<カウボーイとインディアン・2>
サンフランシスコのジェイズ・ゲストハウスに訪れた異邦人の2人組、自称「博士」と「インディアン」は、改めてハンター達の面前に立った。彼等はこの街で頻発する複数の怪異に向き合う者達の中から、博士の希望によって呼ばれた面々である。
耳打ちしながら首を傾げ、酒場のテーブルに座るハンター達を前に、博士は礼儀正しく一礼し、話を切り出した。
「ごきげんよう、ハンター諸君。この街で発生する幾つかの奇妙な事件は、ようやく一つの流れへと収束しようとしている。それは実地で対処する皆々方の実感でもあるはずだ。私達はそれを見極め、出来れば対処策を講じる為にこの街へとやって来た。それでは自己紹介をしよう。私はヘンリー・ジョーンズ。こちらは長年の友人、ブラウン・ファレル。オーロネ族のメディスンマンだった男だ。実は私達は、公的には死亡の扱いになっている。この世界の裏街道を歩く為にね。各所で色々と頼まれ事を引き受ける身空だが、此度の雇い主はバチカンのベネディクト16世法王猊下だ。」
一斉にどよめきの声が上がった。つまりこの2人は、ローマ法王直々の命によって派遣されてきた、という事だ。その場の声と声は、しかし速やかに静まった。彼がこれから言わんとする内容の全てが、自分達の今後の活動に極めて重要な意味を持つと判断したからだ。博士は頷き、話を続けた。
「私がこの街の怪異に関わったのは1971年、アルカトラズ島で吸血鬼の真祖の再封印に立ち会ったのが最初になる。あの封印はその場を凌ぐ為のものでしかなかった訳だが、根本的な解決策を彼と模索する途上で、バチカンが推し進める黙示録阻止活動に合流する事となった。天使筆頭と魔王の思惑を砕く為に」
「バチカンが、魔王はともかく天使を阻む為に動いているのですか?」
「バチカンは既に知っていたよ。天使の上位階級が、人とその住まう世界に何らの配慮を持っていないのだと。彼等の頭に有るのは、予定されていた最終戦争を、決定事項として遂行する事のみだ。ただ天使の中にも、人の文化と社会の崩落を良しとしない、心ある者が居る。バチカンは現在彼等の庇護下にあるのだが、何分ルシファの攻勢は強力でね。既に知っている者も居るだろうが、我々人間にとって上位世界と呼べるエリアは完全に掌握されてしまったよ。ルシファの動きに関しては、現在バチカンは静観の立場だ。彼が地上に最大の力をもって顕現するか否かについては、『例の兄弟』に全てが託されている状況であるからな」
「バチカンは彼等を助けられないのか?」
「助けられない。信じ難いかもしれないが、今やルシファに対抗出来るのは、彼等の心の力を置いて他に無いのだよ。ルシファの器となった者が、心を飲み込まれるか、否か」
「屈服したら、どうなるんです?」
「ミカエル陣営対ルシファ陣営の全面戦争に、我々人間も参入する事になる。ま、最悪のシナリオになるであろう。そして其処に、もう一つの勢力が勃興しつつあるという訳だ。天使の託宣を受け、法王猊下はサンフランシスコの不穏なものの調査を我々に依頼されたのだ。一通りの状況を確認し、我々は一つの結論に至った。この街の黒幕の狙いは、秩序の再構築にある」
楽園創生。カスパールが標榜する言葉を、ハンターの中にも知る者が居る。ジョーンズ博士の台詞は、その言葉との強い類似性が感じられる。
「彼等は天使や悪魔に味方しない。ましてや人間の味方ですらない。秩序を再構築し、人間、天使、悪魔、この世ならざる者達が渾然一体となった新世界を作るのが狙いだ。圧倒的に支配された、自由意志の存在が許されない、心の監獄のような世界を。そいつは今なら防ぐ事が出来る。だから我々はサンフランシスコに派遣されたのだよ」
それから博士は、集められた1人1人と意見交換する場を設けた。これから大きく変動する事態の推移を前にして、今一度実地を経験する者との対話を博士は欲したのである。
<郭小蓮との対話(H7より)>
「まさかバチカンには、特務第13課があったりするのですかー?」
