アナスタシアに出会うまで
鬼哭谷研修所、もとい鬼哭谷修行場での生活も既に一ヶ月が過ぎた。どちらかと言えば現世よりも地獄に近いこの場所で、今日まで持ちこたえた自分という奴は褒めてやりたい。それなりに厳しい功夫を積んできた自負のある私だが、はっきり言って、ここの修行は本当につらい。何がつらいと言えば、果たしてあんな修行で強くなれるかに、甚だ疑問を感じる点だ。
件の修行内容は、昔やっていたTV番組に酷似している。お笑いウルトラクイズだ。私はアレが好きだったが、リアルにワニが居るプールで泳いだり、手加減無しに放火された油敷きの上を全力疾走するのが、ここ鬼哭谷の世界観であって、今更こうした死亡判定込みのバラエティで、命を賭ける羽目になるとは思わなかった。
ともすれば愚痴ばかりが口から突いて出る私だが、それでも一応の目的を持ってお笑いウルトラクイズを辞めずに続けている。
ロシアの虎姫、アナスタシアは、何故日本に拠点を構えたのだろうか。その行動は唐突だったし、作ったものといえば代官山のオープンセットみたいな代物である。優秀な戦闘屋を選抜して私兵とするのかもしれないが、事はそんなに単純ではないようだ。真実はアナスタシアの心の内にある。それを知る為には、修行場で高い評価を貰い、彼女に謁見する権利を手に入れるしかない。
で、実は先頃、僭越ながらその権利を入手した。入手したにも関わらず上記の繰言をツラツラ書いているのは、早い話あの暴力メーテルが何も教えてくれなかったからだ。
得られたものは二つ。
アナスタシアの強さが噂以上の底無しという事実。漆黒に片足を突っ込んだロジック・グレイよりも二回り年下の600歳にも関わらず、ロジックとの実力比は五分以上と俺は見る。あれは間違いなく、天賦の才の上に鍛錬と修羅場が積み重なっている。
そして私の胸に刷り込まれた、三本脚の烏の紋章。彼女が認めた者に与える印なのだという。これについては、私自身もどういう代物なのかがさっぱり分からない。それを知る為にはアナスタシアと再び会わねばならず、拠って修行の上位をまたも目指さなければならないのだ。尤も、次は皆修行の要領を心得ている。易々と一等賞を獲る事は出来ないだろう。
ちなみに三本足の烏とは、太陽のお遣いの事だ。烏を遣う太陽が、もしもアナスタシアの事ならば、夜の住人の在り様を逸脱しているのではないだろうか。
文責:香車仙輔