<リッチモンドのガレッサ一家>
現場の作業が押してしまってね、見回りが何時もより遅くなってしまったワケよ。見回りって言っても勘違いしないでよ。周辺住民への威圧行為なんだから。ガキどもが夜更けにたむろするんじゃねえわよとか、信号機の無いとこで道路を横断するんじゃねえわよとか、お婆ちゃん荷物をお持ちしましょうかとか、まあそんな感じ。東はインナー、西はアウターまで、リッチモンドというリッチモンドはガレッサの支配下に置かれていると言って…いや、それは言い過ぎ。まあ、リッチモンドの義侠集団と言えばガレッサ・ファミリーかもしれないと、言われるくらいにはなってみたいと思います。
話が逸れたわ。で、相も変わらず2人手下をつけたのよ。そうしないとマルセロ爺がうるさいからね。ガリノッポのルイージと、チビデ
「マム! チビデブだけは言っちゃいけません! チビデブは政治的に好ましくない表現です!」
「兄貴、落ち着きなせえ落ち着きなせえ」
うっさいわねえ、マリオ。ダニー・デビートに酷似した外見のくせに。で、自称スーパー何とかブラザーズと一緒に一通りリッチモンドの住宅街を歩いてみたんだけど、やっぱり大した事はないのよね。前はチャチなギャングが居るには居たんだけどさ。こっちが凄んだら薄ら笑いで取り囲もうとしたけれど、急にブルブル震えだして、あたしとブラザーズを化け物でも見るかのようにトンズラこいたワケ。駄目よ、近頃のギャングスタは。やっぱり真正面からガレッサと張り合おうなんざ10年早い。次の日から綺麗さっぱり見掛けなくなったもの。
また話が逸れたわ。こうしてリッチモンドも随分静かな街になって、これはこれで街にとってはいい事だけど、マフィア的にはイマイチじゃない? ピリピリした緊張感みたいなもんが、マフィア的にはあって欲しい。一丁「庸」のシマのクレメントストリートに乗り込んでみようかしらん。なあんて言うとマルセロ爺が全力で止めにかかるから出来ないんだけどさ。で、あの夜はゴールデンゲートパークまで足を伸ばしてみたワケ。公園なのにゴルフ場とか科学アカデミーとか、果ては湖まである馬鹿でかい所へね。昼は市民の憩いの場だけれど、夜はまた別の顔を見せるのかもしれない。ギャング来い! どんと来い! そんな淡い期待を胸に秘めて乗り込んだ先には、歩いても歩いてもただ静かな緑があるだけでした。なんか公園見回りの警備の人に呼び止められるし、謝る羽目になるしで散々だったわ。
そしてここからが話の本番。
日本庭園側の道をリッチモンドに向かって歩いていた時の事よ。私の軽やかな足音。ルイージの引き摺るみたいな足音。ルイージ、足はちゃんと上げて歩かないとだらしなく見られちゃうわよ。そんでマリオのいちいち踏みしめるような足音。どうしてそんな無駄に自信満々なのあんたは。まあ、そういう3つの足音以外に、何か歩く音が聞こえてきた。耳を澄ますと、カッポカッポカッポって、リズミカルな音があたし達の背後から。それがだんだん近付いてくる。
あたし達、顔を見合わせて、何だろうと思って振り返ってみたのよ。でも誰も居ない。でも足音が近付く。足音はもう目の前に迫って、私達の隣を通り過ぎて、それでも何も見えないのよ。幻聴じゃないわ、3人揃って聞いていたんだから。
で、足音がピタリと止まった。何も聞こえなくなったの。今のは何だったんだと思いながら前に視線を戻したら、そいつは目の前に居たわ。あたし達の行き先を塞ぐみたいにさ。
そいつは凡そこの世のもんじゃない。真っ黒で大きくて、ルビーみたいに光る目の馬に跨り、古めかしい甲冑とズタボロのマントに身を包み、片手剣を携えて、轟然と立つその騎士は、首から上が見当たらない! そいつが剣を振り上げた瞬間、あたし達は生涯最高の速度で遁走したわ。
