じなくなって久しい。お爺さんは頭を振って、再び掃除を始めた。工場勤めの婦人達は既に出掛けているものの、通りは今もそれなりに人出がある。お爺さんは額に流れる汗を手拭でふいた。今日も暑い日になりそうだった。
「爺ちゃん」
と、後ろから子供に声を掛けられ、お爺さんは振り向いた。右隣に住む小学生だった。笑顔を向けつつ、言葉は男の子を一喝する。
「こりゃっ、こがな時間まで何をしとるんじゃ。はよう学校に行きんさい」
「あの飛行機、何か落としたように見えるんよ」
「何じゃって?」
ぽかんと口を開けて見上げる男の子につられ、お爺さんも空を仰いだ。そしてエノラ・ゲイから落とされたリトルボーイが、真っ白な光を撒き散らした。
最初の熱線でお爺さんと男の子が、影も残さずに焼き尽くされた。そして恐るべき爆風が無数の家屋、建造物を瞬く間に薙ぎ倒して行く。水を瞬時に蒸発させる熱風と風圧の破壊力が、無数の人々を殺戮し、やがて爆風は引き波の如く爆心地へと押し寄せた。
ばらばらに砕けた家屋と人間を、膨大な粉塵を巻き上げながら、煙は空高くまで立ち昇って行った。そして粉々になったものが上空で環のように広がる。市井の生活と万の単位の命を食い尽くし、キノコ雲が不気味に、かつ空前絶後の恐怖でもって、広島の街に君臨した。
『お前達、ハンターも良く分かっていると思うのだが、悪魔とはつまり人間の事なのだ。人間が持つ残虐性、我執、欲望が形を成した代物という訳だ。天使が悪魔に堕ちるというのは、情けない話だが、それらに天使でありながら魅入られるという事態なんだよ。それでも、卑劣の度合いでは人間由来の悪魔には適わないな。そして馬鹿馬鹿しい事に、人間は人間のまま悪魔に堕ちる事がよくあるのだ。御父上は、人間が天使や自分自身を超越する存在になると思われていたようだが、これを見ると矢張り疑問を呈するしかない。どんな理屈の元かは興味すらないが、よくもまあ、あんなものを非戦闘員の上に落とせるものだな。遥か昔から愚かだとは思っていたが、矢張り度を越えた愚か者だよ、人間は』
リヴァイアサンが飄々としゃべり続ける状況に比し、その場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
長門を構成する怨霊達による、聞くに堪えない悲鳴と怒号が、耳を塞いでもハンター達の心の中へと、溢れんばかりに捩じ込まれてくる。それは率直に言って、人の心が耐え切れるような代物ではなかった。
既にハンター達は、戦いを続行出来る状態にない。目を剥き、のた打ち回り、意味不明の絶叫を上げ続け、心を破壊されないように抵抗し続けている。しかし次第に狂気が軍隊アリの行進の如く精神を侵食し、それを抑え込む事は到底不可能であった。
『思うに人間の長所であり最大の弱点と成り得るものの一つに、共感能力があると俺は思う。咄嗟に互いの弱いところを補い合う能力は群を抜いているが、群集心理に流されて正常な判断を見失う事もある。それは致命的だ。そうやって大破壊を何度も繰り返し、今に至るもその病理を抱えているのが人間なのだ。其処を突かせて貰ったよ。何も出来ぬまま、精神を圧壊される気分はどうかね? ところでお前は、一体何をやっているんだ?』
と、リヴァイアサンは、倒れ伏した体を痙攣させながら自らの懐に手を伸ばしている、レヴィンの姿に目を留めた。さして気を払う必要もない些細な行動に映ったものの、ここまで追い込まれた状態でありながら、何かをしようとする彼女の姿に懸念を覚える。
そしてレヴィンは、震える手で一枚の写真を取り出し、仰向けの格好で体の上にかざした。えずきながら、喉を潰しながら、レヴィンが言う。
「今の、ヒロシマ」
長門の想念は濁流の如く氾濫していたものの、その実流れる方向は憎悪の一点へと集約していた。群集心理について述べたリヴァイアサンの言説を表すものだった。
