<始まり方はこんな感じ>
ジェイズ・ゲストハウス4Fにヴィルベート・ツィーメルンは居た。目には見えないが、神々の気配がぐるりと取り囲むど真ん中、ぽつねんと正座して俯きがちに彼女は居た。
『何でもいいから「面白い駄洒落」を書いてきて下さい』
キューが告げた鬼のようなその通告を履行するべく、ヴィルベート・ツィーメルンは屈辱的なこの状況を敢えて受け入れ、正に今「面白い駄洒落」という、「駄洒落はつまんないから『駄』洒落であって、そんな、あなた、面白い駄洒落なんて有り得ないでしょう」的な理不尽を実行に移そうとしていた。クールビューティーを地で行く彼女が、である。そういう硬質な女性が珍妙な行為に走る様を密やかに楽しむ私は変態です。
で、ヴィルベートは面を上げた。そして言った。
「メルキオールは寝る気でおーる」
起きましたが。
「カスパールが、たすかーる」
助かりませんでしたが。
「リヴァイアサンは芝居屋さん」
大爆笑。
沸点の低い神々が、腹を抱えて笑い転げた。誰かは知らないがヒーヒー言いながら呼吸困難に陥っている者すら居る。何故これで笑うかね、とヴィルベートは思う。そりゃ思う。ここまで受けるといたたまれない気持ちになった。どうして自分がいたたまれなくなるのかとも思う。しかし1人だけ冷たい目線で自分を見下ろす奴が居る事に気が付いた。カーリー女神は鼻を鳴らす気配を見せ、さもくだらなそうに言ったものだ。
『メルキオール、カスパールと来て、何故バルタザールで落とさない? 流れとして中途半端に思えるわ』
「冷静に批評するなあああ」
<最近、スマイルが足りないのよね>
などと1人ごちながら、シルヴィア・ガレッサはフォート・ポイントの海を見渡せる高台で、遠くから攻め寄せるであろう『敵』の来る道を見定めていた。
敵は強い。シルヴィアには人や物体の因果律にすら介入出来るだけの、アンチ・クライストとして破格の異能が備わっていたが、それをもってしても敵の初撃を防ぐのが精一杯だった。敵がシルヴィアの本格的な排除に打って出れば、その行く末は想像がつかない。
故に今の彼女を成す3つの人格の1人、シルヴィア2は、更なる力の向上を自らで煽り立てようと腐心していた。が、それを阻む立場のシルヴィア3は、シルヴィアを促してひたすら「いらん事」を考えさせている。集中して勉強に取り組まねばならない時に限って、ついつい「夜食食わねば」と横道に逸れてしまう件のアレだ。それは奏功し、次第に苛立ちを隠しきれない『2』と抑え込みに必死な『3』の対立、そして相変わらずアホウなシルヴィアという3つ巴のごった煮状況へと持ち込まれていた。
『シルヴィアさん、スマイルが少ないと思った根拠をお聞かせ願えるかしら?』
「何かさあ、自分がアンチ・クライストってのは分かったんだけど、アンチ何とかとして、どうも最近弾け具合が足りない気がするのよね。もっとこう、食い倒れオッサン人形が街を練り歩いて逃げ惑う子供達に飴ちゃんを配るとか、そういうユーモアが最近無いじゃない?」
『いや、それが駄目なのよ。食い倒れオッサン人形が子供を逃げ惑わせたら普通に警察官が来るわよ。警察官も腰抜かすわよ。シルヴィア、自分が「面白い!」と思った事は、実は他人がそう思うとは限らない。あなたには、そういうところに考えを馳せる才能が無い』
「才能が無いの!? 私、才能が無いの!?」
『無い。想像力が欠如している、と言い換えるべきかな。余計な事を湯水の如く考え出すあなたではあるけれど、それが自分だけで循環しているところに問題があるのね。アンチ・クライストの力は、結局其処に大きな欠陥がある。人間1人の思い込み一発で世界が変わる力なんて、あってはならないものなんだから。それは決して、他人を幸せには出来ない力よ』
「うーん。そうかー。そうかもしれないわねー」
『…甘言に弄されてはならないわよ、シルヴィア。そいつの言っている事には矛盾がある。現に私達は、こうしてこの力で他人を守っている。「向こう側」に居る恐ろしい奴の攻撃から既に多くの人を救い、これからも救おうとしている。この力を突き詰めなければ、私達は訳の分からない内に死んで行く人達を何万と見る事になるのよ』
『それこそ甘言だわ。今は仕方ないけれど、これ以上の力の深化は更なる人死にを出す事になる。全長20mの食い倒れオッサン人形で街を破壊するつもり!?』
『案ずるな、食い倒れオッサン人形はそんな事はしない』
「あー、飴ちゃん食べたい」
『話を聞けよ』
『聞けよ話を』
<サンフランシスコ・リッチモンド地区>
「ギャーッ! 食い倒れオッサン人形だあ!」
『飴ちゃん食べへんかー。飴食べへんのんかー』
リッチモンド地区に全長20mの食い倒れオッサン人形が、全く脈絡も無く出現した。逃げ惑う人々を見下ろし、尻餅をついて動けない少女を発見するや、オッサン人形は上半身を折り曲げて、笑っているようで実はあんまり笑っていない不気味な顔を近付けてきた。
『飴やろかー。酸っぱ甘い小梅ちゃんやろかー』
オッサン人形は直径15cm程の包みにくるまれた飴玉を少女に手渡してやり、満足げにバクンと口を開いた。それがつまりとびきりの笑顔であるらしい。やる事をやり終えて満足したのか、食い倒れオッサン人形は消滅した。
消滅と同時に、通りの人々は何事も無かったかのように歩き始めた。件の少女も、先程まで恐怖に慄いていた有様をスッパリと忘れているようで、リンゴ飴を上回る大きさの小梅ちゃんを手に、スキップしながら走り去って行く。
「人形が消えても飴玉は残りましたね」
「エルダ、突っ込み所は其処ではないと思う」
エルダ・リンデンバウム、そしてアルベリヒ・コルベは、偶然ながらこの顛末の一部始終を何となく目撃していた。最早20mの自立歩行人形が飴を配る程度の事では驚かなくなるという、間違った感性を獲得したこの2人は、先の顛末も冷静に観察するのみに留めていた。以前、全長50m超の大トトロが出現した際とは、大きく状況が異なっていると判断したからだ。あの時のシルヴィアの力は手のつけられない暴走状態であったが、現在は着々と力の制御が出来るようになっている。しかし、実を言えば決して歓迎出来る話ではないのだ。
「この地区の異常現象、これで何度目なのか、もう忘れてしまいました」
溜息をつきながら、エルダはガレッサBldへ戻る道へと歩を進めた。
「通りの樹木がいきなり身をくねらせて『グリーン・グリーン』を歌い出す。車が全部水玉模様になる。ミラーボールが沢山宙に浮かんで、真昼間からサタデー・ナイトフィーバーよろしく全員踊り出したりしたでゲス」
「ああ。一見無軌道に見えるが、全く害を残さない上に超常現象の記憶を人々から消し去っているでゲス。能力は膨れ上がっているのに、統率が出来ているでゲス」
「『敵』との交戦状態の真っ只中で、進化しながらも3つの人格がせめぎあっている訳なのでゲス。だから今のところは度を越えていないのでしょうでゲス」
「人格が『B』に統一されたら、何が起きるか分からんでゲス。そうなる前に彼女を奪還しなければならないのだ。でゲス」
「…すいません、先刻から物凄く気になっていたんでゲス。何で私達、私達って、でゲス」
