<みたび、カーラ邸の書斎>

 当初はレノーラが冗談を言っているのかとも思ったが、彼女がそういう類の人ではない事は知られた話だ。

 ミラルカ・カルンシュタインという女帝級は、確かに存在している。実際、前回はカーラ邸への干渉にも参加していた。レノーラことカーミラ・カルンシュタインは、同じ姓と同じ顔を持つミラルカに、全く心当たりが無い風だった。それはとても奇妙な話だ。

 と、風間の携帯電話に着信が入る。失礼と言い置き、風間黒烏は席を立った。メールの送信者を確認し、表情が自然と引き締まる。斉藤優斗からだった。メールの文面は実に簡素だ。

『ホットドッグは旨かった』

 見つけた、という事だ。斉藤はアルカトラズ島において、その場に眠る真祖への肉迫に成功したのだ。風間はその旨をレノーラに告げるかを一瞬躊躇したが、その考えを打ち消した。今の時点では、何処から情報が漏れるか分かったものではない。

 

接触

 フィナンシャル・ディストリクトの一角に位置する公園で、風間はベンチに腰掛け1人酒を飲んでいた。ぬるい夜風が心地良い。

 ここ最近はゴタゴタが続いており、だからこそ静かに酒を舐めるのも、また風情があるものだ。しかし風間は酒を楽しむ為だけにこの場に居るのではない。彼女の接触を待っているのだ。

 ミラルカ・カルンシュタインは、風間に注意を向けている。それは吸血鬼の特性から来るもので、特定の対象の居場所を或る程度の勘で掴める、というものだ。例えば深い恋愛対象であったり、また重要人物として要観察の者もその範疇に入る。ミラルカにとっての風間は後者だった。ミラルカは彼に重大な機密を託し、この戦いの趨勢を賭けている。自分の動向は、かなりの範囲で注目されているとの自覚が風間にはあった。

 携帯電話の着信が入る。発信元は直ぐに分かった。

「ミラルカか?」

『其処を離れてジェイズに戻れ。お前は仕える者に見張られている』

「…成る程。お前さん以外にも気に掛けられていたとはな」

『当然だ。お前は昼間にレノーラと会っただろう。奴めらも注意を向ける』

「そのレノーラの事だが」

『話は後で聞く。ジェイズに戻り、監視役が外れたらまた連絡する。ところで、例の件を他に話した者は居るか』

 風間は僅かに詰まった。確かに真祖の居場所については、信頼する者にもしゃべっている。ただ、ミラルカにとっては機密を漏らされたという事になるが、風間は構わず正直に答えた。

「居る。3人だ。全員、完璧に信頼出来る」

『私はお前を信用する。人間が単独では身動きが取り辛い事を私は理解している。その者達も招待するから、お前から連絡して欲しい』

 

 ジェイコブ・ニールセン、斉藤、城鵬、それに風間という面々は、ミラルカから指定されたチャイナタウンの酒場に居た。深夜の酒場は活況を呈していて、確かに内密の打ち合わせをするには最適だ。

「しかし、こんな形でリーパーに会うとはな」

 煙草を燻らせながら、ジェイコブが言う。

「また随分と賑やかな所を知っているもんだ」

「掴み所の無い女だよ。時にジェイコブ、きっとあんたも驚くと思うぞ」

「どういう事だ」

「…直ぐに分かるさ」

 と、4人の背中にゾゾと悪寒が走った。明るい店内に、真っ黒な異物が入り込んで来たのだ。その大元を見て、ジェイコブが仰け反った。

「レノーラか!? いや、違う」

「あれがリーパーだ。ミラルカ・カルンシュタイン」

 レノーラと同じ形をした真っ白な顔の女が、客の合間をするすると抜けてこちらに向かって来た。周囲の人間が、彼女の存在に気付いている気配は無い。ミラルカは4人が座る席の前に立つと、自らも椅子を引いて着座した。そして何も篭っていない目を順繰りに半周させる。

「お初にお目に掛かる。特にジェイコブ・ニールセン。お前にはハンターの折に色々と世話になったな」

「欺き続けた酒場主が目の前に居る感想はどうだ」

「別に無い」

 苦虫を噛み潰す顔のジェイコブに、ミラルカは本当に何の感情も示していなかった。その様を傍から見て、斉藤は不思議に思う。一般に吸血鬼は、人間を狩るという凶暴さも相俟って、強い感情を持つ生き物だ。ところがミラルカには、それが薄い。無い、とまで言ってしまうのは過言だろうか。

