猟犬

 カーミラ・カルンシュタインは目を覚ましたが、煌々と輝く吊り下げられたランプに目をやられ、自身が石造りのかび臭い地下室で椅子に縛られているという状況を理解する為に、しばらくの時間を要した。

 ロープで適当に巻かれているだけの、実にぞんざいな拘束ではあったが、彼女は身動き一つ取る事が出来なかった。何せ体の自由が全く利かない。爪先から頭頂までが麻痺毒に侵されているかのようだ。と、其処でカーミラは、自分に死人の血が盛られている事に思い至った。カーミラは息を吹き返し始めた感覚の赴くまま、すぐ隣に座って自分を見据える者へと顔を傾けた。

「…『猟犬』か」

「ラナ、という名前なのよ。覚える必要は、もうすぐ無くなるけど」

 猟犬、と敵味方から呼ばれるその女、ラナ・ズヴェトラナは、徹頭徹尾見下す目でもってカーミラに言った。

「単独で私達の根城に乗り込んでくるとか、馬鹿なの? 帝級になって調子に乗った? もう昔の私達ではないのに。彼が居なかったら、あなた、面白い形の肉の塊にしてやるところだったのだけど」

「やればいい。やれ」

「何ですって?」

 首を傾げるラナに対し、カーミラは嘲笑いつつ言った。

「帝級に至るには呪いが仕掛けられる事は承知か? 私も例外ではない。私の場合は、クルト・ヴォルデンベルグを殺せ、だったのだ。かような拘束で帝級を何時までも縛れると思ったら大間違いだ。死人の毒も癒える早さは尋常ではない。このまま捨て置けば、お前達の希望の星とて寝首を掻かれるやもしれん」

 一通りカーミラの言を聞き届け、ラナは頭を振って溜息をつき、死人の血を浸したナイフをカーミラの心臓に刺し込んだ。苦痛の絶叫を上げるカーミラに構わず、ラナは刃を右へ左へと抉らせ、念入りにカーミラの胸部を破壊する。

「気持ち悪いわ。ここまでぐっちゃぐちゃにしたところで、単性生物みたいに肉が盛り返してくる。お前は化け物よ」

「化け物はどちらだ」

 苦痛に喘ぎ、血の泡を吐きつつ、カーミラは言い捨てた。

「その姿は何だ。自分の姿を鏡で見た事があるのか。吸血鬼を倒す為に、吸血鬼の力をその身に収め、しかし収まりきらない力が異形を伴って表出している。そんなものは人間とは言えない」

「うん、まあ、その通りだわ。人の心を保った異形の産物と言えば、それは吸血鬼と同じね。あなた達みたいに、人間の喉元を食い破ったりしないけどね。でも、私達以上の化け物なんですけどね、あなたの愛しのクルト様は」

「殺せ」

「殺さない」

「あの人を殺して呪いが解けるなんて、そんなのは嫌だ」

「出たわね、本音が。だからひょっこり殺されに来ました、という訳。そんな自己陶酔の悲劇であなたを終わらせるつもりはないわ。もっと悶えるがいい、カーミラ・カルンシュタイン。あなたなんて代物が居たせいで、彼もまた必要の無い苦しみを抱える羽目になったのだから」

 その言を聞き、カーミラは顔を上げた。訝しくラナを見る眼差しが、徐々に薄ら笑いを伴い始める。ああ、そういう事なのか、と。カーミラが言う。

「私とあの人の間には、私達だけで成立する世界がある。それは誰にも邪魔をさせない。絶対に足を踏み入らせない。私達の間に、土足であがり込もうとする真似は止めて欲しいな」

 ラナの顔から、余裕を含んだ笑みが消えた。構わずカーミラが続ける。

「私はあの人から、お前が耳にした事もないような美しい言葉を聞いたぞ。吸血鬼風情に遅れを取るとは同情を禁じ得ぬ」

「雌豚が」

「お前は失敗した合成動物だ。私は人の姿のままの吸血鬼だが、お前はそのような姿だもの。端から相手にされなかったのは無理もない」

 ラナはナイフの切っ先を叩き付けるように机へめり込ませた。そして背中から巨大な山刀を取り外し、すくと立ち上がって刃をカーミラに向けた。

「望み通りにしてやる」

「出来るのか? お前に?」

「死ね」

 ラナが山刀を真横へ振り切ろうとしたその時、唐突に入り口の扉が開かれた。我に返ったラナが矢のような速度で山刀を仕舞い直す。扉が閉められたところでラナは振り返り、地下室に入って来た者の顔を見た。

