歩け歩け、どんどん歩け

「あのな、アンジェロ。俺ぁよう、幾らお前が女装すりゃ女そのものだっていってもな、積極的に女装を推奨するような趣味は無えんだ。聞き込みをする際は正体を隠した方がいいって理屈が、仮にあったとしてもだ」

「だって警部補、この服を推薦したのは警部補じゃないですか」

「してねえ! お前の考えるマクベティ警部補は空想の産物だ! つうか正体云々以前にその服は、幾ら何でも目立ち過ぎじゃねえの!?」

 ジョン・マクベティ警部補が指差す先に、氷結晶模様の着物に紫紺の袴という、あまりにもなアンジェロ・フィオレンティーノ(男)がチョコンと椅子に座っていた。コンセプトは、やけっぱちになった「ハイカラさんが通る」か?

 ここはジェイズ・ゲストハウスの1階酒場だ。基本的に昼間の酒場はガラガラで、幸いアンジェロが奇異なものを見る目に晒される事は無い。

 久々に警部補と酒を酌み交わしつつ、アンジェロは今後の調査手段について警部補に相談を持ちかけていた。とは言え、アンジェロ自身は既にある程度の方針を立てたうえで、警部補に助言を求める格好である。つまり、歩いて歩いて、人に会って人に会って、話を聞いて推論を立てる。それは捜査活動の基本中の基本だ。

「僕としては、コンセプトをジル対策に絞ろうと考えています」

 ドライマティーニの入ったグラスを置き、アンジェロは身を乗り出した。

「エルジェは桁違いに恐ろしい吸血鬼です。しかしジルは、今の状態でも彼女を凌駕しているらしい。そんな化け物が完全復活を遂げれば、幾らハンターとノブレムが共闘しても、勝ち目が非常に薄くなります」

「まあ、確かにな。上のクラスの吸血鬼は、最早吸血鬼と言うよりチャック・ノリスだ」

「で、僕は考えたんです。ジルにはどうやら、弱みがある。其処を突けば、或いはと」

「弱みだって?」

「ピュセルです。ジルは彼女に固執している」

 警部補はウォッカのグラスを傾けたまま、眉間に皺を寄せた。思い直したように一息で呷り、そして曰く。

「ピュセルって何」

「ラ・ピュセルですよ。知らないんですか? びっくりだなあ。ジャンヌ・ダルクの愛称じゃないですか」

「ジャンヌ・ダルクだと!?」

 警部補が仰け反るのも無理はない。さすがにその名を知らなければ、余程教育が行き届いていない者なのだろう。中世フランス史上における伝説の少女だ。オルレアンの解放者。そして彼女が辿る悲劇的な末路。しかしアンジェロは、さも当然という風に頷いた。

「ジルがジル・ド・レエであるのは確定的です。ジャンヌと共に戦争を戦い抜いた、彼もまた救国の英雄です。ジルのジャンヌへの思い入れは、友情や敬慕を越えて恋愛感情に近かったという説もあります。そのジルが、以前に監視カメラの中で言ったのですよ。『ピュセルは一体何処にやった!?』とね。どうやら彼女の魂は、サンフランシスコの何処かに居るらしい」

「…その弱みを、利用するという訳か」

「その通りです」

 2人は顔を見合わせ、幾分邪悪な笑みを浮かべた。それは卑怯な考え方だと指摘する者が居れば、彼等はこう答えるだろう。それがどうしたと。何しろ相手は、稀代の殺人狂である。まとまな手段で対抗するのも結構だが、アンジェロと警部補は一点において似た方向性を持つ者達である。即ち、勝利を最優先する。

「…とは言え、何しろ情報がホントに少ないです。ここは基本に立ち返り、聞き込み調査をやろうと思いまして。僕の方で幾人かピックアップをしてみました。警部補には、アポイントを取るうえで御協力を頂ければと願う次第です」

 言って、アンジェロは聞き込み対象のリストを警部補に差し出した。用紙を覗き込み、警部補が呻く。

「お前、この面子、マジか」

「マジです」

 

<キューとの対話>

『あっはっはっはっは。はーっはっはっはっはっは』

 と、アンジェロの問いに対して、キューは容赦なく笑い声を上げた。ジェイズに居ればキューとは何処でも話す事が出来、アンジェロもまた彼に助言を請う為に呼び掛けてみた次第である。気さくに反応を返してきたキューには感謝をしているものの、真面目に聞いた結果がこれでは聊か癪に障るというものだ。