「いや、そういう部署は無いが、聖職者から選抜された実戦部隊は存在するよ。尤も、その構成人数はバチカン市国同様心許ない。2005年に法王の勅令でアメリカの悪魔祓い師に召集をかけた事があった程だ。さて、小蓮君。君は吸血鬼の真祖の再封印という、近年稀に見る大役を担ったチームに所属した。そのインパクトは先頃のリリス抹殺にも劣らぬであろう。それを踏まえ、再封印が及ぼした影響について、共に考察をしてみたい」
「どうしてわたしなんですか?」
「君が様々な考えを巡らせている点に着目した。ブレインストーミング方式でその中からアイデアを拾い出すのも意義があると思ったのだ。しかし老婆心であるが、考え方はもう少し纏めた方が宜しい。さもなくば重要なポイントを確実に見落としてしまうからね。さて、真祖の完全復活を先延ばしにしたという結果には、決定的な利点がある。何か分かるかね?」
「確か、カスパールが『順番が狂った』というような事を言っていたと思いますが…。つまり、予定が狂ったって事ですか?」
「左様、予定が狂った。この街には『調和』『破壊』『創造』と、象徴的な三者の強力な何かが存在している。真祖は『調和』を自負しておる」
「冗談みたいな話ですよねー。一回遭ってしまっただけですが、真祖は性格も行動も暴力の塊ですよー」
「そんな暴力魔王が調和ときた。つまり言葉尻からイメージする調和ではない。それはアンチ・クライストが担う『破壊』にも通じているだろう。しかしながら『創造』は、真の意味での創造かもしれない。何しろ新世界の創生を企図しているらしいからな」
「サマエル、ですか?」
「そうだ。サマエルについては、君の危険とする考えは極めて正しい」
「サマエルとは何なのでしょう? 天使でもあり、悪魔でもある。人間による解釈が様々にあって、どれと特定する事が出来ません。ただ、シュメール語でsamが毒を意味しますから、何て言うか、毒の天使? 悪魔の毒々天使?」
「どっちだよ、という話だな。その話の通り、彼は極上の滋味を有する毒の塊であろう。こうして三者が出揃い、順繰りに事を為そうというのが『創造』の腹だったのだと私は考える。その口火を切るのは『調和』であった。何しろ人間に対し、奴は極めて重大な影響をもたらす行動を取れる。『調和』による速やかな秩序の構築。そして『破壊』による秩序への挑戦。それら全てを出来レースとしてコントロールする『創造』。その予定が、大幅に狂った。つまり突け入る隙が出来た、という訳だ。この意義は私達にとってあまりにも大きいぞ」
「でも、このままだと何れ思惑通りにはなるんですよね? サンフランシスコという街が、望まれない新世界の舞台になってしまう」
「ああ。対抗せねばならんよ。ところで君は、何か決定的な戦力になるものを探したいと考えていたな?」
「はい、魔道書とか聖遺物とか、何かそんな感じのビックリ仰天アイテムとか。都合良過ぎでしょうか?」
「いいや。実は私もそれを考えている。話の〆に、それについて打ち明けよう。興味があるならば、私と行動を共にするのも面白いやもしれんぞ? 尤も、その際は『下界戦争』に関与出来なくなるのだが…」
<ナタリア・クライニーとの対話(H2より)>
「よく分からないんだけどね。私は悪魔を滅ぼす事しか眼中に無い。つまり何を言いたいかと言えば、有意義な話なんざ出来ないってこった」
「いや、それでいいのだよ。君が活躍する場には、極めてシンプルな目的がある。カスパールを初めとする悪魔を討ち滅ぼす。可能ならば、その背後に控えるカスパールにとっての神、『創造』とも戦う。この行動方針は全く間違っていない」
「…で、あんたもさあ、その手段が間違っているとか言いたい訳? 超能力覚醒剤を飲んだ私がさ」
「ま、私が君の立場ならば、薬の成分分析を試みてみたいものだよ。だが、私はゲストハウスの主とは違うのでね。私が君を興味深いと思うのは、君には極めて人間味があるからだ」
「はあ? 何だって?」
「君は壁を乗り越えるにも貪欲だ。それは苦闘を繰り返した人間の歴史に通じるじゃないか。だが、恐らくあの薬によって、最終的に君は悪魔と同じ魂を持つ事となろう。それは捨て置けない。私は、君には助かるチャンスが必要だと思う」
「あるのかい、そんなものが」
「考え中だが、ちょっと試してみたい事があるのだ。これ以上は耐え切れないという所まで来たら、私の所に来給え。具体的にはH1選択肢を選ぶのだ。もう一つ注意が必要であるのは、君は絶対にメルキオールの前に出てはならない」
