<ケツァルコアトルとの対話>
「いきなり表題からしてネタばらしという訳ですか、城鵬さん」
「此度は結構な数の人達が、あなたの正体を言い当てたのではないかと想像しますよ、ケツァルコアトル殿。しかしながら確かにケツァルコアトルは言い辛いし、第一長い。キーを打つのも面倒だ。よってこれまで通りキュー殿と呼ばせて頂きます」
「結構結構。吾も今はそちらの呼び名が気に入っておりますので。さて、君が申請してきた開発アイテムは、以下の形で採用させて頂きます」
○頑丈なオバケ屋敷・上位互換 : (値段はアイテム欄に載ってからのお楽しみ)
壊しても壊してもムリムリムリと復活するオバケ屋敷の上位互換バージョンです。このアイテムを購入するには、無印の「頑丈なオバケ屋敷」を購入する必要があります。
違いは、設定された家主(人間、この世ならざる者、何れでも可)が許可をした者ならば、人間、この世ならざる者を問わずに利用する事が出来る点です。それ以外のこの世ならざる者は、たちどころに迷子となるでしょう。防御力は、第三席帝級吸血鬼の全力攻撃をかなり凌げるくらいにはあります。
「あっさりした採用の描写ですね」
「眠いんですよ」
「それはマスターの私的な事情でしょう」
「冗談はさて置き。詰まる所、開発アイテムの採用ポイントというのは、必然性の一語に尽きるのです。それがどれだけ有用か、ないしは必要であるかを吾が理解出来れば、余程でない限り採用します」
「その割には、『ノブヒルに念願の一軒家を購入しました』なんて謎アイテムもありますが」
「それは吾の趣味です。趣味くらいは吾の好きにさせて下さい、という事ですよ、城鵬君。本来でしたら、このアイテムの適用は次回からという事になりますが、何しろ事態は切迫している、という点も特別に認めましょう。それでは、ノブレムの統率者、レノーラを家主として、『頑丈なオバケ屋敷・上位互換』を今回から提供致します。で、こうして横紙破りを実施したからには、特別料金を頂きたいものです」
「出来れば出世払いが有難いのですが」
「君は鋭い才覚の持ち主ですが、出世とは無縁のような気もしますね。御安心を、お金ではありません。実を言えば、吾は少し興が乗っております。少しの間、吾の思い出話に付き合って下さい。それが特別料金の代わりです」
「喜んで。本来私は、こうして会話を他者と重ねるのが本筋の者です故」
「吾は郷里を追い出されてからしばらくの間は、日がな眠る日々を過ごしておりました。何しろ疲れていましたので。しかし、精霊と会話する力を持つ者と共に、彼が吾を起こしに来た、という訳です」
「魔人、サミュエル・コルトですね」
「魔人の通り名は言い得て妙ですね。彼の持つ洞察力と異様な力は、印象を言えば人間が持って良いものではありません。吾が想像するに、もしかすると『名も無き神』に何らかの支援を得ていたのかもしれません。サミュエルは言いました。『今一度、尊厳を取り戻して頂きたい』と。如何にも商売人らしい人たらしでしたよ。いや、神たらしってとこでしょうか。後はご承知の通りの展開です。来るサンフランシスコの大災厄に対抗すべく、屋敷の主となって今に至る」
「成るほど、尊厳を取り戻す、ですか。何となく分かる気がします。ここに来られた皆々様は、とても言い方が悪いのですか、色々な意味で一敗地にまみれた神様ばかりです」
「本当に言い方が悪いですね」
「失礼しました。しかしキュー殿は、そんな方々の尊厳も取り戻そうとされました。人に力を貸すというやり方で。それは双方にとって、良いやり方だと思いますよ。これが本来の、人間が求める神々の役回りという訳です。僕は不遜でありますが、神とは何なのだろうという疑問を抱いております。そして人間の求めに応じ、神々が力を増すという点に着目し、仮定を一つ立てました。神とは、実在する空想の産物」
「思い切った事を言いますね、君は」
「空想が実在するというのは、超科学的な話だと思います。ですが、人間の想像力というのは、思いのほかに強力なものです。僕達は想像力一つで、遂に月に行く事だって出来ました。空想が形を成した好例という訳です。ただ、僕は、神とは空想が寄り集まって形成された、純粋なイドの云々ではないとも思います。あなた達は僕達の空想力に導かれ、僕らの前に姿を現しました。此処ではない何処かから。そしてキュー殿、あなたは全てが解決したら行こうとされています。此処ではない何処かへ。果たして神は何処から来て、何処へ向かわれるのですか?」
「それは吾自身が言葉で形容出来るものではありませんね。吾もその場所が何なのかが、今一つ分かりません。ただ、私は其処で自らの精神性を大きく広げられるのではないかと期待しています。この世界、物質的な世界は、物質的であるが故の苦難と喜びに満ち溢れている。とても魅力的ではあるのですが、同時に限界も感じられます。吾は吾を、深く理解したい。これは他の神々も同様であると思うのですよ。その意味では、神々とは知識欲の権化と言えるかもしれませんね」
「そうですか。とても興味深いな。こうして僕ら人間が、この先もずっと存在し続け、想像力を超越の域にまで持って行けるとしたら、何れ僕らもその世界に行けるかもしれません」
「人間よ、行ってみたいですか?」
「いや、僕は結構です。キュー殿が言う苦難と喜びに満ち溢れた世界で、ドタバタしているのがお気に入りなので。一つお聞きしたい事があるのですが、宜しいですか? あなたが郷里を追い出されたという、その経緯についてです」
「吾がケツァルコアトルという名で崇められた頃の話です。アステカという文明において、吾は最高の位に君臨しておりました。アステカは吾、ないしはテスカトリポカといった神々に対し、『供物』を捧げるのが慣わしだったのです。勿論、それが何だかは知っていますね?」
「人間の心臓。知らない人の方が少ないでしょう。心臓を捧げるのは、サクリファイスを実行した当人にとっても最高の名誉だったとか」
「吾もそう思っておりました。名誉ある者が、自身の最も大事なものを捧げる。それ程までに、人は神に対して尊敬の念を抱いている。故に情けと恵みを彼らに施す。太陽が昇って、また地に沈むのと同じくらい、それは当然の事でした。しかしある時、現れたのです。変態が」
「変態ですか」
「彼は、ある時のアステカ王でした。それはもう、変態としか言い様がありませんでしたよ。何しろ彼は、『心臓など、捧げる必要は無い』と言い切ったのです。民衆は当惑し、すぐさま激怒しました。昇天落日の日常を、木っ端微塵に否定する発言をしたのですから。ポカちんも怒り狂っていましたね、そう言えば。当然吾も驚きました。彼は名誉ある生贄となった者の、その家族が日陰で悲しみに暮れていた姿を知る王だった、という訳です。何と言うか、吾も心を動かされました。そして気付いたのです。吾は、吾を愛する心を欲していたのだと。愛によって吾は存続し、輝く事が出来る。だから心臓などは必要ない。ただ、綺麗な花の一輪でも供えて、吾を身近に感じ、親しんでくれるだけで良かったのだと。吾は他の神々の反対を押し切り、かの王の側につきました。そして吾は、王と共に郷里を追放された、という訳です」
「…そしてあなたを失ったアステカの民は、居なくなったあなたを懐かしみ、追い求め、レコンキスタという最低のクソ野郎を誤って招いてしまった、という成り行きを迎える。道理でポカちんがイライラしている訳ですね」
『聞こえたぞ』
「話の途中なので引っ込んでいて下さい。王は吾が看取っている事も知らずに、1人寂しく死んで行きました。しかし彼は、最期まで恨み言を言いませんでしたよ。それは誇り高い死に顔でした。吾が人間を心から愛するのは、彼がそういう人だったからです。人間とは面白いもので、ああいう変態的な天才がいきなり出現します。天才とは、当然と思われていた概念を覆し、行動に移せる才覚を持つ者の事を言う。それが人間の持つ、神々を圧倒する凄まじい力なのです。だから人間に助力するのは、大変に楽しい事なのですよ」
ソファに座って後ろ背の姿のまま、ひらひらと手を振るキューに対し、城は深々と頭を下げた。そしてジェイズ4Fから辞そうとし、思い直して歩みを止めた。
「最後にもう一つ。ルシファとかサマエルは、あなた方神々に比肩、いや、それ以上の力を有しています。そんな彼らは、果たして神になれると思いますか?」
「いいえ、思いませんね」
「僕もそう思います。彼らには思考の柔軟性が決定的に欠けている。僕は神もまた、進化する存在だと考えています。翻って彼らには、その目が無い。あの連中は、何処まで行っても人間の下僕に過ぎない、という訳です」
<ジェイズ・ゲストハウス 4F>
格闘人形達は体育座りの格好で、その時を待っていた。虚ろなその目に思考や魂は存在しないが、ひとたび人間が操れば、人間以上の挙動を見せる。
人の世界の戦も直前段階の準備は騒々しいものだが、ここでもそれは相変わらずだった。4Fには見送りの神々が結集し、ハンター達は思い思いにやり残した事を全うすべく動き回るという、ちょっとしたふれあい広場の活況を呈している。例えば此度の加護を頂く神様に、戦前の御挨拶というのはお約束と化していた。こうして人間と神が好意的接触を繰り返す事は、双方に更なる結束を促すという効果もある。
○キルンギキビ
「とうもろこしの粉で作ったケーキでございます」
「ウガリ(トウモロコシの粉を練ったもの)と、トマトベースのスープ。加えてナポリピッツァでございます」
ははー、と平伏しつつ、クラリス・ヴァレンタインとイゾッタ・ラナ・デ・テルツィは自作の料理を差し出した。キルンギキビはと言えばそれらの供物を前にして、何故かさめざめと泣いている。
「何と豊かな食生活。常にひもじい思いをしていた我が民にも食べさせてあげたかった。それでは、有難くいただきます」
言って、キルンギキビはそれら供物を手に取って食べ始めた。美味しい、デリシャス、グラッツェを連呼するのは作った甲斐有りだったものの、矢張り2人は平伏したままだった。何しろ顔を上げれば目が潰れる。と、イゾッタが懐から一冊の本を取り出し、頭上に掲げてこう言った。
「イケメンモデルの写真集でございます」
「イエメンモデル?」
「イケメンモデルの写真集でございます。どうかこれでも読んで、心を和ませて下さいまし」
「…いや、キルンギキビ様が、かような下世話なものを好まれるはずがないですわ」
「まあ、何と整った顔立ちの殿方であります事」
「はいはい、そうですわね。イケメンには和まされますよね」
等という悠長な遣り取りは、凡そ戦の前に似つかわしくなかった。それでも『護る』という一点に特化したキルンギキビの異能の真価を発揮するには、こうした平常の維持に努める事が重要となる。恐らく2人のアクトではそんな事は考えていませんが。もうちょっと色黒の方が私の好み、等とくつろぐキルンギキビに、イゾッタはぽつりと尋ねた。
「矢張り神様とは、人の信仰が薄れると寂しいものなのでしょうか?」
唐突な物言いにキルンギキビは目を丸くしたものの、口元を和らげて「何故そのような事を?」と逆に聞いて来た。イゾッタが答える。
「これからあたし達が敵とする者も、何だか寂しい雰囲気があったから、何となくです」
「そうですね。寂しいと言うよりも、私自身の存在意義が希薄になるような感触はあります。恐らくかの者、寂しいと言うよりは『かような者』になっているのかもしれません」
