<サンフランシスコ・19世紀>
19世紀半ば、カリフォルニア州全体がゴールドラッシュで沸き返る直前まで、サンフランシスコは大した事のない地方都市のひとつであった。
それが州において金鉱脈発見のニュースが全世界に伝わるや、瞬く間にあらゆる人種がこの土地目掛けて押し寄せる事となる。都合、港湾が整備されインフラが整えられ、宅地造成も着々と進み、米国有数の大都市へと変貌するのに、そう時間はかからなかった。現代に至るサンフランシスコが、人種の坩堝となった原点が其処にある。
しかしゴールドラッシュは、期待に胸膨らませて新天地を求めた移民達の、全ての懐具合を潤す事は決して無かった。確かに採掘された金は莫大で、当事の世界経済に大きな影響を与えたには違いない。しかし富める者は何時の時代も一握りで、その他大勢に残された選択は二つしかないのだ。郷里に帰るか、留まるか、である。
サンフランシスコは航路的にアジアとの交易に適している。よって中国人労役者、いわゆる苦力(クーリー)が大量に移民する事となる。ゴールドラッシュが落着した後も旺盛な商売への情熱は持続し、中国人達のサンフランシスコへの定着は、そのようにして始まった。
彼らは働く。相場を無視された低賃金で、とてもよく働いた。しかし働き過ぎるその意欲は、土地に貢献するという意識が希薄であり、また他人種の労働者層から限られた職を奪う事にも繋がった。妬みや恨みの目が、中国人達に向かう。それに加えて、彼らの肌の色は「黄色」と認識されていた。元来のアメリカ人である「赤銅色」と共に、「白色」から見れば同じ人間とは思われていない向きがある。それらが合わさり、当事の中国人達は、徹底的な差別を受けていた。
「何故だ、俺達は道を歩いていただけじゃないか!」
中国人になまりの強い英語で言い返され、貧しい労働階級のアングロサクソン達は、更に激昂した。
騒ぎを聞きつけて集まって来た屈強な男達は、既に三桁に届きそうな人数にまで膨れ上がっている。対して痩せた中国人の一行は、十人ほどしかいない。このまま騒ぎを続ければ、どういう結果になるかは火を見るよりも明らかである。それでも、震える仲間達を背中に隠すようにして立ちはだかり、リーダー格の京という男は、何とか言葉による説得を試みようとした。
そもそも事の始まりは馬鹿らしいものだ。労役に出る為に道を歩いていた一行が、朝から飲んだくれている白人達に出くわした。面倒事を避ける為、一行は肩を狭めて道の端を進んだのだが、その態度が逆に気に喰わなかったらしい。白人達はすぐさま因縁をつけ、一行はそれを極力無視した。その挙句の果てが、このざまだ。
「気を悪くしたのだったら、謝る。すまなかった。ただ、俺達は仕事に行きたいだけなんだ。頼むから、もう引いてくれ」
「うるせえぞチンキィ!」
「何が仕事だ、無駄に数を増やしやがって! 俺らの仕事はどうなるんだよ!」
「てめえ、酒と食い物の買占めやってんだろが! 肥え太りやがって、このチンクどもがッ!」
肥えているのは無駄飯を食っているお前らだろう。そう言ってしまいたい気持ちはやまやまであったが、口にしたが最後、導火線の火が爆弾に到達する。京は唇を噛み締め、逃げる算段を考えた。後ろを向いて全力で逃げる事は出来るのだが、体力だけは有り余っている白人達に追い着かれる可能性が高い。それに移民街へ逃げ込めたとしても、頭に血が上った獣のような連中を、細々と生計を立てる生活圏に呼び込む事となる。進退窮まるとは、この事である。
(じゃあ、一体俺はどうすればいいんだ)
