<タンゴ、タンゴ、タンゴ>
アルベリヒ・コルベはジェイズの自室で、地元の新聞紙を隅から隅までじっくりと読み込んでみたのだが、やはり例の記事は何処にも存在していなかった。
前にシルヴィア・ガレッサの異能によって出現した超巨大ミミズクモドキ、大トトロの事件についてだ。推定身長57m、推定体重550t。空は飛ばないが巨体は確実に唸っていた。何処からどう見ても市街地から視認出来たはずだ。
それがどういう訳か、事件の痕跡が市井の人々の話題に上る事は一切無かった。誰も彼もが、存在感の有り過ぎた大トトロを見ていないのだ。次いで言えば、ゴールデンゲートパークにトトロの足跡が全く見当たらない。地響きまで立てていただろお前、と、アルベリヒが心の中で突っ込みを入れる。ここまで来ると、トトロ云々よりもオカルトな事態だ。
件の物体を見た記憶の一切合財が人々の記憶から抜け落ちた。明らかに無理のある話だが、その無理を通してしまうのがシルヴィアの力である。最早アルベリヒにとっては驚くに当たらない。ないしは、謎の少年の仕業かもしれない。少なくとも彼は、シルヴィアの異能を打ち消すだけの力がある。つまり現時点においては彼女以上の異能を有している存在だ。シルヴィアと自分が同じものだと少年は言っていたが、その意味を問う為にも少年と会ってみる必要がある。そして、一連の出来事の裏で佇んでいる、あの男の正体を見極めねばならない。
アルベリヒは慣れない手つきで新聞を畳んだ。不図、己が掌をじっと見詰める。
可愛い手だ。ぷよんぷよんの肉球が慎ましく収まった掌は、小さいながらも機能性が高い。歩く際はほとんど音がしないし、爪の出し入れも自由自在だ。次いで言えば、これほど「結んで開いて」が出来る手とは思わなかった。この掌ならば、器用に物を掴むのも容易い。
「ふむ」
「何をしているんですか、何を」
トレイを片手にアルベリヒの部屋の扉を開けたエルダ・リンデンバウムが見たものは、しきりに掌をグー・パー・グー・パーする小さな黒猫の姿であった。つまりアルベリヒは、今度は自主的に黒猫の姿を纏ったという訳だ。黒猫は顔を上げてエルダを見、meowと鳴いた。エルダが目を丸くする。
「えっ。もしかして、人の言葉を失ったのですか!?」
「いや、大丈夫だ。普通に猫の声も出せるところも見せたかったんだ」
そしてアルベリヒは、エルダが差し出した朝食にいそいそと近付いた。猫缶、生餌、モンプチである。缶に顔を突っ込んでかぶりつくアルベリヒの姿は、まるで猫である。いや猫なのだが。
「うん。旨い。猫舌には味付けが丁度いい」
「でもアルベリヒさん、その姿になったら、自分の力では元に戻れないんですよ?」
「それについては考えがある。君にも協力して欲しいんだ。ところで」
猫缶をペロリと平らげ、アルベリヒはちょこんと座り直し、長くて太い尻尾をゆっくりと揺らした。
「この行動、どういう意味か分かるかい?」
「さあ…?」
「リラックスして機嫌がいいんだ。言葉にすると『ふんふんふーん』って感じだ。これが素早く振られるとストレスを感じている。言葉にすると『何だ何だ何だ』」
「楽しんでますね、アルベリヒさん。猫ライフをエンジョイしてますね」
「ガレッサの猫達に色々教えて貰ったよ。それから、ネットで気になる動画を見つけたんだが」
http://www.youtube.com/watch?v=PWXigjFm4TM
「ああ、これは間違いなく使い魔の優しい猫ちゃんですよ。目に知性がありますし」
「俺もそう思う」
<働きガレッサ>
ハンターが見るシルヴィア・ガレッサは、散策に科学アカデミーにカラオケにと、大抵遊んでばかりのシルヴィアでしかない。が、そんな彼女もガレッサBldの社長職である。分かりきった話だが、社長というものは単なる放蕩人が勤められる訳がない。某製紙会社のボンクラ会長はどうなんだという話だが、それはまた希少種であると信じたいものだ。
よって、昼のシルヴィアはきちんと働いている。今日はサンフランシスコ市役所にて先の地震による罹災区域復興の入札があり、ビジネスチャンスを確実にものにすべく、社長自ら赴いていた。そろそろ定時が近付いた17:00頃にシルヴィアは帰って来たのだが、その表情は何時にも増して自信満々である。ルカ・スカリエッティは起立して彼女を出迎え、成果の程を聞いてみた。
「やったわ。3件獲得よ! ピア39の桟橋修復、ロンバートストリートの再舗装、それにミッション・ドロレスの補修工事。有名観光地目白押しでガレッサの名がまたまた上がってしまうじゃないの、いやマジで!」
ひゃほーい、と言い残し、シルヴィアはハンドバッグをブンブン振り回しながら社長室へと戻って行った。見送るルカの表情は、入札成功への安堵はあるものの、些か複雑である。
2日間の昏睡以降、シルヴィアの様子には特におかしな点は無い。むしろ頻発していた異様な出来事が、それを境に全く起こらなくなった。此度の入札も、恐らくシルヴィアは異能を使っていない。彼女自身の企画力と営業努力で仕事を勝ち取ったのだ。もしかすると、彼女を抑え込んだ謎の少年の力が、今も継続しているのかもしれないとルカは想像した。
しかし、シルヴィアの力が消え去った訳ではないのは明白だった。何しろアルベリヒが再び黒猫になったのだ。魔法少女エルダの魔法のホウキ、ヴィルベート・ツィーメルンの恐るべき手下達も健在だ。無論、ルカ自身も何時だって悪魔人間になれる。商売上がったりなので、なりはしないが。
その力が健在である限り、シルヴィアはこれからも厄介事に巻き込まれるだろう。彼女自身が言っていた。この街には自分に比肩する2つの敵が居る、と。それらとの衝突を、覚醒しかかったシルヴィアは強く示唆していた。あの大トトロを極めてあっさりと出現させるほどのシルヴィアに、匹敵する存在とは恐ろしい。
ならば、部下であり幼い頃からの馴染みであり、1つ年上の保護者的な立ち位置にある自分が、すべき事は1つだとルカは認識する。
シルヴィアを守らねばならない。最悪の事態にあって、彼女が事を構えられるだけの軍隊を組織する。武器調達はマフィアの残滓として叶うところであるが、何しろ人員が心許ない。ガレッサBldにおいて完全にマフィアと言えるのは、ほんの一握りである。質を伴った強力な配下が必要だ。其処でルカは考えた。
「社長、失礼します」
社長室の扉を開くと、案の定シルヴィアは遊んでいた。何をしているのかと言えばWiiだ。よりにもよってWiiスポーツリゾートだ。余談ですが、筆者は親戚接待用にこれを買って、甥っ子に馬鹿受けの大成功を収めた実績があります。これに気を良くし、その後1人で遊んでみたものの、パーティゲームを単独プレイするのがこれ程修行に近いものだとは思いませんでした。1人で遊ぶとキツ過ぎるWiiスポーツリゾート。しかしシルヴィアは猛然と卓球で遊んでいる。無茶な大振りでスマッシュを決めている。遊ぶという一点に関しては容赦と感受性が無い女、それがシルヴィア・ガレッサなのだ。