「ありがとう。危ないところだったわ」

「分かり易い挑発に乗せられるのは、若さの証と言えなくもないな。狂い死にで終わる悪魔祓いの才覚はあると見た」

 ケタケタと笑いながら、その者、『道化』ことエミリオ・カルメリタがラナの肩を拳で叩いた。そして唇を噛むカーミラの顔を、面白そうに覗き込む。

「残念だったね。あと一歩で目標達成だったのに。また死人の血を捩じ込まれたのかい。しばらくはグウの音も出んだろう。それにしても、如何にも農家の出の良い顔してるね、あんたは。少なくとも、カルンシュタインなんて大層な苗字は似合わないぜ」

「顔を離せ、汚らわしい」

「ごめんね、醜い面構えで。さて、猟犬が言う通り、あんたを殺すなんて造作も無い事なのだが、俺達も貴人には恩義があってね。良かったな、カーミラ。彼はあんたを助けるつもりらしい」

 それを聞いて、カーミラの白い顔から更に血の気が失せた。自分を救う手段など、たった一つしか有り得ないからだ。

「止めさせろ。止めさせてくれ」

「いいや、彼は止めない。貴人は穏やかな頑固者なんでね。これと決めたら、それは必ず実行される。それではラナ、参ろうか。ラストダンス一歩手前の壮行会にさ」

 言うだけ言って、エミリオはさっさと部屋から出て行った。すっかり平静を取り戻したラナも後に続こうとするも、啜り泣く声を耳にし、忌々しげに今一度カーミラを顧みた。

「二人の世界、と言ったわね。やっすい詩詠みの如く」

 カーミラは最早、何も言い返さなかった。ラナが畳み掛ける。

「ならば戦人には戦人の世界というものがあるのよ。其処には何物にも替え難い絆が存在する。あなたこそ、こっちに寄って来るな。私はあなたが本当に嫌い。多分遠くない内に私は死んでしまうけど、魂だけになっても、あなたという存在を嫌悪し続ける。以上」

 そしてラナは、やや乱暴に扉を閉めた。

 

道化

 エミリオとラナが上の階の広間に遅れて着いた頃には、既に酒宴は始まっていた。普段の彼らはパンと安ワインに塩漬け肉、稀にシチューといった寂しいものしか食べていなかったのだが、今日は違う。彼ら、対吸血鬼組織アーマドは、資金を切り詰めて戦いを続ける必要が無くなったのだ。今や火薬は山海の珍味に化けている。金にあかせて買い集めたビンテージボトルを容赦なく空け、彼らは人生最後の贅を尽くしていた。

 ただ、それを楽しめる舌の感覚を、大半の者達は喪失している。十数人の面子の中で、間違いなく人間と呼べるのは、たった三人なのだ。その三人以外の全てが、人の姿をはみ出した異形の呈を成していた。彼らは禁術遣いであり、吸血鬼の力量をそのまま人間の体に持ち込んだ成れの果てである。そうまでしなければ、人は吸血鬼に伍する事が出来ない。

 エミリオは何食わぬ顔で、貴人ことクルト・ヴォルデンベルグの隣に座った。エミリオの風体も大概であったが、クルトのそれとは比べるべくもない。既に彼は、身体能力だけならば吸血鬼の真祖に狙いを定めるところまで行き着いている。最上級の吸血鬼は、吸血鬼の祖が住処としていた異界における、根本の姿に立ち戻れるという。禁術遣いの力を進めるのは、その姿に接近して行く事をも意味している。つまりクルトは、既に異界の住人そのものであった。

 この場に居る全ての禁術遣いは、本来であれば押し並べて正気を失っていたはずである。力に心を喰われる、という表現が正解だろう。しかしそうならないのは、教授ことエイブラハム・ヴァン・ヘルシングの存在があったからだ。アーマドの創始者にして統率者である彼は、禁術遣いの統括という役回りも担っている。彼の異能によって、アーマドの面々は心をどうにか人間の領域に留めていられる。

