<…へんしん…>

 漫画には「押しかけ女房」というジャンルがある。平凡で、平均的顔立ちで、これといった取柄もない男の前に、とびっきりの美女だか美少女だかがスキスキ光線を発しつつ接近してくる、まことにドリームなジャンルだ。分かりきった話だが、この過酷な現実にドリームは無い。ありません。ブライアン・マックナイトはそう思う。ポジティブな夢や愛といったものは、自らが努力し、自らで獲得するのだ。そうでなければ、降って湧いた夢や愛に何の価値があろうか。

 そういう訳なので、ブライアンはベッドに横たわる自分の隣に、降って湧いた押しかけ女房ことスノーマンが同じく寝ているのは何かの間違いだと確信した。この過酷な現実にドリームが無いのは承知のうえだが、スノーマンが一緒に目覚めの朝を迎えるのは絶対におかしい。おかしいと言えば、スノーマンはでかい図体に見合うでかいいびきを現在進行形でかいているのだが、墨で出来たクチはきっぱり閉じたままなのに、いびきをかくのはどう考えてもおかしい。

 ブライアンはシクシク泣きながら、今一度目を閉じた。もしかしたらこれは夢の途中なんじゃないかと期待する自分が居る。夢から覚めれば、こんな雪の塊が隣で寝ている事もなく、ましてや自分はハンターですらなく、かつてのように公僕としてサンフランシスコ市民の平和と安全の為に働く日々が待っているのかもしれない。つまり「激闘!桃料理一番勝負」などというイベントに参加する事もないのだ。

 しかし実の所、こんな話もある。

 『ある朝、グレゴール・ザムザが悪夢から目覚めると (以下略)』

 

<激闘!桃料理一番勝負>

「雨の日と月曜日のように、過ぎる時間は容赦なく聳え立つ心の壁なんだよなぁ」

「ブライアン、何故涙目なんだ?」

 目元を抑えるブライアンの落ち込んだ肩を、マクベティ警部補は元先輩のよしみでポンと叩いてやった。また反対側では、スノーマンがブライアンを慰めるように、ベッタリと寄り添っている。けだし美しい光景であった。

 ここはジェイズ・ゲストハウス、本来ならば有り得ない四階。ゲストハウスの主、キューによって招来されたハンター達が、本来の仕事から一切合切離れて挑む桃料理勝負の会場でもある。

 居並ぶハンター達を前にして、キューの機嫌はすこぶるよろしかった。それはこういう理由で。

「ははは君達。人数が増えるとは思いませんでした。ははははは」

 そう。前回キューによって招かれたのは、総勢5人。それが此度は2人増えて7人となった。キューの笑い声が意味するところは明白だ。

『まさか桃料理勝負に好き好んで参加する人がこんなに居るとは、変わった方々ですね』

 少なからぬハンター達が、イラッとくるのも当然である。

 一頻り笑い終え、キューは不意にソファから立ち上がった。相変わらず頑としてこちらを向かない態度に理由があるのかは分からない。キューは肩を竦め、先程とは打って変わった真面目な声で言った。

「まあ、不満も多々あるでしょう。外では悪魔が跳梁し、危険な吸血鬼が跋扈する状況で、美味しい桃料理を作る事にどういう意味があるのかと。ただ信じて頂きたいのは、吾にもこれを行なう理由というものがあるのです。これによって君達の行動を分析し、傾向に沿った形で吾と共にハンターをサポートする手段を紹介します。ただ、このまま勿体ぶっていると、いい加減参加者ゼロの憂き目を見ますので、後で色々と説明しますよ。各種提案を持ってきた方には、その際に対応という事で。今はともかく、桃料理に知恵と創意工夫をぶち込んで下さい。それではナミちゃん、Come’in!」

 キューが右手をサッと掲げると同時、またぞろ前回のようにスモークガラスの仕切りが現れた。その向こうでぼやけた輪郭のナミちゃんが、さめざめと泣いているのも前回と全く同じ。

「よよよよ、およよよよよ」

「もしかして、それが泣き声?」

「さあ、何時までもナミちゃんを泣かしていても仕方ありませんよ。美味しい桃料理で彼女に笑顔の花を咲かせるのです! 歌ごときでヤックデカルチャーなゼントランのように! それでは激闘!桃料理一番勝負の開幕。まずは一番手の方、お願いします!」

 

ジョン・マクベティ : キャンプファイヤー桃 感受性の無さが特徴です

「まず用意するのは、桃、アルミホイル、そしてキャンプファイヤー!」

 一同の目の前に、火の粉を巻き上げ天まで焦がす、キャンプファイヤーが出現した。ありとあらゆる面で突っ込み所はあるのだが、いちいち気にしていては話にならない。警部補は桃をアルミホイルで包み、燃え盛る炎の中にそいつをぶち込んだ。

「芋の代わりに桃を焼くんだ。直接焼いたら黒焦げだから、アルミホイルでガードするのがポイントだ。余分な水分が飛び、旨みが凝縮されるという、これぞまさに男の料理」

「桃って、瑞々しさが命なんじゃないの?」

 そうして待つ事15分。

「出来た! 熱々だぞ。ほれ、とっとと食え。冷めない内にどうぞ!」

「警部補、ヤケになってない?」

 警部補の掌から「キャンプファイヤー桃」が消え、ガラス向こうのナミちゃんの手に渡る。「熱、熱」との声と共に、お手玉のように桃が宙を舞った。そしてアルミホイルを剥き、もそりと桃を齧る。

