佐藤七生という少年
リポートを書く前に、改めて自己紹介をさせて頂きます。
私は香車董子と申します。平泉の県立志羅高等学校には格技講師という立場で潜入しました。そういう事情に加えて所謂教師ではありませんので、「先生」と生徒達から呼ばれるのは若干の罪悪感と違和感はあります。が、私とて教員免許を大学で取得しており、生徒達と交わって学びを進める充実を知る身、この状況を次第に楽しく感じるようにもなりました。アレクサを抜けて学校の先生になるのも、選択肢の一つとして考えて良いかもしれません。
と、かような気の和らぎが許されなくなるのが、以降の状況であります。当面の私の任務、PRエージェンシーにおける戦闘的フロントラインの一人である私の仕事は、仲間達と共に佐藤七生という少年を防護する事となりました。
彼には他の人とは少し違う心臓があります。その心臓は「黒」にとって、もしかしたら私達が躍動する夜の世界にとって、強い意味を持つものかもしれません。途或る「黒」は子飼の異能者達に彼の抹消を命じ、もう一人の「黒」は保護を謳ってまいりました。何れの「黒」も、この世界では名の知れた存在です。
前者は言わずもがなでありますが、後者のお言葉に甘えるが吉か否かを考えれば、仲間の一人は断じて否と応えました。それはその通りでしょう。何故なら後者が保護するのは彼の心臓であり、其処に佐藤七生という少年の独立した意思は、何ら尊重されておりません。いいように利用されるのが目に見えているならば、私達は彼が彼の尊厳を侵害するものに対し、対抗する助力となりたいと、かように心を決めました。
私は佐藤君とは僅かな会話しか交わしておりませんが、それでも彼が澱みなく強い瞳を持っているのを知っています。そういう人を、守らなければならない。私が先の戦いに向かう理由は、それだけです。
…否。
実の所を言えば、私の心の隅の方に、期待する向きがある事は否定しません。
厳しい戦いになる。命を賭けるかもしれない。私の中で蠢くロシアの鬼神の記憶が、存分に拳を振るって死線を越えろと囁く。佐藤七生を殺そうと、奪おうという者が居るならば、かかって来るがいいでしょう。
嗚呼、私は楽しみです。あなた達がやって来るのが本当に楽しみです。
文責:香車董子