のべつまくなし

 ブリュンヒルデお姉様。略してブリ姉。お元気ですか。私は元気です。日ノ本でお茶汲みをしているゲイッロンドゥルです。私の名前は、どうやらこの方面の蛮族には発音するのが困難であるらしく、自己紹介直後、速攻で略称をつけられてしまいました。今の私は「ゲイ」と呼ばれています。その名を言う度に相手がクスクス笑います。私はとても不愉快です。

 こうしてゲイ呼ばわりされたうえ、ここ最近は特に戦も起こらないし、お茶でも汲んでろと言われてその通りにするしかないという、屈辱的な日々を私は日ノ本で過ごしております。出来れば私もそちらの方に行きたかったです。ホイヨートホーとか叫んで敵陣の中に槍を抱えて突進したいです。そんな妄想に耽りながらお茶を汲んでいます。自分は一体、何をしに来たんだと夜空を見上げています。

 とは言っても、こうして古き神々が神々足り得る数少ない場所が、ここ日ノ本であるには違いありません。欧州全域がルシファのクソッタレ共に散々蹂躙された今となっては、たとえ大陸の果てであっても、そのまた向こう側に浮かぶ面白い形の島であっても、身を寄せて反攻の機を伺うしかない。それでも最初は意気盛んでありましたね、私は。

 しかし実際に来てみると、えらい事になっていましたよこの島は。もう、そっこら中に、言い方が悪いですけど神々の吹き溜まり状態。今は世界中の古き神が駆逐されて、辛くも逃げ延びた生き残りがみんなこの島を目指してしまった、という訳です。あまつさえ、ハルマゲドンとかいうラグナレクの紛い物にほとほと嫌気が差したらしい、天使の一団まで居る始末。あの人達、すっごく肩身を狭そうにしています。

『天使って言ったらあんた、森永のラッパ吹いてる坊やちゃんみたいなのと思ってたのに、何かただのオッサンじゃね?』

 等と酒呑童子とかいう酒臭いオッサンにオッサン呼ばわりされて、可哀想に、サリエルさん。

 こうして相当に知名度があるはずのワルキュリュル一行も、『大陸の端っこの方、寒そうなところの神さん』扱いで、有象無象の中に埋もれがちといった按配です。北欧戦線で絶望的な撤退戦を繰り広げていたのが遠い昔に思えます。今の私は、とにかく戦がしたいです。多分他の神さんもそうだと思います。神さんらしい事をしてみたいです。本当に、あれだけ居たルシファの軍勢は一体何処へ行ってしまったのでしょうか。

 それはともかく、かように世界中から神々を取り込んで平然としていられる土地柄、その一点に関しては驚嘆致します。何せこの島には『便所の神さん』も居るそうで(とても偉いのだとか)、誰であっても○○の神、その一言で八百万の仲間入りという素晴らしいアバウトさ。ちなみに天使は『キリストの神』だそうです。どういう意味だか分かりません。

 あるがまま、なすがままという自然信仰が完全に土着化した日ノ本ならではという感じですが、私はそれに加え、あの女神の影響も相当でかいんじゃないかと睨んでいます。

 天照大神。世界を照らすという大層な御名前の御大将が、この大集団の統率者です。何しろこの御大将、執念深く短気でありつつ『細けえ事ぁいいんだよ』みたいな竹を割ったお人柄で、善性も悪性もへったくれもなく従わせ、面倒見がとても良く、おまけにヤケクソに強いという、ギリシャ神話のゼウスを女にしたようだと言えば分かり良いでしょうか。私は遠路遥々という身空もあって、かなり優しくしてもらっておりますが、時折気に入らない対象に鉄拳制裁を加える姿が大変恐ろしい。彼女の弟2が、しょっちゅう暴力の餌食になっています。

 彼女は特定の対象(弟2)以外には滅多と怒りませんが、少し前、頭の足りない女子アナウンサーが彼女の名前を「てんてるだいじん」と口走った時、その女子アナに呪いをかけようとして周囲に止められる、という実に鈍臭い事件があったそうです。ただ、「てんてる」という間抜けな響きは密かに笑いのネタになりまして、彼女の耳の届かぬ場所で「てんてるだいじん」呼ばわりするのが、しばらくの間流行したのだとか。しかし九本尻尾の小賢しい狐が、陰口バレて漬物石に強制変化という顛末をもって、てんてるウェーブは終了と相成りました。ちなみに狐がようやく許されたのは、かなり最近の事です。

