<かしこみかしこみ>

『豊葦原瑞穂国の国父と国母の再降臨とな!? お前あれだぜ? その御二方は現在進行形で祀られている日本の神様の中でも、頂点の大神なんだぞ。イタリア系にはありがたみが分からんかもしれんが、その方々は一億二千万日本人のルーツだ。凄え、こうしちゃいられん。早速供物を奉納して『祝・黄泉帰り』祭をせねば。しかし仕事が立て込んで時間が無い。どうしよう』

 という訳でイゾッタ・ラナ・デ・テルツィは、知り合いの日本人ハンター・風間が準備した神饌を抱え、ゲストハウス謎の4F、ナギくんとナミちゃんが住まう家屋へと向かうのであった。多忙を極める風間の代役として赴く訳だが、何で自分がという気もしないでもない。大体からして、オール日本産の素材を駆使した熟饌と生饌の数々は、でかい台車で運んでどうにかという多様振りである。

『こうして様々な山海の食を奉納出来ますのも、今日の瑞穂国の繁栄あればこそでございます。それもこれも、掛巻も畏き伊邪那岐大神と伊邪那美大神が、豚骨スープみたいな混沌をぐるんぐるん掻き回して日ノ本を形作って下さったお陰なのでございます』

 という含蓄が込められたメッセージ神饌であるのはよくよく分かるのだが、小柄なイゾッタにはちと辛い。神様を御もてなしするのも大変だ。

 して、件の高床式家屋に辿り着いた訳だが、どうも様子がおかしい。スモークガラスの仕切りの向こう側、聞こえてくる話し声はどう考えても3人以上だ。しかしイゾッタはお構いなく、神饌をスモークガラスの内側に置き、そそくさと正座して頭を下げた。

「すいません、イゾッタです。かしこみ。日本人の風間から頼まれて、御飯持って来たんですけど。良かったら食べて下さい」

「ん? これはこれはかたじけない。父母もさぞかしお喜びになるであろう」

 若い男の声だ。しかしナギくんではない。

「異郷の身にありながら、日ノ本を愛するその心に敬服した。これに報いるため、イゾッタと風間とやらに、ささやかながら利益(りやく)を授ける。後ほどよくよく我が身を確認せよ」

「ははー。ありがとうございました。かしこみ」

 何だか分からないが、どうやら何かを貰ったらしい。イゾッタは辞そうと立ち上がり、しかしいきなり聞こえてきた知らない女の怒鳴り声に、そのまま体が硬直した。

 

姉「やかましい! この馬鹿弟。何時までもメソメソ泣くな!」

弟2「おがーぢゃーん!」

姉「どつき回すぞコラ。申し訳ありません、お母様。この愚弟、暴れ者の癖にひどいマザコンでありまして」

母「いいんです。いいんですよー。初めて会ったんだもんねー」

弟2「うう、おがああぢゃあああん!」

姉「黙れ髭面。それよりお父様、お母様、日ノ本には矢張りお戻りにはなれないと?」

父「この場にあるは仮初であるからな。何れ近日に私達は新たなステージに移らねばならぬ」

母「しばしこちらで、せねばならぬ事がありますしね」

姉「些か寂しいですね…。折角再びお会い出来ましたのに」

弟1「ま、日ノ本の方はお任せ下さい。人災天災はこの世の常なれど、異教の禍津神どもを阻むくらいは僕達にも出来ますから」

姉「おお。さすが我が賢弟、夜の君」

弟2「おがあああぢゃあああああん!! げはあ!?」

姉「これ泣き虫。レバーにトーキック連打は効いたかや? お前はとっとと海を護れ。禍津神風情の千や万を薙ぎ倒すくらいは、幾らお前でも出来るだろ」

弟1「八俣を刎ねた時の働きは、まあ良かったよね」

姉「神の分際でセコイ手を使ったものだがな」

弟1「しかも女目当てだったし」

弟2「おがあああん!」

 

 何処にでもある親子の会話だ。と言う事は、3人くらい居る姉弟もどうやら神様の類らしい。いい土産話を聞いたものだ。取り敢えずイゾッタは、先ず風間に教えてやろうと考えた。その3人は、聞いた風間が卒倒しかねない大神である事を、当然ながら彼女は知らない。

 

出来レース:その直前

「だからそんな出来レースで勝ったからって、何一つ得るものなんてないでしょーが!」

 吼える吼える、レヴィン・コーディルが吼える。

 お題の2番勝負、『ヌアと戦って「わざと負ける」』は、レヴィンの信条からすると大変遺憾な話であった。

「うーん。そう言われましてもねえ」

 10mほど離れた場所でキューがソファに沈み込み、ポテチ食いつつDVDを観ながら曰く。大画面では「宇宙空母ギャラクティカ」が上映されていた。

「リメイクのバトルスターじゃないんだ」

「こっちの方がまだしも面白いですからね。この『わざと負ける』お題は、どのように敗北を演出するかがポイントになるんですよ。その創意工夫でもって件の人形の性能諸々を最終決定致します」

「だったら、全力でぶつかるってのも有りじゃないのかい」

 レヴィンに続き、ブライアン・マックナイトも進み出た。

「戦いの何たるかをキューは知らない。手抜きで勝ちを譲られたなんてヌアの爺さんが知ったら、今以上に落ち込むぞ?」

「そうよ。そんなんじゃ、敗北のわだかまりを解消するなんて、出来やしないもの。互いが死力を尽くして、勝負の向こう側へと互いの次元を高めるのよ!」

「おお、レヴィン。今いい事言った!」

「任せて! 今の私の心臓は、燃え盛る炭火焼きのハツくらいまで高まっているわ!」

 がっしと握手を交わすブライアンとレヴィンを一顧だにせず、しかしキューはパチパチと拍手した。

「ふむふむ。吾はちょっと感動しました。ヌアさんの事を其処まで考えてくれているとはね。いいでしょう、思う通りに戦ってみて下さい。そのうえで君達が勝つというのも、またアリなんでしょう。死なない程度に頑張って」

「え?」

 キューは最後に何か不穏当な事を言ったが、取り敢えずスルーである。

 そして対ヌア戦(出来レース)に参戦する面々が集まって卓袱台囲みつつ、お題の遂行をどのように進めるかの協議を開始した。

 実は!