「実は俺も分かっていたでゲス。でも諦めるでゲス。またシルヴィアが要らん事を考えたんでゲス」
2人は肩を落とし、それでもこの状況を解決に導くという決意を胸に誓い、仲間達の待つガレッサBldへ向かったでゲス。
<ティーパーティ>
「思うにこの状況とは、比較的平穏を維持しているとも言える」
応接室に集ったハンター達を目の前にして、ソファに身を深く沈めたマルセロ・ビアンキがコーヒーを飲みながら、皆にも勧めつつ優雅に言った。
社長不在のガレッサBldは、他の市内企業同様に開店休業状態を強いられている、と思ったら違った。市内は先の混乱状況にあって小規模であるものの破壊の痕跡があり、それを修復する為に建築業者に市から召集がかかっている。ガレッサは最も弾力的に動ける業者の一つだった、という訳だ。
「もしかして」
ルカ・スカリエッティが、洗面器に映る顔を見るような按配でコーヒーを覗き込む。
「この会社、社長が居なくてもどうにか回ってしまうのでは…」
「それは違うよ、ルカ。彼女が極めて優秀な賑やか師である事は君も承知しているだろう。トップに立つ人間は飛び抜けたポジティブ・シンキングが必要だ。でなければ社員とその家族を丸込め養う責任を負えはしない。つまり彼女は、ガレッサに必要不可欠な社長という訳さ」
確かに、とルカは頷いたものの、今ひとつ承服しかねる面持ちは崩さなかった。シルヴィアの事ではない。人間らしい事を言っているマルセロが、その実人間ではない事実に、ルカは違和感を覚えている。一体彼は何時から、どれだけの間、人間と共にあったのだろうか。当のマルセロはと言えば、相も変らぬ調子で続けた。
「先程の続きだが、こうして害の無い異変が連発するのは、つまり彼女にゆとりが生じている証拠なのだろうね。尤も、先のリヴァイアサンの攻撃が再開すれば状況は一変する。彼女は対応する為に進化を加速させようとするはずだ。だから、現時点における多少の違和感は大目に見ておき給え」
「多少どころではないのだけれど」
新顔の神余舞が、どんぶり茶碗になみなみと注がれた深煎りコーヒーを迷惑そうに啜った。只今は『どんぶり茶碗でコーヒーを飲むのがトレンド』という設定がシルヴィアによって為されているようだ。小柄なエルダや神余あたりには難儀な話である。
と、マルセロが立ち上がった。合わせてアルベリヒと神余も席を立つ。彼らはこれから、マルセロことバルタザールが御主と仰ぐ、この街で最強の存在に会いに行く。堕天使、或いは魔王、サマエルに。
「それでは君達、参ろうか。御主の袂へ。何が起きても責任は持てない、とだけ言っておこう」
「元より承知」
神余は何を今更、とでも言いたげに鼻を鳴らした。
「分からない事を分からないままにしておくのは、とても据わりが悪い。共感か決裂か、何れを選択するにも相手を知る事が肝要」
「…正直なところ、俺はサマエル自身に然程興味がある訳ではない」
アルベリヒの呟きは妙に通り良く聞こえ、神余は不思議そうに彼を顧みた。
「どうして参加を?」
「俺はどうもサマエルとの対話が成立するような気がしないのでね。俺の関心事は別にある」
曖昧に言って、アルベリヒはこの場に残る者達、シルヴィアの奪還に挑戦する仲間達に向き合った。踵を揃え、軽く会釈。
「それでは行って来る。エルダ、刻限までには戻るようにするよ」
「どうか気をつけて、アルベリヒさん。私、待ってますから」
短く別れを告げ、アルベリヒは踵を返して部屋を出て行った。続いて肩を竦めるようにして神余が続く。最後に外套を翻してマルセロが歩み去り、扉を閉めた。
「…エイク、どうしたんだい?」
ヴィルベートが険しい表情で扉を見詰めるエイクに気付く。受けてエイクは、口を真一文字に閉じたまま、彼女にだけ聞こえるように『声』を飛ばしてきた。
『あの天使は腹を括っているよ。これから何が起こるのか、想像はついているみたいだ。彼らは多分、刻限には間に合いそうにないね』
<御主、サマエル>
サマエルが何処にいるのか、ハンターならば誰もが知っている。自らの下僕達、マーサ会員が拠点としている場所、ル・マーサの本部である。
彼は逃げも隠れもしない。そもそもそうする必要が無かった。比較対象をルシファ級として鑑みねばならない程のサマエルは、本部に構えて事の進行を静かに見定めている。今のところは。
マルセロ達の一行は、拍子抜けする程あっさりと本部の建物の中に通された。屋内には相当の数の会員が在中しており、昨今の異変に対応すべく、人道支援物資の準備などをしている。この異変の大元が御主である事を知ってか知らずか、彼らの表情は一様に、且つ奇妙な明るさがあった。
一行を見るや、会員達は固定された笑みを投げかけつつ、親しげに頭を下げてくる。その様を見て、アルベリヒと神余は顔を見合わせた。サマエルは自分達の到来を見通しており、その意向は恐らく全てのマーサ会員達に行き渡っているのだ。
しかしながら、其処彼処で輪になって懇談する者達の中に、神妙な顔つきの者が少なからず居る事をアルベリヒと神余は見抜いた。
「多分、説明を聞きに来た一般の人達」
神余が肘でアルベリヒをつつき、声を殺して囁いた。
「みんなが不安なこの状況にあって、マーサは一切動じていない。当然だけど。それに魅かれて、彼らはここに来てしまった」
「表向きのマーサは健全な互助団体だ。評判は元から良いうえに、今は頼もしく見える。残念ではあるが、彼らを思い留まらせる事は不可能だ」
「また会員の数が増える。そして上位のフレンドも。この状況、まるでそうなるように仕向けられたみたい」
この温厚な空気に呑まれてはならない。2人は口元を引き締め、黙して進むマルセロの背中だけを見詰めた。
マルセロは勝手知ったる我が家の如く、階段を上って更に廊下を歩み、最奥の扉の前で立ち止まった。そして振り返り、2人に向けて言う。
「君達は何を信じているのかね?」
「何だと?」
唐突な質問に面食らうアルベリヒに曖昧な笑みを見せ、マルセロはそれ以上問う事もなく、扉を軽くノックした。
『入りなさい』
扉越しに室内から声が聞こえてきた。まだ若そうな男の声だ。マルセロが扉を開いて歩を進め、アルベリヒと神余も後に続く。彼らの目の前に、簡素なデスクで何をするでもなく、行儀良く座っているだけの青年が居た。
「彼が…」
呟きかけ、神余は言葉を飲み込んだ。彼がサマエル? と、訝しく思う。中国系の、まだ青年と言うにも若過ぎる彼からは、この世ならざる者が発する圧迫が全く感じられなかった。むしろ柔和な面立ちに、ついつい親しみを覚えてしまいそうにもなる。しかし、相手は吸血鬼の真祖すら従わせる桁違いなのだ。
マルセロは恭しく一礼し、心底懐かしむ第一声をサマエルに贈った。
「此度の御再臨と変わらぬ御健勝の程、心よりお慶び申し上げます」
「こうして面と向かうのは初めてですね、バルタザール。お連れの方々もよくよく来て下さいましたね。どうか楽になさい」
サマエルは3人にソファを勧め、自らは席を立って茶の準備を始めた。