「ま、駆けつけ一杯と行こうか」

 場を和らげるつもりもあって、風間は一升瓶をグラスに注ぎ、ミラルカに手渡してやった。

「この店の酒ではないな」

「取り敢えず黙っていてくれ。俺の国の酒だ」

 ふむ、と鼻を鳴らし、グラスの清酒をミラルカは一息に呷った。

「さて、本題だが」

「奢り甲斐の無い奴め」

「進捗を聞きたい。この面子で動いているのであれば、それなりに事を進めていると私は期待している」

「見つけたよ」

 飲んでいた紹興酒をテーブルに置き、斉藤が言った。

「あの暗号は解読された。アルカトラズだ。実地で見て来た。確かに真祖かもしれない何かが、あの島には封印されている」

「何だと」

 ミラルカは目を見開き、その能面顔に初めて驚きの表情を浮かべた。情報を渡してから、即座に位置を特定し、その場の探索まで行なった事が、俄かに信じられない様子である。しかしミラルカは、徐々に頬をひくつかせた。どうやらそれが、彼女なりに「笑っている」らしい。

「女給」

 通り過ぎようとしたウェイトレスを呼び止め、ミラルカは言った。

「御注文ですかー?」

「彼らに水餃子を各1人前の計4人前。それからレバニラ炒めと唐揚げを大皿で。肉マントゥもこれでもかと持って来い」

「謝謝♪」

「礼のつもりかミラルカ」

「しかも微妙に安いものばかりだぞミラルカ」

 

 飯を食いながら説明をするハンター達を前に、ミラルカは先程からさかんに清酒を口にしていた。表情はほとんど変わらないが、意識が浮ついていると見て間違いない。

「私が思うに」

 ミラルカはグラスを置き、多少赤らんだ顔をハンター達に向けた。

「何者かが真祖をアルカトラズに埋葬し、その後異常を察知した原住民族が彼奴に封印を施したのであろう」

「原住民族…ネイティブアメリカンですか?」

 城の問いに、ミラルカは頷いた。

「かつて新大陸と呼ばれたこの地は、霊的に邪悪な者が住まう隠れ家としては都合が良かったのだ。何しろ欧州や亜州は、この世ならざる者に対抗する力を持つ者が数多く居る。それらから距離を置いて、尚且つ人口密度も低い。しかし原住民族は、それらを上手く御していた。精霊と話せる彼らは、邪悪な者に対処し、その存在を封じる独自の技術を持っていたのだ。尤も、何も知らぬ移民共が彼らを蹴散らし、文化を破壊した。おかげで今に至るも、性質の悪いこの世ならざる者が世界で最も跋扈する大陸になったという訳だ」

「ふむ。興味深い話ですね」

「しかしその縛めも破られると見える。真祖復活の日も近い。ところで斉藤が遭遇した霊体だが、それ単体では肉体に物理的なダメージは及ばないだろう。しかし精神攻撃はどうかな。彼奴の真骨頂は精神を引き裂く攻撃にある。アルカトラズでは強力な結界を所持するべきだ」

「ソロモンの環は?」

「霊体の今ならば通用するであろう…これより、真祖を仕留める手段について説明する」

 ミラルカの言を受け、ハンター達は一斉に身を乗り出した。

「まず、呪いがあるので私は同行出来ない。加えて戦士級程度の吸血鬼はアルカトラズに近付くべきではない。帝級でもなければ、彼奴の精神汚染に屈服する可能性がある。そして斉藤、恐らくお前は目を付けられた。行くは止めぬが、防御を固める事だ。そして現場に着いたなら、その居場所を掘り起こす必要がある。しかし公共の建築物のある場所で、そんな事が出来るか?」

「普通は無理でしょうね」

「いや、待て。先の地震を覚えているか? 地震で埠頭が壊れて、観光客が上陸出来なくなっている。最少人数しか島には駐留していないはずだ」

「何らかの理由をつけて、その人達にも出払ってもらう事は出来るかね?」

「警部補に頼むってのは?」

「…話を聞く限りどうにかなりそうだ。で、霊体の接近を防ぎつつ、彼奴の死体を掘り出す。そして掘り出した死体に、これを打ち込むのだ」

 言って、ミラルカは5本の木製釘をテーブルに置いた。

「樹齢1000年のウィロウ(柳)から、原住民族の呪術師が削り出して作った釘だ。呪い具とも言えよう。これはジェイコブに預けておく。かの地に行く者に、これを渡すがいい」

「ウィロウ…文化的には、周期的再生の象徴ですね」

「そうだ。これを心臓、両掌、そして両足の甲に打ち込め。さすれば真祖の霊体は、強制的に遺骸へと戻る」

「何だと」

「戻しちゃまずいんじゃないのか」

「最後まで聞け。戻された魂は、しかし首から下の釘を打ち込んだ五箇所に分断される。肝心の脳には戻らない。吸血鬼の魂とは、脳に宿るものなのだ。分断された魂は首に戻ろうとするだろうが、釘の縛めがそれを許さない。魂が戻されながら、彼奴はしばらくの間、生ける屍と化すのだ」

「その縛めは、どのくらい持つんだ?」

「恐らく、数ヶ月であろう。真祖の努力次第で縮める事も出来ようが。しかし、かような状態の吸血鬼にとどめを刺すのは楽なはずだ。何しろ首を刎ねるのは数秒で済む。彼奴を発見し、釘を打った時点でお前達が勝つという事だ」

