<Angel duster>
アルベリヒは試しに拳銃でドアノブを撃ってみたが、それが意味を為さない事は彼自身も承知している。
それでもこの場所に閉じ込められたまま、ただ時間が過ぎるに任せるのは我慢がならなかった。こうしている間にも、外の状況は刻一刻と変化しつつある。仲間達は上手くやれたのだろうか? 封鎖された市街の状況はどうなっている? 少なくとも自分は、それらの懸案に対し大なり小なり力になれるだろう。それもこの部屋に居たままでは適わない。
マルセロ・ビアンキは閉目し、一言もしゃべらずに座ったままだ。その様は彫刻の如くであり、この事態に対して行動を起こそうとの気配は見当たらなかった。
並みの感性の持ち主ならば、彼に非難なり助言を請うなりをするところであるが、アルベリヒは矢張りハンターである。彼ほどの存在が次の一手を出さないのは、つまり出せないという事なのだろうと、アルベリヒは察していた。ならば、天使ではなく人間としての手段で脱出の方策は無いものかと考えを巡らし、ふとアルベリヒは、人間らしい思い付きを口にした。
「腹が減ったな。このままでは飢え死にだ」
そう口にした途端、鼻腔をくすぐる香ばしい匂いが部屋の中に立ちこめる。何時の間にかテーブルに、肉汁をはぜてこんがりと焼けたステーキが置かれていた。アルベリヒは、顔をしかめた。
「どういう意味だ?」
「しばらくの滞在にも不自由を感じさせない御心遣いなのだろう」
ようやくマルセロが口を開いた。そして自らもテーブルに着座し、ナプキンを前掛けにしてフォークとナイフを手に取った。アルベリヒが慌てた声を上げる。
「食うのか? こんな得体の知れない代物を」
「御主が用意されたものだ。大丈夫だよ。あの方は毒を盛るような意味の無い企みはしないし、本物の肉を出す事も容易い」
澄まし顔で肉を切り分け、口に運び始めたマルセロを訝しげに見ながら、アルベリヒも腹を括って用意された椅子に座った。ステーキは食べてみると、実に旨かった。いい肉を使っているし、焼き加減も最高だ。何となく、若干は悔しい。
「さて、そろそろこの部屋から出る手段を明かそうか」
マルセロの言を聞き、アルベリヒはステーキを食う手を止めた。
「分かったのか!?」
「知っていたんだよ。閉じ込められた初手からね」
「何故それを早く言わない!」
「教えてくれたのが、御主であった。という点に君は危惧を抱くだろう」
アルベリヒは絶句した。サマエルは意味も無く自分達を軟禁したのではない。何かをさせる為であったのだ。それを達成すれば、ここから出られるという報償を用意して。マルセロはナプキンで口を拭き、曖昧な笑みと共に言った。
「君には感謝している。こうして自ら考えて判断するという、天使としては到達し難い域への道を、君は諭すでも教えるでもなく、ただ私に気付かせるという形で導いてくれた。だが、それは御主にしても察していたらしい。私が君に影響を受けた、という事実を踏まえて、御主はこのような手段を準備したのだ」
マルセロは懐から短剣を取り出し、自らの前に置いた。
「特に謂れの無い、ただの短剣だ。これで私が君を殺せば、私はここから出る事が出来る」
「な…!?」
「縁を絶ち切り、私の掌へ戻りなさい、という意図であられる。そして君がここから出るには、その短剣を使って私を殺す事だ」
アルベリヒは、何時の間にかテーブルに一本の短剣が置かれている事に気が付いた。
「エンジェル・ダスター」
マルセロは静かに述べた。
「天使殺しの剣だ。私が所持していたものだが、君に進呈しよう。天使は並の手段では殺す事が出来ないが、エンジェル・ダスターは天使の魂を砕く。つまりこれは、翻意を示した私への懲罰、という意図であられる。ここから出られるのは、生き残った方のどちらか1人。それが御主の御意志なのだよ」
「冷酷な奴め」
「これが御主の慈悲という訳だ。機会を与える。何れかに。勿論であるが、私は君を殺したくない。だが、君が戦いを受け入れれば私も応じるし、時間が過ぎれば私の方から仕掛ける。私はそのような設定を御主に施された。今しばらく考えてくれ給え。判断は君に委ねよう」
「馬鹿げた話だ。こんなふざけた話には付き合えない。第一、人間が天使に一対一でかなうはずもない」
「私は君に対し、異能を使う事は出来なくされている。よって身体能力のみで君に立ち向かわねばならん、という訳だ。ただし、君が何らかの特殊な力、例えば天使にも通用する結界などを使用してきた場合は、私も異能の行使を解除される。そして当の身体能力は、君とほとんど五分という配分が為されている。つまりこの戦いは、何れの意思が上回るかで決するだろう」
マルセロは淡々とルールを述べ、また閉目して沈思に入った。恐らく、心の中は様々な思いが渦巻いているに違いない。アルベリヒは唇を噛み、額に浮かんだ脂汗を甲で拭った。
「汗を拭くタオルが欲しいところだ」
そう言うと、今度はタオルが机上に現れた。ここでの言葉は、恐らく全てが聞かれている。だからマルセロも無駄口を叩かないのだ。このままでは意思疎通もままならない。ふと思いつき、手帳を破って紙切れにペンを走らせる。
『コーヒーが欲しい』
それは出て来なかった。
<H3-6特:終>
○登場PC
・アルベリヒ・コルベ : ポイントゲッター
PL名 : なび様
ルシファ・ライジング H3-6特【デュエル】