 そのお陰で、多少は人間くさい会話も出来るというものだ。エミリオは渋みの強いワインを水のように飲み下しながら、だらしなく椅子に背を預けてクルトに言った。

「彼女に会わなくてもいいのかい? 今生の別れかもしれないぜ?」

「まだ時ではない」

 エミリオのグラスに代わりのワインを注いでやり、クルトは静かに言った。

「機会があるならば、私は真祖を退けて今一度かの者と会う事も出来よう。その時、私の旅もようやく終わる」

「泣けるなあ」

「嘘であろう?」

「うん、嘘。俺には理解出来ない。戦いに特化するこの体に、情を交わすというゆとりは何処にもない。しかしながら、そのゆとりこそが俺と、あんたの差であったのだと思うよ。俺はあんた程にはなれなかったが、その理由は今なら何となく分かる」

「我が友には、ここまでにはなって欲しくない。良い事など、何一つ無かった。実を言えば、少しばかり後悔している」

「今のは聞かなかった事にしておこう。しかし、そんなあんたにも夢が出来たって訳だ。愛する女を救うとか、実にいいなあ。人間らしくて。俺はあんたを、身を砕いてでも真祖の元へ辿り着かせてやるぜ」

 そう言われて、クルトは柔和な面持ちをエミリオに向けたものの、その瞳は訝しさを伴って絞られる事となる。見返すエミリオの目は、虚ろであった。

「人の情が分からない。そんなもんは、とうに失せた。ただ、それが貴いものだと理解するぜ。俺はあんたを送り届けてみせる。で、俺は死ぬ。戦って死ぬ。とてもとても、素晴らしい事だ。男として生まれたからには、死力を尽くして土くれに返りたい。差し詰め、それが俺の夢ってとこだ」

 道化、という異名は、エミリオという男の二面性を表している。人付き合いの良い飄々とした顔で、彼は死に至る道を全力で走り抜けている。一旦戦いが始まれば、彼は吸血鬼が1人残らず屍を晒すまで、決して退くという事をしなかった。ここまで生き残れたのは、偶然の出来事と言って良い。

(しかし此度の戦、彼は満足で終えられるか否か?)

 若干の心の陰りを自覚しつつ、クルトは更にワインを勧めた。 

 

神父

 神父ことエリック・シッドは、通り名に沿った聖職者の出自である。そして他のアーマド構成員同様、報復を動機として戦いを続けて来た男でもあった。

 とは言え、多種多様な感性の喪失も著しい禁術遣い達の中にあって、彼は未だ慈悲を残している。慈悲を向ける対象とは、仲間であり、市井に生きる人々である。

 エリックは諦観も露わの面持ちで、酒宴に興じる仲間達を眺めた。料理や酒の味などろくすっぽ分からなくなっている舌でありながら、今の彼らは底抜けに明るい。其処彼処でワインが振舞われ、郷里の歌が聞こえる様は尊く美しいとエリックには思える。しかし、これは、もう二度と目にする事の出来ない景色でもあるのだ。

「寂しいものだな、同志よ」

 と、「教授」がエリックの肩を叩き、彼の隣に腰を落ち着けてきた。心を見透かしてくる物言いは教授の悪い癖ではあるが、今のエリックにとっては素直にありがたい配慮である。

「長い付き合いでした。親兄弟とは、また違う絆がありました」

 グラスを空けて、エリックが独白する。

「しかし1人残らず死んでしまう。誰も生き残らない。教授、あなたも。この和やかな酒宴は、やけになった人々の享楽で無い事は先刻承知です。人間としての、あって然るべき姿を今一度堪能出来る喜びしか彼らの頭には無い。それが無性に心苦しいのですよ」

「それでも、私達の死に絶望は無いのだよ、エリック」

「分かっております、教授。彼らの死は決して無駄にはなりません。次代への布石。先で暮らす人々が安寧を得られる為の準備段階。それが分かっておりますから、彼らは帝級と真祖の居城に真正面から突撃を敢行出来ます。ただ、彼らは結局この酒宴を最期にして、幸福に至る事が遂に出来ませんでした」