「…メルキオール。災厄を地下で抑え続ける天使か」
「封印を解除して顕現する可能性は非常に高いと私は見る。その際メルキオールは、悪魔と戦う為に大きな力となってくれるであろう。そう、悪魔と戦う為にね。だから悪魔同様の力を着々と蓄えつつある君の存在を、天使メルキオールは間違いなく許さない。彼もまた、恐らく天使の権化だ」
「一つ聞きたい。私達は地下の封印を継続させる為に血を流してきた。メルキオールの顕現は、それを放棄する事になるんだけど」
「取捨選択も極まれりだな。だが、次こそはカスパールも本気だ。本気のあれは恐ろしいぞ。今の時点でハンター達が対抗するのは難しい、というのが私の予想だ。災厄の覚醒については、まだ戦うチャンスがあると私は思う」
「それはどういう根拠で?」
「奴の覚醒もまた、真祖同様完璧にはならないと私は思う。詳しくは<真赤誓との対話(H4より)>を御覧下さい」
<ルカ・スカリエッティとの対話(H3より)>
「こうして公私共々、シルヴィア・ガレッサに一番近しいルカ君に来て頂いたには、2つの理由がある。まず一つ目。彼女に対する印象を今一度お聞かせ願いたい」
「そう改めて聞かれると、正直難しいというのが答えになってしまいますね。もう少し彼女の人となりを分かっているつもりだったのですが、彼女とは意思疎通を成立させているように思えても、よく考えてみると本質的な部分で互いの理解が乏しい」
「実は私も彼女の語り口調をこっそり観察してみた事があるのだ。まあ、実に面白い言葉の使い方をするとは思ったな。だが、私はあの突拍子もない言動こそが、彼女の正体を表現しているように感じるよ。彼女の精神は、既に人間のそれから大きく乖離している」
「人間から乖離? それは大袈裟な言い回しだと思うのですが」
「彼女がアンチ・クライストである事は、既にハンター間でも周知であるな?」
「ええ。しかしアンチ・クライストは、人間でもある訳ですよね?」
「私は彼女の存在そのものが人間ではない、とは思わない。しかし彼女の精神には、何かが根深く影響しているはずだ…。アンチ・クライストは恐るべき力を備えているものの、その力に適応出来る心は持っていない。当然だ、人間なのだから。人間に限らず、生き物は予め自らの手が届く範囲というものを認識している。しかし範囲を飛び越えた自己を認識した時、心の均衡が崩壊する。だからアンチ・クライストの致命的な弱点の一つとして、力を制御しきれない心の脆弱さが挙げられる」
「あの少年、もう1人のアンチ・クライストは、自らの力の行使を、歯を食いしばって耐えているように見えますね」
「ああ、彼はとても賢明な子だ。しかしシルヴィアは、予め心を『改造されている』ように見受けられる。アンチ・クライストとしての力を存分に発揮出来るようにね。彼女の心に影響を及ぼし続けた者について、心当たりはあるか?」
「…あります。『彼』です。彼は少しずつではあるけれど、自らの正体を露呈させようとしています」
「気をつけ給え。そいつはある意味シルヴィアよりも手強いぞ」
「しかし、どうすればいいのです? どうすれば彼女を」
「残念だが、これというアドバイスは出来そうにない。彼女を人の領域に呼び戻す術を持つのは、矢張り君達を置いて他には居ないからな。ただ、振り返ってみ給え。彼女と積極的なコミュニケーションが行なわれる一方で、彼女の力に歯止めがかかっていなかったのではないか? あの力は、使う程に人の領域を離れて行くだろう。それは君達も踏まえておいた方がいい。で、もう一つの君を呼んだ理由だが、君は面白い権限を持っているな?」
「権限?」
「あの冗談みたいな2人の怪物をON・OFFする権限だ。君もアレが一体何なのかについて考えているとは思うが、アンチ・クライストの産物でありながら、その支配下に置かれていないという点で、実に興味深い。これからの結果を期待して見守っているよ。君ならば、あの2人と上手く渡り合えるような気がするからね」
<真赤誓との対話(H4より)>
「気をつけろ、君には何かが施されている」
