<犬も食わぬは何とやら>
「すいません、私の死体袋は何処でしょうか?」
「あれなら本来の用途に使われたぞ」
ジェームズ・オコーナーとの短い遣り取りの直後、リヒャルト・シューベルトはうつ伏せの格好で庭の片隅に突っ伏した。怪しいルートを使い、$200も注ぎ込んで手に入れた貴重な死体袋は、最早彼の手元には無い。今後はカーラ邸での常用にするとの考えも露と消えた。
「でも、ああいうプロ仕様の物が$200とは破格だったよね」
それは間違いない。判定者の温情である。
と、さくさくと庭土を踏みしめる足音が近付き、それはリヒャルトの足元の近くに腰を下ろした。うつ伏せの格好のままそちらを見ようとするも、丁度死角になって誰なのかを視認出来ない。
「誰だ。何奴ですか。首を回そうにも首が痛い!」
「…何故座り直そうとか思わないんですか?」
ジュヌヴィエーヴだった。
「おお、誰かと思えばジューヌではないか。しかし君、米国人的に君の愛称は、本来「Gene」、ジェンとなるそうだぞ。判定者の知識不足の産物なのだよ、君の愛称って奴は! しかし今更ジェンというのも馴染みがあまりにも薄い。ここは一つ間を取って『ジェヌ』というニックネームを考えてみたのだがどうかね。クールかね?」
「聞きたい事があるんです」
リヒャルトの馬鹿話を打ち切る術をジューヌは心得ている。何も聞かなかった事にするのがコツだ。
「私、このまま実験を続けていいのでしょうか」
「え? 何ですか? 何を仰っているのか分かりませんが?」
「だから…。このまま実験を続けると、私は人間になるかもしれません」
「ふむ」
「そうしたら、みんなとも会えなくなりますよ。あなたとだって」
ここに至って、ようやくリヒャルトも彼女の言葉を真剣に受け止めた。うつ伏せの格好のままだったが。彼女の言わんとするところは、ノブレムという集団の中でのアイデンティティを失ってしまうという、その事に対する戸惑いなのだとリヒャルトは解釈する。
「君、幸せになり給えよ」
「え?」
「君は人間におなりよ。君の感性に吸血鬼という種が持つ陰りは似合わない。と、私は思うのだ。大丈夫だよジューヌ。君は人間になって、幸せにもなる。多少の時間を要するかもしれないが、私達の事は思い出の一つになるだろう。君の行く道の手伝いくらいなら私にも出来る。君を阻む者から君を護るのだ。何とこの私が直々にガードであるぞよ。その光栄を噛み締めながら、三回くらい両手を合わせて崇め給え」
どうしても最後辺りは「ズレ」が生じてしまうものの、それはリヒャルトなりに心を配った言葉だった。ジューヌは何も言わなかったが、だらんと延びたリヒャルトの手に小柄な掌を絡め、立ち上がって歩み去って行った。残されたリヒャルトはと言えば、触られた手を眺めて分からない顔である。
「何? 何今の。呪い?」
「…あなたはとても鋭い人だけど、駄目なところは本当に駄目なのね?」
その声を聞き、リヒャルトは咄嗟に立ち上がって跳躍し、塀を乗り越えて距離を置いた。声の主はカーラ・ベイカー。意地でも人間と目線を合わせないという、確固とした信条の賜物である。
「凄い! 私は凄いよ! 凄い反応速度!」
「そして極度に真面目でもあるわ。オメガカーブのような真面目さだけど。いいわ、そのまま私の話をお聞きになって」
カーラは小さなベンチに腰掛け、壁向こうのリヒャルトに話しかけた。
「単刀直入に言うけれど、ジュヌヴィエーヴはあなたに愛情を抱いているわ」
「はっはっは。ナイス御婦人、面白い駄洒落!」
「何一つ駄洒落は絡んでいないけれどね。あなたは彼女に、彼女が心を傾けるだけの行動をしているの。あなたは彼女を、命懸けで護り続けているわ。それはとてもシンプルな、男と女の話」
リヒャルトは黙ってしまった。何か考え事をしている風である。そしてようやく二の句を繋いだと思えば、それは矢張りリヒャルトであった。
「小生、2回連続で彼女を直衛しておりません」
「今迄してきた事の全てが、仲間を、ひいては彼女を護る事を根本としている。そのぐらいは私にも分かるのよ」
「いやいや、しかし、よりにもよってリヒャルト・シューベルトを!? 言っては何だが、私は変態ですよ」
「自覚はあるのね。まあいいわ。こればっかりは、当人同士の問題ですものね。でも、実は個人的には期待しているの。あなたと彼女。強制は絶対に出来ないけれど」
「…? どういう意味です?」
リヒャルトの問いに、返事は無かった。言うだけ言って、カーラは屋敷に戻ってしまったらしい。
最後の言い方は、それまでの流れとは趣を異にするとリヒャルトは気が付く。彼女の言い方には、決して穏やかな雰囲気は無かった。
<VH2-3特:終>
○登場PC
・リヒャルト・シューベルト : 戦士
PL名 : ともまつ様
ルシファ・ライジング VH2-3特【話のついで】