諸行無常陳情書

 

[事務連絡]

 今月、私・弓月亮介は地道に社屋で事務仕事に専念していたため、報告するべき活動はございませんでした。よって報告書もありません。

 しかし、それでは味気ないので私の仕事に対する私的感想をお見せしたいと思います。

 

*           *           *

 

 まずは一言いっておきたい。

 俺がPRエージェンシー代表としての立場を蔑ろにし、ふらふらとあちこちを出歩いているかのような風説を耳にするが、それは全くの誤りであるということを。

 同じ子会社仲間のADR−PS分室のジャン・ペドロッティなどは、俺と顔を合わす度に「たまには尻で椅子を暖めて見たらどうだ」などと言われるが、俺はこうしてちゃんと事務仕事もやっている。

 もっとも俺も、ジャンには「たまには足で生の情報に触れて見ちゃどうだ」とやり返しているが。まあ、挨拶だな。

 代表と言ってもうちみたいな零細子会社は椅子にふんぞり返って秘書の差し出す書類に目を通せば済むものじゃない。

 会社設立祝いに、親族一同から贈られた紫檀の卓は、来客へのハッタリ用に奥の部屋に置いてある。

 仕事で使うのはメンバーと同じスチールの事務机だ。

 正直、味気ねえが、本社で使わなくなった物をタダで貰ったんだから文句も言えねえ。

 仕事は主にクライアントへの報告書のチェックだな。他には本社へ報告したり、時には本社の偉いさんに厭味を言われたりもする。

 要するに雑用だが、俺が雑用だけやっていて済むのは、腕の良い事務屋がいるからだ。

 でなきゃ雑用だけで済むわけがない。

 会社という物は、常に動き続けていなければ窒息する鮫と同じような物で、社員が活動し続けている限り、それが赤字であろうと黒字であろうと回り続けるものだ。

 おっと、俺の重要な仕事をひとつ紹介し忘れた。

 各地で活動するメンバーからの陳情の決済も俺の重要な仕事だ。

 やけに沢山集まってるな。

 どれ、最初は立花里沙か。相変わらずナース服で走り回ってんのかな。

「昨日見かけた三毛猫の手術費と、里親を捜しておいて下さい」

 あー。ま、あいつは動物には優しい娘だからな。放っておけなかったんだろう。

 おい、ADR本社の広報に問い合わせとけ。「血統抜群のジャパニーズ・ボブテイルはいりませんか?」ってな。

 次は山鳥崇子か。あの姉さんは俺に注射したがるのが玉に瑕だぜ。

「わたくしのマイ救急車要員の臨時ボーナスを要請しますわ」

 む。あいつらも籍はうちにあるからボーナスも出してるはずだが……まあいい。おい、これの裏とっとけ。

 さて次は……おお、翔か。あいつも同年の子供達の中にあって、少しは子供らしさが出たかな。嬉しいような何というか、くすぐったい気分だぜ。

「地元住民と親睦を深めるためのパーティー費用が足りなくなってきたから、追加の出張費が欲しいな」

 そうか。それは必要な経費だな。しかし、あいつらパーティーばっかりやってるな。クリスのせいか? そのクリスは…と。

「いつでもチョッパーが使えるように仙石重工製の機体を買って欲しいデース」

 いや。それは無理。ヘリなんて維持費がかかってしょうがねえ。そんなに欲しけりゃ親父にでも頼むんだな。

 しかし、まともな陳情がないな。本当に仕事してんのか?

 次は、香車仙輔と鷹乃瞳、鬼哭谷のコンビか。あそこは飯も満足に食えねえって言うが、大丈夫かね。

「牛肉。それも日本産。できれば黒毛。松阪とか神戸とか前沢とか、近江、佐賀、豊後、但馬どこでも構わねえから、地名が付いた奴。10キロくらい」

 これだよ。やっぱり食えてねえのか。まあ、和牛はともかく焼き豚くらい差し入れしてやるか。瞳は……

「お店で使う食材至急お願い。日保ちするのね。それと武器。PSG−1狙撃銃、ラティ対戦車ライフル、それに見合う弾薬、石油ガスを封入したスモーク、プラスチック爆薬、アーマーベスト……」

 こ、この……俺は武器商人じゃねえぞ! 戦争やる気か、あいつは。

 ったく。次は、平田安男とボルカ・ボストーカ。ボギーコンビか。阿呆なこと言いやがったら承知しねえぞ。

「内職の仕事が沢山回りますように」

「犬の居ない世の中をお願い致します」

 ふ。ふふふ。ふはははははははは……ぎゃーっはっはっはっはっはっはっ!

 こんなものこうしてくれる!

 ばりばり、もしゃもしゃ、ごっくん。

 ふう。ごちそうさま。これで悪は滅びた。なーにが内職だ! そんな暇あったら仕事しろ、仕事。

 ボボ助は……まあ、ネコヤン・ネコスキビッチだからな。そう思うのはしょうがねえって言やそうだが……

 よし、決めた! 来月からメンバーの様子を見に行ってくれる。

 ふっふっふっふっふっ。

 驚くんじゃねーぞ。

 さて。これで最後だな。ん、ファラか……。

 ……………………………

 おい、俺はこれからこの報告書を提出しにADR本社に行く。

 今日は戻らねえから、戸締まりしておいてくれ。

 それとも付き合うか、酒。

 そうか。じゃあな。

 畜生。こうなることは知っていたんだ。3ヶ月前から。しかし、しかしな。

 今夜の酒は、寂しくなりそうだ。

 

文責:弓月亮介

 

※ファラ・ルーシェについては、彼女の報告書と第3回RA・A030901をご覧下さい。

 

 

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