 否、「実は」と構えるほどではないのだが、ヌアはダーナ神話で言うところの英雄神、ヌァザ・アルガトラムであった。「構えるほどではない」というのも随分失礼な話ですが。

 本来の神話であれば、「流れ矢に当たってポックリ」という展開ではないのだが、どうやら伝説と「ルシファ・ライジング」世界の実態には多少の乖離があるらしい。しかしながら英雄であるには変わりなく、不敗の剣クラウ・ソラスだって案の定携えている。随分老いさらばえた姿だが、油断のならない相手ではあった。それを踏まえて、ブライアンが一つの手段を提示する。

「相手はお爺さんだから、将棋がいいと思うんだ。囲碁も悪くないけど、ほら、将棋だったらチェスに似ているし」

「………」

「ルールが分からなかったら、『将棋崩し』なんてどうかな」

「………」

 将棋駒の山を作るブライアンを見たレヴィンの目は、時間がたち過ぎて変色したがっかり牛肉を見るかのようだ。

「そう。将棋。それも悪くないかもね。しかし断言しておくよ。そいつはちょっと違うんじゃないかってね」

 ちっちっち、と指を振り、ソニア・ヴィリジッタが得意満面で取り出したのは『クリームパイ』。

「パイ投げ戦争だよ。パイ投げ戦争。パイ投げ戦争に限るって。パイ投げ戦争こそアメリカドタバタ喜劇の花。パイ投げ戦争=H6の程度にピッタリ」

 鼻高々にクリームパイを掲げるソニアを見たレヴィンの目は、誰1人来なかった「Gu-Guガンモ:サイン会」を見るかのようだ。

 と、クラリス・ヴァレンタインが卓袱台をドンと叩いた。

「皆さん、酷すぎます!」

「何が」

「あの御老体のたったお1人を取り囲み、パイまみれにして将棋崩しを強要する等、騎士道精神に反します! よって私は、私だけはお爺ちゃんの味方をし、真っ向からパイを受け止めて差し上げますわ!」

「それってお題の内容からすっ飛んでしまうんじゃないの?」

「まあまあ皆さん、落ち着いて」

 どうどうとクラリスを宥め、仕切り屋のルシンダ・ブレアが協議の取りまとめに掛かる。

「案の定やりたい事がバラバラになってしまった訳だけど、ここはごった煮で勝負を進めるしかないでしょ。将棋を指してパイを投げつつ熱いバトルを繰り広げる」

「どういうリアクションを書きゃいいんだよ」

「ともあれ皆さん、御達者で。アイデア駆使して頑張って頂戴。不肖ルシンダ、この戦いの実況中継をばさせて頂きます!」

 事ここに至ってレヴィンは気が付いた。ヌアに正面から力の戦いを挑もうとしていたのが、面白い事に自分1人だけだったという事を。

 

「談合は終わりましたか? それでは、大昔はすんごい格好良かった『元』英雄神、ヌアさんにご登場頂きましょう!」

「いちいち言い方が嫌味なんだよね」

 キューの合図と共に緞帳がさーっと開かれた。

 設えられた舞台のど真ん中、スポットライトが集中する先に彼は居た。ヌアだ。煎餅布団を引っ掛けて、でかい鼾をかいている。

「ぐごごごご、ご」

「寝てるし」

「ごご、ごおおごご、ごごっ! (この間、約1分鼾が止まる) ごはあっ! げえほっげほっげほっ!」

「あ、起きた」

「睡眠時無呼吸症候群だ」

「結構危ないんだよね、あれ」

 やるせない周囲の耳目を浴びながら、ヌアは飛び起きて息を荒げつつ、ぼんやりと周りを見回した。そして一言。

「やす子さん、朝御飯はまだですかのう?」

「やす子さんて誰?」

「ヴァハとかネヴァンじゃないんだ」

「お爺ちゃん、御飯ならさっき食べたでしょ?」

「おお、そうであったか」

 言って、ヌアは布団から這い出して大きく伸びをした。着込まれた鎧は少々古ぼけて、のっそりした身動きと相俟って、その様はとても物悲しい。

「鎧を着ながら寝てたのか?」

「あんたは雪ダルマと一緒に寝てるでしょーが」

「盛り上がって参りました!」

 声高らかにキューが宣う。全くと言っていいほどハンター達は盛り上がっていなかったが、少なくともヌアは結構やる気になっているようだった。何しろラジオ体操を第二から開始している。ラジオ体操も第二までレベルが進むと、準備運動の枠を逸脱するのだ。

 一頻り体操に励んだ後、ヌアは改めて一同の方へと向き直り、照れ臭そうに銀の手で頭を掻いた。

「いやはや有り難い。わしの為に若者がこんなに集まってくれるとは、長生きをしてみるものだ。いや、死んでるけどね。ともあれお手柔らかに願いたい。何しろかような老体であるからのう。して、どのような勝負を挑まれるのかな? 剣であれば、多少心得があるのだが」

 言って、ヌアは床に転がっていたクラウ・ソラスを手に取り、鞘から刀身を抜いた。ぎりり、と、鈍い音と共に鈍い輝きが露となる。ヌアは何気に、軽く剣を真横に振った。

 その途端、10mくらい離れた位置に居るハンター達が、剣圧による突風で吹き飛ばされた。丸めた紙のようにコロコロと転がる彼らを前にして、しかしヌアは訝しげに首を傾げる。

「むう、いかんのう。全然力が戻っておらん」

 等と言った。地面に這いつくばった格好で、ハンター達が顔を真っ青にする。

「うわあ、やっぱり神だ」

「こんなの絶対死ぬって」

「何が『わざと負けろ』よ。ハナから勝ち目なんて無いでしょーが!」

 口々に呪詛を喚き散らす彼らを他所に、キューは片手をひょいと挙げ、一気に振り下ろした。

「それでは始めちゃって下さい!」

「鬼だわ」

「邪神ね」

 予め宣言します。まともな筋を追うのは諦めました。

 

将棋+パイ投げ戦争+カステランマレーゼ戦争

 ここはアメリカ。時は禁酒法時代。ニューヨークの裏街道、闇酒場。

 1人の老マフィアが女を隣に座らせ、静かに密造エールを飲んでいる。名をヌァザ・アルガトラム。かつては巨大なシマを仕切っていた、神と呼ばれた男である。しかしそれも今は昔の話だ。保守派の老人は、台頭する若者にその座を追われた。落ちぶれ、覇気は失せ、鷹の如き戦士の瞳も鈍って久しい。しかし彼に付き添う女、クラリス・ヴァレンタインは飽く迄彼に優しかった。

「そのようにお酒ばかりを飲んでいては、体に毒ですよ」

「クラリス、君は死んだわしの女達のような事を言うのだな。わしの事は、もう構わないでおくれ。所詮老い先短いやつれた体よ」

「いいえ。あなたの目は力を失っていませんわ。それが証拠に、未だあなたはあらゆる敵から戦いを挑まれる身」

 その時、扉が蹴破らんばかりの勢いで開かれた。見れば若者が1人、将棋盤を片手に傲然と立っている。ブライアン・マックナイト。傍らには愛人のスノーマンがしずしずと控えていた。