「何もそこまで笑う事はないんじゃないの?」

『いや、失敬失敬。しかし君があまりにも突飛な話をするものですから。まさか吾が、あのジーザス・クライストなのかと聞かれた日には』

 そしてキューは、また笑い出した。アンジェロとしてはキリスト教的価値観において、キューがテスカトリポカを邪神と言った点を鑑みた訳だが、この反応を見るに、全く全然違っていたらしい。しかしながらキューは、ふと笑うのを止めて神妙な調子で語り出した。

『もしもジーザスがこの世に存在していれば、この戦いは初めから無かったでしょう』

「と言うと?」

『彼は、彼等が信奉する名も無き神によって、その後継者と定められていましたからね。アンチ・クライストのようなまがい物とは訳が違います。彼は途轍もない力を名も無き神から与えられていました。それはミカエルだろうがルシファだろうが跪かせる程のものだったのですよ。しかし、彼はその力を一切使う事無く、人として死んで行きました』

「何故?」

『さあ。それは分かりません。ただ、吾は少しばかり気持ちが分かります。奇跡如きで、真の意味で人を救う事などは出来ないってとこでしょうかね。ともあれ、悪魔や天使どもが彼を畏怖する理由の一つがそれです。何しろ彼は、名も無き神の意図に明確な「NO」を示した者です。あのルシファですら、やっている事と言えば父親に対して駄々をこねているだけですからね。話が飛びました。そういう訳で、ピュセルについては吾もよく知りません。ただ、君が言うところの「この街に居るかもしれない」という点は同意します』

 その発言に、アンジェロは瞠目した。神を自称するキューほどの者ならば、ピュセルの気配について何かを感じている可能性がある。

「ピュセルが何処に居るのかは、分かる?」

『具体的な場所までは分かりません。ただ、吾が敵とみなす巨大なものには、付き従う数多の人間の意思の中に、一際大きい存在感を発揮する個体が感じられます。その依存心の強さは並外れていて、且つ敵の傍から片時も動かない。君が言っていた、「御主の傍に居る」という話がまことであれば、恐らくそれがピュセルなのでしょう』

 アンジェロは腕組み、考え込んだ。御主に付き従う人間の群れ。その中で一際大きい存在感。ピュセルは何処に居るのか、これで凡その検討がつく。

「多分ピュセルは、ル・マーサの構成員の一人だ」

 

<カーラ・ベイカーとの対話>

 マクベティ警部補から、カーラのところには連絡がついていたらしい。アンジェロは彼女の笑顔と共に邸宅の居間に通され、紅茶を出されて一息をつく事が出来た。

 アンジェロはカーラに対し、自身の考えを率直に述べた。要点としては、かつて対吸血鬼組織・アーマドが、ジルとの最終決戦においてピュセルの存在を利用したのか否か、についてだ。それを聞くとカーラは首を傾げ、少し困った顔になった。この仕草で、アンジェロは彼女の返答を察する。

「分からない、ですよね?」

「ごめんなさいね。さすがに戦いの詳細までは知らないのよ。でも、ラ・ピュセルという言葉が子孫の私に伝わっていない事は確かね。後は何か知っている人と言えば…」

「恐らく、ジルとの戦いでピュセルを利用するという手段は取っていないと思うよ」

 間延びした声が、やんわりと2人の会話に割り込んできた。焼き上げたスコーンの皿を手に、ロマネスカが居間に入って来る。彼はスコーンをアンジェロに薦め、椅子を引いて自らも落ち着く格好になった。彼がかつて皇帝級の古い吸血鬼であったとの話はアンジェロも知っている。

「じゃあ、どうやってジルを倒したの? と言っても、貴方は確か血の舞踏会の最終戦には参加していないはずだけど」

「その通り。しかし当時の話は、Vから少しだけ聞いているんだ」

「…V。ジルに匹敵する二席帝級。『反逆者』か」

「アーマド最強の戦士は『貴人』だ。彼はエルジェを含めた帝級のほとんどを殺し尽くし、真祖とも相討ちに持ち込んだ。しかしジルともやりあっていたら、中途で息絶えていた可能性がある。だからジルの相手を引き受けたのは、『教授』だったという話だよ。彼は真祖と貴人が決着をつけるまで、自らは生存してジルを抑え込むという、地獄のような役回りを受け持ったのさ。彼が死ねば貴人の力まで失われてしまうから、それは苦心惨憺たる戦いであっただろう」