差し向かいで茶を飲む格好となったこの状況は不思議だった。ハンター側が着々と最終打倒目標に定めつつある大敵は、欠片の警戒心も見せぬまま、優雅にプーアルを飲んでいる。そしてそれは、マルセロにしても同様だった。
「どうしたのかね、君達」
と、マルセロが僅かに首を傾げて2人に問う。
「御主に拝謁する貴重な機会を得られたのだ。何か申し上げる事は無いのかね?」
「…いや、ちょっと待て」
アルベリヒも負けずに意外そうな声を上げる。
「本来の用向きがあるのはあなただろう。俺はそれを見届ける為に此処に居る」
「そうか。しかし、私の方は最後でいい。対話を望む気配は大いにあると見たのだが」
マルセロに水を向けられ、神余は小さく頷いた。そして、それでは、と切り出し、彼女の言葉で思うところを述べ始める。
<サマエルとの対話>
「これはビアンキ氏にも絡む事だけれど。東方三博士は、一体どのような経緯で封印の守役から今に至ったのか。それを知りたい」
「私は、あの愚かなルシファの反乱に同調しました。愚かとは思えど、私にも考えるものがあったからです。予想通りに敗北し、軍勢は散り散りとなって、私は御父上自らの手で地上に堕とされました。そして私を封じ続ける役回りを担ったのは、お前達が三博士と呼ぶ3人の天使達であったという訳です。ただ、私には力が残されていました。御父上が完全に滅すると望まれれば、私などは塵芥も残さず消え去っていたでしょう。しかし、そうはなさらなかった。つまり私に為すべき事を望まれておられる。それが何なのかを、私は守役達に問い掛けました。地上の時の流れを隔絶し、ゆっくりと、長く。其処から先は、バルタザール、お前が話しなさい」
「はい。御主は危惧しておられた。何れルシファが顕現し、規定通りハルマゲドンを実行すると。御主は一時ルシファと共に戦われたが、その志は大きく違われたのだ。彼奴めは人に仕えるに異を唱えたが、御主は人から一線を引いて救いを施さぬは時期尚早と思われていた。こうして地上に堕とされても、人を守護せんとする志を強く持たれていた。ルシファとミカエルによる大破壊から、何としても人を護りたい。その心を御主は私達に説かれ、私とカスパールは然りと判断した訳だ。メルキオールは、何も判断しなかったよ。御父上の言いつけを遵守する。あれにあるのは、それだけだ」
「…色々言いたい事はあるけれど、次の質問に移る。その前に一言。サマエル、貴方は嘘をつかない?」
「嘘、という概念が理解出来ません。私がお前に嘘をつく必然性を私は感じません」
「結構な事。それでは、パレスや古城の地下にある石塔、其処に穿たれた煉獄文字。あれを偉大な吸血鬼の1人が誓約書の類と看破した。その解釈は正か否か」
「正、です。本来天使に文字は必要ありません。しかし天使でなくなった者達と私とが結束するには、文字が必要となります。あの石柱には、2人の元天使の忠誠が文字としてしたためられております。その身、その運命を私と共にあって、全てを捧げんと誓う美しい言葉が。そして、その見返りをかの者達に授ける。私達天使が、最も大切にする約定の締結が、これにて為されたのです」
(2人の元天使、か。1人はカスパール。もう1人はルスケスってとこね)
件の石柱に書かれた盟約は、サマエルの口から契約書の一種である事、そしてその契約を取り交わしたのが2人である事が明かされた。ただ、気になるのはバルタザールである。彼は先の2人に立場的には互する者であるはずだ。しかし盟約を結ばなかったのは、サマエルか、或いはバルタザール自身の意図に拠るものである。その事実には、恐らく意味があるのだろう。
盟約の内容について、神余は凡その見当をつけている。人の魂を捏ね繰り回し、新たな生命を作り出す権利だ。しかしそれは、生命と呼べるような代物ではない。魂を動力源としたこの世ならざる者なのだから。
人を救う。人を守護する。その言葉とは裏腹に、サマエルはこの街のみならず、遥かの過去から容赦ない死を人々にもたらしていた。地下空間の無数の棺は、恐らくサマエルが関わった死屍累々なのだ。これだけの死体の山を築いても、魂を留め置いて慈悲という名の『再利用』を施せば、即ち是不滅である、という訳だ。
サマエルには一抹の呵責すら無い。あるのは心からの善意である。実際に話して分かる事だった。神余は苛々する心を宥め、己自身の言葉を切り出した。
「貴方の考え方に拠れば、貴方の庇護の下にある限り、人は死ぬ事がないという」
「然り。たとえ肉が欠け滅びたところで、核たる魂を守れば、また人は肉である事の喜びを得る事が出来るのです。輪廻転生という概念を私は信じておりませんが、それを私は、私自身の制御でもって可能としました」
「恣意によって死んだ人間を化け物にしたり動く死体にしたりする事を、私達は輪廻転生などとは言わない」
「ですから輪廻転生ではありません。私が守り、私が選び、私が地上へと見送る一連の流れは、不確定的な転生の概念とは意を異にしております。お前達が化け物と呼ぶものも、それはそれで生たる存在です。私は魂持つもの一切の平等を志すのであり、分かり易く言えば、人と動く死体は等価値であります」
「私の一般的概念からすれば、ゾンビと人間が等価というのは噴飯もの。私達人間は、そんな意味不明の理念の透徹を貴方に頼んだ覚えはない」
「そう、人は私に頼みませんでした。救いあれ、と私に縋れる事にすら、人は気付きませんでした。だから自ら進んで行なったのです。何も出来ない内に黙示録の大破壊によって衰退する結末を、私ならば書き換える事が出来ましょう」
「人を見守り、行く末を委ねる。貴方のお父ちゃんが下した、多分それが結論。その考え方は、貴方には無い」
「はい、ありません。人の精神は極めて不安定であり、その不安定ゆえに、遂に人は自らを滅ぼす力を手にしました。これが意味するところとは、即ち一定の秩序を人にもたらす必要がある、という事なのです。きっと、そう、きっと、御父上は私の考えを理解して下さるでしょう」
「人は、死ぬ!」
遂に神余の、堪忍袋の緒が切れた。
「私達には死んで行く自由と権利がある。魂を不滅として、不老不死を実現して欲しいと誰が言った。吸血鬼達が良い例だ。誰一人として、彼らは幸せになっていない。そうして人の意思を度外視して、一方的価値観を強いる事に躊躇しないのは、サマエル、貴方に人間の個を認める頭が無いからだ。考えてもみるがいい。天使達が反乱を起こしたという事実を。それは天使達に個性があるからだ。価値観の相違が存在するからだ。サマエルという個が存在するからだ。完全無欠に極めて近しい存在を自負するのであれば、その個を人間に認める事すら出来ないのか、貴方は!」
肩で息をつき、神余はサマエルを凝視した。対してサマエルは、とても興味深そうに神余を眺め、口元に小さく笑みを作り、数回頷いてみせる。
神余は一挙に疲労困憊に見舞われ、乗り出した身を戻してソファに背を預けた。そして傍らのアルベリヒに言う。
「駄目。物言う壁に怒鳴りつけている気分」
「…守護する者と、される者。それを平等な立場とは思っていない、というところだろうな」
魂持つもの一切の平等を志す。サマエルがそう言っていた事をアルベリヒは思い返した。ただ、その後には続きがあるのだ。