『こんばんは。愛人の雪ダルマです』

「いや、絶対に愛人ではない。探したぜ、ヌア。今日こそ決着をつけてやる」

「またおぬしか、ブライアンよ。懲りない奴だ」

「大口を叩けるのも今の内だ。9×9のハチワンインフェルノに引き摺り込んでやる」

「もう止めてください!」

 悲痛な声を上げながら、クラリスがブライアンの前に立ち塞がる。

「この人は、もう将棋の駒を打てない体なんですよ!」

「どけ、女。男と男の戦いだ」

「そうとも、クラリス。こやつとは何れ決着をつけねばならぬ。しかし問題が一つ。将棋のルールがさっぱり分からん」

「えーっと。チェス分かります?」

「大体は」

「私もチェスは得意ですわ」

「じゃあ飲み込みが早い。チェスと違って取った駒を自陣営の戦力として再利用出来るのが将棋の面白いとこなんだ。駒の動きが独特だから、それに注意して…」

 再び、扉が蹴破らんばかりの勢いで開かれた。見れば女が1人、クリームパイを山ほど抱えて立っている。ソニア・ヴィリジッタ。次いで背後には密造(?)ギネスビールが盛り沢山。

「取り敢えずビール飲んでからパイ投げ戦争でも始めよっか」

「ソニア…おぬしは大人しくスィーツでも作っておれば良いものを」

「言うねえ、爺さん。私の特製パイを食べても同じ事が言えるかな?」

「もう止めてください!」

 悲痛な声を上げながら、クラリスがソニアの前に立ち塞がる。

「あなたはこの人の糖尿を加速させる気ですか!?」

「結構砂糖は控え目にしたから、多分大丈夫」

「そうとも、クラリス。こやつの作るパイはかなり旨そうだ」

 三たび、扉が蹴破らんばかりの勢いで開かれた。見れば若い女と中年の男が、何となく気まずそうに立っていた。筋金入りのマフィア、レヴィン・コーディル。そして今回だけニューヨーク市警のジョン・マクベティ警部補。

「真っ当な行動をしているはずなのに、何で場違いな気持ちになってしまうんだろ。ところで警部補、居たの?」

「判定者が俺の存在を素で忘れていやがった」

「駆けつけ一杯。ビールでもどうぞ」

「あ、すまねえな」

「いただきます」

 レヴィンと警部補は揃って椅子に座り、大人しくビールを飲み始めた。レヴィンがおずおずとヌアに尋ねる。

「すいません。私達、ちょっと啖呵とか切ってもいいですか?」

「おお、啖呵か。フォモールどもに散々やられたのう、啖呵切り。喜んで聞かせて頂こう」

「では。オラッ、オドリャアッ、ここで会ったが百年目じゃいっ! 真のつわものがどっちか、白黒つけたろやないけ!」

「俺も俺も。このクソマフィアどもが! 幸い人目のつかぬ闇酒場、どいつもこいつも血の泡で窒息させてやるぜ!」

「ところでクラリス、『もう止めてください!』って言わないの?」

「すみません、将棋のルールを覚えるのに大変で」

 と、店内にファンファーレが鳴り響いた。舞い狂う紙吹雪と共に、ステージ上へと現れたのはルシンダ・ブレア。巻き起こる歓声と拍手喝采を一身に受け、ルシンダはマイク片手にはちきれんばかりの笑顔で、投げキスを観衆達に降り注いだ。

『ありがとう! 皆さん、ありがとうございます。お集まり頂いてありがとうございます! これよりヌア対ハンターのバトルロイヤル、闇酒場杯ケルティックウォーズを開催致します! 司会はみんなの友達、ルシンダ・ブレアで進行させて頂きます! あ、おひねりどうも、どうもです。紙のお金は軽いからじゃんじゃん投げて下さい!』

 司会と言う名の傍観者、ルシンダの登場をもって、いよいよ戦いの幕が開く。ブライアンが棋上の駒をパチンと鳴らし、隣ではスノーマンが箒の手をポンポンに変えて応援を開始した。クリームパイ片手のソニアは、受けて立つ構えのクラリスと対峙する。レヴィンはトミーガンを腰溜めに構え、警部補がブローニングの撃鉄を起こした。

「爺さん、先手は俺が貰うぞ」

「おうよ、かかってきなさい」

『頑張れブライアン、燃え上がれブライアン、御両親が今の姿を見たら何と思うだろうブライアン』

「美味しいよー、パイ美味しいよー、腹一杯食わしたるよー」

「すみません、ダイエット中なもので」

「やっと撃てる、トミーガン撃てる。トミー、トミー、私の可愛いトミーガン。一杯当たってトミーガン。当たるまで弾ァ撃ち尽くすぞワリャあ!」

「駄目だ。矢張りこのテンションには付いていけん」

『それでは、バトルスタート!』

 

▲ 先手:ブライアン・マックナイト

△ 後手:ヌァザ・アルガトラム

 

▲7六歩

△8四歩

▲6八飛

△3四歩

▲6六歩

△6二銀

▲3八銀

△4二玉

▲1六歩

△3二玉

▲7八銀

△1四歩

▲6七銀

△5四歩

▲5八金左

△5二金右

▲4八玉

△4二銀

▲3九玉

△7四歩

▲2八玉

△8五歩

▲7七角

△5三銀左

▲5六歩

△6四歩

▲4六歩

△6五歩

▲4七金

△7三桂

▲3六歩

△8六歩

▲同 歩

△6六歩

▲同 銀

△6五歩

▲同 銀

△同 桂

▲同 飛

△7七角成

▲同 桂

△8七角

▲4五桂

△4二銀

▲6三歩

△同 銀

▲6四歩

△7二銀

▲6三角

△6二歩

 

 ブライアン対ヌアの対局は、棋譜をズンラズラズラと並べるだけでは中々伝わらないかもしれないが、玄人はだしの白熱展開を迎えている。ルールが分からない者達も、ついつい自分が何しに来たかを忘れて見入ってしまったという次第。しかしながら、熱い将棋バトルを見学しているほど時間が有り余っている訳ではない。

「…はっ!?」

 一番最初に正気づいたのはレヴィンだった。トミーガン良し。自分良し。構え良し。引き金に指を掛ける。絞る。同時に座り込んでいたヌアが、棋盤を睨みながらクラウ・ソラスを片手で構えた。