「よしっ、勝ったわ。仕事も貰って卓球も勝って、今日は絶好調だわ。絶好調過ぎるじゃないの自分。いいとこに来たわねルカ、私と卓球勝負をしてみない? 卓球だけで30時間以上遊んでいる私に、果たして勝てるかな?」
「卓球もいいですが、シルヴィア、今日はプレゼントがあるんですよ。入札成功の御褒美という事で」
「え、プレゼント?」
ルカは手に提げたビニール袋を掲げて見せ、中身をテーブルの上に並べた。DVDだ。どれもこれもホラー映画である。シルヴィアは目を丸くした。
「うわ。ルカ、あなた意外と悪趣味大王なのね」
「悪趣味女王に言われたくはありませんが。どうですか、これから一緒に観ます?」
「観る観る! ワインとチーズを用意しましょう。小洒落た雰囲気を演出しつつ、観ているものがホラー映画ってシチュエーションには、何かこう、たぎるものがあるわ。レンタル屋で借りたフロム・ビヨンドを、よりにもよって家族と一緒に観てしまう状況のよう!(実話)」
相変わらず分かり難い例えだが、敢えて突っ込みはしない。何とかビヨンドって何ですか。それを言おうものならルチオ・フルチについて10行以上の無駄スペースを割く羽目になる。ともあれルカの思った通り、シルヴィアはホラー映画に食いついた。
詰まるところ、ルカの作戦はこうである。ホラーヒーロー、ないしはヒロインの、現実世界への出現。これを首無し騎士クリスや要蔵のように配下とし、シルヴィア軍団の戦列に加える。件の2体を見れば分かるように、それらは強力な存在に成り得るだろう。しかし。
『ああ』
溜息がルカの脳裏に響く。DVDをデッキに差し込む手を止める。その声には聞き覚えがあった。あの少年だ。少年は続けて言った。
『僕は止めはしない。あまり介入したくないからね。でもね』
それきり、声は聞こえなくなった。
「ぜええ、はああ、ぜええ、はああ」
という書き出しから始まって、この死に絶えそうな喘ぎ声の主がエルダとは誰も思うまい。
エルダはヴィルベートと共に、今月はガレッサBldのアルバイトに勤しんでいる。仕事を3つも受注したガレッサとしても、彼女等の参加は大歓迎である。本日はロンバートストリートの補修作業に駆り出され、容赦無い力仕事に従事していた。
アスファルトが詰まった袋を地面に置くと、ようやく昼の休憩に入った。配られるランチは、昨日も今日も明日もパスタである。しかも2日連続でペペロンチーノとはどうだ。それでもくっついてしまったお腹と背中には変えられない。故にエルダとヴィルベートは口回りをオリーブ油で汚しつつ、ペペロンチーノを盛大に貪った。
「あのさあ、エルダちゃんさあ、折角魔法少女になったんだから、アスファルトくらいぱぱっと直せばいいんじゃないかなあ」
「魔法少女は土木建築業には向いてないんですっ。それに今はキキちゃんのように『ホウキで空を飛ぶ』だけしか出来ませんし。でも、ようやく夢が一歩前進しました。この調子で、次はペペロンチーノをボンゴレビアンコに変える魔法を会得したいと思います」
「出来れば今頼みたい。それより、目の下にクマが出来ているけど、何で?」
「シルヴィアさんが最近、またホラー映画に凝り始めまして、私もお付き合いしているのですよ。正直正視に耐えられませんが、悪趣味を悪趣味と言い切って終わらせるのは、それもまた悪趣味なのかもしれないと思えるようになりました。でしたら悪趣味を突き抜けたところにある感性を私も共有出来るよう、頑張って悪趣味映画を観ている訳です」
「で、結果は」
「ゲロ吐きそうです」
「そりゃそうだよね。しかし、またホラー映画。グロい展開にならなきゃいいんだけど…」
と、女の子らしい話題に会話に花を咲かせていたところ、件の悪趣味人間が現場の視察にやって来た。
「やあやあ社員諸君、お仕事ご苦労様! 沢山ペペロンチーノ食って、昼からも頑張ってネ!」
シルヴィアだ。相も変わらず上機嫌な事この上ない。休みを取っている作業員の間を回ってしばらく談笑していたが、エルダとヴィルベートを見つけるや、手を振り回して走り寄って来た。
「2人とも、お疲れ様! ペペロンチーノ堪能してる?」
「もう飽きたよ」
「シルヴィアさんも、視察お疲れ様ッス」
すっくと立ち上がり、エルダはシルヴィアにいそいそと近付いた。
「ところで、今日の夜は何処かにお出かけですか?」
「はえ? お出かけって…うん、そうね。別に用事は無かったけど、久々に周辺地域への示威行動にでも打って出るわ。スーパーブラザーズと共に!」
「治安維持の為の警邏ですね。お疲れ様ッス」
彼女の夜の予定を聞き出すエルダには、何やらの意図があるらしい。その様を脇目で見ながら、ヴィルベートは普段と変わらないやり取りだと感じた。シルヴィアは何時もと同じシルヴィアだ。
しかし、とも思う。件の事件の際に出現した酷薄なシルヴィアの顔は、一体何だったのだろうと。あの時、彼女は眼球全体が銀色に染まっていた。正体を表した時、身体にそうした現象が発生する手合いをヴィルベートはよくよく知っている。悪魔だ。が、彼女は聖水を飲み干すし、ソロモンの環にも拘束されない。つまり悪魔とはまた異なる存在なのだろう。
ヴィルベートは凡その推測を立てていた。それを実証するには、根拠が必要だ。あの少年に、会って仔細を問うしかないと彼女は決意した。シルヴィアを自身と同じものと言い切った、あの少年に会わねばならない。
<尾行>
子猫が三匹じゃれついてくる状況は、普段であれば笑顔であしらえたはずなのだが、黒猫形態のアルベリヒにはそうはいかない。ここは定時を迎えたガレッサBldの建物の裏手。人待ちをしていたアルベリヒを、ニーニー鳴きながら三匹が飛びついて来た訳だ。傍目には遊んでいるようにしか見えないが、アルベリヒの感覚としてはレスリングである。
「うわっ。ちょっ、やめ」
『ファルコー、サエッター、フォルゴレー、親猫ー、御飯よー』
と、誰かが猫達を呼ぶ声が聞こえた。それを聞いて、子猫達は遊び回るのを止め、一斉に高い鳴き声を上げた。彼等は声の主に、こっちに来て下さいと言っているのがアルベリヒには分かる。御飯を貰おうと言うのに、もうちょっと愛想を見せろよとも思う。しかし声の主、歳若い女性も猫達の意図を察したらしい。アルベリヒの聴覚が地面を踏みしめる3つの足音を捉えた。3人?
「お待たせ、沢山食べてね」
「あら、新顔が居るわね」
「もしかして、みんなのお父さんなのかな?」
いや、違う。断然違う。そう言いかけて、アルベリヒは息を呑んだ。3人の女は知っている。社員のイゾッタと、その友人のレヴィン。共にジェイズで見るハンター側の人間だ。しかしもう1人、自分を「お父さん」と言った者は、シルヴィアだった。自分を黒猫に化けられるようにした経緯が、記憶から抜け落ちているのか?