「どういう意味でしょうか?」
「かの者の名を聞いた時、人々が想起する姿そのままになる、という事です。私達のような存在は、人が抱く思いにその姿を左右されるきらいがあります。しかしながら、今や私はこうしてこの場に居り、私自身のあるべき姿を強く認識する事が出来るのです。それは即ち、貴女達の思いのお陰であるのでしょう。私は貴女達に感謝致します」
言って、キルンギキビはクラリスの両肩をガッチリとホールドした。
「さ、顔をお上げになって」
「い、や、でございます」
○伊邪那岐・伊邪那美
「その方には以前から興味があった」
と、高床式家屋に引っ込んだままの伊邪那岐が、階段に座り込んで煙草を燻らすマクベティ警部補に声を掛けてきた。
「その方、ありとあらゆる場所で八面六臂に出現しているらしいが、実は分け身を使えるのか?」
「いやいや、そんなはずがあるか。単に便利な立ち位置に居るだけだ。命を張って前面に出るのはハンター。それをサポートするのが俺。出来る事と言やぁ、ジタバタと走り回るくらいのものでね」
「警部補は、げに好ましき働き者であるな。ま、冗談はさて置いて。警部補、その方に力を貸していて気付いた事がある。警部補は自らを普通の人間と謳って憚らぬが、何か奇妙なものに憑かれているな」
はは、と呻くように笑い、しかし警部補は徐々に眉をひそめた。その話を戯言と片付ける訳にはいかない。何しろ気付きを述べたのは、日本神話の最高神なのだ。
「おい、やめてくれ。俺はしがない街のお巡りさんなんだからよ」
「その何かは、巧妙に姿を隠している。それこそ私やキュー殿にも姿が分からぬようにな」
「それはあなたに、不幸と幸運の両方を及ぼしています」
伊邪那美が後を継ぐ。
「思い返して下さい。あなたは悪運に満ちた人生を歩んできたはずです。どうにも手の打ちようが無いという状況下で、必ず打開点を見出してきませんでしたか?」
そう言われて、警部補は思わず唸った。確かに、どう考えても確実に死ぬという事態に陥った事は、枚挙に暇が無い。しかし自分は、こうして生きている。よく考えてみれば奇妙な話だった。と、不意に伊邪那岐が厳しい声を上げる。
「笑うでない。無礼な怪(あやかし)め」
「は? 何を言って」
「警部補にではない。うぬに申しておる」
「この方を弄ぶおつもりなら、ただではおきません事よ?」
ひひ、と、悪戯めいた笑い声が、確かに警部補にも聞こえてきた。
○ヌァザ・アルガトラム
「お前はオスか、メスか、どっちなんだ」
『嫌だなあ、僕はスノーマンだよ!』
ブライアン・マックナイトとスノーマンの会話は、相も変わらず成立していない。しかしながら、生き物なのか雪ダルマなのか良く分からない物体Xとのコミュニケーションとは、そういうものである。じっとりと張り付いてくるスノーマンに突っ込む事は諦めた。ともすれば萎えそうになる心を奮い立たせるべく、ブライアンは無理矢理に声を張り上げて言ったものだ。
「恋をするぞ! 恋をするぞ! お、れ、は、恋をするぞーーーーー!」
棒線を五つ程引っ張ってみたものの、何となく聞かされているレヴィン・コーディルとヌァザの反応は実に薄い。「ふーん」と呟いて五平餅を食っている。スノーマンはと言えば、何故か顔を赤らめた。
「違うよ、お前にじゃねえよ、この無性生物とも言い難い別の何か! ほらほら2人とも、『誰に?』って聞かなくてもいいのかい?」
ブライアンは、どうあっても恋の話題に持ち込む算段であった。レヴィンが仕方なく問う。
「誰に?」
「ベリアルさん!」
レヴィンは五平餅をくっちゃくっちゃとしがみ、一皿をカーテン向こうに居るヌァザに差し入れた。
「はい、先生、お代わりです」
「おお、これはかたじけない」
「いやいや、真面目に聞けよ! で、これから『何故俺がベリアルに恋したか』を語ります」
「聞きたくないです」
「聞いて下さい。まず、何よりも美人だから。美人は正義だから。何か陰のある雰囲気もエロいし。それに、自分が悪魔じゃないと執拗に連呼するからには、もしかすると元人間なのかも! かもです! 人間とは恋愛関係が多分成立します!」
「…それは、『元天使』の矜持が言わせた台詞じゃないのかなあ…」
言いたい事を言ったので、最早ブライアンはレヴィンの呟きに聞く耳を持っていなかった。恋、恋、恋、と口にしながら腕立て伏せを開始。その勢いと信念は、率直に言って力だった。成就するか否かは、容易に想像出来るところが非常に残念ではあるが。
腹筋に移行したブライアンをさて置いて、レヴィンはカーテン越しのヌァザに向き合った。自身の特性と相性抜群の神様とは、何だか長い付き合いになりそうな気がする。レヴィンは心から信頼する戦神に、思うところを聞いてみた。
「前回は力を貸して頂いて、ありがとうございました。また此度もお世話になります」
「うむ。良い戦い振りであった。敵は強大じゃが、レヴィンとブライアンならば上手く我が力を御せるであろう」
「この力、あらゆるものを斬るクラウ・ソラスという力は、空間をも切り裂くと聞いていますけど、あの時、ベリアルは私の挙動に躊躇しました。彼女はこの力に脅威を感じたと見て良いのでしょうか?」
「彼奴は虚ろの者と自らを言うておった。即ち、あの場において自らに及ぼす力の尽くが虚ろ同然と言わんとするのであろう。しかしながら、そなた等の力は虚ろの体にありながら真である。真とは心である。つまりクラウ・ソラスは、心そのものが力と成すのじゃ」
「成る程」
「剣を究むれば全てを斬る。物質を斬り、空間を斬り、幻を斬り、心をも斬る。そなた、ベルゼブブという悪魔の事は知っておるか?」
「そりゃもう。大悪魔ですから」
「彼奴は、一度地獄から出た事があるのだ。しかしながら今は再び地獄に叩き落とされ、復活の芽も無い程の手傷を負わされたと聞く。彼奴を斬ったのは、普通の人間だ。恐るべき剣技を使う普通の人間。斬る事に人生の全てを捧げた普通の人間じゃ。相手が何者であろうと、彼の剣技の前には意味を成さなかったという事だ。故にレヴィン、ただ斬る事にのみに己を集約せよ。さすれば、そなたは彼のように勝つ」
○テスカトリポカ
賽銭箱に虎の子の$100札を差し入れ、ソニア・ヴィリジッタは2度拍手を打った。
「今回は是非ともシクヨロ」
「金など要らん」
「貰っておくといいですよ、ポカちん」
スモークガラス越しの巨体を不機嫌に揺らすテスカトリポカに、ソファに座って後ろ背のキューが諭すように言った。
「人の好意を無碍にする輩には不幸が訪れますよ。それに$100もあれば、タコベルのブリトーを死ぬほど食えます」
「薬漬けのブリトーなど食えるか。それに不幸だと? 不幸を招いたのは貴様ではないか…おい、お前、何をしている」
テスカトリポカはナイフで掌に切れ目を入れようとするソニアを見咎め、その動作を不可視の力で縛った。寸でで食い止められたソニアが、不思議そうに顔を上げる。
「何って、血を捧げようと思ったんだけど。助けてもらう義理を果たさねば」
「止めろ。大事な血を無駄に流すな」
「でも、アステカの民に心臓を供されていたんじゃないの?」
「昔の事だ。今の俺にかようなものは必要ない。民草と俺の心を結ぶ聖なる儀式は、既に失われて久しい。それを貴様、真っ向から否定する愚挙に及ぶとは…」
「また始まりましたか」
キューが溜息をつく。
「人間1人の死を大仰な祭で盛り上げれば、そりゃ吾等への畏敬の念も増す事でしょう。しかし、それを変えたいと願ったのも、また人間。吾はかの者の決心に行く末を委ねただけです」
「挙句の行く末が、あのざまだ。俺と貴様が正しく民草の上に君臨していれば、あの下劣な詐欺師どもに良いようにはされなかったはずだ」
「運命を招いたのは人間。結果を受け入れるのも、また人間。文明は滅びましたが、民が全て死に絶えた訳ではありません。その顛末を、吾等は神と称するのであれば、尊重する必要があると考えますね」
ソニアの目の前で、キューとテスカトリポカが妙に落ち着いた口論を始めた。二柱神の認識には大きな溝があるものの、互いに敬意を払う気配は見受けられる。興味深いと、ソニアは思った。
キューがケツァルコアトルという名の神である事は既に明白である。結構な数のハンターが、それを言い当てていた。そうなると、生贄云々で仲違いを起こした二柱神が、再び場を同じくしているこの状況は面白い。彼らなりに、互いの力を必要としているのが今という状況なのだ。
(…でも、テスカトリポカも随分認識を温和な方向へ傾けているようには思えるわね。血を無駄に流すな、とか)
ソニアは肩を竦め、ナイフを折り畳んで懐に仕舞った。
「はい、口喧嘩は其処まで!」
パンと手を打ち、今まで黙って聞いていたルシンダ・ブレアがテスカトリポカに呼び掛けた。
「戦に出掛ける前から、そんな風にいきり立っても仕方ないじゃない。コンセントレーションよ、ポカちん。わたし達の友情パワーで、あの大敵をぶっ潰すのよ!」
「友情」
ぽつりと呟いたテスカトリポカの一言には、幾分嘲りの色が見える。勿論ルシンダは、全く動じなかった。
「そう、友情よ。ポカちんとわたしは、言うなれば運命共同体。力を付与する者、それを振るう者。固い結束で結ばれるのは必然の成り行きというワケ」
「落ち着け、小娘。人間と神との間に、人間特有の友情という概念は成立しないぞ。もしも親しく人間に接する神が居たとしても、それはそ奴が『そういう性質の者』だからだ。俺が思うに友情とは、互いが同一の立ち位置にあると認識し合い、共感し合うという概念の事を指している。俺とお前は同一ではない。単に持てる力の差という単純な違いとは次元が異なる、存在そのものの圧倒的な差が俺達にはあるのだ。それを認めよ、ルシンダという娘。しかしながら結束という点に関しては案ずるな。俺は今も昔も、頼る者には有形無形で手を貸してきた」
折角一つ前に進んだ良い関係を保とうと思ったのになあ、と、ルシンダには幾分残念であった。が、懇々と語るテスカトリポカは彼なりにルシンダへの配慮を見せている。少し前の尊大さから考えれば、大きく態度が変化していた。きっと頼られたのが相当に嬉しかったのだろうと想像すると、テスカトリポカも存外愛嬌のある神様だとルシンダは思った。
それにポカちんを連呼しても気を悪くしていない。恐らくその呼び方を気に入ってしまったのだろう。濃厚に死に関わる神様としては、その威厳を保つうえでどうかとも言えるが。
「盛り上がって参りました!」
キューによるTPOを弁えない常套句によって、戦前のご挨拶はお開きとなった。
その一言を引き金に、ハンター達の体は既に人形のそれへと入れ替わっていた。本体はと言えば、8人揃って煎餅布団に収まり、すやすやと眠りについている。先刻まで普通に歩いたり喋ったりしていたにも関わらず。こうした不条理をいちいち気にかけていては、4Fでは精神をすり減らしてしまう。自分達の感性が見る間におかしな方角へとひた走る実感を、ハンター達は不本意ながら覚えた。
「それでは改めて状況を確認致します」
キューが言う。
