一抹の不安

 

此度の鬼哭谷での結果を伝え聞いた方も居られると思う。今現在の椿市や東北等の状況に比べると、他所から閉鎖された状態であったし、何より人手は足りないの一語だが、それでも持てる力の全てを出し切った総力戦は凄まじいものだった。そして私達は勝った。

こういう集団戦は、主導権争奪戦とも言い換えられると思う。こちらの行動に対して、如何に相手を後手に回らせるか。かつてロジック・グレイと戦った地返村では、攻め入る側への対応に終始追われる形を取らざるを得なくなり、結果悲惨な状況に陥ってしまったが、今回は後舁側の位置を前哨戦の段階で把握出来、それによって私達は初手を取る事が出来た。この時点で私達は勝ちの何割かを拾えたという訳だ。

ヘリ部隊による横合いからの突入も大きい。あれには二人のアウスターグが乗っており、不意打ちにしては大き過ぎる戦力として、後舁側にサプライズを与えたはずだ。加えて補給物資の投下も、戦意高揚という意味では有り難かった。

無論、鬼哭谷修行者達の奮闘が最たる勝因である。十弓士、後舁との直接戦闘、その他情報戦の全面において、私達は各個の能力を大きく発揮し、かつ高度な連携を取れていた。茶番であったとは言え、鬼哭谷の過酷な修行を生き抜いた実績は伊達ではない。

私は私の仲間達を、とても誇らしく思う。もしも彼等の名前を何処かで見かける事があったら、鬼哭谷という名の知られていない修羅場を生き抜いた人々として、格別の御認識を頂ければ幸いである。

 

ここまで読んで、あなたは不図違和感を覚えたのではないだろうか? 書いていた私も強く不安を抱いている。この日に至るまで長々と続けられた後舁遊戯が、此度一度の戦闘で、しかも後舁を封印すると言う完璧な落着を迎えるのは、あまりにも出来過ぎではないだろうかと。

かく言う私も、実は極度の安堵感に我を忘れ、正直事後の処理等どうでもよくなっていた。冷や水を浴びせたのは此度の作戦立案を担った、鷹乃瞳である。彼女が繰り返し述べていた「私達を殺す機会は幾らでもあった」とは、ゲームの過程を重視する、長く生きたドレーガならではの習性と言ってしまえばそれまでだが、それにしても随分とこちらの行動が上手く運び過ぎている。先の「施設を丸込め爆破する」という荒業も、速やかに次のステージへ移行する為のゲーム内イベントの一つだとしたら。

私は「考え過ぎじゃないのか」と言った。対して瞳は「違うのよ」と答える。「考え抜いてあたし達は、生き延びてきたのよ」と。それはそうだ。私達は最もウルダルグに近いと言われたドレーガ、後舁を相手に戦ってきたのだ。慎重に慎重を期して、それでも向こうは私達の数百倍もの長きに渡って経験を積んだ手合いである。だとすれば後舁の狙いとは何なのだろう。

今、鬼哭谷の面々はリューリク宇宙基地に向かおうとしている。更に次なる目的地は、月面。アナスタシアに深く関わるフェリオン、アーグニャが指し示す地点。アナスタシアの精神が封じられている、後舁の本体の在り処だ。

後舁の狙いが元から其処に行く為なのだとしたら、もう一つ波乱が起こる。それも王手詰みに追い込まれた状況下で。加えてスパルタカスという反アレクサを掲げる組織が協力を申し出てきた。額面通りに彼等が手助けだけをしてくれると思うほど、私達は甘くない。複雑に入り組んだ状況下で、戦いは未だ続いている。

 

追記1。

私には妹が二人居る。ヘリ部隊に所属した咲子は末の子だ。まさか兄妹三人揃って、PRAに所属する事になるとは思わなかった。久々に顔を合わせたのだし、もっと感動的な再会を期待していたのだが、開口一番は「何か、小汚い顔になられましたね」だった。

追記2。

野趣溢れるジンギスカンも旨かったが、次は寿司かラーメン辺りを腹が破裂する寸前まで食べたいと思う。

 

文責:香車仙輔

 

 

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