<王広平の事務所>

 郭小蓮が作ってきた月餅は、油脂が少なく甘さも控えめで、口当たりが良くさっぱりとしている。プーアル飲みつつ旨い餅を齧る王如真は、甘いものがあればすこぶる機嫌が良さそうだった。

「旨い月餅ですね。中秋には早いけれど、月を見ながら食べたいですね。お店のものですか?」

「自分で作ったんです。店のは華人向けですから、ちょっと味が濃過ぎるんですよねー」

 応えながら、郭は甲斐甲斐しく茶碗にプーアルのお代わりを注いでいる。椀を受け取るクレア・サンヴァーニとジークリッドの面持ちは、しかしこの場にあって堅かった。

 今はジークリッド・フォン・ブリッツフォーゲルの呼び掛けで、『下界』再探索前のミーティングが催されている最中である。フロントマンを引き受ける彼女とクレアの表情が冴えないのは、前回の戦力よりも少しダウンした集まりだったからだ。守り手には郭が居てくれるが、前衛が1人減った。ラスティとナタリアは、ハンターズ・ポイント強襲作戦の方に向かっている。

「実際のところ、いきなり本拠地に圧力を加えるっていうのは、どうなんだろうね?」

 気を取り直し、クレアは如真に話を振った。

「あの作戦は、京大人の指示というより、盧詠進の意向が比重を占めています。早急に結果が欲しい気持ちは、分からなくもありません。これは皆さんのおかげですけど、父はそれなりに成果を挙げた訳です。父はあれが自分の成果などとは微塵も思っていませんが、他の幹部連には思うところもあるのでしょう」

「庸ともあろうものが暢気な…。ラスティあたりがセーブ役に回ってくれれば良いのだけど」

「向こうは向こう。こちらはこちら。皆よ、今は己の出来る範疇に集中しようぞ」

 ジークリッドは脇に逸れかけた話を戻し、テーブルに広げた下界の見取り図を指差した。

 前回の探索行は、早々に離反者の集団に出くわしたおかげで、然程広範囲には歩き回れなかった。それでも幾つかの重要なポイントを、限られた範囲の中でハンター達は見出している。埋め立てられていない部屋の存在、離反者達が作ったと思しき『扉』、そして敵が放ったであろう危険な怪物。

「下界を徘徊する怪物は厄介じゃ。しかしながら此度はそれへの対処は手段であって本命ではない。まずは部屋と扉の何たるかを知らねばならぬとわらわは思う」

「そうだねえ…現時点で分かっているのは、謎の扉が一か所。そして埋め立てられていない部屋がテンダーロイン地区に四か所ってとこか。実際は下界全域に、もっとあると見るべきなのよね」

 見取り図の作成者、クレアは、難しい顔で各所に指を当てた。

 庸の各支配地域に一つずつ存在する下界通行口とは別にして、例の扉は複数が作られていると彼らは見ている。敵にしか通行出来ないポイントの存在は危険だ。つまりそれは、離反者達がサンフランシスコの直下を自由に出入り出来る事を意味している。出来る限り探索の範囲を広げて、扉を洗い出さねばならない。

「敵側の扉は、何処に繋がっているのでしょうか?」

 郭の疑問に対して、ジークリッドは首を横に振った。

「分からぬ。普通に考えれば、敵の本拠地といったところであろうか」

「無尽蔵に敵が湧いて出る訳じゃないですけど、敵側が先手を取り続けるのは嫌ですよねー。そうまでして人を寄せてくるには、下界には何か大きな秘密があるんでしょうね。ところで、ハンターのお仲間さんが言っていた、少し前の複数電磁場異常なんですけどー」

「ああ、落雷やら電子機器の異常やら、斉藤殿が言っておったな」

「その辺りを集中的に見てみるのはどうでしょう? サンフランシスコがこんな事になり始めた初手の出来事ですし、意味のある結果になると思うんですよ」

「異論は無いな。しかし何処で出くわすか知らん敵に注意するのは疲れるのう。確か城殿はウェンディゴやもしれんと推測していたが、それへの対策は十分考えねば命に関わる…」

 少々沈んだジークリッドの言い方に、郭は首を傾げた。気がつけばクレアも瞼を解して溜息などをついている。

 不安を露わにして、郭は如真を見た。相変わらず旨そうに月餅などを食べているが、如真は彼女の視線を汲み、努めて明るい声を出した。

「もう少し細かい詰めをしたら、今日はもう休みましょう。多分探索行は何日も要するはずです。今日は私のおごりでチャイナタウンに繰り出しませんか?」

「わたし、一度京大人の手料理ってのを食べてみたいですー」

「威圧感がキツくて食べた気がしないと思いますよ」

 等々軽口を交わし合う郭と如真に笑顔を見せたものの、実際クレアとジークリッドは疲労が蓄積していた。分かっていた事だが、日常生活とハンターライフの両立は負担が大きい。少しアルバイトの手を緩めた方が良いかもしれないと2人は思った。

 

チャイナタウン・盧詠進の邸宅

 チャイナタウンは騒々しい店舗が軒を連ねるだけでなく、きちんと住居の一画が存在する。京大人と最高幹部の盧詠進は其処に居を構えていた。意外に小ぢんまりした京大人の家とは異なり、盧の住宅は敷地も建物も立派なものだった。