しかしながら、リヴァイアサンは堕ちたと言えど天使であるから、今一つ人間の心理を把握し切れていない。それは他の堕天使、高位天使でも同様である。
ほんの僅かなきっかけで、人は立ち止まって我を見直すという自省能力を備えている。これも情動を動機とする人間の本能的な特性なのだ。今の場合は、たった一枚の写真がきっかけであった。青空の下の原爆ドームと、向こうに聳えるオフィスビルを撮影した写真一枚で、怒涛の奔流は流れを変えた。
『これが僕の街なんか?』
まだ幼さを残した声が、レヴィンの頭上から掛けられる。言葉を境に、あれだけ騒ぎ立てていた怨霊達の声が、一旦止まった。合わせてハンター達も弾かれたように飛び起きる。
一同のほぼ真ん中で、ボロボロの戦闘服を纏った若い日本兵が、膝を曲げて写真を覗き込んでいた。彼の顔は3分の1ほどが無惨にもぎ取られていたものの、当の彼に不思議と悲壮な雰囲気は無い。だからレヴィンも、落ち着いて彼に対応する事が出来た。
「そう。さっきの爆弾で街は廃墟と化したけど、残された人達が復興に力を尽くして、今はこうして人がいっぱい住んで、また発展を取り戻して」
『産業奨励館じゃ。なんとまあ見る影もないのう。ほいじゃが、こがな高えビルは東京にも無いんじゃあないか。げに凄いのう』
「いや、東京の方が、もっと高くて、もっと沢山のビルが建ち並んでいるよ」
『ほんまか』
『大空襲で焼け野原と聞いておったが。そうか、東京は今でも凄いのか』
『神戸はどうなったんや』
『仙台は?』
『富山は無事ですか』
其処彼処から、口々に問う声が聞こえてくる。答える代わりに、レヴィンは今の日本の街を被写体とした写真を床に並べた。
「これが、今の日本。世界有数の繁栄国家だよ。奇跡の復興と言われたけれど、実は奇跡じゃなかったんだよね。高い教育レベルと、多方面からの救いの手があったから、ここまでの事を成し遂げられたんだよ。でも一番の理由は、死んで行った皆さんに報いる為に、必ず復活しなければならないって、強い意志があったからなんだよ」
『さあ、今はどうなんだろうな?』
切々と語るレヴィンを遮るようにして、リヴァイアサンが冷淡に述べる。
『既に故国の人々は、彼らを忘却の彼方に追いやりつつある。消費を尽くし、倫理を失い、随分と醜く肥えてしまったものだ、彼らの子孫は。こんな代物に日本を成り下がらせる為に、彼らは死なねばならなかったのかい?』
ハンター達は、其処にリヴァイアサンの本音を見た。
アメリカの蹂躙という目標を達成した後、リヴァイアサンは次に念願の日本侵攻に乗り出すつもりなのだ。数多の神々が寄り集まり、鉄壁の要塞を築いている日本へと。非戦闘員の殺戮を繰り返し、長門を更に発狂させたうえで、この艦自体を神話で言うところの禍津神と化す。
しかし、現出していた若い日本兵が、首を横に振った。
『ええんじゃ、そいでも。忘れられても。幸せになろうとしよるんなら』
言って、日本兵は、ハンター達に階段を指し示した。
『長官は中央司令室に居られます』
全身を押し包むような圧迫感は既に和らいでおり、完璧とは行かずとも、ハンター達は行動の自由を取り戻す事が出来た。先の写真によって軟化したのか、亡霊達の喚く声もピタリと止んでいる。
気に掛かるのは、執拗に囁いていたリヴァイアサンまでもが沈黙を貫いている点だった。これからハンターが向かうのは、長官という名の長門中枢部であり、行く手を遮らねばリヴァイアサンにとって、王手を指し込まれる状況に陥るはずだ。それでも動きを見せないのは、何らかの意図があるからに相違無い。