京の心が絶望に支配されかけた、その時だった。
大喧騒の横合いから、やけにのんびりした聖書の一節の朗読が聞こえてきた。あまりにも場違いなその声に、いきり立っていた面々も徐々に静かになってゆく。そして白人と中国人の双方が、近付いてくる古めかしい軍服姿の、ちょっと太った男と雑種犬二匹を見詰めた。
「うわ、皇帝陛下だ」
誰かが迷惑そうに言った。彼はここ最近のサンフランシスコで、話題になっている人物だ。ジョシュア・ノートン一世。アメリカ合衆国の初代『皇帝』。
ノートン一世は、白人と中国人の間に立ち、中空を仰いで、いよいよ高らかに聖書を読み上げた。その姿はピーカンの空と相俟ってやけに清々しく、穏やかで、何より自由だった。こうして朝から怒鳴りあっている自分達は、一体何なんだろうという気にさせられる。
「行こうぜ」
「ああ」
「皇帝陛下じゃなあ…」
「皇帝陛下なら仕方ねえよ」
あれだけ密集していきり立っていた白人の集団が、ノートン一世の登場一発で毒気を抜かれ、三々五々と散って行く。その様は、まるで魔法でも使ったかのように京には見えた。
最早衝突は起こり得ないと確信するや、ノートン一世はくるりと向き直り、皇帝らしい威厳を伴って慈悲の言葉を臣民に授けた。
「大丈夫であったか?」
「ありがとうございます」
京はすぐさま膝をつき、頭を地面に擦り付けた。
「助けて下さって、ありがとうございました。あなたが居なければ、私共は何をされていたか分かりません」
「気にせずとも良い。人心の痛みは、我が痛みである。あの者達も相応に苦しんでいるのであろう。全ては、世の貧困を起こりとするものだ。合衆国皇帝にしてメキシコの護国卿である余としては、更なる良き治世を進めるべきと確信した次第である。おお、良い事を思いついた。オークランドとの間に橋を架けるのだ。さすれば彼らにも労働の口が行き渡り、交易が更に発展する一石二鳥。早速議会に提出せねばならぬ。それでは我が臣民よ、これにて失礼する」
言うだけ言って、ノートン一世は二匹の仕え犬と共に、颯爽とその場を去って行った。彼の姿が見えなくなるまで頭を下げ続ける京の背中を、仲間達が気まずそうに突付いてくる。
「そろそろ行こうぜ。早く行かないと遅刻しちまうよ」
「ああ、そうだな。しかし、良い人だったな。白人に救いの手を差し伸べられたのは、初めてだ」
「何しろ皇帝陛下だからな。でも、あんな幸運が毎回訪れる訳でもないんだよ」
仕事先への道を歩きながら、仲間達が口々に京に懇願する。以前から話し合っていた、自警団の設立についてだ。京の父親は中国人社会でも顔利きであり、その長子である彼が号令を出せば、かなりの人数が賛同するはずである。しかし、京はなかなか首を縦に振らなかった。
「暴力に対して、暴力で対抗するつもりか? それは延々と喧嘩をし続ける事になるんじゃないのか」
「しかし実際問題、この街の司法は俺達の味方じゃねえよ。あいつら、肌の色ごときで凄え差別してくるし」
「警察だって、さっきみたいな事が起こっても知らん振りじゃないか。誰も守ってくれないよ。だったら俺達が、自分で自分の身を守るしかないんだ」
京は唸って、腕を組んだ。確かにその通りではある。自分達はまだしも、女性や子供にまで暴力を振るわれた時、助けられる組織とういうものはあって然るべきである。
それでも、京は皇帝陛下の屈託ない笑顔を思い出し、複雑な気分になった。相互理解の可能性が、あの笑顔の中にはあるはずなのだ。それを自分達は、自ら断ち切るような方向へ歩みを進めてしまうのではないか?