「敵はベリアル。堕天使の軍団の中でも第一位階層に入る『四人の貴公子』の1人です。問答無用の強敵ですが、こいつをどうにかしなければウィンチェスター兄弟が略取されてしまいます。かの兄弟は対ルシファの切り札的存在であり、彼らを失いますとルシファが本来あるべき力を獲得してしまう訳です。こちとらはサマエルという脅威を前にしている状況ですので、難儀な敵をこれ以上増やす事態は避けねばなりません。よってベリアルは倒せないまでも手傷を負わせ、異界トレントンからウィンチェスター兄弟を逃がし、その身柄を奴から引き離す事が最優先課題となります。邪悪なおまけであるところのカーリー女神につきましては、ま、別にどうでもいいです」
「キューってば、あの人が嫌いなんだ」
「あの邪神は己が民を毛ほども愛していなかった。あのような輩に破壊を司る資格は無い」
「ポカちんも嫌いなのね」
「愛と破壊が同じまな板の上なんだ、ポカちん」
「敵は虚、戦も虚。然れど皆々方の力と心は真のもの。君達は必ずや虚を破るでしょう。さあ行って下さいハンター諸君。細工は流々、仕上げを御覧じろ。敵はベリアル、フォウ・スペリア。相手にとって、不足なし」
キューが指を、パチンと鳴らした。
<異界トレントン>
「うおっ!?」
シボレー・インパラを猛スピードで飛ばしていたディーンが、先の道路脇にいきなり出現したハンターの一団を認め、反射的にブレーキをかけた。同乗していたサムとカーリー諸共前につんのめる。ディーンはハンドルに額を押し付け、急停車直後に頭突きをクラクションへ当てた。けたたましい音が鳴り響く。まるで彼の驚愕と苛々を体現しているかのようだった。
「おいっ、お前ら! いきなり消えたと思ったら、何処から現れやがるんだ!」
ドアを乱暴に開け、ディーンが大仰な身振りで歩み寄って来た。
「早く乗れ! さっきベリアルから逃げたばかりだろうが。もたもたしていたら、また追いつかれるぞ!」
そう言われてハンター達は、思わず顔を見合わせた。不審を顔に貼り付けて、ソニアがディーンに問う。
「さっき? さっきとは、どういう意味?」
「どういう意味だと? さっきとはさっきだよ。何処かで頭でも打ったのか? いいから乗れよ。こんな所で死にたかないだろ」
ディーンは躊躇する面々を煽り立て、追い込みをかける牧羊犬の如くハンター達を車に乗せた。またぞろ狭い車内に詰めるだけ詰め込む、万国びっくりショーの光景が展開する。ディーンはアクセルを吹かし、タイヤ痕をアスファルトに擦りつつインパラを発進させた。
「…話は車の中から聞いていたんだけど」
ほとんどひしゃげた格好のサムが、ハンター達に言った。
「噛み合っていなかったね。ベリアルから逃げてほんの少しの間に、君達は忽然と消えたんだ。そして直ぐに現れた。その間、君達は何処に行っていたんだ?」
「サンフランシスコだ」
ブライアンが答える。
「一時元に戻ったんだよ。次の準備を始める為に。もう3週間くらいは過ぎているはずだが、本当にベリアルとやり合ったのはさっきの話なのか?」
受けてサム、それにディーンが押し黙る。どうやら異界トレントンと現実世界には、時間軸に大きな開きが存在しているらしい。改めてこの世界の異常さを思い知らされ、ウィンチェスター兄弟はユニゾンで溜息をついた。
「まあ、いいや。取り敢えず、適当なところで車を停めるぜ。どうせ走ってもトレントンから出られやしねえんだ。くそ、トレントン。もう2度と来るもんか」
「停めるって、何処に?」
「また何処かの家に」
「危なくない? 一箇所に留まるなんて」
「もう僕らは、既に位置を特定されているよ。それがディーンと僕、それにカーリーが出した結論だ」
サムが頭を振って後を継いだ。
「何しろこのトレントン全域が、ベリアルの掌の上だからね。あいつは僕らの事を『一年前の夕飯の献立』呼ばわりしたけど、それを思い出してしまった今は忘れる事がない。余程インパクトのある献立なんだろうしね」
「ジェイズの激マズチャーハンとかな」
「あ、また御飯の差し入れがあるから」
「少し前に奢ってもらったばかりじゃねえか」
「…気になる事があるのだけど」
俄然賑やかさを増した車内が、その冷淡な口調の一言で水を打ったように静かになった。人間に体を押し付けられる不快さを露にし、カーリーが相も変らぬ不機嫌顔で曰く。
「特定されているなら、何故追跡しない。あの怪物は矢継ぎ早に次の手を繰り出せるはずだわ。それを敢えて控える理由が理解出来ない」
「そいつぁ、恐らくアクシデントが発生したからだろ」
「アクシデント?」
首を傾げるカーリーに、ディーンが多少胸のすく顔でバックミラーを覗いた。其処にはもみくちゃ状態で面白い座り方をするハンター達が写っている。
「彼らの存在だ。こんな込み入った手段を使うからには、ベリアルも相当に慎重な奴らしい。確かにジェイズのハンターは、人間としてはどいつもこいつも異常だもんな」
「褒めて頂いて光栄ですわ」
「多分褒めてないよ」
「そんな訳で、奴は次の手段を考えている。そして俺達も対策を練る。つまり第二戦開幕まで、多分少しくらいは時間があるって事さ。ともかく何処かの家に入るぜ。話はそれからだ」
ディーンが言う間に、通りの沿いに一軒家が見えてきた。おあつらえ向きと喜ぶ彼の顔が、徐々に怪訝なものとなる。その頃には一同にも、その理由が分かった。一軒家は、最初に兄弟が隠れていた所だったからだ。サムが眉間を擦りながら言う。
「結局堂々巡りか」
ガレージに車が停まり、中から大量の人間と1人の女神がぞろぞろと降車する。勝手知ったる我が家の如く、彼らは玄関へと向かった。
と、その時、サムがハンター達を凝視し、指折り数え始めた。そしてレヴィンを捕まえ、尋ねる。
「君達の人数が1人足りない。確かイゾッタだったかな。ディーンが旨そうに食べていたハンバーガーを作ってくれた子だ。彼女はどうしたの?」
「ああ、イゾッタなら、初手は別行動を取ったよ。話をしに行ったわ」
「誰と?」
「ベリアルと」
「また冗談を」
と言い掛け、しかしサムは、この世界において彼ら以外にはベリアルしか居ないと気付き、徐々に顔を青ざめさせた。本気なのかと。
<『虚飾の者』との対話>
この異界トレントンにあって、ベリアルは全にして個、個にして全である。
よって逃げも隠れもしなければ、ハンターの到来を拒否する頭が彼女には無い。むしろベリアルは、自らが創出した世界の異端分子たる彼らに対する興味があった。道端の道路標識に背を預けて、紫煙をゆっくりと吐きながら、ベリアルは抑揚の欠けた単調さでもって呟いた。
「何故、邪魔をするのかが分からない」
また煙草を咥える。
「『彼』はサムとの正当な話し合いを望んでおり、私もそれを順当だと考えた。略取するだけなら、とっくにやっている。それをしないのは、彼自身の足で話し合いの場に赴いて欲しいから。その意思一つで、彼らはこの世界から抜け出す事が出来る。とても簡単な話なのよ」
「しかしあなた達は、彼に『拒否する』という選択肢を与えていない」
横合いからかけられた声に対し、ベリアルは黙殺でもって応えた。煙草を揉み消し、携帯灰皿へ丁寧に仕舞い、ベリアルが指を鳴らす。
何処かの家のリビングに場面が切り替わった。唐突な変化にイゾッタは躊躇したものの、直ぐに落ち着いて柔和な笑みを浮かべる。視線の先には、ソファに身を沈める物憂げなベリアル。イゾッタは対面に座り、見た目は絶世の美人である彼女を、じっと見詰めた。
イゾッタがベリアルとコミュニケーションを取ろうとした根拠は、端的に言えば好奇心からだった。神話上で語られる天使と堕天使の決戦において、堕天使側の主軸を務めた大物が目の前に居る。かような機会は、人生の中でそうそう有り得る話ではない。
尤も、いきなり初手からベリアルに会う事になるのは想定の範囲外であった。手始めにディーン達と合流する考えであったのだが。こんな芸当が出来るのは、この世界ではベリアルしか居ない。取り敢えずイゾッタは、丁重に頭を下げた。
「こんにちは、イゾッタ・ラナ・デ・テルツィです。もしかして、あたしがトレントンに入った瞬間から、対話を試みたいという考えをあなたは読み取り、手元に呼び寄せた、という事?」
「前にも言った通り、この世界限定で私は神に比肩する。お前達が何処で、何をしているのかも全て分かる。随分と分の悪い勝負をお前達は挑んでいると思う。とは言え、私にも心の全てが見える訳ではない。基本的に人間という生き物は、何を考えているのか理解出来ないものだから。しかしお前の場合は、強い対話の意思が見えた。よって私はそれに応じた、という事」
対話を行なう条件として、ウィンチェスター兄弟は逃げないという申し出は、つまり意味を失ったかとイゾッタが苦笑する。ベリアルに拒否の意向は無いし、そもそもウィンチェスター兄弟は、彼女に見つかった時点で逃げも隠れも出来なくなってしまったからだ。
その気になれば、自分を木っ端微塵に粉砕するも易かろうという手合いを前にし、それでもイゾッタは平静を保った。そして求めに対し、これに応じると言ったベリアルを尊重する。それが人間の礼儀作法というものだ。
「で、話とは? 悪いけれど、大した話ではないと判断すればお帰り頂くわ」
ベリアルが促し、イゾッタが応える。
「では一つ目。堕天使も天使なの?」
ベリアルは指を鳴らそうと腕を上げたものの、思い直して鼻から抜ける笑い声を漏らした。
「つまりお前は、私を堕天使と認識しながら話している。勘違いをして欲しくないのだけれど、堕天使などというものは存在しない。ミカエルの軍勢と事を構えた私達は、今もって神にお仕えする御使いという自負がある。それはルシファにしても同じ。私達は天使。お父様を心からお慕い申し上げる使徒」
「神に弑逆を試みたあなた達が?」
「弑逆ではない。ただ、意を問わんとしただけ。お父様は私達の問いにお応えはしなかったけれど」
「あなた達は、まるで役人ね」
「役人?」
「『天使、かくあるべき』という行動に邁進し、それ以外の融通性に欠けているわ。先の話にしてもそう。あなた達は神様が当初定めた範囲内から動こうとしない」
「ルシファのやろうとしている事は、神が作り給うた秩序の破壊に他ならないけれど?」
「それすらも、神のお伺いを立てているようにあたしには見える。『父上、かような顛末をば迎えましたが、如何なさるおつもりでありますか?』とね」
「あまり気を悪くさせないで欲しいな」
「それは失礼。しかしあなたが気を悪くしたというのは、つまり言葉に図星の一端があった、という事なのよ。結局ミカエルだかルシファだか知らないけど、また秩序を更地に戻して新秩序を再構築し、お父様にお披露目しようという訳ね。でも、多分それじゃ駄目なのよ、ベリアル。あなた達に秩序を再構築する事は出来ない」
「とても興味深い言い方だわ。その根拠を聞かせて貰いましょうか」
「あなた達に、真の意味での自由意思が無いから。秩序とは最初から完成される代物じゃない。悪戦苦闘と五里霧中を経て、少しずつ形成される血と汗と涙の結晶。天使は予め定めた秩序からの逸脱を決して許さないでしょう? よく考えて、ベリアル。あなたのお父様は、思考の硬直が人間を誤った方向に向かわせる可能性に、とっくの昔に気付いていたのよ。だから御身を隠し、全てを見届けるという選択を取った。多分、彼が指摘したからだわ。地上の神への道を捨て、人間として臨終したジーザス・クライストが」
「次にその名を口にしたら、この対談を終了する」