「うっ」

「…今、呻き声を上げなかった?」

「それではナミちゃん、感想をどうぞ!」

「何て言うか…ブヨブヨのグチャグチャで個性的な味わいです」

「はい、ありがとうございました。それでは警部補、お達者で」

 キューが指を鳴らすと、マクベティ警部補はその場から消えてしまった。うろたえるハンター達に対し、キューが応える。こちらに背を向け、何やらメモを書き込みながら。

「警部補は、今日は忙しいようです。何でも危急を要する犯罪被害者保護の為に動かねばならないとかで。それでは二番手の方、お願いします!」

 

ソニア・ヴィリジッタ : 桃のビール揚げ さっぱりしているのが特徴です

「ども。ソニアです。シクヨロ」

 ペコンとぞんざいに頭を下げ、今回初参加のソニアは素材をテキパキと台所に並べた。手慣れているのはそのはずで、彼女はかつてパティシエールであったらしい。

「ほう、さすが本職という手捌きですね」

「…ソファに座ってこっちを見ないで、よく手つきが分かるもんだね。ま、私の夢も、ハンターになった時点でぶち壊しだよ。ただ1人の家族、兄貴も死んじまってさ。もう料理なんざする事ぁないと思っていたけど、今は何の因果か桃まみれってね」

 随分過酷な世間話をキューと交わしながら、調理をするソニアの手は止まらない。

 ソニアはまだ熟し切っていない固めの桃の皮を丁寧に剥き、手頃にスライスしてビールに漬けた。

「ビールに漬けるのは、実を適度に柔らかくする為。それに青臭い匂いと渋みを消すんだ」

 そして漬け終わった桃をてんぷら生地に浸し、菜種油でからりと揚げて行く。敷き紙に盛り付け、抹茶塩を添え、これにて桃のビール揚げの完成である。

「…これって、普通のお料理リアクションよね」

「少なくともホラー風味PBMとは違うと思う」

 等々湧き上がる躊躇の声を後目に、ナミちゃんはようやく料理と呼べるものにありつけて安心しているらしい。箸を取って、桃のてんぷらをひと口。

「それではナミちゃん、感想をどうぞ!」

「この桃は、食感としては瓜という解釈も出来ますね。渋みが抑えられて、桃らしい優しい甘さがお塩で引き立って、前菜にぴったりだと思いました。美味しいです」

「ビールで野菜や果物を漬けるという手段は、実は珍しくないんだよね。キュウリや大根をビールで漬けものにすると、さっぱりとした面白い風味が楽しめるから。是非一度ご家庭でもお試し下さい。シクヨロ」

「それが結論?」

「オチ無しで押し切っちゃうんだ」

「三番手の方、お願いします!」

 

クラリス・ヴァレンタイン : 桃のカクテル 意外にねっとりしているのが特徴です

「はじめまして。クラリス・ヴァレンタイン、好奇心旺盛な23歳ですわ!」

 ぴょこんと可愛く片足を上げて投げキスなどをして、クラリスは実に愛想がいい。対してハンター達も何となく勢いにつられて拍手などをしてしまう。わざわざハンター世界に足を踏み入れる人間は変わり者が多いのだが、クラリスはまたベクトルが異なるハンターである。

「何か、この世はディズニーみたいに楽しいことばかりって感じだよね」

「腐乱死体が物凄く臭いってとこから現実を知るタイプだよね」

「それではクラリス君、出品料理の紹介をお願いします」

「えーっと、私のは料理とはまた違いますの。ナミさんもそろそろ飲み物が欲しくなる頃合いと思いまして」

 言って、クラリスは食材を台所から取り出した。当然桃と、それに日本酒の一升瓶。

「うわ、越乃寒梅」

「渋いとこ突いてきたわね。サンフランシスコが舞台なのに」

「私思ったんですけどー、ナミさんって多分日本の方ですよね? だったら懐かしい日本酒でカクテルを作って差し上げますわ」

 クラリスは桃を細かく切り、ジューサーでゆっくり撹拌した。仕上げたそれを更に布で絞り、粘度の高い桃ジュースが完成する。シェーカーに桃50ml:越乃寒梅100mlを注ぎ、後はひたすらシェイク。グラスに注ぎ、真っ白な桃のカクテルが出来上がった。

「では、ナミちゃんにお渡ししましょう」

「あ、待って下さい。まずは生の越乃寒梅を最初に味わって下さいな」

 都合、ナミちゃんの元には日本酒と桃のカクテルが渡される。まずは越乃寒梅を含むと、ナミちゃんは驚いたようにグラスを眺めた。

「これがお酒? 凄いですね、今のお酒はこんなにさらさらして、辛みのあるものなんですか。私が現役の頃と言ったらもう、酸っぱくてドロドロでありましたよ。私に仕える巫女がくっちゃくっちゃ米を噛み、ペッって吐き出したのを発酵させるんです。今考えると、凄く勇敢ですよね、昔の人」

「いや、あんたも昔の人だろ」

 そして今度は桃のカクテルである。これは当たりであったらしく、ナミちゃんはほとんど一息に飲み干してしまった。

「感触がとろんとして面白いですね。上品な甘みの中に辛さも感じられて。果実とお酒を混ぜるという発想は、私の頃にはありませんでしたから。嗚呼、これは何杯でもいけてしまいそう」