 盧は大理石作りの応接間に2人の客人を招き入れ、不必要なまでの笑みを浮かべ、彼らに相対していた。その笑顔が作りもの丸出しである事は、客人であるナタリア・クライニーとラスティ・クイーンツも重々承知している。笑顔で威圧をかけるというやり方は、盧も分かったうえでやっているのだ。こうなると仏頂面で率直な意思を見せた王広平の方が、随分親切だったと感じられる。尤も、その程度で気圧されるような感受性を、ハンターである2人は持ち合わせていない。

「王の奴から紹介は貰ったよ。待遇の悪さに辟易して、俺の方に鞍替えかね?」

 作り笑顔を張り付けたまま、盧は冗談めかした言葉を口にした。背が高く、初老の落ち着いた雰囲気に、そぐわぬ甲高い声だった。その声にはマフィアらしい凶暴性が感じられるも、ラスティは余裕をもって話を切り出した。

「さて、虚さん」

「盧だ」

 顔と違って、目は笑っていない。ちなみにラスティは徹頭徹尾「盧」を「虚」と勘違いしていた。確かに漢字は似ているが、違うのですよプレイヤーさん。

「通用しない事は分かり切っているけど、お約束だから一応言っておくわ。強襲作戦なんて無謀だからやめちゃいなさい」

「分かっているなら話は早い。誰が指図されるものか、殺すぞ、だよ。しかしながら俺も一応聞いておこう。無謀という根拠は何だい?」

「…カスパール!」

 ラスティに代わって、ナタリアが声を張り上げた。失礼にもテーブルに足を投げ、肘掛に半身をもたせながら、くだらなそうに曰く。

「それが三下悪魔の言っていた、敵のボスクラスの名前さ。四級が『様』付けで呼ぶくらいだから、多分三級以上。悪魔も三級になると、手が負えないレベルになる。何も出来ない人間が束になってかかろうが敵いやしない。そんな奴が居るかもしれない総本山に乗り込むなんざ、命が幾つあっても足りはしないよ」

「有難い注進だ。感謝に堪えないよ。して、諸君らはカスパールとやらを倒す為にこちらへ来てくれたのかい?」

「多分無理よ。ハンターがたった2人ではね」

 苦笑交じりにラスティが言った。

「それでも被害を抑え込む事は出来るわ。悪魔と交戦する際の退き時をアタシ達は心得ているの。今日は速やかに逃げ帰る為の算段を打ち合わせようと思ってね」

「随分弱気だな。ハンターともあろう者が」

「ハンターだからよ。あんまり調子こいてると、アタシ達みたいになっちゃうわよ。親しい人を殺されて、血眼でこの世ならざる者を追う無惨な立場にね」

 盧の物言いを気にも留めず、ラスティは自らの要件を切り出した。

 ハンターズ・ポイントについて分かっているのは、其処に離反者達が集結しているらしい、という事だけだ。庸の面々はある程度地理や敵の住居の見取りを抑えているだろうが、この世ならざる者が関わった時点で、それも反故になるかもしれない。つまり、ハンターズ・ポイントにおける主導権は常に離反者側が握ったまま、盧の部隊は突進する事になる。

 こうなると、何はなくとも退路の確保である。自分がどのような技術を持ち、またその技術をどのように駆使して足止めの罠を張るか、ラスティは事細かに説明した。当初は話半分の調子だった盧も、彼の言い様に注意深く耳を傾けるようになっている。此度の行ないが王への対抗心に拠っており、ハンターへの対応も冷めていた盧ではあったが、少なくとも部下の身の安全については真剣に考えているらしい。

「では、決行の日時は追って連絡しよう」

 話が一区切りつき、盧が席を立った。これからしばらくの間外出するのだという。既に顔から不自然な笑みが消えているという事は、多少なりともハンター達をあてにし始めたと解釈して良いのかもしれない。

「それまでは良かったら、この家を使い給えよ。その方が連絡し易いからな。召使にツインの客室を案内させるので、しばらく待つといい」

「…悪いけど、部屋は分けてもらえないかな」

 顔をしかめて、ナタリアが言った。

「何故だい。女同士で仲が悪いのかね?」

「声が太いのをおかしいと思わなかったのかい? これ、実は男」

「え」

 しなを作ってウィンクしてみせたラスティを、盧は頬を引き攣らせて凝視する。その顔には、初めて盧の素の表情が浮かんでいた。

 

下界行

 下界探索は日にちを分けて行なわれた。

 何しろ前回とは異なり、調査範囲が広大である。兎にも角にもクレアによるマッピングは、テンダーロインを中心として相当の見取り図を形成している。あともうひと踏ん張りで、幹部達が分割で所持する地図は意味がなくなりそうな勢いだ。こうして虱潰しに下界を調べ回り、如真を含めたハンター一行は様々な事象を発見する事が出来た。