 で、ブリ姉。私は今、そのてんてるだいじんに呼び出しを食っています。何だろう。ドキドキ。私、日ノ本ではかなりお利口さんにお茶汲みをしていましたけど、裏では結構罵詈雑言を吐いてましたし、化粧濃過ぎとか言ってましたし、もしかしたら、それらが彼女の耳に入ったのかも。嫌ですよ。糠臭い漬物石にされるなんて。

 そんなどす黒い不安にげんなりしつつ、ゲイッロンドゥルは伊勢の宮に参内と相成りました。伊勢の宮は相当に広いところなのですが、アマテラスさんの私室は絢爛豪華に程遠い地味な作りで、民草との敷居が随分と低く感じられます。しかし其処はワルキュリュル、礼儀を尽くして膝を付き、ゲイッロンドゥルは立派に御挨拶申し上げましたよ。

『こんにちは。天気いいですよね』

『おお、来たかゲイ殿』

 ちょっとイラッときました。

『実は頼み事があります。そなたにしか出来ない…と言うと大袈裟ですが、そんなに難しい事でもありません。しかし大事であります。そなたには、わらわと共に或る場所への同行を願いたいのです』

『同行ですか?』

『この戦いの趨勢に関ります。これが成功すれば、私達の日ノ本要塞は更なる堅固な城壁を得る事となるでしょう。どう? 燃えてきた?』

 燃えてきました。来ましたブリ姉。来たコレブリ姉。遂に、やっと、ようやく、『大陸の端っこの方、寒そうなところの神さん』の真価を発揮する場が到来しました!

 

ながめせしまに

 全知の象徴、アルヴィト様。略してカマトト。御機嫌如何ですか。私は凹んでいます。只今、日ノ本の島根県、斐乃上温泉の宿に逗留中のゲイッロンドゥルです。

 テーブルと言うよりは卓袱台に近い代物を取り囲んでいるのは、私と、一応日ノ本の最高クラスの神々です。こうして人間の姿で世に出るのは、神無月とかいう時期にお出かけする以外は、滅多にない事だとか。如何にもお堅いキャリアウーマン然としたアマテラスさんを前にして、肩を落としてビクビクしているのがジャージ髭男スサノオ氏、ジーンズにTシャツというやつれた貧乏青年風のヤツマタ殿。よく分かりませんが、この面子が顔を揃えるのは大変な事なのだそうですよ。全然全くピンとこないんですけどね。

 スサノオというのはアマテラスの弟さんで、ヤツマタは彼と大昔に大喧嘩をした間柄との事で、此度の会合は彼らの和解を目的としたものです。都合、私も一枚噛みました。噛みましたが、その経緯は相当にげんなりする代物でした。腹に溜めるのも嫌だから、カマトト、あなたに語って聞かせます。

 スサノオに封印されたヤツマタこと九本首の大蛇さんの居場所にね、行かされた訳ですよ、私は。日本酒一本携えて。 

 実を言えば封印は少し前に解除されていたんだそうです。何せ昨今の堕天使軍団の大襲来。元来日ノ本に居た土着の神々の、中でも最大級の存在がヤツマタであり、彼の力も必ず必要になる。だから出て来て共闘して貰えるよう、アマテラスが配慮したんですよ。

 しかしこれが出て来ない。むしろヤツマタ自身がでかい結界を張って、頑として引き篭もる。お前らなんぞと一緒に戦ってやるもんかと。先んじて同盟を組んでいた妖怪の皆さんが「まあまあ」ととりなしても全然駄目。何故かと言えば、封印に至る経緯にあったという訳なのです。その経緯を聞くと、成る程、という感じでした。スサノオが酒で酔わせて、寝ている間に片っ端から首を刎ねたんだそうです。セコ。そりゃ怒ります。確かに知恵を回したやり口ですが。しかしながら、その結界とやらがとんでもない代物で、アマテラスでもこじ開けられない。で、私に白羽の矢が立ちました。

 私に封印突破の大役を仰せ付けられた。そう思いました? 違うんだな、これが。

『こんにちは。ゲイッロンドゥルと申します。ちょっとお話をさせて頂けませんでしょうか。日ノ本の神さんに言われては来ましたが、本当にお話だけです。お酒も持って来ました』

『おお、何と可愛らしい異国の方。お入りなさい。酒とはまた気の利いた娘さんだ。地元名物のどじょう掬い饅頭食べる?』

 この程度で容易く進入を果たしたという訳です。酒好き、女好きという弱点は、未だ治らぬ持病のようなものなんですよ、この御方は。で、楽しくおしゃべりをしてお酒を注いで、気持ち良く酔っ払った頃合を見計らって髪に挿した櫛に化けていたアマテラス、満を持して大登場、王手詰み。泣いて嫌がるヤツマタを腕力で引き摺り出し、明確な恫喝でもって強制的に呼び寄せたスサノオと引き合わせた、という次第です。この方、昔と同じやり口にまた引っ掛かったという。