「喜んで頂けて光栄ですわ。それではおかわりをお持ち致しましょう」

 空のグラスを受け取るべく、クラリスはいそいそとスモークガラスに近付いた。そして蛆が蠢く腐乱死体と化したナミちゃんと正面から相対し、笑顔のままパタンと倒れ伏す。

「あ、倒れた」

「見た目に負けたのかな」

「臭いでしょ」

「それでは四番手の方、お願いします!」

 

ブライアン・マックナイト : 桃の赤ワイン炒め 焼いてみるのが特徴です

「オバケなんてなーいさー、なーいさー、なーいさー」

 勝手に編曲しているが、要するにブライアンは、ぶっ倒れたクラリスを引き摺って戻すという迷惑な役回りを仰せつかったのである。その際、ナミちゃんの方を決して見ることはなかった。冗談ではない。蛆が湧いたしゃべる死体なんて、そんな怖いものを見れるか。俺はオバケが怖いんだよ。にも関わらずハンターという茨の道を選んでしまった矛盾を、ブライアンは唇を噛み締める事で耐えていた。

 と、安らかに眠るクラリスの足を担いでいたスノーマンが、不思議そうに首を傾げる。

「いやいや、お前に首なんぞ無い」

『ねえ、ブライアン。だったらスノーマンの事は怖くないの?』

「お前はそういう生き物だと思う事にした。お前は『保護したい気持ち』と『銃で撃ってしまいたい気持ち』を同時に掻き立てる珍獣なのだ」

 そう言うと、スノーマンは身を捩じらせて喜んだ。照れているらしい。不気味な奴である。

 で、ようやく料理の開始。ブライアンは、ワインと桃とオリーブ油を台所に出した。それだけ。

「桃の赤ワイン炒めを作るぞ。予め断っておくけれど、ごめんなさい。料理、下手です。サングリアっぽいものを考えていたら、こんな所に辿り着いてしまいました。でも、実は切り札があるんだ」

 言って、ブライアンは愛用のナイフを取り出した。これで食材を切るという事らしいが。

「ナイフに臨時対霊を施してみました」

「うわあ、意味が無ぇ」

 外野のやるせない声をものともせず、ブライアンは5つの桃を剥き、臨時対霊を施したナイフでゴロゴロサイズにカットした。そして油を馴染ませた熱いフライパンに桃を入れ、続けて赤ワインを投入。ワインの水分を飛ばし、桃に焦げ目が入ったところでフライパンから引き上げ、皿に移した。以上。

「…何か、桃が邪悪な色になったけど、まあいいや」

「それではナミちゃん、感想をどうぞ!」

 血塗れっぽい桃の切り身を出されたナミちゃんは、如何せんドン引きであった。それでも出されたものはきちんと食べる大和撫子の心意気、恐る恐る箸をつけ、口に運んでみる。

「うっ」

「…今、呻き声を上げなかった?」

「それではナミちゃん、感想をどうぞ!」

「この果実酒と桃が盛大に戦っておりまして、双方素材の味が明後日の方向に飛んでいるようです。素材の味がそれなので、逆に調味料が一切無いのが、あの、どう言えばいいのか…」

「つまり不味いんですね?」

「はい」

「それでは五番手の方、お願いします!」

 

ルシンダ・ブレア 桃のコンポート その手堅さが特徴です

 桃の皮を綺麗に剥き、程よい大きさにカット。鍋に水を浸し、レモンを絞った果汁、白ワインと砂糖を合わせ、桃の実と皮を一緒に煮込む。煮込んだ後は適温まで冷やせば、ルシンダのお得意、桃のコンポートの完成だ。

 キューは腕組み、考え込んでいる風だった。目の前には桃のコンポート。勿論ナミちゃんのところにも一皿。ルシンダはわざわざ自分の分も作ってくれた訳で、本来ならば一礼述べてありがたく頂戴せねばならないところだが、如何せんキューはキューである。

「何と言うか、君、変態度が足りませんね。この桃のコンポートは、味見するまでもなく美味しい事が決定済みです。しかしながら、もっと変態度があると吾も評価が書き易いのですが。例えば先程のブライアン君のように、どういう使い道か全く提示せずに『臨時対霊:ナイフ』とやってしまうような」

「訳の分からない事を言ってないで、一緒にティータイムとしゃれ込みましょ。ほら、紅茶だって淹れたんだし。皆さんも一旦休憩しない?」

 ルシンダは軽くウィンクして、参加者一同も誘った。相変わらず愛想の使い所が抜群に上手い。この場はルシンダの音頭取りでもって、一先ずお茶を楽しむ会と相成った。

 とは言え、ナミちゃんは相変わらずスモークガラスの向こうであり、キューに至っては一段とソファの距離を置き、極力姿形を見せていない。もうちょっと顔をつき合わせて会話を楽しむゆとりくらいは欲しいと思いつつ、ルシンダは気を取り直してナミちゃんに話を振った。