「管轄外の扉は、各地域に一か所ずつ、計十か所か…」

 下界のトンネルで皆と共に小休止を取るクレアが、見取り図に目線を落としながら呟いた。それらは庸管轄の通用口と距離を置いているものの、庸の支配地域に一か所ずつ設えられている。EMFの性能を上げてきたジークリッドが居なければ、見落としがあったかもしれない。

「こりゃ大事だわ。やろうと思えばあらゆる場所から一斉蜂起だって可能じゃない。物理的に塞げない扉なら、何らかの呪的措置でもって封印するしかないって事か。さあどうする、王ジュニア。扉を封じる手段について、何かしっている事はない?」

「そうですねえ」

 持ち込んだドクターペッパーをニコニコ顔で飲みながら、如真は緊張感の些か欠けた声で答えた。

「実は庸が使っている下界と下水を繋ぐ通用口も、塞ぐ事は出来ないんですよ。何しろ術師がこの世に居ませんからね。敵側の扉は言わずもがな。扉は作った当人しか封印する事が出来ません。或いは、術師を上回る封印術を行使するとか」

 それを聞いたクレアは困り果て、救いを求めるように郭を見詰めた。微妙な味わいに首を傾げながらドクターペッパーを舐めていた郭は、クレアの視線を受けて軽く飛び上がり、ブンブンと首を横に振る。

「ごめんなさい、わたし、まだ駆け出しで。でも、そうなると離反者達の目的って何でしょうねー? 単に庸という組織を我が物にするというだけじゃ、ないと思うんですよね…」

「それを解く鍵が、あの膨大な数の廟と、例の二箇所にあるやもしれぬぞ」

 座り込んで一息入れていたジークリッドが、見取り図に描かれた異様な数の丸印を横から凝視した。

 まず、埋め立てられていなかった部屋には、中国式の簡素な霊廟が一つとして余さず設置されていた。その執拗さは尋常の代物ではない。これは下界を殲滅してから設置されたものらしい。詳細は如真にも、王広平ですらも分からなかった。そうなると、これについて答えられる者が居るとすれば、庸の中では唯1人である。

「京大人か…。存外あの者も、まだ腹に何か隠し持っているやもしれぬ」

 続いてジークリッドは、2つの大きな丸印に目を留めた。

 1つはミッション区域の微弱なEMF反応。通行口も扉も無いそのポイントは、一見すると単なる壁でしかなかった。しかしながら、その奥深くに何かがある事は、強化されたジークリッドのEMFが雄弁に物語っていた。郭の言っていた電磁場異常の発生ポイントには、一応の根拠があったという事らしい。

「しかし、壁を壊して穴を掘り続けて、どうなっているかを確かめるなどとはのう」

「どう考えても無理よねえ。ところで、あの微弱反応ポイントの近辺に、何があるか知ってる?」

「何じゃ?」

「ミッション・ドロレス。サンフランシスコで一番古い教会」

「へえ、そうなんですか。手を合わせておくべきでしたね」

 教会という単語を聞いて、如真が寄ってきた。そして胸元から、龍の意匠が施されたロザリオを取り出してみせる。

「何じゃ、そなたもキリスト教徒かや? しかしドラゴンとはまた」

「そしてもう1つの場所は、ここだね」

 クレアは自分達が現在留まっている場所で、天井を見上げて嘆息した。

 ここはチャイナタウンの直下である。10m近く上の地上では、今も観光客の往来や店の呼び込みでごった返しているはずだが、ここは他の下界同様、水を打ったように静かだった。

 この区域でのEMF反応は強くないものの、広い範囲に渡っている。通行口や扉以外にも、確かに何かがある。一行は腰を上げ、EMFの針とにらめっこをしながらそろそろと歩く、退屈でありながら集中しなければならない作業に戻った。

 退屈、という言葉は、事前に構えていた予測事態に似つかわしくない。実はこれだけ歩き回ったにも関わらず、件の怪物とは一度も遭遇しなかったのだ。それが偶然か作為によるものかは分からない。確実に言えるのは、庸の人間を1人殺した化け物が、必ず何処かに居るという事実だけだ。

(或いは、『扉の向こう側』に居を構えているやもしれぬ)

 ジークリッドは生唾を飲み込み、わざと歩調を緩めて如真と肩を並べた。して、声を潜めて如真に曰く。

「薄々感付いているであろう。かように事が滞りなく進むはずがない。無論負けるつもりは無いが、万が一に備えよう。いざの時は、地理の明るいそなたが他のハンターを引き連れて逃げてくれい。しんがりは、わらわが務める」

「分かりました。と言いたいところですが、自分より年下の女の子にそれを言わせて、良しと出来るほど野暮ではないんですよね」

 笑いながら、如真はジークリッドから借り受けたトンプソン機関銃をコツコツと指で叩いた。

「勝ちましょうよ、ジークリッドさん。これから先、まだ楽しい事が一杯あるんですから。ハンターが人生を謳歌してはいけない、なあんて事はないはずです」

 と、一行の足が止まった。前を歩いていた郭が、弾かれたように立ち止まったのだ。そして彼女は忙しなく足元を観察し、まるで子犬のように穴を掘り始めた。

「買ってて良かったEMF。わたしにも見つける事が出来ました!」

 じゃーん、と、郭は誇らしげに地中から出て来た蓋のようなものを披露した。

「更に地下へ続く蓋?」

「凄いじゃないさ、小蓮ちゃん。開けられるの?」

「ええっと、きつい封印がされてて無理ですー」

「駄目じゃん」

「待って下さい、蓋に彫ってある紋様は見た事があります」

 如真が蓋を覗き込み、小さく彫られた紋様を指でなぞった。

「これは京家の印ですね…!?」

 其処まで言って、如真は肩に掛けたトミーガンを手早く構えた。彼が違和感を察知すると同時に、ハンター達が所持するEMFもメータが不安定になりつつあった。クレアとジークリッドも己が兵器を構える。程なくして、声が響いた。