『自分は別であります』
と。
「マルセロ・ビアンキ。そろそろ貴方の意図するところをお聞かせ願いたい」
アルベリヒは努めて礼儀正しくマルセロに促した。
「恐らく貴方は、三博士の中で最も人と長く共にあった天使だ。こうして御主にお伺いを立てるという行動自体が、人の影響の大きさを端的に表している。何せ天使は、通常自らの行ないの可否について思いを巡らす頭が無い。俺は貴方にどのような変化が起こり、且つその変化をどのようにして御主に示すのか、それに興味がある」
「存外に君は饒舌な男だったのだな? それでは神余君の後を継がせて貰おう」
マルセロはソファから腰を上げ、床に肩膝をつき、サマエルを前にして丁重に頭を下げた。そして顔を上げて口を開く。その言葉は、凡そ恭順的な態度に似つかわしくない、鋭く疑問を呈するものだった。
「御主、此度の『破壊』の一件にて、私めの疑心は決定的となりました。御主は、私を全く信用しておられませんな?」
「ええ、その通りです。私は君を信用していません」
唖然とするアルベリヒと神余を他所に、二者の慇懃かつ無礼な対話が続く。
「何時から、でありましょうか?」
「ずっと昔から、ですよ。君は『あの男』の誕生を御父上の命令によって見定めた3人の天使の1人です。そして君が、あの3人の中でただ1人、『あの男』に心を寄せる者であった事も承知しています」
「それと、御主への忠誠を私は両立しているのです。私自身は、黙示録の阻止は叶わぬものと考えておりました。故に御主のお考えに心から賛同を致しました。たとえ一握りであっても、完璧に守り通すと。その為にかかる犠牲も、致し方無き事と目を逸らしながら。しかし御主、不躾を承知で申しますれば、あなたは私の心を裏切りました」
「裏切る、との物言いは穏やかではありませんね。君の庇護から『破壊』を外した事を指すのであれば、それは無体というものです。元より『破壊』は、君のものではない。世界のもの、と言えるでしょう」
「世界。それはつまり、御主のものという御認識でいらっしゃる」
「そうではない、と言いたいのであれば、君は自身の為してきた全てを否定する事になります。『破壊』を必要不可欠の存在として育て上げたのは君でしょう。『破壊』の両親の件で、君も思い知ったかと思うのですが」
「…両親?」
アルベリヒが図らずも声を上げた。それはほとんど情報を得られていない、シルヴィアの父母の事なのだ。不意にマルセロが、アルベリヒを顧みた。
「一体何があったのか、君達にも教えておこう」
マルセロの瞳の色が青白く輝く。アルベリヒと神余は、その直後には此処ではない、何処かを上から見下ろしていた。
(…逃げたか)
マルセロは自身に宛てた机上の書置きを読みながら、小さく溜息をついた。
エンリクとヴァイラ、それにまだ乳飲み子であるシルヴィアの親子3人は、サンフランシスコから離脱しようとしていた。会社の後事を託す旨を謝罪する言葉が書かれた手紙には、何故逃げるのか、その理由は明かされていない。たとえ書いたところで信じては貰えないと思ったのだろう。しかしマルセロには承知の事であり、彼らは懸念の根本がマルセロにあったとは、遂に知らないままであった。
恐らくヴァイラの差し金であろう。マルセロ自身が見つけ出した土着の神の魂を継ぐ女は、勘の鋭さも並大抵ではない。エンリクをインドに向かうよう仕向け、ヴァイラとの出逢いを作り出し、婚姻を結ばせ、強大なアンチ・クライストを作り出す。全てが仕組まれた出来事であり、自分達は親子揃って利用される。ヴァイラはそれを拒否し、エンリクも彼女を信じた、という訳だ。ただ、最後の詰めが甘かった。
マルセロは立ち上がったものの、次の行動を躊躇した。ヴァイラは強力な異能持ちであったが、所詮マルセロの正体に気付けない程度の実力である。自分ならば、即座に彼らを連れ戻す事が出来る。抵抗するならば、抹消するも容易い。何しろシルヴィアさえ居れば良いのだから、あの2人の役回りは既に終わっている。しかし、それは。
(一つ、計算外があったとすれば)
あの2人が本当に愛し合っていた事だろう。彼らが選ぼうとする幸福への道を、大義を称して塞いでしまうのは如何なものか。アンチ・クライストの存在が必要不可欠か否か、それは実のところマルセロ自身にも良く分からないし、分かろうとするつもりもない。御主の意向は絶対だからだ。しかし今は、それも揺らぐ。
あの3人ならば、もしかしたら上手く終末の世を渡って行けるかもしれない。
と、マルセロは思ってしまった。
その直後、彼の顔が引き攣り、次の瞬間には大破した車の隣に立っていた。マルセロがひしゃげたドアを難なく開き、中を覗き込む。エンリクとヴァイラは、綺麗な顔で死んでいた。ヴァイラが抱き竦めているシルヴィアは、このような有様にも関らず、小さな寝息を立てている。マルセロはヴァイラの腕を解き、シルヴィアを抱き上げて夜空を仰いだ。
(迷いを見ました)
マルセロの脳裏に、丁寧ながら威圧感の塊のような声が聞こえてきた。
(今一度、責務を思い起こしなさい。大義を。それを叶える為の躊躇は私にはありません。君の迷いに因り、結末かの様であったと思い知りなさい)
マルセロは見上げる格好のまま、膝を屈した。そして苦渋と共に言葉を吐き出す。
「全ては御心のままに」
アルベリヒが立ち上がる。怒りで震える指先をサマエルに突きつける。
「シルヴィアの両親は、お前に殺されたのか」
「殺す?」
サマエルは首を傾げた。何を言っているのか心底分からない、とでも言うかのように。サマエルはこめかみに指を当て、こつこつと叩いてから、彼としては分かり易く噛み砕く意図のこもった言葉を発した。
「例えば、彫像を作るとします。完璧な造形美を保った至上の彫像を完成させる途上、腹に余分な肉がついてバランスを逸している事に気付く。さすればそれは、削り取るでしょう。同じ事です」
「くたばれ」
懐に差し込んだ手を、隣から神余が抑える。無表情な目をアルベリヒに向け、神余が首を横に振る。
「止めておいた方がいい。とても残念だけれど」
言わんとするところはアルベリヒにも重々理解出来る。目の前の化け物は圧倒的だった。敵意を向けてもアルベリヒが二の足で立っていられるのは、サマエルなりの慈悲に因っている。その慈悲とやらは、何がきっかけで霧消するか知れたものではない。自分達はこの屋敷に足を踏み入れた時点で、タイトロープの上を歩かされているも同義だった。
それでもアルベリヒは憤る心を隠すつもりはなかった。その心をサマエルは欠片も理解しないだろう。先の神余との対話で分かったのは、サマエルは思考形態そのものが徹底的に異なる存在であった、という事だ。しかし『彼』ならば、自らの意を汲み取る柔軟性を有している。アルベリヒはマルセロを凝視し、言った。
「俺はハンターだ。無辜の市民を守る、ただそれだけの為に生きて戦う者だ。天使同士の諍いなどどうでもいい。彼らの大義など知った事か。しかし越えてはならない一線を越えて来たのならば話は別だ。バルタザールではない、マルセロ・ビアンキに問う。お前は敵なのか、味方なのか、どっちだ」
