地雷女クリスティン
当事者にとってはどれ程悲惨で救いの無い状況であっても、ハタから見れば頓馬に見えるってのは、よくある事かもしれねえなあ。俺とボーリャの話かと思うかもしれんが、残念ながらそうではない。クリスティンって女の事だ。
クリスティンはドーターの元ロアドでドレーガ。獣使いことリンダの、双子の妹なんだそうだ。あのリンダってのも大概の娘だが、クリスティンはそいつに輪をかけてスゲエ。何と言っても猫殺しの主犯格はコイツだったんだ。って、今更だけどな。そしてクリスティンの行動原理たるや、大体こんな感じ。
『リンダのロアドたる猫どもの、心臓という心臓を抉り取れば私は気が済むような気がします?』
少々ボーリャが入っちまったが、ある一点において両者は何だか似ている。はっきり言ってクリスティンはぴちがいさんだ。以下、微妙な表現を乱用するが、そうでなければ地雷女クリスティンの話が出来ない旨を御了承願いたい。
人生色々、男も女も色々と島倉千代子が歌うように、ぴちがいさんも色々だが、大体以下の3つに大別されると思う。
○アッパー系:
自らをアレと冷静に認識し、かと言ってアレである事を包み隠さず曝け出し、社会との折り合いを彼なりの手法でもって模索する。自らのアレ具合を才能に転化し、思う存分鬼才を発揮して世の中の役に立ったり立たなかったり。
○ダウナー系:
自らをアレと全く認識していない上に、平然と社会規範を掻き乱すタイプ。自己中心の度合いがタガを外しており、他人の考えを咀嚼する能力が大きく欠如している。
○クラゲ系:
好きなように生き、好きなようにたゆたう流浪の人。北に行って誰にも迷惑をかけず、かと言って南では益にもならず、東に行けば超音波カラオケを歌い、西で文法壊滅気味の報告書を作成する。そういう人に、私はなりたくありません。
どれがボーリャかはさて置き、差し当たってクリスティンはダウナー系の最北端じゃねえの。俺も堀渡邸で初めて彼女を迎え撃った時は、幾ら不死身の体とは言え少々ビビった。あの時も今も、俺の彼女に対する印象は大体こんな感じだ。クリスティンファンというのが居たら謝っておこう。どうもすんません。
良い子のみんなー。夜道でこんなのに出会ったら取り敢えず近所の家に逃げろー。
それはともかく、気弱な割には出刃を持ったら最強。そんな感じ。
本当、クリスティンって娘は弱い子なんだろうな。経緯は知らんが愛するドーターに捨てられて、寵愛がリンダに向かったと思い込み、その憎しみを晴らすには、彼女のロアドを襲って心臓を抉り出すしかない。どうやらその行為も誰かにそそのかされているキライがある。やる事なす事、全部に彼女のアイデンティティが無え。可哀相な子だ、クリスティンというのは。しかし本当に可哀相なのは猫どもだろう。あいつらだって笑うし悲しむし、痛いんだよ。
嗚呼、両方助ける方法は無えもんかなあ。取り敢えず犬猫どもは実力で守り通すとして、クリスティンはどうしたもんだろう。「私の為に猫の心臓を取ってきてくれる人が友達」ってスタンスじゃなあ。実の所、あの娘の心にどうこう出来るのは、血を分けた相方しか居ないんじゃねえかと思う。うわ、俺が一番苦手な展開だ。
さて、俺も随分とアレクサの理念から遠い所に来てしまったが、この話がどのような結末を迎えるかは見届けておきたい。来月はリンダが帰宅する。クリスティンと出会う可能性は高いだろう。俺は果たして何が出来るのだろうか。
と思って第7回アクトを読み返してみたら、何と吃驚、前回とほとんど同じ行動じゃねえか。明け方に二人分を15分で仕上げた挙句がこれかよ! 全く全然何を書いたか記憶になかったが、白紙よりも性質が悪ぃよ。
駄目だ。次回も多分活躍出来ん。って何時もか。
文責:平田安男