鬼哭谷研修所状況視察報告
今月、私はドレーガ・アナスタシアが主宰するという鬼哭谷研修所にやってきた。
現在ここに詰めているコードネーム・射的屋とランスから応援要請があったためだが、ここ最近のメンバー各員から訳の分からない陳情が目立ちようになってきた。
うち(PRエージェンシー)には監査官なんて上等な者はいない。
そこで、各地の状況視察を兼ねて私が赴くことにした。
私の見た限り、鬼哭谷研修所は強制収容所とどっこいの劣悪な環境と軍の訓練キャンプを思わせる制御された暴力が横行する場所のようだ。さしずめ実写版「虎の穴」といったところか。
本人たちは気付いていないかも知れないが、修行者は古参になるほど良くない目付きをしている。
「悪い」とか「凶悪な」といった目付きではない。我をして知らず人の死を当然のものとして受け止める。そんな眼だ。
私も戦場においてそんな眼をしていたと思う。しかし、ここは戦場ではない。
そして強制収容所との最大の相違点は、ここにいる者全員が自らの意志で留まっていることにある。
我々のように任務を帯びた者。個人的な事情。理由は様々だろう。
いずれにせよ「修行者」としてこの地に来た瞬間から、「死をも厭いません」という契約書にサインしたことに違いはない。
留まっていることについて言えば、逃げ出したくとも逃げられない者もいる。
月毎の修行場最優秀者としてアナスタシアに認められ、「三本足の烏の紋章」を刻まれた者たちだ。
他の修行者と違い、彼ら「紋章者」は逃げることをアナスタシアが許さない。
恐らくは「紋章」によって判るのだろうが、アナスタシアは紋章者の位置を把握しているようだ。
逃げ出せば、即追ってくる。
縮地の法でも知っているのか自動車で逃亡しようとも追いつかれる。
また、今のアナスタシアは彼女自身のギフトでもある「アナスタシアの格闘術」を使わない、もしくは使えないようだ。
彼女と手合わせしたランスの報告では、腕は立つが「普通の中国拳法」を使ったそうだ。しかも神業のような弓術を使う。
これらを挙げれば研修所を主催するアナスタシアは偽物であるとの見方もできるが事はそう単純ではない。
少なくとも二名のアナスタシアを「親」とするドレーガが彼女を本物と認めている。多少の違和感を覚えたとのことだが。
ドレーガの血統を介した認識は、我々ロアドの認識以上に確実なものだ。
である以上、ここにいるアナスタシアは「本物」ということになる。
これらの情報+補足情報+推測を元に、射的屋はひとつの計画を立てた。
前記のランスがアナスタシアと手合わせしたのも計画の一部だが、いずれにせよ私もその計画に加わることになった。
推測を元にした行動計画など蓮田の上に家を建てるごときものだが、射的屋の言うように今は行動を以て相手の反応を引き出し、それを元に真相を掴み取っていくしかない。
PRエージェンシーは、その任務に適応させたチームであり、そのことに私は全幅の信頼をメンバー全員に持っている。
逆に言えば、それが出来なくては我々の存在意義を失うことになる。
探索結果については射的屋の報告書を読んでいただきたい。
私から言えることは、非常に危険な状況にあるということだ。
後舁は、劉夫人によれば、『もしも後昇が『ソロモンの娘』に会わず、現在まで力を蓄え続けていたなら、最も恐ろしい、最も絞滑な〈漆黒〉の一人となっていたでしょう』だそうだ。
我々のモットーは「未確認情報の確認」だ。
よって未確認情報であるアナスタシアと後舁との関係をまことしやかにかに語る気はない。
ただ、これだけは言える。
後舁は活動している。
それ以上の情報については、今後の活動で確定情報を増やしていくつもりだ。
なお、射的屋とランスの陳情は妥当なものと判断した。
十分とは言えないが、食糧・装備の補給は行った。
一膳飯屋『迷鳥』でもメニューは増えていると思う。
立ち寄る機会があれば、楽しんでもらいたい。
文責:弓月亮介