それは賭けだった。アルベリヒはマルセロに起こりつつある変化に賭けた。ここではない別の場での戦いにおいて、ベリアルに勃興したそれと同じような価値観の転回に。マルセロは剛直な言葉をぶつけてきたアルベリヒを見上げ、柔らかく笑った。
「シルヴィアが生まれた時の話をしよう」
マルセロが目をサマエルに戻す。
「人間の赤ん坊というのは、不思議だと思った。私を見て、生まれたての彼女は笑ったのだ。あの笑いの意味を、私はこう考える。あなたが其処に居るから、自分は嬉しい。ただそれだけの思いで、人はこの世に至高の美を現出させる事が出来る。それは御父上にも、大天使にも決して真似が出来ないんだ。私はとても懐かしかった。同じような笑顔を見た記憶があったからね。私が生誕を見守った彼も笑っていたよ。私が心から親しみを申し上げる、ジーザス・クライストと同じ笑顔だった」
言い終えた直後、マルセロの体が紙のように軽く吹き飛んだ。壁に叩きつけられ、ずるずると滑り落ちる彼をサマエルは見下ろし、普段と変わらぬ調子で言った。
「その名を口にした無礼を容赦します。ただ、君が決裂の意を示した点については残念な事です。一度だけ機会を与えます。しばらく頭を冷やすといいでしょう」
言い終えるまでに神余は動いた。『加速』の上乗せでもって脅威の速度を叩き出し、窓を破ってその身を宙へと躍らせる。即座に「飛翔」へ切り替え、神余はほとんど数秒の内にマーサ本部からの離脱を敢行してみせた。逃走する事に全ての集中力を傾けたその挙動は見事である。
しかしサマエルは僅かに見遣るのみで別段気にする風でもなく、肩を怒らせ仁王立ちで睨んでくるハンターを視界に留めた。口元を緩ませる。その顔に、アルベリヒは邪を見た。
「彼女のように機を捉えられなかったか、そもそもその頭が無かったのか。ただ、君にはしばらくバルタザールと共に居てもらいましょう」
気が付けば、サマエルの姿がその場から消滅していた。同時に部屋の様相が一変した事をアルベリヒは理解する。見た目の状景には何ら変化は無いが、この空間だけが世界から孤立したような感触がある。試しにドアノブに手をかけるも、頑として扉は開かない。
「早い話、結界を張られたという訳か」
アルベリヒは忸怩たる面持ちのまま、よろよろと身を起こすマルセロを見詰めた。彼の翻意を見届けたのは幸いであったが、その代償がこれだ。シルヴィア奪還戦が自分抜きで始まる展開を想像し、彼は唇を噛み締めた。
<スタート!>
マーサ本部での詳細は、辛くも離脱に成功した神余によってガレッサBldの面々にもたらされていた。当然ながら一同は動揺し、特にエルダは卒倒しかけたものだが、その場を鎮めたのはもう1人のアンチ・クライスト、エイクである。
『彼らは、幽閉されているだけだ。サマエルはどうやら、抹殺するつもりは無いらしい』
エイクは当面の無事をハンター達に伝えた。幽閉場所はサマエルによる結界で封鎖されているとの事だったが、結界の向こう側の状況を察知する力がエイクには備わっている。その言葉にと取り敢えずの安堵はしたものの、そうなればまた別の疑問が頭を過ぎる。
翻意を示したマルセロが捕らえられるのは分かるが、アルベリヒを諸共拉致した意図が理解出来ない。恐らくそれには意味があるはずだ。何しろサマエルは意味の無い行動はしないのだから。
ただ、状況は差し迫っている。
サンフランシスコを襲撃してきたリヴァイアサンの動向は全く掴めず、それに対応する『破壊』ことシルヴィアは臨戦態勢だ。事が勃発するのは先かもしれないし、たった今からかもしれない。つまり現在進行形で危急を要している。
アルベリヒはただ1人の「点取り屋」として、今迄の戦いの全てにおいて先頭に立っていた。その彼が居ない状態で、悪魔の集団からシルヴィアを奪い返すという難行をしなければならない。しかし、だからと言って、ハンター達は退くつもりはなかった。何しろ彼らは、サンフランシスコきっての前向き集団なのだから。
「アルベリヒさン、大丈夫でしょうか…」
ヴィルベートが準備した、建設現場で使用するでかい送風機を難なく担ぎ、エルダはしきりに同じ言葉を口にしている。公私共々タッグを組ンでいる2人であり、居て当たり前の相棒が居ない状況はエルダにとって不安の一語である。そうは言っても事は既に始まっており、一行はフォート・ポイントの間近へと接近しつつあった。敵が高位悪魔の集団であれば、そろそろエルダ達の接近に勘付いてもおかしくない。
到着。送風機を設置し、息を切らす事無くエルダがその場に腰を下ろす。土木作業のアルバイトを続けているおかげだろう。二の腕について欲しくない良い筋肉がついている。送風機は他にもあり、一定の間を置いて計3つ程の設置が済み、一同は作戦を立てたヴィルベートの元に集まって来た。
「ともかく、悪魔相手にゃこいつが鉄板だろうさ」
言って、ヴィルベートは聖界煙幕を取り出した。エルダも同じく所持している。聖水を含ませた煙幕を広範囲に張るそれは、元来の方向性喪失効果に加えて悪魔の行動を大きく阻害する事が出来る。対悪魔、殊に手合いが集団であるからには、これは間違いなく必須であった。
「煙幕を初手で投げ込み、その後突撃を開始する。常套中の常套手段ですが、アルベリヒさンの不在が痛いンじゃないですかね」
ルカは小さく息をつき、突貫役を担う面々を後ろに眺めた。首無し騎士のクリストファ、ナショナル懐中電灯を頭にブッ刺した要蔵。当初ライトは点灯していたが、ヴィルベートが頭をはたいて強制消灯させている。要蔵は何だか寂しげだ。クリスの馬も目立つという理由で此度は御退場を願い、彼も若干しょンぼりしている。「実はシェイプシフター」「何それ」でお馴染みのマリオ&ルイージは、見せ場到来と鼻息が荒い。殺人狂サダコと心優しいジェイソンの夫妻も当然頭数に入っている。危ないので出現はさせていないが。
つまるところ、近接戦闘をやれる面子は揃いも揃って化け物ばかりという訳だ。当然の如く、ルカは疑問を口にした。
「この人外の皆さン、煙幕の影響をモロに受けるンだと思います」
「そんな事ぁ、当然初めから折込済み。ヴィル姐さンを舐めンじゃないよ。クッソ重い送風機をエイコラ運ンだのは、その為なンだから」
「とにかく煙幕をブチ込む。何が何でもブチ込む。私はホウキに乗って空から、ヴィルベートさンは地上から。しこたまブチ込ンだら、多分良い事ありますよ」
「そうそう。難しい事は考えずに。決めた前段取りで大丈夫。こちとらは質も数も劣っちゃいないンだから」
ヴィルベートは隣のエイクの頭に、ポンと掌を載せた。
「多分、敵が真っ先に狙ってくるのはあンただ。危険な目を見るかもしれンが、大丈夫。必ず姐さンが守ってみせる」
「僕自身は、アンチ・アンチ・クライストさえ居なくなれば、一気に押す事が出来ると思う。皆さンこそ、どうか気をつけて」
其処まで言って、エイクは眉間に皺を寄せて首を傾げた。
「何故に先刻から『ん→ン』になっているの?」
「あー、多分シルヴィアのせいだと思うンだ」
「小池一夫先生の事を思い出したンじゃないでしょうか」
「どうしてエレクチオンしないのーッ、みたいな」