 3秒間連射で50発近い45口径弾の猛射がヌアに襲い掛かる。しかしヌアは小刻みに剣を揺らしながら全弾を弾き飛ばした。跳弾の凄まじさにレヴィンが退避する。その隙を突いて、別方向から警部補が拳銃弾を撃ち込む。ヌアはこれもあっさりと防いだ。その間、ヌアは顔を上げすらしない。お返しにクラウ・ソラスが真横に振り切られる。突風がテーブル達を薙ぎ倒す。たったの一撃で酒場は滅茶苦茶になってしまったが、レヴィンと警部補はカウンターに飛び込んで風圧をやり過ごしていた。

「いやいや、やり過ごすって言っても」

「あいつ、将棋を指しながらテッポ玉を全部防ぎやがった。バケモンか」

「神だってば」

「人間からすれば同じようなもんだぜ」

 不謹慎な台詞を言いつつ、マクベティ警部補は手早く煙草に火を点けた。忙しなく煙を吐き、一言。

「降伏するか? これでノルマは一応クリヤだ」

「冗談でしょ!?」

 レヴィンが憤然と言い返す。

「彼は全然本気を出していない。それは認めるわ。でも、本気じゃない相手に膝を屈する程、レヴィン姐さんは落ちぶれちゃいないワケ! 戦いは、始めたからには最後まで諦めない。必ず勝つ。見敵必殺生来必殺!」

「最早お題は明後日方向だよなあ」

「行くわよ警部補、一丁かち込みブチかますぞオンドリャア!」

 トミーガンを引っ提げて猛然と立ち上がったレヴィンであったが、目の前に真っ白なものがすっ飛んでくるや、いきなり彼女の世界が暗転する。警部補は見た。ソニアのクリームパイがレヴィンの顔面にクリーンヒットした瞬間を。

「私のパイは、よくあるシェービングクリームを使ったまがい物じゃあないのよね。新鮮な牛乳と卵黄で手作りした、味わい深い逸品を御賞味あれ」

 レヴィンの顔にパイをグリグリ押し付けながらソニア曰く。

「ごめんね。最初からヌア派だったのよ。私は私のやり方で彼を勝利に導く為、この戦いに参加した。それは即ちクリームパイ。クリームパイこそが世界平和と家族協調の証。みんな仲良くクリーム塗れになって、これにはヌアも肩を竦めて苦笑い。そんな安直なラストになればいいなーって思いました」

 レヴィンが勢いよくパイ皮を食い破る。彼女はソニアの話などビタ一文聞いてはいなかった。クリームでデコレーションされた顔面からは辛うじて目が覗いており、しかしその目は完全に据わりきっている。

「あれ? 怒ってる?」

 怒らないはずがない。

 ギニャーッ!!

 と、レヴィンが変わったウォークライを喉元から迸らせ、遁走するソニアをトミーガン乱射しつつ追い駆けた。一部始終を見ていた警部補は、煙草を燻らせ溜息を一つ。

「あー、麦茶飲みたい」

 そんな警部補にもクリームパイが投げ込まれた。

「ヌアさんを苛めるのは止めて下さい!」

 両手を広げて平和の女神然としているクラリスにもクリームパイ。

「オホホ、オホホホ。みんな諸共クリームパイになあれ」

 ケタケタ笑うソニアには、クリームパイの集中砲火が浴びせられた。

 誰も彼もがクリームパイ。何処もかしこもクリームパイ。これだけクリームパイという単語を書く事もこの先無い。かようなクリームパイインフェルノの渦中にあって、ブライアンは長考の挙句、次なる一手を遂に指した。

 

▲5四角成

△7六角成

▲8五飛

△5四馬

▲8二飛成

△4四歩

▲9一龍

△8一歩

▲5五香

△6四馬

▲5二香成

△同 金

▲9三龍

△4五歩

▲7一飛

△4三香

▲6五金

△5三馬

▲同 龍

△同 金

▲4一角

△2二玉

▲7二飛成

△5二銀

▲3二銀

△4一銀

▲同銀成

△4六歩

▲4八金引

△4七歩成

▲同 銀

△同香成

▲同 金

△9四角

▲6二龍

△4九角成

 

『はいっ、今度はヌアさんが長考を始めたところで改めまして今晩は。ルシンダですブレアです。いよいよ戦いは中盤から終盤に向かうところであります。店の床から壁から天井からクリームパイの残骸が飛び散るこの地獄絵図、戦況は一進一退の攻防を展開中。先程からブライアンとの将棋対決に延々没頭しているヌアさんですが、伝家の宝刀クラウ・ソラスを思い出したように振る始末。その都度店内は破壊されて行く一方でありますが、凄いんだか間抜けなんだか分からない戦い振りですよヌアさんてば! おっとレヴィンが渾身の突撃でヌアさんの至近距離に滑り込む! ゴロゴロと転がりながらトミーガンを撃ちまくりますが、また防がれた! そして反撃の真っ向唐竹割りを跳ね飛んでかわすレヴィン・コーディル。床には剣圧によるひび割れが一直線。あんたは人を殺す気ですか!? ん? 何とレヴィン、トミーガンを捨てた! 一体どうしたんでありましょう。ここでちょっとお話を伺ってみます。レヴィンさん、麦茶をかっくらっている警部補同様、降伏されるのですか?』

「弾が切れたでござる」

『なるほど、弾が切れちゃあトミーガンも単なるトミーですものね! それはさておき取り出したるは、この場において唯一の投射武器、クリームパイだあ! そして大きく振りかぶって第一球を投げました!』

「この人は私が守ります!」

『てな事を言いながら立ち塞がったクラリスに、クリームパイが案の定衝突しました! 先刻から将棋対決の場に飛んで来るクリームパイを、身を呈して受け止め続けるクラリス嬢、最早その外見は皮膚とクリームパイの判別がつきません。言うてる合間にもレヴィンからソニアから時折警部補から、投げ込まれ続けるクリームパイ! 本職ガーディアンの能力は、クリームパイを相手にしても健在であります! それにしてもクラリスさんはクリーム食らい過ぎ。何だっけ、ほら。あれに似てますね。ゴーストバスターズに出て来たマシュマロマン。あっはっは、クリソツー。あ。やめろ。ニタニタ笑いながらこっちに来るなクラリス。その手に持っているパイは何だ。さすがにネジが一本飛んだのか。よせ! やめろおお!』

 

▲4二龍

△3二金

▲3一銀

△1三玉

▲2二銀打

△2四玉

▲2六香

△2五桂

 