<サンフランシスコ・1950年代>
崇高な目的意識の元で設立された集団が、年月と共に利権を貪り堕落を極め、かつての志から遠く離れてしまうのは歴史上でもよくある話だ。
サンフランシスコのチャイナタウン、その一帯を牛耳るチャイニーズ・マフィアも例に漏れなかった。人種差別から身を守り、苦しい生活を送る同胞同士が助け合うという当初の目的は、急進的な暴力を伴いながら金と欲望に汚される。バラバラに分裂して利益を独占する為の抗争に明け暮れる。それはつまり、ただの犯罪集団である。狭い箱庭の中の戦国時代。それが1950年代におけるチャイナタウンの有様だった。
だった、と述べるからには、その醜い戦国時代も終結を迎えたという事だ。自警組織設立当初のメンバーの末裔、京氏、禄堂が立ち上げた『庸』によって、街の黒社会は百年の時を経て再び一つに纏められた。
庸の取った手段は分かり易い。恭順する者を温かく迎え入れ、敵対する者は徹底して粉砕する。それも一族郎党を丸込めこの世から消してしまうという、圧倒的な手段を用いて。中国人は誰もが血族主義である。敵対者の家族に下手な情けをかけると、その中から離反者が必ず出て来る。誰も居なくなってしまえば、その心配は必要ない。冷酷だが、速やかに規律を浸透させるやり方だ。
中途半端な実力では到底出来ない手段であったが、実際に庸は破格の力で侵攻し、一年とかからず地上を制覇した。しかし庸はもう一つ、厄介な「世界」を相手にしなければならなかった。
サンフランシスコ地下に張り巡らされた「下界」。売春窟、人身売買、麻薬取引、武器の密輸、その他諸々、この世のありとあらゆる悪徳を凝縮して地下に押し込めたような代物である。庸はこれをすり潰す為に、丸二年を必要とした。
「動くな、殺すぞ!」
地下道を侵攻する庸の部隊に対し、下界を仕切る幹部連の1人は、見苦しい事に人質を取った。恐怖で顔を引き攣らせる売春婦の首を二の腕で絞め、そのこめかみに短銃を押し付け、男は声を荒げる。
「『上』からさらった女だ。庸のシマの娘だぞ。俺をここから逃がせば解放してやる。さあどうする!」
「撃て」
京禄堂が小さく手首を振ると同時に、庸の部隊が一斉に発砲した。殺到する銃弾が幹部と女の体を穴だらけにする。倒れ伏し、骸と化した二人に目もくれず、部隊は無言のまま再度の行進を開始した。
下界は広大だった。よくもこれだけの地下迷宮をこしらえたものだと、侵攻する庸が感心する程に。下界は一度目の世界大戦よりも更に昔から構築が始まり、数十年を経て蟻の巣の如く複雑怪奇な迷路と化していた。庸は大部隊を擁していたものの、これらを丹念に潰して行く戦いは酸鼻を極める代物であった。何せ地の利は敵の側にあり、庸の介入以前からも延々と抗争が繰り広げられている。ホームタウンでの戦い方に慣れた連中を相手にしなければならないアウェイ側の庸、という訳だ。
それに加え、敵の中には常軌を逸した力を持つ者が居た。それが西洋文明で言うところの悪魔だと承知しているのは、庸内部でもほんの一握りしかいない。それは単独で部隊一つを潰すのも造作のない、恐るべき強敵である。
しかし、庸はその者達もまとめて最終的には駆逐した。通例、悪魔は普通の人間では絶対に勝つ事が出来ない。つまり庸の中にも普通ではない者が居る、という事だ。
その普通ではない者、宗紅玲は、夫である京と肩を並べて先頭に陣取り、苦い顔のまま俯く彼とその部下達を一瞥すると、形の良い唇を弓なりに曲げた。
「良いのです。これで良いのです。地下に纏わる者は邪に関わった者。情けをかければ、何れ後ろから刺されましょう。消滅が一番の良策であるのです」
「その口で、そのような事を言うな」
不機嫌も露に言葉を返す京に対し、宋は肩を竦めてそれ以上何も言わなかった。