ベリアルは初めて怒りを露にした。天使も、そして悪魔も、上位階級になればなるほどジーザス・クライストの名を決して言わなくなる。その反応は予想内であったが、ふとイゾッタは、何故彼らがジーザスに畏敬、ないしは恐怖を抱くのかに思いを馳せた。御父と肩を並べるはずだった彼が、天使達とは異なり自由意思に従って行動し尽くした、という事。そして自らの意思に従い、絶対的存在である御父に誤りを指摘した、という事。
「…もう一つ聞くわ」
イゾッタが話題を変える。
「あなたの夢は何?」
「何ですって?」
「ハルマゲドンを引き起こし、その後人の世がミカエルか、ルシファが作り上げるだろう新世界に変わるとして、あなたはその世界に何を夢見るの?」
「私は…」
何かを言いかけて、ベリアルは眉をひそめて言い淀んだ。自らの問いに戸惑うという反応は、悪いものではないとイゾッタは判断する。確かにベリアルは強大だが、その考え方は完全な硬直を迎えていないのだ。彼女の答えを、イゾッタは辛抱強く待った。しばらく後、ベリアルが口を開く。
「ベリアルの名を口にした時、人は悪魔か、堕天使を想像する。私は違うのだ。そういう者ではない」
「つまりあなたは、現状に満足していないという事よ。だったら…!」
「話はこれまでだ」
勢い込むイゾッタを遮り、ベリアルは冷厳に言い放った。先程の言い様とは程遠い、堕天使、或いは悪魔の気配を身に纏わせて。ベリアルは酷薄に目を細め、言った。
「当初からお前達に対し、私は『排除する』という選択を決意している。決めた事を変える頭は私には無い。お前との対話に応じたのは、お前達の力の出所を知る事が出来ると考えたからだ。そして私は、お前が何処に居るのかが分かったのよ」
ベリアルは真横に左腕を伸ばし、掌で虚空を掴むようにした。
同時にイゾッタが首元を押さえ、膝をつき、床に倒れ伏す。首を締め上げられているという実感はあったが、格闘人形の体で苦痛を感じる事は無いはずだった。ならば苦痛の源は別にある。イゾッタは驚愕した。まさかベリアルは、『向こう側』の自分に直接干渉しているのかと。
ゲストハウスの4Fでは、神々がすぐさま異変に気がついた。総出で痙攣を始めたイゾッタを取り囲み、及ぶ力の排除を試みるも、叶わない。
「しまった。まさか、『向こう側』から仕掛けられるとは」
痛恨の極みをキューが口にする。イゾッタを加護するキルンギキビが、これ以上無いというくらいに取り乱した。
「何とかならないのですか!? この娘は呪いによって自らの呼吸を止めようとしております! これを打ち破れぬ神など、神を名乗る資格はありません!」
「今の吾等ではあの場には行けません。吾等はこの場所に身を縛っております。しかし彼女を救うには、『向こう側』に赴き、ベリアルの呪いを反故にする力を行使しなければなりません」
「それならば、大丈夫です」
キューを伊邪那美が宥め、次いでキルンギキビの手を取る。伊邪那美は夫の伊邪那岐を見上げ、同意を求めた。
「そうですよね、あなた」
「ああ。我がをの子は初めから傍に居たからな」
直後、跳ね上がっていたイゾッタの体が、何事も無く落ち着き、静かに寝息を立て始めた。
突然呼吸が戻り、イゾッタは息を荒げつつ顔を上げた。
そして其処には、大きな背中が目の前にあった。白くゆったりとした装束に身を包んだ男が、ベリアルの手首を掴んで締め上げている。ベリアルは苦痛で顔を歪め、それでも薄笑いを取り繕い、イゾッタを見下ろした。
「まさか、このような隠し玉を持ち込んでいたとはね」
「隠し玉とは無礼な言い方だな。この娘とは縁があり、縁に従いて傍にあったのみだ」
あ、と、イゾッタが声を上げた。以前に伊邪那岐が言っていた、自分に御印を授けた者が目の前に居る。振り返ったその顔には、浮世を遠く離れた美しさがあった。
「もしかして、月読命さん?」
「覚えていてくれたかい。良き哉、良き哉。利益の範疇を超えるが、これはサービスだ。そなたも何れは、かの礼節を知る者と共に我が宮へ参られよ。暇になってからで良い。その際は賽銭をば頂きたい。何、五円玉一枚で結構であるぞよ。姉様のように賽銭の額面を競う趣向は持ち合わせぬ故。あ、今のは姉様に内緒だからね」
「…何故、この娘を助ける?」
余裕綽々の体である月読に、ベリアルが言った。
「何故だ、異郷の神。信者でもない異国の娘を、助ける謂れが何処にある?」
問われた月読は、顔をベリアルに戻し、一言、『はあ?』と言った。
「信者だと? 訳の分からぬ事を申すな。この『名も無き神の使い走りすら落伍した者』め」
「結構酷い事を言いますね、月読さん」
「この者、正式の儀礼に従いて我が父母に食を捧げ、その友も我が宮を清めて礼を述べた。我は深く謝意を捧げ、これにて縁が結ばれた次第。私に礼儀を見せた者に私が礼儀で応じるは当然の成り行き。異国だか異郷だか、信者であるか否かは知った事ではない。かような節理も分からぬとは、まるで四角四面のさいころコロ助だな」
「例えが古過ぎです」
「実はテレビも持っておらぬ。頭が昭和で止まっている。地デジ化にどうやって対応しようか、悩みどころなんだよね」
イゾッタに笑いかけ、月読はベリアルの手を離した。腕を摩り、注意深く動向を見詰める彼女の前で、月読はイゾッタを隠すように立ちはだかった。ふ、とベリアルが笑う。
「一戦交える心積もりは無いとお見受けするわ」
「確かに、この場で事を構える頭は無い。ここに来られたのも落伍者仲間からの圧迫が緩んだ故だ。日ノ本への攻勢を止めたのは何故か?」
「さあ。極東は私の担当ではないから。さて、もう一度始めからだわ。第三者は去るがいい。イゾッタと言ったわね? 私に何かを理解させたいと思うなら、実力を示しなさい。そのうえであれば、私にも聞く耳がある、という事よ」
「…サマエルがサンフランシスコで起つわ。知ってる?」
「ええ、勿論」
「大親分のルシファも、足を掬われるかもしれないわ。そうなれば負け組決定よ、ベリアル。その気があるなら、日本に行くといい。そして八百万の神様の1人になるといいわ。あなたが自身の現状を変えたいと、僅かでも望むのであれば」
「中々面白い事を言うねえ、そなたは。ま、禍津神も神の内。来る者拒まず去る者追わず。とは言え部吏亜流とやら、その暁には私の宮の雑巾がけから始めて貰おうか。それではイゾッタ、仲間の元にお送りしよう」
月読がイゾッタを懐に招き入れ、その姿を掻き消した。
残されたベリアルは煙草に火を点けようとし、しかし考え直して仕舞い直した。呟く。
「変える。現状を…?」
「来たーッ!」
『出たーッ!?』
いきなり室内に現れたイゾッタに、取り敢えず茶を啜っていた一同が揃って腰を抜かした。
「何だい、イゾッタ。藪から棒に」
「攻めてくるわよ、ベリアルが!」
その一言で、格闘する人形達はガシャガシャと身を起こした。既に彼らも臨戦態勢への腹を括っている。茶を啜ってはいたが。武装を携え周囲360度に対して警戒開始。EMF探知機をON。現状、電磁場異常の反応無し。
「マンチェスター兄弟! 何か威力のでかい武器は持っているのか!?」
「ウィンチェスターだ、このトンチキ野郎!」
ブライアンの問いに、ディーンが怒鳴り返した。
「手榴弾か狙撃銃くらいしか無え。前のオオトカゲみたいなデカブツとは、戦った事がないからな」
「そういうのよりも、何か切り札的な武器は持っていないの? マンチェスター兄弟」
「ウィンチェスターだ」
「ごめんなさい、格闘人形の言語能力に若干の不備があるみたい。で、どうなの?」
拳銃に弾倉を装填しながら、ルシンダが問う。対してディーンは、窓枠の傍に立って外を警戒するサムの姿を横目に置き、ぽつりと呟いた。
「サムは、あいつは、考えただけで悪魔を殺せる。リリスもそれでブチ殺したよ」
「凄いじゃない。ベリアルと五分で張り合えるかも」
「駄目だ。あれは悪魔に植えつけられた、悪魔由来のPKなんだ。使えば使うほど人間から離れる」
「コルトの力の由来も、それなんじゃなかったの?」
「違う。コルトはコルトそのものが常軌を逸しているんだ。ともあれ、あの力は二度とあいつに使わせん」
「でも、死んでしまったらおしまいよ?」
「死にはしない」
ソニアが会話に割り込んできた。
「ベリアルの狙いは、あくまで兄弟の確保。仮にこの戦、負けても誰も死にはしない」
「…いえ、もしも死ぬとしたら、1人だけ可能性がありますような…」
クラリスが何となく視線をずらし、その場の一同が同じく1人の女神を目の端に置いた。集中する視線の意味が分からぬほど、カーリーも鈍感ではない。しかしながらプライドが形を取ったような彼女にとって、『あんた、多分真っ先に死ぬタイプだよ』と思われるのは我慢ならない。浅黒い顔を更にどす黒く染め、それでもカーリーは言い返す言葉が思い浮かばず、ついついこんな事を言ってしまった。
「おのれ、後で全員焼き殺してやる」
「やってみるがいいや、出来るもんならよ」
「警部補、お黙り下さい。カーリー、私は貴女を失っても、この戦いは負けなのだと思っておりますわ。だって私達、こんな状況を共にして、生き延びる方策を必死に考え合う仲間なんですもの」
「仲間だと? 馬鹿を言うな、人間風情が」
「そうやって人を見下す貴女も、またこの世に1人しか居ない貴女なんですわ。私は貴女を、必ずサンフランシスコに連れて行きます。私達は、戦い勝たねばならないのだから」
「待って!」
言葉の応酬をレヴィンが止める。サムと共に外を覗き込む彼女の目が、次第に見開いて行った。そして呟く。
「何なの、あれは。あの数は」
「飛天魔軍だ…。夜空を駆ける魔物の行進。この昼日中に、まるで鬱憤晴らしじゃないか!」
ハンターとウィンチェスター兄弟が潜む家屋を目掛け、飛行する異形の群れが押し迫っていた。その数は、とてもではないが計り知れない。表現としてはありきたりだが、飛天魔軍は空の一角を埋め尽くさんとしていた。
<大攻勢>
飛天魔軍とは、その名の通りに空を飛んで地上に災厄を撒き散らす、魔物の大行進の事である。
黒死病が猛威を振るった暗黒中世期には、数多くの目撃譚が書き残されているものの、夜すら明るく照らす現代社会では、かようなものが出現したという話を聞かなくなって久しい。
とは言え、これは空想の産物だ。異界トレントンはハンター達以外の全てが偽物である。しかしながら飛天魔軍を空想した者は、この世界を作り出した張本人、ベリアルだった。彼女が言っていたように、確かに異界トレントンにおけるベリアルは『神』なのだ。空想の産物に桁の外れた力を持たせるくらい、彼女にとっては造作も無い。
そして飛天魔軍を伴った大攻勢は、ベリアルの本気を示していた。空を埋め尽くす異形の大軍の中心で、彼女は本来の姿を形作っていたからだ。
天使に物理的な寸法を当てはめるのは間違いなのだが、少なくともこの場での彼女は全長200mを優に越える巨躯で出現していた。そしてフレスコ画に出てくるような、人間の体に羽が生えた優しい姿ではない。まるで一本の巨木のように真っ直ぐ伸びた胴体には、顔や足が存在していない。手はあった。胴体から何千何万と蠢く無数の手が。背中に相当する部分から、胴体を遥かに越える大きさの化け物じみた羽が生え、くすんだ黒色の羽を無数に散らしつつ羽ばたいている。
『さあ、どうする?』
ベリアルは、異界トレントンの全てに行き渡る声を発してきた。