「…あのさあ、話の取っ掛かりとしてはあまりにも不親切じゃねーの? 開口一番『気をつけろ』とか、そんなカンバセーションがあるもんか」
「ちょっとインパクトを狙ってみたのだが、イマイチだったか。それはともかく、言葉通りの話をしよう。君は全世界の人類の中でも、直接サマエルと言葉を交わした数少ない人間の1人である。奴と会ってみて、奴自身にどのような印象を受けたかね?」
「結構紳士的な奴だったぜ。ただし、慇懃で且つ無礼という感じだけどね。奴は多分、本気でマックスや人間の為になる事を言っているつもりなんだ。絶対的な自分が、不完全なお前達を慈悲の心で見守ってあげますよ、ってな。正直イラッとくる」
「なるほど」
「そう、奴には、サマエルには害意が全く無いんだろうな。奴を表現する言葉の中に、『理を瓦解する者』ってのがあるけど、理の解釈は、つまり今の世界そのものって事なんだろうよ。ルシファが侵攻を開始し、天使の軍勢が迎え撃つ、黙示録のシナリオ通りに突き進む世界。そいつをぶっ壊して、博士、あんたが始めに言っていたような新世界をおっ建てる。その所業を、サマエルは至高の善行だと思っているんだろうぜ」
「君は善行だと思うかね?」
「全っ然思わねえ。誰の許可を得てやってんだって話だ」
「サマエル自身の許可だろう。私が許す、許可する。天使だか悪魔だかよく分からんサマエルだが、少なくともその考え方は如何にも天使でござい、だよ。独善的であり、自らが過ちを犯す可能性を思慮する才能が無い。そういう奴が、君を普通に帰すとは思わん。何か『いい事』をされたはずだ。心当たりは無いかね?」
「何だそりゃ。無えよそんなもん。きめえ、超きめえ」
「ふむ。取り敢えず、今のところは変化無しか。しかし君、後で自分自身を注意深く観察し給え。何らかの意表を突かれているやもしれんからな。さて、今後の事だが、一連の事件の中心核であるマックスはどうしている?」
「…まだ寝ているぜ。アンナが看病しているよ。医者上がりのハンターが診て言うには、多分もうすぐ目を覚ますらしい」
「第五回の冒頭くらいかな?」
「多分第五回の冒頭くらいには」
「彼を軽度の昏睡状態にしたのはサマエルという事だが、奴の狙いを考えてみた方がいいだろう。奴はマックスに事を促す為の何かを仕掛けてきた。今後、マックスに対してどのように動くかをサマエルは言ったかい?」
「いや、言っていない」
「何もしないはずはないのだがな。ル・マーサが下界戦争に全面参入する都合上、向こうさんの中でマックスに関われる者は限られてくるだろう。他のハンターにも、その旨を注意するよう言って欲しい」
「もしもマックスが最終的にマーサへの帰依を選んだら、俺達の関わり合いは、すべて無駄になるのか?」
「その点については、君は自信を持っていいと思うよ。君は彼に対し、ハンターという修羅道を歩む者の立場を見せ続けてきた。真っ赤な血を流す人間が、確固たる自由意志でかような苦しみをも選ぶものだとな。マックスは間違いなく君に大きな影響を受けた。今のマックスは、男になったんじゃないかね」
<ディートハルト・ロットナーとの対話(H5より)>
「君と対話するにあたっては、矢張り外せぬポイントが禁術についてだ。君はカーラ・ベイカーと共に禁術の統括役という重大な立ち位置に就いた。禁術はハンター、つまり人間が吸血鬼に対抗する為に編み出された、とても不思議な力だ。その力はカーラ女史と君を媒介する事によって取得者達にもたらされる。禁術の遣いとなって、心理的に何か変化はあるかね?」
「率直に言えば、何も。相も変わらず、私は私であり続けておりますな。今のところは」
「そう、今のところは。思慮深い君ならば、禁術の行く先が如何なるものかは凡そ察しがついているであろう。それを踏まえて、君には念押しをしたい。君は禁術取得者の中で、最も力と心が同化しようとしている男だ。私は君の歩む先の結末を憂慮している」
「仰る事はよくよく分かります。かつてのアーマドは、最終的に人ではなくなった。この世ならざる者に属し、挙句に壊滅しました。歯止めを失うと、術者は飲み込まれる」
「左様、君の言う通りだ。そして君はガーシアというカテゴリィにおいて、早晩カーラ女史を上回るであろう。彼女にある躊躇が、君には無いと見た」