こうして真っ当に宋と対話が出来るのは、京だけである。幹部やその配下を含め、全員が宋を敵以上に恐れ、意見の具申など出来ないでいる。それと言うのも、これまでの戦いで尽く勝利してきたのは、宋という異様な存在に拠るところが大きかったからだ。体術、銃器の扱いは常人の域を遥かに凌駕しており、そしてそれ以上に得体の知れない力が彼女にはあった。それが何であるのか、庸の者達は言葉で説明する事が出来ない。ただ、圧倒的不利な局面においても、彼女が居れば何時の間にか自分達は勝っている。彼女が一体どのような介入を行なったのかは誰にも分からないし、敢えて分かろうとする者も居ない。ただただ、畏怖の対象である。
昔の彼女を知る者は、不審を覚えながらもそれを口には出していない。宋はごく普通の淑やかな女性であったはずだ。まだ規模が小さく協調主義的だった頃の庸において、その首魁である京の妻に相応しい、優しい人柄だった。
宋の人格が変貌したのは、庸が武闘組織に鞍替えした時期と合致する。全く同じ頃合に、京の方針も協調から敵対者の殺戮へと変わった。そして勝ち続ける事により、庸は組織として膨張の一途を辿る。
急進的成長の副作用として、京や宋に暗殺者が差し向けられたり、毒物を仕込まれたりなどという事態は無数にあった。しかし2人はマフィアらしい暗闘の侵蝕すらものともせず、逆にそれらの当事者を全て血祭りに上げ、遂に地上においては逆らう者が居なくなった、という次第である。
一行は地下通路の奥まったところで歩みを止めた。正確には宋が立ち止まったので、全員が停止したのだが。ここで立ち止まる意味が分からず、一様に顔を見合わせる部隊の者達に、京は振り返って重々しく宣した。
「御苦労であった。いよいよ下界の戦いも終結を迎える。邪の者共も先ほどの処断によってほぼ一掃された。これまでの継続的努力に謝意を述べる。これより部隊は拡散し、各地区の出口から撤収を開始。生き残りがあらば余さず殺せ。これより私と宋は、しばしこの場に残る」
その言を聞き、配下の間から一斉にどよめきが起こった。唐突な終焉宣言もさる事ながら、護衛もつけずに全員解散を申し伝えた事に、である。確かに下界の大部分は鎮圧していたが、それでもこの場は未だ敵の根城なのだ。
しかし、危惧を進言する者は居なかった。首魁が解散と言えば、解散しなければならない。それは庸が組織を成り立たせるうえでの鉄則であった。
三々五々と場を撤収して行く配下達を見届け、京は改めて宋と正面から向き合った。宋は目を細め、曖昧な笑顔を作っている。相変わらずの見下すような面構えだと、京は歯を軋らせた。
「ここか、お前の居る場所は」
爪先で足元を二、三回蹴り、京は疲れ果てたような声音で吐いた。
「ここに辿り着く為だけに、私達はどれだけの事を」
「ここまで侵食されながら、間に合う事が出来ました。お前達の死屍累々あってこその結果です」
宋は、まだ笑っている。
<五十年余の惜別>
宋は昔から勘の鋭い女だった。
彼女は時折、先の情勢を見通すような物の言い方をする事があり、よってがらりと雰囲気を変えた彼女が『このままではこの街に、大きな災厄が訪れます』と言った時、京はさして気にも留めなかった。それがどうやら事実であると知ったのは、悪魔という存在を初めて目にし、宋がこれを指一本使わずに殺してしまう様を見た時である。彼女は自らの体と心が天使メルキオールの影響下にあると、京に断言した。其処から戦闘集団としての庸の戦いが始まったのだ。
「辛く、厳しく、長い戦いだった」
血を吐くかの如く呟かれた京の言葉に、宋が難なくと応じる。
「人間というものは上から下から、よくも蔓延るものでありますね? これだけの規模を制圧するにしては、3年強の時間は短期間と言えるでしょう」
「今一度言う。その口で、そのような言い方をするな」
「奇妙な事を。私はお前の妻、宋紅怜ではありませんか」