しかしながら、それについて考える事をハンター達は後回しにした。先ずはこの長門を、サンフランシスコ撃滅の意図をもって復活した幽霊戦艦を、今一度静かな水底へと戻さねばならない。そして彼らは、中央司令室へと至る扉を押し開いた。
既に長官は椅子から起立し、ハンター達を正面から見据えている。鷹の目で射抜かんばかりに観察し、長官は扇の形で取り囲む異国の人々に対し、規律正しい姿勢でもって一礼を寄越した。
「艦隊司令長官、でいらっしゃいますか?」
『如何にも』
クラリスの問いに、長官は顔を上げて頷き、短く答えた。続けざま、クラリスが『世界』を行使する。相手の心に直接飛び込み、言葉に力を持たせる為だ。そして両者の居る場が一変する。
クラリスの眼前には、墜落した一式陸上攻撃機の残骸に埋もれ、椅子に腰掛けたままの無惨な長官の骸があった。骸が顎を揺らし、口を開く。
『無念だ。事ここに至り、最早軍事的優位をもっての和平が全くの不可能とあっては、一刻も早い終結の決断を祖国は下すべきであった。それも適わず、あたら人死にを増やし、彷徨う将兵達に何もしてやれず、かように息絶えて屍を晒すとは』
「まだ出来る事はあります。日本にお戻り下さい。ここは貴官が居るべき場所ではありませんわ。今の日本が、霊的な意味で侵攻を受けている事は御存知ですか?」
『如何にも』
「でしたら、今一度立ち返り下さいませ。このような形ではなく、本来の姿へと。貴官と、貴官の元に集った皆さんには、祖国の守護者として存在し続ける資格があるはずですわ。人は死ねば、みんな神様なのでしょう?」
『…かの者が日本侵攻軍の総大将である事は承知している。承知のうえで、かの者と手を組んだ所以を想像出来るか?』
「今の日本に失望したから、でしょうか?」
『概ね近い。先の若者は忘れられても良い、と言っていたが、私は今もその境地に至っていない。慟哭を遺して死んだ者達に思いを馳せる、ただ、それだけの事の意味すら歪んでいるのが、かの者が教えた日本の姿であった。そのような祖国を、私達は愛せるのかと。かの者が何れは日本を侵す腹であるは知っていたが、もしも将兵達が望むのであれば、それも止む無しと考えていた。彼らを救う事が第一である。先ずは世界を牛耳ったと思い違いをしている米国に、一撃を与えてみせよう。しかし、矢張りこれは戦争ではない。一方的な虐殺なのだ。異国の者に問う。あの街は、君にとって守るに値するのか?』
クラリスは息を大きく吸い込んで、満面の笑みを浮かべて言った。
「はい。あの街が好きです。かつての日本人も、憧れたサンフランシスコじゃありませんか」
『そう、憧れの桑港だ。米国駐在の折に行った事がある。風光明媚な良い街だったよ。あの頃は何もかもが楽しかった』
長官も笑う。
クラリスは寸分違わぬ位置で起立する長官に気付き、彼との短い対話が終わったのだと知った。
既に彼にはサンフランシスコ侵攻の意思が無い事は、その立ち居振る舞いからハンター達も察している。しかしながら、ここで戦を止めるにあたり、何らかのきっかけが必要であるとハンターの1人は考えていた。
ハンター、ソニアが長官に問う。
「帝国海軍御大将。合議を越えて直接貴方に命令を下せる存在とは、誰だか分かるかい?」
『無論である』
「その御方の言葉ならば、受け入れてくれるのかな?」
『是非聞かせて欲しい』
「分かったよ」
言って、ソニアはレコーダーを取り出し、スイッチを入れた。
朕、深く世界の大勢と帝国の現状とに鑑み、非常の措置を以て時局を収拾せんと欲し、茲に忠良なる爾臣民に告ぐ。
音声の状態はかなり劣悪であったが、詔勅が進むにつれて、其処彼処からざわめきが聞こえ始めた。ただ、騒がしい亡霊達が生きている人間に及ぼす嫌悪感は微塵も無く、口々に言う彼らの雰囲気には、率直な驚きと悲しみ、そして少し抜けた明るさがあった。