「成る程、釘を打ち、その後に首を刎ねればいいんだな?」

「そうだ。ハンターならば容易い」

 聞きながら、ふと城は首を傾げた。ミラルカは真祖抹殺の手順を詳細に教えてくれたものの、自分達を含めて一つ見落としをしている。それが何かに思い至り、城はテーブルをドンと叩いた。

「首を刎ねても真祖は死にません」

 その言葉を聞いてミラルカは目を丸くしたが、すぐさま小馬鹿にしたような表情を浮かべた。

「何を非常識な事を」

「その非常識な存在が真祖です。これはレノーラと話したハンターから知り得た話だ。真祖の心臓は、首を刎ねた後も動いていたと。そしてそれをレノーラに伝えたのは、次席帝級の『反逆者』です。彼等が僕達を騙しにかかっているとは、僕は到底思えません」

 事ここに至り、ミラルカもその話が本当なのだと知った。白い顔がみるみる内に青ざめて行く。そして呻き声のように、一言。

「矢張り倒せない、と言うのか」

 喧騒の店内にあって、この一角だけが重苦しい雰囲気に包まれた。ミラルカとしては準備万端で事を始めたつもりであったのだが、最後の最後で足元を掬われた訳だ。唇を噛んで黙り込むミラルカを見、風間は図らずも同情した。恐らくこの行動が、彼女にとって唯一の希望であったのだろう。

(しかし希望は、本当に損なわれたのか?)

 風間が自問する。しかし、それは違うと風間は自らに応えた。

「ミラルカ、その縛めは、しばらくは持つのだな?」

「…ああ。しかし最終的には突破される。数ヶ月が更に縮む可能性もある」

「それでいい。少なくとも、何もしないで放置するよりはマシって事だ。奴を魂が入っているだけの死体に変えて、時間を稼ぐ」

「そうか。その間にカーラ達の計画を進行させる訳だな」

「彼女の計画は反逆者の肝煎りです。真祖に対する決定打が期待出来るかもしれません」

 目の前で展開する希望の広がりを、ミラルカは呆然と眺めた。これが、人間にあって自分には無いものだと改めて思う。誰にも見られぬ角度で、ミラルカは笑った。心から笑ったかつての記憶は、今の彼女には無い。

「どのようにするかは、最早自由意志に任せよう」

 吹っ切ったように言い、ミラルカ持参したバッグから小振りの鎌を2つ取り出した。

「アズライルの鎌だ。死神が所持していたと聞く。これからの戦いに役立つかもしれん。風間と斉藤が持つといい」

 また連絡すると言い置き、ミラルカは席を立った。

「最後にもう一つ」

 風間が呼び止める。

「レノーラの事だ。彼女とお前の顔は瓜二つだった。どう考えても縁者としか思えないのだが」

「…? 分からない話だ。私に縁者などは居ない。レノーラとは、面と向かって話した事も無い。立場上は敵だからな」

 身を翻し、ミラルカは去って行った。

 

 

<VH2-3特:終>

 

※風間黒烏氏、斉藤優斗氏、城鵬氏、または左記の三氏から許可を取ったPCのみが、以下の特殊アクトを選択する事が出来ます。

 

○H7-4 : 真祖復活の遅延に挑む(時間帯推奨無し)

 アルカトラズに封印されている吸血鬼の真祖の復活を、千年柳の釘を用いて遅らせるアクトです。この選択肢を選んだPCは、自動的にジェイコブから釘を受け取る事となります。

 このアクトに失敗した場合、ないしは誰も選択されなかった場合、真祖は次回リアクションのラストで完全状態の復活を果たします。

 リアクション中でも出ていましたが、現在アルカトラズは一般人の立ち入りが禁止されている状態で、船も出ていません。選択肢に参加するPCは、ジェイコブからマクベティ警部補への根回しによって、特別に仕立てた船に乗る事が出来るという設定です。

 H7は、次回の1回のみで終了致します。

 

 尚、アルカトラズは基本的に船が出ていませんので、通常のアクト選択肢(H1、V1など)では訪れる事が出来ません。このH7選択肢が唯一の手段です。

 下記三氏のプレイヤー氏以外でこのリアクションを読まれている方は、H7の選択に三氏何れかの方の許可が必要になります。許可無しに選択された場合は、申し訳ありませんが行動全体を不採用とさせて頂きます。

 それだけシビアなリアクションであるという事で、どうか御了承をお願い申し上げます。

 

 

○登場PC

・風間黒烏 : スカウター

 PL名 : けいすけ様

・斉藤優斗 : スカウター

 PL名 : Lindy様

・城鵬(じょう・ほう) : マフィア(庸)

 PL名 : ともまつ様

 

 

<戻る>

 

 

 

 

 

ルシファ・ライジング VH2-3特【ファイアスターター】