「わたしのコンポートはどう? 母親直伝の、わたしにとっては思い出の味なのよ」

「ええ、ええ、こんぽおとなるものは初めて食べました。異界のお菓子、大変美味しゅうございます」

「異界って」

「あの頃は、こういうものを楽しむゆとりもありませんでした。人間は生きる為に必死で、だから私達も人に良く在れと国づくりに励んだものですよ。」

 コンポートの美味しさにほだされたのか、ナミちゃんは思い出話を始めた。彼女の素性について興味を持っている者達が、注意深く耳を傾ける。

「後に瑞穂の国と呼ばれるようになりましたが、私達が来た頃は、やせ細った土地柄でありました。人間も長くは生きられず、折角生まれた赤子も育ちきれずに死んでしまうのです。私達はそれを悲しみ、土地を肥沃に作り変え、食用植物の栽培を彼らに伝えました。国は豊かになり、何時しか私達は奉られるようになったものです。そして子をなし、後事を任せて楽隠居を楽しもうとした矢先に、まあ、腐乱死体になって捨てられてしまった訳ですが…」

「でも」

 カップを置き、ルシンダはガラス向こうのナミちゃんに語りかけた。

「今でも想っているのよね? 旦那さんの事。そういうのって、憧れちゃうなー」

「肉が腐って蛆が蠢くこの体、あの人が魂消るのは無理もありません。桃一個でさようならというのは、ちょっとあんまりだとは思いましたけれども。それでも私の夫は、今も昔もあの方だけで、私はその心を頼りに生きているのです。死んでいますけど」

 と、キューがすくと立ち上がった。皆の耳目が一斉に彼の後姿へと向かう。ナミちゃんの語りを聞いて、何か思うところがあったのだろうかと。キューは軽く咳払いをし、厳かにこう言った。

「それでは六番手の方、お願いします!」

「飽きたのね」

 

イゾッタ・ラナ・デ・テルツィ ピーチクワトロピッツァ 作る事への欲望が特徴です

「アメリカのピッツァは『ピザ』っていう名の別の食べ物だわ。あんなフワフワ生地のパンみたいな代物は、どう考えても『ピザ』。チーズとケチャップを塗りたくった惣菜パン。あんなの食べてたら、そりゃあ太るよアメリカ人。だからあたしは、正真正銘本物のデザートピッツァで勝負よ。そうじゃなきゃシルヴィに『イタリア系の矜持』について2時間くらい説教されてしまう! それじゃ行くわよ。桃の花言葉、それは恋の奴隷!」

「テンション高えな、おい」

 クリスピー生地をまな板に敷き、イゾッタは腕をまくって具材の盛り付けを開始した。

 イゾッタのクワトロピッツァは、文字通り生地の四等分に各々異なったトッピングが為されている。それは桃をベースとして、春夏秋冬の一年をピッツァ上で表現するという、非常に凝った内容だ。今迄の参加者は比較的手軽で美味しいものというコンセプトを指向していたし、一部にはヤケクソとしか思えないキャンプファイヤー桃もあるにはあった。しかしイゾッタの念の入れようは大したものである。

「春。それは恋の始まり。生地に桃蜜をたっぷり塗って、その上に塩漬けの桃の花をトッピング。甘辛い恋の味を表現してみました」

「夏。それは恋の成就。未熟な桃の果肉をサルサ・ロハで炒め、それに緑のサルサ・ベルデをトッピング。これぞ熱い恋の季節!」

「秋。それは命の豊穣。熟した桃を何種類も使って、躍動する命を表現するわ。桃の甘さを心行くまで堪能して頂きます!」

「冬。それは命の繋がり。命の核、桃の種子、桃仁のプディングをカラメルでコート。冬の色は寂しいと見えて、実は豊かさを秘めた味わいよ」

 と、ほぼ4行に収まったものの、実際は非常に凝った過程を経て、そのピッツァは完成した。しかしイゾッタはこれで満足せず、桃の木を使った手製の食器、フライホーフ・ピーチという桃の蒸留酒を添えてナミちゃんに出すという、とどめの一撃まで正にサービス精神旺盛であった。

「うわー…」

 ピッツァを出されたナミちゃんは、あらゆる色彩がひしめくそれを前にして、中々二の句が継げない風だった。イゾッタはスモークガラスの隣に腰を下ろし、気安く彼女にしゃべりかけた。

「さあ、食べて。これはあなたの為に作ったのだから」

「でも、果たしてどの色から食べればよいものやら…」

「そうねえ。春夏秋冬をイメージしたものだし、まずは春からでいいんじゃないかしら。このピッツァのテーマは春から始まるものよ。死と生、そして輪廻転生。丸いピッツァの中に、そういうものが詰まっているの」

「え?」

 ナミちゃんは意外そうな声を上げた。其処まで考えられた食べ物なのかと。

「ねえ、ナミさん。先刻、桃一個でさようならって言ってたけれど、あれ、アタシは違うと思うの。きっと旦那さんはナミさんの姿を見て、やっぱりこのまま連れて帰る事は出来ないと思ったんじゃないかしら。だからあなたに桃を託した。ナミさんも東洋の人だから分かると思うけど、桃は再生の象徴なのよ。旦那さんは、次の世でまた会いましょうという願いを、きっと桃に込めたのよ」

「ああ、あの人がそんな事を…」

「取り敢えずあたしの特製ピッツァでも食べて、元気出してよ、ナミさん」

 本当か? 本当に旦那さんはそんな優しい事を考えていたのか? ひたすら仰天して、たまたま持っていた桃を投げつけてトンズラこいただけではないのか?