『でも大丈夫よ。さすがにこれを現実世界に出現させる事は出来ない。現実の世界では、私達の及ぶ力にも限度があるから。ただ、お前達がどうやって戦うかに興味がある。だから本気を出させてもらう。さあ、努力する事よ。天使と古い神々の真っ向勝負と洒落込みましょう』
「どうする? だって。どうする?」
「どうしましょう」
交互に双眼鏡で飛天魔軍を観察しつつ、ハンター達は沈黙した。当然ベリアルの姿も確認している。あれは率直に言って、見なければ良かったという代物だった。
ただ、あんなものに勝てるか否かについては、この場においては脇に置かれている。問題はただ一つだった。沈黙を破り、ソニアがブライアンに問う。
「で、どーするの。あんなベリアルに言うワケ? 『初対面から決めていました!』とか」
「取り敢えず、斬る!」
ブライアンは負けなかった。
「斬って、斬って、斬りまくって、あの切りたんぽみたいな胴体を輪切りにして斬っていけば、中から絶世の美女が現れるかもだ!」
おー、という感嘆の声と共に、乾いた拍手が散発的に発生した。その様を横目に、ディーンとサムが顔を見合わせた。サムが言う。
「もしかすると、僕らは勝てるかもしれないぞ」
「何か俺も変な脳内汁が分泌してきた」
とは言え敵の物量たるや、あまりにもあんまりであった。しかも空を飛んでいる。翻ってハンター側は一騎当千の強大な面々が揃っているものの、言ってみれば地上の星だ。如何にも分が悪い状況であった。
ここで成すべきは、可能な限りの軍勢を地上に叩き落す事である。さすれば飛天魔軍とは言え所詮は十把一絡げ。掃討するも容易かろう。それを実行するに当たっては、最も効果的な『御加護』が一つあった
「成るほど、敵は幾千幾万もの異形の軍勢だわ」
言って、ルシンダが集団から数歩前へ進み出る。合わせてソニアも彼女の隣に立った。
「しかしあれ等は思い違いをしている。自分達が何を相手にしようとしているのかを」
「力も無く、手出しも出来ず、ただ死んで行くだけのか弱い存在だと考えるなら大間違いよ、このコンコンチキ!」
「お前達がこれから戦おうとしているのは、そう」
『神なのだ!』
「…いや、人間だろ」
「単に神の力を借りているだけの」
「ところでこの少年漫画みたいな演出は何?」
口々に突っ込みを入れる仲間達を他所に、ルシンダとソニアが片手を掲げ、ハイタッチの要領で掌を合わせた。そして片足をヒョコンと上げて曰く。
『みんなみんな破傷風になあれ♪』
「実に具体的な『業病』だなオイ」
テスカトリポカの異能『業病』は、押し迫りつつあった飛天魔軍を一挙に包み込んだ。何しろ単独でサンフランシスコに匹敵する効果範囲を持つ『御加護』である。それが2人がかりともなれば、ほぼ軍勢の全てを呑み込む事が出来た。ガーゴイル、インプ、ハルピュイア、下等悪魔、その他諸々のこの世ならざる者達が、一斉に筋肉を硬直させ、滝のように落下して行った。
当然ながらその力は、ベリアルにも効果を及ぼしていた。しかしながら全身を一瞬で駆け抜けた苦痛を、ベリアルは即座に排除した。広範囲かつ強大な『業病』ですら、彼女にとって根本的な打撃には至らない。それでも満を持して繰り出した異形の群れが、初手からいきなり戦力外とされようとしている展開には苦笑する。
『ならば、こちらもお見せしよう』
ベリアルが異界トレントン全域に宣言する。
『人を、人ならざる者を、それら全てを救う神鳴る力を』
ベリアルを中心として、何か暖かいものが放射された。それを受け、地に叩き落されて苦痛に喘いでいた飛天魔軍が見る間に復活し、再び空へと羽ばたいて行く。これはベリアルが執行した、空間限定の奇跡である。神から付与された、天使としての力の具現化。
(矢張り自分は堕天使などではない。天使だ)
己の力の程を認識し、ベリアルは自画自賛した。図に乗った、と言ってもいい。しかしベリアルの天使たる自負に対し、冷水を浴びせてきたのは『業病持ち』だった。
「その程度で呪いが収まると思ったら大間違いだぞう」
「力の陰湿さではポカちんの右に出る者は居ないんだぞう」
「さあ苦しめ。もっと苦しみ悶えるのだ!」
「体を弓なりに曲げて『ヒギャアアア』とか言うがいい!」
最早どちらが悪魔なのかは微妙なところだが、『罹患→回復→また罹患→更に回復』を延々と繰り返し、飛天魔軍は低空飛行を余儀なくされ、明らかに侵攻速度が鈍った。この機を逃す格闘人形ではない。斬り込みを担うレヴィンとブライアンが前進を開始する。背中に大剣、腕には借り物のMINIMIという出で立ちのレヴィンが、案の定キャラクターを変えて吼え上げる。
「死なすぞクソオドリャア! 二○三高地かハンバーガー・ヒルみたいな目に合わせちゃるけえのお!」
「さあ、お見せベリアル! 見目麗しいその姿を!」
ブライアンが剣を横手に流し、身を沈み込ませてから突進した。若干遅れてイゾッタが突撃。機動能力に関しては上回るブライアンが先駆けを決め、大集団の中で『クラウ・ソラス』を振り斬った。まとめて5、6体が両断。包み込んで来るガーゴイルをこれでもかと斬り伏せるも、何しろ敵は無数に居る。幾らクラウ・ソラス持ちとは言え、ないしは業病で敵の挙動に緩みがあるとは言え、これでは最後にはガーゴイル団子になってしまう。しかし、そうはならなかった。
膨大な数の銃弾がガーゴイル達を撃ち抜き、ブライアンへの圧迫が相当に和らいだ。レヴィンのMINIMIが大集団の一角に穴をこじ開けて行く。しかし、これでも借り物MINIMIではレヴィンの本領を発揮していない。穴を塞ぐようにレヴィン目掛けて迫って来た飛天魔軍に対し、レヴィンはMINIMIを捨て、大剣を鞘から抜いた。後ろに剣を退き、かはあ、と息をつく。
しっかと踏み込み、レヴィンはあらん限りの力で剣を振り抜いた。押し寄せる大群が、その一刀で砕け散る。それは爆弾落下後の衝撃波の如く扇状に広がり、遮る飛天魔軍をバタバタと薙ぎ倒した。たったの一撃で数百体を四散させ、レヴィンは血走った目で呆気に取られるブライアンを見た。
「お怪我はありませんか?」
「いや大丈夫だが、凄えなオイ。何処まで性に合っているんだ、クラウ・ソラス」
「伊達に人間ミサイルとは呼ばれていないので」
言って、レヴィンは膝を曲げ、大穴を穿つ勢いで地を蹴り、その身を上空へとジャンプさせた。また剣を一閃させ、立ち直りつつあった集団を消し飛ばす。
「おお、レヴィンが空中戦をやっている」
無造作に剣を振り回して接近するハルピュイアやらインプやらを斬り刻みつつ、取り敢えずブライアンは拍手した。その隙に踊りかかってきた下等悪魔の口に剣尖を突っ込む。それにしてもとブライアンは思う。あれは人間ミサイルと言うよりも、まるでミサイル人間だ。どっちも似たようなもんですが。しかしこうなると負けてはいられない。目指すベリアルは、未だ雲霞の如き飛天魔軍に遮られた位置に居る。ひゃっほう、と嬌声を上げつつ、ブライアンは快足を生かして地上を縦横無尽に駆け回った。
確かに敵の中央部は、レヴィンとブライアンによる非常識な攻撃力でもって打ち破られつつあった。しかし左右両翼はじわじわと距離を詰め、数にあかせて件の建屋への包囲を完成させようとしている。『業病』も初手の時程の効力を発揮している訳ではない。ベリアルの癒しとの陣取り合戦を継続した結果、ソニアとルシンダは精神的な疲弊に見舞われていた。どうやら神の御加護は、無尽蔵に行使出来る訳ではないらしい。
「ちっ。念力勝負の相手がベリアルというのは厳し過ぎた」
肩を大きく上下させ、ソニアが呟く。ルシンダはと言えば、両膝に手を置いてひたすら頷いている。
「きつい。正直きついです。存在感デカ過ぎ。さすがは異界トレントンの創世者」
「で、どうする? どうやらベリアルの狙いは、疲弊に疲弊を重ねたところで、はいご馳走様、みたいだけれど」
「大丈夫、まだまだこちらには手札があるから」
横からイゾッタが割り込み、言った通りに札を二枚取り出した。そして掌大の石を札で包み、警部補に「はい」と手渡した。
「思いっ切り投げて。左右の出来るだけ遠くへ」
警部補が首を傾げ、しかし言われた通りに左右への遠投を実行した。さすがに格闘人形だけあって、それは大層な飛距離であった。丁度軍勢が押し寄せる手前に落下。その途端、ポン、と軽薄な音と共に白煙を噴いて札が弾ける。
白煙が収まると、左には巨大と言うには余りにも巨大なユンボと、50年代風の格好の若い2人の男女が出現していた。得意満面のイゾッタが、両手で指差し命令を下す。
「片や『日立建機EX8000』! 片や『ボニー&クライド』! あたしの言う通りになさい!」
『何をすればいいんだい?』
クライドの方が手を振って問うてきた。
「取り敢えず何でもいいから、ブッ殺して下さい」
『分かったわー!』
ボニーが投げキスを寄越し、2人は提げていたマシンガンを引き起こした。合わせてEX8000がゆっくりと前進し、アームを威嚇気味に構えた。キューの悪趣味を全開にした変態アイテム、『ユンボ登場』と『助けてボニー&クライド!』が、各々左右両端で迎撃を開始する。
ボニー&クライドがゲタゲタと笑いながらマシンガンを乱射し、飛来する魔軍を叩き落す一方、EX8000は何しろ800t級の馬鹿でかいユンボである。動作はとろいが運動エネルギーたるや半端ではない。取り付かれたところで痛くも痒くもない鉄の塊である。ボニー&クライドも、どう考えても人間では叩き出せない速度でもって縦横無尽に殺戮を続け、またもや飛天魔軍の進撃が食い止められた。
さて。
中心核の登場人物であるディーンとサムの兄弟は、差し当たってする事が無い。2人は何となく焦点の外れた目線でもって戦況を見遣り、それでもサムは、取り敢えず散弾銃を構えてみた。が、ディーンがその銃口を押し下げ、達観した顔でもって首を横に振った。
「やめとけ。弾が勿体無い」
「…うん。そうだね。この状況で散弾なんて、本当の意味で芥子粒みたいなものだし。しかし何なんだろう、この戦いは」
「現実世界でこんな事が起こったら、街の一つや二つが吹っ飛ぶだけじゃ済まねえだろうなあ」
「ここは彼等に任せた方がいいだろう。カーリー、君も護身を考えるべきだ…カーリー?」
サムが隣のカーリーを怪訝な目でもって眺めた。彼女は虚空に視線を据え、ブツブツと何かを呟いている。その口元は、僅かずつではあるが、弓なりに曲がり始めていた。サムと、それにディーンの背筋に悪寒が走る。彼女は何か、とんでもない事をしでかそうとしているのだと。
「ルシンダ、結界を使えたな。そいつでカーリー以外を守ってくれ」
後じさりつつ、ディーンがルシンダに言う。
「え。どういう事?」
「早く! このままだと巻き込まれる!」
「捉えた」
小さく呟き、カーリーが目を見開いた。
その途端、飛天魔軍の最奥部から、小さな夕焼けのようなものが浮かび上がった。
小太陽が四方に光を照射し、拡散する。それは飛天魔軍を呑み込んでありとあらゆるものを瞬時に焼き尽くし、ハンター達の居場所にも到達して家屋を燃え上がらせた。少し遅れて激しい爆発音が地鳴りのように轟き、爆風が地面を抉りつつ木々と建造物を薙ぎ倒した。数秒間持続したそれは、今度は逆に爆心地へと吹き込んで行く。粉々に破壊された樹木と家の破片が高速で空に高々と巻き上げられ、キノコ雲を構成する一部と化した。