『このような声をされておられたのか』 『俺も初めて聞いた』 『随分変わった抑揚だな』 『こら、不敬だぞ』 『これが古くからの日ノ本ことばなのだ』 『何仰ってんのか、良ぐ分がんね』 『漢語を駆使されているからね』 『でも意味するところは分かるで』 『さぞ御無念であったろう』 『とどのつまり、終わったのか?』 『本当に終わったのだなあ』 『終わっちまったんだ』
口々に、好き勝手に呟く亡霊達の声を聞きながら、ソニアは肩を竦めて小さく笑った。
「誰1人として玉音放送を聞けないまま、死んで逝ったんだよね。彼らには区切りが必要なんだ。区切りをつける為に必要なきっかけも。放送には、きっかけに成り得る言葉が全て詰まっていると思う。さて長官、どうだろう?」
ソニアに促されても、長官は閉目して放送に聞き入ったままだった。4分程の放送を不動の姿勢で受け止め、スイッチが切られると長官は静かに目を見開いた。そして言う。
『共同宣言は受諾された。詔勅を賜った今となっては、各々があるべき姿に戻らねばならない。復興の力になれぬは無念であったが、祖国の心になる事は出来る。…リヴァイアサン、という者よ』
ふと長官は、場を静観しているリヴァイアサンに語りかけた。
『強大で邪なる者よ。それでも私は、機会を示してくれた事には感謝する』
『…感謝?』
応じたリヴァイアサンの言葉には、初めて動揺らしい色が伺えた。彼に構わず、長官が最後の下命を出した。
『これより長門は帰投する。各人郷里に戻り、良く在るべし』
綺麗な敬礼をハンター達に残し、長官は霧のように消えた。同時に長門を構成する一切合財が、風に吹かれる霞となって形状を喪失し始める。当初長門が纏っていた、憎悪や嘆きを諸共に。
「迷わずに帰れるのかな?」
ルシンダが呟く。
「帰れるさ。伊邪那岐が導いてくれる。そう約束したからな」
答える警部補に、ルシンダは目を丸くした。
「居たんだ、警部補」
「余計なお世話だ」
長門の全てが跡形も無く消えたその場で、むくれる警部補に皆々が苦笑する。が、僅かな安穏な空気も直ぐに失せ、一同は顔を強張らせた。
長門が消え、代わりにそれ以上の巨大なものが鎮座していたからだ。それは率直に言って、化け物であった。蛸と海蛇と鮫を滅茶苦茶に掛け合わせたような奇怪な構造は、進化の過程を無視した代物である。胴体に無秩序な並びでもって張り付く眼球が、一斉にハンター達を見下ろす。その怪物、リヴァイアサンは、ハンター達に奇妙な親しみをもって話しかけた。
『彗星帝国をやっと破壊したと思ったら、中から超巨大戦艦が出て来た気分はどうかね?』
「ネタが古い」
「愛という名の特攻をかますまでよ!」
得物を構え直すハンター達を前に、リヴァイアサンは巨体を細かく揺らした。どうやら笑っているらしい。
『戦いは終わった。写真一枚で全てが引っ繰り返るという、予想もしない結末を迎えてね。人間の怨念が無くば、サンフランシスコに張り巡らされた防御も突破出来ない。まあ、敗北を認めよう』
一同は、腰が砕けそうになった。まさかリヴァイアサンが、こうもあっさりと白旗を揚げるとは。しかし彼は、未だ余裕をもってハンター達に相対している。次に何を言い出すのかを一同は待ちの姿勢で聞き入り、リヴァイアサンは応じて飄々と言った。
『ただ、お前達が長門を力で押し切っていたなら、先も述べた通り超巨大戦艦v.s.特攻の火蓋を切るところであった。しかし、その気は無い』
「何故?」
『一つは、そうだな。俺なりに敬意を表したというところだ。尤も、俺はべリアルのように甘くはない。次の機会には、戦士の誇りにかけてお前達を殲滅する。そしてもう一つは、お前達に慈悲をくれてやろうと思ってな』
言い終えた途端、リヴァイアサンを中心としてハンター達を含めた景色が丸く刈り取られた。そして球体から外が漆黒の闇に覆われる。次の瞬間、ハンターとリヴァイアサンは何処かの海岸に居た。