 等という無粋な突っ込みを考えてはいけない。何しろイゾッタの言葉はとても理に適っている。実際、ピッツァを食べるナミちゃんは、スモーク越しに見ても実に幸せそうだった。つまり、これでいいのである。

「それではナミちゃん、感想をどうぞ!」

「人の世のはかなさと希望が心に染みる、滋味深い味わいですわ。それに蒸留酒というのもなかなか」

「それでは最後の方、お願いします!」

 

レヴィン・コーディル 桃のフルーツケーキ 女の子女の子しているのに、広島弁の設定をどのタイミングで出せばいいのかさっぱり分からないのが特徴です

「ワシの生クリームはどこじゃあ! おどりゃ、しごうしゃげたるぞ!」

 取り敢えず、はだしのゲンを参考にした広島弁のようなものを出しておきました。これで第二回分のノルマはクリアー。

 最後の料理人、レヴィンの出し物は桃のフルーツケーキであった。一見順当な桃料理ではあるものの、レヴィンの工夫はイゾッタ同様、なかなかに凝ったものだった。

「ケーキの生地に、桃、葡萄、クリームを挟んで、表面を黒蜜味の葛で整えまーす」

 そして全体をホイップクリームでコートし、櫛の形のウェハースとバニラアイスをトッピングして、完成である。これらの食材には、レヴィンなりの意図が込められている。

 実は!

 否、「実は」と構えるほどではないのだが、ナミちゃんは日本神話で言うところの国母神、伊邪那美であった。「構えるほどではない」というのも随分失礼な話ですが。

 尤も、そんな事はほとんどのハンター達が指摘しており、何を今更感は拭えない。ただその国母神が、何故日ノ本から見れば西の果ての国、それもジェイズ・ゲストハウスに居るのかは謎だ。ともあれレヴィンは、故事に則り食材を工夫したのだった。

 伊邪那岐が追いかけてくる伊邪那美から逃げる際、用いたアイテムは黒葛、蒲陶(=葡萄)、それに櫛。レヴィンはそれらを取り込んでケーキを仕上げた訳だ。後はナミちゃんが、どのような反応を見せるかが大変興味深い。ナミちゃんは匙でケーキをすくい、口に甘い塊を運んだ。レヴィンの固唾を呑む音が聞こえる。

「うま」

「そんだけ?」

「美味しいです。甘くて。今日出して頂いたものの中でもトップクラスの甘さです。こんなに甘みの強いものが食べられるなんて、いい世の中になったのですね。嗚呼、我が民にも食べさせてあげたかった。したらば私は、一層の人気者であった事でしょう。かような立場に甘んじておりますまい。あ、今の『甘い』と『甘んじる』をかけたシャレですから」

 そんな事はどうでもよい。

 しかし因縁食材への反応が意外にも薄く、レヴィンとしては肩透かしであった。それは案外、伊邪那美としてのナミちゃんが言い伝え通りの存在ではないという事を、端的に表しているのだろう。そうでなければ、

『よくも私に恥をかかせたな。伊邪那岐、おまえの国の人間を、これから毎日1000人ずつブッコロよ!』

 という有名な伊邪那美一世一代の啖呵切りをナミちゃんに適用しなければならないではないか。スモーク越しの彼女はレヴィンの出したケーキを、変なリズムを取りながら楽しそうに食べている。「1000人/日ブッコロ」という邪神の片鱗は見当たらない。

「これはこれで良かったのかな。取り敢えず邪神じゃないし」

「何ですか? ええ、美味しかったです。美味しかったですよー」

 最後にケーキで〆るという綺麗な終わり方でもって、謎のイベント『激闘!桃料理一番勝負』はお開きと相成った。

 

 この催しは優劣を争うものではないから、結果発表は無い。飽くまでキューによるデータ取りが主目的であった。ただ、ナミちゃんに桃料理を提供し、彼女自身に何かを起こすという意図が、間違いなくキューにもある。

 然してキューはナミちゃんの目の前に立ち、桃を1個取り出してみせた。それはナミちゃんが持っていた、彼女曰く「離婚の手切れ金」である。

「さあ、人間達が心を篭めた桃料理の数々を、あなたは堪能したでしょう。今のあなたなら、恐れる事無くこれを食べられるはずだ。一口カプッと言っておしまいなさい。カプッと」

 成る程、とハンター達が顔を見合わせる。キューの目的の一つは、これなのかと。しかし肝心のナミちゃんはと言えば、相も変らぬヘタレ振りであった。

「でも、これを食べるのはちょっと…。だってこれは、あの人と私を繋ぐ、唯一つの思い出なんですよ」

 また振り出しに戻ってしまう。キューは嘆息をついて天を見上げ、首を振ってパチンと指を鳴らした。

 同時に、ハンター達の目前に、いきなり横断幕が現れる。横断幕には、こんな事が書いてあったのだ。

 

申し訳ありませんが、これから茶番が始まります

『ナミさーん!』

 等と叫びながら、保健室の模型のような白い骸骨がナミちゃん目掛けて走ってきた。まずはブライアンがお約束通りに卒倒する。若干遅れて、一同騒然と相成った。

「何あれ」

「話の繋がり方が、スゲエ雑」

「声帯が無いのに、何処から声を出してるの?」

「それは問題じゃないでしょう」

 骸骨はナミちゃんの処まで辿り着くと、両膝に手を付いて息を切らしていたものの、その窪んだ眼窩はしっかと彼女を捉えて離さない。対して彼女は、口元を両掌で押さえて言ったものだ。

「あなた…!」

 何じゃそりゃ。それは思う。誰しも思う。思っていないのは倒れたままのブライアンと、『心臓マッサージ!』を連呼しながら彼の胸の上でバウンドし続けるスノーマンだけだ。何の前触れも無く、伊邪那岐登場を受けて場は言葉が無い。白い骸骨ことナギくんは、申し訳なさそうに顔を伏せつつ、訥々と語り始めた。