 グラスを割ってしまわないよう慎重に握り締め、エリックは力なく項垂れた。

「私がアーマドの参集に応じた時、決意したのは二つです。一つは、市井の人々を守る事。もう一つは、アーマドの人々を救う事。彼らは全てを失い、復讐の一念で吸血鬼の首を狩る戦いを継続してきました。その中で更に捨てられたものがあります。心です。戦う人形と化した心親しい人々を見るのは、あまりにも辛いのです」

「君は私達の間を、よく取り持ってくれた。砕け散りそうになった者の傍に寄り添い、その者の心を軽くしようと努力した。それは決して、無駄な所行ではないと私は考えている」

 教授は身を屈め、ざわめきの中にあっても鋭敏な聴覚の持ち主達に悟られぬよう、エリックに小さく囁いた。

「君、ここで身を引く気はないか」

「え?」

 驚いた顔を向けるエリックに対し、教授が続ける。

「君の異形、今ならば後戻りの出来る余地がある。何より君には、他の者には無い戸惑う感覚が残っている。さすれば、君は私達の事を記憶しながら、市井に戻り教会で人々に尽くすという選択も出来よう。決戦で君を失うのは痛手だが、それはどうとでもしてみせる。君が抜けたところで、それを非難する者は間違いなく居ない。むしろあるべき人としての生活に君が立ち戻る事を喜ぶであろう。どうする、エリック。応か、否か」

 性急に言葉を進める教授を、エリックは呆けた顔で見詰めていた。が、その面立ちに少しずつ笑みが形作られる。

 エリックは朗らかに笑いながら言った。

「教授ほどの御方でも、人心を見誤る事もあるのだと、少し安心致しました」

「何と?」

「教授、私は私に何も求めておりません。ただ彼らと戦いたいのです。しかしそれは、吸血鬼を殺す為ではありません。申し訳ないのですが、次代の人々の為という動機も薄い。私は仲間達を、一分一秒でも長く生かしたいのです。帝級、真祖に相対し、やがて滅びるその身を永らえさせ、彼らが生きた証を、継続する時間に少しでも長く刻み付ける。その為に全てを捨てる覚悟が私にはあります。お忘れなきよう願います、教授。アーマドとは私であり、私はアーマドなのです」

 蒼穹のように晴れやかなエリックの表情を横目にして、教授はそれ以上何も言わなかった。

 確かに彼の言う通りである。彼はアーマドという組織の、言い方は悪いが権化であった。救われる結末のない無私の集団。それを作り上げたのは自分だ。しかしエリックを見るにつけ、教授は悔悟の念を禁じ得ない。自分は一体、何と恐ろしい事をしでかしたのかと。それは口が裂けても言えない、教授の心の片隅に残る燻りであった。

 

祝福の拳

 尽く禁術遣いとなったアーマドの面々の中にあって、三人は人の立ち位置を堅持していた。

 ジョナサンとウィルヘルミナという少年少女については、彼らも異能を得て皆と共に戦いたいと強く望んでいたものの、禁術取得を遂に許される事は無かった。そして最終決戦からも外されたのだが、それは彼らがあまりにも若いという情緒的な理由のみではない。何れ先の世代で禁術を復興させる為、継承資格者として生存してもらうというものだ。

 よって、アーマドの中で自らの意思により禁術を取得しなかった者は1人しか居ない。アーマドには北米を出自とする黒人が居り、彼の事を仲間は「祝福の拳」と呼んでいた。敵からの呼称は、もっと率直で分かり易い。殺戮鬼である。彼にはヴィクトルという名前があったが、その名で呼ばれた事は一度も無かった。

 彼は強い。類稀な身体能力と飛び抜けた戦闘能力、そして「祝福の拳」を駆使し、危険極まりない吸血鬼に対して正面からの肉弾戦を挑み、その全てを勝ち抜いてきた。そして仲間からは信頼されていたものの、少し距離を置かれた人間である。目指す方向性が異なっていたからだ。彼の真の敵は、此処、欧州には矢張り居なかった。故に彼もまた、最終決戦には参加しない。

 都合、彼はこの場から去るという選択を取った。例の酒宴は、彼の送別会も兼ねていた、という訳だ。尤も、誰も送別会とは口にしなかったが。

 