と、夜の沖合から、パッと光が瞬いた。直後、炸裂音がフォート・ポイント一帯に轟き渡る。『向こう側』の敵が攻撃を再開し、シルヴィアが防御を張ったのだ。
一行は即座に動いた。この攻撃が繰り返されれば、シルヴィアの能力は一段と加速してしまう。そして何より、今は混乱に乗じる最大の好機であった。
「やれやれ、始まっちまったか」
もう1人のアンチ・アンチ・クライスト、黄迅は、距離を置いた先で展開する力と力の激突を眺め、困った仕草で頭を掻いた。
彼のボス、カスパールに命ぜられたのは、シルヴィア・ガレッサの守護である。彼女がアンチ・クライストとして完成の域に至るまで、何人たりとも彼女に接近させるな。彼らにとっては、至極簡単な任務だった。
間違ってこの場に近付いた人間は尽く彼らに殺された。刈り獲った首は凡そ十以上といったところか。残念ながら、その中にハンターは居ない。ハンター以外の難敵と言えば、当のシルヴィアが向き合うリヴァイアサンという事になるが、仮にリヴァイアサンがシルヴィアの防御を押し切った場合はどうなるのか。黄が尋ねると、カスパールはこう答えた。
『なあに、御主様がリヴァイアサン如き、打ち破ってくれますよ』
成る程、これはリヴァイアサンすら利用した出来レースだったのかと、黄は感心したものだ。そして同時に思う。リヴァイアサンと言えば天使達の反乱の際に中核を担った四人の貴公子の一人であるはずだ。御主はそれすら上回るとカスパールは言っている。サマエルがそれだけの実力者というのは驚きだ。
実のところを言えば、元々天使であった黄にもサマエルの事はよく分かっていない。件の反乱の折に、その名は一切出て来なかったにも関らず、堕天使として御父自ら地上に封じるという念の入れようだ。
しかし考えるのは止めようと、黄は肩を竦めた。どのみち自分達では、リヴァイアサンを向こうに回す事など出来ないのだから、今は本来の敵であるハンターに集中すべきだ。
此度は悪魔と人間の抗争において、かなり特殊な事例である。互いの出現を確信した状態でぶつかりあうという状況は、極めて稀なのだ。大抵の場合はどちらかが奇襲的に仕掛け、仕掛けた側が一方的に勝つ展開になる。向こうはこちらを殲滅すべく、万端の準備を整えるだろう。ただ、それはこちらも同じ事である。考える敵は、お互いにとって厄介という訳だ。そして自分にあって、彼らには出来ない戦い方もある。仲間の全てを、黄は捨て駒にする事が出来る。
リヴァイアサンの侵攻が始まった。という事は、ハンターも確実に仕掛けてくる。黄は躊躇する事無くその身を翻し、崖から身を投げた。
ふわりと宙に浮き、距離を取って配下の悪魔達が陣取る林を眺める。少しの間を置き、林から大量の煙が吹き上がった。
「ほうら、やっぱりな」
黄は口の端を曲げ、体を海中に沈めた。
「魔法少女っていうのがッ!」
懐から手榴弾状の物体を複数取り出し、エルダが叫ぶ。
「ホウキに乗って空を飛ぶ以外に想像出来ない、マスターの感性が陳腐過ぎですーッ!」
はいはいそうですその通り。愛用のホウキに跨って、敵陣上空を突っ切りながら、エルダがバラバラと聖界煙幕をばら撒いた。同時に後方からヴィルベートも投擲を開始し、都合ほぼ全域が白煙に包まれる。互いが来ると分かっているのであれば、イニシアティブは先手を取った側に有る。エルダが仕掛けたそれは空爆とほぼ同義であり、虚を突くという意味では最上の戦端を開いた訳だ。何しろホウキに乗って空を飛び、手榴弾を撒き散らす魔法少女である。魔法少女の概念が私にはよく分かりませんし、悪魔の側とて訳の分からない代物には違いない。おかげでXclassisがそれなりに揃った集団が、ものの見事にのた打ち回る羽目となった。
「初手はこちらが貰いましたね」
機関銃に三脚をセットして弾帯を装着しながら、ルカがハンズフリーのヘッドセットでもってヴィルベートに呼びかけた。既に送風機は作動しており、煙幕網の中央を割るように強風を吹き込ませている。つまり意図的に通り道を作り出し、其処に怪物くん御一同を送り込むという寸法なのだ。次いで言えば、聖界煙幕は悪魔にとって毒の霧である。逃げ道を見つければ飛び込んで来るだろう。そんな彼らを待ち構えているのはシェイプシフターか地獄の住人という訳だ。良いアイデアだとルカも認めるものの、彼の声には今一つ弾みが無い。
「悪魔の数は把握出来ますか?」
『うしろめくん、結構使えるな。ざっと17体ってとこさね。煙幕のおかげで磁場異常を抑え込む暇も無いらしい』
「やっぱり多い。これを全て掃討しなければ社長に近付けないとは」
『誰かが突出したら、間違いなく潰される。最上級のアンチ・アンチ・クライストも煙幕に引っ掛かったかどうか知れたもんじゃない。最善策を取るしかないんだよ』
「信じるしかないって訳ですか。シルヴィアと自分達。それにリヴァイアサンの迎撃に向かう珍妙な人々を」
『珍妙はあんまりでないかえ。無駄口終了。炙り出しを開始。東北東距離50mに集団有り。薙ぎ払ってやって』
「了解」
ルカによる機関銃の援護射撃が刻むように始まった。銀で強化されている訳ではないが、毒霧で前後不覚に陥った悪魔達を追い立てる助けにはなる。初手から敵に集団戦をさせなかった時点で、序盤は圧倒的有利をハンター達は得る事になる。
銃撃をくらった悪魔達が、各々勝手に怒号と悲鳴を上げながら、1人、2人と『通路』に転がり出て来た。其処を狙い澄まし、上空からエルダが極限まで効力を高めたソロモンの環でもって抑えにかかる。封じられた悪魔にクリスと要蔵が斬りかかる。或いはブラザーズが殴る蹴るの暴行を加える。弱ったところでエルダによる悪魔祓いの詠唱。その隙を埋めるように、他の悪魔にはヴィルベートのソロモンの環が飛んで来る。趨勢は概ね、これの繰り返しになりつつあった。
ルカは率直に舌を巻いた。立案のヴィルベートはシンプルなプランを出してきたが、それ故に綺麗にはまったとも言える。これでシルヴィアに肉迫するのも時間の問題だろう。そのようにルカが言うと、しかし電話越しのヴィルベートが不安も露に答えてきた。
『アンチ・アンチ・クライスト。黄の奴が仕掛けて来ない』
「それも折り込み済みだったのでは? エイク君に仕掛けた時点でジ・エンド」
『奴もこの機に乗じてくると思ったよ。こちらのアンチ・クライストに対抗する為に。しかし一向に動きが見えない。磁場異常を抑え込んで、奴は接近しているはずなんだ』
援護射撃の手を緩めず、ルカは冷静にヴィルベートの言葉を咀嚼した。敵の狙いが趨勢を一撃で引っ繰り返す可能性のあるエイクにあるのは間違いない。しかし、とルカは考え直す。黄が悪魔であるからには、他の悪魔への仲間意識など皆無だろう。こちらを壊滅させられるなら、他の連中を簡単に使い捨ててくるだろう。そうやって隙を突き、エイクを狙ってくると踏んだ訳だが、考えてみれば黄には、アンチ・クライストの異能が一切通用しないのだ。であれば、エイクを後回しにする選択肢が黄にはある。この場で最大の脅威を一等に排除するという。
以前のアンチ・アンチ・クライストとの戦いを踏まえ、彼らが懸念した手合いとは誰だ?