『おおい、誰か居ないか。返事をしてくれ』

 この下界にあって、一行以外の誰かが侵入している。予想外に近い場所からだった。

『頼む、誰か返事をしてくれ。奴から逃げてきたんだ。助けてくれ』

「嘘じゃ。皆の者、騙されるでないぞ」

「だろうねぇ。抑揚はあるけど、逃げてきた人間があんな間抜けな声を出しはしないもの」

 ジークリッドとクレアが頷き合う。事前に予測していたこの世ならざる者。あれはウェンディゴだ。人の声を模し、狡猾な手段を使う森のマンハンター。それが地下世界に現れた。意思がこもっているのか判別し難い声で、ウェンディゴが言う。

『そこに居るのは分かっているんだ。今から行くから、待っててくれ』

 

ハンターズ・ポイント

 市外中心から大きく外れた南東の港湾部は、比較的治安の良いフリスコにあって、数少ない危険な地域の一つである。この地区は港湾部に林立する倉庫街と、内陸寄りの住宅街で構成されており、実は治安が悪いのは住宅街の方である。ここには華やかな市街から爪弾きにされたギャングの類が住んでおり、この地区を統括役であった孫明も居を構えていた。

 楊元達・黄迅両氏による初回の介入が失敗に終わって以降、庸は現地の状況がほとんど把握出来ていない。しかしながら密輸業は庸にとって重大な収益源である。京の方針で年々みかじめ料の取立てを減らしている組織としては、これを何時までも滞らせる訳にはいかない。前回のハンターを加えた地下捜索で、市街直下の下界に敵が本拠を築いている形跡は無かった。となれば、矢張り敵の根城はハンターズ・ポイントと判断出来る。今一度この地域の支配権を正常化させるのが、今作戦の主たる目的の一つであり、決して盧詠進は先走って行動している訳ではない。

 当然ながら、初手は孫の邸宅の調査から始まった。が、ここはハズレである。敷地内を勝手にたむろするギャングを叩き出すところから始まった調査は、つまりこの邸宅に誰も住んでいない事を意味している。家の中はもぬけの空で、家電の類は一通り略奪されていた。ギャングの1人を締め上げて吐かせたところ、ここ二ヶ月庸の人間は誰も立ち寄っていないらしい。おかげで近辺の荒くれ共がやりたい放題を出来たのだ、とも。

 こうなると、次に向かわねばならない場所は自ずと分かる。孫の仕事場、倉庫街。其処が盧にとって、当初からの本命だった。

 

 総勢30人近くからなる盧の部隊が、車列を組んで倉庫街に向かう。頃合は深夜、人気無し。警邏する警備員は事前に手を打ってルートを外させており、つまり荒事が起こっても誰にも邪魔はされない。盧は今晩の内にかたを付けるつもりなのだ。

 ナタリアとラスティは、盧の配下が運転するアストラの後部座席に居る。その配下は盧春香と名乗った。盧に拾われた義理の娘で、所謂各氏精鋭の1人であるという。

「パパには恩義があるんですよ。あのままオークランドに居たら、何れ麻薬中毒の売春婦になっていました。野蛮でちょっと残忍なところもあるけれど、普段はストイックで親切な人でしてね。そういうところは王と似ているところがありますね」

 聞かれもしないのに、春香はよくしゃべる女だった。適当に相槌を打つナタリアを、春香は猫のように細めた目でもって、バックミラー越しに眺めた。

「前は王のところに居たのでしょう? だったら、如真は元気にしてました?」

「同じ組織のあんたの方が知っているだろうに」

「中々顔を合わせる機会がありませんでしてね」

「ま、元気は元気さ。年も二十歳を越えている割に、朗らかでガキっぽいけど。銃の扱いは図抜けていた。そいつは認める」

「ふうん。やっぱりそうなんだ。割と最近までは戦闘ロボットみたいな奴だったのに、何があったんだろ」

 車列が目的地に近付いたので、春香は其処で話題を止めてハンドルを右に切った。

 庸のダミー会社が所有する倉庫は、飽く迄仮置き場でしかない。仕入れた密輸品はほんの一時倉庫に運び込まれた後、速やかに各所へと拡散される。つまり中は、常にがらんどうの空間だった。確かに倉庫はスペースが有り余っているが、背信三氏の配下全員が其処で寝泊りをしている等という事もないだろう。それでも盧の一党は車から降りると、来るべき戦闘に備えて続々と銃火器をトランクから取り出した。

