たまにはこういうのもいいか?
面目ない。今回は失敗だった。
実は前月、「タナカ」という名の虎が守る洞窟というのが発見され、否、存在を明かされ、私や他の修行仲間達は、話題になっていた地下研究施設がその奥にあるかもしれない、と想定した訳だ。
冷静に考えてみると、この洞窟を紹介した「アナスタシアのようなもの」が、わざわざ手の内を見せたりガード役の虎を倒せ等と言うのは、其処が重要な場所ではない事を端的に示している。しかし私はもう一つ裏を読んで、わざと私達に洞窟の突破をさせようと目論んだのではないかと考えた。ならば敢えて策に乗ろうと勇み行った次第だが、恥ずかしながら考え過ぎでしかなかった訳だ。洞くつの奥にあったのはアナスタシアの私室。随分と少女趣味めいた内装ではあったが、以前のアナスタシアならばいざ知らず、恐らく今の彼女の趣味ではない。だとすれば、わざわざあの部屋を意味深に配置した理由も分かる。少女趣味という意外性を見せる事で、如何にもそれがアナスタシアの人柄なのだと却って思わせる。ダミーだ。
ともあれ、自身の行動に関しては取り立てて報告する事も無い。よって仲間達が得てきた結果の概要を、ここで改めて纏める事にする。
アナスタシアの側近である逢蒙の言葉を信用するならば、今のアナスタシアはアナスタシアではない。後舁の精神がアナスタシアの体を乗っ取った、ほとんど後舁そのものだと言って良い。
ソロモンの娘と一戦を交えて大きく負傷し、封印されたはずの後舁は、結局封印が解かれた後にも傷が回復する事は無かったのだ。だから別の黒と人格を交換し、新しい肉体を手に入れる事にした。しかし何度入れ替わってもソロモンの娘から打撃を被った部位は劣化を始め、都合延々と人格交換を繰り返す羽目になる。
鬼哭谷の修行場は、その新しい肉体を選抜する為の、云わば牧場だ。そして焼印よろしく紋章を穿たれた者達、私を含めた所謂紋章持ち達は、肉を後舁に饗する筆頭の候補である。
笑わせてくれる。
私達が屠殺の順番を待つ従順な家畜だと思うなら、それはとんだ考え違いだ。私達は各個それぞれに確として尊厳を有する人間であり、意志と力を持つ戦士なのだ。だから断言出来る。必ず後舁の思う通りに事は進まない。必ずだ。
既にこの情報は鬼哭谷の修行者達へ内密裏に晒されている。今や種は撒かれており、後は私達自身が後舁の思惑に対し、それぞれが何を考え、どのように行動するかが鍵となるだろう。
そして私自身はと言えば。勿論社の方針が対後舁で動いている事もあるが、何より私達を上から見下してくる後舁は拒否する。だから断固として戦う。負けるつもりは、全く無い。
しかし、今回は自身が概ね失敗だったにしても、そんなに後味が悪いものでもなかった。ダミーの洞窟に揃いも揃って突っ込んで行き、狭い穴の中で押し合いへし合いの騒ぎになった様は、思い出す度に笑いが込み上げてくる。たまにはこういうのもいいか?という感じだ。
ただ、これからはそんな心のゆとりも無くなってしまうのだろう。恐らく次の失敗は状況をひたすら悪化させるか、或いは死かの二択になると思う。辛い所だが、今一度足を踏ん張りたい。
文責:香車仙輔