でも、所詮は人の足じゃない? 翻して馬で駆けて来たそいつに追いつかれるのは自明の理だったワケ。それでも誇らしきガレッサ・ファミリーの末裔たるあたし、こんなとこで首の無い化け物に首をはねられて、偉大なガレッサの血を絶やす訳にはいかない! 逃げに逃げて、また逃げて、逃げまくってJFKドライブ(車道)まで転がり出て、慌てて振り返ると、もうそいつの姿は見えなかった。それがほんとに、掻き消えたように居なくなったのよ。
いやー、魂消た。全くもって魂消たわ。こうしてジェイズに足を運んで結構になるけど、この世ならざる者を見たのは初めてだったからね。あのスペクタクルナイトから明けて思い返したんだけど、あいつは間違いなくアレだわ。ヘッドレス・ホースマン。首無し騎士。スリーピー・ホロウに出て来たのをみんなも知ってるでしょ? あたし、あの映画のセルDVD持ってるんだけどさ、昔「レジェンド・オブ・スリーピーホロウ」って映画をレンタルDVDで誤って借りた事があるのよ。始まって数分、全っ然バートン臭がしない明るい画面に、イカボッド先生がどう見てもジョニー・デップじゃない善人ヅラ。何でだろう何でだろうと思ってDVDのケースをよく見たら「レジェンド」って余計な書き文字を発見。レンタル屋の店員に涙目で抗議したわ。でも店員、すまなそうに笑って「お客さん、よく間違えて借りられるんです」だって。今度こそしっかりケースの奥付を確認して「バートン」の、「デップ」の「スリーピーホロウ」を借りたら、また中身が「レジェンド」で憤死しそうになったもんよ。どうやら店員も見分けがつかなくて、ケースに間違えて収納してしまったみたいね。
話が逸れたけど、首無し騎士がゴールデンゲートパークを闊歩しているらしいこの現状、マクベティ警部補はどう思ってるいらっしゃるのかしら!? あれ、警部補、どうしたの? 何で頭を抱えてるの? 頭痛が痛いの?
<ジェイズ・ゲストハウス>
「うるせえ。マジうるせえ。ほとんど息継ぎ無しでしゃべり倒しじゃねえか。脳に手ぇ突っ込んで捏ね回されたみてえだ」
「失敬な。あたしは脳に手ぇ突っ込んで捏ね回すような酷い事は一度もしたことないわ。それよりも大変よ。GGパークの危機よ。或いはリッチモンドの危機よ。もっと大きく出ちゃうけど、サンフランシスコの危機と言えるかもしんない! 一刻も早くGGパークを全面封鎖して!」
「無茶言うな」
「無茶言うなって、警部補の方が無茶よ。SFPDの仕事は事件の解決じゃなくて、事件を未然に防ぐ事でしょうが!」
シルヴィア・ガレッサに切り返されると、マクベティ警部補も言い返せなかった。確かに事件が起きるかも知れない状況に対して何も手を打たないのは、警察として怠慢である。
彼女は既にマフィアとしての存在を忘れ去られた、ガレッサ・ファミリーの頭目である。今はガレッサBldという建築会社の若き社長だが、その血には確かに地域を守るというガレッサの伝統が継がれているらしい。無下には出来ないと、ジョンは思った。
2つ目の怪異現象、首無し騎士の出現について、その当事者3人が偶々ジェイズに来たのをいい事に、ジョンは事のあらましを今一度しゃべらせていた。結果、脱線満載のマシンガントークを聞かされる羽目になったが、その話に偽りは無いようだ。全身がポジティブで構成されていて、普段から実に調子の良いシルヴィアではあるが、彼女が嘘をつく人間ではないとジョンは知っている。
