窮鼠、猫を噛めるか

 

予想されていた展開ではあるが、事態は急転直下の第一歩を踏み出した。

後舁の名を露にしたアナスタシアの形をしたものが、鬼哭谷に居る大半の修行者に対して掃討を宣告。今や私達の生殺与奪は、かの危険極まりないドレーガの一手に握られた。望む望まぬに関わらず、私達は戦わなければ死ぬ。それも明日、明後日という話だ。故にこの報告書も駆け足気味にならざるを得ないが、その点どうか御了承願いたい。

 それでは今回の状況をかいつまんで説明する。

 隻腕のフェリオン、アーグニャの引渡しを要求する逢蒙に対し、こちらは彼女を伴いつつも地下研究施設への立ち入り調査を実行した。結果、かの施設で逢蒙の死体を見るという想定外の事態を迎える。研究施設には修行で死んだ仲間達の解剖実験を施された遺骸があり、かつての修行相手だった猛獣達を組み合わせた、奇怪な複合生物も発見する。ちなみにこれは、現在も睡眠状態だ。

 その後、アナスタシアではなく後舁に対して翻意を決意したコンドラチェンコ教官は、報復として彼のただ一人のロアドを暗殺された。このままでは、彼は数ヵ月後に精神的な死を迎えるだろう。

 そして10人目の紋章持ちを決定した直後、後舁が件の掃討を宣言し、私達の先輩にあたる紋章持ちを4人瞬殺。都合残った紋章持ちは、勝秀、クルト、芦屋、ステファン、山中ちゃん、私の6人。もしこの中から次の後舁の体が1人だけ選別されれば、他は残らず処分される。何処かに居るアナスタシアの精神体も、逢蒙の言葉を信じればこの世から消滅する。

 以上が顛末である。

 この数ヶ月を通して出来事を顧みると、いいように振り回されたな、という印象だ。純粋に修行を志してこの谷に来た者が多くだろうに、いともあっさりとそれを踏みにじる後舁に、私は強く憤りを覚える。死んだ人達、教官、紋章持ち、そして修行者達。何もかもが後舁にとって、自らの手駒に過ぎなかった訳だ。こうして今の時点では後舁の思惑通りに話が進んでおり、私達が中途でそれを引っ繰り返せる余地はあったかもしれないが、今となっては詮無い話だ。

 

 私達は団結する。持ち得る全ての戦い方を駆使して、後舁に一矢を報いてみせよう。共に戦う仲間達は、何れも過酷な修行を生き延びた一騎当千の戦士達である。私は再びマーハ・リーというフェリオンと契約を結び、黄金の朝の異能を持って、後舁の攻撃を全て受け止めてやる。彼が見下す私達の、束ねられた力がどれ程のものかを。

 そう、このまま終わらせてたまるか。

 

文責:香車仙輔

 

 

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