 こんなんだったら、別に私じゃなくても良かったでしょうに。そう言うとアマテラスさんは首を横に振りました。

『八俣は評判の悪さが先走り過ぎて、女官がみんな嫌がってしまってねぇ…』

 だそうです。私しか出来ないのではなく、つまり私しか居なかったと。超ガッカリ。

 話を元に戻します。居丈高に2人を見下ろしていたアマテラスさんが、スサノオ氏に目を向けて言いました。

「いい加減、和解して貰えない?」

「やだ」

 そう言って、決して目を合わせて来ないスサノオ氏に、アマテラスさんはにっこり笑いかけ、おとがいを大きく逸らしました。そして反動をつけた渾身のヘッドバットをスサノオ氏に叩き込みました。ゴキャ、と危険な音と共に卓袱台へ突っ伏すスサノオ氏。何なのこの姉弟。続いてアマテラスさんは、凄惨な笑顔をヤツマタ殿に向けました。ヤツマタ殿、恐怖も絶頂の按配ながら、震える声で抗弁開始。

「ぼ、暴力に屈しないぞ。大体からして、無体ではないか。よりにもよって、こやつと仲直りとか無いわ。そもそも、何故私がお前達の意に沿わねばならんのだ。日ノ本では昔から、民達が貧しいながらも暮らしを立てて、私は山野と河を司って彼らの営みを見守るという、実に緩やかな関係性が構築されていたのだ。まあ、自然現象だから時には氾濫とか噴火なんかもあったけれど、災いの後には実りをもたらせるよう、結構気は使っていたんだぞ? それをお前達、後からやって来た分際で、大きな顔をしおって。お前達の持ち込んだ文化のおかげで、民達の暮らし向きがかなりよくなってしまったではないか。いや、それはいい事なんだけど、お陰で私の存在感が、何か微妙になってしまった。まあ、それもいいんだ。仕方ない。時代の移ろいとはそういうものだし、私も何れ地元の風変わりな蛇神扱いになるのであろう、へんてこな蛇の被り物で村間を練り歩くとかの奇祭でも行なわれるのだろう、などと漫然と思っていた矢先に、こやつだ。須佐之男だ。奇計か奇策か知らんが、何だよあれ。あれで日本神話上最大の英雄とかおかしいだろう。おかしいと思わなかったのか、古事記とか日本書紀とか書いた奴! 結局私が封じられた後、国津神が一挙に恭順して、挙句に私は日本神話の悪役だ。人間なんて、本当は1人も食っていなかったのに、今やバリボリ乙女を食い散らかす変態蛇神ですよ。もう沢山。結構です。お願いだから、とっとと帰って頂けませんでしょうか!? はーっ、はーっ」

 凄い。ほとんど息継ぎ無しでヤツマタ殿がしゃべるしゃべる。息を切らして、言いたい事は全部言ってやったという達成感みたいなものを顔に浮かべながら、ヤツマタ殿はアマテラスさんを睨みつけていました。対してアマテラスさんは、予想外の行動に打って出ます。居住まいを正して座り直し、両掌の先をちょこんと前に合わせ、丁寧に頭を下げて一言。

「仰る通り。相済みませんでした」

 ヤツマタ殿は固まりました。「振り上げた拳を何処に下ろせばいいの」状態です。実際、私も意外でした。プライドの塊みたいなこの御方が、まさか立場的には仇敵になるはずのヤツマタ殿に頭を下げるとは。そしてアマテラスさんは言いました。大ダメージからようやっと回復して頭を抱えるスサノオ氏に、ピッと指を突きつけて。

「ただし、謝るのはこいつ、マザコン髭の所行についてです。確かに神たるもの、力と力、正々堂々の戦で決着をつけるべきでした。後世の名誉を損なうに至る始末、またその回復については、わらわも取り計らう所存です」