「アーマドの統率者が?」

「彼は貴人に継ぐ実力の持ち主だったからね。それでもジルとの一戦は、死地に赴くも同義だった。彼はジルを倒し、そして事切れてしまったよ。最期に遺した言葉は、『私達と君達の未来を』…」

「ロマネスカ?」

 アンジェロの気遣う声で、ロマネスカは涙を流している自分に気付き、苦笑しつつハンカチで目元を拭いた。

 

<ヴラディスラウス・ドラクリヤ>

 カーラ邸の地下には、石造りの墓場がある。古吸血鬼の1人、『反逆者』Vのミイラ化した遺骸が眠る場所だ。

 ここにはカーラ自身も滅多に訪れる事は無いが、此度の訪問はディートハルト・ロットナーの依願によるものだった。甲冑姿のVが両掌を膝に置いて腰掛ける静謐な様は、かつて猛威を振るった強力な吸血鬼としての面影を感じ取る事が難しい。ディートハルトは丁寧に一礼し、少々残念な面持ちで後ろのカーラを見遣った。

「さすがに彼の声を聞き取る事は困難でありましょうな?」

 カーラは、クスクスと笑った。

「そういう仕事柄、しゃべる死体というのも有り得なくはないでしょうけれどね。少なくとも、彼の魂は彼の体に宿ってはいない、という事よ」

「吸血鬼は、首を刎ねねば死に至らぬ存在。にも関わらず遺骸となったV、ヴラド殿。彼の魂の行き場に、少し興味がありますな」

「この方の体は、遺骸と言うより結界の核と呼べるものかもしれないわね」

 カーラもVに頭を下げ、ディートハルトと正面から相対した。

「恐らく、Vが最後に用いた異能力よ。吸血鬼である彼自身が、吸血鬼も含めた『この世ならざる者』を全て跳ね返す空間を地下に作り上げた。恐らくこの結界を破れるのは、完全状態のジルか真祖、それに匹敵する悪魔か天使といったところでしょうね」

「それほどまでの力で、彼は何を守っているのですか?」

 それを言うと、カーラは申し訳なさそうな顔でディートハルトに詫びた。

「ごめんなさい。あなた程の人であっても、それはまだ口にする事が出来ないの。きっと、もう直ぐ分かるわ。多分、もう直ぐ」

 ディートハルトは訝しく思った。Vの遺骸は、恐らく敵側の仕える者共がカーラ邸を付け狙う最大要因であるはずだ。極めて協力的であるカーラが、情報が外に漏れる事態を徹底して遮断する程の。しかしながら、ディートハルトは取り敢えず遺骸に纏わる秘密への考察は後回しにした。彼がカーラと共にこの場所を訪ねた本来の用件は、別にある。

「ともかく、この場所は吸血鬼に対して最も安全な場所と言えますな。対吸血鬼戦において、最も重要な立ち位置にある私達が打ち合わせるにあたり、最適の空間でもあります」

 ディートハルトの言葉は的を射ている。彼とカーラは、かつてアーマドが駆使した異能力、禁術の統括者だ。それはガーシアと呼ばれている。禁術は対吸血鬼戦において絶大な力を発揮するが、この2人が斃れれば着実に効果が失せてしまう。

「この禁術、文字通り禁忌の術なのでありましょう。これについての考察を、今少し深めておきたいのです。貴女と共に」

「確かに、この力は分からない事の方が多いわね。その成り立ちについては私も考えるところがあるのよ」

「ほう?」

「シャイタン、ボブゲルト、そしてガーシア。これらは私達が使う言葉ではない、古吸血鬼語に由来するものね」

「古吸血鬼語については、時折話題に出て来ますな。その言語体系を持ち込んだのは、他ならぬ真祖と解釈しても宜しいのでしょうか?」

「間違いなくそうでしょうね。真祖の用いる言葉が、吸血鬼という病が伝染する過程で広がって行った。だから真祖が直接関わった帝級にしか、古吸血鬼語はしゃべる事が出来ないのよ」

「私には欧州や亜州の発音が混在したような言葉に聞こえます。しかしその何れとも、古吸血鬼語は明らかに異なる言葉です。果たして真祖は、一体何処から来た者なのでしょう」