「行くか」

「ああ」

 身支度を済ませたヴィクトルが、見送りに出た反逆者、ヴラドと短く挨拶を交わした。他に出て来る者は居ない。長く共に戦ってきた彼らには、最早惜別の念を表現する必要は無い。ただ、アーマドの心臓部であるヴラドが謝意を述べる。それで十分であった。

「我々は明朝未明に出立する。それに合わせても良かったと思うのだが」

「如何にも人に非ざる者の考え方だ、と忠告しておこう。死を覚悟した者と、そうでない者が同じ道を歩く事は出来ん」

「今は真夜中だ。この世ならざる者の躍動する頃合である」

「殺して進む」

「成る程な」

 頷くヴラドに、ヴィクトルは右手の篭手を掲げて軽く揺らした。

 ブラスターナックル。「祝福の拳」の異名の所以が其処にある。吸血鬼の懐に飛び込み、篭手に仕込まれた銀の散弾を火薬の点火で一斉射する。極めてシンプルなこのやり方で、ヴィクトルは人の身でありながら帝級とも渡り合い、異形化する仲間達とも行動を共にする事が出来た。自身もかつて帝級吸血鬼であったヴラドにして、まことに恐ろしいと思わせた人間はヴィクトルだけだ。

「ここでいい」

 特に会話をするでもなく、2人は深い森の獣道を歩んでいたが、ようやくヴィクトルはヴラドに別れを告げた。

「宴に戻るがいい。得体の知れない大男とそぞろ歩いても面白くはないだろう」

「世話になったな」

「そりゃ俺の台詞だ。大飯喰らいの食客でしかなかったな。最後にヴラド、一つ聞きたい事がある」

「何だ」

「その最終決戦を迎えるにあたり、アーマドの面々は希望に胸を膨らませているかのように見える。自分達のしてきた事は、無駄ではなかったのだと。確かにそうかもしれん。言いたい事は色々あるが、それについては腹に仕舞っておこう。ただ、俺は些かの危惧を残して出立する事になる。俺の見立てでは、3人が未だ執念を残しているな」

「…猟犬。道化。それに神父、であるか」

「今やアーマドは一心同体だ。言い換えればそれは、お前と志を同じくするという意味でもある。ヴラド、貴様は言ったな。死して逝く彼らに。何れ自身の体を以前同様の次席階級へと戻す際、その力の源となるのだと。先の世で彼らはお前と共に再び戦える。それが分かるから死ぬにも躊躇が無い。つまり貴様は、彼らの魂を自身と同化させるという事だ。端的に言えば、喰うという事でもあるのだ」

「その通りだ」

「だが、例の3人はどうか。彼らは貴様と同じ心を持っていない。恐らく彼らはヴラドに飲み込まれる事はないだろう」

「彼らは執念を残したまま、私の元に纏いながら、独立した存在であり続けるであろう。そして私の再びの現出と共に、彼らもまた覚醒を開始する。その際、真祖と戦う吸血鬼の一団に、彼らの力を分け与えるであろう」

「お前は精神の怪物だ」

 ヴィクトルはヴラドの首元に、ブラスターナックルの射出口を向けた。対してヴラドは、顔色一つ変えずにヴィクトルを見据えている。この男に殺意を向けられても仕方の無い事をやっている、との自覚があったからだ。仲間の命を糧として、死して後も利用し尽くす。其処にあるのは真祖を滅ぼすという一点の理由しかない。

「私は、傲岸不遜であると思う」

「しかし私心が無い。だから余計に厄介なんだよ」

 言って、ヴィクトルは篭手を下ろした。

「俺にはまだ、俺の両親を殺した化け物を追い詰める戦いが残っている。真祖とやらがそうかもしれんと思っていたが、違っていた。だから生きて戦わねばならない。人間として、この篭手と共に。俺は真っ赤な血が全身に通う人間であり続ける。さらばだ」

 ヴィクトルが背を向け、歩を進める。

「約束しよう」

 その後姿に、ヴラドが呼び掛ける。

「事が成った暁には、彼らは解き放たれ、安らかな眠りを得る。それを約束しよう」

 ヴィクトルは一度だけ立ち止まったが、何も応える事無く、何処へ向かうとも知れぬ道を再び歩み出した。

 

 

 

 

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ルシファ・ライジング 第六回より【アーマド】