「博士、貴方はこの世ならざる者とも関わりが深い御方ですが、言葉の選び方から察するに、ハンターではないとお見受けしました。ハンターの視点から察するに、人類はハンターとそれ以外に分けられると私は思うのです。ハンターの思考は独特で、普通の人間には理解し難い。即ち、全てを投げ打ってもこの世ならざる者を抹殺する。貪欲な思考でもって、最短距離の戦い勝つ手段を模索します。つまり私は、ハンターであるという訳です」
「ハンターが特殊な一定の指向を持つ点には同意するが、君、ハンターも様々であるよ。例えば君と連携を組んだフレッドという青年は、ああ見えて心の暴力をコントロールしているように思える。対して君はとても物腰が柔らかいのだが、その魂には彼を上回る凶暴性がある」
「成る程、否定は出来ませんな」
「私が君の立場ならば割り切るね。人間が持てる最大の武器は、何時の時代も勇気と創意工夫、それに若干の運と強固な連携だ。禁術は、そのお膳立てに過ぎないよ。現に君達は、そうやって2体の危険な吸血鬼を屠るという殊勲を挙げたのだから」
「ふむ、心に留めておきますよ。しかしながら博士、私は自身の指向するところに、誤りがあるとは恐らく思わないでしょう」
「それで良いのだよ。人の選択肢に口を挟まないという点では、私はキューと同じ考えを持っている。ただ、私の言う事に耳を傾けてくれたなら、それで私は満足だ。さて、次は厳しい戦いとなろう。彼奴等は真祖を戴き、これまでのように闇に潜む事を止め、表の世界に打って出る。ノブレムも輝かしい新祖を迎えたものの、その力は未だ熟していない。ハンターが貢献出来る場面は多かろう」
「何か良いアドバイスがありましたら、戴きたいものですな」
「アドバイスか。そうだな。戦いの主な舞台はアウター・サンセットとなる。この地域に住んでいる人々を如何にして戦いに巻き込まぬように出来るか、考えを巡らしてはどうだろう。勿論人道的な意味でもあるが、人々が彼等の手中に落ちた際、それは君達にとって圧倒的な不利を意味する。新鮮な人間の血を呑み放題に呑んだ吸血鬼の恐ろしさは、桁違いであるよ」
<ケイト・アサヒナとの対話(VHより)>
「君は反逆者と真祖について、様々な思考を巡らせていた。それについては私も興味が深い。彼等とは一体何者なのか、ちょっと考えてみないかね?」
「結局、分からない事だらけよ。帝級と呼ばれる吸血鬼は、何れも創作上の産物と思われていた者と、歴史上の実在の人物が渾然一体となっている。真祖もそういった類なのかと思ったけれど、それはどうやら違うみたい。ルスケス? 誰それ? みたいな」
「ウィキペディアにも記載されておらんだろうな。それはそうだろう。つまり彼は、本来私達の世界の住人ではないのだから」
「先のディートハルトとカーラが語り合った、煉獄の住人という訳ね」
「どのような形でああいった化け物がこの世界に出て来たか。その経緯は全く持って謎であるが、サマエルが当初から強力に関与しているのは想像に難くないな。しかもその両者が、揃ってサンフランシスコに封じられていたのは、偶然とは思えないな」
「ミッション・ドロレスの教会にサマエルが居るという話は、真赤誓の活動する場から聞いた事がある。ドロレスの教会が建てられた時期は、アーマドと真祖一党の最終決戦が行なわれた年代よりも、確か前だったはず。戦い敗れた真祖を自分の近くに置いたのは、サマエルだったとしたら?」
「どうやらそれは、不完全な力の行使であったらしいな。連中は真祖がサンフランシスコの何処かに居ると知っていた訳だが、サマエルの手下であるカスパールすら、位置の特定までには至っていなかったのだから」
「一体、その二者はどんな協定を結んでいたのだろう」
「何れ分かるさ、嫌が応でも」
「その辺りは、反逆者から直接聞いてみたいものだわ。彼は私達が想像出来ない事実を知っているはず」
「ほう、聞けるのかね?」
「多分。彼はきっと、もう一度人間と吸血鬼の前に現れる。そんな気がするのよ」
「彼のかつての言動を調べてみると、ブラム・ストーカーの創作した人物設定とは随分異なるのが面白いな。それはカーミラの方にも通じている。そう言えば、この2つの物語とこちらの現実において、共通しているポイントがあるのだが、何か分かるかね?」