 ディートハルトの言に、カーラは神妙な面持ちになった。Vからの言い伝えに拠れば、と前置きし、カーラは指を立ててくるりと回した。

「この世ではない所から、真祖は出現したと聞くわ。この世ならざる者、という言い方は、本来この世界に居るはずのない者、という意味なのよ。真祖もそうだった、という訳。この世ならざる者の分類は、ざっくり分けて2つある。一つは私達人間が、何らかのきっかけで世の物理法則を飛び越えた存在に成り果てた場合。そしてもう一つは、どう考えても進化体系の範疇外に居るとしか思えない怪物。後者には、彼等自身が本来住む世界があるらしいわ。それは例えば、煉獄とでも形容出来る世界ね」

「煉獄。この世と地獄の狭間の世界ですか」

「禁術は真祖の力と源を同じくしているわ。つまり煉獄由来の異常能力を、使えるはずのなかった人間に合わせるよう、無理やりまとめたのが禁術であるという事。だから習熟すればする程、私達は人である証を喪失してしまう。それでもアーマドは禁術を使ったわ。当時はそれしか、対抗する手段が無かったから」

「…もしかすると、禁術とは、真祖を媒介として煉獄から流れ込んで来る力なのですか?」

「恐らくは、そうね」

 ふむ、と唸って、ディートハルトは己が腕を眺めた。禁術使いとしての彼の力は、既にガーシアの第二段階に移行している。自身の体と兵器を一体化させる能力だ。この系統の異能は、飛び抜けて人外の域にあるとディートハルトは捉えている。これぞ禁術、という程の。恐らくガーシアは煉獄における物理法則を、最も反映した系統なのだろう。

「圧倒的な敵を滅ぼす為に、敵から力を拝借する、ですか。アーマドが真祖を追い込めなかった最大の理由かもしれませんな。しかし此度はそれを活用し、またも同じ手で人間は吸血鬼に挑もうとしております。私達は、勝てますかな?」

「まずは急場を凌がねばならない、というのが私の判断なのよ。そして昔と違うのは、私達はノブレムという特異吸血鬼集団と共闘している点ね。私達は敵を追い込む。そして吸血鬼の真祖に引導を渡すのは、他ならぬ吸血鬼自身となるでしょう」

 年齢以上にかくしゃくとした印象で、カーラはくるりと身を翻した。そろそろ行こうと、彼女はディートハルトを促している。彼はカーラの後を追いながら、しかし最後の一言を聞き逃してはいなかった。

「それでは真祖を完全に滅ぼせる手段を、吸血鬼が持っているという事ですか」

「持つようになるの。恐らく、これからね」

 

<デブラ・シャロンとの対話>

『…何時か、こうしてハンターから連絡を取られる事があると思っていたわ。改めまして、私の名はデブラ・シャロン。某大学で司書の仕事に就いている、というのは表向きの話。SNDB(超自然現象データベース)の管理者で、情報管轄で全世界のハンターに協力をしている者よ』

「初めまして、デブラさん。僕の名前はアンジェロ・フィオレンティーノ。あなたの存在については、郭小蓮という女の子から実在すると聞いていました。ジェイコブ氏を通じて、こうして連絡をさせて頂いた次第です」

『郭小蓮? 家族が庸の支配下にある、立ち位置の難しいハンターね』

「詳しいですね。って事は僕の事も?」

『ガレッサのパスタ攻勢は相変わらず? しかし小蓮という女の子とは、話した記憶が無いけれど』

「ジェイコブ氏に質問をしたそうですよ。カースド・マペットという新手の情報を、逸早く更新していましたからね。あなたは、今の状況についてかなりの部分を把握しておられます。そのあなたに、今後の戦いに関する質問をさせて頂きたいのです」

 そしてアンジェロは、他の者達同様、ラ・ピュセルについての質問をデブラに投げた。電話口の彼女は、しばし考え込んでいる風であったが、取り敢えず思うところを率直に述べ始めた。

『ピュセルことジャンヌの顛末に関しては、歴史の授業で習った範囲に毛が生えた程度になるけれど。知っての通り、彼女は火刑に処される際、年齢相応に泣き叫んだと聞くわ。神に救いを求めながら。しかしジャンヌはピタリと泣き止んで、その後は静かに身を焼かれていったそうよ』