「ボス自ら出向くのかい?」

 ナタリアは散弾銃を包みから露出させ、作動を確認しつつ盧に問うた。

「命令を下す者が前線に出向くのが庸の流儀だ。と言いたいとこだが、実際に前へ出たがるのは幹部連中でも一部でしかないな」

「ま、注意するに越した事は無いよ。懐のベレッタは悪魔に通用しない」

「ならば、そちらさんの散弾銃は悪魔を倒せるとでも言うのかい?」

「倒せはしないが、打撃を通せるはず、なんだけどね…」

 ナタリアの散弾銃は、銀の散弾が放てるように一時的な強化がされている。銀は満遍なくこの世ならざる者に効く聖なる物質だ。しかしながらゲストハウスで強化を終えた愛用の散弾銃は、見たところ以前と比べて何の変哲も無かった。ジェイコブ・ニールセン曰く、使う段になって真価が発揮されるとの事だったが、果てしなく心配である。高い金を払って強化を施したのだから、いざ使えないとなればゲストハウスの主に殴り込もうと、ナタリアは心に誓った。尤も、使えないと判明した状況下では、既に死んでいるかもしれないが。

 倉庫のカードキーは庸本部がマスターを所持している。滞りなくロックを解除し、盧一党が扉の左右に回った。ナタリアとラスティも一党の背後につく。鉄製の扉が、ゆっくりと軋み音を上げながら開かれて行く。

 中は漆黒。懐中電灯による光の筋が幾つも這い回り、数名が照明電源に向けて足音も立てずに走った。程なくして倉庫の照明が全灯する。広々とした殺風景な空間が、その全容を現した。

「ま、何も無い訳がないんだけどねー」

 ラスティが既にスイッチを入れている手元のEMFをナタリアに見せた。EMFのメータが反応を示している。扇を広げるように周囲を警戒する盧一党を他所に、ラスティとナタリアはEMFをかざしたまま、そろそろと歩を進めた。そして一際反応が大きい地点に立ち止まる。

 真下だ。ラスティは板張りの床をこつこつと叩き、敷板が取り外せる事に気が付いた。何時の間にか、盧と配下達が2人の周囲を取り囲んでいる。

「そんな偽装があったとはな」

 感心したように盧が呟く。

「庸は倉庫地下など作っていないぞ」

「怪しさ大爆発じゃない?」

 ラスティは鼻歌交じりに、敷板の下に隠された鉄製の扉を開いた。かなり深くまで梯子が掛けられており、底には地表が見えている。

「撤退路を作んなきゃね。お先に」

 前回の如く、ラスティは軽快な動作で階段を下りた。市街地下の下界とは異なり不自然な光源はなく、光の届かぬこの場所は当然のように暗闇だった。懐中電灯を点け、一直線に延びる地下道をラスティが歩く。

 如何にも突貫で掘り抜いたその道は、剥き出しの土から冷気を発しているようで、夏も間近だというのに冬のように寒い。EMFのメータは相変わらず振れているが、一定のところを保ったままで安定している。後ろからぞろぞろと人が降りてくる気配以外、ラスティは何も感じられなかった。

「何の為に掘ったのか、訳が分かんないわね」

 数十mも歩き、一向に変化が無い風景を見飽き、ラスティが溜息をついたところで「それ」は出現した。

 その直後、ラスティは下界に居た。

 否、フリスコ直下の殺風景な下界ではない。光源不明の明かりの下で、広々とした地下道は店が軒を連ね、活気溢れる呼び込みでざわめいている。人の往来は相当なもので、さすがにチャイナタウンの通り程ではないものの、雑多で猥雑で、生気があった。それは実に異常な事だ。

「やばい」

 呆然とラスティが呟いた。2人のハンターと盧の一党は、理解不能な力を持つ敵勢力の、真っ只中に侵入してしまったのだ。

 

対ウェンディゴ戦

『そこに居るのは分かっているんだ。今から行くから、待っててくれ』

 それを聞いて、郭は逃げ道を探すべくキョロキョロと周囲を見渡した。しかしクレアは郭の肩に手を置き、首を横に振った。

「もう捕捉されてるよ。さっきのはブラフ。こちらをわざと逃がして、袋小路に追い込むのよ。この辺りの構造を見りゃ分かるって」

 この場の全員が、下界と下水道を繋ぐ通行票を持っている。しかしここから一番近いチャイナタウン地区の通行口は、少しばかり距離がある。ウェンディゴはかなり近くに居り、あの体躯から繰り出す走力は人間の比ではない。下手に動いて追いつかれるのであれば、準備万端で迎撃する方が得策である。

 符呪師の郭が札を通路の両サイド、一行の前後に貼り付けて行く。ある程度ウェンディゴの突進を抑えられる事は、前回の事例で実証済みである。呼応して、ジークリッドの剣、クレアのショットガン、そして如真のトミーガンが生物的な熱を帯び始めた。彼らの武具は一通り強化が為されている。敵の接近を受けて、その力が真価を発揮し始めたのだ。特にクレアのそれは銀化を施した散弾銃だった。彼らの攻撃力は前回の比ではない。戦える、とその場の誰もが思う。しかしウェンディゴは、その勢いに冷や水を浴びせるような攻撃を仕掛けてきた。