「どういう事?」
「その物語においては、彼等は現実の方で自身が一番愛した者に殺されているのだよ。ドラキュラはヘルシングに。カーミラはモラヴィアの貴人に。恐らくあの著作には、2人が強く関与しているはずだが、彼等の思いはまた強烈だ。むしろ自分が彼に殺されたかった、とかな」
「ナイーヴね。あまりにもナイーヴだわ」
「ところが、これがジルとエルジェになると一味違う。彼等の愛情表現は、例えるなら底の抜けた鍋だ。特に君、エルジェに目をつけられて、よく生きていられたな。彼女の行く先に、君は上手くかち合わなかったのだろうな。今後も彼女が次に何をするか、先を読むよう心掛けるといい。行動が上手く噛合ってしまったが最後、彼女のハートにスイッチオンであるぞ」
「マジで?」
<レヴィン・コーディルとの対話(H6より)>
「さて。君達はジェイズ・ゲストハウスというキメラハウスの謎を探っていたら、何時の間にか格闘人形なる怪しげな物体に乗り込んでベリアルと対峙していた訳だが、他所の状況を遥か彼方へと置き去りにし、独走を始めた展開の只中にある気分はどうかね?」
「感無量であります。それはさて置き、少し前までインパラに乗ってみんなでトンズラこいてたはずが、何時の間にかゲストハウスで冷凍餃子食っていたという展開に驚きです」
「まあ、その辺は深く考えない方が良いのであろうな。第五回までの繋ぎの間は、君達はこちらに戻っているという事だ。それにしてもジェイの用意する飯は本当に不味いな」
「…いきなり私達が消えて、多分腰を抜かしているんだろーな、あの3人」
「君達は、ベリアルが作り出した異界トレントンへの出入りが可能という訳だ。対して人間であるウィンチェスター兄弟は元より、強力な戦神のカーリーすら現実世界への突破が出来ん。これは凄まじい事だと思うよ。これだけの力をキューなる神を自称する者が蓄えているのも驚きだが、彼がこういう慈善事業(ただし金をふんだくる)を始めた経緯について、今一度考えを巡らせてみないかね?」
「何か、すっかりみんな気にしちゃおりませんけどね。この屋敷を作ったのは、確かサミュエル・コルトだったよね」
「そう、魔人コルトだ。世界的銃器メーカーの創始者として歴史に名を残す一方、ハンター世界で成し遂げた仕事の数々は脅威の一語だよ。鉄道網による巨大結界を用いたデビルズゲート封印とかもう、アイデアとスケールと行動力が正気の沙汰ではない」
「悪魔の最重要抹殺ターゲットになりそうなものよね」
「実際なっただろう。しかし彼は尽くそれらを退け、人生を全うしてしまったよ。そういう彼だからこそ、サンフランシスコで何が始まろうとしているのか、その情報を悪魔自身から入手していた可能性が高い。今までの経緯を調べてみたのだが、早い段階でルシンダ・ブレアがコルトとキューの接触を掴んでいる」
「ああ、屋敷を建てた際、一緒に連れてきていた子供の事?」
「そうだ。その子供こそがキューであった訳だ。彼とキューの間で如何なる取り決めが結ばれたかは分からんがね。その辺をキューに聞いてみてはどうだろう?」
「駄目。『言わない方が面白そうなので言いません』ていう返事が九割九分。私はむしろ、一体キューとコルトが何処で会ったのかが興味あるわ。だって会おうと思っても普通会えないでしょ、神様なんて」
「もしもキューが何者かを知りたいのであれば、その場所を類推するところから始めてもいいかもしれんな。あと、キューという名前をもう少し考えてみる事だ。意味もなくこの名前を名乗っていると、私は思わないな。ま、正体を知ったところでキューは何処までもキューでしかない訳だが。ところで君、彼がベリアルに打撃を加えられる可能性について、一つだけ手段がありそうだと言っていたぞ」
「え、そうなの!?」
「実は君を呼んだのはその為なのだ。あの戦いにおいてベリアルに肉迫する最中、君は違和感に気が付いた。これを徹底して分析するんだ。さすれば、君達にはでかいチャンスが転がり込んで来るだろう」
<ターニング・ポイント>
「それでは、私達がこの街に来た最大の目的をお話しする前に、少しばかり脱線させてもらおう」