慌てふためくハンター達は、しかし鋭さを増した感覚でもって、砂浜に設えられたチェアに座る1人の男に目を留めた。
『おい』
ひどく不機嫌そうに、リヴァイアサンが言う。
『諸共俺を消しても構わぬ、という意図を込めていたな?』
「この程度でどうにかなる君ではないだろう。君が彼らをどうするのか、確認したかったのだ。君ほどの者が認めたのであれば、取り敢えず矛を収める価値がある、という訳だよ」
その遣り取りの意味はともかく、ハンター達は男が何者であるのか、見当がつき始めていた。
「出るモンが出た」
ブライアンが腰に提げたナイフを手繰り寄せる。彼らはウィンチェスター兄弟に次いで、再び世界に這い上がって来たルシファを『生きて』目撃する貴重な人間となった。
古い神々の住まう世界に壊乱を引き起こした張本人、ルシファは、ありきたりな私服に身を包んだ中年男という何でもない姿で出現した。その表情から伺えるのは若干の諦念のみである。この世界に天使と堕天使による最終戦争を引き起こそうとするほどの存在にしては、纏う雰囲気は静謐だった。そして凍えるように寒い。海岸沿いは夏の景色であるにも関わらず。
「私の事を、激怒する堕天使と人間はイメージする。だから私には灼熱の炎を伴うものだ、とも。しかし実際は違う」
ハンター達の心を見透かしたように、ルシファが呟く。
「とても冷たいのだよ。地獄の業火というものは。身も心も凍てつく炎。ミカエル達と共に使命を全うせんと闊達であった頃は、そうではなかったのだがね。…ほう?」
ルシファは初めて言葉に興味を持たせた。ブライアンは取り出した得物を再び収める姿を認めたからだ。
「賢明だと思うが、何故かと君に問うよ」
「文章量的に言えば、もう直ぐリアクションが終わる。よって戦いにはならないって訳だ」
ブライアンは実も蓋も無い事を言った。応じてルシファが苦笑する。
「成る程、君達は少し面白い。面白いと言えば、人の身でありながらこの場に存在出来る点もな。では、手短に話を進めよう。私は君達に、サマエルを倒せるだけの理力を授ける準備がある」
「何だって?」
「サマエルが張った障壁の突破は、今となっては不可能だ。故に内側から彼を仕留める以外に手段が無い。私は君達を、生きながらの天使にしてやろう。憑依といった仮初の姿ではない、本物の天使に、だ。その力はベリアルやリヴァイアサン、或いはベルゼブブかベヒモスにも匹敵する。君達にとってサマエルは大敵と見たが、私にもそうだ。手を組む余地はあると思う。どうかね?」
ハンター達は顔を見合わせた。ルシファがサマエルを打倒したいとの意向は本物だ。その為に自分達を天使にするという話も、間違いなくそうするだろう。その点でルシファは偽りを言わない。そもそも彼らに、表面上の嘘を取り繕う必要が無いのは、サマエルの一件を見ても天使達の常套思考と言える。しかし、はいそうですかと話に乗るほどハンター達も気楽ではない。
ルシンダは恐る恐る、しかし敵意を明確にした言葉でもってルシファに問うた。
「で、その見返りに何を求めるの? 魂を差し出せとでも言うの」
「魂など要らんよ。同胞の魂などは」
ルシファはくぐもるような笑い声を上げた。が、その目は些かも楽しんでいない。
「ただ、仲間にはなって欲しい。これから発生する大騒乱を、天使の高みから見下ろして人の世に君臨する存在としてね。さすれば必要以上の大破壊は抑え込まれ、世界はとこしえの存続が叶うだろう。とは言え、私は決断を急がない。君達は今一度ここに来る事が出来る。その時にでも返事を聞かせてくれ給え。たった一言を言えば良い。『受け入れる』と」
『いや、そうも悠長に構えていられないかもしれんぞ』