 郭の頬のすぐ側を、何かが掠め飛んで行った。驚いて尻餅をついた彼女の真上を、また何かが高速で抜けて行く。

「石じゃ!」

 ジークリッドが咄嗟に剣を盾とし、直撃してきたこぶし大の石を弾いた。人外の腕力が投擲する石には、桁外れの運動エネルギーがある。その一発でジークリッドの二の腕が痺れた。

 見れば遥か先の曲がり角から、大柄な物体が身を隠しつつサイドスローで石を投げている。前回、郭の結界に阻まれた失敗を踏まえ、ウェンディゴなりの対抗策を取ってきたという事だろう。

「セコさ満点」

「しかし効果的です」

 舌を出すクレアに、投石を捩って避けつつ如真が言った。これでは郭の結界が役に立ってくれない。素っ飛んでくる石を避けるにも限界がある。こうなると選択肢は2つだった。退くか、前進するか。

「退いても結界を避けて迂回路を取ってくるであろう。ならばウェンディゴの思惑に乗るぞ!」

 ジークリッドが長大な剣を肩に担ぎ、その両脇に銃を構えたクレアと如真が配置する。結界の範囲を越え、彼らは前進を開始した。

「うう。あんなのと格闘戦になるなんて」

 一番後ろを恐々とついて来る郭が、出来損なった類人猿のような化け物の姿を思い出し、ぶるりと身を震わせる。

 何時の間にか石の投擲が止んでいた。通路の角で、ウェンディゴは息を潜めているはずだ。構わず進軍してきたハンター達に対し、警戒する向きもあるのだろう。しかしウェンディゴ側にとっても、退くか正面衝突かの何れかしか手段が無い。そして、ウェンディゴには退却する理由が全く無い。

 残り5m。ウェンディゴにとってはゼロに等しい間合いで、その異形の怪物はハンター目掛けて踊りかかってきた。が、始めの第一歩で複数の閃光と電子ホイッスルの大音量が、ウェンディゴの突貫を遮った。ジークリッドが用意したフラッシュ付き防犯ブザーはウェンディゴを多少怯ませる程度の効果しかないが、それでもハンター達にとり、貴重な間を作り出す事に成功した。

 頭にショットガンの直撃を貰い、腹部に銃弾が怒涛の如く叩き込まれる。本来ならばその程度でどうにかなるウェンディゴではないが、呪的に強化された弾も伊達ではない。ウェンディゴが盛大な悲鳴を上げる。4m超の巨体がもんどり打つ。すぐさま態勢を立て直すも、とどめに欺瞞煙幕が投げ込まれた。この世ならざる者の方向感覚を破壊するその煙幕は、ウェンディゴを益々混乱させる。

(圧せる!)

 心中で快哉し、ジークリッドは一気に間を詰めた。遠心力と共に振り切った剣の刃が、ウェンディゴの太股に深々と食い込む。怒りの咆哮と合わせて出鱈目に振り回される腕を、ジークリッドは体を沈ませて避け、横に回りこんだ。間隙を縫って散弾と.45ACP弾が雨嵐と降り注ぎ、立て続けて刃が膝裏を抉る。たまらずウェンディゴは、片膝をついた。

 ジークリッドのプランは功を奏している。先手を取って攻め倒し、足を狙って行動を阻害する。然る後に胸を割って心臓を抉り、火を放つ。三度目の砲火をまともに浴びるウェンディゴを仰向けに転がすべく、ジークリッドは逆に回って健常の片足を潰さんと、長剣を構えて薙ぎ払った。

 が、ここでプランが狂った。

 渾身の払いがウェンディゴに片手で止められる。万全ならば振り抜ける胆力が、疲労からか今この場では発揮出来ない。体勢を崩したジークリッドが、剣を伝って手繰り寄ってきた巨大な手に胸倉を掴まれた。彼女の軽い体重は、ウェンディゴにとって綿に等しい。高々と体を持ち上げられ、ジークリッドは反対側の壁に投げ飛ばされた。

 それは瞬く間の出来事で、ジークリッドは我が身に何が起こったのか分からない。ただ、宙を舞う僅かな間、この勢いで壁に叩きつけられれば即死するのだと気付く。自分が間違いなく死ぬと確信する恐怖を、何しろ一瞬であったのでジークリッドは感じずに済んだ。しかし激突した際の衝撃は意外に柔らかく、ミシミシと何かを押し潰す感触と共に、彼女の体はバウンドして地面に転がった。

 死んでいない。と、理解したと同時に、生暖かい液体を頭から盛大に浴びせられる。どろどろした大量の血だった。真っ赤に染まった顔で背後を顧みる。激突寸前で間に入った如真が、口から血の泡を吐いて力なく項垂れる様を見る。へし折れた胸骨が肺や内臓をズタズタにし、だからこれ程の吐血をしているのだと、何故か頭の一部が冷静に判断する。郭が飛び込んで如真の肩を揺すり、涙目で何事かを叫ぶ光景が非現実的に思える。