ハンター達との対話を一通り終え、改めてジョーンズ博士は彼等の輪の中に腰を下ろした。そして語り出した話には、老人の昔話を思わせる風情があった。
「その頃、世界中に王は沢山居たが、その中でも一際強大な力を持つ王が居た。王は厳格であり規律に厳しかったが、勢い余って度を越えた行動を取る事もあった。大洪水を引き起こしたり、街2つを絶滅させたりな。ちなみに人々が作ろうとした高い塔を崩壊させたのは彼ではない。あれは未熟な建築技術故の自壊だよ。そうやって王は強大な力を振るって人々を正しい方向に導こうと試みたものの、人心の荒廃は一向に収まる気配が無い。そこで王は一計を案じ、自らの権限を1人の男に託す事にした。人の目線に立つという思いつきは悪くなかったのだが、他者を簡単に捩じ伏せる力を男に与えるところが、相変わらずだった訳だ。ところが男は王の意に反し、与えられた恐るべき力を一切使う事はなかった。彼がやった事と言えば、ただ話をするくらいだったのだ。どのように生きれば人は幸せになれるのか、それだけを説いて回った。男の言葉には王の力に拠らない天賦の才があり、多くの人々が彼の背中に付き従うようになった。しかし、それは時の権力者にとって面白い話ではない。何しろ男は、腐りかけていた既成概念の否定も口にしていたからね。紆余曲折を経た挙句、彼は磔にされ、処刑される運びとなった。かような縛めなど容易く破れるはずの男は、しかし自らの死をもって己の心の何たるかを、人々に語ろうとした訳だ。この時、王と男は最期の対話を行なったらしい。どのような内容であったのかは、さすがに私にも分からないがね」
博士は、まるで見てきたような言い方をしている。一体何の話をしているのかは明白だった。それはキリスト教徒にとって、あまりにも際どい内容である。
「磔刑は、手足に釘を打って磔にしたまま放置するという残虐なものだ。しばらくしてから、死んだかどうかを確かめる為に脇腹を槍で刺したりもする。その役回りを、目に病を患った兵士が受け持つ事になった。兵士は自分が誰に何をしようとしているのかも大して理解しないまま、職務として男に槍を刺し込んだ。そして男の流した血を顔に浴びると、今まで霞んでいた視界がはっきりと見えるようになったのだ。畏怖する男が澄み切ったその目で見たものは、彼を見下ろし、微笑む男の姿であった、という事だよ。男は決して奇蹟などは自ら具現化しなかったが、矢張り彼自身の肉体は王の力そのものであったのだ。男に刺し込まれた槍、身につけていた装束、最後の晩餐に用いた杯等には、ただ男と縁が深いというだけで、凄まじい神力が込められている。それらを私達は、聖遺物と呼ぶ」
「…まさか、最大の目的って」
「左様。その聖遺物の一つがサンフランシスコの何処かにある。先の話に出て来た、ジーザスを刺した槍。兵士の名を取ってロンギヌスの槍と呼ばれるものだ。その槍の持つ力は、『慈悲』であるそうだ。人間、悪魔、天使、果ては神にすらも与え得る『慈悲』。サマエルの顕現とルシファの侵攻に対し、これは大きな助けとなってくれるだろう」
「何処にあるのか、目星はついているのですか?」
ハンターの1人に問われ、博士は満面の笑みでもって、首を横に振った。
「それが、さっぱりなのだよ」
聖遺物、ロンギヌスの槍と聞いて一気に盛り上がりかけた場が、急速にしおしおとしぼんで行った。ちなみにキューに聞いても、気配の欠片すら掴めないそうである。見通しは暗い訳ではないが、曲りくねった道を歩きそうな話ではあった。
<H1-4:終>
・郭小蓮(クオ・シャオリェン) : ガーディアン
PL名 : わんわん2号様
・ナタリア・クライニー : ポイントゲッター
PL名 : 白都様
・ルカ・スカリエッティ : マフィア(ガレッサ)
・真赤誓(ませき・せい) : ポイントゲッター
PL名 : ばど様
・ディートハルト・ロットナー : ポイントゲッター
PL名 : みゅー様
・ケイト・アサヒナ : ポイントゲッター
PL名 : TAK様
・レヴィン・コーディル : ポイントゲッター
PL名 : Lindy様
ルシファ・ライジング H1-4【ターニング・ポイント】