全てが終わる頃には、戦場域は綺麗さっぱりと更地になっていた。飛天魔軍は何処にも居ない。あれだけ存在感を見せ付けていたベリアルの巨体すらも。EX8000とボニー&クライドも消し飛んでいた。前線で戦い続けていたレヴィンとブライアンが何処にも見当たらない。在るのは、辛うじて結界が間に合ったハンター達と、膝を付いて呼吸を乱すカーリーのみ。
「ふふ。やったわ。やったぞ。ざまあ無い」
カーリーはよろよろと立ち上がり、無人の野に勝利の哄笑を放った。
「あの小賢しい天使め。私の持てる力の全てを直撃させてやったわ。これこそが破壊。これこそが力だ」
「…カーリー…」
暴力的な異能の行使を防ぎ切り、疲労困憊のルシンダの肩を叩いて、ディーンが怒気を込めてカーリーに言った。
「俺達諸共殺そうとしやがったな」
「その程度で、ルシファとミカエルの寵愛を受ける者が死ぬはずはないでしょう? それに人形共も、所詮壊れるだけのオモチャなのだから」
「カーリー、あなたは思い違いをしている」
額の汗を拭いながら、ルシンダが警告を発した。
「持てる力の全て、ですって? その攻撃は、この私の結界でも防ぐ事が出来たのよ。ましてや、相手はベリアル。この世界が未だ継続している意味が、どういう事か分かっている?」
「何ですって」
しかしカーリーは二の句を継げなかった。突如無造作に、一本の槍が胸に打ち立てられたのだ。カーリーが呆気なく、再び地面に正座の格好で座り込む。己が胸に生えた槍を呆然と見下ろし、カーリーは大量の血反吐を口から溢れ返らせた。
「ちょっと、驚いた」
ベリアルは呟き、腰に両手を当て、無人の荒野と化した戦場を困り顔で睥睨した。先の攻撃で己が真の姿は焼き尽くされたものの、だからと言って根本的な打撃を被った訳ではない。しかしながら、彼女が想像して創造した飛天魔軍は、その全てが消えてしまった。今から改めて創造し直すのは、余りにも面倒だとベリアルが溜息をつく。大した事の無い女神様だと、カーリーについては高をくくっていたものの、さすがに破壊神を自負するだけの事はあった、というところだろう。尤も、先の核反応爆弾並みの攻撃が、仮に彼女の実力の全てだとすれば、それはベリアルにとって鼻で笑うしかない代物だった。
つと、ベリアルは顎を上げた。取り敢えず槍で突き殺したつもりのカーリーに、未だ息がある。既に御退場頂く事が確定している彼女だが、それでもベリアルは眉をひそめた。一撃で粉砕出来なかった、というのは己の沽券に関わる。ベリアルは目を閉じ、一本の槍を己が右手に想像した。して、出現した槍を中空に放り投げる。くるくると回る槍が数百の単位で分裂し、それらは矛先を遠く離れたカーリーに向けて停止した。
まるで指揮棒を振るように指を回し、ベリアルが前方を指し示す。無数の槍が瞬時に音速を叩き出し、飛翔する。音の壁を破る爆音が向こう側へ轟く前に、カーリーは肉一片残さず消え去るであろう。ベリアルが、陰湿な笑顔を浮かべた。
空気を裂きながら突っ込んで来た無数と見える槍が、寸前で食い止まった。その後、ソニックブームの引き起こした轟音が周囲に響き渡る。
過大な圧迫感を伴う槍の群れは、今にも突き破って横たわるカーリーを灰燼に帰そうとしていたものの、クラリスとイゾッタの『御加護』が辛うじてそれを留めている。「ンパギ・ムル」という力、護りと応報の両方の意味を持つその力は、護衛対象を絞り込むほど『盾』としての強度が増す。しかしながら敵が敵である故に、2人がかりの御加護でも決死の覚悟が必要である。クラリスとイゾッタは、ただカーリーを護る為だけに、未曾有の精神戦をベリアルに対して挑まねばならなかった。
「少し痛むけど、我慢して」
痙攣の治まらないカーリーの隣に座り、ソニアは彼女の胸を押さえ、渾身の力でもって槍を引き抜いた。げは、とカーリーが呻く。血が傷口からポンプで汲み出されるように噴出する。ソニアは魔術植物を調合した「癒し」を傷口に当て、返り血塗れになりながらも止血の為の奮闘を開始した。
カーリーは血の泡を吐きながら、自分を救おうと努力するソニアを見遣り、次いで槍を押し返さんと力を振り絞るクラリスとイゾッタを見た。空気の抜ける音を口から漏らしつつ、カーリーは言った。
「何故だ」
と。
「何故? 何故とは、馬鹿な事を!」
クラリスが激昂し、怒鳴り返す。彼女にしては、とても珍しい事だ。
「仲間だからに決まっているでしょうが! 同じ世界で生きている仲間だから!」
「クラリス、応報するわよ!」
「承知!」
クラリスとイゾッタが、ほとんど悲鳴のような気合の雄叫びを上げ、それと同時に槍の先端がギリギリと上向き始めた。2人の人形の体に亀裂が入る。そして槍は裏返しとなり、クラリスとイゾッタの片腕が粉々に砕け散る。2人が膝を付き、遂に全ての槍がベリアル目掛けて飛翔を開始した。
「馬鹿な」
仕掛けた攻撃がオウム返しで押し迫る様を、ベリアルは信じ難い目でもって見詰めた。即座に防御に移る。が、咄嗟の守りを何本かが破り、今度はベリアルの全身に槍が突き立てられた。よろめき、仰向く体を、皮肉にも突き抜けた槍が支えとなる。槍を消して刺傷を塞いでも、自身の攻撃力の程は伊達ではない。ベリアルは甚大な打撃を被るまま、空を仰いで地に倒れた。
そして見上げた空から、落ちて来る幾筋もの光が目に映る。その時、声が聞こえた。それはベリアルだけに耳打ちする、小さな囁き声だった。
『天瓊滄海という、日本の神の力だ。敵に痛みを、友に癒しを。今の君じゃあ、さぞかし痛かろ?』
「何奴だ」
『俺が艱難辛苦と幸運を与える者が行使した。最初から見させて貰ったよ。そろそろ潮時だと思うんだけどねぇ。負けを認めれば?』
「分かったぞ…。貴様、ルシファに殺されたのではなかったか!?」
『あれしきどうだと言うんだい。俺はトリックスター様々なんだぜ?』
声が途切れ、光の雨が降り注いだ。全身から煙が噴き、ベリアルが体をガクガクと奮わせる。それと共に、異界トレントンの光景にノイズが走った。この世界を構成する精神の力に、明らかな揺らぎが生じたのだ。しかしベリアルは強引に立ち上がり、揺らぎを力尽くで抑え込む。また声が聞こえた。
『俺は、友に癒しを、とも言ったのだが?』
と、二箇所同時に地中から人影が飛び出した。全身ボロボロでありながら、彼らの目は爛々とした生気を発している。カーリーの攻撃に巻き込まれ、抉られた地面に埋もれて昏倒していたレヴィンとブライアンが、各々の剣を正眼に構え、叫んだ。
「ファイトオオオ!」
「いっぱああつ!」
天瓊滄海は2人にとって、リポD的効果があったという訳だ。
「ベリアルさん!」
ブライアンが大股でずかずかと歩み寄り、剣を収めて片手を差し出し、かように言ったものである。
「初対面から決めていました!」
「何を?」
ベリアルが問い返した。てっきり斬りかかって来ると思っていた相手が「決めていました」では、さすがのベリアルでも対処の仕方が分からない。そもそも人間と言うものが、よく分からない代物である。で、ブライアンが答えた。
「この、俺と、付き合って下さーい!」
フォントでっかくしてみました。上手く表示がされるか心配です。
ベリアルは、得体の知れない深海の生き物を見るような瞳でブライアンを目の端に置き、ついつい煙草に火を点けたくなった。ブライアンはと言えば、彼女の返事を今か今かと待ち構えてソワソワしている。取り敢えず殺そうかとも考えたが、ベリアルはその前に天使と言うものがどういう者かを説明しておこうと気を取り直した。
「下級天使には、実は性別があるのよ。でも、私くらいの者になると、そういう区別が無くなる。上位階級の天使に性別は存在しない」
「でも、すげえ美人ですが」
「降ろしたこの身が、偶々すげえ美人だった、という事。彼女はモデルだったわ。薬物で心を病んでいたけれど。そんな彼女に私は救いの手を差し伸べ、彼女はそれを受け入れた。これにて天使と人間の契約が成立した、という事。繰り返すけれど、私は天使。性別は存在しない。と言う事は、恋愛感情というものがそもそも存在し得ない。お疲れ様、という事」
「そんな。そんなに美人なあなたが、スノーマンなどと同じのはずはない!」
「スノーマンって何」
「性別不明、生き物だか雪ダルマだか訳の分からない代物です」
「私にはお前の方が訳が分からない」
「この、俺と、付き合って下さーい!」
さあこの胸に飛び込んでおいでと言わんばかりに両手を広げて駆け寄って来たブライアンに対し、ベリアルはPKで空の彼方まで吹き飛ばした。ふう、と息つき、ベリアルが掌を掲げる。斬り込んで来たレヴィンの刃を難なくと受け止め、ベリアルはレヴィンの顔に己が目をぐいと近付けた。
「成る程、さっきのはお前が突入する為の隙を作った、という事」
「結果的にはそうだけど、何か違うような気もする」
剣を引いて間を置き、レヴィンはベリアルと対峙した。その様を見、ベリアルの能面顔が徐々に強張り始める。改めて彼女と向き合って、レヴィンの持つ力に強い違和感を覚えたからだ。
「そうか、あの時の」
ベリアルが言う。そして掌をレヴィンに向ける。バラバラに四散させようと試みたPKは、しかしレヴィンが縦に一閃した大剣によって『両断』された。ベリアルの違和感が、確信に変わる。彼女は、この異界トレントンそのものを『斬る』力を持っているのだ。
「あなたは自分が悪魔ではない、と思っているようだけど」
レヴィンが宣告する。
「今も崇高な神の下僕だと思っているのだろうけど、ソロモンの環に僅かでも身を留められたあなたは、矢張り悪魔なのだと思う」
「違う」
「あなたは中途半端だ。存在そのものが。だから心に大きな空隙があるわ。その隙間を切断するは容易い事。剣を極めた者に、斬れぬものは無い」
「やってみるがいい」
ベリアルは言いながら、動揺した。自分が一体何者なのかについて、自分自身で真剣に向き合った事が無い。今、それを指摘されたのだ。たかが人間の小娘に。否、とベリアルは思った。これは正しく、自分と人間に相似が勃興しつつある、という事だ。自分とは、何なのか。それは人間特有の思索であり、天使には有り得ない思考である。
(そうか)
レヴィンが剣を大きく上に掲げた。その様を見るベリアルは、乱れつつも何処かさっぱりと晴れやかな気持ちを己の中に見出した。
(私は今、変化しつつある、という事)
剣が真っ直ぐ縦に落とされた。
真っ二つに斬り裂かれたベリアルが、苦笑の表情を見せて風景の中に溶け、消えた。その両断された位置から、同じでありながら別物の景色が迫り出してくる。現実のトレントンが、異界を呑み込もうとしているのだ。
「やった…」
剣を収め、肩を撫で下ろすレヴィンが、トレントンの表出を前にして消失した。
その変化はウィンチェスター兄弟達の位置からも視認出来た。もうすぐ異界トレントンが消え去る。それも理解出来る。
「やった。あのベリアルに勝ちやがった」
「何て事だ。四人の貴公子の1人に勝つとは」
兄弟が感嘆の声を上げ、ハンター達を誇らしく眺めた。そんな彼らとも、もうすぐお別れなのだ。それも理解出来た。
「どうか頑張って。僕らも絶対に負けないから」
兄弟は口々に感謝の言葉と握手を交わし、最後に警部補と向き合った。
「マクベティ警部補も、達者でな」
ディーンが差し伸べた手を握り返し、警部補は不意に悪戯めいた笑みを口元に浮かべた。
『お前達、DVDを見るのを忘れるなよ?』
「何だって?」
警部補が手を振って離れ、ハンター達と同じ場に立った。彼らの輪の中には、クラリスに促された満身創痍のカーリーが居る。