「警備員の増強は、何らかの理由をつけて上申してみよう。しかしさすがに封鎖は無理だぜ。そんなでかい事をするには見合う理由が要るが、今はその理由が無い。大体、その話は何日か前だろう? 以降、夜に首無し騎士の目撃情報は入っていねえんだ」
「え、そうなの。マリオ&ルイージ、あたし達、確かにアレを見たわよね?」
「へい、確かにです。すんごい勢いで追いかけられました。体脂肪も完全燃焼でした」
「警部補、マムと兄貴と俺も嘘は言ってねえですぜ」
「分かっている。信じるぜ」
しかしジョンは分からない顔になって、カウンターのジェイコブに問うた。
「スリーピーホロウの伝説は」
「警部補、『レジェンド』は抜いた方がいいわ!」
「静かにしてろ嬢ちゃん。スリーピーホロウの首無し騎士は、ありゃ東部の話だろう? ピーカンの西海岸に、何でゴシックモンスターが出て来やがるんだ」
「首の無い怪物の話は世界中の何処にでもあるが、シルヴィアが見たのは典型的なスリーピーホロウの首無し騎士らしい。何故そんなものがサンフランシスコに出て来たのかは、分からないが」
「そもそも首無し騎士ってのは、どういう手合いなんだ?」
「悪霊だよ。奴の場合は、首を落とされて世を恨んだドイツ傭兵のなれの果てってとこだろう。何にせよ、強敵には違いない」
「しかしあの話じゃ、森に入った者を無差別に狙う怪物だったぞ。何故シルヴィア以降に目撃譚が無いんだ?」
「ともかく!」
シルヴィアは、バンとカウンターを大きく叩いて立ち上がった。作業に没頭していたハンターの何人かが、迷惑そうな目を彼女に向ける。そんな事を気にするシルヴィアではない。
「あたしが見たのは間違いない。よってあたしが今一度首無し騎士の実在を確認してくるわ。そのうえで、ハンターに退治をお願いしようと思う。まるで映画のような展開だわ。差し詰めタイトルは『ガレッサ・ファミリーと首無し騎士』。ハリー・ポッターと○○○のバッタ物みたいで面白い! マリオ&ルイージ、明日の夜からGGパークの調査に行くわよ! 昼は仕事で忙しいからね」
『…そんなあ』
「いやいや、『そんな』も何もない! 警部補、いいでしょ?」
「構わねえが、十分用心しろ。どうせ止めたって聞きやしねえし。おい、ハンター諸君」
ジョンはハンター達に呼び掛けて、シルヴィアの方を指差した。
「件の話に興味があったら、彼女の調査に協力してやってくれ。何しろ『この世ならざる者』に関しちゃ、あんた達の方がプロだからな」
「まあ、それは助かるわ。次いで、よかったらうちの会社でバイトでもしてみない? 昼ごはんはパスタよ!」
「昨日も今日もパスタでしたっけね」
「きっとこの先ずっとパスタでさあ」
言うだけ言って、意気揚々とガレッサ・ファミリーはジェイズを後にした。興味丸出しでジェイズに出入りする彼女を、鬱陶しく思うハンターが居ない訳ではない。が、彼女は自分の可能な範囲内であるものの、貴重な資金やツテを「酒場」に提供してくれる。だからジェイズとしては、無くてはならない人間の1人なのだ。それに高性能なアイテムを非合法で入手出来るのも、ガレッサBldが裏で行なっている禁輸品取り扱い業のおかげだった。尤もこちらは、シルヴィアが関与する仕事ではない。ガレッサに古くから仕える、あの男の仕切りだ。
「何にせよ、ビアンキの野郎が今回の件で出張ってくるのだけは避けなきゃな」
ジョンは深々と溜息をついた。
マルセロ・ビアンキは静かな男だが、シルヴィアの事となれば話は別だ。状況によっては、首無し騎士云々よりも厄介なものを相手にしなければならなくなるだろう。
初期情報:『ガレッサ・ファミリーと○○○』