『ルカ、後ろ!』
ヴィルベートが声を引っ繰り返して叫ぶ。振り返ったルカの目に、虚ろな笑顔の黄がナイフを突き立てて来る様が映った。
「はめられた!」
拳銃を手に、ヴィルベートが飛び起きる。自身とエルダのソロモンの環は発動中で、黄を食い止める手段が無い。敵の狙いは楊を抹殺した件の夫婦怪物、それを出して来るルカにあったのだ。おとりになるはずであったエイクも、危急を察して走り込んでくる。
「僕も行く!」
「駄目だ。君じゃ相手にならない!」
エイクに待機を命じ、ヴィルベートが走る。磁場異常に気付いた時点で、黄はルカに最接近していた。黄にとって彼を仕留めるのは、一秒でもかかり過ぎだろう。それでもヴィルベートはルカの元へと走った。そして彼女が目の当たりにしたのは、想像していた絶望的風景ではなかった。
座り込んだ格好のまま驚愕の面持ちで見上げるルカの、その体から見慣れたホッケーマスクが這い出し、黄の腕を捩じ上げ、立ち上がりつつあった。ホッケーマスクの男曰く。
「どーも、ジェイソンです。どーも」
「てめえ、呼ばれもしないのに何故出て来やがった!?」
自身を圧してくる腕力に顔を歪め、黄が呪詛の如き疑問を口にする。対してジェイソンは、人差し指を振って軽く舌を打った。
「ルカ君は当初から、私を自身の防衛手段と決めていた。それを受けて私も臨戦態勢にあったという訳だ。もしも私達を戦闘要員として初手から出していたらバッドエンドだった。賢明だったね、ルカ君」
「はい、それはどうも」
と、あらん限りの力でジェイソンの拘束を引き千切り、黄が瞬時にその場から姿を消した。使用可成ったソロモンの環を寸前でかわされ、ヴィルベートが毒づく。
「Damn it!」
「まだ終わっていないぞ、ヴィルベート君、今度はエイク君が危ない」
ジェイソンはそう言ったが、黄がエイクに向かう展開は当初の想定通りであった。僅かな後、悪魔対この世ならざる者達の喧騒の最中に炸裂音が一つ轟いた。
ヴィルベート達がエイクの元に向かい、状況を確認する。エイクは尻餅をついて胸を抑えており、その少し前で、体をズタズタに引き裂かれた黄が呻き声と共に横たわっていた。
「指向性地雷に銀の祝福を一段と施した奴をエイクに渡しといたんだ」
ヴィルベートがエイクを引っ張り起こして言う。
「どの階級の悪魔かはどうでもいいが、さぞかし痛かろうよ」
酷薄な目で見下ろす彼女の前に、ホッケーマスクが大型のナイフを携えて進み出た。切っ先を真下に向けるジェイソンを、恨みがましく黄が見上げる。
「最悪だぜ、くそったれが」
「最悪も最高も何も無い世界に逝くといい」
一気に心臓を貫いて黄を即死させ、ジェイソンはゆっくりと立ち上がった。その様を見て、ふとルカが疑問を口にする。
「ところで、奥様はどちらに?」
「ああ、彼女は」
そして折り良く、大音声が先の戦場から響き渡ってきた。
『コ・ロ・セ! コ・ロ・セ!』
「…分かりました。言わなくていいです」
「巻き込まれていないかな、クリスと要蔵」
「ブラザーズも上手く逃げてくれるといいのですが」
悪魔集団の最強格である黄が死に、サダコ参戦によって戦況は怒涛の如く収束へと向かい始めている。もうすぐ戦いは終わるらしかった。
サンフランシスコへの砲撃も気付けば止んでいる。向こうでの戦いが始まったのだろう。そしてハンター達には、最後の仕上げが待っている。シルヴィアを、シルヴィア自身から奪還するのだ。
<シルヴィア・ガレッサ>
全ての悪魔を排除した後、真っ先にシルヴィアの元へ駆けつけたのはエルダだった。
ホウキから降り、よろめきつつも駆け足で向かうその先、木々の中で少し空間が出来た場所にシルヴィアは居た。エルダが目を見開き、形の良い眉を歪ませる。シルヴィアは片膝をつく格好で、全身を血塗れにしながら肩を大きく上下させていた。リヴァイアサンからの砲撃を耐え抜いた代償なのだろう。エルダは何と言って声を掛ければ良いのか咄嗟に思いつかず、それでも彼女の傍に滑り込み、その顔を真正面から見据えた。
「助けに来ましたよ、シルヴィアさん!」
肩を掴んでくるエルダに対し、シルヴィアは僅かに反応した。目と鼻と口から大量に流血し、赤黒く染まった顔をゆるゆると上げ、充血した目を開き、言った。
「助ける? 何から?」
「あなたをアンチ・クライストとして縛るあなた自身からです!」
エルダがシルヴィアを掻き抱く。今の彼女が三人の内の何れかは分からない。分からないが、それはエルダにとってどうでも良かった。エルダは湿らせたハンカチで彼女の顔を丁寧に拭いてやりながら、懇々と続けた。
「私は何度だって助けますよ。あなたが何ものかに心を囚われそうになっても。友達だから」
「友達?」
「そうですよ、友達です。でも、友達はあなたを全肯定して従うものじゃないんです。道を踏み外しそうになったら手を差し伸べる。其処に打算とか服従はありません。友達ってそういうものでしょう? 私はあなたが道に迷ったら、何度でも何度でも道を照らしてみせます!」
その頃には、他の仲間達も彼女達のところへと辿り着いていた。二人を囲む輪の中から、ルカが頭を掻きながら進み出る。
「社長。シルヴィア。戻って来てくれませんか? 矢張り貴女が居ないと、ガレッサは火が消えたようです」
だらりと下がったシルヴィアの手を取り、その掌を包んでルカが言う。
「アンチ・クライストなんて事になって、人格が3つになって、とてもややこしい事になってしまいましたけれど、いいんです、それでも。全部ひっくるめてシルヴィア・ガレッサなんですから。全部受け入れて傍に居ますよ、何時までも。だから貴女の居場所は其処じゃない。ガレッサBldに帰りましょう」
その言葉を聞き、シルヴィアの頬がひくりと動いた。空いた手がエルダの腰を引き寄せ、ルカと繋がった掌を強く握り返してくる。シルヴィアが問う。
「間違いなく厳しい事になる。『創造』は強大だわ。『創造』のくびきから離れるには覚悟が居る。多分、私一人じゃどうにもならない。こんな私でも助けてくれる?」
「勿論です」
「当たり前ですよ」
エルダとルカの返事を聞いて、ようやくシルヴィアは安堵の表情を浮かべた。が、唐突に顔色を変え、「うひゃあ」と間の抜けた悲鳴と共に飛び退いて腰を抜かした。で、言った。
「結婚と私は馬に念仏みたいなもんだから、今しばらく考慮の時間を頂けませんでしょうか!?」
「へ?」
「はい?」
エルダとルカも間抜けなリアクションで顔を見合わせた。どうやら前回のルカによる段階踏み間違えの求婚を、今更ながら思い出したらしい。それは如何にもシルヴィアであったが。
「彼女は遂に人格の統合を開始したらしいね」
状況を見守っていたエイクが、ヴィルベートの袖を引っ張る。
「シルヴィアであったり、2と3であったり。これからしばらくは性格が混濁する状態になると思うよ」