 ブライアンの手が止まった。将棋盤上の情勢は、既にブライアンの圧倒的不利となっていた。この勝負、攻め込んだ香車を取られれば最早打つ手が無い。こちらから一勝でもすればヌアの勝利とするつもりであったが、さすがに神の先を読む力は老いても健在らしい。この俺から勝ちをもぎ取るとは、と、ブライアンは感服した。

『でもブライアン、ブライアンの設定に「将棋が得意」なんて見当たらないけど?』

 スノーマンの突っ込みをやんわりと押し退け、ブライアンは居住まいを正してヌアに相対した。

「さても見事なものだ。恐れ入ったよ。さすがは英雄と言わせて貰おう」

「おぬしの手筋も素晴らしかった。久方に戦いにのめり込んだぞ。しかしわしの勝利はどうやら確定らしいな。どうする、降参するのかね?」

「いいや。まだ香車の攻勢は終わっていない」

 言って、ブライアンは玉に狙いを定める香車の駒を指差した。

「見ろ。この香車は降伏など望んでいない。一直線に突き進むしか脳が無いこの駒は、その最期を果敢な突撃で終えるのだ。これが戦う男の生き様だと、そう思わないか? ヌァザ・アルガトラム!」

「何と!?」

 ヌアは不意を打たれて驚愕した。そして今一度クラウ・ソラスを縦に構える。その大剣目掛け、ナイフを構えたレヴィンが体ごとぶつかって来た。衝突の凄まじさは、今まで微動もしなかったヌアをたじろがせるものがある。

「おお。突撃、見事也! かわされれば死。食い止められても死。おぬしは突進する剛直な槍じゃ!」

「銃が無ければクリームパイ。パイが尽きればナイフ。ナイフを失えば、この歯で喉元を食い破る! 敗北が死ではない。諦めこそが、即ち死!」

「むう…」

 ヌアは心底感心し、改めて周囲の状況を睥睨した。クラリス、ソニア、ルシンダによる三つ巴のパイ投げ戦争は、未だ続行中である。 

『クリームパイにはレモン果汁が含まれております。しっとり爽やかな甘みが心地良く、小さなお子様にもお勧めの一品。こんなにパイに不自由の無い人生があったものでしょうか? 食べても食べても顔のクリームが取れません。ここで小休止、ヌアさんにお話を伺ってみましょう!』

 パイまみれになりつつ何処までも司会業を続行していたルシンダが、ヌアにマイクを突きつけた。

『あなたは、何故戦ったのですか?』

「何じゃと?」

『理由も無く人は戦わないのです。何の為に戦ったのですか? あなたは一体何の為に』

「それは、我が民を護る為じゃ!」

『命を賭した戦いの末に、民草を約束の地へ導き、そしてあなたは伝説になったのですね。その矜持を、あなたはこの戦いで取り戻す』

 其処まで言って、ルシンダは倒れ伏した。クリーム食い過ぎで気分が悪くなっただけであったが、最後までマイクを放さぬプロ意識は胸を打つ。

「どうしてだい。クリームパイが一向に無くならない。さてはキューめ、謀ったな」

「守りますわ~。ヌアさんを守りますわ~」

 ソニアとクラリスの戦いは終わらない。パイを投げる、受け止める、投げ返すをひたすら繰り返し、最早2人の姿は人間だかパイだかの区別がつかなかった。

「そこな2人、どちらかが膝を屈するまで、諦めぬか」

 ヌアは頷き、ぎりぎりと刃を押し込むレヴィンのナイフを弾き飛ばし、彼女の喉元に剣尖を突きつけた。

「将棋で言えば王手じゃ。しかし、それでも諦めぬとおぬしは言う。何故かとわしは問おう」

「決まっているじゃない」

 顎を反らせても瞳はヌアをしっかと見詰め、レヴィンが言った。

「それは私が、人間だからよ!」

「そうだ。人間って奴は諦めが悪くてね。おまけに負けず嫌いときた。あんたらから見りゃ卑小で愚かに見えるかもしれん。しかし生来の負けず嫌いのお陰で、俺達ゃ地上にのさばっているのさ」

 レヴィンの肩に手を回し、マクベティ警部補が薄笑いを浮かべつつ言い放った。レヴィンは傍らの警部補をじっと見遣り、一言。

「警部補、美味しいところを持って行く気ね?」

「今回は目立たなかったからな」

「戦いを続行する!」

 ヌアがブライアンに向けて言った。

「その香車、わしは人間からの挑戦と見た! ブライアン・マックナイト。人の生き様をわしに示せい!」

「おうよ!」

 

▲同 香

△同 玉

 

「参りました」

 ブライアンが深々と頭を下げる。

 ヌアは立ち上がって背筋を伸ばし、クラウ・ソラスを床に突き立て、誰彼に言うとも無く宣言する。

「わしは、己に勝った!」

 

出来レース終了

「はい、お疲れ様でした。よく頑張ってくれましたね」

 何時の間にかハンター達はキューの拍手と共に、件のゲストハウス4Fへとその身を置いていた。酒場は霧消し、体にのたくっていたクリームパイも綺麗に消えている。

「お題は終了したの?」

「ええ。予想以上の結果です」

 キューの機嫌はすこぶる良い。

「わざと負けるというお題ですから、てっきりスラップスティックなドタバタ劇が展開すると思いきや、凄い所に着地してしまいましたね」

「当然よ」

 肩を竦めてルシンダが言う。

「この場の誰も、嬉々として『わざと負ける』なんて受け入れてなかったもの。つか、正直ムカっと来てたと思うわ」

「ははは。そうですね。吾はどうやら、人間を見誤っていたようです」

「ところでヌアさんは?」

 問いに答える代わりに、ハンター達の目前を巨大なスモークガラスが遮った。

 同時に強い閃光がガラスの向こうから四方に発せられる。ビリビリと響く振動が、ガラスを貫いてハンター達の体にも伝わって来た。誰が言わずとも、その根源の何たるかをハンター達は知った。英雄神ヌァザが復活するのだ。

「不敗であるのは剣ではなく、彼自身なのですよ」

 詠うようにキューの曰く。

「彼は老いに引け目を感じ、己に負けたのです。そうでなければ、フォモールだろうがルーだろうが、本当の彼に太刀打ちすら出来なかったでしょう。たった今、彼は勝利しました。偉大なる英雄の帰還を称えましょう」

 光の乱反射が収束し、やがて消えた。スモークガラス越しに、人の立ち姿が映り込む。その姿の全容を、最早人間が直視する事は出来ない。圧倒的な存在感は、煎餅布団で寝ていた時とは訳が違う。ヌァザは厳かに、朗々と響き渡る声で言った。