そうこうする内に母猫もやって来たのだが、猫達は出された御飯を食べようとしない。アルベリヒの様子を何となく眺めている。アルベリヒは首を傾げたが、直ぐに気が付いた。自分が先に口をつけるのを待っているのだ。子猫が人間を呼んだのもその為らしい。意外に義理堅いと感心しつつ、アルベリヒは申し訳程度に御飯を舌で舐めた。それを切っ掛けに4匹の親子連れが、皿を囲んで御飯を食べ始める。
「んー? この子、やっぱり父親じゃないわね。顔が『いや、違う。断然違う』って言っているものね」
アルベリヒを指差し、シルヴィアが言った。対してアルベリヒは怪訝な顔になる。自分の考えを読まれた。ここ最近は抑え気味だった彼女の力が、また覚醒の兆候を見せているのかもしれない。そしてシルヴィアは、更に恐ろしい台詞を口にした。
「じゃあ、再婚という訳ね。やるじゃん、母猫。若くて格好いい黒猫をゲットですか?」
3人はカラカラと笑ったのだが、アルベリヒは血の気が引いた。そんな事を口にするな。シルヴィアがそんな事を口にするな。その思いも空しく、母猫はアルベリヒに体をすり寄せ、甘ったるい声で鳴いた。
と、シルヴィアは2人に手を振って、控えていたマリオ&ルイージを伴って出掛けて行った。その後ろを、距離を置いて見守る人影が見えた。エルダだ。そしてアルベリヒ自身も、ターゲットとする人物を確認する。
「それではイゾッタ君、先に帰らせてもらうよ」
「あ、専務。お疲れ様でした」
マルセロ・ビアンキが駐車場に向かった。それに合わせ、アルベリヒも飛ぶようにその場を離れる。何しろ相手は車に乗っている。素早く隠身に長けた猫の身とは言え、追尾するのは大変だ。
特定人物の尾行などは初めての経験だが、エルダは慎重にシルヴィア達を背後から尾けていた。今一度彼女の行動・言動を確認し、何らかの特異な点を観察しようと考えたのだが、程無く彼女は自らの目論見が崩れ去る様を見る。
「やあ、シルヴィア。御一緒していい?」
「社長、偶には同行致しますよ」
エルダはあわや躓きかけた。ヴィルベートとルカが揃ってシルヴィア一行に声を掛けたのだ。これでは尾行の意味が、よく分からなくなる。このまま規定通りに続行するか、自分も仲間達の輪の中に加わるか。逡巡した挙句の果て、エルダが繁みから出て来て曰く。
「すいません、私も一緒に行っていいですか?」
エルダは妥協した。
マルセロはガレッサから車で10分程のアパルトメントに1人で住んでいた。結婚をせず、子供も居ないという話は本当らしい。
2階の部屋の室内灯が灯る頃合を見計らい、アルベリヒはアパルトメントに走り寄って、突起物を利用しつつ器用に壁をよじ登って行った。こういう時に猫の体はすこぶる便利だ。
窓縁に辿り着き、身を隠しながら慎重に中を覗き込む。簡素な1ルームに、マルセロがデスクに向かって座っていた。いや、簡素に過ぎる。その部屋には食事をするとかくつろぐとか、果ては就寝するとかの生活感が何処にも無い。ただデスクがあるだけの部屋だ。マルセロはノートPCを覗き込み、何かの作業をしているらしい。仕事の続きを持ち帰ったのだろうか?
と、不意にマルセロは鼻で笑った。アルベリヒの体中が文字通りに総毛立つ。根拠は無いが、自分が居る事を知られているような気がしたのだ。自分は一切マルセロに視認されていない自信がある。にも関わらず、だ。
それでも、アルベリヒに退くつもりは無い。こうなればとことんマルセロという人物を見届けておこうと、アルベリヒは腹を括り直した。
「サダコエピゴーネン、という単語を創造してみたのよ」
シルヴィアである。何の事は無い。ルカと一緒に観たオリジナルの『リング』の話だ。
「そりゃ最初は衝撃的だったわよ。地味な服を着て長い黒髪の気色悪い女が立っているだけって絵面は。でも、余りにもキャラクター性がショッキング過ぎて、似たようなモンスターがゾンロゾロゾロとホラー世界に出現したのはどうなのよ、っていう話。あれ、何だっけ、スーパーナチュラルってTVドラマでも出て来たもの。ブラッディ・メアリーの時ね。あんまり使われ過ぎて、今じゃ見事に廃れてしまったわ。無敵サダコも、その後のワサワサ出て来たサダコエピゴーネンが引き起こす『慣れ』には勝てなかった訳ね。だから巡り巡って、13日の金曜日なんて今や古典がリメイクされる始末。はあ、ホラー映画もドン詰まりだわ。一時斬新な表現が出て来ると、それを追って粗製濫造されてしまう負のスパイラル。でも、こうまでして人間は…」
シルヴィアが立ち止まった。またぞろ長話を延々と聞かされてうんざりしていたハンター達であったが、彼女の様子に若干の変化が起こった事に気付き、合わせて足を止めた。
「人間は恐怖が欲しいって事か。恐怖を感じるストレス。それを克服した安堵による快楽。何れも本能的なものだわ。私達はかつて暗闇を恐れ、野生動物を恐れ、自然災害を恐れた。でも、それら全てをほとんど恐れなくなった現代を、人の本能は受け入れられないのかもしれない。幸福だけに包まれているという天国が、人にとって本当に幸福であるのか否か…。ああ、そうか。だから彼等は居るのだな。この世で唯一人間に恐怖を与え得る存在、この世ならざる者達を、当の人間自身が存在を望んでいるという訳だ」
シルヴィア・ガレッサは薄ら笑いを浮かべた。その変化の意味をこの場の一同は知っている。彼女の中の何かが、また鎌首をもたげているらしい。皆々が円を広げるように取り囲む中、エルダは一歩前に進み出た。
「シルヴィアさん、あなたはシルヴィア・ガレッサですよね? 私はエルダ・リンデンバウム。エルダ・リンデンバウムなんですよ」
シルヴィアは、かくかくと不自然な挙動でエルダに向けて首を回した。その非人間的な動作を見ても怯まず、エルダは言葉を続ける。
「確かに人間は、恐怖を求める向きがあるかもしれません。それでも、それによって降りかかる災厄は悲しみが大き過ぎるんです。そんな悲しみばかりが広がろうとした時、あなたは躊躇しましたね? あの大ミミズクモドキが家々を踏み潰すかもしれないと言った時、あなたは躊躇しましたよね? それがシルヴィア・ガレッサさんの心なのですよ。そんなあなたと、私は友達になりたい」
『ともだち』
返答する。しかしその声音に、人間が持つ情のようなものは一切感じられなかった。
『何を言っている。前からエルダと私は友達じゃない。ルカは大事な幼馴染。こんばんはヴィル姐さん。アルベリヒも。みんな友達。私の友達。ひとたび命令を下せば、一気呵成に戦いの只中へと突き進む、命を私に預けた友達』
「…シルヴィア!」
堪らずルカが怒声を発し、彼女の肩を掴んだ。自分が旧くから知る彼女は、そういう言い方は決してしない。かような言葉が彼女の口から溢れ出る様が、ルカに強い嫌悪を覚えさせた。だから滅多に見せない情動を彼女に向けたのだが、対するシルヴィアは、ただ眉をひそめるのみだった。
『夜中に声が大きいよ』