「神が彼女に救いを与えたのでしょうか?」

『そうではない事をアンジェロ君は分かっているはずよ。そもそも神は公平なもの。フランス本土の領地問題に端を発する百年戦争に、神が一方へと肩入れする事など無いのだから。話を元に戻すけれど、私自身はジャンヌがエンドルフィンの大量分泌という幸運の中、苦痛から解放されたものと信じたいところだわ。でも、もしもアンジェロ君が言う「御主」とやらが、彼女に介入してきたとしたら』

「残念ながら、カスパールの台詞とジルの反応を鑑みれば、そうと考えるのが妥当でしょう。もう一つ、ジルとピュセルの関わり合いについて。ジルのピュセルへの思い入れは、吸血鬼に成り果てた今も激しいものです。そのジルがサンフランシスコに実在し、そしてピュセルも、どうやらマーサ所属の人間として存在している可能性が高い。ジャンヌの亡骸は明確に存在していますから、恐らく彼女の魂が受肉したという形なのでしょう。率直に聞きますが、この状況をハンター側の利とする事は出来ると思われますか?」

 電話の向こうのデブラは、何事かを口にしようと息を吸ったが、フッと空気が抜ける笑みを漏らしてきた。

『それについては、これからアンジェロ君の部屋の扉をノックされる方に、聞いてみた方がいいかもしれないわね』

 デブラがその台詞を言い終えた途端、扉がきっちり3回ノックされた。アンジェロが反応する前に、扉が無遠慮に開かれる。片手を挙げて挨拶を寄越してきたのは、2人の老人だった。少なくともハンターの人間ではないらしい。

 

<ジェイズ・ゲストハウス>

「こんにちは、アンジェロ君。私は仮に『博士』と名乗っておこう」

「『インディアン』だ。気を遣って『ネイティブ・アメリカン』等と言わなくてもいいぞ」

 老人達は絶妙なコンビネーションでもって、同時にベッドに腰掛けた。アンジェロにとっては青天の霹靂である。開いた口が塞がらないとはこの事だ。ジェイズの主が入館を許可した人間であるから、間違いなく安全な部類になるのだろうが。

「何で名前を名乗らないのです?」

 それはけだし当然の質問だ。老人達は顔を見合わせ、悪戯めいた笑みを浮かべた。

「最後の最後で自己紹介はするつもりだよ」

「それまでの、言わば『溜め』と解釈してもらいたい」

「はあ、そうですか」

「ところで、デブラとの話の続きだが」

 博士は全てを把握した調子で、アンジェロに語り掛けた。

「恐らく、利用出来る状況はあるだろう。ジルのジャンヌに対する感情は、諸説はあるが私は明確な愛だと断じるよ。それは父性愛、戦友愛、異性愛、全てをひっくるめた心からの愛だ。ジルの行動の根本にあるのは破壊衝動なのだろう。何しろ心底愛した少女が、祖国に見捨てられたうえに敵国で残虐な殺され方をしたのだ。だからジルは、彼女が居ると分かれば全てを投げ打って彼女の元に馳せ参じる可能性が高い。吸血鬼である己が身の上すら忘れるかもしれん。しかしながら、これは諸刃の剣だ。ピュセルの生まれ変わりがマーサの人間だとしたら、対マーサで動いているハンター達が、あまつさえジルへの対策を練らなければならなくなる。対吸血鬼で動く者達の負担は減るかもしれんが、一方では死の危機に瀕する者達が出よう」

「…考えただけでも、恐ろしい混沌状態になりますね」

「まあ、そもそもピュセルの側が、ジルに対して如何様な対応をするかが全く分からんのだがね」

「結局、ピュセルとはマーサの中の何者であるのでしょうか?」

「それは、君自身が想定しなさい。多分君は、既に凡その当たりがついたはずだ」

 博士がアンジェロを見る目は、不思議な目であった。初対面にも関わらず、まるでアンジェロの思考に全幅の信頼を置いているかのような、博士はそういう目をしていた。

 

 

<H5-4:終>

 

 

○登場PC

・アンジェロ・フィオレンティーノ : マフィア(ガレッサ・ファミリー所属)

 PL名 : 朔月様

・ディートハルト・ロットナー : ポイントゲッター

 PL名 : みゅー様

 

 

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ルシファ・ライジング H5-4【アイ、ヒューマン】