「いい加減、もったいぶるのは人間に対する非礼である。わしや例の夫婦以外に、この場に来ている者が居るであろう」

「おや、ばれましたか。それではどうぞ、お入り下さい」

 キューが指をパチンと鳴らした。

 その途端、ハンター達の居る左右から、片や底無しの暗黒、もう一方に穏やかなオレンジ色の輝きが浮かび上がった。スモークガラスが再びハンター達を遮り、その一瞬後に暗黒がガラス目掛けて突進して来た。ガラスに阻まれながらも、侮蔑の感情を露にして暗黒が言う。

「人間か。人間め。人間どもが。心臓を差し出すしか脳の無い、愚かな獣」

 その暗黒をオレンジ色が払い除け、静かな口調で言った。

「お止めなさい。私達は人に添いながら在る者です」

「愛で玉座を追われた女が言う事か」

「はい、そこまで。神同士で喧嘩をしてもらう為に呼んだのではありませんから」

 何時の間にかキューはガラスの外側に立ち、黒とオレンジの間をとりなしている。して、キューは向き直り、ハンター達に彼らの紹介を始めた。

「今言ったように、彼らもまたヌァザ同様の神です。オレンジの方は、『アフリカの女王』キルンギキビさん。マックロクロスケは『アステカの邪神』テスカトリポカさん」

「邪神とは何だ。貴様、未だ人間風情と馴れ合うか。この俗物め」

「どーもポカちん、お久し振り。相も変わらぬクソ野郎でいてくれて、吾は嬉しいです」

 目の前で展開する出来事を、ソニアは頭痛を堪えつつ眺めていた。他の者達も大概同じ心持ちであろう。

 この4Fには、どうやらキリスト教以外の神々が集まっているらしい。

 日本神話の伊邪那岐、伊邪那美。

 ケルト神話からはヌァザ・アルガトラム。

 アフリカ・タンザニア神話のキルンギキビ。

 そしてアステカ神話のテスカトリポカ。

「ねえ、キューさんや」

 率直な疑問をソニアは口にした。

「こりゃ一体、神様のコレクションなのかい? 何をやろうって言うんだよ」

「それはコマーシャルの後で」

 

LRウェブショッピング

「はいっ、LRウェブショッピングの時間が始まりました! 司会進行はあたし、イゾッタ・ラナ・デ・テルツィでお送り致します。近頃はめっきり寒くなりましたねえ。皆さんはお風邪などひかれていませんか? 尤もこちらの時間軸は大体7月くらいなんですよ。でも、油断大敵! 血で血を洗うハンターライフ、体調管理は万全に臨みたいものですね。さて、最近は強敵揃いのルシファ・ライジング。いよいよ物語も中盤戦に突入し、あちらこちらで激戦に次ぐ激戦が繰り広げられておりますね。ところで、戦いにおいて重要な要素の一つって、一体何なんでしょうね? 腕力? 速度? 冴え渡る頭脳? うーん、どれも大事なファクタですが、あたしが重要視するのは、やっぱり『敵を知り、先手を取る事』なんですね。この世ならざる者との戦いは、どうやっても隠身に長じた向こう側が先攻を仕掛けるパターンが多いのが現状です。不意を打たれて落命したハンターの、何と多い事か! しかししかし、こんなところで膝を屈するあなたじゃないですよね。でしたらやっぱり、こちらから速攻で襲い掛かるくらいじゃなきゃ。そんなあなたにお勧めしたいのが、今回御紹介するEMF探知機強化アイテムです!」

 

◎うしろめくん (固有電磁場判別システム)

・所持制限:EMF探知機を所持するハンターのみ使用可能。

・概要:EMF探知機に改造を施し、敵の位置をレーダー状に視覚化。携帯端末に接続してデータベースにアクセスする事で、どのような敵なのか種別が可能となる。

 

◎データグラス

・所持制限:「EMF探知機」「うしろめくん」を所持するハンターのみ使用可能。

・概要:サングラス型のデータグラス。「うしろめくん」の情報をグラスに投影する事が出来る。

 

「どうです、便利でしょう? 今までのEMF探知機は、この世ならざる者が発する電磁場異常を知らせてくれるものでしたが、これだとこの世ならざる者全般に反応しますから、『来た!』は分かって『何が?』までは推測する事が出来なかったんです。そこで「うしろめくん」で着目したのは、まさに電磁場の波形。これは声紋なんかと同じで、実はこの世ならざる者にも、それ固有の波形が存在しているんです。この波形とデータベースに登録されている固有波形を比較すれば、異常を発生させているものが何なのか、判別可能というワケ! データは、権威あるミスカトニック大学保有の『超自然現象データベース』とジェイズ・ゲストハウスのホストコンピュータを連結して活用。「うしろめくん」から送信されたデータが、都度データベースに登録されますので、使い込めば使い込むほどデータの精度が上がるという優れもの! 最近はノブレムの吸血鬼と連携する事もあって、この世ならざる者の全てが敵ではない状況になりつつあります。「うしろめくん」ならば味方で同士討ちする事も防げるので、たとえ敵が幻惑の異能を用いてきても、科学的に打ち破る事だって出来ますよ。まさに堅実な万能アイテムですよね。そして「データグラス」は、そんな使えるデータをサングラスに投影してくれます。ハンターならば両手の塞がった状態が、どれだけ危険かを重々承知されているでしょう。「データグラス」ならばマシンガンをぶっ放しながら正確な敵情報を入手出来ますね。それでは、LRウェブショッピングのアドバイザー、キューさんに御登場頂きましょう。キューさん、どうぞ!」

「どーも。キューです。どーも」

「如何ですか、キューさん。これらオプションアイテムを御覧になられた感想は?」

「まず、固有電磁場という考えに至った経緯をお聞かせ願えますか?」

「潜水艦のパッシヴ・ソナーです。潜水艦には固有の音紋が存在していて、優秀なパッシヴ・ソナーは潜水艦の種別まではじき出す事が出来ます。だったら、この世ならざる者にも各固有の電磁場異常を発生させる可能性がある。そう考えたんです」

「なるほど。いいですね、とても。まず、固有の電磁場の存在に着目した時点でアイデア勝ちですね、これは。加えて既存の技術をランクアップさせるというのが無理の無い印象です。『こりゃどうやったってアイデアがぶっ飛び過ぎ』というのは、結構実戦には使えないものです。「うしろめくん」と「データグラス」は、現代科学を決して逸脱していませんし、超自然現象データベースと、双方向で遣り取りをするのも魅力だと思いました。いいでしょう。2つとも採用です」

「やりました! キューさんのお墨付きが出ましたよ! 敵の種別が可能な「うしろめくん」、ハンターのフリーハンドを強力サポートする「データグラス」。実戦での活躍が大いに期待出来ますね。さて、それではキューさん、気になるお値段の方は?」