パンッ、と爆ぜる音と共にルカの右腕が木っ端微塵に吹き飛んだ。血飛沫を浴び、エルダが呆然と立ち尽くす。異様な展開にヴィルベートも動けない。呻く事さえ出来ずにしゃがみ込むルカの前に、マリオとルイージが立ち塞がった。
「大丈夫ですかい!?」
「姐さん、何て事を!」
『うるさいよ』
今度はブラザーズがバタバタと斃れた。膝を引き摺り、ルカが片手で彼らの脈を取る。何が起こったかさっぱり分からない顔で、2人は死んでいた。
「何だよ、これは…」
ヴィルベートは震える手で、懐のシュネルフォイアーに手を伸ばした。それでどうこう出来る代物ではないくらい、彼女にも分かっている。今のシルヴィアは桁違いだ。そして当のシルヴィアは、見通した顔をヴィルベートに向けてきた。死ぬ、と思った瞬間、シルヴィアが虚を突いた行動を取る。
くるりと背を向け、シルヴィアはスタスタと歩んで行った。通りのベンチに腰掛け、かくりと項垂れる。そのままシルヴィアは、静かに寝息を立て始めた。
「大丈夫だ。まだ僕でも抑え込める」
傍らから聞こえた子供の声に、ヴィルベートは半身を翻した。あの時の少年が眼下に居る。
少年は困り果てた顔を一同に向け、指をパチンと鳴らした。それを合図に、ブラザーズが飛び起きる。弾け飛んだはずのルカの腕が、背広ごと修復される。エルダの顔にべったりと付いた血は、綺麗に跡形も無く霧消していた。少年が言う。
「来て良かった。大事にならずに済んだもの。見たでしょ? あれが『行き着く先の姿』の片鱗だよ」
「久しいな。私の電話番号を教えた覚えは無いのだがな」
「…君には関係の無い事だ。君のやり方には干渉しないが、私には私の手段がある。私達への干渉がどのような結果をもたらすかは、賢い君ならば簡単に分かると思うがね」
「それは承知している。これもまた筋書きの一環であるとはね。しかしながら君、君は些か人に対する理解が薄い。人の心というものを侮ってはいけない」
窓向こうからアルベリヒが監視する先で、先程からマルセロは携帯電話で誰かとしゃべっていた。話し相手は、どうやら旧知の仲らしい。しかしマルセロの語り口調には、馴染みに対する気安さは感じられなかった。どちらかと言えば、長年のライバルと対峙しているかのようだ。
「こちらは君の考える順序に加わるつもりはない。あの方の御意思は、彼女に破壊者たる事をお望みである、ただそれだけだからね。そうそう、ちょっと失礼させてもらうよ」
言って、マルセロは携帯電話から口を離し、窓に向けて顔を上げた。アルベリヒの背筋が凍る。
「どうやらシルヴィアに何かが起こったらしいぞ。君の友人も同行しているのではないのかね。フルトン・ストリートと20thアベニューの交差地点だ。早く行ってあげなさい」
正体見たり、である。マルセロはハンター達の想像通り、シルヴィアの力の覚醒について深く知っている。シルヴィアが何処に居るのかも、正確に言い当てた。マルセロもまた、普通の人間ではなかったのだ。
しかし詮索している場合ではない。シルヴィアの目覚めは、極めて危険が伴う事は重々承知している。アルベリヒは静かに身を退いて行った。しかし窓枠から飛び降りる前に、マルセロが話し相手に言った言葉を、確かに聞く事が出来た。
「ようやく異端分子も尻尾を出したらしい。君にとっては、邪魔ではないのかね?」
<半年、或いは50年の孤独>
一向に目を覚ます気配もなく、シルヴィアはひたすら眠り続けていた。彼女が座るベンチの周りで、ルカやエルダ、マリオとルイージが心配そうに見守っている。ヴィルベートはその様を横目で見ながら、差し向かいで座る件の少年にペプシを一本奢った。少年は当惑したような顔を見せたものの、ありがとう、と言ってキャップを開けた。
「別に貰わなくても、それくらいは自分で簡単に出せるってとこかい?」
「訳の分からない力でひとりでに出るコーラよりも、人から貰った方が美味しいと思うよ」
「悪い。デリカシー皆無の言い方だったよ」
ヴィルベートは少年の隣に遠慮なく座り、足を組んで自らもペプシを飲み下した。少年は、前の時のように突如姿を消したりはしなかった。どうやら今回は、シルヴィアが目を覚ます迄面倒を見るつもりがあるらしい。ないしは、自分達と会話をしてみたいという向きもヴィルベートには感じられた。それは彼女にしても同じ気持ちだ。しかしヴィルベートが口を開く前に、少年は独り言のように言った。
「差し当たって、その女の人…シルヴィアさんだっけ? シルヴィアさんは今の時点でも歯止めが効いていないんだ。その力を抑え込めるのは、彼女自身でしかない。でも、あなた達はそれを手助けする事が出来る。彼女に自覚を促すんだ。その力は、恐ろしいものなんだってね」
「シルヴィアさんには、何か別の人格みたいなものが宿っているんですか?」
不安な表情を露にし、エルダが少年に問う。
「この前も、さっきも、まるで別人でした。シルヴィアさんは、あんな酷い事をする人じゃありません。邪悪なものが取り憑いているのでしょうか。例えば、危険な異教の神とか」
「残念だけど、あれもシルヴィアさんそのものなんだよ」
少年は容赦の無い答えをエルダに返した。
「人類史の中に幾多も登場する暴君。カリギュラとかね。彼等も当然普通の人間だけれど、普通の人間とは違う感性を押し並べて持っていた。何でも出来るっていう勘違いだ。自分は全てを、思うが侭に出来るっていう勘違いさ。それは人の心を狂わせてしまう。何故なら人間は、神ではなく人間だからだよ。人間の心は、自分自身の肉体的限界を意識して、精神性が形成されるものだと僕は思う。しかし彼女は、いや僕自身も、考えた事を現実にする異常な力を持っている。この力に飲み込まれたら、もう心が人間ではなくなってしまうんだ」
「つまり、二重人格という事ですか?」
「多分そうだと思う。僕も同じ力を持つ者だから、行き着く先がどうなるかを想像すれば、あのようになると理解出来るもの。でも、妙ではあるんだ。彼女の変貌は唐突過ぎるよ。まるで裏の人格が、力の覚醒と共に表へ出て来るよう、準備されていたみたいだ」
ハンター達は顔を見合わせた。準備されていた、という言葉には思い当たる節がある。シルヴィアと最も古くから関わり合いを持っていた人物が、常に彼女の傍にあった。マルセロ・ビアンキだ。彼がシルヴィアに何らかの影響を及ぼし続けていたのだとしたら、少年の話にも合点が行く。ならばマルセロとは、一体何者なのだ、との疑問は残るが。
ともあれ、分からないと言えばこの少年もそうだ。シルヴィアと同じもの、と言いながら、極めて友好的に接してくるこの少年を理解する必要がある。ヴィルベートはそのように考えたから、少年に向ける言葉は飾り気が無く、単刀直入だった。
「君、名前は?」
「悪いけど、言えない。家族に迷惑がかかる可能性があるから」
「家族だって?」
