バイトを始めました

 

 幾ら不死身でも「腹が減った」感覚は抑えられるものではない、とは何時だったかに書いた。出来ればバリエーションの多彩なオカズが食べたい。もっとはっきり言えば、俺はサバが食べたいのだ。なのに現実はパンの耳だ。はっきり言って内職と報告書だけで生活して行くのは苦しい。勿論収入の全てを食費に当てれば、サバの塩焼きくらい訳ないのだが、如何せん俺はゴールド中毒である。何よりゴールドを優先してゲットしなければならないアウスターグの身であり、全く忌々しい事この上ない。無事に元の一般人に戻ったら、あのクソゴールドを全部叩き売って関サバにチェンジだ。それだけが生きがいで、俺は今日という日を乗り切っているんだよ。

 という訳で、俺はバイトを始める事にした。何かペット殺害事件も真犯人の目処がついたって言うかさあ、もうそろそろ解決の糸口が掴めた感じ? だったら俺、そんなに無理する必要ないよなあ、と考えた次第である。あわよくば半殺しにしたろと思っていた獣使いことリンダ嬢にも、ちゃんと謝ったぜ俺は。禊の鯖寿司と綺麗なおべべも渡して来たし、半分以上一件落着と考えていいんじゃない?

 で、今は週五日、郊外にあるバッテリーの下請工場で働いている。ちょっと遠いけど時給がいいし、何より休憩時間以外はラインの歯車になれるのもいい。アウスターグ以来人付き合いの苦手な俺は、こういう無駄口を叩かずに済む工場勤めが性に合っている。

 しかしこの工場、BGMがひっきりなしに流れているのだが、選曲が物凄く変だ。80年代アイドルソング特集、アニメソング、古臭いヘヴィメタル。どっから拾ってくるのか分からんアングラ歌謡に、全然俺が分からない最新ヒットと、統一性は皆無だ。嘉門達夫の「鼻から牛乳」とかな。シブがき隊の「アッパレフジヤマ」とかな。黙々とバッテリーの組付けをやっているおばちゃん達の頭の上から「愛・おぼえていますか」がフルコーラスで流れた日にゃ、その違和感がデカルチャーで笑いの波動を抑えるのに必死であった。

 で、休憩室で俺の好きな沢田研二の「晴れのちブルーボーイ」がかかってご機嫌になってた時だ。家から持ってきた水を冷やしておこうと冷蔵庫を開けたら、牛乳がびっしり詰まってんだよ。昼飯に出る訳でもないのに、こりゃ一体何なんですかって同僚のおばちゃんに聞いたら、何でも鉛なんかの粉塵が飛ぶ職場は、こういう牛乳を飲んで腸に膜作っとかないと健康に悪いんだとよ。エエ!? そんなん、俺、聞いてないっすよ〜、等と言いながら俺は不死身の病気知らずなんだけどな。こりゃいいやってんで朝夕と休憩時間、俺は毎日タダ牛乳を飲んでいる。昔はこんなもの、飲もうと思ったらブライト溶かすしか手立てが無かったってのに、いい時代になったもんだ。

 俺は今、結構幸せだ。アウスターグになって以来、中途半端にロクでもない事ばかりだったが、ようやく人並の幸せが掴めている気がする。困った事と言えば、最近少し肩がこり気味なくらいか。何故だろう。アウスターグなのに。それから、部屋に帰った時の有様も困る。

 鈍く黄金の折り紙が敷き詰められた室内で、訳の分からん内職物をこさえながらボーリャが言うのさ。

「おはこんばんちわ」

 何か、コイツ、別に居なくてもいいんじゃねえのって、そんな気もちょっとする今日この頃。

 

文責:平田安男

 

 

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