「これだけの高性能ながら、何と出血大サービス! 『うしろめくん:$5000』『データグラス:$1500』!」

「高過ぎるんじゃボケエエエエ!」

 

ジェイズ・ゲストハウス4F

「馬鹿高いっての!」

 イゾッタがキューに食って掛かった。それはまあ、無理も無い。

「ただでさえ金欠気味のハンターよ!? $6500も誰が出せるってのよ。鬼だわ、鬼」

「いやいや、ちょっと言ってみただけですよ。まあ、寄進は高ければ高いほど有り難いのが本音ですが」

「あのねえ…」

 イゾッタは深く溜息をついて、思うところをキューに告げた。

「あたしはバックアップを自負しているわ。それもとびきり優秀なバックアップになりたい。貢献度の高いバックアップになる為には、能力の出し惜しみをしちゃいけないと思うのよ。ハンターは金を求めないし、名誉とも無縁だわ。そういう過酷な状況の人達を、全力で支援する。それが優秀なバックアップを目指す理由だし、あたし自身の心意気でもある。キュー? あなたは何時も調子良く言葉をはぐらかしてしまうけれど、敢えて聞かせて欲しいわ。あなたにとっての心意気とは、一体何なの?」

「ふむ」

 キューは首を少し傾げ、足の爪先でトントンと床を小突いた。考え込んでいる風である。こうして返答を考えあぐねる姿は、そう言えば初めて見せるものだ。本気で自らの言葉を告げたイゾッタに対し、如何なちゃらんぽらんのキューであっても、無碍に出来ぬと感じた所以である。しばらく間を置いて、キューは言った。

「君と同じですよ。吾もハンターの助力をします。そして同時に、吾は吾の力を維持し、出来れば高めておきたいと考えています」

「…もしかして、お金の寄付が力の源になるの?」

「実はそうなんですよ。ハンターが吾を頼り、投資をする。期待と代償を得た吾は、ハンターに力を施す。人間の期待と代償、力を施すという行為自体が、吾の存在を高める。神としての力を高めるという訳です」

「偶にそのお金でピザとかテレビとか買っているみたいだけど」

「神にも楽しみは必要ですからね」

「神。神か。キュー、あなたは神を自称するのね。一体、何と言う神様なの?」

「さあ、どうなんでしょうね。類推してみて下さい。その方が面白い。かつて人間を愛し、その人間に追放され、吾は世を捨てました。しかしそんな吾を頼る男が居たんですよ。彼の名はサミュエル・コルト。君達が魔人と呼ぶ男です。吾は彼の、と言うより今一度人間の期待に応える事にしました。こう見えても、人間が好きなものでね」

 サミュエル・コルトの名が遂にキューの口から発せられた。コルトがジェイズ・ゲストハウスの成り立ちに濃厚に関わっている事は周知であったから、キューが無関係であるはずはないと思っていたが。

「コルトは、キューに何を願ったの?」

「この街に潜む恐ろしく強大な者、理(ことわり)を破る者と戦うハンターを助けて欲しい。そう彼は言っていましたね」

「彼は未来を予見していたと?」

「彼ほどの者ならば、不思議ではありませんね。さて君のアイデアですが、吾の理力に頼らなかったというポイントに、単価を下げるべきであるとのメッセージを感じました。『うしろめくん:$300』『データグラス:$100』というところで手を打ちましょう」

 言って、キューは指をパチンと鳴らした。

 

始動

 イゾッタがブライアン達と合流すると同時、彼らの目前に巨大な地球儀が浮かび上がった。前振りもなく不条理な現象が発生するのは既に慣れっこのハンター達であったが、その地球儀が彩る地上の模様は何処か奇妙だった。地上のほぼ全面が赤色に塗りたくられており、所々にぽつぽつと青色が配色されている。それは明らかに国境線の色分けではない。

「皆さん、長々とこちらのお題に付き合って頂いて、ありがとうございました。皆さんに何を協力して頂きたいかを話す前に、これから少々、嫌な事を言います。心してお聞き下さい」

 キューは指示棒を伸ばし、人差し指をクルリと回した。ゆっくりと回転する地球儀を示しながら、キューが言う。

「この赤色の全てが、敵が影響下に収めた地域です。敵の影響を逃れているのは、アフリカ大陸の一部、シベリアの中央部、南極と北極の半分程度、バチカン、そして日本。この中で組織的に防衛戦を繰り広げているのは日本くらいですね。しかし地球規模の観点から見れば、敵は既に勝利を手中にしてしまいました。信じ難いかもしれませんが、人類は敗北したのです」

 敗北したのです、と言われても。

 ハンター達は顔を見合わせ、一様に思うのは『何が何だか分からない』だった。人間同士の戦争は、今日も世界の何処かで行なわれている。小さな諍いなども含めれば、それこそ星の数だ。しかし、人類全体が敗北を喫するような戦争は、当然人類の一員である彼らも参加していない。彼らの反応はキューにも承知のうえであったらしい。キューは飽く迄普段の調子を崩さず、深刻な話を飄々と語った。

「その戦いは、別の場所で行なわれています。何処なのかと問われると表現に苦しむのですが、精神的に一つ上の世界、とでも言いましょうか。つまりここ、ジェイズ・ゲストハウス4Fもそれに相当しますね。だからそんな戦いが起こっているなど、人類は知る由もありません。しかし、『奴』が復活した半年前の時点で、速やかに人間世界の情勢は決着を迎えました。『奴』は土着の神々を殺戮し、人間の精神を制圧する一歩手前まで来ています。後は現実としての黙示録が始まり、容赦の無い、次元の異なる存在を人間は目の当たりにする。そして人間同士の大規模な衝突が発生し、人間は大きく数を減らす事になります。残された人間達は、早晩『奴』に平伏するでしょう。

・第一段階:神々の抹殺。

・第二段階:人間世界への影響力の浸透。

・第三段階:真の肉体の獲得。

・最終段階:黙示録の実行。

現在は第三段階の手前で食い止まっている状態です。ところで、ちょっと話を逸らします」

 キューは地球儀を半回転させ、アメリカ大陸を指示棒でトントンと叩いた。

「御覧の通り、北米大陸もマッカッカです。当然ですね、この大陸は『奴』の主戦場なのですから。しかし一箇所だけ、ここサンフランシスコの一帯が青色になっています。この地には『奴』でさえおいそれと手出し出来ない代物が埋まっているらしいです。実は吾にもそれが何なのか、よく分からないのですが」