「行きましょう、カーリー。新しいステージに」
カーリーは無言ではあったものの、小さく頷いた。
「それでは、何時か何処かで、また」
最後の別れの言葉を、もう誰が言い残したのかは分からない。気が付けばウィンチェスター兄弟は、陽光降り注ぐ田舎町トレントンの、ストレイトロードの真ん中に立っていた。
「心強いな。ああいう人達が居るっていうのは」
名残惜しそうに呟くサムに、ディーンは肩を竦めて同意した。
「まあな。しかしあれだけの事が出来る力を持っているんだ。向こうは向こうで、厳しい戦いになるんだろうぜ。さて、俺達もやらなきゃならん事がある」
知らない人の家に停めたシボレー・インパラを拾うべく、ディーンはさっさと歩き始めた。駆け足で彼と肩を並べ、サムがディーンに問う。
「やらなければならない事?」
「DVDを見ようぜ。ルシファに対抗する切り札って、あいつが遺してくれた奴をさ」
「でも、警部補はDVDの事を何故…って、まさか」
「そういう事。全く、しぶとい野郎だぜ」
南アフリカ、喜望峰の波打つ浜辺で、ベリアルは岩に腰掛けて海を眺めていた。人影の絶えた景色に溶け込み、ベリアルがポツリと呟く。
「ごめんなさい、負けてしまったわ」
「君が敗北を認めた事に驚いている。彼奴らの本体に報復を実行するという選択もある訳だが」
「それは美しくない足掻きよ。負けは負け。それにあんまり、サマエルを刺激したくはないのでね」
中年の男が、何時の間にかベリアルの背後に立っていた。彼女は努めて、振り返らないように心掛けている。男に自分の笑顔を見られるのは、気が進まなかったからだ。
「期待に添えなかったわね」
「申し訳ないが、実は然程期待していなかったよ。専ら私は、サム自らの意思でこちらに来る事を望んでいたからな。そしてそれは、間違いなく実現する。彼は自分の足で、私の元にやって来る」
「そう。でも、未来は変わる。お父様に最も近しい力を持つ貴方には信じられないかもしれないけれど。どうか気をつけて。かつての友としての、最後の忠告。地獄から出してくれた事には、本当に感謝している」
ベリアルはようやく男、ルシファを顧みた。皮膚の崩壊が一段と進行する姿を何ら気にも留めず、彼女が言う。
「恐らくではあるけれど、遠からず私は貴方の敵に回るでしょう」
「人間の味方をするというのかね?」
「いいえ。私は特に誰の味方でもない。ただ私は、私が一体何なのかについて、思考を深めてみたくなった。それだけ。おあつらえ向きの居場所も、多分あると思う。其処に貴方が攻めてくるならば、戦う」
「分かった。私も君には、ミカエルとの絶望的な決戦に参加してもらった事への恩義を感じている。この場は互いに礼を述べ、静かに別れよう。さらばだ、ベリアル。次に会った時は、殺し合いとなろう」
「その時は全力で行かせて貰うわ。勝ち目なんて無いけれど。さようなら、ルシファ」
ベリアルはルシファの隣を抜け、音も立てずに歩み去ろうとした。が、不意に足を止め、一言言い残し、消えた。
「生きていたわよ。貴方が殺したはずの彼。大天使ガブリエル」
ルシファは顔を傾け、ベリアルが居なくなった事を確認してから、安堵の息をついた。呟く。
「そうか。良かった」
<疾風怒濤>
天使ガブリエルの名を聞いて、人々はどのような姿を想像するだろうか。
彼もまた名も無き神の忠実な下僕であったが、実を言えば彼らの住まう世界を出奔した落伍者でもある。兄弟同士が血で血を洗う死闘を繰り広げる様に絶望し、ガブリエルは長らく人間の世界で好き勝手に生きていた。
しかしながらルシファの侵攻が始まり、ガブリエルは決断を迫られる事となる。戦うか、傍観するか。そして彼は、戦う道を選んだ。促したのはウィンチェスター兄弟だ。
ガブリエルは大天使と呼ばれる者達の中で、人間の側に立った唯一の存在である。彼は古い神々の会合に出向いてルシファからの逃走を訴え、かつ『食料』として囚われていた人間達を解放し、件の兄弟とカーリーを逃がす為、敢然とルシファに立ち向かった。そして戦い死んだ。
天使ガブリエルの名を聞いて、人々はどのような姿を想像するだろうか。誇り高く、慈愛に満ち、勇猛果敢。勝てぬと分かっていながら、一握の人々を救う為に戦い挑んだ正義の天使。連ねたエピソードから伺える人物像はそのようなものであったが、多分、否、間違いなく実際のガブリエルは、そのどれもが当てはまらなかった。
「はっ!?」
毛布を蹴飛ばし、ブライアンが起き上がる。訳も分からず周囲を見渡す内に、ここが真っ白な無限世界、ゲストハウス4Fである事に気が付いた。何時の間にかベッドで寝かされていたらしい。見れば自分と同じく、H6の愉快な仲間達がスヤスヤと寝息を立てている。ふと、ブライアンは気が付いた。
「マクベティ警部補は?」
「彼は一番に起きて出て行きましたよ。真祖一党との対決に向かわねばなりませんからね。君達が異界トレントンから帰還して、大体10日といったところです」
ブライアンの真後ろから、カウチソファに寝転ぶだらしない格好のキューが、掌をひらひらと振りながら答えてきた。首を傾げながら、ブライアンはベッドから降りて地に立った。相当に手酷いダメージを負ったはずだが、体の方は何ともない。戦いを格闘人形に任せているのだから、当然と言えば当然である。それにしても厳しい戦いだった。四人の貴公子と真っ向からぶつかるという。敵の名は、ベリアル。ベリアル? ここに至って、ようやくブライアンのシナプス結合が完了した。
「あーっ! まだベリアルから告白の返事を聞いていない!?」
「…何と言いますか、凄いですね君は。ともかく、そろそろ皆さんにも起きて頂かないと」
キューがパチンと指を鳴らすと、残りの者達もむくりと起き上がった。伸びをしながら寝ぼけまなこを擦る彼女らも、ブライアン同様、状況が今一つ分かっていないらしい。しかし、彼女らは一斉にブライアンを凝視し、徐々に顔を赤らめ始めた。
「え。うそ。何で?」
「馬鹿な、だってあのブライアンだよ?」
「まさか『初対面から決めていました』男に、この私が」
自分を凝視しながらモジモジと身をよじるリアクションの意味が、ブライアンにはさっぱり理解出来ない。と、カラカラと笑う声が一同の耳に響いてきた。4Fの神々の中では聞いた事の無い声だった。キューはこれ見よがしに溜息をつき、今一度指を鳴らす。一同の前に、簡易な檻に閉じ込められた、1人の中年男が出現した。男は狭い檻の中で容赦なく笑い転げている。キューは鼻を鳴らし、男の素性について説明を始めた。
「前から少し奇妙だと思っていたんですよ。マクベティ警部補は、時折奇妙な雰囲気を醸し出す事がありました。で、その正体がコイツです。警部補に取り憑いていたトリックスター、ガブリエル君です」
「ガブリエル君? 誰?」
「皆さんなら御存知でしょう。大天使ガブリエル」
「その通り!」
男は笑うのを止め、身を起こして悪戯小僧の顔で言った。
「俺の名前はガブリエル。大天使様々様だ。憐れな子羊諸君、遠慮なく崇めてくれ給えよ?」
一同は眉をひそめ、互いを見合った。大天使? これが? と言わんばかりの顔と顔を前にしても、ガブリエルは平気の平左である。そもそも何でこんな所に。しかも檻に閉じ込められている。大天使の分際で。それらの疑問に対し、キューが順を追って説明する。
「本来なら、警部補に憑いていると分かった時点で、神々総がかりで叩き出すところだったんですがね。何しろ全員、天使は大嫌いですから。しかし彼はおかしな奴でしてね。何しろ大天使の階級で唯一人間の側に立っている。ルシファともサシで戦っていました。負けましたけどね。で、こちらに参画したいと言う意思も持っていたので、取り敢えず面白そうだから招き入れた次第です」
「そういう事だ。警部補が生まれた時から、俺はあいつに目を掛けていた。奴には波乱万丈を生きる相がある。そういう奴を観察して、あれこれ干渉するのは実に楽しいのさ。で、彼を通してお前達の事もずっと見ていたよ。中々面白そうな事をしているじゃないか。俺も混ぜてくれよと、そう思った訳だ。ま、そんな訳で、晴れて味方となったんだから、そろそろ縛めを解いては貰えないかね?」
ガブリエルの頼みに対し、キューは答えの代わりに檻を消してやった。ガブリエルはヒョイと立ち上がり、真っ直ぐブライアンの元へ歩んで行った。そして彼の胸に、トンと指を当てた。
「ベリアルに呪いをかけられたらしいよ? 胸骨に刻印が穿たれている。レントゲンを撮ったら、多分医者が泡を吹いて倒れるぜ?」
「呪いだって!? 一体どんな」
「聞いて喜べ。何と異性にモテモテの呪いだ。あいつもああ見えて、結構いい所があるじゃないか」
ブライアンは己が胸を押さえ、呆気に取られたものである。思い当たるところがあるとすれば、『さあこの胸に飛び込んでおいで』の際に貰ったPKによる打突であろう。
『これあげるから、他を当たって下さい』
かような意思が感じられて仕方がないではないか。事ここに至って、ようやくブライアンはベリアルとの恋が成就しなかった事を思い知らされた。ガックリである。大ガックリである。が、そうなると自分を見て赤面するH6の愉快な仲間達の反応が大変気になった。それはつまり、そういう事か。恋のマジックポーションか。ブライアンは、如何にもげんなりという風に呟いた。
「いや、でもお前ら、タイプじゃないし」
『それはこっちの台詞だよ』
イゾッタ、クラリス、ソニア、ルシンダ、レヴィンの声が見事に唱和した。唱和する最中でも、何となく顔が赤らんでくるのは大変悔しい。
「さあ、盛り上がって参りました!」
キューが常套句を叫ぶ。無理繰りの場面転換には便利な台詞である。
「それではもう1人、新しい友達を紹介します。神々の中でもボッチ街道爆走中のこの方です!」
「…元から馴れ合うつもりもない」
ひどくつまらなそうな声音が、ハンター達の傍から聞こえてきた。浅黒肌の綺麗な女が、何時の間にか仏頂面で立っている。彼女を認め、クラリスが喜びの声を上げた。
「カーリー! やっぱり来てくださったのですね!」
「勘違いするな。連中に報復する機会と捉えたまでよ」
手を取ってきたクラリスをしかめ面で見返し、その不機嫌さのままに、カーリーはガブリエルを見据えた。
「こんな所にまで出て来るワケ?」
「つれない事を言うなよ。君と俺の仲じゃないか」
「…お知り合いだったのですか?」
「元カレと元カノの間柄だったんだよ」
ガブリエルの返事を聞いて、クラリスの挙動が固まった。2人の間にどのような繋がりがあったのか、さっぱり見えて来ないのは当然と言えば当然である。と、ガブリエルとカーリーの姿が忽然と消える。と言うより、消された。
「彼らも君達に加護を与える者となります」
キューが言う。
「つまり本来あるべき姿に立ち返る、という訳です。君達が肉眼で見れば目が潰れるでしょう。あんな2人でも」
「何か棘のある言い方ね」
「格闘人形だったら、神々の真の姿を目視出来るの?」
イゾッタの問いに、キューは頷いた。
「出来ます。と言うより、君は既に月読の真の姿を見ていますね。伊邪那岐と伊邪那美は彼の両親だけあって、とても美しい姿をしています。キルンギキビも可憐な女性です。ヌァザはとても壮健な御老体ですね。翻って吾とポカちんは、君達の視点からすれば化物です」