『すまなかった、ナミさん。私もあの時は未熟で、些かグロ耐性に欠けていたのだ。しかし私も死に至り、今はこうして肉も削げ落ち、綺麗サッパリ骨だけになったよ。この身になって、恥ずかしながらようやくナミさんの心を理解出来た。どうか愚かな私を許し(省略)』

 

 ※この後、ナミとナギの会話だけで14行くらい続いたのですが、余りにも出来がアレなので省略します。黒井。

 

「じゃあ、この桃を食べればいいのね」

『そうだ。桃を食べれば、きっと私達は新たなステージを迎える事が出来る』

 ナギくんに促され、ナミちゃんは意を決し、桃を一口齧った。

 その途端、彼らを中心にして白い光の奔流が渦を巻く。腐り果てて淀んだ色であった伊邪那美の肌が、本来あるべき玉の艶へと復元を開始した。涌いていた蛆も雲散霧消し、紅色に輝く唇から漏れる真っ白な歯が美しい。そして伊邪那岐の骨格には、内臓器官の復元が始まった。それらを覆い隠すように血管と筋繊維が這い回り、徐々に雄雄しい肉体が形成されて行く。

「さて、これ以上見てはいけません。この空間で神の姿を見ては、人間の目では潰れます」

 言って、キューはスモークガラスを拡大させ、ハンター達の視界から2人の姿を遮断した。神の姿と聞き、ふとレヴィンが思いつく。こうして自分達に背を向け続け、決してまともな姿を見せないキュー自身も、伊邪那美達と同じような存在だったのかと。

 光はやがて収束し、程なくして止んだ。キューがガラスを消し去ると、伊邪那美と伊邪那岐の姿は最早其処には無かった。

「昇天したのよ、彼らは」

 晴れやかな笑みを浮かべ、イゾッタが言った。

「日本風に言うと成仏かな。わだかまりが消えて、思い残す事は無くなった。あの桃は、2人が決断する切っ掛けだった訳ね」

「桃が切っ掛けというのはその通りですが、実は彼らは、まだここに居るのです」

 キューが指差す方向、日本式高床家屋の中からは、キャッキャウフフの仲睦まじい声がする。伊邪那岐と伊邪那美が、昇天もせずにまだ居た。イゾッタは盛大にばてた。

「まだこの世に未練がある訳!?」

「いえいえ、彼らには吾から頼んで残ってもらったのです。まだやらねばならない事がありますからね」

 それが何なのか、結局キューは口にしなかった。

 

いよいよこれからが本番

「じゃあ、今迄の桃料理とかは本番じゃなかったわけ?」

「まあまあ、落ち着いて」

 キューは一旦小休止の旨を告げ、何処かへと引っ込んでいた。取り敢えずキューが戻るまで、一同は自作の桃料理を持ち寄って楽しむ会を催す事となる。

「やっぱりコンポート美味しい」

「桃の日本酒カクテルって、結構新しいよね」

「ところで君達、俺の『桃の赤ワイン炒め』に手をつけていないようだが?」

 こうして和やかに桃料理に舌鼓を打つのも、けだし結構な話であるが、生憎彼らはその為に居る訳ではない。今回から参加した2人の内の1人、ソニアが率直に疑問を口にした。

「結局キューというのは、何なのさ? この4階空間でやっている事と言ったら所謂奇跡の類だし、伊邪那美とか伊邪那岐にも通じている。これってもしかするとさぁ…」

 神。

 口に出さずとも、他の者達の中にもある程度それを想定する者がいる。神と言うと畏れ多い存在だが、この世界は一神教で構成されている訳ではない。現状、突出しているのはキリスト・イスラム・ユダヤ教が崇める一神であるが、その他にも神様は沢山いる。古い方々と言い表せば、尚正しいだろう。彼らの中には、信仰を失ってローカルな怪物と化した者も居れば、ひっそりと身を隠して人々の行く末を見詰める、心穏やかな者も居る。差し当たってキューに関しては、そのどちらも当てはまらないような気もするが。

「それではみなさん、お待たせしました」

 相も変わらず何の前振りもなく、ソファに座って背を向けた格好のキューが登場した。

「先に申しました『色々と説明』をこれからさせて頂くのですが、その前に提案を頂いていた案件について回答致します。まずはレヴィン・コーディル、資金・アイテムの互助システムについて。レヴィン、簡単に趣旨を説明出来ますか?」

 キューに促され、我が意を得たりとレヴィンが起立した。

「戦いは初手から、とても厳しくなっていると思うのね。だから資金やアイテムの交換というのも、あっていいと思う。例えばケーキ作りに重武装は、どう考えても必要無いって事」

「包丁に臨時対霊を施した方も居ますけどね」

「やかましいわ」

「必要とする局面に、必要とされる物資が融通されるシステムが欲しい。これからの戦いを凌ぐ為に。どうかな?」

「ふむ。まず、マフィアの皆さんから投資を頂いた分は、その何割かがハンター全員に均等に分配されます。これを局面によって分配割合を変動させるつもりはありません。ただ、ハンター間で資金とアイテムを交換し合うシステムは、その必要性を吾も認識します。問題は、そのシステムが確立されていない点です。レヴィンの案を参考に、現行の掲示板を利用した交換システムを、次回アクト共通要項で提示しましょう。それからイゾッタ・ラナ・デ・テルツィ。これは吾が皆さんにご協力を願う内容にも被りますので、こちらから説明をさせて頂きます」