「おかしいかい? 僕だって半年前は、ただの10歳の子供だったんだよ。それがあの時、僕の周囲に不思議な事が起こり始めた。静電気の仕掛けでピリッと来るだけのおもちゃで、人が黒焦げになって死んだ。虫歯の妖精に歯を全部抜かれた人も居た。まさかそれが、全部自分の仕業だったなんて思わなかったよ。だって、僕はそうなるかもしれないと想像しただけだったんだから。僕を救ってくれたのは、みんなと同じハンターさ。あのハンター達がこの力の事を理解させてくれなかったら、僕は何時かパパとママに恐ろしい事をしていたかもしれない。それは本当に、耐えられない」
「そうか、分かったよ。君が一体何者なのかが。アンチ・クライストだね?」
ヴィルベートの指摘は、他の者達も薄々勘付いていた事だった。
アンチ・クライストは、人間と悪魔が交合する事によって誕生する。その存在はあまりに希少なのだが、ひとたび悪魔の陣営に組すれば、天使の軍勢と事を構える力を持つという。歴史上、アンチ・クライストが出現した記録は全くと言っていい程残っていないのだが、恐らく人間か、それ以外の何かによって、甚大な被害が出る前に抹殺されている。
少年はヴィルベートの言葉に、深く頷いた。
「そうだよ。僕はアンチ・クライストだ。それを教えてくれたのも、先に話したハンターさ。悪魔と交合してしまった女性が、生まれた子供を養子に出した。それが僕だったらしい。ハンター達は言ったよ。力と心をコントロールする術を身に付けろと。未熟な子供の心のままでは、悪魔に付け入る隙を与えると。だから家族とも離れたうえで、自分達が匿って、鍛えてやろうと。家族と離れなければならないのは凄く悲しかったし、同時にありがたいとも思ったよ。見ず知らずの僕を、彼等は本気で助けようとしてくれたからね。でも、思ったんだ。最終的には彼等にも迷惑をかける事になるかもしれないってね。だから僕は、1人で生きる道を選んだ。この半年間世界中を旅して、悪魔の目から逃げ回りながら沢山勉強をしたよ。大学を卒業出来る程度の知識、社会規範、法律、一般常識。多分僕の年齢は、精神的には50歳の人間と同じレベルにあるだろう。しかしそれらは、アンチ・クライストの力で身に付けた、とても不自然な代物なんだよ…」
ヴィルベートは何時の間にか、少年の頭を撫でていた。彼の小さな体からは、アンチ・クライストである事の苦しみが滲み出ている。擬似的に老成した人間の精神性を手に入れた、と彼は言っていたが、心と体は密接するものだ。10歳の少年にとっては、耐え難い経験をしてきたに違いない。
ヴィルベートは出来るだけ気遣う言葉を選びつつ、彼に問い続けた。
「つまり、シルヴィアもアンチ・クライストなんだね?」
「間違いないよ」
「彼女を抑える為に、この街に来たのは何故?」
「彼女が力を使った時、遠く離れた場所に居た僕にも、彼女の事が分かったよ。アンチ・クライスト同士の共感かもしれない。僕と同じものが居ると知って驚いたし、少しばかりは嬉しかった。けれど同時に、心配だったんだ。この力は、確実に自分と周囲を不幸にするもの。だからそれを止めたいと思った。それだけだよ」
「そうかい。優しい奴だね、君は。ともかく、やらなければならない事が分かったよ。シルヴィアは人間としての表層意識と、アンチ・クライストとしての深層意識がせめぎ合う状態なんだ。ただ、少なくとも表層意識の記憶がアンチ・クライストの能力に影響を及ぼしているのは間違いない。クリスや要蔵然り、大トトロ然りね。だから表層意識の彼女に更なる自覚を促すよう、周囲の者達がシルヴィアに働きかけなければならないんだ…。ルカ、エルダ」
ヴィルベートは2人の仲間に呼びかけた。
「シルヴィアに、自分が何者かを聞かせたいと思う。それでいいね?」
「分かりました。周囲の為にもなるし、彼女自身の為にもなります」
「きっとシルヴィアさんなら受け止められますよ。前向きな人ですもの」
「そう願いたい。マリオ&ルイージ、ハンターは所詮余所者だ。彼女の傍に居てあげるんだよ?」
「分かりやした、ヴィル姐さん」
「正直何が何だか分かりませんけどね」
シルヴィアに正しい筋道を示すという方向性で纏まりつつあるこの場を、少年は複雑な面持ちで眺めていた。
自分の時にも助けてくれたハンター兄弟が手を差し伸べたが、自分はそれを結局拒否している。何が切っ掛けで暴発するか分からないアンチ・クライストの能力は、どだい人間の精神性で制御する事は不可能である。何れ、一体どのような災厄を撒き散らす事になるだろう。だから自分は、社会から離脱して単独で生きるという選択を取ったのだ。
果たして彼女は、シルヴィアは、自身の身に起こった出来事の真相を知った時、どのように反応するだろうか?
「まだ、不明な点があるよ」
気を取り直し、少年は一同に告げた。
「アンチ・クライストの力が発現する年齢が遅い。感受性豊かな子供の頃に覚醒するのが、大抵の場合らしいのだけど」
「未だに中学生並の感受性をシルヴィアさんはお持ちだと思いますよ?」
「…良いのか悪いのか、難しい話だね。僕が言いたいのは、覚醒の時期を操作された可能性があるって事だ。先にも言ったように、彼女をコントロールする何かが感じられるよ。それはとても危険な奴だと思う。それに、彼女の力は強過ぎる。今回はどうにかなったけど、その次に彼女の力を抑え込める自信が僕には無い」
「どういう事です?」
「悪魔の質が違うのかもしれない。僕の場合は、然程高位の悪魔でもなかったらしい。高位悪魔でなくとも、仕上がるアンチ・クライストの力はとても強いんだ。でも、シルヴィアさんは僕を遥かに凌駕するだろうね。彼女を生み出した悪魔が、とんでもない代物だったのかもしれないよ」
「ヴァイラ・ガレッサ」
苦々しく、ルカがその名を口にした。
「インドから来た花嫁か。そう、魔女ではないと、前にビアンキ氏が言っていましたよ。成る程、ヴァイラは魔女ではなく悪魔だったんだ」
「ヴァイラ? 聞いた事がある名前だな…。ちょっと待って」
少年が不意に声を上げ、唇を指に当てて皆に静寂を促した。その瞳は注意深く周囲を観察していたが、やがて溜息をつき、ひどく残念そうな顔で言ったものだ。
「囲まれたみたい。僕も遂に見つかってしまったよ。彼女に介入すれば、こうなる事は予測していたけどね」
その言葉を受け、一同はシルヴィアを中心に円陣を組んだ。EMF探知機を続々と取り出しながら、ハンター達は腹を括る。今迄放任されていたシルヴィアに対し、遂に干渉が始まったのだと。
<ロンド、ロンド、ロンド>
「良かった、みんな無事か!」
猛然と走り込んできた黒猫のアルベリヒが、囲みを作っていた一同の手前で急停止した。
「アリベリヒさん!」
「え、これがアルベリヒの兄ィですかい?」
「…俺も何時の間にか、兄ィ呼ばわりされるようになってしまったか」
「説明は後にしましょう。今は危急の事態ですからね」
座り込むシルヴィアを守るように陣取ったルカが、EMF探知機の示す反応に目を落としながら言った。電磁場異常の反応は一切無い。他の者達の反応も同じくだった。しかしルカは、益々眉間に皺を寄せた。