横からリヴァイアサンに言葉を割り込まれ、ルシファは顔を上げた。安穏とした眼が細められる。そしてルシファは、軽く人差し指を横に振った。
海岸から見える水平線が、ただそれだけでざっくりと削り取られた。そして漆黒の向こう側に、閃光が幾筋も発せられる。何かがこちらに向かって来ようとしているのが、ハンター達にも想像出来た。
「気付かれたか。向こうから攻め入ろうとは剛の者だ」
『遠くない内に到達する。取り敢えず、奴らは俺に任せろ。本来俺が相対すべき者達だからな』
リヴァイアサンが巨大な異形を海原へと進める途上、再びハンター達に語り掛けてきた。
『俺としては、ルシファの話を受けて欲しくないな。お前達は敵に回した方が面白い。だから次に来る時は俺と戦え、人間共。烈火の如く激突しようではないか』
その言葉を最後に、暗転。
<終わりの会>
「ふむ。何とも不敵な話ですね」
帰還したハンター達を前にして、一部始終を見届けたキューが不満げな鼻息を漏らした。
「我らが愉快な仲間達を味方に引き入れようなどと。言い換えれば、そうまでしなくてはルシファですら勝負出来ない手合いという訳ですね、サマエルという腐れ堕天使は」
「何か、何時にも増してきつい言い方ね」
「ま、個人的に思うところがありましてね。ここで皆さんには、幾つかの選択肢が発生します。先ず一つ目は、ルシファの意向を受諾するか否かです」
「何だって?」
ソニアが驚いた声を上げる。
「止めないのかい? ルシファの誘惑にそそのかされてはいけません、とかさ」
「勿論、受けるべきではないと考えます。それが致命的な選択である事くらいは吾にも分かります。しかしながら君達、サンフランシスコの未来、引いては人の世の行く末も、結局人の手に委ねられるものなのです。吾は人が人たらんとする尊厳を守る力となるは、やぶさかではありません。しかし人の選択を見届けるという、言わば観察者の立場を崩すつもりもありません」
「…かつてインカ文明の滅亡を見届けたように?」
「それでも人は生き続ける。たとえどのような苦難が待っていたとしても。とは言え、ルシファに与するは人類全体、サマエル打倒の為に苦心惨憺のハンター達、そして古い神々の全てを敵に回すも同義ですので、相応のペナルティを課せられるものとの覚悟が必要となるでしょう。そして吾は、ルシファ言うところの『仲間になって欲しい』との甘言が、言葉通りの意味ではないとも予想致します。で、もう一つは、ルシファはうっちゃっておいて、今度こそリヴァイアサンを木っ端微塵に叩きのめす」
それを聞き、一同は唸った。
サンフランシスコの状況は、サマエルとの全面対決へと舵を切っているが、古い神々はその前に、ルシファの勢力を削るべきだと考えているらしい。確かにサマエルをどうにかしても、その後にルシファの軍勢が押し寄せる事は想像に難くない。既にベリアルの無力化に成功している今、ここでリヴァイアサンを滅ぼせば、敵の総力は半壊では済まないはずだ。しかし。
「あー、無茶を承知で言うが、リヴァイアサンを味方につけるのは無理かね? ベリアルみたいに、一応話は出来るみたいなんだがな」
とは、珍しく自発的にしゃべったマクベティ警部補。対してキューは、鼻で笑った。
「絶対に無理ですね。奴は誇り高い戦士です。その戦士が皆さんとの心踊る戦いを望んでいます。話せば分かると言ったが最期、戦闘人形が五体断裂人形と化すでしょう」
「で、実際勝てるの? リヴァイアサン、どうも長門の比じゃない底力がありそうなんだけど」
不安げに問うレヴィンに、キューは我が意を得たりと胸を張った。ソファの向こう側ではその姿も見えないが。
「確かに奴は、日本攻撃の際同様、己の眷属を無数に繰り出してくるでしょう。しかし君達、これを御覧なさい。素晴らしい助っ人が海の向こうから来てくれたのですよ!」
「助っ人?」