「あれは、周囲への被害を慮っての事なんですが」

 と、口を挟むスサノオ氏。

「俺と蛇野郎がまともにぶつかれば、周囲への被害も甚大なるものとなっていたでしょう。いや、確かにあの策を思いついたときは自分に拍手喝采でしたが」

「そんなもの、南鳥島にでも彼を引っ張り出せば済む話でしょ?」

 随分無茶な事を言ってますが、アマテラスさん。

「ともかく、謝るのはその点についてのみ。貴方を封印に至らせたるは、我等天津神一党の思惑。これ自体は正しかったと考えております」

「何と傲慢な物の言い。元来から八州に住まう者の立場は度外視ではないか」

「左様。そうまでしてでも、八州には統一された成り立ちが必要と考えたのです。天津神と国津神の和合という形によって、日ノ本には一つ国の起こりから今へという流れの物語が作られる。一つ国としての統一認識が生まれる先駆けとなる。統合国家無くば、大陸の思想信条、言い換えれば向こう側の神々にいいようにされていたでしょう。日ノ本が日ノ本である為には、オリジナリティが必要だったという次第。ただ、その和合に至るまでに最大の壁を取り払う必要がありました。八州の化身、貴方の事です」

「思想の侵食は自らの独自性の崩壊に繋がるという訳か。まるで、自分達の為という風に聞こえるのだが」

「その通り。自分達が日ノ本の神々として君臨し続ける為です。さすればわらわは更なる力を得、日ノ本に高度な防御網を敷く事が出来ます。これまで発生した霊的な干渉を、尽く跳ね返して今日の栄えに至る諸々を、きっと我が民草は与り知らぬでしょうね」

「神とはそういうものだ」

「そういうものです」

「しかし、防御網を破られかねない大攻勢を受けている、と」

「然り。今は一時の凪ぎの如くですが、何れまた攻撃が吹き荒れましょう。どうか力をお貸し願いたい」

「勝手な事を言うな」

 畳み掛けるアマテラスさんに対し、ヤツマタ殿は不満を述べながらも腕を組んで思案しています。次いで私も考え込んでしまいました。この神話が現在進行形で維持され、未だ民と土着の神が深く繋がっているこの国は、確かに強大な防御を敷けるものなのだ、と。だって、これだけの人口を抱えながら、多分以下のような会話がほぼ全ての民において成立してしまうのですから。

『日本で一番えらい神様は誰?』

『てんてるだいじん』

「…ゲイ殿、漬物石にされたいのかえ?」

 しまったあああ。心の中を読まれたあああ。

 と、ヤツマタ殿が顔をハタと上げて私は救われました。

「仕方ない。手を貸す。しかし断じて天津神には恭順しない。私が君臨し、且つ仕える対象は八州の民だけなのだから」

 おお、と思わず声を上げてハイタッチする私とアマテラスさん。満足げに頷くスサノオ氏。数多の首持つ、天駆ける大蛇が私達のお友達になってくれました。見てくれを想像するとヨルムンガンドみたいですが、理解が早いし、結構いい人です。

「良くぞ言ってくれた、俺の永遠の宿敵よ」

 と、スサノオ氏が居丈高に曰く。

「その意気に応えるべく、俺の一番の家来にしてやろう」

 嗚呼。って思いました。嗚呼、この人、本当にアレな神さんなんだ。先刻恭順しないって言ったばかりなのに。

 案の定、カチンときたヤツマタ殿が髪を逆立ててドツキ回さんと飛びかかり、スサノオ氏もこれに応戦。放置すれば世話になっている宿どころか村一つが消滅の危機でありましたが、そうなる前にアマテラスさんが捻りの効いたフックで2人の鳩尾を抉り、会談は平和裏にお開きとなりましたとさ。目出度し。

 

ちよにやちよに

 人間の年齢に当てはめれば未だルーギャーのゲイルスケグルちゃん。略してゲイ。おっと、私と同じ屈辱的略称ではありませんか! 生きてますか? 私は生きてます。ゲイッロンドゥルちゃんですよ。

 夢のまた夢に思えたスサノオ氏とヤツマタ殿の共闘締結は、アマテラスさんの脅しもあって滞りなく実施され、今はお二人とも小競り合いしつつ、最前線の守備に就いています。こうして戦力も一気に拡充し、さあ来い、来やがれこん畜生と意気軒昂の日ノ本要塞でありますが、未だルシファのクソッタレ共からの音沙汰はありません。一体どうしてしまったのでしょうか。痺れを切らした件の御二人は、そろそろ打って出ようかと目論んでいるみたいです。血の気の塊みたいな方々ですからね。