「反応が無くとも、アンチ・クライストである少年の勘は何よりも正確でしょう。何かが居るのは間違いない。そいつは固有電磁場をコントロール出来る奴です」
「強敵って事かい」
「…この姿では当然戦えないな。エルダ、頼んでおいた話をシルヴィアには?」
アルベリヒの問いに、エルダは頷いた。彼はエルダに「随意に戻れるような使い魔」という設定をシルヴィアに吹き込んでおいて貰えるよう、依頼をしていたのだ。この変化が彼女の設定によるものならば、設定の書き換えは彼女にも可能であるはずだ。受けてアルベリヒは強く念じた。戻れ、戻れ、人間の体に戻れ。
「って、戻れぬ!」
黒猫アルベリヒは目を丸くして己が体を見詰めた。
「あ、あれ? ちゃんと言っておいたのに」
「彼女の力を抑え込んでいたのは、僕だよ」
少年がしゃがみ込み、アルベリヒの頭を撫でた。
「新規の異能発生が起こらないようにね。しかし、僕でも多少は設定の書き換えが出来るよ。アルベリヒ・コルベとルカ・スカリエッティは、随意に人間の体に戻れる」
少年が言った途端、アルベリヒは元の人間の体へと一瞬で復元した。今後はアルベリヒとルカは、異形の体への行き来を自在に行なう事が出来る。
「有り難い。礼を言うよ、少年。しかし所詮は猫なのだがな」
「私なんて、デビルイヤーは地獄耳ですよ」
等々言いながらも、ルカは悪魔人間の姿を取り、じっと耳を澄ました。後ろでマリオ&ルイージが『うげあ!?』と悲鳴を上げたが気にしない。
電磁場異常を察知出来ないのであれば、音を拾うという手段がルカにはある。相手が物理的存在であってくれれば、それは存在するだけで何らかの音を発するはずだ。鼓動でもいいし、呼吸音でもいい。それすら無いような手合いでも、ルカの聴力は小さく身じろぎをする僅かな振動ですら拾う事が出来るのだ。
そしてルカは、手を挙げて指を畳み始めた。ひとつ。ふたつ。みっつ。よっつ。そしてルカは、肩を落として数える手を下げた。
「すみません。『たくさん』です」
その途端、EMF反応が彼等の周辺全域に発生した。円形状に取り囲んで来るその数は相当のものだ。
「おかしい」
ナイフを抜き放ち、アルベリヒが呟く。
「外から飛び込んだ時に、こんな包囲は見なかったぞ」
「しかし、『居る』のは間違いない」
ヴィルベートが応えた通り、それらはようやく姿を現した。と言うより、地面から這い上がって来た。アスファルトから、公園の芝生から、まるで穴から顔を出すように身を乗り出し、彼等は当然のように二の足で立った。
それらは、中国系と見える男達だ。背広を着て、髪を短く刈り上げ、如何にも黒社会然とした佇まいの男達は、奇妙な事に全員が同じ顔である。彼等は一斉に口の端を曲げ、軽い会釈をハンター達に寄越した。その人数は少なく見積もっても20人以上。寸分違わず、その挙動は一致していた。
『お初にお目に掛かる』
慇懃無礼に、男達は唱和した。
『私の名は楊元達。ガレッサの者も見受けられるな。はい、こんばんは』
「楊元達…」
その名を聞いて、ルカは息を呑んだ。
「あれは庸の元幹部ですよ。背信三氏の1人です」
既に場はゴールデンゲートパークの敷地へと移っていた。じりじりと移動するハンター達に対し、楊達は付かず離れずで包囲を維持している。露骨な戦意の表れであったが、しかし楊の声音は極めて友好的だった。それが見せ掛けでしかない事は、誰にでも分かる話だ。
『取り敢えず勘違いしないで欲しいのだが、私は戦うつもりは無い』
武器を持つ者が一斉に矛先を周囲の楊達へと向ける。
『人の話を聞く頭が無いのか? まあいい。私の願いは一つ。其処の少年をこちら側に引き渡して貰いたいのだ』
言って、全ての楊が等しく指先を少年に向けた。
『今はまだ、シルヴィア嬢に手出しするつもりは無い。戦端が開かれるまではね。しかし、その少年は別だ。何しろ規定外の存在なのだから。何、引き渡して貰えばあっさりと私は姿を消そう。お前達、別に彼とは、昨日今日会ったばかりであろう? アンチ・クライストが2人も居ては手に余るはずだ。ここは穏便に事を済ませる方策を提案するよ』
「昨日今日でも、縁は縁だ」
ヴィルベートは定めた銃口の狙いを外さずに言い返した。
「今さっき出て来た悪魔の言う事なんざ聞くものかよ。帰れボンクラ。そしてお前の上司に謝って来い。『すんません、僕、断られちゃいました』ってよ」
『やれやれ、予想通りのリアクションだな。残念だよ、本当に』
楊達は肩を竦め、各々が着々と武術の構えを取った。中国拳術だ。恐らく陳家太極拳。楊は唇を舐め、余裕綽綽の顔で言った。
『楊元達は武術も嗜んでいたらしい。私がそのまま記憶と技量を受け継いだ訳だ。遥々元の時代から伝わる太極拳の恐ろしさ、とくと味わうが』
楊はその台詞最後まで言えなかった。ヴィルベートがシュネルフォイアーを叩き込んでもんどり打たせたからだ。それをきっかけに戦いが始まった。
アルベリヒが包囲の只中へ突入し、ナイフを躍らせる。突如の強襲に何も出来ず、楊の1人が首をばっくりと開いて倒れ伏した。途端、あっという間にアルベリヒが複数に包囲される。突き出される拳と蹴りを翻ってかわし、それでもアルベリヒはその場を離脱しなかった。強力な援護を確信したからだ。
地面に複雑なラテン語の紋様が円形で出現する。悪魔を縛めるソロモンの環の発動。全く身動きが取れなくなった楊達を、アルベリヒがあっさりと斬り倒して行く。彼は小さく感謝の合図をエルダに寄越し、また敵の懐へと突進して行った。
(この繰り返しで対処出来るかも)
エルダが環を作り、動作を停止させた敵にアルベリヒが斬りかかる。シンプルだが、複数相手にはとても効果的な連携だとエルダは考えた。シルヴィアの周囲には、自分やブラザーズ・ルカを含めた結界を張り、四方からの襲来をどうにか凌いでいる。周りに取り付いた敵は、ヴィルベートが出現させた要蔵とクリスのモンスターコンビが、悉く薙ぎ払ってくれた。ヴィルベート自身も少年の傍にありながら、ソロモンの環を効果的に繰り出して楊達の進出を防いでいた。
エルダは思う。自分達は強い。驚くほどに強いと。しかしながら、それには裏返しの事実が有る事を知り、彼女は背筋を震わせた。
「何故なの」
エルダは声を裏返して危急の叫びを上げた。
「敵が弱過ぎます! 悪魔は、特殊な手段でしか倒せない相手なのに、何故こんなに脆いのですか!?」
それはこの場のハンター達全員が、薄々勘付いていた事だ。だから彼等に余裕みたいなものは無い。自分達が相手にしているのは、どういう素性のものかは分からないが、物理的な体を持ったダミーだ。でなければ銃に撃たれたり、切り裂かれたりした程度で悪魔が斃れるはずが無い。つまり本体が何処かに居る。その本体は、ダミー達とハンターを激突させ、狙いを達成しようと試みているのだ…。
ヴィルベートは血の気の引いた顔で傍らを見た。少年が居ない。ぐるりと周囲を見渡す。
「はい、お疲れ様」
