byルージュ・セイント
あれは、いつだったか…。
「おい、いくら何でもそいつは無茶じゃないのか!」
あの時、RYOは、電話口でそう言って諌めてくれた。無理もない、何しろ、<ドレーガ>専用の夜会に潜入しようという、無謀極まりない取材計画をを告げたのだから。
「そうは言うけど、これは千載一遇のチャンスなんだよ、これ を逃したら、もう次の機会なんてありそうにないんだから!」
そしてあたしは、そう言って、真紅の携帯電話を握り締めたんだ。
そう、あれは今年、2005年6月21日の、満月の晩だった。
満月の晩には、<黒>どもの夜会が行われる。噂は前からあったけれど、それまでは確証がなかった。だけどこの時は、遂に待ちに待った情報が、飛び込んで来た。今回は、中央高地の某ホテルで、開かれるというのだ。
あたしは、その情報に飛び付き、急遽現地へ向かった。あたしに焦りが無かったかと言えば、あったと思う。そのせいか、あたしは背後から近づく影に、まったく気付かなかった。
最後に憶えているのは、眼を真っ赤に輝かせて、あたしの首を羽交い絞めにしながら見せた、<黒>野郎の野卑な哄笑だった。
「どこの<赤>だか知らねぇが、俺様に見付かったのが、運のつきだぜ、あの世で後悔しな!」
そいつは、そう言ってあたしの喉笛に噛み付き、血を飲み干した。
さすがのあたしも、てっきりこれでお終いかと、覚悟を決めた。
ところが、次に気が付くと、目の前に、先の奴とは違う<黒>の姿が、薄っすらと見えた。そう、そいつがあたしを<黒>に染めた張本人だよ。まさかと思うけど、あれが話に聞く「殉教者」様だったのだろうか。あたしは件のホテルの一室に匿われ、翌日の宵に目覚めた、という訳だ。
そして、その後、逃げるように山を下り、夜が明ける前に自分の個室に辿り着き、そのまま数日の間、篭ってたっけ。その間、会社の方は、連絡が途絶えたんで、行方不明になったって、騒ぎになってたんだろうな。許せ、RYO。
そうして、ようやく落ち着いた数日後、ようやっと会社のパソコンに、メールで連絡を入れたんだ。自分に何が起きたのか、直接話すのは、さすがに話し難かったな〜。
だけど、RYOは、そして他の社の仲間たちも、あたしの状況を判った上で、なお社員として留まる事を、許してくれた。そうしてあたしは、社に帰って来た。本当に、奇跡的だったと思う。
だけど、あたしは、その時点で、ひとつの重大な決断を、しなくてはならなかった。それは、これからどう生きるか、それとも、生きないかを決める事だった。<ドレーガ>というものは、例外なく、自らが庇護する<ロアド>の存在に、精神的に依存している。
特殊な形態で存在し続けている<ドレーガ>は、<ロアド>の存在がなくては、正気を保てないのだ。<ロアド>を喪った<ドレーガ>は、"精神の死"を迎え、覚めない眠りに着く事になる。そうなるまで、あと2ヶ月。これからも生き続けて行くためには、9月までには、何とか自前で、新たな<ロアド>を作らねばならない。
会社の仲間たちは、こんな存在になり果ててしまった、あたしの帰還を、素直に喜び、受け容れてくれた。これなら、このままでも、やって行けるかも知れない。けれども、あたしの選択は、
すでに定まっていた。<黒>に染められたその時から、迷いはない。
「あたしは、断固として<ドレーガ>を否定する。だから、自分が生き続けるために、誰かをわざわざ<ロアド>にして呪縛するような真似は、たとえ死んでも絶対にやらない!」
あたしは、みんなを前にして、敢然と言い切った。
「そんな、それじゃ、2ヶ月たったら死んじゃう、って事じゃないか! せっかく助かったっていうのに、それでいいの!」
さすがに、翔にとっては、ショックが大きかったようだ。彼女にとっては、あたしは、言わば母親代わり、そう感じるのも無理はない。
「助かった?、そうじゃない。人間としてのあたしは、あの時に死んだんだ。ここにいるのは、亡者だよ。あたしは、自分の定めに従うだけ、悔いはない。だから、哀しまなくていい」
正直このセリフをしゃべるのは、少々つらかったけど、それはあたしの本心だった。
「<ドレーガ>としての偽りの生を続けるために、誰かを犠牲にするなんてまっぴらだよ。<ロアド>にして巻き込むのも、その血を奪うのもね。だからあたしは、それらを断固拒絶する。それが、あたしの信念だよ。あたし自身が納得してやってるんだ。
それに、最後の瞬間まで、精一杯生き 切ってやるつもりだから、その時が来たら、笑って見送ってくれたら、それでいいよ」
あたしが一気にそこまで話し終えた時、それまで黙って聞いていたRYOが、一言言い放つ。
「という訳だ。あいつが自分で考えて決めた事だ。ファラの好きにさせてやってくれ。そしてその時が来るまで、みんなでしっかりと見届けてやろうじゃないか。それが、旅立って行く仲間への、手向けってもんだ」
RYOもじっとこらえながら、自らを鼓舞するように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「RYO…」
その重い現実の前に、誰もが無言の内に、杯を飲み干した。あたしもグラスの赤ワインを、一気にあおる。それで、告白タイムは終わった。
そして、いったんお開きとなり、みなが帰って後に、RYOが声を掛けて来る。
「おい、本当に、本気でそれでいいんだな」
そう言って、ゆっくりと念を押す。あたしの決断は、犠牲者を出さない事をポリシーとする、RYOの信条に反するものだ。それゆえに、こんな事は、本来なら認めがたいに違いない。その気持ちは痛いほど解かるけれど、これだけは、引く訳にはいかない。
「もちろんさ。それが、あたしの本望だよ。悔いは無いさ」
あたしは、力強く言い切った。
「わかった」
RYOは、飲み込むようにそう一言つぶやき、口をつぐんだ。あたしとRYOは、あふれるような想いが、湧き上がって来るのを、感じながら、見つめ合った。熱い涙がとめどもなく流れ、不思議と笑みがこぼれる。そして、互いに強く腕を握り合い、最後の瞬間まで、共に全力で走ろうと、誓い合った。
本当は、そのまま抱きしめて口づけしたい所だったんだけど、それをやったら、そのままRYOに噛み付いてしまいそうな気がして、すんでの所で思いとどまった。まったく、その時ほど、<ドレーガ>たる我が身が、呪わしいと感じた事は、なかった。
今でも、その時の事が、鮮明に思い出される。そして、最後の時が間近に迫って来る今だからこそ、それが、心の支えとなっている。それでも、あたしは後悔していない。それは、自分が納得して選んだ道だから。
<了>