京は苦々しく、宋と名乗る女を見据えた。
確かに彼女は宋紅怜である。それは間違いない。ただ、天使メルキオールの影響下にあるだけだ。
今の彼女は、メルキオールが完全に憑依している状態ではない。メルキオールの魂は、あくまで彼らが立つこの場の直下に位置しており、彼が言うところの災厄を封じ続ける為、その場所からビタ一文動く事が出来ないでいる。
それでもメルキオールは、彼の器に成り得る宋を支配下に置く事ぐらいは出来た。悪魔を滅ぼす理力を授け、己が言葉と思想を伝える依り代とし、結果、宋という女性の心が得体の知れない形へと変貌を遂げる事になる。
メルキオールがこのように動いたのは、悪魔の干渉によって下界なるものが築き上げられたからだ。清浄を施した地下を下界の欲得で汚し、災厄の封印者であるメルキオールの居場所を特定し、之を消去する。全ては災厄の復活の為の布石であった。メルキオールは、それがカスパールという大悪魔の指図である事を看破していた。首魁カスパールの打倒は何処かに雲隠れをされた故に叶わなかったが、この局面での勝利者はメルキオールと庸の一党である。
「宋紅怜でありながら、私は偉大なる御方の器でもあったのです。実に光栄な選択を戴けた、と言えましょう。私はこの世に生まれ落ちるその前から、この時の為に存在するよう定められた者なのです」
「本当にそうなのか」
京が断固として言い返す。
「君はこんな事の為に生まれ、私と結婚し、同じ道を歩んできたのか。たかが3年と少しの出来事ではないか。君の人生は、もっと豊かであったのではないか」
「実に短命の人間らしい仰りようですね。それについて議論するつもりは、私にはありません。では京禄堂、御機嫌よう。また会う事になるでしょう。その時は大戦の真っ只中です」
言って、宋は京の首元を指差した。
「それまで預けておきます。それがお前に死を許しません。時が来るまでは」
京は強張った顔で頷き、それでも言葉を繋いだ。まだ、心の内の全てを彼女に話していないのだ。彼が知っている、臆病で優しい宋紅怜には。
「最後に頼みがある。彼女を1分でもいい。お前の影響下から外してくれ。もう私は、二度とその頃の彼女には会えんかもしれないのだ」
「奇矯な願い事を」
宋は鼻で笑い、顔を俯かせた。そして再び視線を上げた時、先程までとは全く異なる表情を京に見せた。少し自信の無い、それでも自分を気遣う穏やかさが其処にはある。
「君か」
「はい、あなた」
二人は手を取り合い、その掌同士を固く握り締め合った。
「少し太りましたね」
「酒も煙草もやらない。阿片なんか大嫌いだ。だから気を紛らすには、食うしかなかったんだ」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。あなたをこんな事に巻き込んでしまって」
「仕方がない。未曾有の災厄とは、まことの話であるのだから。君の方こそ、これから何十年と穴倉の中だ。恐らく君の心を保った君とは、もう会う事は出来ないだろう。マフィアなんぞの首魁の妻という、重責を負わせた挙句の果てがこれだ。私は、本当は、2人で小さな食い物屋を営みたかった。マフィアになんてなりたくなかったよ」
「あなたが作って、私が給仕をするんですね?」
「そうだ。全ては詮無い事だ。それでも何れ君はその若い姿のままで、再び地上に出る事が出来る。そして全てが終わればメルキオールから解放され、また新しい人生を始められるんだ。その時は、私の事はもう忘れてくれ。しかし私は、君を片時も忘れはしない」
「気は済みましたか?」
目の前の宋の雰囲気が再び変わる。京は握ったその手を放し、努めて冷徹な目で彼女を見た。
「後始末はつけておく」
「結構な事です」
その言葉を最後に、宋紅怜の足首が、音もなく地面にめり込んだ。
<終>
ルシファ・ライジング 第六回より【京の一族】