「そうなんだ。第三者的視線は堅持するのね」
「次いで言うと、ガブとカーリーは『見なきゃ良かった』と後悔します」
「やっぱり棘のある言い方ね」
軽い話を終え、キューは巨大なプロジェクターの画面を一同の前に出してきた。映し出されたのは、何処かの夜の風景である。恐らく海沿いの。声を落として、キューが語り始めた。
「正直言えば、吾はガブとカーリーを受け入れるつもりはありませんでした。彼が人間の味方といえども、吾等の天使嫌いは根深く、また今のカーリーは、味方とするには難が有り過ぎる。しかし、そうは言っていられない状況になりそうなのですよ。画面の中の顛末を、よくよく注意して御覧下さい」
<インベイダーズ・マスト・ダイ 其の二 (H3より)>
突如砲撃のようなものを受け、車列を巻き込んで崩落しつつあったゴールデンゲート・ブリッジは、不意に時間が止められたの如く落下が食い止った。しかしながら、現実の時間の流れにポーズがかかった訳ではない。現に恐怖に怯えるドライバー達の表情が、空中に浮遊する状況に気付いて困惑へと変わる様が見て取れる。
今にも真っ暗な海に雪崩を打って落ち込もうとしていた数多くの車が、ゆっくりと浮上を開始した。そして崩落を免れた橋の安全な箇所に次々と移されて行く。危うく、否、間違いなく大惨事になるはずだったその事故は、奇跡としか言い様の無い顛末で1人の死者も出す事は無かった。
歌が聞こえてくる。下手くそな歌だった。
『強くて明るい元気者、M I C,K E Y,M O U S E』
ミッキーマウスマーチは始終外れた調子で、それでも決死の気持ちがその声には乗せられている。
場面転換。
漆黒の髪のとても美しい女性が、目から鼻から血を流しつつ喉を震わせて歌い上げながら、破壊された橋を、車が押し戻される様を凝視している。この大事故から人々を救ったのは、彼女だった。
「シルヴィア社長!?」
イゾッタが大画面に駆け寄り、その名を叫ぶ。アンチ・クライストとして常々その名がハンター間で噂に上っていたシルヴィア・ガレッサが、遂に本来の力を開花させたらしい。
「…カーリー、見ている?」
ソニアが破壊神の名を呼ぶ。返事の代わりに、ソニアの背後に不可視の巨大な存在感が出現した。彼女としても、目の前の光景には多大な興味があったのだろうとソニアは解釈する。ソニアは以前からの思うところをカーリーへ率直にぶつけてみた。
「彼女、シルヴィアを見て感付くところを教えて欲しいな。彼女はアンチ・クライストだけど、所謂キリスト教的概念からは離れた存在から誕生したものらしい。彼女の母親はインド出身との事よ。カーリー女神ならば、何か分かるんじゃない?」
『…ヴァイラーヴァの血統』
呻くように、カーリーが言った。
『私は血と破壊を求めるものだけれど、ヴァイラーヴァは存在そのものが破壊なのよ。つまり破壊の意思が具現化した代物。シヴァを形容する名は幾つもあり、各々がシヴァの精神性を端的に表している。ヴァイラーヴァはその内の一つ。つまりあの女は、破壊神シヴァの血統そのものなのだ』
「シヴァ、か。大物が出て来たわね。ところでカーリー、あなたシヴァの奥さんではなかったの?」
『とっくに離縁した』
「ああ、そう…」
画面がシルヴィアを中心として、遠景を映し出した。彼女の周囲に複数の蠢く影が見受けられる。それら尽くが悪魔であると、ハンター達は見抜いた。その数は、最低でも20人弱。アンチ・クライストを囲うにしては、これでもまだ少ない方だ。
しかしハンター達は、その内の1人から不穏な気配を察知した。慎重に身を潜める面々にあって、中国系の彼だけが不用意に身を晒しているのだ。その余裕のある態度には、間違いなく根拠がある。恐らくアンチ・クライストですら御せる自信のある手合いだ。
再び場面転換。
今度は、ゴールデンゲート・ブリッジで起こる異様な展開を、呆然と見詰める男女混合の集団が映った。ジェイズのハンター仲間である事はすぐに分かった。イゾッタには同僚の姿も確認出来る。不意にキューが、場面に向けて声を発した。
「取り敢えず、今は落ち着いて対策を練った方がいいでしょう」
キューの声は、どうやら画面の向こう側に届いているらしい。彼らは突然発せられた呼びかけに狼狽し、慌てふためいて周囲を見渡した。構わずキューが続ける。
「これはこれは、ヴィルベート・ツィーメルン君。先日はどうもです」
『キューさんか!?』
「そのまま一気呵成に動かないように。シルヴィア嬢の周囲に悪魔どもが配置されているのは承知していますね? このまま突き進んだら、皆殺しの憂き目を見ますよ?」
『初めまして、ルカ・スカリエッティです。しかしこのまま放置する訳にはいきません。社長は、シルヴィアは、このままだとアンチ・クライストとして加速する一方です』
『しかしジェイズの主の言うところも尤もだろう。俺達は頭を冷やす必要がある。俺はアルベリヒ・コルベだ。宜しく』
『あ、どうも、エルダ・リンデンバウムです。シルヴィアさんですけど、何かの攻撃から街を守っているんですよね? 今のあの人は、それだけに集中しているみたいです』
『つまり彼女を奪還すると、攻撃を仕掛けた者が街の蹂躙にかかると? 一体どうすればいいんですか』
『えっと、それは…』
「御心配なく。あちらの方は、こちらで対処致します。と言いますか、こちらでなければ対処出来ません。何しろ敵は、『向こう側』から攻撃を行なっています。『向こう側』に行ける人間は、格闘人形の操り手を置いて他にはありませんので。シルヴィアに関わるハンター諸君、君達はきちんと対策を練って、彼女の奪還に集中して下さい。次回はH3とH6の同時作戦って奴ですね。…ん? 攻撃が一端終了したみたいですが、どうしたんでしょうか?」
みたび、場面転換。
真っ白な景色が画面に映る。まるでゲストハウス4Fのような、上下左右、何処までも続く白色の世界。その中に、ぽつんと異物が浮かんでいた。徐々に迫り出すその姿を見、ハンター達が目を丸くする。それは古い型式の戦艦だった。艦首に菊の御紋が備えられた、二次大戦時代の日本の戦艦だ。見る人が見れば、その艦名は直ぐに気付く事だろう。
日本海軍、聯合艦隊旗艦、戦艦長門。
艦橋に画面がズーム。ぽつんと椅子に腰掛ける、軍装かつ初老の男が、腕を組み、閉目している。と、彼に対して何処からか声がかけられた。
『何故です? 長官。何故砲撃を止められたのです?』
『…この艦は栄えある日本艦隊の象徴だ。あのような暴虐を為して良い艦ではない』
疲れ果てた様子で答える男の言葉に、『声』は密やかに笑いながら畳み掛けた。
『何を今更。戦争を、非戦闘員を巻き込む総力戦へと変貌させたのは人間ではありませんか。貴方の祖国も、各所で相当の事をやっていたのをお忘れとは言わせません。しかしながら、あの米国の輩は裁きを受けて当然の連中の子孫です。貴方の祖国の街々を焼き払い、非戦闘員の老若男女を大量に虐殺し、戦闘機で逃げ惑う子供達に銃撃を加え、疎開する民間人の船を撃沈し、とどめに新型爆弾を市街地に落とす愚挙を実行し、それを未だに正しかった等と言い切っております。それに対し、貴方達は何が出来ましたか? 南で、東で、北で、西で、飢え、地に這い、病にのた打ち回り、貧弱な武装で玉砕に継ぐ玉砕を強いられ、体当たりを敢行する航空機は尽く叩き落され、この栄えある日本艦隊の象徴とやらは、最期に原爆実験の餌食となりました。つまり、貴方達は、全く何もする事が出来なかった、という訳です』
『声』が言い切った直後、長門全体に震えが走った。怒りと憎しみ、それに恐怖を根本とし、長門がその身を震わせて激昂する。艦内の端々から、無数の怨嗟の呟きが発せられた。
『鬼ぞ』
『けだものぞ』
『苦しい、苦しいよ』
『お母さん、助けて』
『許さんぞ、絶対に許さんぞ』
恨みと嘆きを口にするそれらに対し、心から同情する、とでも言うかのように『声』が言った。
『さあ、長官。無惨な死を遂げた彼らの魂を束ね、救って差し上げて下さい。彼らを結束させられるのは、貴方を置いて他には居ません。今度は米国を同じ目に合わせるのですよ。手始めにサンフランシスコを焦土と化すのです。何、もう直ぐ米国全体が大破壊に包まれます。その時貴方達の魂は、ようやく安らぎの時を迎えるでしょう』
長官と呼ばれた男は、特に抗弁する事もなく押し黙ってしまった。彷徨える数多の将兵の魂に申し訳なく思い、彼らを苦しみから解放したいとの心が真であったからだろう。その心情を、『声』は利用したのだ。
『まあ、いいでしょう。今回はこれで退くも宜しい。防御壁を突破したのですから、事は成したも同然です。極東戦線では貴方達の力を借りる事は出来ませんでしたが、アメリカ相手なら問答無用。仄暗い海の底から這い上がるもの、その恐怖をとくと味わうがいい』
『成る程ね。ルーシィ(※ルシファの事)の奴、リヴァイアサンを差し向けて来やがったな』
声だけのガブリエルがポツリと呟く。その名を聞いて、ハンター達がどよめいた。
「リヴァイアサン!?」
「また四人の貴公子ですか…」
「自分達、戦う相手が桁違いに過ぎない?」
口々に嘆息する彼らに対し、ガブリエルは宥めるように言った。
『まあ、落ち着くといい。あの幽霊戦艦は、確かに恐ろしい代物だ。サンフランシスコを塵芥に変えるなど、その気になれば容易い。何しろリヴァイアサンは、あの戦艦の姿そのものになっているからねぇ。しかしだ、幽霊戦艦が浮上し、攻撃を放ってくる、その力の源は海の亡霊達の魂なんだよ。彼らを尽く祓うんだ。力で捻じ伏せて撃沈する、というのも一つの手段と思うがね』
「『向こう側』に打って出、幽霊戦艦を攻撃する間、少なくともサンフランシスコへの攻撃は為されないでしょう。何だかサマエルの片棒を担ぐようで嫌ですが、現にこの街は反撃出来ない位置からの一方的な砲撃に、晒される危機に瀕している訳です。これを捨て置く訳にはいきません。次いで言えば、その間にシルヴィア嬢の奪取が成れば、あの神もどきに一矢報いる事が出来るでしょう」
「…カーリー」
ルシンダは振り返って、カーリーと相対した。見据える眼前に彼女の姿は実在していないが、その気配は明確に感じ取る事が出来る。
「こうしてこの場に来たからには、真意はどうあれ力を貸して欲しい。あなた、強いわ、とても。でも、これから私達が戦うのは、あんなものなのよ。あんな圧倒的なものと戦わなければならない。合力出来なければ死ぬ。真の意味で協力し合わないと、勝ちの目なんて無いのよ。だから起って、カーリー」
カーリーは黙ったままである。それでも、リヴァイアサンという難敵を前に、思うところはあるらしい。
『浄化しなければならない』
と、言い残し、カーリーはその場を去った。
<H6-5:終>
○登場PC
・イゾッタ・ラナ・デ・テルツィ : マフィア(ガレッサ・ファミリー)
PL名 : けいすけ様
・クラリス・ヴァレンタイン : ガーディアン
PL名 : TAK様
・城鵬(じょう・ほう) : マフィア(庸)
PL名 : ともまつ様
・ソニア・ヴィリジッタ : ガーディアン
PL名 : わんわん2号様
・ブライアン・マックナイト : スカウター
・ルシンダ・ブレア : ガーディアン
PL名 : みゅー様
・レヴィン・コーディル : ポイントゲッター
PL名 : Lindy様
ルシファ・ライジング H6-5【仄暗い海の底から】