「あ、リヴァイアサンがいきり立って『俺が相対すべき』とか言っていた方々?」
「古い神か?」
「そりゃ古い神だろ」
「何と心強い」
「それではミュージックスタート!」
場面転換。
須佐之男と八俣は大喧嘩であった。折角ルシファの痕跡を探り当て、防戦転じて大攻勢へと赴き、一歩手前まで到達したにも関らず、相も変らぬ仲の悪さであった。
「台風か。また台風か。お前は一体、私の八州に何処まで迷惑をかければ気が済むのだ!」
「いや、俺じゃねえよ! 何で遥か南方で発生した熱帯性低気圧が俺のせいになってんだよ! 幾ら何でも、其処まで酷え事ぁしねえよ!」
「民草が『台風=荒ぶる須佐之男』と思っているから、そうなのだ! 素行の悪さがどれだけ悪評に結びついたかを思い知るがいい! 大体お前は何時もそうだ。何処へ行っても無秩序に荒ぶる。それがお前、あの櫛名田ちゃんの前じゃ紳士振る二枚舌ときたもんだ。このマザコン髭男が。けったくその悪い手段で、よくも私を封印したな。酔わせて首をポンポン落とすとか、神として我に返らなかったのかお前は。ついでに嫁さんゲットか。目出度いな、ああ目出度いなこの野郎!」
「またその話かよ。あれはお前、蛇野郎の人身御供に毎年出される生娘を救わんが為、涙を流す年老いた両親を救わんが為、降馬頭主須佐之男(おるばとうすすさのお)様々が英雄的に知恵を尽くして戦ったって訳よ。ほら、古事記にも書いてあるじゃない」
「私は生娘を食ってなどおらん! 身の回りの世話役を毎年雇っていただけだ! 確かにちょっとお尻くらいは触ったよ? しかし彼女らの愚痴を拡大解釈させて私を封じたのは、あの櫛名田ちゃんを合法的に嫁にする為であったのだろうが! おのれ、私の一番のお目当てだったのに、こんな奴の何が良かったの?」
「いや、古事記にはそんな事書いてないよ」
「古事記にある事無い事書かせたのは、やっぱりお前かクソッタレがあ!」
「うるせえ! くどいぞ九頭竜があ!」
再び場面転換。
「盛り上がって参りました!」
と、キューは言ったものの場は沈んでいた。
日本神話上の英雄神、建速須佐之男命。そして八州の化身、須佐之男最大の敵、八俣。恐らくは天照大神による過剰な暴力を伴う仲裁もあって、歴史的な和睦を成し得たというところなのだろう。本来であれば心躍る組み合わせだったのだが、とどのつまり和睦になっていない。
『何と言うか、ごめん』
とは、伊邪那岐様。
そしてキューは、更なるイベントでもって場をどん底にまで落とし込んだ。
パッとスポットライトが照射される。煌々と照らす明かりの下、戦闘人形達がずらりと勢揃いをしている。全員水着姿で。
「次は偽物とは言え、海が舞台ですからね。ほら、気は心と言うでしょう。娯楽的要素を伴って、明るく楽しくこの苦境に向き合って頂きたいという、吾の心尽くしです」
リアクション序盤の描写の伏線はこれにて拾われた。
ちなみに水着はどんなデザインでもOKである。水着なんて着たくない! と仰る方には勿論強制致しません。しかし何も書かないと自動的に水着です。ただし全裸は駄目いけません。ブライアン君みたいに葉っぱ一枚というのもいけません。描写に苦しみます。
そして一同は当然のように、どんどん無口になって行く。
<H6-6:終>
○登場PC
・クラリス・ヴァレンタイン : ガーディアン
PL名 : TAK様
・城鵬(じょう・ほう) : マフィア(庸)
PL名 : ともまつ様
・ソニア・ヴィリジッタ : ガーディアン
PL名 : わんわん2号様
・ブライアン・マックナイト : スカウター
・ルシンダ・ブレア : ガーディアン
PL名 : みゅー様
・レヴィン・コーディル : ポイントゲッター
PL名 : Lindy様
ルシファ・ライジング H6-6【出るモンが出た!】