「ジークリッド!」

 怒鳴り声と共にクレアが割って入り、ショットガンの猛射を容赦なく浴びせ続ける。対してウェンディゴは、遂に後ろへ向けて倒れた。

「殺してしまえ!」

 クレアの叱咤に、ジークリッドの肉体が反応した。剣を取り直し、軽くステップを踏んで跳躍。全体重を乗せ、ウェンディゴの胸に剣尖を捩じ入れ、その巨体を地面に縫いつける。暴れ狂うウェンディゴにしがみつき、ジークリッドは左胸を予備のナイフで深く割り、高濃度アルコールを露出した心臓に流し、点火したジッポーを傷口に押し込んだ。

 ゆらりと立ち上がった炎は、ウェンディゴの心臓をじわじわと焼いた。それはウェンディゴにとって、地獄の苦しみなのだろう。泣き叫びながらのた打ち回る様は、たとえ人外の怪物とは言え、二目と見られるものではない。それでもジークリッドは興味なく立ち上がり、やがて動かなくなるウェンディゴに背を向けて、如真の姿を捜し求めた。

 あれでは間違いなく即死していると頭で分かっていても、その死に様から目を逸らすのは余りにも無礼だと彼女は思った。だが、ジークリッドが認めた如真の姿は、想像していたものとは全く異なっていた。

 半ば腰砕けになった郭が見上げるその脇で、如真は軽く咳払いをしながらも両の足で立っていた。して、如真はロザリオを取り出し、微笑みながら接吻などをしている。

「馬鹿な」

 クレアが驚きの声を上げ、立ち尽くすジークリッドの隣を抜けて如真の肩を掴んだ。

「そんな馬鹿な。何故死なない。内臓が破裂していてもおかしくないくらい血を吐いたのよ!?」

「大丈夫ですよ、クレアさん。きっと神様が僕をお見捨てにならなかったのでしょう」

 如真の顔は、血で汚れていても太陽のように明るい。その明るさに気圧され、クレアは一歩身を退いた。

 

真下界

「ちょっとあんた、何やってんのさ。つうかどういう格好をしているんだい」

「何って、撤収の為の仕掛けを色々とよ。それにこの格好はキャッ○アイのレオタード。あらやだアンタ、キャ○ツアイを知らないとでも?」

「知らねえわよトンチキ。どうでもいいけど、もっと上手く股間を隠せ。それかいっその事切っちまえ」

 防御力皆無なレオタード姿のラスティに、ナタリアは悪態をついてそっぽを向いた。

 突如出現した下界の街並みという非現実極まる状況を前にして、『健やかな撤収』で意思を固めるラスティのようには、ナタリアは落ち着いてはいなかった。とは言っても、盧一党の狼狽振りに比べれば随分とましな方である。彼ら、マフィアも普通の人間ではないが、日常をここまで逸脱した出来事に遭遇したのは初めてだろう。

 得体の知れない下界の住人達は、確かに存在していた。しかし、存在しているだけだった。彼らは自分達の存在に全く気がついていないかのように振舞い、彼らなりの日常生活に勤しんでいる。威勢良く物を売り買いし、酒を飲みながら地べたに座り込み、ちょっとした事で罵り合いを開始する、ありきたりな日常の暮らしを。

「下手に物に触れるな。奴等にしゃべりかけるな。この状況に干渉するんじゃないぞ」

 盧は強張った顔で腕を組んで、部下にそう命令した。懸命だとナタリアは思う。最早自分達は敵の掌中にあるのだ。この状況に下手な介入はしない方が良い。しかし、その微妙なバランスは、予想外の所から崩壊した。

「楊の部下だ!」

 見知った顔の下界住民の1人に、配下の者が拳銃を向けた。よせ、と張り上げた盧の制止は間に合わない。配下が発した下界住民への怒号によって、この場の空気が一変する。

 喜怒哀楽の一切が消えた顔を、下界住民達が一斉に向けてきた。それと同時に建ち並ぶ商店、大半の住人達が一瞬にして消失する。残ったのはハンターと盧一党、それに十人弱の背信三氏の部下達。

 僅かな間を置いて、盧一党の銃火器が怒涛の如く火を噴いた。ナタリアは曲がり角に身を隠し、既にラスティも気配を消している。この時点での戦いは、彼らにとって庸と離反者の争いでしかない。あくまで狙いはその裏に潜む者。悪魔だ。そしてそれは、予想通りにやって来た。

 一歩遅れて銃を抜いた離反者が、続々と盧一党に撃ち倒される。戦いは一方的な顛末を迎えるかと思われたが、盧の部下の1人が何の前触れも無く胸を押さえ、もがきながら斃れ伏すに至り、形勢は変わった。

 皆殺しにされた離反者達の後方から、2人の悪魔が盧一党を指差しつつ、ゆっくりと歩いてくる。下級の悪魔だ。事前に悪魔の恐ろしさをラスティが説いていたのが功を奏し、盧は即座に撤収の号令をかけた。潮が引くように離脱を開始する途上、何人かの心臓が悪魔によって停止させられ、盧の部隊は5人を失なう。悪魔の方はそれで済ませるつもりは無い。からからと笑いながら、2人は角を曲がってきた。が、轟音と共に悪魔の1人が5m程後方へ吹き飛ばされた。

