<ユニオン・スクエア>

 ユニオン・スクエアは小さな区画が公園になっており、その地下には大型の駐車場がある。しかし今は車が撤収され、広大な臨時のキャンプと化していた。

 市当局は家を失なったサンフランシスコ市民と、帰るに帰れない観光客への配慮に追われていたのだが、ユニオン・キャンプはその配慮から漏れた人々の為の施設である。戸籍やパスポートを持っていない、つまりホームレスや身持ちの怪しいバックパッカー等が逗留しており、その人数は相当なものである。それでも市外中心地であり、雨露を凌げ、しかも治安が行き届いている。野宿をするよりは遥かに快適な居住空間だった。

「何だ、また並ばなかったのかい。一体どうやってメシを食ってんだ?」

 配給の昼食を寝床に持ち帰った男が、隣の新顔に声を掛けた。

「色々あったんだろうけどさ、食わなきゃ駄目だぜ。生きる気力も萎えちまうぞ」

「ああ、そうだな…」

 新顔は曖昧に返事をした。実際、彼も腹をすかしている。しかし、どうしても体が食事を受け付けないのだ。何かの病気かと思われるのは嫌だったので、新顔はそれを黙っていた。実際、自分が病気ではないと彼は明確に自覚している。

「なあ、フゥ」

 何となく申し訳なさそうにパンを食べながら、彼がフゥと呼ぶ新顔に言う。

「自分の名前すら思い出せないなんて、相当な重症だぜ。一度、市の人に相談してみなよ。無償で病院を紹介してくれるかもしれん」

「考えておくよ。どうも頭が霞がかった感じなんだ。疲れた。とにかく疲れたよ」

「こんな異常状況だものな、仕方ねえよ。でも頑張りなよ。あんた、まだ若いんだからさ。ほれ、とっときをやろう」

 男はフゥにウィスキーが詰まったスキットルを投げて寄越した。

「いいのかい?」

「いいんだよ。あんた、酒は飲めるんだろ? 俺はもういいや。酒をやめて、これを機にやり直す方法を考えるんだ」

「そうか、ありがとう。ちょっと気晴らしに歩いてくる」

 フゥは礼を述べて、スキットルを片手に外を散策する事にした。

 外は良い按配の上天気である。フゥはウィスキーを一口飲んでから、直上の公園に行こうと決めた。ベンチに座って日がな一日を過ごすのが、彼にとって心安らぐやり方なのだ。

 その道すがら、彼はおろおろと車の周りを歩いている老婆に目を留めた。

「御婦人、どうかなさいましたか」

 声を掛けると、老婆はびっくりする目でフゥを見たが、直ぐに縋るように言って来た。

「どうしましょう、タイヤが溝にはまってしまったんです。ここだけ蓋が開いているとは思わなかったから」

 見れば、確かに片輪が側溝に落ち込む形で脱輪している。蓋が不自然に外れてしまっており、これは危ないなあ、とフゥは思った。

「分かりました。ちょっと横に避けて下さい」

 フゥはバンパーに片手を掛け、ひょいと車を持ち上げた。そして静かに道路へ着地させる。老婆は、口に両手を当てて目を丸くした。

「まあ、まあ! 何て力持ちさんなんでしょう! 本当にありがとうございます!」

 ひたすら恐縮して頭を下げる老婆を宥めつつ、フゥはその場を後にした。

 

 フゥがベンチに座ってスキットルの蓋を開けている。その様を遠目にアンジェロは一部始終観察していた。そして喉を鳴らして唾を呑み、掠れた声で呟く。

「…間違いない。ジル・ド・レエだ…」

 マクベティ警部補からの情報で、ジルに似た風貌の男がユニオン・キャンプで保護されていると知り、アンジェロはその裏づけを取っていた。しかしひと目見れば、アンジェロにも彼がジルである事くらいは直ぐに分かる。あの顔は、一度見たら決して忘れられるものではない。

 バーバラに精神を叩き潰されたジルは、ルスケスによって戦力外として追放された。曰く人間の血を糧と出来ない呪いを施され、それでも彼は吸血鬼である故に死ぬ事も出来ない。ただ、それで凶暴化する素振りは全く見せず、たった今も困っている人を手助けしている。これではまるで、いい人ではないか。無論、彼の真の姿を知るアンジェロにとっては、到底信じられない話である。

 この状況を知っているのは、間違いなく自分だけだ。一見無害な人間だが、何がきっかけで最悪の人食いが出現するか、知れたものではない。そしてジルは、先の親切行為から察するに、未だ力を残している。

 放置して良いはずは無いのだが、アンジェロは躊躇していた。始末するにも、アンジェロが考えていた翻意を促すという展開にしても、ハンターにとって悪くない話だ。しかし自分達に利する情報を、わざわざルスケスが通達してきた点に、不審が感じられて仕方が無い。

 判断を間違えれば、急転直下の危機的状況を迎えるかもしれない。アンジェロは頭を抱えた。

 

 

<H4-6特:終>

 

 

○登場PC

・アンジェロ・フィオレンティーノ : マフィア(ガレッサ・ファミリー所属)

 PL名 : 朔月様

 

 

<戻る>

 

 

 

 

 

ルシファ・ライジング H4-6特【ある昼下がりに】