居た。茂みの中に、もがく少年をの首裏を掴んだ楊元達が。あれが恐らく本体だ。ヴィルベートが怒声を発する。
「要蔵、クリス、囲め!」
2体の僕は言われるままに駆けつけ、剣尖を楊に突きつけた。が、楊は落ち着いてナイフを取り出し、少年の喉元に当てる素振りを見せる。
「おっと、動かないように。アンチ・クライストと言えども、喉を掻き切れば呼吸が出来なくなって死ぬ事になるぞ」
「少年、逃げろ!」
楊を無視し、ヴィルベートが怒鳴った。何故だ、と思う。アンチ・クライストならば、この状況を容易く離脱出来るはずだ。何故少年が、悪魔ごときにあっさりと捕まってしまったのかが分からない。次の手を打てなくなったヴィルベートに対し、少年がひどく怯えた声で答えた。
「駄目なんだ。逃げられないよ。思った事が現実にならないんだ」
「左様。思った事は現実にならない。当然だよ、君はただの子供なんだから。少なくとも私の前ではね」
カカ、と楊は嗤った。
「アンチ・クライストを相手に何も準備していないと思ったのかい。私は世界にたった2体しか存在しない、アンチ・クライスト殺し専門の悪魔さ。アンチ・アンチ・クライストってところだ。黄の奴も連れて行けと上司には言われたが、案の定私1人で十分らしい。事の次いでだ、お前達も始末しておこう」
言って、楊はぞんざいに手を振った。その挙動で、要蔵とクリス、それにヴィルベートまでもが横跳びに吹き飛んだ。その様を満足げに見下し、しかし楊は己が足元を見て顔をしかめた。何時の間にか、ソロモンの環が出現していたのだ。
「賢しい真似を。こんなもの、突破してやる」
「しばらく其処で『気をつけ』してろ」
血を吐きながら、ヴィルベートが言い捨てた。しかし楊の言う通り、あの縛めはもう少しで突破される。敵は強い。
「アルベリヒさん!」
エルダの呼びかけに、アルベリヒが応じる余裕は無い。ダミー共は未だ健在で、倒しても倒しても雲霞の如く襲い掛かってくる。エルダの援護で互角以上に立ち回れるものの、本体に仕掛ける事はどうしても出来なかった。
「まずい。このままでは王手詰みですよ」
ルカは唇を噛み、シルヴィアを横目に見た。この状況を引っ繰り返せるのは、彼女しか居ない。しかし起こせば冷酷な彼女が目覚めるかもしれないし、そもそも起こせるのかも分からない。それでもルカは、腹を括った。
シルヴィアを揺り起こそうと、手を伸ばす。が、彼女は閉目したまま彼の手を取った。驚くルカの目前で、ボソボソとシルヴィアが呟く。
「エルヴァイラは扱いが分り辛いのでパス。この2人をルカに託すわ。何か出たがっているみたいだし」
言い終え、シルヴィアの掌が滑り落ちる。同時に、ソロモンの環の外で、2体の何者かが形作られた。それは真っ白な装束を身に纏い、長い黒髪が顔全体を覆い隠す奇妙な女であった。それはホッケーのマスクを被り、片手に唸り声を上げるチェーンソーを携える男であった。1体は場の空気を震わさんばかりに吼え、もう1体は周囲の者に愛想良く手を振った。
「サダコでございまあす! 死ぬとか生きるとか最初に言い出したのはどいつだ、ブチ殺すぞ!」
「どーもこんばんは、ジェイソンです。どーもどーも」
「キャラクター違います。キャラクターが違い過ぎます」
指から肩から股関節から、ベキバキとへし折れるような音を立てつつ、サダコは髪を振り乱しながらうろうろと徘徊を開始した。ぶつくさと独り言を呟きながら。
「殺す。クッソ殺す。マジぶっ殺す」
夜道で会いたくない不審人物ナンバーワンである。
そしてサダコはぴたりと動きを止め、くるりと正面に向き直り、1人の男を指差した。
「You」
「おのれ!」
指差された楊は、どうにかソロモンの環の縛めを破壊していた。そして一心不乱に向かって来る白装束を睨みつけ、PKによる人体破壊を強くイメージする。受けてサダコは、歩む速度が若干鈍ったが、それだけだった。恐らくはこの場のハンター全員を相手にしても圧倒出来るPKが、あの馬鹿げたホラークイーンには通用しない。楊は顔を引き攣らせ、サダコはゲタゲタと哂った。
「何故通用しない!?」
「木っ端悪魔のしょぼい手品が私に通じる訳ぁ無いだろう、このタコ坊主」
「待て、この子がどうなってもいいのか!」
「さくっと殺せよ面倒くさい。殺せ殺せさあ殺せ。殺さないなら、そのナイフを自分の目玉に突き立てろ」
楊は少年の首に当てていたナイフを持ち直し、自分の右目に突き立てた。けたたましい悲鳴を上げて楊が仰け反る。その背後には何時の間にかジェイソンが回り込んでおり、チェーンソーを大きく振りかぶっていた。
一閃。楊の首が宙を舞う。ごろん、と地面に転がる楊の首は、一体何事が起きたのかさっぱり理解していない顔だった。そして切断面から黒い煙状のものが立ち上り、それはやがて光の明滅を幾つか繰り替えし、最後には霧消した。同時にダミー達も消え去り、孤軍奮闘していたアルベリヒもようやく膝をつく。戦いは、異様な形で終了したのだが、状況そのものはまるで決着していない。
「さあ、坊や。もう大丈夫だよ。おじさんがみんなの所に連れて行ってあげるからね」
言って、ジェイソンはチェーンソーの電源を切り、ガタガタ震える少年に手を差し伸べる。少年は肩を跳ね上げ、ヴィルベートの背中へと逃げ込んだ。
「おいおい坊や、もう怖い奴は居ないから心配しなくていいんだよ?」
「お前の存在自体が怖えよ」
ヴィルベートは突っ込みをジェイソンにかました後、さりげに要蔵とクリスに目配せをした。2人は頷き、サダコの前後を抑える位置を取る。対してサダコは、チッと舌を打った。
「こいつらには私の力は通用しないか。作り物の分際で面倒くせえ。いいだろう、お互い腕力オンリーで一丁勝負するか?」
「待て。待って下さい」
ルカが慌てて進み出た。思うに異形サダコと紳士ジェイソンは、自分がシルヴィアに見せたビデオによる産物だ。それをシルヴィアは自分に託した訳であるから、ヴィルベート的なマスターの立ち位置に自分は居るとルカは解釈した。となれば、この場を収められるのは自分を置いて他には居ない。
「サダコ、それにジェイソン。私の言う事を聞いて、戦いを中止して下さい」
「誰がお前の言う事を聞くか。て言うか誰だてめえ」
「は?」
呆気に取られるルカを尻目に、今度は彼に向かってサダコが突き進んで行く。
異常事態であった。まことに異常な事態であった。件の2体は、要蔵&クリスとは存在の仕方がまるで違う。言うなれば、自我を持った空想の産物だ。しかしそれは、シルヴィアの統括下に置かれた代物ではない。自ら考え、思うがままに牙を剥く、正真正銘の怪物である。それも悪魔を自力で殺してしまう程の。アンチ・アンチ・クライストを登場即死亡の憂き目にあわせてしまう程の。
サダコがルカを殺しに向かっているのは明白だったが、急展開によって対応が遅れる。が、救いの手を差し伸べたのが彼だとは誰も思わなかった。まさか、かの有名なホッケーマスクがサダコを羽交い絞めにして食い止める等とは。