「味方?」

「いいえ。『奴』同様、味方とは呼べない代物です。それは『理を破る者』。『奴』とスタンスは大差無いと見ていいでしょう。しかし危急を要するは『奴』の方です。先程『第三段階の手前』と申しましたが、正に危機的状況です。『奴』が自らに合致する真の肉体を得れば、最終段階へとまっしぐらに事態が突き進みます。『理を破る者』は何れどうにかせねばなりませんが、まずは『奴』の行動を阻止しましょう。件の格闘人形は、きっと役に立ってくれますからね」

 先程からキューは、『奴』の名を明かしていない。何時ものようにもったいぶっている様子は無く、ただただ、その名を口にするのもキューにとっては嫌なのだとハンターには見えた。しかしながら、素性不明の敵に人類が敗北している等と言う不条理は無い。

「『奴』とは、一体何なの?」

 ハンターの1人が問う。対してキューが答えた。

「ルシファだよーん」

 出来る限り軽めで行こうというのは、キューにしても配慮のつもりであるらしい。しかしながら、その名の重さを知らぬ者はこの場に居ない。

 堕ちた大天使。地獄の支配者。悪魔の根源。魔王。そんなものと相対して下さいと、つまりキューは言っている訳だ。

 

インディアナ州・トレントン近郊

「駄目だ、ボブに通じねえ。そっちはどうだ」

 携帯電話をたたみ、ディーンはサムに呼びかけた。対してサムは、首を横に振って肩を竦める。

「こっちもだ。警察も911も通じない。電話が繋がらない場所じゃないのに」

「畜生。一体どうなってやがる」

 2人は仕方なくシボレー・インパラに戻った。後部座席の褐色肌の女が、不機嫌そうに一言。

「どうやら追いつかれつつあるみたいね」

「何だって?」

 覗き込んでくるディーンを見遣り、仏頂面のまま女が続ける。

「ここはさっきまで車で走っていた世界とは違うわ。とても似ているけれど、決定的に何かが違う世界。閉じ込められたのよ、私達は。あいつに」

「ルシファかよ」

 ハンドルを叩き、ディーンが呻いた。

 今からほんの半日ほど前、マンシー近郊の廃ホテルで、世界中の神々が集う会合が催されていた。世界中と言っても、既に大多数がルシファによって抹殺されている状況下であり、会合の目的は、その対策についてだった。

 ディーンとサムは交渉材料として彼らに拉致されていたのだが、その廃ホテルを当のルシファが襲撃した。神々は全滅。生き残りはディーンとサム、それに後部座席の女神が1人だけだ。

 際どい所で離脱し、インパラを飛ばしに飛ばして逃げてきたものの、トレントン近郊から周囲の状況が一変する。確かにここは、ひたすら広い田舎街だ。しかし朝も10時近くになって、全く人間を通りに見かけないのは幾ら何でもおかしい。それに気付いた時には、既に遅かったのだ。

「とにかく、どこかに隠れよう。車を隠せるようなガレージのある家を探して、まずは待機するんだ」

 ハンドルにゴツゴツと頭を打ち付けるディーンを、サムが宥めた。

「それからどうするかを考える。朝飯を食いながらね」

「ああ、腹が減ったよ。まずは腹ごしらえをして、それからだ。カーリー、協力してくれるよな?」

「…どのみち選択肢なんて無いわ。私はお前達とは違って、逃げ切るか、殺されるか。その2つしか無いのよ」

 

再びジェイズ・ゲストハウス4F

 インパラが民家のある方向へハンドルを切ったところで、キューは大画面テレビのスイッチを消した。と、驚愕の面持ちでマクベティ警部補が立ち上がる。

「おいっ。ありゃあ、ウィンチェスター兄弟じゃねえか」

「知ってるの、警部補?」

 レヴィンの問いに、警部補が頷く。

「ゲストハウスで、2、3回会った。人好きのする連中だが、凄腕のハンターでもある」

「そして黙示録の進行を巡る、最重要人物達でもあります」

 キューは涼しい顔で状況の説明を開始した。

「ルシファの目的は自らの器、サムと一心同体化する事です。サムと兄のディーン、それにあれはカーリー女神ですね。彼らはルシファの手の内に収まろうとしています。兎にも角にも、皆さんには彼らを救い出して欲しいのです」

「一体どうやって」

「ここで格闘人形の出番ですよ」

 再び指を鳴らそうとするキューを、顔を青くした幾人かが大声で制止した。

「全裸もろ出しは勘弁して!」

 と、ソニア。

「せめて局部に葉っぱとか付けろよ!」

 と、ブライアン。

「…仕方無いですねえ」

 キューが指を鳴らすと、ソニア達と寸分違わぬ衣服を着た人形達が、ずらりと7人分並んだ。

「既にお題を経て、性能諸々は決定しております。後々PCシートで内容を確認してみて下さい。加えて、以下の五人神様から一人を格闘人形の守護神として選択し、特殊能力を付加する事が出来ます!」

・伊邪那岐

・伊邪那美

・ヌァザ

・キルンギキビ

・テスカトリポカ

「称号:人形遣いをお持ちの皆さんは、この場に居ながら格闘人形のみをインディアナのトレントンに送り込み、あの兄弟とカーリーに手を貸します。例の異常空間に行ったが最後、事態をどうにかせねば人形は戻って来れませんので、その旨御注意下さい」

「おお、人智を超えた格闘人形に、神の御加護か! まるで男子中学生が思いついたようなアイデアだ!」

「これを使えば、ルシファにも勝てるという訳ね!」

「え?」

「…え?」

 キューはしばらく空を仰いでいたが、やがて静かに首を振った。

「無理です。勝てません。ちょっと力の差が有り過ぎですから。ま、人形が八つ裂きの木っ端微塵に粉砕されても、死ぬ心配はありません。どうか頑張って下さい」

 しおしおしおしお。

 そんな擬音が聞こえてきたような気がする。

 

 

<H6-3:終>

 

※格闘人形使用については、次回アクト要項にてルールを掲載致します。

 

 

○登場PC

・イゾッタ・ラナ・デ・テルツィ : マフィア(ガレッサ・ファミリー)

 PL名 : けいすけ様

・クラリス・ヴァレンタイン : ガーディアン

 PL名 : TAK様

・ソニア・ヴィリジッタ : ガーディアン

 PL名 : わんわん2号様

・ブライアン・マックナイト : スカウター

 

・ルシンダ・ブレア : ガーディアン

 PL名 : みゅー様

・レヴィン・コーディル : ポイントゲッター

 PL名 : Lindy様

 

 

<戻る>

 

 

 

 

 

ルシファ・ライジング H6-3【人類敗北を謹んでお知らせ申し上げます】