 言って、キューは手榴弾のようなものを手に持ち、掲げてみせた。

「これはイゾッタから先行で提案のあった、ハンター向けの新兵器です。『血界煙幕』。欺瞞煙幕に人間の死体の血を配合した代物で、対吸血鬼戦には確実な効果を発揮するでしょう。提示された物品の中で、今回における有用性が高いものを吾は選んだつもりです。さてイゾッタ、こうした形でハンター達が使えるアイテム類の開発を、君は提案してきた訳ですが、その趣旨を発表して下さい」

「…ハンターは失敗すれば死ぬ、そういう脆い存在なのよ」

 名指しを受け、イゾッタは慎重に言葉を選んだ。

「だから失敗する可能性を低める為にサポートが必要になる。有用アイテム類製作を提言したのは、そういう事。でも、そのアイテムだって製作に失敗すれば元も子も無いわ。だからキュー、あなたの力を借りたいのよ」

「成る程。その助力に関しては、吾にも出来る範囲がありますが、やってみる価値は高いと判断します。それでは、ゲストハウス謎の4Fに御参加頂いたハンター諸君。君達に協力を願いたい用件は、以下の2つです。君達には次回以降、何れかから1つを選んで頂きたく考えております」

 

その1・アイテム開発

「ハンターが購入出来るアイテム類の開発に携わって頂きます。例えば今回、イゾッタが提案してきたような形で、複数アイテムの提案をして頂いても構いません。ただし、一度に採用出来るのは2つまでとさせて頂きます。内容によっては全て不採用とする場合もあります。例えば水素爆弾を作るとか。既存の技術を組み合わせて、新しいものへと発展させる、という形式にした方が、より確実度が高いと考えてもらって差し支えありません。アクトにおける書式については、次回アクト共通要項にて提示します。そしてもう一つの選択肢ですが」

 

その2・人形遣い

 キューは一旦そこで言葉を切り、すくと立ち上がった。その動作は機敏で、何時ものように間延びした雰囲気は無い。そして全く場違いな台詞を口にする。

「早く入りなさい!」

 一同が顔を見合わせた。一体キューは何を言い出したのだろう。と、思った矢先に、突如一組の親子連れがハンター達の目の前に現れる。向こうもこちらも、何が起こったのかさっぱり分からない。

「ど、何処だ、ここは!?」

 親子連れの父親らしき男が、慌てふためきながらハンター達に問う。対してハンター側は、こう答えざるを得ない。

「4Fです」

「何処の!?」

 そしてしばらくもせぬ内に、今度はマクベティ警部補が出現した。最早発する言葉が無い。

「お前ら、まだ4Fに居たのか!?」

 目を白黒させながらも、警部補は桃料理仲間を認めて近寄って来た。

「あれからもう、一週間以上過ぎているのに」

「一週間!?」

 ハンター達が一連の桃料理勝負に要した体感時間は、正味一日も過ぎていない。この4Fと現実の時間の流れは、どうやら大きな歪みが生じているらしい。二の句を繋げられないでいる彼らを、キューは意に介さず言った。

「さて、中々に強力な吸血鬼一党に対し、これに対処したハンターは見事敵の目論見を砕いた訳です。しかしながらターゲットとなった其処の少年、恐らくSFPDの保護プログラムでは防ぎきれないでしょう。よって吾は、サービスとして助け舟を出す事にしました。とあるマフィア君から、莫大な寄進を頂く事になりましたのでね」

 パチン、と、キューが指を鳴らした。其処からの展開は、目まぐるしいの一語に尽きる。

 まず、親子3人が傍らに現れたベッドに、吸い寄せられるようにして身を横たえた。ほんの一瞬で眠りに落ち、彼らの姿が忽然と消える。

 そして入れ替わるように、また親子三人が現れた。きょとんとして落ち着かない彼らの立ち姿は、見紛う事無き件の3人であったが、ハンター達は違和感を覚える。何かがおかしい。何処かが違う。

 キューが再び指を鳴らすと、親子はその場から消えてしまった。

「…今度は何処にやったんだ」

 生唾を呑み、警部補がキューに問うた。対してキューが、しれっとした口調で曰く。

「あの親子には、家に帰ってもらいました」

「何だとう!? 家に帰しちまったら、元も子も無えだろうがっ!」

 食って掛かる勢いの警部補を半ば無視し、キューが矢継ぎ早に言葉を続ける。

「実は家に帰ったのは、例の家族を模した人形です。本物はこの4Fの何処かで、ベッドに横たわっております。あの人形は、よく出来ていましてね。実は人形の中には、件の家族の心がそのまま入っています。だから彼らは、自分が人形に入れ替わった事も知らず、昨日までの日常生活を明日からも続ける事が出来る、という訳なのですよ。そして汚らわしい者どもは、あの家族に襲い掛かっても無駄だと思い知るのです。何しろ血の通っていない人形ですから。はっはっは。愉快愉快」

 ケタケタと笑い、しかしキューはピタリとそれを止めた。またも指を鳴らす。

「…さあ、これをご覧なさい。これが君達を呼び寄せた真なる目的の一つ。君達の姿を模した格闘人形を、君達自身が操ります。そして君達は強力なこの世ならざる者を向こうに回し、この人形で悪と戦うのです!」