「おい、離せ。くそ。離しなさいよ、あなた!」
『あなた?』
やけに間延びした、疑問の声が唱和する。
「こらっ、人様に迷惑をかけるんじゃない。折角出て来られたんだから、大人しくしなさい。すみません、皆さん。どうも私の妻は人殺し気味で」
『つま!?』
今度は仰天の声が合唱した。この2体、さっぱり意味は分からないが、夫婦設定であるらしい。
「さあ、ルカ君。消えろと念じて下さい。確かに私達は君の制御下に置かれない、アウト・オブ・コントロールな存在ではあるけれど、君はONとOFFの権利を有しているのです。もし必要と感じれば、また呼び出せばいいのですから」
「勝手に話を進めるな。い、痛い。痛い痛い痛い」
ジェイソンはサダコにチョークスリーパーを完全に極め、それでも彼女の耳元に、ぼそぼそと何かを話しかけた。それを聞いてサダコも抵抗を止め、2人はじっとシルヴィアを見詰めた。
ジェイソンの言う通りに、ルカは2人の存在をOFFにする。彼等の姿が消え失せた時、ルカはジェイソンの呟きを思い出していた。実は未だ悪魔人間の姿であったので、彼の言葉を聴覚が拾えたのだ。確かに彼は、こう言っていた。
「ごらん、まるで花のようだよ」
と。
<ガレッサBld:その雄叫びを聞く>
「起床ーっ!」
と叫んでシルヴィアは飛び起きた。と言っても前回のような昏睡状態は1日で終わり、只今は夕暮れ間近の時間である。リンゴを剥きながら、エルダが「あ」と呟いて顔を上げた。
「おはようございます、シルヴィアさん」
「いいわ、エルダちゃん。最近はH3にどっぷり浸かってしまって、お姉さん嬉しいわ。ところでちょっとお願い事があるんだけど、ハンターの皆に連絡を取ってくれる? それにルカとブラザーズも」
「それでしたら、もう皆さん集っていますから」
言って、エルダは隣に控えていた仲間達を応接室に呼び寄せた。複雑な表情で入って来た面々を前に、シルヴィアは背筋を伸ばして微笑んだ。
「面倒だから単刀直入に言いましょう。私はアンチ・クライスト。悪魔の血を引く人間。おぼろげだけど、あの少年との話は頭に残っているのよ」
絶句するハンター達に対し、シルヴィアはあくまで冷静である。普通であれば理解を拒否するか、取り乱すかといったところであるが、かような精神面において、シルヴィアは矢張り変人である。しかし此度は、それが良い方へと向いていた。
「この力は絶対に暴走させてはならない。周囲を不幸にしてしまうからね」
シルヴィアは続けた。
「その為には心を鍛える必要があるわ。それに最低限、力を行使しなければならない状況にあっても、それをコントロールする技術も獲得する。つまりは特訓よ、特訓! 実に燃えるシチュエーションだわ。みんな、お願い。私の特訓に力を貸して頂戴」
「特訓って、具体的にはどうするのですか?」
「これから考えるわ」
「ああ、やっぱり」
シルヴィアが笑い、皆も苦笑する。ともあれ、一区切りがこれで付いた。シルヴィアが自らの力を自覚し、向き合うという心を決めた事は、この状況において大きな前進である。アンチ・アンチ・クライスト、それにマルセロ・ビアンキ等、未だ解決されていない問題は山積しているのだが、良い方向に進んで行くのは間違いない。
が、久方に訪れた和やかな空気に、その声は途轍もなく痛い冷水を浴びせかけた。
『素晴らしい朝が来た!』
その声は心に響いた。脳天を貫いた。憤りと恨み骨髄の激情が、聞く者の心を散々引っ掻き回して突き抜けて行った。
「何事だ!?」
アルベリヒが反射的に銃を抜く。その声の主は、何処にも居ないというのに。彼が攻撃姿勢を取ったのは、それが敵だと判断したからだ。
「ほう、失敗か。彼奴めもさぞや驚いたのだろうな」
ビルの屋上。吹きさらしの風に身を置き、マルセロ・ビアンキはくぐもった笑い声を上げた。
応接室が騒然とする中で、シルヴィアは静かに立ち上がった。やけに冷静なその仕草に不穏なものを感じ、ルカがシルヴィアに呼びかける。
「社長、大丈夫ですか」
「…ええ、大丈夫。変な声が聞こえたわね。嫌な事が起きなければいいのだけれど。…さて、残った仕事を片付けようかしら。3時間くらい部屋に篭るから、もし話があったらその後で。またみんなで、特訓の話でもしましょうよ」
言うだけ言って、シルヴィアはさっさと応接室を後にした。その背中を見守っていたルカは、彼女が社長室に入るところを見届けてから、頭を振って見たままを皆に告げた。
「ほんの一瞬でしたけれど、彼女の目が、銀色になっていましたよ」
『…そう、彼女は自覚したんだ。それは良い事だね』
ヴィルベートは携帯で少年に連絡を取った。先の襲撃以降も、少年はこの地に留まっている。シルヴィアが力の制御に本腰を入れるとは言え、彼のアドバイスは今後も大切になるかもしれない。その意味で少年の逗留は率直に有り難かった。
しかしその旨を少年に告げると、彼は疲れ果てたような声で、ヴィルベートの考えを否定した。
『悪いけれど、僕が留まっているのはアドバイスをする為じゃない』
「どういう意味だい?」
『悪魔に目をつけられた時点で、この街から逃げるべきなんだ。でも、それが出来ない。逃げられないんだよ。力がどうしても弾かれるんだ。僕はどうやら、この街に閉じ込められてしまったらしい』
「そんな。って事は」
『また僕は狙われるだろうね。多分、何時かは彼女も』
<ジェイズ・ゲストハウス>
「今回の点で注目したいのは、シルヴィアを破壊者と設定している点だろうな」
ペンを置き、教授は頭を掻きつつグラスに手をやった。が、掴もうとした掌が空を切る。インディアンが一寸早くグラスを手に取り、ゆらゆらと揺らしていた。
「おいおい、私の思考を妨げる気かね?」
「アルコールで脳細胞が活性化するという報告は聞いた事がありませんよ…。破壊者、というニュアンスには考えさせられる面がありますね」
「その通り。これを物理的な破壊と捉えるのは即物的だ」
「創造、調和、破壊。インド神話の基本概念」
「世界の運営においても、その三者は基本概念と言えるだろう。この大きくも小さなサンフランシスコという街に、その概念を象徴するものが出現しようとしている訳だ。なるほど、何となく分かってきたぞ」
「何が、ですか?」
「リトルワールドの建設をおっ始めるつもりなのさ、奴等は」
<H3-4:終>
※なび様、appleman様 : 遅くなりましたが、イラスト等ありがとうございました。率直に感謝します。全リア掲載後、専門の掲載用ページを作成しようと考えています。
○登場PC
・アルベリヒ・コルベ : ポイントゲッター
PL名 : なび様
・ヴィルベート・ツィーメルン : ガーディアン
PL名 : 森林狸様
・エルダ・リンデンバウム : ガーディアン
PL名 : appleman様
・ルカ・スカリエッティ : マフィア(ガレッサ)
ルシファ・ライジング H3-4【ガレッサ・ファミリーと謎の少年】