 ちなみに私は、元のお茶汲みに戻りました。全くもって嘆かわしい事です。ま、他のワルキュリュルも似たような立場に落とされていますけれどね。飯炊き係、社の掃除係、そして偶に、何か楽しい事をやってみて係。楽しい事係は地獄です。ここの神どもと来た日には、娯楽の最低ラインが低い方々ばかりでして、くだらない歌と踊りで拍手喝采を貰えはします。ただ、先頃も酷い事がありました。進退窮まったスケッギヨルド、略して助清が、よりにもよって『ゲイルロズさんの家で飼っている騒々しい犬の物真似』という、如何ともし難い出し物を披露したのです。かような代物でも大爆笑というのが、また如何ともし難い。反動で凹んだ助清の姿が痛々しいです。こんな思いをするくらいならば、忙しくお茶を汲んで回れる我が身は比較的幸運と言えましょう。

 こういう情勢ですので、アマテラスさんも御自分のお宅で居られる事が多く、都合私もしょっちゅう伊勢の宮に出入りしています。

 余りにも動かない状況を前にしても、さすがに主神様々は泰然自若としておられる。と、思うでしょ? 私達の父君がそうでしたから。ところがアマテラスさんは一味違います。時たま奥の部屋から『あんぎゃああ!』と得体の知れない喚き声が聞こえてきて、つまり相当に苛々しているみたいです。さすが、大昔「おかあちゃんに会いたい」と泣いて高天原にやって来た己が弟に、完全武装で「何しに来やがった? ああ?」と応じた戦神だけの事はあります。

 取り敢えず今日もアマテラスさんにお茶を出し、何となく私もその場に留まりました。本日のお願い事一覧を読み耽っていたアマテラスさんが、私に目を留めて首を傾げます。

「どうなさいました、ゲイ殿。少々気も晴れぬ御様子。もしかして、あの日か?」

「すいません、これでも神の端くれですので、あの日というのはございません。実は、以前のヤツマタ殿との会合の事で、多少気になるところがありまして」

 と、私は心の片隅に居座り続けている考え事を吐露してみる事にしました。

「元々この八州には、土着の神さんが居ましたよね?」

「うん。居ましたね」

「それが後々にやって来た天津神の一族が吸収する形で融合を果たし、アマテラスさんが仰るには、これにて一本のストーリーが完成したと」

「ああ、そう言いましたね。この小さな八州も、元はてんでバラバラの状態でありましたし、それを統合する方向でわらわは行動を起こしたのです。これは現代の皇族の祖先達が、日ノ本の平定を開始した動きと符合するものです」

「其処に私は郷愁を覚えるのです。その話は、私達の居た北方欧州に似ています。名も無き神の思想が透徹して、私達は崇拝の対象から転げ落ち、限りなく民話の域に近い伝承の存在となりました。崇敬ではなく、何と言うか、ネタの対象? 若い姉ちゃん達が槍を抱えてホイヨートホーってのは、色々といらん想像力を掻き立てるみたいです。それは良いのですが、やっぱり私は名も無き神の浸透が恐ろしいのです。そしてこの日本も、状況が異なるとは言え、その、何と言いますか」

「かつてこの日ノ本で、名も無き神の世界制覇と似た所行が実施された、という事ですね?」

 うわ。言い難い事をアマテラスさんは直球ど真ん中で。しかし彼女は気を害した風でもなく、私を宥めるように語り始めました。

「恐らくですが、名も無き神も『自分が唯一にして絶対』などとは定めていなかったと思います。そのように仕向けたのは、間違いなく人間なのです。自身の信じるものが最も良いものであって欲しい、との人間の欲望は、私達でも抑え込む事は出来ないのです。そしてそれは、名も無き神にすら。だから私は、日ノ本の統一された認識を、全ての存在を認めるという方向へ形作るよう心がけました」

「何とかの神、というやつですか」

「そう。この日ノ本には八百万の神が住まうのです。実に豊かな事です。ゲイ殿、あなたも八百万の一柱におなりなさい。さすればしばらく後、ゲイ殿は『腹黒の神』という名で呼ばれるでしょう」

 …てんてるだいじんの事を未だ根に持っていると見ました。

 しかしながら、それを受け入れるのは少々難しいところです。先にアマテラスさんが言っていた、『信じるものが最良』という人間の認識に、私達も魅入られているからなのでしょう。その甘美な思い出を捨て、沢山ある内の一つになる、というのは勇気が要る事だと思います。ああ、天使の皆さんがどうしても日ノ本に馴染めない理由が、何となく理解出来ますね。

 ただ、私達も変わらなければなりません。全てを受け入れてくれるこの日ノ本で、私が存在する為に。

 その際は出来る限り有意義で、且つ美しい○○の神を目指さねばならぬという事です。このままだと私、お茶汲みの神という事になってしまうじゃありませんか!

 

 

 

 

<戻る>

 

 

 

 

 

ルシファ・ライジング 第六回より【日ノ本要塞:徒然なるままに】