 キューは得意満面の風情で、ずらりと並んだ『全裸』の人形達を披露した。向こうに回して戦うだの悪だの、そんな事は誰も聞いてはいなかった。何しろ自分の姿を一部も余さず完璧に模した『全裸』の人形が、衆人環視の元に晒されているのだから。

 阿鼻叫喚。

 貴重な時間が、また無駄に費やされてしまった。

 

ぬあ。

「…ま、つまりこの試験という奴は、人形のスペックを決定する為のものだった訳です。だから吾が注視したのは各々の個性でした。優れた、美味しい料理であるに越した事はありませんが、何とも言えない過程を経た、何とも言えない出来栄えであったとしても、それはそれでOKなのですよ。例えば包丁に臨時対霊を施した方とか」

「案外お前もネタの食いつきは執念深いな」

 しかしこれで、キューの目論見の一旦が見える運びとなった。

 ハンターへの助力に協力を願う、というスタンスに歪みは無いのだが、その手段は尋常ではない。得体の知れないものに対し、こちらも得体の知れない人形で戦うという事だ。人形を使うからには、ハンター最大の弱点、『死』を心配する必要が無くなる。恐らく人形に施されるスペックとやらも、ただ事ではないはずだ。が、そうまでして戦わねばならない相手とは一体どれ程の者なのか、それは未だに分からずじまいだった。

「それでは最後のお題です。これも桃料理と同じく、君達の個性を見させて頂くものなのですよ。それを踏まえて、この方をご紹介します!」

「え、ちょっと待って」

 と、レヴィンが挙手をした。

「…確か、2人の同居人って言ってなかった? 那岐くんと那美ちゃん、これで2人の枠は埋まっちゃうじゃない」

 沈黙。

「それではこの方をご紹介します!」

「あーっ、無視した!?」

 今度は前回のナミちゃんの時のように、スモークガラスの仕切りは現れなかった。よって彼の姿は丸見えであるのだが、その姿は『貧相なお爺さん』という他に無い。ただ、甲冑を身に纏っている。それも無骨で殺気に満ちた代物を。その鋭さを雲散霧消させるほど、爺さんのしょんぼり具合は破格であった。ベンチに座って背中を丸め、パック牛乳をチューチュー吸い、事あるごとに溜息をつく。まるで定年と同時に離婚届を突きつけられた人みたいではないか。

「それでは、自己紹介をどうぞ」

 キューは容赦が無かった。

「…ヌア、だ。もう名前なんてどうでもいいわ。どうせ誰も彼も、わしの事なんて忘れておるからな」

 その姿同様、ヌアの言葉には一切のやる気が見受けられない。それでもヌアは老人らしく、とうとうと思い出話を繰言のように語り始めた。

「こう見えてもわし、実は一国の王であったのだ。ある時、派手に戦争に負けてな。我が民がわし諸共、敵の支配下に収められてしもうた。これだけでも相当情けないのだが、更にきつい事態がわしを待ち受ける事になる」

 言って、ヌアはカリカリと頭を掻いた。その腕は特徴的で、鈍い銀に覆われている。どうやら鎧ではなく、銀の義手だ。

「圧制と重税に苦しめられていた頃、1人の青年がわし等の前に現れた。彼がまた光り輝かんばかりの男でな…。強いわ美青年だわ統率力はあるわ。これぞ好機と思い至り、わしは彼を軸に据えて反乱軍を決起したのだ。で、戦は見事に勝ち進む。あれよあれよと勝ち進む。勝ち進む内に、わしは思った。『不敗の剣』とか持っていた癖に、わし、何でコテンパに負けたのかと。こんなポッと出のかっちょいい青年に全部持ってかれて、立つ瀬が無えじゃんと。そろそろ潮時かと、わしは思った。青年に玉座を譲り、戦後はのんびり釣りでもしながら過ごそうか、と思っていたら流れ矢が当たってわしは死んだ」

「もうお分かりでしょう。ヌアさんが明日への第一歩を踏み出すには、何が必要なのか。それは今一度心躍る戦いを繰り広げ、見事勝利を収める事なのです。其処でお題。次回は『究極の戦い』を彼に仕掛け、見事、そう、見事に『わざと負けて頂きたい』のです!」

 のです!って言われても。

 ヌアがしょぼくれている直ぐ側で、キューの奴は『わざと負ける戦いをして下さい』等と言い切った。ヌアは話を全然聞いていないようであるが。

 ともあれ、これも『格闘人形』のスペックを決める試験の一環らしい。これだけの大仕掛けを施し、格闘人形なるものを準備するからには、キューが戦おうとしている手合いは只者ではない。それはよくよく分かるだけに、試験内容の脱力振りには、如何とし難いものをハンター達は感じていた。

 

 

<H6-2:終>

 

 

○登場PC

・イゾッタ・ラナ・デ・テルツィ : マフィア(ガレッサ・ファミリー)

 PL名 : けいすけ様

・クラリス・ヴァレンタイン : ガーディアン

 PL名 : TAK様

・ソニア・ヴィリジッタ : ガーディアン

 PL名 : わんわん2号様

・ブライアン・マックナイト : スカウター

 

・ルシンダ・ブレア : ガーディアン

 PL名 : みゅー様

・レヴィン・コーディル : ポイントゲッター

 PL名 : Lindy様

 

 

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ルシファ・ライジング H6-2【もももすもももももはもも】