 仰向けの態勢で待ち構えていたナタリアが、起き上がって残る1人にも散弾を見舞う。悪魔の体を地面に叩きつける。銀の強化が施された散弾は、このクラスの悪魔ならば致命傷にならずとも、過大な打撃を与え得るらしい。胆力を損なう聖なる物質を体に捩じ込まれ、2人の悪魔はよろめきつつ後退する。その間にもナタリアは異能を使う暇を与えぬよう、絶え間なくショットガンの引き金を絞り、悪魔達を追い込んで行く。そして狙い通り、悪魔達は罠にかかった。

 2人の悪魔は無形の壁にぶつかって、それ以上下がれないのだと知る。それどころか前進も、左右への離脱も出来ない。ナタリアはラスティが形成したソロモンの環に、彼らを追い込む事に成功したのだ。

「1つ聞きたいのだけど」

 銃を肩に掛け、聖書を取り出し、ナタリアは軽い調子で悪魔達に話しかけた。その頃には隠れていたラスティも、聖書を片手に前へ出て来た。悪魔祓いの執行が開始される。

「カスパールって奴は何処に居るんだい?」

「アバズレめが。娼婦の腐った(以下省略)」

「ああ、そう」

 ハンター達は尋問に手間をかけるつもりは無かった。即座にラテン語の唱和を開始。2人がかりの執行は早口で行なわれ、速やかに悪魔の口から黒い煙が吐き出される。彼らはその間にも何か言っていたが、聞く耳は持たない。のた打ち回りながら悪魔達は悶え苦しみ、やがて黒い煙を吐き切ると、その体はピクリとも動かなくなる。安堵してナタリアは地面に目を落とした。散弾が致命傷となって横たわる2人の死体。ラスティの望ましくない下半身。そして目の端に移る、ダークブラウンのスカートと赤い靴。

「カスパール様の事を知りたいの?」

 咄嗟にハンター達は横っ飛びに避けた。中華系ではないアングロサクソンの、ブルネットの髪の女が何時の間にか立っていた。酷薄な顔をした、眼球全体が真っ赤に染まった女が。

Xclassis…」

「本来、木っ端ハンター如きが会える御方ではないのだけど、カスパール様はハンターと話をしてみたいと仰っているわ。話をしたら、無事に帰ってもらうそうよ」

 言って、女は複雑な紋様が掘り込まれたブロンズのメダルを2人に渡した。

「この先に『パレス』がある。カスパール様は其処で居を構えてらっしゃるわ。メダルはパレスに入る為の鍵よ。その気があるならいらっしゃいな。尤も、妙な事を考えては駄目。もしも話以外の事をしようものなら」

 女の言葉が、彼女の首に巻きついてきた鉄糸によって遮られた。音も無く悪魔の傍らに滑り込んできた盧春香が、鉄糸の両端を握り締めたまま、己が腕を交差させる。

「獲った!」

「やめなさい!」

 ラスティの静止と同時に、春香が鉄糸を満身の力で引き絞る。ごとり、と音を立てて首が落ちた。しかし悪魔ではなく、春香の首が。

dust to dust」

 喉元を擦って、女が転がった春香の首を踏みつける。と、女の体がもんどり打って弾き飛ばされた。ナタリアのショットガンが、至近距離から火を噴いたのだ。このクラスの悪魔と言えど、銀の散弾は必ず打撃が通る。

「この馬鹿者が」

 跳ね起きようとする悪魔に、今度はラスティが聖水入りの瓶を投げた。瓶は悪魔の頭に激突し、粉砕して聖水を彼女の目に流し込む。悲鳴を上げて目元を押さえる彼女に、今度は欺瞞煙幕が投げ込まれた。その場を走り去るハンターの気配を察し、それでも悪魔は前後不覚のまま2人の姿を見失った。

「畜生、殺してやる! 八つ裂きにして目玉を引きずり出してやる!」

 獣のような怒声で喚き散らしていた女が、その狂乱をピタリと止めた。すぐさま片膝を付き、頭を垂れる。

「はい。申し訳ありませんでした、カスパール様。自重致します」

 

 盧詠進は、此度の作戦で6人の部下を失った。内1人は義理とは言え彼の娘である。盧の落胆は深い。

 しかしながら、盧もハンターとの協調路線に賛同する1人となった。都合最高幹部3人中2人が親ハンター派である。庸内部に大きく影響を波及するのは必至だ。

 事態への対処が、主導権を庸からハンターに移す。今はその分岐点である。

 

 

<H2-2:終>

 

 

○登場PC

・クレア・サンヴァーニ : ポイントゲッター

 PL名 : Yokoyama様

・郭小蓮(クオ・シャオリェン) : ガーディアン

 PL名 : わんわん2号様

・ラスティ・クイーンツ : スカウター

 PL名 : イトシン様

・ナタリア・クライニー : ポイントゲッター

 PL名 : 白都様

・ジークリッド・フォン・ブリッツフォーゲル : ポイントゲッター

 PL名 : Lindy様

 

 

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ルシファ・ライジング H2-2【修羅】