「それは、良い事なのかい?」
不安げに問うヴィルベートに、エイクは笑って頷いた。
「とても混乱する話だけど、概ね3人の方針は一つに固まったと見ていいね。『創造』、サマエルから背を向けて、自分の道を友人達と歩んで行く。ハンターのみんなの頑張りが効いたのかもね」
その言葉に頬を緩めたものの、ヴィルベートは幾分の懸念を覚えた。つまりそれは、サマエルから何らかの干渉が間違いなく入る事を意味している。彼は天使であり、天使は決め事の遵守から逸れる事態を黙認しないのだ。
と、背後から走り寄る気配を察し、ヴィルベートは咄嗟に振り向いた。その間に影が彼女の隣を抜ける。速い。
へたりこんだままのシルヴィアの前に、全身白尽くめの女が覆い被さるように立った。いきなりの事でルカとエルダ、他の者達も反応出来ない。シルヴィアはと言えば唖然としたものの、そそくさと手帳を取り出し、女、サダコに差し出した。
「映画で見ましたよ貴女の事。すみませんがサインをば頂けませんでしょうか?」
矢張り馬鹿である。
サダコはシルヴィアを見下ろした格好のまま特段何をするでもなく、彼女の頬に自らの手を当てた。そして自身の邪魔な前髪を除け、シルヴィアと目を合わせる。
『あ…』
と、シルヴィア、それにエルダとルカが同時に声を上げた。サダコの顔が、まるでシルヴィアの生き写しであったからだ。そして何時の間にか、ジェイソンが彼女らの隣に立っている。サダコはジェイソンを見遣り、彼女らしからぬ情感を込めて言った。
「思い出したわ」
「そうか。良かった」
ジェイソンが頷き、ホッケーマスクを外す。とても美しい顔立ちの青年が其処に居る。彼にも何処となくシルヴィアの面影があった。
2人は手を取り合い、やがて消えた。
<まだ何も解決していません>
そう、解決していない。
シルヴィアは緩やかに良くなる方向へと歩み始めていたものの、一方でアルベリヒとマルセロは未だマーサ本部に監禁されたままなのだ。
「彼らは生きている。多分」
ガレッサBldの応接間。エイクが出されたココアを啜りながら言った。聞いたヴィルベートが眉をひそめる。
「多分、というのはどういう意味なんだい?」
「言葉通りだよ。彼らの所在に関しては、凄く曖昧な感触があるんだ。あの場所に居るような、居ないような。無論居るには違いないけれど、物凄く分厚い壁が聳え立っている」
「壁だって?」
「物理的なものじゃないよ。多分結界か何か。天使が人間に対して使ってくる奴だから、破るのは随分と厳しいね」
「でも、結界をどうにかしないと助ける事は出来ない」
案を模索する2人の沈思黙考が、ドガバターン!とけたたましく開かれた扉の音で破られる。其処には仁王立ちのシルヴィアが、ガレッサに居候している子猫達を抱えて立っていた。隣では母猫を抱くエルダが居て、その背中に顔を埋めて深呼吸している。
「猫の匂いを嗅ぐと不安が和らぐ気がします」
「猫やんに餌をあげてお持ち帰りしました」
「ああ、そう…」
シルヴィアは3匹のうちから1匹ずつヴィルベートとエイクにわけてやり、ソファにどっかと腰を下ろした。都合全員が抱き猫状態となった訳だが、その描写に意味は特に無い。シルヴィアは子猫の頭を撫でながら、声高らかに宣言した。
「事情はエルダちゃんからとくと聞いたわ。ここで黙ってちゃガレッサ一家の名が廃る。その結界とやら、この私が破ってみせる。アルやんと専務を助けに行くわよ!」
ヴィルベートとエイクが顔を見合わせる。確かにシルヴィアの力ならば、張られた結界に対抗出来るかもしれないが。ヴィルベートがエイクに問う。
「実際のところはどうなんだい?」
「あと一押し必要じゃないかな。僕がシルヴィアさんを手伝えば、或いは。でも、問題がある。マーサ本部を守っているフレンド達は健在なうえに数が益々増えている。彼らが確実に力を溜めているのも織り込み済みさ。そして一番の難関は、彼らがれっきとした人間だって事だよ」
「彼らのPKは対悪魔に特化しているから、アンチ・クライストにも通用するだろうね。そして身体能力も高い。それでも、元々は普通の市民達なんだ。下手な事は出来ないね…」
「簡単よ、そんなの。フレンドとやらを皆殺しにしてからゆっくりと結界を破ればいい」
低い声が容赦の無い言葉を言い放ち、一瞬応接間が静寂に包まれる。声の主、シルヴィアは、怪訝な顔になってこめかみを指で掻いた。そして当惑したように呟く。
「何を言ってるの。そんな事駄目に決まっているじゃない。慎重に考えれば、きっと上手い手段が見つかるはずだわ。最短距離の手段を言ったまでだ。いやいや、やるからにはハッピーエンドを目指すのが、シルヴィア姐さんの心意気って奴なのよーん。とにかく結界を破る事に集中する必要があるから、フレンド対策は協力してもらえる人達に頼む事になるわね」
あれ以来、シルヴィアは始終こんな調子である。3つの人格が共存しつつも、物を言う時は異なる指針を並行させてしゃべってしまう。違和感の塊ではあったが、しばらくの間は慣れるしかないだろう。
とは言え、実際に難儀な話であるには違いない。フレンドや結界云々よりも、救出行にはそれら以上の問題が控えていた。それを敢えて口には出さなかったが、ヴィルベートはエイクがそれに触れない事にむしろ疑問を抱いた。
「なあ、エイク。本部にはサマエルが居るってのに、その話題を出さなかったのは何故なんだ?」
「恐らく高い確率で」
エイクはある種、確信めいた面持ちで答えた。
「もうしばらくしたら、サマエルは本部から居なくなる。全然違う、別の場所に赴く事になる。それが何故かまでは分からないけど。アンチ・クライストとしての、僕の予言」
ルカは倉庫で古い書類を漁っていた。ここには会社の資料と、ガレッサの私的書物も保管されているのだ。
そうして悪戦苦闘を続けた後、ルカは遂に目当てのものを発見する。ガレッサ家のアルバムだ。デスクに持ち込み、ルカは忙しくページを捲り始めた。そして、『彼ら』が映った写真を見つけた。
「やっぱりそうか。そうなんだ」
ルカは写真の中で肩を寄せ合う若い2人、エンリクとヴァイラの顔を凝視した。
シルヴィアに生き写しのヴァイラ。そしてエンリクも、矢張り彼女の面影がある。
<H3-6:終>
※特殊リアクションが一部PCに発行されます。後ほど特殊リアクションへのアドレスをお知らせします。
○登場PC
・アルベリヒ・コルベ : ポイントゲッター
PL名 : なび様
・ヴィルベート・ツィーメルン : ガーディアン
PL名 : 森林狸様
・エルダ・リンデンバウム : ガーディアン
PL名 : appleman様
・神余舞 : スカウター
PL名 : 時宮礼様
・ルカ・スカリエッティ : マフィア(ガレッサ)
ルシファ・ライジング H3-6【ガレッサ・ファミリーと魔王サマエル】